ホームへの帰り道、僕は悩んでいた。
なんとかして、リリにお金を返さなくちゃならない。
それに返した後も、また同じ事にならない様にする必要がある。
そうしなければ、困った事になってしまう。
(うーん、どうしようか……)
色々と頭の中で試行錯誤するうちに、僕はファミリアのホームにたどり着いた。
廃教会へはいって隠し扉をあけて、地下への階段を下りていく。
「神様、今帰りました」
僕はそう告げながら少しだけ身構える。
神様はいつも、僕が帰ると勢いよく抱きついておかえりと迎えてくれるからだ。
勿論それは光栄だし嬉しい事だけど、最近その勢いが凄いから部屋に入る時につい受け止める備えのために構えてしまうのだ。
「ベル君、おかえりぃ!」
(……あれ?)
神様の元気な声が室内に響いても、いつものように飛びつかれることは無かった。
不思議に思って見ると、神様の前を塞ぐように別の人物が立っていて、僕の方へ歩いてくるところだった。
耳と尻尾を揺らしながら歩く
「あれ、ナァーザさん。来てたんですね」
「うん……おかえり、ベル」
そうやって彼女は僕に微笑んでくれた。
「ところで、急にどうしたんですか?」
武装を解いて防具や剣を並べながら僕はナァーザさんにここにいた理由を尋ねた。
「二人に、渡す物があってね……」
「ナァーザ君はね、この間の手伝いのお礼を持ってきてくれたんだってさベル君」
先に話を聞いていたらしい神様も答えてくれる。
「そうなんですか?わざわざありがとうございます。でも改めてお礼だなんてそんなに気にしなくても良かったのに……」
「そう言うわけには……いかない。あの時は余裕がなくてすぐお礼は出来なかったけど……おかげでうちの新商品の売れ行きは順調。とても感謝してる」
「あぁ、それは良かったです。僕達も手伝ったかいがあります。ねぇ神様?」
「そうだねベル君!でも、ミアハのところだけ貧乏を脱出するのは……うぐぐ」
神様は
「すいません神様、僕がもっと稼いでこられれば……」
「い、いやっ、ベル君の稼ぎに不満があるわけじゃないんだよっ。誤解しないでくれ!」
そんな僕達の会話を聞いて、ナァーザさんはゆっくりと部屋を見渡した。
ガタが来たベッドと生地の破れ掛けたソファー。だましだまし使っている家具類。
「
その問いに、僕はつい苦笑いで頬を掻く。
「あはは、それが実はですね……」
この際相談に乗ってもらおうと思って、僕が最近の探索から今日あった事までを詳しく二人に話すことにしたのだった。
「な、なにぃー!ボクのベル君にそんな暴言を吐くなんて、許さないぞ!」
「か、神様落ち着いて。リリは僕のことを考えてくれてるんだと思いますし、悪いのは僕ですから……」
話し終わった途端怒りの声を上げる神様に、僕は両手をつかってどうどうとその怒りをなだめ様とする。
「ベル……」
「っと……なんですか?ナァーザさん」
「渡しておいた、
「えっと、
「次から、使って……」
「え?でも」
「使って……」
あれ、なんだか気圧されるような……ナァーザさんの瞳はいつものように瞼が下りた気だるげな表情なんだけど、今はその瞳の奥に常ならぬ熱が篭っているように感じられた。
「は、はい……」
とりあえず逆らうのはまずい。そう思って僕は一旦頷いておく。
よし、と頷いてナァーザさんは少し落ち着きを取り戻した様子だった。そうして彼女は改めて言葉を続ける。
「借金をするなら、そんなわけの分からないサポーターじゃなくて……うちにすればいい。
ポーチから何本もの試験管を出して僕へと差し出しながら、ナァーザさんはそう僕に提案してきた。
「だ、だめだよベル君!これは罠だ!そもそも借金しながらダンジョンに潜るのがおかしいよ!」
慌てて神様がそれを制止する。
借金をしてダンジョンに潜るのがおかしい、と言うのはその通りで僕には耳が痛い。
「でも……必要。神ヘスティアは、お金を惜しんでベルが死んじゃっても……いいの?」
「そ、そんなわけないだろうっ!」
「……じゃぁ、もう冒険者は……引退?ベルが一緒に働いてくれるのなら、いつでも……歓迎」
「それも駄目だっ!べ、ベル君。早くダンジョンで稼げるようにするんだ!僕が食い止めているうちに早く!」
「す、すみません神様。頑張ります」
本当に、早くなんとかしなくちゃ行けないな。
改めてそう思っていると、ナァーザさんが僕を見た。
「でも本当に、惜しまず使って……。ベルなら格安で、いいから……。バベルの治療施設より、安く済む」
改めて、僕に試験管の束を差し出すナァーザさんのに手を伸ばし、僕は彼女の左手から薬の束を受け取った。
なんだか、触れた指先から温かさが感じられた気がして嬉しい。
「ありがとう、ナァーザさん」
僕は深く彼女に頭を下げた。その僕の頭上から、それから……と言う彼女の声が聞こえたかと思うと―――
ドンッ!
と言う音と共にナァーザさんが右手に持った重そうな袋をテーブルの上に叩きつけていた。
袋は形をくずしながらジャラジャラと音を立てている。
「30万ヴァリス、入ってる……。そのサポーターとの借金は、早く清算しておいて……」
「さっ……」
「30万だってぇー!!」
僕の声を遮るように神様の驚きが地下に響き渡った。
「えっと、この大金は一体……」
「この間のお礼……届けに来たって言った」
「え、それにしても多すぎじゃあないですか?」
「そんなことはない……。あと、ベルがうちで手伝いしていた間のお給料も、含んでるから……」
「でも、こんな大金受け取るわけには……」
逡巡を見せる僕に、ナァーザさんは首を横に振る。
「ミアハ様と話し合って決めたの……妥当な額だと思う、よ。それにうちの家計はもう、大丈夫。二人のおかげ……用意するのに時間がかかっちゃったけれど、受け取って欲しいな」
そう言って微笑むナァーザさんは、相変わらず質素で飾り気が無い服装をしている。
たまに手伝いに行っても贅沢している様子なんて全然ない。
きっと借金の返済をしながらこのお金を作る為に自分達の生活は貧しいままだったんだろう。
「わかりました。絶対、無駄遣いはしません。ミアハ様にもありがとうございます、と」
「うん……」
僕はそのお金を大事なことにだけ、おしまず使う事にしようと思う。
「よーし、それなら今日はパーっと豪華な食事を―――」
「ダメです」
「あうぅ」
僕は神様からその硬貨袋を離すように、こちらへ引き寄せながら宣言する。
「神様はお金があるとすぐ使っちゃいますから……これは僕が管理します。神様の分の
「え、えぇーー。そんなっ無体な!」
ベ、ベル君、もっと優しさを……と僕に震える手を伸ばす神様を横目に、ナァーザさんが口を開いた。
「それで、そのサポーターにはお金が返せる……それでもっと、ベルのことを尊重するサポーターを、雇えばいい……」
「う、うん。そうだっ。そんな失礼な事を言われて黙っている事はないんだぞベル君!うちはもうそんな運転資金のない貧乏ファミリアじゃないんだからな!」
そこであらためて、僕の話にでたリリのことに二人は抗議をする。
「はい。それで相談したいと、思ってたんです」
「うん、なんでも言って……」
「なんだいベル君!」
「僕は弱くて、結局ダンジョンで稼ごうとしても中々上手くいきません。だからリリにも、僕が冒険者を諦めることを促すような事を言われてしまうんです」
僕が悔しさをにじませると、ナァーザさんは少し考えるそぶりを見せるてからこう言ったんだ。
「でも……お金に余裕、できたから……赤字でも別の人と組んだりしてゆっくりステイタスを鍛えれば、大丈夫になる」
でも、僕はナァーザさんの言葉に首を横に振って拒否を示す。
「え、彼女の案じゃ何かだめなのかい?ベル君」
神様もナァーザさんの言葉に賛成なようで、訝しげに僕を見る。
たしかにそれなら時間はかかるけど確実に成長できると思う。けどそれじゃあ駄目な理由があるんだ。
「今のままじゃあ、僕はリリに見限られる。それじゃあ駄目なんです。だって、僕は彼女を
「ええっ、仲間って、なんでそのサポーター君をっ?」
「ベル……」
驚きの表情を浮かべる二人に僕は頭を下げる。
「そのために、どうしたらいいか……相談に乗って貰えますか?」