前の投稿から二ヶ月以上経過………。けっこう間が空いてしまい、申し訳ありませんでした。
前回あとがきにて、前話で一区切りみたいなことを書きましたが、冒頭だけ普通に続きみたいになっちゃいました。個人的にちょっと構成ミスったかなと思ってます。
今回はけっこう長いです。『一日』をテーマにいろいろネタを突っ込んだら短編集みたいになり、文字数1万近いという過去最大数になっちゃいました。
ではどうぞ。
気づくとルイズは見知らぬ場所に立っていた。
「ここは………」
辺りを見渡す。周囲は暗く、どうやら夜のようだ。
今いるのはどこかの橋の上で、遠くには前に夢で見た建物があった。
もしかしてと思い、空を見上げると白く輝く月が一つ浮かんでいた。
「これって、あの時と同じように、夢の中?」
なんでまたこんな夢を……、と思っていると、ふと右側から気配を感じてそちらに視線を移す。
橋の片側からかなでが歩いてくるのが見えた。
近くまで来たところで、なにげなく話しかけようとした。
その時、
バン!
何かが弾けるような音がし、かなではよろけて足を止めた。彼女は右手で腹部を撫でまわすと、じわりと血が
「か、カナデ!?」
慌てたルイズは
「ウソ……、通り抜けた!?」
どうなっているんだと混乱しながらかなでの様子をうかがうと、彼女はなんでもないように平然としていた。
「だ、大丈夫なの……?」
心配そうに尋ねるが、聞こえていないかのように反応がない。
かなでは正面を向き、一点を見つめている。
気になったルイズはそちらを振り返り、そして
「あ、あんたは!?」
そこにいたのは、以前かなでに殺されたオレンジ髪の男だった。
彼は銃をこちらに向けて構えている。状況からして、男がかなでを銃で撃ったのだろう。
かなでは男を見据える。
「ガードスキル・ハンドソニック」
かなでの右手から光とともに手甲剣が現れる。彼女は再び歩き出した。
男は顔を恐怖に歪めると、振り返って走り出した。重傷を負っているにもかかわらず刃物をひっさげて無表情で歩いてくるかなでの姿が不気味だったのかもしれない。
男は途中で振り向き発砲。
かなでは腕を振り払い、迫る銃弾をハンドソニックの刃でいともたやすく弾き飛ばした。
そんなあまりにも非常識な光景に、男は今度こそ全力で逃亡した。
かなでもあとを追うかのように歩いていく。
ルイズは一連の出来事に呆然としていたが、ふと我に返って二人を追いかけた。
走っている途中で階段があり、それを駆け上がると、歩くかなでの後ろ姿が見えた。
その先には明かりが灯った巨大な建物があり、中から聞いたことのない音楽と、それに熱狂するような歓声が響いていた。
建物の前には17、8歳くらいと思われる少年達が銃を構えていた。
かなでは立ち止り、口を動かした。
「ガードスキル・ディストーション」
同時に少年らの銃が一斉に火を吹いた。
銃弾の雨がかなでに迫る。
しかしそれらは彼女に当たることなく、あさっての方向へと飛んでいった。
後ろにいるルイズには何が起こっているのかまるで分からない。確かめるため、かなでと距離をとりながら横側へと回り込んだ。
そこから見て、ようやく理解した。かなでの体の周囲に歪みのようなものが生じており、それによって銃弾が全て弾かれているのだ。
それでも銃撃は止むことなく続き、かなでは棒立ちの状態で足止めされた。
ルイズはこの光景に驚愕した。正確には少年らが使っている銃にである。
彼女の知っている銃は単発式のマスケット銃である。
これは銃口から火薬と鉛の弾丸を細い棒でつついて装填し、撃ったあとは先ほどの工程で再び弾を込めるという、手間のかかるものである。しかも命中率が悪く、遠くの的を狙っても当たりはしない。
つまるところルイズにとって銃とは、鉛玉をあさっての方向に一回飛ばすだけの粗悪品であった。
だがあの銃は信じられないことに連射している。途中弾切れなのか銃撃が止むことがあるが、なにやら素早く部品を交換してすぐさま撃てるようになる。しかも撃った弾は全て対象に向かうというとんでもない命中率だ。
既存の性能を大きく上回る銃に、ルイズは自分の常識が崩れるのを感じた。
そうして目を奪われていると、かなでの横から黒い髪の女が彼女めがけて小刀を投げつけた。かなではハンドソニックで弾き飛ばす。
そこへ、武装集団の一人である大柄な男が肩に筒のようなものを担ぎ、その先端から何かを撃ちだした。それはかなでのすぐ
爆風にあおられて体勢を崩すかなでに、銃弾の嵐が再び迫る。しかしすんでのところでディストーションを発動して防ぐ。
そんな攻防を繰り広げていると、空からたくさんの白い紙切れが雪のように降ってきた。銃を撃っていた連中は攻撃を止め、それらを適当に掴んで建物の中へと駆け込んでいった。
ルイズはもうなにがなんやら、
ふと目の前に落ちてきた紙切れを掴む。
「なにこれ?」
紙切れには何か書かれてあるが、ルイズにはそれの意味など分かるはずもなかった。
ちなみにそれにはこう書かれていた。
――――肉うどん、と。
朝、ベッドに横たわるかなではカーテンの隙間から差し込んでくる陽光で目覚めた。
むくりと上半身を起こすと、口元を手で覆ってあくびをする。
手で寝ぼけまなこをこすり、ふと隣を見下ろす。主人である少女があどけない顔で寝息を立てていた。
「ルイズ、朝よ、起きて」
「はえ? ああ、そう……」
寝ぼけた声で返事をしながらルイズは起き上がると、ぐーっと伸びをした。
それからかなでの顔をじっと見つめた。
「? どうかしたの?」
「………なんでもないわ」
ルイズは首を横に振った。実のところ原因は先ほどの夢なのだが、今は気にしないことにした。
二人はベッドから出る。
下着姿のかなでは椅子にかけてある制服を着ると、タンスからルイズのための下着を取り出す。
ルイズはそれを身につけると、続いてかなでに制服を着させてもらう。
それからルイズはかなでに、近くの水汲み場までバケツに水を汲んでくるよう命じた。場所は塔を出てすぐ目に入るらしい。
かなではバケツを持って塔の外へと走り出た。
たしかに近くに水汲み場が見えた。そこで水を汲み、急ぎ部屋へと戻った。
それからルイズはバケツの水で顔を洗い、歯を磨いた。
ちなみに、ルイズは自分で洗ったりはせず、かなでに洗わせた。それが貴族というものらしい。
朝の身支度を終えると、朝食をとるためルイズはアルヴィーズの食堂へ、かなでは厨房へと向かった。
またシエスタに頼んで用意してもらおうと思いながらかなでは厨房に入った。
途端、中にいたコックやメイド達に
どうしたのかと思ったが、特に気にすることなく尋ねた。
「朝食をもらいたいのだけれど」
するとそこへ、他のコックより身なりの良い、年齢40過ぎくらいのまるまる太った親父が現れた。
「メイジ様はこんなところじゃなく、食堂で食べたらどうなんですかい?」
かなでは小首を
「メイジ?」
「お前さん、昨日の決闘で魔法を使ったそうだな」
かなでは、またかと思った。
「あれは魔法じゃないわ」
「魔法じゃなければなんだっていうんだ。とぼけても無駄だ。食堂の方に用意させるから、メイジのあんたはそっちで食べるんだな」
彼は腕を組み、口をへの字にして見下ろす。なぜか彼はかなでのことが心底気に入らないらしい。
しかたないと、かなでは
と、そこへ、
「何してるんですかマルトーさん!!」
厨房入口からシエスタが怒りながらずかずかと歩いてきた。
「し、シエスタ? どうしたんだ?」
マルトーと呼ばれた親父はうろたえた。
「どうしたもこうしたも、なにカナデさんを追い出すようなマネしてるんですか!」
「い、いやこの娘に、メイジなら他の貴族と同じように食堂で食べるべきだって言ったんだが?」
「たしかにカナデさんは不思議な力がありますけど、だからってあんな言い草ないじゃないですか! それにカナデさんは貴族じゃありません!」
シエスタの迫力にマルトーはたじたじになる。
「ほ、本当にどうしたんだシエスタ? やけにその娘の肩を持って」
「当然です! わたしはカナデさんを助けるって決めたんですから!」
それからシエスタはかなでの今までの辛い境遇(と彼女が思い込んでいる)を
するとマルトーは目にじんわりと涙を浮かべた。
「そ、そうだったのか。こんな若いのにそんな苦労が……。それなのに、俺は勝手な思い込みで……」
マルトー親父はガバっとかなでに頭を下げた。
「すまなかった!」
彼に続いて他の使用人達も頭を下げた。皆一様に後悔に顔を歪めている。
マルトーは先程の態度について話し始めた。
「俺はてっきり、あんたも他の貴族みたいに威張り散らすやつだとばっかり………」
貴族と魔法を毛嫌いしているマルトーらしい言い分だったが、なんとも一方的な偏見であるとシエスタは思った。まぁ自分も彼らと同じようにかなでのことを怖がっていたので、人のことは言えないのだが。
かなでは手をひらひら振った。
「気にしてないわ。だから頭を上げて」
「そ、そうか! 許してくれるのか! お前はいいやつだな! 待ってな、今朝食用意してやるからな!」
マルトーは一転、好意的にかなでをもてなしてくれるようになった。
かなでがシエスタに手を引かれて席に着くと、メイド達が暖かいシチューの入った皿とふかふかの白パンを持ってきてくれた。
「ありがとう」
かなでは礼を告げると、シチューを一口ほおばった。
「
無表情で
その様子にマルトーはうんうんと頷いた。
「そりゃそうだ。それは貴族の連中に出してるのと同じもんさ」
かなでは手を止めてシチューをじっと見つめる。
「ルイズはいつもこんな美味いもの食べてるのね」
「このコック長マルトーにかかれば、どんな料理だって絶妙な味に仕上げてみせるさ。これだって魔法みたいなもんだ。っと、魔法の使えるお前さんには大したもんじゃないだろうが……」
マルトーは気まずそうに頬をかいた。
かなでは再びシチューを口に入れると、よく味わってから飲み込んだ。
「………そんなことないわ。こんな美味いシチューを作れるなんて、すごく素敵だと思う」
その言葉にマルトーは思わず感動極まった。魔法が使えるからといって威張りちらす貴族どもと違って自分の力を誇らない奥ゆかしさと、率直に自分の料理を褒めたたえる心に
「ああ! いいやつだカナデ。お前はまったくいいやつだ、気に入ったぜ!
「ちょ! マルトーさんそれはダメです! 犯罪です!」
「ハハハ! 冗談だシエスタ! まぁそれくらい気に入ったってことだ!」
慌てて止めようとするシエスタ相手に、マルトーは豪快に笑った。シエスタは疲れたようにため息をついた。
かなではそれらを横目で見ながら、気にせず食事を続けた。
朝食後、かなではルイズの部屋を掃除する。箒で床を掃き、机や窓を濡れ雑巾で磨いていく。
それが終わると次は洗濯だ。ルイズの洗濯物が入ったカゴを持って、最初に洗濯をしたあの水汲み場へと向い、洗濯板や桶を借りて洗い始める。
春先とはいえ水は冷たく、指が切れそうに痛い。
(我慢できない程ではないけど、冷たいわ……。冷たさに対応できるガードスキルが作れればいいんだけど……)
しかしそれは不可能だ。スキル制作に必須のエンジェルプレイヤーがないのだから。
だがそこで、昨晩のルイズとの会話が脳裏をよぎった。できないと思う前に試してみてはどうか?
(……とりあえず思いつくかぎりでやってみようかしら)
かなでは両手を見つめた。
(手を守るのだがら………、表面を覆うような感じのものがいいわね。あと名前も決めて……)
頭に創造するスキルを強く思い浮かべる。
そしていつものノリでスキルを発動させる。
「ガードスキル・アンチコールドコーティング」
………なんだか
かなでは桶に溜まった水に手を突っ込んだ。
結果は………冷たかった。
「………さすがにそんなご都合展開にはならなかったわね」
諦めて冷水に耐えることにした。
朝食、掃除、洗濯の後はルイズの授業のお供を務める。
初日同様に床に座ろうとしたが、ルイズの気遣いで隣の空いている椅子に座わるよう
今回の授業はミス・シュヴルーズによる魔法の組み合わせについての話だった。
「魔法は系統を足すことで更に強力になります。そしてわたし達メイジはいくつ足せるかでランクが決まりますが、そのランクは?」
「はい先生」
「どうぞ」
手を挙げたモンモランシーは促されて立ち上がり、片側の髪を優雅にかきあげると自信満々で答えた。
「一つでドット。二つ組み合わせができたらライン。三つでトライアングル。四つでスクウェアと呼ばれますわ」
「よろしい」
正解を言い渡され、モンモランシーは満足げに微笑んで着席した。
ここにきてかなでは、初日に疑問だったトライアングルやスクウェアといった単語の意味を知った。
「みなさんはまだ一系統しか使えない方が多いと思いますが―――」
「お言葉ですがミス・シュヴルーズ、まだ一系統も使えない魔法成功率ゼロの生徒もおりますので」
誰かのその言葉に、教室中の視線がルイズに集中した。
彼女は反論せず、膝の上で拳を握り締めた。かなではその様子を静かに見つめている。
「お、おほん。とにかく、より高いランクを目指すように。いいですね」
ミス・シュヴルーズが話題を軌道修正し、そのまま授業は続いた。
午前の授業が終わると次は昼食である。
ルイズはかなでを連れて本塔の入口まで来た。
「それじゃ行ってくるわ。昼休みの後も授業があるから、ここで待ち合わせること。休み時間が終わるまでは自由にしていいわ」
かなでがコクっと頷くと、両者は朝と同じように別れた。
昼食を食べ終えたかなでは場所を移って食堂の方を覗く。ルイズは優雅に食後のデザートを楽しんでいた。昼休みはそれでつぶすつもりなのだろう。
(あたしはどうしようかしら?)
せっかくの自由時間だし、少し辺りを散歩してみることにした。
本塔を出て、壁に沿って歩いていく。
すると塔の裏側にてシエスタを見つけた。
彼女は切り株のような台座の上に、縦長の丸太を立てる。
そして両手で斧を持つと振りかぶり、丸太めがけ振り下ろした。斧は丸太に食い込み、その状態から台座に何度も打ちつけて割った。
見ていてなんとも骨の折れる作業だ。
「シエスタ」
彼女の元へ歩いていき声をかける。
「あ、カナデさん」
シエスタはにっこりと
「どうしたんですか、こんなところで?」
「自由時間だから散歩を。あなたは薪割り?」
「はい。在庫が減ってたので補充しないといけないんです」
「大変?」
「大変といえば大変ですが、大丈夫ですよ、いつもやってることですから」
シエスタはたいしたことないというように笑ってみせる。
かなでは少し考えてから、口を開いた。
「よければ手伝ってもいいかしら?」
「え? でも」
「ダメ、かしら?」
じっと見つめてくるかなでに、シエスタは苦笑した。
「ダメというか、けっこう力がいりますから」
「大丈夫よ」
やけに自信がありそうだった。
そういえば昨日の決闘で青銅を切ったり投げ飛ばしたりしていた。おそらく
それにかなでがやりたいと言うのだ。ならその想いを尊重させてあげたいと思った。
「ではお願いしましょうか」
シエスタは微笑みながら説明を始めた。
「あそこに積んである丸太を割って、あっちに保管するんです」
シエスタが指差す先には、見上げるほど積み重ねられた丸太の山と、同じように薪が積まれた山があった。もっともこちらは山というより丘と表現するほどに低かった。たしかに品薄状態だ。
彼女は次に、先ほど二つに割った丸太を指さした。
「たいていは一本を四等分するんですが、これは大きいので八等分にはできますね」
シエスタは丸太の片割れを台座に立てると、かなでに斧を渡そうとする。
それを彼女は右の
「必要ないわ」
「え? でも」
「下がってて」
言われてシエスタは疑問を感じながらも下がった。
かなでは割れた丸太を両手でそれぞれ掴むと軽々と持ち上げ、頭上に放り投げた。
「ガードスキル・ハンドソニック」
右手から光とともに手甲剣を出現させると、投げた二つが眼前まで落ちてきた。
かなでは目にも止まらない速さで剣を何度も振るった。
丸太が地面に落ちる頃には、それは八等分された薪へと早変わりしていた。
「ええええええぇぇぇぇ!?」
シエスタは仰天した。
「これでいい?」
「す、すごいですカナデさん! これならあっという間にすごい量ができますよ!」
シエスタはキラキラと目を輝かせて、かなでの力量に感激した。
そのあとはそれぞれのペースで丸太を割っていき、新しい薪が大量に積み上がった。
「わぁー、いっぱい切りましたね]
先ほどと違い、見上げるほどに多く積まれた薪の山を見つめ、シエスタは感嘆の言葉を発した。
「お疲れさまですカナデさん。そういえば、そろそろお昼休みが終わりますね。後片付けはやっておきますので、カナデさんは急いで戻ってください」
「もうそんな時間なのね。じゃあ行くわ。教えてくれてありがとう」
「いえいえ」
かなでが走り去ると、シエスタは笑って手を振りながら見送った。
「勉強しましょ」
「は?」
午後の授業が終わり、放課後は自由になることをルイズが告げると、かなでが突然提案してきた。
「いきなりなによ?」
「あなたの魔法が成功するよう、勉強が必要だと思うの」
ルイズは、かなでが前に魔法が使えるよう手伝うと言ったのを思い出した。気持ちは嬉しいが、彼女は困った顔をした。
「無駄よ。やるべきことは全てやったけど、その結果があれなのよ」
「ならやらなかった勉強をすればいいんじゃないかしら?」
「それってどんなことよ?」
聞かれてかなでは思案する。
しばし沈黙が続いた。
ルイズはじと~っと見つめた。
「………思いつかないわけね」
言われて頷くかなでに、ルイズはため息をついた。
「………まぁいいわ。図書室に行って、なんか目新しいものが見つけられればいいんだけど」
そうしてルイズはかなでを連れて本塔内にある図書室へと向かった。
図書室に入ったかなではそこの壮大さに驚いた。本棚はおおよそ三十メートル程の高さで、それが壁際にずらぁーと並んでいる光景は壮観だった。
ちなみに図書室は食堂同様に平民立ち入り禁止であるが、かなでは使い魔なので、ルイズ同伴で入室できた。現にここにいるメイジの中には使い魔を連れている者もいる。
二人は系統魔法に関する本棚の前に来た。
「それじゃこの中から役立ちそうなのを探すわよ」
ルイズは納められた本の背表紙を眺めていく。
かなでも同じようにするが、すぐさま一冊の本を手に取って中身を開いた。
見たこともない文字が並んでいる。理解不能だった。
「どうしたのよ?」
動かないかなでを不審に思ったルイズが近づく。
「読めないわ」
「読めないって……それじゃ調べものできないじゃない」
「そうね。困ったわ」
かなでは淡々としている。
「全然困ってるように見えないんだけど?」
「そんなことないわ。でもそうね……。まずは字を覚えなきゃダメね」
本を戻したかなでは本棚を上から下へと眺める。
「日本語の辞書はないのかしら?」
「ニホンってあんたの世界の? そんなのあるわけないじゃない」
呆れるルイズであったが、少し考えると本棚から一冊の本を取り出した。
「しょうがないから、わたしが教えてあげるわ」
「でもそれじゃルイズの勉強が……」
「いいから、ほら!」
ルイズはかなでの手を取って空いてるテーブルに向かった。
正直勉強よりも、こういった普段と違うことをする方が有意義だと感じた。
こうしてかなでの勉強が始まった。
ルイズはまず文字を一つずつ教えていき、その後は単語の意味を教えていった。
そうしていると、驚くことにかなではたちまち文章を読めるようになっていった。
だが不思議なことに、単語や文章そのものを正確に読むのではなく意訳して読んでいるのだ。
「文章を意訳して話すなんて……いったいどうなってるのよ?」
「分らないけど、読めるようになったからいいんじゃないかしら」
「あんたけっこう大雑把よね……」
そんな感じで勉強を続けてると、誰かがやってきた。二人は顔を上げる。
相手は一人の女子生徒だった。低い身長に身の丈を超える杖。青いショートヘアにメガネ。
ルイズはその姿に見覚えがあった。
「あんたは、たしかキュルケとよく一緒にいる……」
「タバサ」
「わたしになにか用?」
「あなたじゃなく、彼女に」
タバサの目がかなでへと向かう。
「あたしに?」
「聞きたいことがある」
「なにかしら?」
「あなたが決闘で使った力……。あれは系統魔法でも先住魔法でもない。あれは何?」
彼女の質問内容はオスマンのものと同じだった。当然返答も同様のものとなる。
「あれはガードスキルよ」
「どうしてあなたはその力を使える?」
「自分で作ったからよ」
そこでタバサは黙り、じっとかなでを見つめる。その顔からはいかなる感情も読み取れず、一体何を考えているのか察することができない。
かなでとタバサ。無言の二人の視線が交差したまま数秒が経過する。
先に沈黙を破ったのはタバサだった。
「どうすれば作れる?」
「もう作れないわ」
「なぜ?」
「エンジェルプレイヤーがないもの」
聞きなれない単語にタバサは内心首を傾げた。
「それはなに?」
「あたしがガードスキルを開発するのに使った道具よ」
「それはどこにあるの?」
「………もう存在しないわ」
エンジェルプレイヤーはかなでが死後の世界で見つけたソフトである。死後の世界について語るわけにはいかないので、そう答えるしかなかった。
タバサはしばらく思案するかのように黙っていたが、
「そう……」
とだけ言い残して去っていった。
かなではその背をじっと見つめる。
「彼女、なんだったのかしら?」
「さぁ?」
二人には疑問のみが残った。
そして夜。
夕食を終えると、貴族達は本塔地下にある大浴場へと向かう。当然ルイズも風呂はそこを使う。しかしかなでは図書室の時のように入ることはできなかった。やはり貴族ではないのと、大浴場にまで使い魔を連れてくる者がいなかったというのもある。
そんなわけでかなでは学院で働く平民用の共同風呂を使うことになった。
ちょうどシエスタが入るところだったので、ご一緒させてもらうことになった。
それで現在、
「一日の労働を終えた後のお風呂は気持ちいいですねー♪ 気分はどうですか、カナデさん」
「………蒸すわ」
「蒸し風呂なんですから当たり前じゃないですか」
上機嫌なシエスタがツッコミを入れる。
平民用の風呂は掘っ立て小屋の中にあるサウナ風呂であった。
熱した石が詰めてある暖炉の横で、裸体にバスタオルを巻いた姿のシエスタが腰掛けている。すぐ横には長い銀髪を上げ、頭と体にバスタオルを巻いているかなでが隣り合って座っている。
シエスタは満足しているようだが、かなでは不満だった。現代日本の文明に慣れた彼女にとって、風呂は浴槽にたっぷり張った湯につかるものである。サウナも悪くはないのだが、やはり物足りなかった。
「浴場みたいなのはないの?」
「わたし達平民はそんな豪勢なのは使えませんよ」
そういうわけで、かなではしかたなく我慢することにした。
ふと隣りのシエスタの
ふと『実はわたし、着痩せするタイプなんです』というセリフが脳裏をよぎった。それを言ったのは誰だったろうか?
それはさておき、かなでは自分の体を見下ろした。起伏の乏しい平面が目に映った。
「………」
なにげなく両手を自分の胸に持ってくる。そして再びシエスタの魅力的な胸を見つめる。
…………純粋な
それからしばらくして、体が十分に温まったので外に出て水を浴びて汗を流した。
濡れた体を拭き、脱衣所にてシエスタは白のドロワーズと、膝上まで丈のあるキャミソールを身につける。ちなみにドロワーズとは、膨らんだスパッツのような形状の
その横で裸のかなでが日中ずっとつけてた下着を着ようとしていた。
「カナデさんって他に服ないんですか?」
「着の身着のまま召喚されたから持ってないわ」
「でもそれだと不便じゃないですか」
年頃の娘にとって衣服、とくに下着の替えがないというのはあんまりだ。
シエスタは少し考えたあと、自信満々で胸を叩いた。
「分かりました。そういうことなら任せてください」
彼女は急ぎメイド服に着替えた。
「ちょっと待っててください。すぐ戻りますから」
シエスタは小走りで出ていき、かなではきょとんとその背を見送った。
「それで、そんな格好をしてるわけね」
ベッドに腰掛けるネグリジェ姿のルイズの言葉に、かなではコクっと首を縦に振った。
あの後シエスタは自室に戻り、自分の衣類を一通り持ってきて、ほぼ押しつける感じで貸してくれたのだ。
現在かなでは下着を白のキャミソールとドロワーズを身につけ、オレンジ色のワンピースタイプの寝巻きを着ている。
かなでは自分の体を見渡した。
シエスタ用のサイズなのでかなりブカブカだ。特に胸のあたりとか……。
袖は長すぎてほぼ手の全体を隠してしまっている。
「我ながら、だらしない格好ね」
かなでは袖余りを見つめて嘆いた。
「そうね。でも、どうしてかしら? なんだか
「可愛い?」
かなではルイズの言っていることがよく分からなかった。もっとも当のルイズも理解していないが……。
しかしそれはとある世界ではこう呼ばれるものだった。
萌え袖、と。
それはさておき、ルイズはかなでの姿をジッと見据えていたが、
「そうね……。分かったわ」
突如、一人で納得するように頷いた。
「あんたに服を買ってあげる」
かなではちょっと目を見張った。
「いいの?」
「当然よ。必要なものはきちんと買うわよ」
ルイズは得意げに告げた。
「ありがとう」
「そういうわけだから、次の虚無の曜日に街に連れてってあげる」
どうやらこの世界でも曜日によって休みがあるらしい。
約束を取りつけ、二人はベッドに横になった。
かなでは一日のことを振り返った。
(今日もいろいろあったわね………)
そうしていると、眠気が襲ってきて、彼女の意識は沈んでいった。
今回の話の一部には、ソーシャルゲーム「Angel Beats! Operation Wars」のネタを使わせていただきました。もし気づいた人がいたらなんだか嬉しいです。