ミス・ロングビルとルイズ達が退出した後、学院長室には入れ替わる形でコルベールが飛び込んできた。
彼は椅子に座るオスマンの前で、かなでのルーンのスケッチと、一冊の古びた本を開き、事情を説明していた。
「つまり
「はい。ミス・ヴァリエールが呼び出した少女に刻まれたルーンは、この『始祖ブリミルの使い魔たち』に書いてあるものと同じでした」
オスマンの見据える前で、コルベールは深く
「なるほどの……。してお主から見たその少女の印象は?」
「は? はい、見かけは小柄でとても
「うむ、わしも見た感じ同じじゃったよ」
「と言いますと、彼女をご存知なのですか?」
「うむ、ほんの少し前までミス・ヴァリエールとここにおったんじゃがの」
そう言ってオスマンは改めて本に記されたルーンに目を落とした。
この世界には六千年前、魔法を伝えたとされるメイジの始祖ブリミルの伝説がある。この本にはかの者の使い魔の存在が書かれており、それがかなでに刻まれたルーンの正体だった。
使い魔は他にもガンダールヴなるものの存在が記してある。それはあらゆる武器を使いこなし千人もの軍隊を一人で壊滅させるほどの力を持っていたらしい。
だがかなでのルーンには能力はおろか、その名前すら載っていなかった。
オスマンはため息をついた。
「記す事もはばかれる使い魔か。しかしルーンが本物だとすると、これはつまり伝説の再来を意味している事になる」
「どうしましょう」
「しかしこれだけでは決めつけるのは早計かもしれん。果たしてどうしたものか……」
そう思案していると、部屋のドアがノックされた。
「誰じゃ?」
「わたしです、オールド・オスマン」
「おお、ミス・ロングビルか。教室の片付けは完了したのかの?」
「はい。ですがそれとは別件です。ヴェストリの広場で決闘をしようとしている生徒がいます。止めに入った教師がいましたが、興奮している生徒達に邪魔されて止められないようです」
「やれやれまったく……して決闘騒ぎを起こしてるのは誰じゃ?」
「一人はギーシュ・ド・グラモンです」
「グラモンとこのバカ息子か……。おおかた女の取り合いじゃろ。して相手は誰じゃ?」
「……それが、メイジではありません。ミス・ヴァリエールの使い魔の少女です」
オスマンとコルベールは顔を見合わせた。
「教師達は『眠りの鐘』の使用許可を求めていますが?」
「ふむ……」
オスマンは
「子供のケンカに大切な秘宝を使う必要もなかろう……と言いたいところじゃが、相手が非力な少女ではな。一応用意だけはしておき、危険になったら即使うよう教師に伝えておくのじゃ」
「分かりました」
扉の向こうでロングビルの足音が去って行くのが聞こえた。
コルベールはオスマンに問いかけた。
「オールド・オスマン、危険になったらとのことですが、なぜ今すぐ止めないのですか?」
「うむ。その少女が本当にブリミルの使い魔の再来なら、それを確認できるよい機会と思うての。なにせどんな能力なのかさっぱり見当もつかん」
「し、しかし相手は小柄な少女ですぞ! 万が一違ってたら……」
「そのための秘宝じゃって。少しは落ち着くのじゃコルベール君。あんまり心配性が過ぎるとハゲるぞ。おっと、すでにハゲとるか」
「オールド・オスマン!」
怒るコルベールを無視して、オスマンは杖を振った。壁にかけられた大きな鏡にヴェストリの広場が映し出された。
ヴェストリの広場は噂を聞きつけた生徒達で
その中で、半径十メートル程の円に開けた所があり、その中心あたりにはギーシュとかなでがいた。
「諸君! 決闘だ!」
ギーシュが杖を掲げて叫ぶと周りから歓声があがった。
かなでは困惑していた。
(どうしてこうなったのかしら……?)
礼儀を教えるからというので来てみれば、なぜか自分とギーシュが決闘することになっていた。もっともその事に気づいていなかったのはかなでだけだったが。
ギーシュは歓声に応えた後、優雅に杖の先を、三メートルほど離れた所にいるかなでに向けた。
「とりあえず逃げずに来たことは
(逃げるもなにも、決闘するだなんて思ってなかったのだけれど……)
かなでは自信満々な顔で叫ぶギーシュを見ながら思った。
「さて、僕はメイジだ。ゆえに魔法を使わせてもらう」
ギーシュが杖を振ると、杖についた
かなでは顔には出さなかったが、内心かなり驚いた。
「今のも魔法?」
「そうさ! 言い忘れたが僕の二つ名は”青銅のギーシュ”だ。従って青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手しよう」
ギーシュは不敵に笑う。
彼の脳裏にはかなでがワルキューレを見て恐怖におののく姿が浮かんだ。ワルキューレの力を存分に見せつけ、この大衆の中で頭を下げさせる。そうしてギーシュ自身の
もっとも、二股かけておいて自分より力のない者に決闘をふっかける時点で紳士とは言えないのだが。
「さあ行け!」
ギーシュの命令で、ワルキューレがいっきに近づいて殴りかかる。そこそこ速かったが、かなでは横に跳んで回避、地面を転がる。
「ふむ。よくかわしたな」
もっともギリギリで避けられそうな範囲で繰り出したのだが。
「さて、これで僕の力はおおよそ理解できたはずだ。今なら「ごめんなさい」と一言謝れば、紳士の僕は寛大な心で許してあげるよ」
今ので脅しは十分。あとは相手が降参すればいいだけ。
だが、そう思い通りに事は運ばなかった。かなでが立ち上がってこっちをまっすぐ見つめている。
「謝れば、あなたは二股かけた二人に謝るの?」
思わぬかなでの切り返しにうろたえる。
「ぐっ!? い、今はその事は関係ない! それよりも降参するのか? どうなんだ!」
だがかなでは無表情でギーシュを見つめるだけ。降参する兆しは見られない。
「………そうかい。もう少し怖い目を見た方がいいみたいだね」
こうなったら多少の怪我は仕方がないと、ギーシュは戦闘を再開した。
相手に当てないように気を配りながら体力切れに持ち込む事にした。
ワルキューレの攻撃が次々に繰り出される。かなでがサイドステップやバックステップで横や後ろに逃げる。
(なんとかしないと……)
決闘なんてする気はないが、二股八つ当たり男相手に大人しく降参する気にはなれなかった。
(でも現実世界でガードスキルが使えるわけない……)
そんな状態でまともにワルキューレと戦っても勝てそうにない。
(いっそ術者を狙ってみたら……)
かなではギーシュへと一気に駆け出す。
しかしワルキューレがすぐさま回り込み、パンチを放つ。急停止してとっさに腕を交差して防御するが、わりと威力があり、吹っ飛ばされて地面に倒れる。腕と背中がけっこう痛んだ。
すぐに立ち上がって体勢を立て直し、距離をとる。ワルキューレが追撃してくる。
(どうしようもないわ……)
打開策が見つからず、苦悩するかなでにできるのはひたすら逃げるだけだった。
何度目かの攻撃をバックステップで避け、観衆らの壁の近くに追い詰められた。
そこへ人込みをかき分けて、ルイズ達が観衆の輪から出てきた。
ルイズの目に、数メートル先にいるかなでの横顔と、彼女に向かって拳を振り上げて迫るワルキューレの姿が映った。
「カナデ!」
ルイズは思わず飛び出し、かなでの前で両手を広げ、彼女を守ろうと立ちはだかった。
突然飛び出したルイズに、ギーシュやキュルケは驚いた。シエスタは恐怖のあまり顔を手で覆った。
かなでは焦った。このままではワルキューレのパンチがルイズに当たってしまう。
(助けなきゃ!)
無意識に、そう強く思った。
その瞬間、かなでの胸のルーンが光りだした。
青銅の拳が迫る。ルイズはその光景に恐怖する。
その時だ。
ルイズの右横から、かなでが素早く
腕を斜め後ろに振り抜いた姿勢で静止するかなでの背後で、細い胴体を切断されたワルキューレがごとりと地面に崩れ落ちた。
「え?」
突然の事に、ルイズは何が起こったのかすぐに理解できなかった。
ギーシュは自身のワルキューレが粘土のよう切り裂かれて動揺した。
(あんなか細い腕で青銅を切った!? いやそもそも剣なんて持ってなかったはず?)
静止したままのかなでを目を見開いて見つめる。その顔は
それが静かに声を発した。
「二股したうえに
かなでは立ち上がり姿勢を正すと、顔を上げてギーシュを見つめた。
その視線にギーシュは
かなでが剣を構えた。
そこへ、ルイズの横から、
「……え?」
ルイズをはじめ、この場にいる全員が我が目を疑った。ワルキューレの残骸の数メイル先にかなでがいる。そしてルイズのすぐ近くにもかなでがいる。
そう。なんとかなでが、二人いるのだ。
「カ、カナデ!?」
ルイズがうわずった声を上げる。二人のかなでが同時に振り返りる。
そしてルイズは、自身に向けられる眼差しから両者の違いに気づいた。
(目が、赤い?)
ルイズの近くにいるかなではいつもどおりの金色の瞳をしている。だが、ワルキューレを倒した方は瞳が赤い色をしていた。
赤目のかなでが何か言おうと口を開いた。
だがその瞬間、赤目の体が消えた。それは無数の細かな0と1の赤い光となり、金色の瞳のかなでの体へと吸い込まれていった。
その光景に決闘の場は静まりかえった。
「……今の、何?」
それしか口にできないルイズ。その呟きはこの場にいる全員の気持ちを代表していた。
だが誰よりも驚いていたのはかなで自身だった。
(………ハーモニクス?)
さっきのは間違いなく、かつて自分が死後の世界で使用していた分身を生み出すガードスキルだった。
ルイズを助けなくてはと強く思った際に、それが無意識で発動したのだ。消滅したのは制限時間の十秒をきったため、時間切れでかなでの中へと戻ったのだ。
(今確かにハーモニクスが発動してたわ。でも一体どうして?)
使えないと思っていたガードスキルの発動に困惑するかなで。
思わぬ光景の中、最初に我にかえったのはキュルケだった。
「ねぇタバサ、今のなんだと思う?」
隣にいる親友に尋ねるが、彼女は首を横に振った。
「分からない。でも分身を作り出す魔法はある。
タバサの言葉に、周りが驚愕しはじめる。
「じゃ、じゃああの娘、スクウェアクラスのメイジだっていうのか!?」
「でも杖を持ってないぞ!?」
「ま、まさか先住魔法!?」
ざわめく観衆の中からその言葉があがった瞬間、ギーシュの顔に恐怖が浮かび、彼は反射的に新たなワルキューレを作り出して突撃させた。
それを見てルイズは叫んだ。
「カナデ!」
その反応にかなではルイズの視線の先を見る。ワルキューレが自分を殴り飛ばそうとすぐそこまで迫っていた。パンチが顔面に向かって繰り出される。
しかしそれはかなでの可愛らしい顔に届くことはなかった。青銅の拳は彼女の右の手のひらに難なく受け止められたからだ。
かなではそのまま相手の拳を握りしめると、その状態から右腕を振りかぶる。青銅製の体が
広場の全員がポカンと口を開けた。
一方かなでは自分の右手を見つめた。
(オーバードライブは発動してるのね……)
自身の身体能力を押し上げる
(でもいつから発動してたのかしら?)
考えるが、それを知る術は今のところない。もしかしたら最初から発動してたのかもしれない。
(今はっきりしてるのは、ガードスキルが使えてるということ。どうしてかは知らないけど……。でもそうなら他のも?)
右腕を胸の前で水平に持ってくる。そして自分の最も得意とするガードスキル名を口にした。
「ガードスキル・ハンドソニック」
すると右のブレザーの袖口から無数の0と1の光りが現れ、それが瞬時に手甲剣状の鋭利な刃を形成した。
かなでの声に、呆然としていたギーシュはとっさに振り返る。かなでが新たな剣を取り出したのが見えた。相手が戦闘態勢を整えたと感じたギーシュは、慌てて杖を振った。
「わ、ワルキューレ!」
薔薇の花びらが舞い、新たなワルキューレが五体出現する。しかもそれぞれが手に槍を
もはやギーシュの目にはかなでは非力な少女に映らなかった。得体のしれない相手を排除するために必死だった。
「いけぇ!!!」
ワルキューレ達がかなでに向かって一斉に襲いかかった。
対するかなでも迫りくる脅威に対し、迎撃のため前へと駆け出す。
ワルキューレの一体が片手に持つ槍で鋭い突きを繰り出す。同時にかなでは相手の
しかし残りの四体がかなでを取り囲み、一気に襲いかかる。回避は不可能と思われた。
だが彼女は眉一つ動かさなかった。
「ガードスキル・ディレイ」
次の瞬間、かなでの体が光ったと思ったら、彼女は残像を残すほどの超高速移動で迫る攻撃をかわし、瞬きする間に一体のワルキューレの背後へと回り込んでいた。その光景にまたも周囲が驚愕する。
ワルキューレが振り向こうとした瞬間、相手をハンドソニックで切り捨てる。
残った三体が
「そ、そんな……僕のワルキューレが………」
「ひ、ひぃぃぃぃ!?」
武器がないとはいえ、青銅のワルキューレを簡単に全滅させた少女に、ギーシュは恐怖のあまり腰を抜かした。
かなでがギーシュの目の前に辿りつく。ギーシュはもう涙目だ。
「ひっ! ぼ、僕の負けだ! だ、だから命だけは!!」
彼は杖を放り投げ降参した。
かなでは手を伸ばす。反射的にぎゅっと目をつぶる。
「大丈夫?」
「………へ?」
間抜けな声を出して顔を上げると、かなでが手を差し出していた。
「立てる?」
「え? あ、ああ……」
ギーシュは彼女の手を借りて立ち上がった。
「誰かを愛する事は素晴らしいと思うわ」
「あ、ああ、そうだね……」
「でも、それが
それだけ言い残して、かなでは
ギーシュはその背をただ見送る事しかできなかった。
学院長室にて『遠見の鏡』で決闘を眺めていたオスマンとコルベールは
「オ、オールド・オスマン。あの平民の少女、勝ってしまいましたが……」
「う~む」
「ギーシュは一番レベルの低い『ドット』ですが、ただの平民に遅れをとるとは思えません……」
「そうじゃのぉ……しかし、彼女が使った力は一体何だったのじゃ?」
「あれが使い魔の能力なのでは?」
「分身や高速移動はそうかもしれんが、ゴーレムを投げ飛ばした怪力はどうなのかの……?」
オスマンは先程の光景を思い返す。かなでが投げたワルキューレの激突した箇所だが、実はオスマンが遠見の鏡を展開していた場所だった。そこめがけて飛んできた際はちょっとビビった二人である。
(というか、あの娘あんな力持ちだったのなら教室の片付け全部できたんじゃないかの?)
そんな事を考えてたら、コルベールが興奮した様子で話しかけてきた。
「オールド・オスマン。この事を早く王宮に報告した方が……」
「ならん」
オスマンは重々しく頷いた。
「なぜですか? これは世紀の大発見かもしれないのですよ!」
「まだ”かもしれない”じゃぞ、ミスタ・コルベール。断定はできておらん。それにじゃ。王宮のボンクラどもに未知の力を持つ少女とその主人を渡したらどうなる?
「そ、そうですね……。学院長の
「とはいえ、あの少女には急ぎ話を聞かねばならんな……」
ちょうどそこへ、ノックの音が聞こえた。オスマンが何者か問うと、ミス・ロングビルだった。
「オールド・オスマン。眠りの鐘の件ですが、許可を出した途端に決闘が終わってしまいましたので、許可の取り下げを願いたいのですが」
「相分かったミス・ロングビル。それと御足労じゃが、今すぐミス・ヴァリエールとその使い魔の少女をここに呼んできてはくれんかの。大至急じゃ」
「かしこまりました」
扉の向こうで、再びミス・ロングビルの足音が遠ざかる音がした。
今回でようやくこの小説の概要がどんなものか表明できました。
ようするにこの作品はかなでがガードスキルを使って活躍する話です。(この展開を予測できた人はいたでしょうか?)
でも中には「ガードスキル使えないみたいな事言ってたのに、結局使える展開じゃないかー」とか「胸のルーンのやつってアニメ版で虚無の力を増幅させてたやつだろ? なんでガードスキル使う時に光ってんだよー」とか、文句言いたい人いるんじゃないかなー、とちょっと恐怖してます。(前回のあとがきで書いてたやつがこれですね)
まぁ正直なところ、本作オリジナル効果のリーヴスラシルってところです。そもそもリーヴスラシルは名前等が判明するまで時間がかかりましたかね。そのせいか他のゼロ魔二次創作でもオリジナル的なのがけっこうありますから、今作でもそんな感じです。
そしてこの話を投稿した翌日(2016/2/25)はゼロ魔最新刊の発売日。原作小説でもリーヴスラシルの正体が判明するかもしれませんね。アニメとは違う能力なのだろうか?