油断したら艦娘に拉致されました   作:断空我

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連載に踏み込みました。

他のも終わっていませんがよろしくお願いします。


プロローグ.拉致されるまで

世界は終わりを迎えつつあった。

 

海は深海棲艦と呼ばれる艦隊の怨念がうろつき、航路などのほとんどが使えず、物資の補給がままならない日々が続く。

 

そして、地上では密かに別世界の侵略が進んでいた。

 

どこか神秘的な雰囲気を放つ森の中、一人の男が空を見上げている。

白いラインが入ったスーツにブーツというスタイル、ネクタイはつけておらず第二ボタンまで外し、手入れのされていない髪は後ろでひとくくりにされている。

 

服越しからでもわかるほど鍛え抜かれている肉体。

 

腰には刃がついた道具を装着している。

 

「どこだろうと空は変わらずか…」

 

「黒崎補佐!」

 

空を見上げていた男の傍に鎧を纏った人が近づいてくる。

 

足軽を連想させる姿は生き残る為に用意された数少ないチケット。

 

「何だ?」

 

「呉島主任がおよびです」

 

「あ?内容は?」

 

「その…自分は呼んで来いとしか」

 

「あぁいい」

 

面倒だと思いながら懐から煙草を取り出す。

 

「補佐、ヘルヘイムで煙草は吸うなと」

 

「…ん、あぁ、そうだったな。わかった…もどるわ。この周囲の警戒は怠るなよ」

 

「了解!」

 

「そんな硬くなる必要はないぞ」

 

「ですが、ここは大事な拠点で」

 

「何かあれば俺も動くし主任や他のメンバーも動く。硬すぎず緩すぎず、ガス抜きも大事ってことだ」

 

「は、はぁ」

 

「ま、いってくるわ」

 

目の前にいる黒影トルーパーへ指示を出して黒崎は森の中を進む。

 

しばらくして研究班のいるテントが見えてくる。

 

作業員や黒影トルーパーが慌ただしく行き交う中、奇妙な裂けめを潜り抜けた。

 

そこでもあわただしく動く研究員の横を通りながら普通の通路を進み、ある部屋へ入った。

 

「失礼します。黒崎参りました。呉島主任、何か…」

 

「おや、黒崎君じゃないか」

 

「来たか…」

 

「…自分、邪魔でしたか?」

 

「いや、今話し合いが終わった所だよ。黒崎君」

 

部屋の中には先客がいた。

 

白いメッシュの入れた髪にピアス。どこか人を小ばかにしたえみを浮かべる青年。

 

年齢は知らないが少なくとも黒崎と近い年の筈。

 

名前を戦極凌馬。

 

人類の希望とまで言われるほどの天才にして、黒崎達の持つ量産型戦極ドライバーを作成した男だ。

 

ニコニコと微笑むが黒崎はこの男の事が好きでない。

 

素晴らしい研究をしていることは理解できるがどこか人間という存在を見下している。いや、駒の一部としかみていない節がある。

 

後、何かを企んでいる。

 

その何かはわからないが自分や仲間へ害を及ぼすというのなら。

 

「じゃあ、あとは任せたよ。貴虎」

 

「あぁ」

 

戦極凌馬はそういうと部屋から出ていく。

 

入れ替わるように入った黒崎をユグドラシルコーポレーションの主任呉島貴虎が出迎える。

 

貴虎は黒崎の二つ上で、頼りになる人物である。

 

彼の周りにいるメンバーとは別に黒崎は貴虎の選択によって戦極ドライバーを手にすることが許されていた。

 

「遅くなりました」

 

「いや、急な呼び出しに応じてくれてすまない」

 

「それが自分の任務ですから」

 

「…早速だが本題に入ろう。キミにある輸送船の護衛についてほしい」

 

「輸送船ですか?」

 

「そうだ。輸送船は日本からこのルートを通ってユグドラシルの海外支部にヘルヘイム関連のデータを届ける。目的地までの護衛を頼む」

 

ヘルヘイム。

 

それが人類を襲っている深海棲艦とは別の。もう一つの脅威。

 

何故、侵略されているのか。

 

どうして地球が狙われているのか?

 

その理由が一切わかっていない。

 

理由のない悪意と貴虎がいう脅威だ。

 

「データというのは?」

 

「お前達が使っている量産型ドライバー、それを強化する話がでてきている。それが必要かどうかデータをみて判断するためのものだ。また輸送経路が海上であり深海棲艦が出没する危険があることから護衛にトルーパーの指名が入った」

 

成程、上からの命令で断れなかったのかと黒崎は察する。

 

「そこで実戦経験が豊富のお前に護衛として動いてもらう」

 

「…了解です。人員はどのくらいさけられますか?」

 

量産型ドライバーの数は限られている。ほとんどが任務にあてられており余分な仕事で動くことは難しい。

 

確認のため黒崎は尋ねる。

 

「お前を含めて五人がやっとだ」

 

「わかりました。一応、ダンデライナーを二台所持する許可をください」

 

「いいだろう。細心の注意を払うように」

 

「了解です。では…」

 

「それと凌馬がお前に用事があるという事だ。後で研究室へ顔を出してやってくれ」

 

「わかりました」

 

面倒だ、と思いながら黒崎は研究室を出る。

 

入れ替わるようにしてやってきた帽子の男、シドが呟く。

 

「アイツに任せて大丈夫なのかよ?」

 

「量産型とはいえ、他の人間よりもドライバーの性能を引き出している。ゲネシスドライバーを使えばお前でも只ではすまないだろう」

 

彼が去っていった方を見て貴虎は言う。

 

「そーんな奴にみえねぇけどなぁ」

 

シドは黒崎という男が嫌いだった。

 

あの葛葉紘汰も嫌いだが、黒崎廉太郎はそのうえを行く。

 

どこか得たいが知れないのだ。

 

任務も本気で挑んでいないような気がする。

 

しかし、戦闘においては容赦のない力を発揮している。

 

戦いを一度見たシドだからこそ思うものがある。

 

だから、油断ならない。

 

もしかしたらあの企みも。

 

「(考えすぎかぁ?)」

 

去っていく黒崎の背中を見ながらシドは帽子をかぶりなおす。

 

 

 

 

 

 

 

プロフェッサーの研究室へ赴くと秘書の湊が出迎える。

 

ニコニコと彼女は微笑む。

 

「あら、黒崎君」

 

「どーも、プロフェッサーはいるか?」

 

それなりに付き合いのある黒崎は他の連中と異なり湊と付き合いがあるので砕けた話し方をしても問題ない。

 

「お待ちしているわ」

 

「用件は聞いていないよな?」

 

「残念ながらね。悪い話じゃないと思うわよ」

 

「だといいな。あの人は苦手だし」

 

「私の前でいうことじゃないわ」

 

「愚痴ぐらいはいいだろ?」

 

「まぁね」

 

湊に案内されて室内に赴くと笑顔を浮かべて彼は待っていた。

 

「やぁ、黒崎君。待っていたよ」

 

「話というのは?」

 

彼と長話すると疲れが出てくるゆえに黒崎は切り出す。

 

「貴虎から聞いたよ?海上の輸送任務があるそうだね。戦極ドライバーは防水加工もされているから安心して使ってくれたまえ」

 

「話はそれだけですか?なら」

 

「選別としてこれを渡しておこうと思ってね」

 

彼が出してきたのはスイカのロックシード。

 

――ロックシード。

 

それは戦極凌馬がヘルヘイムの果実を現代の科学で作り替えた物。

 

ロックシードと戦極ドライバー。

 

その二つを用いることであの森で活動することの危険性を大幅に下げている。

 

ヘルヘイムの森は危険に満ち溢れている。

 

黒崎は知らないが何度も貴虎と戦極凌馬は戦極ドライバーでヘルヘイムの森の中を調査してまわったらしい。

 

驚いた顔で黒崎はスイカのロックシードを見る。

 

基本的に黒崎を含めたトルーパー部隊は任務時、許可がない限り変身用のロックシード以外の使用は制限されている。

 

流出を防ぐためという意味があり、以前、実験用のロックシードが外部に漏れたことがあるための策だ。

 

「これ、主任は了承をして」

 

「いいや、していない。これは僕からキミへの依頼なのさ」

 

「依頼、ですか?」

 

「海上の任務中、もし深海棲艦と遭遇することがあったらドライバーがどの程度、奴らに通用するのか調べてほしいのさ。データが欲しいんだよ。キミも知っていると思うが私はゲネシスドライバーよりもさらに強化されたドライバー製作を検討している。そのデータが欲しいのさ」

 

「そういう機会があれば実行しますよ。一応、これはもらっておきますね」

 

スイカロックシードを手にとり出ていく。

 

「まぁ、よろしく頼むよ~」

 

戦極凌馬の言葉が実現にならないことを願いながら任務のために向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海上の船で黒崎はぼんやりと空を眺めている。

 

周囲の警戒もしているが生物が近づいてくる気配はない。

 

「補佐、異常ありません」

 

「ま、そうそう深海棲艦とか敵とか現れても困るって」

 

「自分は深海棲艦をみたことがありませんが、どんなものなんでしょうね」

 

「しいて言えば怨念だよ」

 

「補佐はみられたことが!?」

 

「何回か…インベスとはまた違った脅威だよ」

 

黒崎は一度、深海棲艦と遭遇したことがある。その際は逃げ出すだけで精いっぱいだった。

 

願うならもう会いたくないという所が本音だ。

 

懐から煙草を取り出して口にくわえる。

 

「…補佐、たばこ、やめられたらどうですか?」

 

「うーん、これは病気みたいなものだからやめられないんだよ」

 

部下へそういいながら煙草をくわえたまま空を見上げる。

 

「補佐はどうして空を見上げるんですか?」

 

「まぁ、俺はいつも思うんだよ。何があっても空っていうのは変わらないって…だからみていて飽きないというか、好きなんだよ」

 

「変わっていますね?」

 

「そうか?ん?なんだ、あれ」

 

「え?」

 

部下へ黒崎は指さす。

 

少し離れたところで何かが飛んでいる。

 

部下は双眼鏡でみる。

 

「あれは…戦闘機…いや、かなり小さい…」

 

「永田、全員にドライバーとロックシードを準備させろ」

 

「え、補佐!?」

 

「敵がくるぞ」

 

恐ろしいことに言葉というのは力があるのかもしれない。

 

海上任務中、輸送船に深海棲艦が襲い掛かった。

 

黒崎は部下に船の護衛を任せて深海棲艦と戦っていた。

 

戦極ドライバーにマツボックリロックシードをはめ込み、変身する。

 

海面へ落ちる前にロックビークルを起動、ダンデライナーへ乗りこみながら影松で深海棲艦を倒す。

 

「永田達は船の警戒を頼む!」

 

「え、補佐は!?」

 

「…あの戦況の様子をみてくる。少し気になるんだよ」

 

制止を聴かずに黒崎はダンデライナーを戦闘海域へ向かわせる。

 

 

 

 

 

爆炎と共に一人の少女が海面へ倒れている。

 

そこは酷い戦場だった。

 

多くの艦娘と呼ばれる少女達が艤装を使って攻撃をしている。

 

しかし、彼女達は既に満身創痍だった。

 

殆どの装備が使えずあとは包囲している深海棲艦達に殺されるのみ。

 

無線機からは提督からの叫びが続いている。

 

――戦え。

 

――敵を殲滅しろ。

 

うんざりするような言葉の繰り返し、それが戦意の低下へつながっているのかもしれない。

 

一人の艦娘へ深海棲艦が襲い掛かる。

 

『マツボックリスカッシュ!』

 

音声と共に一撃が深海棲艦へ突き刺さった。

 

呆然としている少女の前に現れたのは黒い影。

 

鎧を纏った人間だと気づくのに少し遅れた。

 

「大丈夫か!?」

 

「え、あ、はい…」

 

「ボロボロじゃないか、下がっていろ!ここは俺がなんとかする」

 

「そんな、貴方、人間ですよね?人間が深海棲艦へ勝てるわけが」

 

「勝てる勝てないじゃねぇよ!お前ら、もう戦えないだろ!俺がこいつらを引き付けるから遠くへ逃げて戦況を整えろ。そうすれば」

 

「ならんぞ!!」

 

無線機から聞こえるのは提督の叫び声。

 

「撤退など許さん!戦え、戦って死ね!それがお前達の存在理由だ!何があろうと撤退は許さん!これ以上は私の」

 

「ちょっと、それ貸せ」

 

「え、あの」

 

無線機を奪われて艦娘は戸惑った声を漏らす。

 

鎧の男は無線機へ顔を近づけると大きな声で叫ぶ。

 

「ガタガタうるせぇよ!命がかかってんだ!机に座ってえんえんと叫ぶしか能がない奴は引っ込んでいろ!ぶっころされてぇか!!」

 

あまりに大きな声に無線機は沈黙を保つ。

 

しかし、すぐに怒鳴り声が返ってくる。

 

「な、なんだ貴様!?部外者は引っ込んでいろ!私は鎮守府の!」

 

「現場には現場の考えがあるんだよ!上でがみがみいうくらいならサルでもできんだ!いいか!邪魔するなら俺が容赦しねぇからな!わかったら口を挟むな!!」

 

叫ぶと無線機が返される。

 

「とにかく、ここは俺が維持するからお前達は下がれ、そんなボロボロでいられても俺がやりにくい」

 

「あの…貴方は?」

 

「ただの偽善の戦士だよ。ほら、下がれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒崎は悪態をつきながら影松を操る。

 

彼が使うロックシードはマツボックリ。

 

量産型戦極ドライバーに嵌めることで彼は黒影トルーパーに変身することができる。

 

黒影。

 

これは貴虎が計画の為に戦極ドライバーを街の若者に配布した際にそれぞれが名前を名乗った時の事だ。

 

黒影というのはその中の一人が名乗った一ものでトルーパーのモデルであることから使用されているという。

 

黒影トルーパーの専用武装影松で鮫みたいな深海棲艦を撃退することはできたが目の前の人の形をした戦艦は強い。

 

強すぎた。

 

砲撃が周囲に降り注ぐ。

 

衝撃で黒影トルーパーは影松を手放してしまう。

 

ロックビークル、ダンデライナーのダメージも大きい。まもなく使用不可能になる。

 

「あれを使うしかないか」

 

マツボックリロックシードをしまい、スイカロックシードを戦極ドライバーへはめ込む。

 

空間を開いて巨大なスイカを身に纏う。

 

事前にわかっていなければびっくりした。

 

黒影トルーパースイカアームズはジャイロモードで戦艦へ砲撃する。

 

多少のダメージを受けたようで敵はのけ反る。

 

「このまま畳みかける」

 

ジャイロモードからヨロイモードとなり海面へ降り立つ。

 

果実を模した槍を構えて戦艦へ迫る。

 

戦艦の砲撃はやはり強大で数あるロックシードの中でパワーと防御力を誇るスイカアームズすら一撃で装甲が凹む。

 

果実を模した巨大な槍を携えて海面を走る。

 

戦艦の砲撃が次々とスイカアームズに襲い掛かった。

 

やはり深海棲艦の攻撃はかなりの威力を持っており数発も受ければスイカアームズは使用不能になるだろう。

 

それまでにケリをつける。

 

スイカアームズの槍を振り上げた。

 

「うぉらぁあああああああああああああああああああああ!」

 

見上げている戦艦へ槍を振り下ろす。

 

刃が戦艦級の片目を切り裂く。

 

「ギァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 

声にならない悲鳴を上げて戦艦は顔を押さえて下がる。

 

仕返しとばかりにあらん限りの砲撃がスイカアームズへ炸裂した。

 

攻撃を受けた事でスイカアームズは壊れて黒影トルーパーは海へ放り出されてしまう。

 

その際、ドライバーの変身が解除されて黒崎の姿へ戻る。

 

「あぁ、ヤベッ」

 

――俺、泳げないんだった。

 

 

「…見つけた」

 

海に流される瞬間、何かを聞きつつも黒崎は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海上輸送任務から一週間後、黒崎は目を覚ました。

 

場所は海に面した街の病院。

 

医師の話によると海岸で倒れているところを発見されて病院に運ばれたという。

 

ユグドラシルの息がかかっている病院だったことが幸いで大きな騒ぎになることはなかった。

 

病院から連絡を受けたユグドラシルコーポレーションから一人の人間がやってくる。

 

駆けつけてきたユグドラシルメンバーはまさかの戦極凌馬。

 

「ご苦労だったねぇ」

 

「すいません、ドライバーを壊して」

 

海から引き揚げられた際、黒崎が使っていた量産型ドライバーはなく。戦闘の際に壊れたのだろうと思う。

 

「構わないさ。キミのおかげで貴重なデータが手に入った。噂の深海棲艦、それを退けるだけの力があのドライバーにはあった!これは今後、役に立つ!」

 

データが手に入ったことで戦極凌馬は酷くご機嫌で黒崎へ専用のゲネシスドライバーを作ることが約束されていた。

 

ゲネシスドライバー。

 

それは次世代型とされる戦極凌馬が開発した戦極ドライバーの後継機。

 

能力は当然のことながら戦極ドライバーの力を凌駕する。

 

一度だけ、戦った黒崎からしてもあのドライバーの力は恐ろしいものだった。

 

黒影トルーパーが瞬く間に倒されていった。

 

接近戦へ持ち込めても勝てる未来がみえないほどのものだった。そんなものが与えられることに複雑な気持ちを抱いてしまう。

 

「ま、しばらくは大事にしたまえ、あと、貴虎が君に話があるから覚悟しておくことだよ」

 

何やら意味深な言葉を残して戦極凌馬は出ていく。

 

入れ替わるようにして呉島貴虎がやってくる。

 

彼はポケットに手を入れたまま近づいてきた。

 

「ご迷惑をかけて申し訳ありません」

 

「気にすることはない…結果は残念なことだが」

 

「どういう、ことですか?」

 

貴虎の言葉に黒崎は嫌な予感がした。

 

その態度に察したのだろう。

申し訳なさそうな表情を貴虎は浮かべつつ、椅子へ腰かける。

 

「まだ報告書に目を通していないようだな。ならば口頭で先に伝えておこう。輸送船は別の深海棲艦によって轟沈。乗組員、護衛としていた参加していた黒影トルーパー四名は命を落とした」

 

「……嘘、ではないんですよね」

 

「あぁ」

 

「すいません、主任」

 

「お前が謝ることではない。私のミスだ」

 

「いいえ、主任がどれほどの重荷を背負っているのかわかっていたのに…また大きなものを背負わせることになってしまい、申し訳、ありません」

 

謝罪することしかできなかった。

 

呉島貴虎という人がどういう人物なのか知っているからこそ黒崎は悔しい。

 

彼へ余計なものを背負わせてしまうことが。

 

只でさえ七十億人という命を切り捨てなければならない。なのに。

 

黒崎は悔しくてシーツを掴むことしかできない。

 

彼の前で涙は流さなかった。

 

 

 

 

 

後日、黒崎は退院した。

 

彼は荷物を片手に持ってユグドラシルタワーへ向かっている。

 

退院しても彼がやる仕事は変わらない。

 

戻れば量産型ドライバーを手に取って任務だ。

 

本来なら貴重な戦極ドライバーを壊した人間へ振り分けることはないのだが、今回だけ特例として、何より戦極凌馬が実験の為に黒崎を指名したことでドライバー携帯が許された。

 

今の彼の中にあるのはこれ以上仲間を失わないという決意と覚悟。

 

そんなことを思いながら歩いていると赤いジャケットを着た若者たちが人を囲んでいる。

 

目を凝らしていると囲まれているのは小柄な少女。

 

少しして話し声が聞こえてきた。

 

「キミ、可愛いね!」

 

「中学生?いや、高校生かな?」

 

「俺らとどっかいかねぇ?」

 

「そうそう楽しいところ知っているからさ!」

 

どうやら赤い服の連中が少女へナンパをかけようとしているらしい。

 

少女は断ろうとしているが応じようとしない。しかも、赤い服の連中は恰好からしてビートライダーズのようだ。

 

ビートライダーズはストリートダンスとインベスゲームに興じる若者の事を指す。

 

フリーステージで楽しく踊る者達。ネッドなどでもその姿は中継されることがある。

 

黒崎はビートライダーズが大嫌いだった。

 

色々とあるが彼らが何も知らずにいるということが理由の一つだろう。

 

何も知らずに街で踊っている。

 

何も知らずにロックシードを手にしている。

 

何も知らずにインベスで遊んでいる。

 

それを考えただけで貴虎程ではないが彼らはクズだと思うようになる。

 

少し同情も入っているがそれはいいだろう。

 

今はユグドラシルの計画で街の悪者とされているはず。

 

活動を自粛しているのかと思えば悪い方へ向かっている。主任の言葉を借りるのなら社会の屑ということ。

 

「おい」

 

少し機嫌が悪かった黒崎は彼らを止めることにした。

 

数分後、赤い服の連中は痛む腕を押さえながら逃げていく。

 

やはり彼らはビートライダーズだったようでレッドホットとかいう名前だという。喧嘩をする際に彼らがわめいていた。

 

手を叩いていると少女が頭を下げてくる。

 

「ありがとうございます!」

 

少女は白を基調としたセーラー服、髪を後ろで束ねている。地味だが可愛い少女だろう。

 

「気にするな。この街は少し治安が悪くなっているからあまり一人で出歩かない方がいい」

 

「お気遣いありがとうございます。優しいですね」

 

「…俺が優しいと?」

 

「はい、こんな私の為に時間を割いてくれているんです。貴方は優しい人です!」

 

「ふぅん、ま、いいさ。気を付けろよ」

 

「はい!黒崎廉太郎さん」

 

「あぁ…ん」

 

去ろうとしたところで足を止める。

 

今、目の前の子はなんといった?

 

黒崎はある点で動きを止める。

 

目の前の少女は黒崎と初対面の筈だ。

 

何故、彼女は俺の名前を知っている?

 

その疑問を尋ねようとした時、横から何かが駆けてくる。

 

咄嗟に両手を交差して攻撃を防ぐ。

 

衝撃が襲い来る。

 

両手はそれだけで痺れて動けなくなる。

 

「ぽい!」

 

「グッ、手が痺れた」

 

「すごぉい、夕立の攻撃を受けてその程度ですむなんて!」

 

「誰か知らないが、敵なら」

 

威嚇するべく懐からロックシードを取り出す。

 

海でドライバーをなくしたがロックシードだけは手放さずにいた。

 

インベスが出たら少しくらい戸惑うだろう。その隙をついて逃げ出す。

 

そう考えていた黒崎だがまだ万全ではなかったらしく。

 

「ごめんなさい!」

 

目の前の相手へ意識を向けていたことで黒崎は最初の少女を視界から外してしまう。

 

気づいた時は服越しにスタンガンを受けた後だった。

 

ロックシードが手から零れる。

 

少しして黒崎は地面へ倒れた。

 

「やったね」

 

「ぽい!吹雪ちゃんやったね!」

 

「あとは指示通りやってくる車に乗せるだけだね」

 

隠れて様子をうかがっていた黒髪の少女の言葉に黒崎を気絶させた少女、吹雪は頷く。

 

「でも、こんなことして」

 

「吹雪」

 

独り罪悪感を残す吹雪へ時雨は声をかける。

 

「僕達は決めた。もう後戻りはできないんだ。彼を手に入れる…そのためにこんな手の込んだことをした。わかっているでしょ?もう諦めるだけの生活なんて意味がないってあれをみた以上、僕達は」

 

「ごめん、私が甘かったよ」

 

時雨の言葉に吹雪は頷く。

 

その瞳に光はなかった。

 

やがて、やってきた車に三人は黒崎廉太郎をのせて去っていく。

 

 

その日、警察はある男の遺体を発見する。

 

顔や体の殆どが原型を保っていなかった変死体。

 

唯一残っていた治療痕とDNAから死体は黒崎廉太郎だと発覚した。

 

そして容疑者は大本営の鎮守府所属の提督という事で全国に指名手配がかけられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが間違いだと気づかないまま。

 


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