ガンショップ店主と奴隷との生活 -てぃーちんぐ・のーまるらいふ-   作:奥の手

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6日目 「ガンショップの奴隷(上)」

金髪の少女がガンショップへ来て6日目の朝。

太陽がほんの少しだけ顔を出し、街に幾本の光が見え始めたころ、ガンショップの二階では二人の人間が同時に目を覚ましました。

 

「………一緒に目が覚めるなんぞ珍しいことだな」

「はい、おはようございます」

 

肌寒い朝です。厚手の毛布にくるまった二人は、向かい合わせのままお互い眠そうに朝のあいさつを交わしました。

 

筋骨隆々で浅黒い肌の店主はむくりと立ちあがり、改めて肌を包んでくる冷気にほんの少し肩をすくめます。

 

「一気に寒くなったな。もう冬が来るぞ」

 

言いながらベッドの少女の方を見ます。

寒そうに毛布から出てこようとする少女に、

 

「何だったら今日はそのまま寝続けてもいいぞ。今日は店を開けずにゆっくりしてぇからよ」

「お休み、ということですか……?」

「まぁそうだな。この部屋でゴロゴロする日だ」

 

店主はしゃべりながらも服を着替え、いつものジーパンに厚手のトレーナーを着こみました。

またタンスから何やら引っ張り出して、少女のほうへ放ります。

 

「一応それ着とけ。あったかいぞ」

 

ニット生地の上着でした。店主のものなので少女には大きすぎますが、身体をすっぽり覆うので保温性は抜群です。

 

「あ、ありがとうございます」

「おうよ。さて……飯にするか」

「あ、て、手伝います!」

 

少女は自分の白い寝巻の上からニットセーターを羽織り、慌ててベットから降りようとしますが、店主はそれを手で制しながら、

 

「いらねぇよ別に。俺一人で十分だ」

 

と冷蔵庫から梨を取り出しました。

 

金髪の少女が手伝うといったのは、ご主人様だけに用意をさせるのが嫌だったからではありません。

 

(また甘いご飯になっちゃう……)

 

割と切実な悩みだったので自分で何とかしようとしているだけでした。

ですが座っていろと言われれば座っているしかありません。少女は複雑な心境の中、顔には出さないように努めてテーブルに着きました。

 

数分して出てきたのは、カットされた梨と紅茶でした。梨には何もかかっておらず、紅茶にはミルクだけ入っていました。どちらも砂糖が使われていません。

 

相当に甘すぎる食事を覚悟していた少女は目の前の皿を見て少なからず驚き、そして店主はその表情の変化を見逃していませんでした。

 

「やっぱりか」

「……?」

 

店主のつぶやきに首を傾げた少女。

強面の店主は白い歯を少し見せながら、後ろ頭をバリバリとかいて続けます。

 

「実は昨日、おめぇと同じくらいの年頃の奴と飯を食ってな。フルーツサンドっつう甘いサンドイッチなんだが、まぁその……嬉しそうに食うんだわ。そんで思ってよ、おめぇはなんであんまり嬉しそうに食わねぇのかって」

「ご、ごめんなさい……」

「いや待て、怒ってるわけじゃねぇよ。まぁなんだ、ちと考えたら俺はお前に甘いものしか出してねぇと思ってな」

 

店主も自分の紅茶をもってテーブルに着き、少女のほうをまっすぐに見ました。

 

「俺は甘いものが好きでよ。食うものは甘いに越したことねぇと思ってんだ。でもそれは俺の場合であってお前がそうとは限らねぇからな」

「あ……」

「だからよ、今日は部屋で休むって言ったが気が変わった。市場でお前の食いたい物を買って、好きなだけ食う日にしよう」

「えぇ、あ……はい……」

 

目を白黒させている少女の内心は慌てふためいていました。

見透かされたかのように、しかもすべて当たっている店主の言葉に戸惑いを隠せません。

 

数えるほどしか一緒に食事をとっていないのにそこまで気が付かれていることにも驚きでした。

 

そして何より、自分の心持ちが不安定でした。

昨日の今日で、です。

 

金髪の少女は、自分を守るために銃を手にしようと考えていました。

出される食事が甘いものばかりなことに、何か裏があるんじゃないかと勘ぐっていました。

 

それが、一夜明けた朝食でこの状況です。

 

ほんの少し、ほんの僅かだけ、金髪の少女の心で何かがチクリとしました。

 

(なんで、こんなに……)

 

良くしてくれるのか。

 

心の隅に湧き、ふっと走ったその情念は、しかし一瞬にして消え去りました。

 

(ちがう。良くしてくれているんじゃない。信じちゃだめだ)

 

金髪の少女の目にともりかけた光が、すぐに消えてしまったその変化を、店主はしっかり見ていました。

 

 

 

 

朝食を食べ終えた二人は外行き用の服に着替えます。

 

店主はジーパンにトレーナー、黒い外套と黒いハット。

少女は白いワンピースに黒いカーディガンを羽織っていますが、

 

「それ、寒いだろ」

「正直に言ってもいいですか……?」

「あぁ」

「寒い、です」

 

正直に言いました。

店主は市場の前に服屋へ行くことに決め、服屋への道中は店主の上着を少女に貸すことにしました。

 

大きすぎる黒い外套に包まれた金髪の少女は、トレーナー一枚しか着ていない店主を申し訳なさそうな顔で見上げます。

 

「本当に、いいんですか?」

「なにが」

「その、私なんかが、ご主人様の上着を借りるなんて……」

「俺は頑丈だがお前はひ弱だ。風邪ひかれちゃそっちのほうが迷惑だ、と言えば納得か?」

 

確かにそうかもしれないと思い、少女はおとなしく強面の店主の後についていきました。

 

 

 

 

「あら、いらっしゃい。またそんな服を着させていったいどんな趣味をしてらして?」

「急に冷え込んできたから服装に困ってんだ。なんでもいいから暖かいやつを着させてやってくれ」

「はいはい」

 

服屋の店員は肩をすくめながら店の奥へと入っていき、厚手の、それでいて軽い素材のジャケットを持ってきました。

 

白を基調としながらところどころに黒いフリルの着いた、暖かさとかわいらしさを同調させた上着です。

 

「これなんてどうかしら? 白のワンピースには合うわよ」

「何でできてんだそれ」

「企業秘密よ。よそ様には作れないものですわね。だからこそオススメしますわ」

「そうか」

 

強面の店主は金髪の少女のほうを向き、買うかどうかはお前が決めろといったそぶりで背中をそっと押してやります。

 

「え、えっと……かわいい、です」

「あらあら、じゃあきまりね。もう着ていく?」

「あぁたのむ。このあと市場へ行くんだ」

「果物屋ではなくて? 砂糖が切れたのかしら」

「ちげぇよ、今までこいつには甘いもんしか食わせてなかったからよ。なにか食いたいものがあったら食わせてやろうと思ってな」

「それで市場に。でも一ついいかしら」

「なんだ」

「市場で買ったものは調理しないと食べられないわよ」

「あ」

 

大事なことに今更気が付いた強面の店主に、服屋の店員は心底あきれた顔でため息をつきました。

つきながら、視線の隅で金髪の少女が上着を嬉しそうに撫でているのを見て、まぁいいかと思うことに決めました。

 

 

 

 

市場改め、目的地はレストランとなりました。

 

「わりぃ、俺は料理がとんとできねぇんだ」

「でも、用意していただいているご飯はとってもきれいですよ」

「ありゃ料理とは言わねぇんだ」

「そうなんですか……」

 

果物を切って砂糖なりハチミツなりを掛けただけのものなので、そこはなんとなく少女にもわかりました。

 

しかし、物心ついた頃からの食事を考えると、少女はまともに調理された料理というものを数えるほどしか食べていません。

そして意図的にその記憶はなくしているので、もはや〝料理〟というものがなんなのか、イマイチぴんときていませんでした。

 

当然、レストランというものも、店主がこれから行くところだという知識のみで、そこがなんなのかはわかっていません。

 

「……ご主人様」

「なんだ?」

「〝れすとらん〟って、何をするところなんですか?」

 

人通りの多い目抜き通りを歩きながら、おずおずと少女は店主を見上げて質問します。

 

「飯を食うところだ。ちょうど昼時だし俺も腹がすいてきたからな」

「お昼ご飯を食べるところ……ですか?」

「まぁそんなところだ」

 

よくわかりました。ご飯を食べるところのようです。

少女は皿に乗った硬いパンや茹でただけの野菜を思い浮かべながら、店主の後をてくてくとついて行きました。

 

 

 

 

「ご注文がお決まりでしたらお呼びくださいー?」

「おう」

 

店員が持ってきたメニュー表を見ながら、店主はどれにしようかと考え始めます。

 

一方金髪の少女ですが、渡されたメニュー表を見ても、

 

「……?」

 

なんて書いてあるのか読めません。

 

どうすればいいのかわからず困った少女は、一度店主のほうを見ますが珍しく店主はこちら側を観察している様子がなく、食い入るようにメニューを見ています。

 

(あ……これ、もしかして私は食べちゃいけないやつかな……)

 

店主に心を開いたつもりではありませんでしたが、しかし無意識のうちに、自分が奴隷であることを少女は忘れかけていました。

 

ここにきてあまりにも自分の態度が図々しいものだったと思い返します。

 

服を買ってもらい、寝床を用意してもらい、ごはんまで与えてもらっているのに、私はその食事が気に入らないなどと言ってしまった。

 

なんてことをしたんだろう。奴隷の分際でありえない。

 

(でも、どうしたら……)

 

ちがう。

 

ちがう、そうじゃない。

 

私は奴隷だから。ご主人様のモノだから。

でも、だから、何もしないんじゃない。

 

もう前のようにつらい目に合わないために、誰も信じず、自分だけを信じる。

人に何かされることを喜んだりしない。

ここに来たのもきっと、服を買ったのもきっと、私が気を許したのを見計らって酷いことをするためだから……。

 

(……)

 

読めないメニューを握る手は、いつの間にか小さく震えていました。

 

そして。

 

朝感じた、チクリとした胸の痛みが自分を襲ってきます。

目の前の筋骨隆々とした、これまで一度だって自分を殴らなかった強面の店主を、彼のことを疑うたびに、針を刺すような胸の痛みが襲ってきます。

 

彼は一度でも殴ったでしょうか。

彼は一度でも怒鳴ったでしょうか。

 

少女の記憶には、目の前の浅黒い強面の店主の本当に怖い姿など、欠片もありません。

 

(それでも、私は……)

 

疑うの? 本当に?

ずっと? いつまでも?

 

ご主人様を信じれば、裏切られた時にもう戻れなくなる。

信じなければいい。でも、いま、すごく胸がチクチクする。

 

自分は一体何を考えているのか。どうしたいのか。

それすらもわからないまま、しかし金髪の少女は考えることをやめられませんでした。

 

「注文、いいか?」

 

唐突に、強面の店主の声が少女の耳に響きます。

店主は手を挙げながら、先ほどの店員を呼んでいました。その声に現実へと引き戻された少女は、ひとまず考え事をやめて顔をあげます。

 

「ご注文どうぞー?」

「これとこれ、それからこっちも頼む」

「かしこまりましたー?」

 

イントネーションのおかしい奇妙な店員はすたすたと奥へ入っていき、その様子を目で追っていた店主は少女のほうに視線をやりました。

 

「文字、読めねぇだろ?」

「はい……」

「本当はお前の食いたいものを食わせてやりたかったんだけどな。メニュー表には文字しか書かれてねぇから、俺もどんなのが来るのかわかんねぇんだわ」

 

だからまぁ、楽しみだよな。と快活に笑う店主を、少女は複雑な目で見ています。

 

後悔、疑い、戸惑い、困惑。それらがない交ぜになり、少女自身、自分が今何を思っているのかわけがわからないまま、視線はテーブルに落ち、無意識のうちに肩を震わせていました。

 

 

 

 

「お待たせしましたー?」

 

数分後。

 

いつもよりも暗い表情のまま視線を落とし続けていた少女と、その様子を黙って見守っていた店主のテーブルに、先ほどの店員がやってきました。

 

大量の料理をふらふらと運んできた奇妙な店員は、手際よくテーブルに並べるとすたすたと立ち去っていきます。

 

「……え?」

 

テーブルには、色とりどりの、スープからサラダ、鶏肉、牛肉、豚肉のステーキ、ハンバーグ、お米、パン――――どれもおいしそうな香りを漂わせ、店主と少女の挟むテーブルに余すところなく広がっています。

 

目の前の光景に、少女は目を丸くして、

 

「なん……ですか? これは……?」

「なにって、飯だ。好きなだけ食え。何食ってもいいし、何なら全部食ってもいい」

「あ、あの、でも、こんな……」

「胃が小さくてたくさん食えねぇならいろんなモンをちょっとずつ食べてみな」

「あ、え…………」

 

金髪の少女は言葉を失いました。

 

「肉はナイフとフォークで食うんだぜ。切ってやるから、フォークで食べな」

 

奴隷の少女は、店主からフォークを受け取りました。

 

「野菜やスープからいくのが本来なんだが、細けぇことは気にすんな」

 

店主がさっとステーキをカットし、少女の目の前に置いてやります。

 

「いい所の牛肉だ。さぁ、熱いうちに食った方がいい」

 

そう言われ、おずおずと少女は口へ運びます。

 

「ほら、な。美味いだろう」

 

店主はニカッと笑いながら、

 

「――――やっとその顔を見せてくれたな」

 

少女に聞こえない声でそう呟きました。

 

 

こんがりと焼けたステーキを頬張っている少女は、嬉しそうに笑っていました。

 

金髪の、今は光の灯った瞳を持った元奴隷の少女は、たしかに嬉しそうに笑っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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