「ふぅっ!」
お腹に力をこめて息を止め、右手に握った剣を袈裟懸けに振り下ろす。
重い手応え。
魔石を砕かれたコボルトは断末魔の叫びすらなく力を失い、倒れ砂のように崩れていく。
遭遇した3匹の群れの内、こいつが最後だ。念のため周囲を確認しても、他のモンスターが来ている様子は無い。視界に映るのはハンドボウガンを構えた小柄な仲間の姿だけだった。
「良い感じみたいですね」
「うん。良い武器ってこんなに違うものなんだね」
剣を振って血糊を荒く落とし、ベルトにかけてあったボロ布を取って拭う。
こうして空を切るだけで、短剣や半欠けの刀身の剣とは明らかに違う腕にかかる武器の感触。
振るうのに今までより力を入れなきゃならないし、短剣ほど素早く腕が動き出して行かない。重い物を持っていると言う確かな感触がある。
でも、振るう剣の重さに振り回される感じはしない。むしろその重さを敵に叩きつける事で刃が相手を深く切り裂いていくのがわかる。
椿さんに貰ったこの剣は、早くも僕にその力強さを感じさせてくれた。
「当たり前です。だから冒険者は誰もがより良い武器を求め続けるんですよ」
「あ、あはは……そうだね、やっとその意味が分かった気がするよ」
冒険者は皆より良い武器を得る事を望んでいる。当たり前のことだし、僕だってそうしたいとは思ってきたつもりだったけれど……違ったんだ。
折れた剣でも戦える。今までそう思っていたし、別にそれが間違っていたわけじゃない。
剣が折れても諦めたりしない。その気持ちを持つのとは別に、自分の状態を万全にして戦う、と言うことを僕は軽視していたのかも知れない。
装備による違い、その大事さを知っている冒険者から見たら、折れた剣で迷宮に潜るなんてとんでもない話だったに違いない。
僕は予備の武器として腰に挿した(鞘は短いものを改めて用意した)あの人が残した折れた剣を意識する。
もう、あの人が残したものに頼るのはやめにしなければ行けないのかも知れない。
僕は僕で、自分で冒険者として装備を整えて行かなきゃ行けないんだ。
僕はやっと、そう思うことができた。
「それで、鎧の方はどうですか?」
「うーん、ちょっと窮屈かな。動き辛いって言う程じゃあないんだけど……」
僕が動きを確かめるように肩を回してみると、鎧に締められて居る脇腹と肩当の部分に引きつるような抵抗を感じた。
鎧の重さそのものも、軽めの皮鎧とはいえ今までの軽装よりは重い。こうして戦いを繰り返せば今までより早く疲労するだろうという感じがする。
僕がその事を告げると―――
「でも動きそのものが阻害されるのでなければ我慢した方が良いと思います。疲労はポーションでどうにかなりますけど、怪我は無理ですから」
「慣れるしかないよね……」
鎧に関しては攻撃を食らわない限りすぐに効果は見えてこないのでもどかしい。
それでも理屈では納得しているので我慢することにする。僅かな窮屈さで少しでも致命傷を避けることができるなら安い物だ。
動きの快適さを優先することで、それで相手の攻撃を防具の守り以上に避けることができる。そういう素早さは僕には無い。だから、自分が問題なく動ける範囲で守りを固めることは大事だった。
「それじゃ行きますよ」
死体から魔石等を回収し終えたリリが僕に声をかける。僕はそれに頷いてダンジョンの奥へと足を向けた。
ティオナさんの露天から装備類を買ってホームへと戻った後、僕らは買い漁った中から使えそうな防具を探した。
その結果僕は、その中から頑丈な皮のブーツ、肩当の片方と篭手部分の破損していた皮鎧。金属補強のある皮の額当てを使う事にした。
リリの防具も考えてはどうかと言う話もしたのだけれど、彼女はその話はまだの筈ですと言って首を横に振ったのだった。
防具はサイズの違いや欠損箇所があるので、鍛冶屋で手直しして貰う事にする。
リリの案内でゴブニュ・ファミリアという鍛冶のファミリアに連れて行って貰い、いかにも鍛冶師と言う感じの髭面のドワーフの人に防具の調整をして貰う事になった。
このファミリアは規模こそ小さい物の、作り出す物の品質はヘファイストス・ファミリアにも劣らないのだと言う。また建築等の請負や、他で作られた既製品の改造や調整、客の要望で一から作るオーダーメイドなども請け負っていて、その客の要望に技術でもって応えると言うシンプルな職人気質なありかたがリリは気に入っているのだとか。
面白いことを思いついたら、必ず手前に持ってくるのだぞ
そう言っていた椿さんの姿を思い出しもしたけれど、今回は別に何か思いついたわけじゃないしリリの勧めに従っておくことにする。
ゴブニュ・ファミリアは確かに素晴らしい手際で、あっという間に防具の手直しをしてくれただけではなく、使う際の注意点なんかも分かりやすく教えてくれたのだった。
ちなみに僕がそこで鎧なんかを体に合わせながら直してもらっている間、リリは使わないものは売り払ってくると言って僕を置いてどこかへ行ってしまった。
ゴブニュ・ファミリアに支払いを終えてホームに戻ると、リリと神様は既に帰っていて僕を迎えてくれた。
リリは転売によって結構利益がでたらしく、
「今日の夕食はリリが作りますから、お二人はゆっくりしていてください」
と買って来た食材を並べながら嬉しそうにしていた。
それで今日の夕食はちょっとしたごちそうかな?と思ったのだけれど、リリが作ったのは安くてお腹の膨れる典型的節約料理だったのが彼女らしかった。
「うん。美味しい……美味しいしお腹もいっぱいになるけど……」
「どうしたんですか? ヘスティア様」
「いや、なんでもないよ……」
僕とおなじくごちそうを期待していたらしい神様は食事を食べながらも何か言いたげな様子が滲み出ていた。
(うーん……神様だったら臨時収入があるとすぐお祝いだって言って食事を豪勢にしたがるもんね……)
対照的な二人の経済観念に苦笑しながら僕もリリの節約料理を味わったのだった。
そうして今日になって、僕とリリは新しい装備の試しと慣らしをかねてダンジョンへ入り6階層までやってきた
5階層までの敵を相手にして、新しい装備に慣れ始めた僕は大きく息を吸って気を引き締めなおす。
新しい装備でどこまで変わったのかは、ここからが本番だ。
魔法を唱え、
聴覚と暗視にすぐれた
匂いを辿って少数の手頃な敵を探すリリに僕は改めて感心して息を吐いた。
オラリオに来たばかりの頃、僕は有名なファミリアに入れてもらえないか訪ね歩いたけれど全て門前払いされてしまったことがある。
一目見て田舎物、お金はなし。チビでやせっぽちで体力も期待できない。荒事にかかわった経験もなく、しかも手ぶら。そりゃあ断られて当たり前だと今では分かっている。
でも、僕と同じ様にオラリオに来たばかりと言う様子のエルフや獣人の人が僕が門前払いされたファミリアに歓迎されているのを見た時は種族の差と言う物を感じずには居られなかった。
ヒューマンと
容姿端麗で魔法に秀でたエルフ。力と器用さ、頑健さに優れた体をもつドワーフ。様々な武術に親しみ、闘争心の塊であるアマゾネス。他種族とは比較できないほど鋭い五感を持った獣人。
あの時は自分が何も秀でた能力の無いヒューマンであることが残念に思えたりもした。
非力さから冒険者を諦めてサポーターへと転向したリリも、自分が
でも、今はどうだろう。
リリがいつ
彼女は冒険者を諦めてサポーターとして努力していた間、自分自身でも気付かない内に、いつでも冒険者として再挑戦できる程の素質が芽生えていたんじゃないだろうか。
そんな考えを巡らせながら彼女の後ろを歩いていると、リリが手を後ろに回してこちらに向かって開く。
『待て』のサインだ。
「ベルさん。その先の角を曲がったところにニードルラビット、3匹です」
「うん、わかった」
僕はリリと位置を入れ替えて前にでる。剣を構えて一つ深呼吸。
戦いに意識を集中して……一気に飛び出す。
「キキュイッ!」
突然飛び出してきたこちらの姿に、ニードルラビット達は慌てて迎撃体制を取ろうとする。
そこへ僕の後方からリリの援護射撃。鋭く飛来した矢をニードルラビット達は飛び上がってなんとか回避する。
でも、急な回避に位置がばらけてしまい、体制も崩れている。
僕は剣を両手で握って振りかぶるりながら、一番近い相手に突進して思い切り叩き付けたのだった。
6階層での戦闘を繰り返す。
僕の攻撃力が上がった事でリリの援護で隙を作った際の効果が如実に上がったのを感じる。
相手が早く倒せることで、結果的に傷も疲労も少なくなっている。
防具もそこに役立っている。
何度か相手の攻撃を受けそこなった時、防具がそれを防いでくれる。今までより守られている体の部位が多いからだ。
それを実感してくると、今までは避けなくてはならなかった攻撃の内、弱い物に関しては防具を頼りに切り込める様になっていく。守りを固めたことで、攻撃もまた強くなるものだと言う事を僕は今日知ったのだった。
リリの索敵で敵を選び、危険な数の相手とは戦わなかったものの、その日の探索は今までに無いほど順調だった。
その装備で初めての探索だったにもかかわらず、ポーションと矢弾の消費を除いた利益が5100ヴァリス。
二人で山分けしても一日の利益がお互い2000ヴァリスを超えたのだ。
「リリ、ほんとにこんな額になったの?」
「嘘なんか付きませんよ。それともリリが換金額をちょろまかしたとでも言うんですか?」
「そんなわけないだろっ。でも装備を変えただけで最初の日なのにいきなりこんなに違うなんて……」
「それが装備の力と言うものです。でも浮かれないで下さいね。良い装備を使うという事はその維持費もまた上がってるんです。壊れた時に買いなおすお金だって今までより高いんですからね」
「う、うん……そういえば、そうだよね」
リリが指摘することに頷きながらも、新品の装備はちゃんと手入れすればそこまですぐ壊れる事はない筈だ。
目に見えて上がった成果に僕は顔が緩むのを抑えられなかった。そんな僕をみて彼女も笑みを浮かべる。
「でもよかったですね、リリ達の初パーティが順調な出だしで。これなら二人でやっていけるかもしれません」
「うん……やったぁ!」
僕は声を上げて手を振り上げた。
「リリも嬉しいです。なんとかちゃんと稼いで行けそうですからね」
「じゃあ今日はお祝い―――」
「しません」
「……だよね」
このお金で屋台で何かちょっと良い食べ物でも買って帰ろうと言う僕の考えは、リリに素早く斬り捨てられてしまう。
「こんなの最初の一日がたまたま順調だっただけなんです。ダンジョンにトラブルはつきもの。それに備えて無駄な浪費なんかしてる場合じゃありません!」
「……はい」
ぷりぷりと怒るリリに頭を下げながら、それでも湧き上がってくる喜びを僕は感じていたのだった。
ホームへと帰り、その日のことを話すと神様もまた僕達の成果を祝い喜んでくれる。
小さくても、冒険者としてきちんと前に進んでいけている。そんな気がして僕は口元をにやけさせたまま眠りへと付いたのだった。
次の日も、二人でダンジョンへと潜る。
6階層をメインに、ひたすらに獲物を探して狩っていく。休憩を挟み、反省や相談を重ねながらモンスターを狩っていく。
そんな中、戦いの終わり際にウォーシャドウが壁から生まれて来たことがあった。
今までの僕達なら、きっと戦いの真っ最中にそれが起こっていたんだろう。
僕は慌てずに今までの敵を倒しきってから、新たに出現したウォーシャドウと向き合う。
その日の探索も順調だった。
魔石やドロップアイテムの換金後、ヴァリスの分配を終えた僕らはそのままそのバベルのエントランスホールにあるテーブルと椅子を使って一息ついていた。
バベルには様々な施設がある。三階にある換金所には僕らもいつもお世話になっているし、もっと上へ行けばヘファイストス・ファミリアの支店だったり、テナントとして様々な店舗が入って営業をしている。
しかしそれ以外にも治療施設、シャワールーム、簡易食堂や装備の簡易補修所等など冒険者のための公共施設が様々に備えられているのだった。
でも僕らは治療施設と換金所以外にはお世話になった事は無い。他の施設も有料なため利用を控えているのだ。
「このまま順調にベルさんのステイタスがあがっていけば、探索後にシャワールームを使ったりは出来ますかねー」
お金に厳しいリリも、順調な探索結果にそんな言葉を漏らす。
シャワールームの利用はそう高いものじゃないんだけど、それでも節約していた僕らは探索後の返り血や泥土に塗れた姿で街中を歩き、ホームについてから水浴びをして体を清めているのだった。
流石にリリもこの状況には思うことが無いわけでは無かったらしい。そのリリの言葉を聞いて、せめてシャワールームぐらいは気兼ねなく利用できるようになりたいと思った。
「明日には、タケミカヅチ様に剣を習い始める事ができるしね。きっと大丈夫になるよ」
「ああ、そういえばそうでしたね。技術を覚えるのに今更と言う事は無いですし、今からでも基礎を固めるのは良いことだと思います」
「それに、早くリリの戦い方のアイディアについてタケミカヅチ様の見解が聞きたいし……」
「え、まだ言ってるんですかそれ。ベルさんが剣を覚えればもっと良くなるでしょうし、折角順調なんですから変な思いつきは捨てませんか?」
そう言ってリリは嫌そうな顔を見せた。
「でも今の戦い方のままだとリリのステイタスは殆ど成長しないんでしょ?」
「それこそ今の戦い方のままなら、このままのステイタスでもしばらく問題にはなりませんよ。それにリリのファミリアではまともにステイタスの更新は出来ませんから……」
思いを誤魔化すように曖昧な笑みを浮かべるリリを見て僕は思う。
(やっぱり、このままじゃだめだ……)
こんな僕にだって、諦めず皆の助けを借りて工夫を凝らせば冒険者として踏み出すことが出来たんだ。
リリにそれが出来ない筈がない。
だけど彼女は、ずっと前に見切りをつけてしまっている。
自分は真っ向から戦えない。自分は冒険者としてはやっていけない。そして、誰も自分を助けてくれないと。
彼女と過ごしていてそんなリリの思いを感じるたびに、僕はそんなことないんだって彼女に気付いて欲しいと思った。
彼女はもう、きっと戦える力を持っている。
ずっと諦めずに努力して来たから、それは身についた物なんだ。
リリと助け合いたいと思ってる仲間がここにいることや、ファミリアのことだってどうにもならない事なんかじゃないんだって、僕は言いたかった。
でもただ言葉で言うだけじゃ、リリは表面上は受け入れてもきっと納得はしない。
ずっと一人で耐えてきた彼女には、それだけじゃあだめなんだ。
それでも、少しずつでも解かって欲しい。
明日のタケミカヅチ様との話が、そのきっかけになってくれたら良いなと僕は思った。