かなでは今の現状に困惑していた。
自分は死後の世界から卒業して消えたはず。だというのに、気がついたら見知らぬ土地でルイズという少女に使い魔扱いされている。
何が何やら訳が分からないまま手を引かれ、石造りの塔へと入り、吹き抜け式の
登り終えた後は、通路の左右にいくつもの扉がある廊下を歩いていく。ルイズはそのうちの一つを開けて中に入った。
中は12畳ほどの広さの部屋だった。左側の奥には
ルイズはテーブル近くまで歩いてくるとかなでの手を離し、それから部屋の入口まで戻ってドアを閉めた。
その間かなでは部屋の中を見渡した。
(この人の部屋かしら?)
そんなふうに思っていると、ルイズの声が聞こえた。
「脱ぎなさい」
顔を向けると、ルイズが
かなでは無表情で、『どうして?』というように首を傾けた。その仕草にルイズはイラっとした。
「なにグズグズしてるの? さっさと服を脱ぎなさい」
「どうして?」
疑問を口に出すと、ルイズはキレて叫んだ。
「使い魔のルーンが刻まれてるか確認するためでしょうが! さっき広場で、後で確認するって話だったじゃない。なに聞いてたのよ!!」
ルイズの苛立ちはピークを通り越していた。一刻も早くルーンが刻まれているか確認したくて落ち着かないのだ。
(そういえばそんなこと言ってたわね。キスされて胸が熱くなった後、あたしにルーンを刻んだって言ってたけど………本当なのかしら)
考えたところで答えは出ない。ルイズを見ると、早くしろと言わんばかりに鋭い目をしていた。
かなでは確かめる意味も含めて、服を脱ぐことにした。
「分かったわ」
始めに制服のボタンを上から順に外してブレザーを脱ぎ、近くの椅子の背もたれに折り畳んでかける。その調子で襟のリボン、ブラウスと脱いで、先と同様に椅子にかける。
上半身、純白のブラジャーのみとなったかなでは自分の胸元を見下ろした。
そこには蛇がのたくっているような文字が横一列に刻まれているのが見えた。ただし見えたのは文字列の中心あたりまでで、両端はブラジャーに隠れて見えなかった。
(これが使い魔のルーン?)
ルイズの方も真剣な
「よかった。ちゃんと契約できてる………」
不安で張り詰めていた心がようやく軽くなった。
この後ルーンをスケッチしなければならない。
ルイズは机に向かうと、引き出しから羽ペンとインク壺と羊皮紙を一枚取り出した。机上に置いた壺の
いざスケッチしようとしたが、ブラジャーで隠れた部分が見えない。
「端の方が見えないわね………。ちょっとあんた、その下着も脱ぎなさい」
かなではうなづくと、両手を胸の中心に持ってきた。
(フロントロック式だから、広げるだけでいいかしら?)
ブラジャーのホックを外して、両のカップを左右へと開く。ほぼ上半身裸の状態たが、女性どうしのためか、特に恥ずかしがることなくルイズに胸元を見せる。
「これでいい?」
「そうね。それじゃスケッチするから、じっとしていなさい」
ルイズはスケッチを開始した。自然とその視線はかなでの胸に
(スケッチは……これでよし。それにしても……)
ふとルイズの関心がブラジャーへと向かった。
(この娘、変わった下着を着けてるわね。平民の下着ってこんなんなのかしら?)
自分が身につけているキャミソールとはだいぶ違う。
続いて胸自体に注目が移った。女性としての性徴は低く、手で包み込めば完全に隠せる程度の大きさだ。
(小さい、というよりほとんどないじゃない。わたしとおんなじ――――)
思考がそこまで至った時点で、ルイズは頭を激しく振った。ルイズ自身も胸は小さい。というか
「もういい?」
ブンブン頭を振っているルイズは、かなでの言葉で我に返った。
「そ、そうね。もういいわ」
慌てるルイズをかなでは
その間、ルイズはスケッチしたルーンを見つめた。
(これがわたしの使い魔のルーン………わたしの成功の証………)
期待していた使い魔ではなかったが、自分の魔法が始めてうまくいったのだ。その証を眺めていたらなんだか嬉しさが湧いてきた。
そこへ、着替え終わったかなでが横からスケッチを覗き込んだ。
「それがあたしの胸に刻まれているもの?」
「そうよ。"わたしの使い魔です"っていう印のようなものよ」
そこでかなではルイズの顔を見た。
「なによ?」
怪訝な表情をするルイズに、かなでは尋ねた。
「ここはまだ”死後の世界”なの?」
「はぁ?」
ルイズは引いた。
かなではその反応を見て、ここが死後の世界なのか、質問による判断はできなさそうだと思った。そもそも死後の世界の住民には死んでいる自覚がないので、このような問いかけでは判断できない。
そのことを思い出し、彼女は他のことについて聞くことにした。
「ここはどこ?」
「どこって、ここはかの高名なトリステイン魔法学院よ」
「知らないわ」
「知らないって、そんなわけないじゃない」
「本当になにも知らないわ」
「………嘘でしょ? どこの田舎者よ」
ルイズは信じられないといった様子でかなでを見た。
「だから全部説明して。ここはどこで、あなた達は何者なの? どうしてあたしはここにいるの?」
「本当に何も分からないっていうの?」
かなでは頷いて肯定した。
「はぁ、仕方ないわね………いいわ、教えてあげる。感謝することね」
ルイズはない胸を張って偉そうに言うと、テーブルセットの椅子に座り、かなでを反対の席に座らせた。
「いい、使い魔っていうのわね……」
そこからルイズによる説明がなされた。
この世界の名がハルケギニアという、魔法が存在する世界であること。
魔法を扱う者はメイジと呼ばれ、彼らによる王侯貴族制度が存在すること。
ルイズはトリステイン王国の貴族であり、ここトリステイン魔法学院の生徒であること。
2年生への進級には使い魔召喚が必須科目であり、それによりルイズはかなでを召喚した。
それらの説明が終わる頃には日が落ち、夜になっていた。テーブルの上にあるランプが室内を淡い光でぼんやり照らしている。
「というわけで、あんたはわたしの使い魔となったのよ。分かった?」
得意げに説明を終え、確認を促すルイズがテーブルの上のバスケットからパンを手に取る。
太陽が沈んだ頃に、しまってあったのを取り出し、かなでと夜食をとりながら話していたのだ。
「どうしてあたしを呼んだの?」
かなでは質問した。
「別に好きで呼んだわけじゃないわよ。メイジは召喚する使い魔を指定できないの。召喚主に相応しい生き物の前にゲートが開いて、相手がそれをくぐることで召喚されるわ。ポピュラーなのは猫とか鳥とかなんだけど、中にはドラゴンやグリフォンなんかが呼ばれるわ。……わたしはホントはそんなのがよかったのに」
「人間は呼ばれないの?」
「当たり前でしょ。人間が召喚されたなんて話、聞いたことないわ」
「あたしが使い魔なのが嫌なら、送り返せばよかったんじゃない?」
「召喚した使い魔を返す方法なんてないわよ」
「だったらもう一度召喚すれば……」
「無理よ。もう使い魔として契約しちゃったんだから。再召喚するには今いる使い魔が死なないといけないの。あんた、死んでみる?」
死ぬ。
そう言われてかなでは自分の胸に手を置いた。心臓がトクン、トクンと
「あたしは今、生きているのよね?」
「は? なに当たり前のこと言ってるのよ」
「生きているならあたしは命を捨てられないわ」
ルイズはかなでの言っている意味が分からなかったが、とりあえず死ぬつもりはないということだろう。
「ともかく、あんたはわたしの使い魔になった。嫌でもこれは変えられない。諦めなさい。わたしも諦めるから」
「分かったわ」
思うところがないわけではないが、現状ではどうすることもできないだろう。かなではとりあえずルイズの使い魔をやることにした。
「ところで、使い魔って何をすればいいのかしら?」
「使い魔としての自覚ができたようね。いい? 使い魔の役割は三つあるわ。ひとつは感覚の共有。これは使い魔が見聞きしたものを主人が見ることができる。でもダメね。何も見えないもん」
「残念ね」
なんてことないように言うかなで。他人事のように聞こえたが、ルイズは気にせず続ける。
「次に、主人の望むものを見つけてくる。たとえば、特定の魔法を使う際の
「秘薬がなんなのかも、ある場所も知らないわ」
「でしょうね……」
ルイズは肩を落として言った。
「そして、これが一番なんだけど……、使い魔は主人を守る存在であるのよ」
魔法を発動させるには
とはいえ、
(………全然期待できないわね)
かなでを見てため息を吐いた。
ルイズは試しに聞いてみた。
「ねぇ、あんたって強いの?」
その問いに、かなではしばし考えを巡らせた。
「……たぶん、強くないと思うわ」
「たぶんって何
微妙な物言いに、ルイズはやはり期待できないと判断した。
「つまりあんたは使い魔としての役割は無理そうだから、できそうなことをやらせてあげる。洗濯。掃除。その他雑用」
「身の回りの世話ってことね?」
「そうよ。それじゃちゃんとやりなさいよ」
それで話は終わりとばかりにルイズは立ち上がると、ブラウスのボタンに手をかけ、一個ずつ外していき、服を脱ぎ始めた。脱いだ制服を椅子の背もたれにかける。キャミソールやパンツといった下着類はカゴに投げ入れた。
「じゃあ、これ明日になったら洗濯しといて。それと朝はわたしをちゃんと起こしなさい。いいわね」
かなではコクっと首を縦に振る。
ルイズは大きなネグリジェを頭からかぶると、ベッドに向かった。
そこでかなでは尋ねた。
「あたしはどこで寝ればいいのかしら?」
「あんたはそこの隅の……」
そう言って部屋の一点を指さしたルイズは途中で言い
かなではそちらを見た。
そこには
ルイズはかなでを見る。使い魔ではあるが、それでも女の子だ。しかも可愛らしい美少女。
(平民で使い魔とはいえ、こんなかわいい
ルイズの心は、人としての良心と、貴族のプライドとの間で揺れ動いた。目を閉じ腕を組んで、うんうん唸った。
そしてほんの数秒の
「仕方ないからベッド使っていいわ。感謝しなさいよ………て、あれ?」
ルイズがかなでの方を向くと、彼女はいなかった。どこにいったのか探すと、かなでは藁束の上で、ちょうど横になったところだった。
「おやすみなさい」
それだけ言ってかなでは目を閉じた。
「ちょっと!」
自分の葛藤はなんだったんだという風に叫んだが、相手が眠ってしまったため、感情の行き場をなくしていた。
(まぁ、従順なのはいいことよね……)
ルイズはため息をつくと、自分のベッドに横になる。それから、はたと思い立つ。毛布を一枚手に持って藁束の上で横になっているかなでの下に行き、彼女の体に毛布をかけた。春とはいえ、さすがに夜は肌寒いだろうと思っての行動だ。
ルイズはベッドに戻ると、指をパチンッ! と鳴らして魔法のランプの灯りを消す。自分の毛布を被って目を閉じると、すぐさま夢の世界へと旅だった。
夜の闇の中、かなでは目を開けた。寝付こうと目を閉じていたが、いまいちうまくいかなかったのだ。
彼女は起き上がると、ルイズを起こさないように静かに窓辺まで歩いていく。
そして窓ガラス越しに夜空を見上げる。日が落ちた頃、ルイズがパンを用意している際に、不意に窓の外へ視線を向けた時から気になっていた。
そこには赤と青の二つの月が浮かんでいた。
「やっぱり地球じゃないのね」
ルイズの話を聞いた時点でそうだろうとは思っていたが。
かなでは胸に手をやる。
(新しい命、新しい人生……)
これが生まれ変わった結果なのだろうか。
とはいえ自分が現世にいるとはいまいち信じられずにいる。
かなでは視線をルイズへと移す。あどけない顔で寝息をたてている。
(あたしはこの娘を守るのが役目みたいだけど……)
死後の世界でかなでは『ガードスキル』という特殊能力を持っていった。自衛用に作ったそれは、自らの身体能力を強化したり、手に剣を生成したり、銃弾の嵐を弾いたりといったものであり、それこそまるで魔法のような力であった。
しかし、あれは自分を含めた死後の世界の
ここが現世なら、自分は果たして彼女を守れるのだろうか?
当のルイズはそんなこと
「……寝ましょ」
考えても答えは出ない。今は寝て、明日から新しい人生を頑張っていこう。
決意を新たに、かなでは藁束に戻って横になる。
目を閉じると今度はすぐに寝付くことができた。
話の都合上、かなでにはフロントロックブラをしてもらいました。実際はどんな下着なのか知りませんが……。