天使ちゃんな使い魔   作:七色ガラス

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 みなさま、大変お待たせしてしまい申しわけありませんでした。やっと更新できました。
 いよいよ新しい話ですが、あまりにも間が空いてしまったので、軽く今までの話をおさらい。覚えてる人は読み飛ばしていいです。

・品評会後にアニエス経由でアンリエッタから街で悪徳貴族の情報を集めてほしいと依頼される。
・所持金全てをカジノですって、魅惑の妖精亭で働くことに。
・チェレンヌがやってきてかなでが接客するも、一悶着あってハーモニクス分身こと赤目がチェレンヌをぶっとばす。
・ルイズも加わって爆発魔法&王室許可証でチェレンヌを撃退。
・魅惑の妖精のビスチェを着込んだルイズがチップを稼ぎまくるが、暴走した男客集にブチキレて鞭振り回してSMプレイ。
・余談でキュルケたちがやってきたことをさらっと語る。

 だいたいこんなところですね。
 今回からいよいよフーケ編。
 前の話のあとがきで、かなり変わった内容になると書きましたが、そんなものでも楽しんでいただけたら幸いです。


第21話 土くれのフーケ・前編

 虚無の週も終わり、学院を離れていた人々が戻ってきて、少し経ったある日の夜。

 消灯ギリギリのなか、ロビーの一角にてギーシュやマリコルヌをはじめとした男子たちが集まって談笑していた。

 ふと誰かがポツリと呟いた。

「そういえば明日はフリッグの舞踏会(ぶとうかい)だな」

「うむ。そのために使用人たちがせっせと用意を進めているね。ところで、みんなは誰を誘うんだい?」

 ギーシュが周りを見渡しながら聞いた。

「そうだよな」

「あの舞踏会で一緒に踊ったカップルは結ばれるって言われてるからな」

「やっぱり目当ての娘と踊りたいな」

 意中の相手にあーだこーだと盛り上がる。

 と、ここでマリコルヌが思い出したかのようにポツリと言った。

「そういえば、カナデは出るのかな?」

「ルイズの使い魔のか? いくら彼女でも、不思議な力があるからって平民じゃ無理だろ?」

 仲間内の言葉にマリコルヌは腕を組んだ。

「う~ん、やっぱりだめかなぁ~。でも彼女、すごく可愛(かわい)いから、着飾ったらきっと絵になるだろうな。きっと……」

 これに男子たちは「そうかもな~」「いやそんなわけないだろ」とか、様々な反応を見せた。

 ざわめくなか、ギーシュが仰々(ぎょうぎょう)しく杖を掲げた。

「諸君、“きっと”ではなく間違いなくカナデは美しいだろうさ」

 ぴたっと争論は止み、マリコルヌが尋ねた。

「なんだよギーシュ、えらく断言するな?」

「まあね」

 キザったらしくバラの杖を口元に添えてキメる。

 彼の脳裏には、虚無の週に王都へ出かけたときのことが思い返されていた。

 その日ギーシュは、モンモランシーと仲を深めようと、彼女のポーション作りを手伝っていた。

 だがそこへ、一週間程度の短い休みで国境を越えて里帰りしてもたいして休めないと残っていたキュルケとタバサがひょんなことから合流。四人で気晴らしに街に出かけ、ギーシュが噂で気になっているお店があるというのでそこへ向かった。

 ギーシュが聞いていたのは『可愛い女の子がきわどい衣装で接客してくれる店』というものだったが、実際に訪れてみると、なるほど確かに。肩と胸元や太ももなどが大いに露出した服を着たナイスバディな美少女たちがたくさんいて、ギーシュはすぐに夢中になった。

 だがそこにはどういうわけかアルバイトにいそしむルイズとかなでの姿があった。

(まさかあの二人があんなきわどい格好をするなんてな。とくにカナデは大人しい性格なうえ普段は上から下まで肌を出さない服装をしているから、あれほど大胆なのを目にすると、なんかこう……グッとくるものがあったんだよな……)

 体格的に魅力的な女の子たちが多いなか、魅惑(みわく)妖精亭(ようせいてい)の制服姿のかなでにギーシュは自分でもわけがわからずに大興奮だった。

 ちなみ、言うまでもなく彼は機嫌を損ねたモンモランシーにすぐさま耳を引っ張られて痛い目を見ることとなった。

「ともあれ、カナデは元が綺麗だからね。ドレスはもちろん、メイド服を来てパーティー会場で甲斐甲斐(かいがい)しく料理なんかを運んでくれるだけでも絵になると思うよ」

「メイド服か……。そういえばマリコルヌ、前に彼女に専属メイドになってほしいって告白して、玉砕(ぎょくさい)してたよな」

 忘れもしない、かなでがミニスカセーラー服という衝撃的な格好をハルケギニアに降臨させたあの出来事だ。

 笑いながら言う男子に、マリコルヌはしょぼくれる。

「蒸し返すなよ。あれでもけっこう勇気出したんだ。まあ、その後、いいもの見れたけどさ」

「へそか」

「うん」

「そうだな」

「うむ、あれはまことによいものだった」

 全員、うんうんと感慨深(かんがいぶか)く頷く。偶然近くを通りかかった女子が「なんなのこの人たち」的に引いていた。

「というかギーシュ、お前やけにカナデを()してるが、お前もしかして……」

 全員のまっすぐな視線がギーシュに集中した。

 それを彼はフッと笑って流した。

「なにを言っているんだい君たちは。確かに彼女は魅力的だし、仲良くなれたらそれに越したことはない。だが僕にはきちんとした本命がいるのさ。モンモランシーという愛しの花がね!」

 バッと両手を天に大きく広げて叫んだ。

 そこへ。

「……ずいぶんとまぁ、そんな大口を叩けるものね」

 すぐ後ろから聞きなれた声がした。冷ややかな声色に、思わず振り返るギーシュ。そこにいた人物を目にして声を上げる。

「モンモランシー!」

 意中のガールフレンドが、腰に片手を添えながら、冷めたジト目でこちらを見つめていた。

「この間、他の女の子やルイズの使い魔にあれだけはしゃいでおきながらよくもいけしゃあしゃあと……」

 彼女が魅惑の妖精亭での出来事を思い返しながら言うと、ギーシュは慌てて弁明する。

「そ、それは誤解だよ! 君の言うとおり他の娘に目移りすることはある。僕は美しいものが好きだからね。でもどんなことがあっても僕が本当に好きなのは君だけなんだ!」

「どうだか」

 モンモランシーは「ふん!」と顔を背けるとスタスタと歩き去っていった。

「ま、待ってくれ! 本当なんだ、信じてくれ!」

 慌てて追いかけるギーシュの後ろ姿を、友人たちはやれやれと見送った。

 

 

 ○

 

 

 さて、男子たちの話題ともなっていた当の立華かなでだが、少し前までシエスタとおしゃべりをしており、今はルイズの部屋へと戻っている途中である。

 そして部屋のドアを開けた。その先で、

「決闘よ!」

「望むところだわ」

 ルイズとキュルケが杖を向け合いながら険悪そうに睨み合っている場面に出くわした。

 思わず目をぱちくりとまばたく。

 わけがわからない。いったいどうしてこんなことになっている?

 

 ――時は少しさかのぼる

 

 ルイズはすこぶる機嫌が悪かった。

 アンリエッタの依頼は無事こなしたが、魅惑の妖精亭ではさんざんな目にあう始末。

 学院に戻ってからは、かなでとともに自分の魔法が成功するよう図書室で調べてみるが進展はまるでゼロ。

 実技の授業ではあいかわらずの失敗魔法で爆発ざんまい。

 とにかくイライラしているところに、あろうことか(ひま)を持て余したキュルケがタバサを(ともな)ってルイズの部屋に遊びにきた。

 他愛のない話から始まり話題は魅惑の妖精亭でのルイズについての思い出話へと発展する。

 アルバイトがバレたことを発端に料理はおごらされるわ騎士の一団にボロボロにされるわで、キュルケ絡みでひどい目にあったことが思い出されたルイズは喧嘩腰でキュルケにくってかかり、そこからは売り言葉に買い言葉。あっというまに先程の決闘宣言へと至ったわけである。

「わたしね、あんたのことだいっきらいなのよ」

「気が合うわね。わたしもよ」

 そんな二人の間にかなでが割って入る。

「喧嘩はよくないわ」

「引っ込んでなさいカナデ」

 ルイズが一蹴にする。ルイズもキュルケもやる気満々だ。

 だが向かい合っていた二本の杖が、いきなり舞い上がったつむじ風に弾き飛ばされた。タバサが魔法で取り上げたのだ。

「なにするのよ」

 ルイズの矛先がタバサに向く。

 タバサが仲裁に入ってくれたことにかなではひと安心する。だが、

「室内。やるなら外」

 彼女の気持ちとは裏腹に事を進めるタバサ。味方がいないことにかなでは密かに落ち込んだ。

 そういうわけで一行は外に出た。

 

 

 ○

 

 

 二つの月が浮かぶ夜空の下。

 学院の本塔の近くをうろうろする人影があった。

 黒いローブで頭から体全体をすっぽり隠したその人物は何かを探るかのように本塔の壁をあっちこっち手で触れたりしていた。

 一通りグルッと回り終えると、黒ローブの人物こと、ミス・ロングビルは本塔の壁を忌々しく見上げた。

「まったく……どうにかなんないのかねえ」

 彼女は今、どうやって本塔にある宝物庫を突破しようか悩んでいた。

 学院の秘書がなぜそんな事を考えているかというとだ。

 実は彼女、なにを隠そう、いま世間を騒がしている大盗賊、土くれのフーケその人なのだ。

 学院のお宝を狙ってオスマンに取り入って見事秘書の役職に就き、ずっと地道に調査していた。

 だが宝物庫の難関さは思っていた以上のものであった。

 錠前(じょうまえ)には『アン・ロック』の魔法での開錠は効かず。

 分厚い鉄扉や壁には強力な固定化の魔法がかけられており、『錬金』の魔法で壁を土くれに変えて進入路を作るのも不可能である。

 本来ならば目当てのブツを()ったらすぐさま去るはずが、けっきょくはこうして長く留まることになってしまった。

(おかげでその分、あのスケベじじいのセクハラに悩まされるはめにっ……!)

 思わず思い返してウンザリする。

 品評会の前日、ひょんなことから教師のコルベールから物理攻撃が弱点という情報を得た。

 王女の来訪によってそちらに衛兵の配備が優先され、本塔側の警備が手薄どころかザルになるのでそこが勝負どころと睨み、夜中にこっそりと本塔の壁の厚さを測ったのだが、さすがは魔法学院本塔の壁。自慢のゴーレムでもちょっとやそっとの攻撃でどうにかなるようなものではなかった。

 オスマンのセクハラにうんざりしていたこともあって一か八かの勝負に出ようかヤキを起こしかけたが、品評会には噂に名高い魔法衛士隊であるグリフォン隊が王女の護衛についていたのですぐさま強攻策は取りやめた。さすがにあの『閃光のワルド』の近くで事を起こすのはためらわれた。

 それからはずっと静観の日々。

 せっかくの虚無の週という、学院から人がほとんどいなくなるというチャンスが訪れたのに歯噛みするしかなかった。

 他の手段も考えたがよいものは浮かばず。

 しかもオスマンは学院に人が少ないのをいいことにハメを外したかのようにセクハラがエスカレートした。

(あの一週間はほんっとに最悪だったわ! 正直本気で辞めようかとも思ったけど……秘書の仕事は収入が悪くないし、少しでも仕送りは欲しかったからね……)

 せめてもの腹いせにとモット伯のところへ夜中にゴーレムで強盗に押し入った。ストレス発散と同時に、あの好色オヤジが以前自分の胸をイヤらしく凝視(ぎょうし)してきたのが気色悪(きしょくわる)かったのでその怒りも上乗せして屋敷をぶっ壊してやった。

(それもあれも……オスマンのエロジジイがいけないんだっ! 何度も何度もやめるように言っても聞く耳持たず! 尻を触りまくるわ、使い魔(ネズミ)にスカートの中を覗かせるわ、ついには胸にまで手を伸ばしかけて! 好き放題やって何様のつもりだぁ!!)

 今までのことを思い出すと怒りが湧くが、それと同時に悲しみも湧いてきた。女の体をなんだと思っているんだ。グスン……。

 と、そんな感じで目尻に溜まった涙を腕で(ぬぐ)うと、なにやら人がやってくる気配がした。

(マズイッ!)

 こんな怪しげな格好を見られるわけにはいかない。

 ささっと物陰に隠れると、息を潜めて様子をうかがった。

 

 

 ○

 

 

「……なぁ、ホントにやんのかよ」

 デルフリンガーが(つば)を力なさげにカタカタと鳴らしてわめいた。

 彼は(つか)のあたりにロープを巻かれ、剣先を地面に向けた状態で本塔の上から吊されいた。

 その横にはシルフィードの背中に乗るタバサとかなでがいた。

 タバサが提案した勝負の方法は、順番に魔法を放ち、ロープを先に切ってデルフリンガーを落とした方が勝ちというものであった。

「大丈夫、デルフ?」

 心配したかなで無表情で尋ねる。

「まぁ俺っちは魔法くらっても問題ないけどな」

「そうなの?」

「おうよ。……あれ? どうして魔法が平気だって思ったんだ?」

 一人呟く剣だが、その疑問には誰にも答えられず。

 試しにタバサが風を吹かしてデルフリンガーを揺らそうとしたが、なんと魔法が剣自体に吸い込まれて微動だにしなかった。

 驚くタバサだったが、すぐさま手で柄を掴んで振り子のように揺らし、シルフィードをその場から離れさせた。

 準備は整った。

 地上にて先行のルイズがロープに狙いをつけて杖を構え、ファイアボールのルーンを詠唱(えいしょう)した。

 だが杖の先からは火の玉は出ず、代わりにデルフリンガーのすぐそばの本塔の壁が爆発。衝撃で壁にヒビが入った。

「さすがゼロのルイズ! 壁を爆発させてどうするの?」

 キュルケがおかしそうに大笑いし、ルイズは悔しそうに顔を歪める。

 続いてキュルケが杖を構え、ルイズと同じファイアボールを唱えた。向けられた杖から火の玉が飛んでいき、本塔から垂れるロープを見事焼き切った。

 デルフリンガーはまっすぐ地面へと落下し、ズブリと地面に深々と突き刺さった。

「あたしの勝ちね!」

 キュルケが地に膝を着いているルイズの横で勝ち誇って高笑いをあげた。

 シルフィードが彼女らのもとへと降り、その背中から飛び降りたかなではデルフリンガーを引き抜いた。

 一連の流れを隠れて覗いていたフーケは驚いていた。

(あの爆発はいったいなんなんだ!? わたしのゴーレムでびくともしないだろう壁にヒビを入れるなんて……)

 あんな魔法見たことがない。

 だが、今ならあの頑丈な壁を突破できる! 

 ニヤリと笑うと意を決して杖を振るった。朝になれば誰かしらが修繕してしまうだろう。チャンスは今しかない!

 長い詠唱の後、足元の地面が盛り上がり、あっという間に三十メイルはある巨大ゴーレムが完成。その肩に乗るとフーケはその足をまっすぐに本塔に向かわせた。

 同時に眼下のルイズたちに注意を向ける。

 彼女らがどういう行動に出るか懸念事項(けねんじこう)だったが、突然のことに慌てふためいて一目散に逃げていった。

 ゴーレムは本塔のヒビめがけ殴りかかる。

 激突の瞬間、フーケはゴーレムの拳を鉄に変え、攻撃力を上げる。

 壁はいとも簡単に粉砕された。

 フーケはゴーレムの腕をつたって本塔に空いた穴へと素早く駆けていく。そう時間がかからないうちに、『破壊の杖』と書かれたチェストを見つけた。

 すぐさま抱えてゴーレムの肩へと戻る。その際に、ご丁寧に『破壊の杖、確かに領収(りょうしゅう)いたしました。土くれのフーケ』のメッセージを魔法で壁に刻むのを忘れない。

 ゴーレムは学院の城壁を難なく跨いで逃走。しばらく地響きを立てて歩いていたが、適当な草原の真ん中でゴーレムの魔法を解く。

 ぐしゃっと崩れ落ちた土くれのそばに降り立ったフーケは闇夜に紛れて姿を消した。

 

 

 ○

 

 

 まんまと破壊の杖を盗み出したフーケは、学院からそう遠くない森の中にある廃屋(はいおく)にいた。

「それにしても、なんとも奇妙な形だね……」

 破壊の杖を手に取り観察してみる。

 深い緑色をしたそれは見たこともない金属でできている。

 長さ一メイルほどで、杖と呼ぶにはいささか太くて片手で握りしめることができず、両手でないと持てないほどだった。

 珍しい品であるのは間違いなかった。

 ところが調べているうちに、とある問題がでてきた。

「どうやって使うんだい、これ……」

 眉をひそめる。

 そう、使い方などがまったくわからなかった。

「とりあえず外に出ていろいろ試してみようか」

 夜の原っぱにて破壊の杖を振ってみる。

 なにも起こらなかった。

 もう少し気合を入れてみる。

「えい! せい! そりゃ!」

 だがなにも起こらない。

 次に思いつくかぎりのルーンを唱えてみる。

 それでもなにも起こらない。なんだか腹が立ってきた。

「もしかして対象物がないとダメとか?」

 そう思い、少し離れた所に魔法で等身大の土人形を作る。そして、

「破壊の杖よ! 我が眼前の敵を討ち滅ぼせ!!」

 渾身の想いで力いっぱい叫びながら破壊の杖を土人形めがけて振った。

 

 ――やっぱりなにも起こらなかった。

 

 ヒュー……と風が吹いてローブを虚しくゆらした。

 なんだかすごく恥ずかしいことをした気がして顔が赤くなった。

「……魔法なんて出やしないじゃないか! これ本当に魔法の杖なんだろうね!?」

 忌々しく睨みながら叫ぶ。静かな森に怒声が響いて虚しく消えていった。

 せっかく苦労して手に入れたのに、これでは高く売ることができない。どうしたものか?

 しばらく悩んで解決策を考える。

 ふと、妙案(みょうあん)が浮かんだ。

「そうだ。学院のやつら……教師連中なら誰か使い方を知ってるかもしれない」

 ここが隠れ家だと伝え、うまいこと捜索隊を結成させ、ここに連れてくる。あとはゴーレムをけしかけ、破壊の杖を使わせればいい。

 そうと決まれば即行動。

 フーケは破壊の杖をチェストに戻して廃屋の隅に置くと急いでその場を後にした。

 

 

 ○

 

 

 学院に戻ると、まっすぐに宝物庫へと向かう。

 扉は閉まっており、近づいて耳を当てて中の様子をうかがう。

 教室たちが大声で怒鳴りあっているのが聞こえた。どうやら昨夜の襲撃の責任を押しつけ合っているようだ。

(ほんと、どこまでも愚かな連中だこと……)

 事件に対してどのように対応しようとしているのか議論でもしているのかと思えば実際にはこのありさま。なにが貴族だ。心底呆れる。

 しばらくしてオスマン学院長が場を治めた。

「これこれやめないか。責任があるとすれば我々全員じゃ。まさかメイジのいる学院を賊が襲うわけがないというわしら全員の慢心(まんしん)が招いたことじゃ。ところで、ミス・ロングビルはどうしたのかの? 今朝から姿が見えんが」

 自分の名が出たところで、待ってましたと言わんばかりにフーケはタイミングよく扉を開け、落ち着き払った態度で宝物庫へ入室した。

「申し訳ありません。遅くなりました」

 中へ入ると、オスマン学院長やミスタ・コルベールをはじめ、シュヴルーズといった主な教師たちが勢ぞろいしていた。

 そこまでは予想どおりだったが昨夜の目撃者であるルイズたち生徒と、彼女の使い魔である少女がいたことは以外だった。もっとも、おそらく参考人として呼ばれたのだろうとすぐさまあたりはついたが。

 ちなみにデルフリンガーはいない。なにせ喋れるといっても所詮は剣だし。

 宝物庫に入ってきたフーケに一斉に注目が集まると、一人の教師がつっかかってきた。

「ミス・ロングビル! 学院に賊が侵入したというこの非常事態に、いったいどこへいっていたのですか!」

 非難の目を向ける教師に、フーケは内心で『さっきまで責任逃れしようとしていたくせに、いっぱしの口をきくんじゃないよ!』と叫んでやりたい気持ちだったが、その感情をいっさい出すことなく、申し訳なさそうな演技をする。

「申し訳ありません。早朝からフーケの行方を追っていました」

「ほう、それはご苦労であった」

「ありがとうございますオールド・オスマン。その甲斐あって、フーケの居所を突き止めました」

「なんと!?」

 宝物庫が騒然となる。そしてフーケは「近在の農民が黒ずくめのローブの男が近くの森の廃屋に入っていたのを目撃した」という調査結果をでっちあげた。

「そこは近いのかね?」

「はい。徒歩で半日。馬で四時間といったところです」

「すぐに王室に報告しましょう! 王室衛士隊に頼んで、兵を差し向けてもらわなくては!」

 コルベールが叫ぶと、オスマンが髭をなでながら首を横に振った。

「そんなことをしていてはフーケに気取られて逃げられてしまう。それにこれは魔法学院の問題じゃ。我らの手で盗まれた破壊の杖を奪還し、学院の名誉を取り戻さなければならない」

 そしてオスマンは捜索隊を募った。

 だが志願する者はいなかった。

「どうした? 我と思うものは杖を掲げよ! フーケを捕まえて名をあげようする貴族はおらんのか!?」

 だが誰もが困ったように顔を見合わすだけで杖を掲げない。

 このありさまにフーケは呆れを通り越して情けなさを感じていた。しかし、これでは計画がうまくいかない。どうにかしなければ……。

 と、ひとりわずかな焦りを感じていたところで、杖を掲げた者がいた。

 ルイズである。

 ミセス・シュヴルーズが驚いて声をあげた。

「ミス・ヴァリエール、あなたは生徒ではありませんか!」

「誰も掲げないじゃないですか!」

 きっと唇を強く結んで反論するルイズ。

 するとキュルケも杖を掲げた。

「ヴァリエールには負けられませんわ」

 続いてタバザも掲げた。

「タバサ、あんたはいいのよ」

 キュルケがそう言うと、タバサは短く答える。

「二人が心配」

 それを聞いてキュルケは感動したようにタバサを見つめ、ルイズも小さく嬉しそうにしながら「ありがとう」とお礼を言った。

「そうか。では頼むとしよう」

 オスマンが許可すると教師からの反発が起きたが、「ならお主が行くか?」とオスマンに問われると途端に黙り込んだ。

 そんな教師らを説き伏せるようにオスマンは、タバサは若くしてシュバリエの称号を持つ実力の確かな騎士でもあることや、キュルケが優秀な軍人の家系で彼女自身もすぐれた炎の魔法の使い手であることを語った。

 ルイズは自分は番だと平坦な胸を張ったが、オスマンは――

「それで、その……、ミス・ヴァリエールは優秀なメイジを輩出したヴァリエールの息女で、その、将来有望な……」

 誉めるところがないので困ってしまい、なんともはっきりとしない物言いとなってしまった。

 げんなりするルイズから、こほんと咳をして目を逸らすオスマン。

 だがその目の先……ルイズの後ろに控えているかなでに目を留めると、『これだ!』と言わんばかりに手を叩いた。

「そう、その使い魔は、あのグラモン元帥の息子であるギーシュ・ド・グラモンを魔法のような不可思議な力で圧倒した実力者と聞いておるし、その一片は先の品評会で諸君らも見ておろう。さて、この者たちに勝てるという者はおるかのお?」

 問いに答える教師たちはおらず、みなすっかり黙ってしまった。

 こうして破壊の杖奪還のためのチームが結成された。

「魔法学院は諸君らの努力と貴族の義務に期待する」

 ルイズとキュルケとタバサは直立して「杖にかけて!」と同時に唱和すると、スカートの(すそ)をつまみ、(うやうや)しく礼をした。

 それを見ていたかなでも彼女らの動作を真似て、全く同じように礼をした。

 フーケはルイズらを見つめる。

(捜索隊が教師どもじゃないのは想定外ね。でもまぁ、シュヴァリエに位の高い貴族の子女二人。案外教師よりも当たりかもしれないね)

 密かに期待していると、オスマンから声がかかった。

「ミス・ロングビル!」

「はい、オールド・オスマン」

「馬車を用意しよう。それでフーケが潜伏しているという森まで彼女たちを案内してやってくれ」

「もとよりそのつもりです」

 仮面の微笑みを貼りつけながら、フーケは頭を下げた。

 

 

 ○

 

 

 屋根なしの荷車のような馬車に乗り込んだ捜索隊。

 フーケことミス・ロングビルが御者(ぎょしゃ)をつとめ、一行は例の廃屋がある森へと進んでいた。

「ふぁ~~……」

 キュルケが眠たそうにあくびをする。それに正面に座るルイズが目くじらを立てた。

「たるんでるわよキュルケ。もっとシャンとしなさいよ」

「うるさいわね。昨夜はあんなことがあったうえ、朝早く呼び出されて寝不足なのよ。少しくらいいいじゃない」

 不満を口にするキュルケ。

 その気持ちはわからなくもなかった。ルイズもまたフーケ強襲の件が気になって、昨晩はなかなか寝付けなかった。

 となりに座るかなでにチラッと横目を向ける。彼女は自分と違い、気持ちよさそうにぐっすりと熟睡していた。

「目的地まで、まだある。寝てていい。着いたら起こす」

 キュルケのとなりでタバサが淡々と言った。

「ありがとうタバサ。それじゃよろしくね」

 笑顔でお礼を言うとキュルケは荷台の(さく)に寄りかかって、すぐさま寝息をたてはじめた。

 ルイズはその緊張感の欠ける姿勢に腹を立てた。自分だって眠いのに。

 そう思って睨んでいたら、不意にあくびが出た。慌てて両手で口を塞ぐ。

 かなでがこちらを向いた。

「ルイズも眠いの?」

「そ、そんなわけないじゃない!」

 図星を突かれて焦るルイズ。

「眠いなら寝てたほうがいいわ」

「だから違――」

「ちゃんと起こすから」

「うぅ……」

 じっと見つめながらグイグイ迫ってくるかなでにたじろぐ。否定したいが、正直のことろ眠いのは事実。

 押し負けたルイズはため息をついた。

「……ちゃんと起こしなさいよ」

 かなではコクりと頷く。

 それを見てルイズは目を閉じた。やはり寝不足だったのか、すぐに強力な睡魔がやってきて、一瞬のうちに彼女の意識は夢の世界へと旅立っていった。




 物語開始早々にフーケの正体を暴露。正直たくさんあるゼロ魔クロスオーバー作品のおかげでこのあたりはもはや周知の事実じゃないですかね。
 フーケ編というかフーケがほぼ主人公状態。このへんは原作等とは違った視点があったほうが面白味があるかと思って本作のような感じになりました。
 次の話はほぼできており、あとは細かい修正などを残すのみなので、次の投稿は来月を目処にがんばりたいと思います。

 あと遅ればせながら、『Angel Beats!』十周年おめでとうございます。

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