天使ちゃんな使い魔   作:七色ガラス

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みなさん、お久しぶりです。
気づけば前回の投稿から5ヶ月。いつぞやのように長らく間を開けてしまい、申し訳ありませんでした。
今回は文字数1万越え。そのせいでまとめやチェックに時間がかかってしまいました。
そんなことはさておき、最新話をどうぞ。



第19話 初めてのアルバイト

 魅惑の妖精亭はかわいい女の子がきわどい格好で飲み物を運んでくれるのが特徴の店である。やってくる客層もそれが目当ての男が大半であり、女の子たちは男どもの気を引いてチップを獲得していくのだ。

 仕事はかなでが皿洗い、ルイズは給士(きゅうじ)を命じられた。

 チップレース優勝を目指していたルイズはちょうどいいと意気込んだ。

 だが現実とはそううまくいかないもの。

 現在ルイズは……

「ここここ、この下郎ッ!!」

 酔っぱらい男の顔面にグラスのワインをぶっかけ、テーブルに片足乗せて激しい怒りをたずさえた目で見下ろしていた。

 

 どうしてこうなったかというとだ。

 

 平民に(しゃく)をせがまれたルイズは屈辱を感じながらも我慢してワインを()いだが、怒りによる震えから手元が狂ってこぼしてしまった。男は腹を立てたが、ルイズの美貌(びぼう)を気に入り、口移しでワインを飲ませたら許してやると言った。

 とうぜんルイズはキレた。

 結果、さきほどの状況へといたる。

「あああ、あんた、わたしを誰だと思ってんの? おおお、おそれおおくも、こここ……こうしゃ……」

 我を忘れて、あろうことか己が貴族だと明かそうとする。

 そこへスカロンが現れた。新人に問題が起きた際にすぐさまフォローに回れるように影から見守っていたのだ。

 男の隣にどかっと腰かけ、しなだれるように男の首に両腕をまわした。

「ごめんなさ〜い、この()、まだ新人で」

 突然の介入に驚くルイズと酔っぱらい。

「な、なにすんだオカマ!? てめぇに用はねえ!」

 もがく男だが、スカロンはそのたくましい腕で絡みついて離なさない。

「ルイズちゃ〜ん! 新しいワインをお持ちして」

「は、はい!」

 ルイズは反射的に返事をしてその場を離れていく。

 その背後で、店長の熱いサービスを受ける男の絶叫があがった。

 

 

 ○

 

 

 かなでは店のエプロンをつけて台所で食器を洗っていた。

(お皿を洗うのは初めてじゃないけど……)

 死後の世界では家庭科の授業や炊き出しなどのイベントで食器を洗う機会があったため、たいして難しくないと思っていた。

 だが実際はかなりきびしいものだった。

 お店が繁盛していくにつれ、どんどん(から)となった食器が運ばれてくる。

 洗っても洗っても減らないどころか逆にたまっていき、あっというまに山のように積み上がってしまった。

 どんなにがんばっても処理がまるで追いつかない。オーバードライブによる身体能力向上で体力的にはいまだ疲れ知らずだが、これではキリがない。

「ちょっと! お皿がないじゃないのよ!」

 悪戦苦闘(あくせんくとう)していると、いつのまにか隣にジェシカがいた。腰に手をやって眉をつり上げている。

「ごめんなさい、今洗うわ」

 必死に手を動かす。だがジェシカからしたらその動きはけしてよいものではない。

「かしてごらん」

 見かねてかなでから皿洗い用の布を取り上げると、慣れた手つきで汚れた食器をどんどんかたづけていった。

 その無駄のない動きにかなでは感心するしかなく、呆然とジェシカの手元を見つめていた。

「すごいわ……」

「片面ずつ(みが)いてたら時間かかるでしょ。こうやって布で両面をはさむようにして、ぐいぐい磨くのよ」

 ほほえむジェシカに「わかったわ」と答えて、かなでは彼女に習って皿を磨いてみる。

 コツを教えてもらったおかげで作業スピードが上がった。並んで食器を洗っていく。

 その最中、時折(ときおり)ジェシカは店の方へと目を向けることがあった。

 

 しばらくして――

 

 ルイズが厨房(ちゅうぼう)にすっとんできた。

「カナデ、交代よ」

 呼ばれて彼女はなぜというように小首を(かし)げた。

「店長の命令よ。今度はあんたが給仕をやるの」

 わけを話したルイズはかなでが持っている布と食器を奪い取った。

 そういうことなら従うほかない。納得したかなではエプロンを外した。バイオレットカラーのビスチェドレス姿があらわになる。

 横でジェシカがやれやれというように肩をすくめた。

「あたりまえよね。あんなにお客さん怒らせてたら」

 ルイズが不愉快そうにキッと睨みつける。

 たがジェシカは気にすることなく続けた。

「見てたわよ。あんた、さっきお客さんにワインこぼしたばかりか、顔面めがけてぶっかけてたじゃない。他にもお客さんをビンタしたりとかね」

「そんなことしたの?」

 かなでにも問われ、ルイズは気まずそうに目をそらした。

 ジェシカの言うとおり、あれからもルイズは客に対して何度も店員とは思えない態度と仕打ちをくらわせていた。

 もちろんそんなことでは商売にならないので、かなでとのチェンジが入ったのだ。

 ルイズは腹立たしそうに皿を拭きながら横目でジェシカをじろりと睨んだ。

「こっちが仕事してるってのに、他人の観察してたわけ? ずいぶんとヒマなのね。そっちこそちゃんと自分の仕事しなさいよ。店長に怒られるわよ」

「いいのよあたしは」

「なんでよ?」

「あたし、スカロンの娘だもん」

「はぁ!?」

 驚いて反射的にジェシカのほうへ振り向く。その際、皿が手からこぼれ落ち、ガシャーン! と高い音を立てて割れた。

「あー! なに割ってるのよ!」

 ジェシカが注意するが、ルイズはわなわなと震え、ありえないものを見るような目で彼女を指さした。

「あああ、あんたが? あのオカマ店長の娘!?」

「ひどいわね。あれで優しいパパなのよ。昔お母さんが死んじゃって泣いてたとき、“じゃあパパがママの代わりもつとめてあげる“って言い出してね。結果、化粧とかしてトレビアンになったわけ」

 それを聞いてかなでが感動したように胸の前で両手を組んだ。

「いい話ね」

 彼女の呟きにルイズは勢いよくつっこんだ。

「反応するところそこ!? ほかにもっと気にするところあるじゃない!」

「どこ?」

 かなでは不思議そうに小首をかたむける。

「店長とジェシカが親子ってところよ! おかしいでしょ!? 全然似てないじゃない!!」

 ルイズはあらためてジェシカを見た。あんな変な男からこんな……こう思うのも腹立たしいが、美人な娘が生まれるなんて……。

 動揺する彼女をよそに、かなではなんてことのないように言った。

「そう? 二人ともそっくりな黒髪だけど」

「髪だけじゃないの!」

 腹の底から全力で叫んだ。

「ま、そういうこと。店の現場管理はあたしなんだから。それじゃカナデはいってらっしゃい。ルイズみたいにお客さん叩いちゃダメだからね」

 かなではコクりと(うなず)くとフロアへと歩いていった。

 ジェシカはホウキとチリトリを取ってくると、ささっと手早く割れた皿をかたづけた。

 それから未だに現実を受け入れられずにいるルイズに声をかける。

「ほら! 突っ立ってないで手を動かす! これからもっと忙しくなるんだからね!」

 

 

 ○

 

 

 注文をとったり料理を運んだりとフロアを行き来するかなで。歩くたびにサラサラできれいな銀髪のサイドテールがゆれる。そのかわいらしい外見と、ハルケギニアにはない珍しい顔立ちもあってか、通りがかりに男性客らの目を()く。

 カウンターで料理と酒瓶(さかびん)などを乗せたトレイを新たに受けとり、客席へと向かう。

 ふと食器の中身を見て、わずかに驚いた。

(これって、豆腐(とうふ)?)

 湯気を上げるそれは、まごうことなく湯豆腐だった。

 この世界では一般的ではないはずの豆腐をこの店が取り扱っていることを不思議に思ったが、お客を待たせているのでその疑問は頭の片隅に追いやった。

「ご注文の品をお持ちしました」

 愛想のまったく感じられない無表情のまま、料理やワインの瓶とグラスをテーブルに置く。

「ごゆっくりどうぞ」

 次の注文を取りにいこうとしたところで、テーブルの男が声をあげた。

「おい待てよ。ねえちゃん、酌してくれよ」

 すでに酒が入ってるのか、男は顔を赤く染め、かなでに対してニヤニヤと下卑(げび)た笑みを浮かべている。

「わかりました」

 相手のありさまに気づくことなく、彼女は瓶を両手で持つと、相手が差し出すグラスにワインを淡々と注いだ。

 男はかなでの無感情かつ事務的なありように不満気に眉を寄せた。

「なんだお前、美人だが、愛想ねぇな。しかも胸もねぇ。おい、なんか面白いこと言ってみろよ」

「……そう言われましても、なにを言っていいのかわかりません」

「なんだ、本当につまんねぇやつ……。もういい、いったいった」

 男は興ざめだというふうに、しっしっ、と手を振った。

 かなでは追い払われるようにテーブルを離れた。

 それからも注文を取りにいっては機械的に接客する。

 そんな彼女に対する反応はやはり、興ざめや面白味のない女というものだった。

 何度目かの給士のあと、かなでは店の隅で待機していた。

 ふと、近くに置いてある大きな鏡に気づき、その前に立ってみた。

 表情のない自分の顔が映る。

 たしかに客たちが言うように、このうえなく無愛想なそれは接客する者の顔ではない。

「愛想、ね……」

 左右の人さし指をそれぞれ唇の端に持っていき、ななめ上にひっぱって、笑った形にしてみる。

 手を離すと口は元に戻った。

(……笑顔を作るって難しいわ)

 そんなことをしていると注文を呼ぶ声が聞こえたので、すぐさまテーブルへと向かった。

 

 

 スカロンはルイズのときと同様に、かなでの仕事ぶりを見守っていた。

 ルイズの件があったため不安があったが、かなでは特に問題を起こさなかったため、杞憂(きゆう)に終わった。

 もっとも彼女は愛想一つ言うことができないので、ルイズとは別の意味でチップはもらえていなかったが……。

 そのかなでは今、端っこの席で酌をしている。

「いや~、君、かわいいねぇ~」

 ぶくぶくと肥えたスキンヘッドの男が興奮気味に言う。どうやら特殊な趣味の持ち主らしく、かなでの小柄な体を上から下へとなめるように眺めていく。

 かなではそんな視線を気にすることなくワインを注いでいく。

 正しくは気にしていないのではなく、気づいていないというのが正解だが……。

 どれほどいやらしい目て見つめてもおとなしいかなでに、男は完全に調子に乗っていた。

「ボクって、君みたいな娘がタイプなんだ~。特にその小さなお尻や太ももとか~」

 男はかなでの腰に手を伸ばし、あろうことかその小さなお尻を()で回した。

 感情のないかなでの顔に、わずかな赤みが宿った。天然といわれる彼女も、さすがにこれには嫌悪感(けんおかん)を抱いた。反射的に突き飛ばそうとしたが、ジェシカの言葉が頭をよぎった。

 ルイズのようにお客さまに暴行を働いてはいけない。理性で体を抑える。

「やめてくださいお客様」

 こらえて抗議するが、男はまるで聞き入れない。

「いいじゃないか少しくらいさ~。ほら、これあげるから~」

 男はチップを強引にかなでに握らせ、なおも触っていく。

 すりすりすり――――。

 男の手は緩むことなく、エスカレートしていく。お尻から登って、あらわとなっている背中や肩の柔肌をベタベタとふれていく。

 かなでの中に不快感が積もっていく。さすがにこれ以上は目をつぶることができない。かなでは平手を繰り出そうと手を大きく振りかぶった。

 そこへスカロンの声が響いた。

「カナデちゃ〜ん! すぐに次の料理を持っていって〜!」

 思いがけないチャンスだった。かなでは男を振り払って、逃げるようにテーブルをあとにした。

「ああ、まってよ~、せめてもう少し――」

 男が未練がましく手を伸ばすと、それをスカロンが取った。

「ごめんなさいね。あの娘も仕事があるから。代わりにわたくしが相手してさしあげる!」

「ヒィィィ!」

 スカロンに絡まれて、男は青ざめて悲鳴をあげた。

 かなではカウンターへ来たが、運ぶはずの料理がどこにもなかった。

「カナデちゃん、大丈夫?」

 キョロキョロしていると、背後からスカロンが焦ったように話しかけてきた。

「なにがですか?」

「あんなにお尻を触られたことよ。チップをもらうためにサービスは必要だけど、安易(あんい)に許しちゃダメ。ちゃんとあしらわなきゃ」

 スカロンが困ったように言った。別にチップがほしかったわけではないのだが……。

「やり方がよくわかりません」

「他の娘がどうやってるのかよく見て学ぶのよ。それまでは触られそうになったら逃げちゃっていいから」

「はい」

「ごめんなさいね。こういう仕事だから、ああいうお客が多いけど、めげずにがんばってちょうだい」

 そのはげましにかなではコクりと頷いた。

 

 

 夜型の店である魅惑の妖精亭は早朝に閉店となった。はじめての深夜を通しての仕事に、ルイズとかなではクタクタだった。

 その日は給金日のため、スカロンは店の女の子やコックたちに給金を配ったが、ルイズには請求書が渡された。彼女が割った皿や客を怒らせたせいで出た損害である。

 スカロンは「初めは誰でも失敗するわ。これから一生懸命働いて返してね!」と元気づけてくれたが、ルイズはため息をつくしかなかった。

 

 

 ○

 

 

 仕事を終えたかなでとルイズは更衣室で寝巻きに着替えると、荷物を持ってあてがわれた部屋に向かった。

 のだが――――

「なによここ!」

 ルイズがありえないというように叫んだ。

「あたしたちが寝泊まりする部屋でしょ」

「この物置小屋みたいな屋根裏部屋が!?」

 ルイズの言うとおり、二階の廊下からハシゴで上がったそこは屋根裏部屋であった。

 部屋は薄暗くて(ほこり)っぽく、酒瓶の入った木箱や、タル、古い家具などが積み上げてある。隅には粗末なベッドが一台、置いてあった。

「貴族のわたしをこんなところで寝かせる気!?」

「空いてる部屋がここしかないのだから仕方がないじゃない」

「だからってこんなところで寝れるわけないじゃない!」

 一人騒ぐルイズをよそに、かなではベッドの上にある毛布を手に取る。埃を払うと、それをかぶってベッドに横になった。

「それじゃ寝ましょ」

「なに平気な顔して寝ようとしてんのよ!」

「他にすることがある? それに昼からは仕込みや掃除があるのよ。ちゃんと寝ておかなきゃ」

「なんであんたは順応してんのよ!」

「食べるものと住むところを確保できたし、お金だってもらえる。それにお店には貴族のお客さんもけっこう来るみたいだから任務のための情報も集められる。多少の不便を我慢すれば、いい物件だと思うわ」

「だとしても、あんな格好で平民に()びを売るなんて冗談じゃないわ! さっきも聞いたけど、あんな格好させられて、あんたは本当になんとも思わないわけ!?」

 怒鳴るルイズに、かなではむくりと上体を起こす。

 なにも感じないわけではない。さっきはセクハラにあって嫌な思いをした。だが……。

「たしかに仕事は大変で、嫌なこともあったけど、それでもあたしは楽しいわ。アルバイトって初めてのことで、おもしろいもの」

 前向きなその発言に、ルイズはわけがわからなくなって言葉が出なくなった。

 かなでは話は終わりとでもいうように再び横になると「おやすみなさい」とだけ言い残して目を閉じた。疲れていたのか、すぐさま小さな寝息を立てはじめた。

 文句をはきだす先がなくなったルイズは「う~~」だの「む~~」だのうなりながら、恨めしそうにその寝顔を睨みつけていたが、そのうちあきらめた。それから不満げに天井を見上げた。

 と、そのとき、暗闇の中になにかいるのに気がついた。

 それは数匹のコウモリだった。

 天井の(はり)にぶら下がっていたコウモリたちはルイズと目があった瞬間、羽を広げてキィキィ鳴きながら飛び回った。

「きゃあっ!?」

 ルイズは短い悲鳴をあげると、怖くなって逃げるようにかなでの隣へともぐりこんで、頭から毛布をひっかぶった。

 恐る恐る顔を出してみると、コウモリは再び天井に停まっていた。

 ルイズはため息をついた。

 仕事は最低。宿も最悪。でも任務のためには我慢しなくてはならない。仕方がないといえばそれまでだが、すでに心はへこたれはじめていた。

 これからの不安を抱きながら、彼女は眠りについた。

 

 

 ○

 

 

 夜になって開店早々、ルイズは再び給仕に入った。相手はぶくぶくと肥えたスキンヘッドの男……昨日かなでのお尻を撫で回していた客であった。

「いや~、昨日の銀髪の娘もよかったけど、君もすごい好みだよ~」

「そ、それは、ううう、嬉しいですわぁ~!」

 ルイズは好意を示す男に、うわずった声をあげながら精一杯の愛想笑いをする。が……

「君みたいな娘が本当にタイプなんだぁ~。特にその小さな胸がぁ~」

 男は手をわきわきと動かしながらルイズの胸へと迫る。昨日みたいに触るつもりである。

 だが彼女はかなでではない。

 一瞬にして怒りで顔を真っ赤に染めあげたルイズは渾身の全力ビンタを男の顔に叩き込んだ。男は涙を流して床に転げ落ちた。ルイズは意図せずかなでの仇討ちを果たした。もちろんチップはもらえなかった。

 

 

 次の日、ルイズとかなでが並んで皿洗いをしていると、ジェシカが様子を見にきた。

「どう? ちゃんとやってる?」

「うっさいわね」

 邪険にするルイズに、ジェシカは洗った皿を一枚手に取ると、眉を寄せた。

「ダメじゃない。ここ、汚れがまだ残ってるわよ」

 洗い残しを指差すと、ルイズは苦虫を潰したような表情になり、無言で皿をひったくって洗いだす。

「人が教えてあげてるのに礼の一つも言えないの? これだから貴族のお嬢様は……」

 呆れたように呟くジェシカに、ルイズの動きがぴたっと止まった。

 普段なら生意気な口をきかれたことに腹を立てるところだが、今は冷や汗をかいていた。

 なぜバレた? 自分もかなでも正体は隠していたはず……。

 ギギギと首を動かして顔をそむける。

 かなでもジェシカの発言が気になり、手を止めて体ごとジェシカの方へ向けている。

「な、なに言ってんのよ。わたしが、き、貴族なわけないじゃない……」

 とぼけようとするルイズだが、あきらかに動揺や焦りが声にあらわれている。そのありさまに、ジェシカは小さく声を出して笑った。

「見てりゃわかるもの。あんた、最初お皿の運び方も知らなかったじゃない。妙にプライドが高いし、それにあの物腰。貴族に間違いないじゃない」

「ぐっ」

 ルイズは黙りこくった。まさかこんなにも簡単にバレるなんて。

「なんで貴族のお嬢様が働く必要があるのかわかんないけど、まぁ事情があるんでしょ。黙っててあげる。でも仕事する以上はまじめにやってよね」

「ちゃんとやってるじゃない」

「どこがよ。ワインはぶっかけるし、ケンカするし、常連さんは怒らせるし」

 反論できず、ルイズは唇を尖らせるしかできない。

「正直あんたみたいな娘、迷惑なの。これ以上やらかしたらクビだからね? おとなしく魔法学院に戻るのね」

「な、なんで学院から来たって!?」

 仕草で貴族だとばれたのは納得できたが、なぜ学院のことまで?

「ああ、やっぱり学院関係なんだ」

「あ、あんた! ひっかけたわね!」

 かまをかけられてまんまとはまってしまったことに、ルイズは恥と怒りで真っ赤になる。

「でも、どうして学院から来たと思ったの?」

 かなでがストレートに理由を(たず)ねる。

「ああ、それはね……」

 ジェシカは笑みを浮かべてかなでを見据(みす)えた。

「あんた、“カナデさん”でしょ、シエスタの手紙にあった」

 ルイズとかなでは驚いた。なぜ彼女の口からシエスタの名前が出てくるのか?

 かなではすぐさま聞き返した。

「シエスタを知ってるの?」

「知ってるもなにも、シエスタは従姉妹(いとこ)だもの」

「なんですって!?」

 ルイズがすっとんきょうな声をあげた。

 かなでも内心驚いてジェシカを見つめ、そして気づいた。

「そういえば……シエスタもジェシカも同じ黒髪ね」

「そういうこと」

「あたしのことが手紙に書いてあったって、どういうこと?」

「ウチのことシエスタからなんにも聞いてない? 前にシエスタに珍しい香辛料を渡したんだけど、その使い方について手紙が来たのよ。カナデっていう友達ができたことと、その娘がトウガラシを使った料理を知ってるらしいから、トウフと一緒に送ってほしいって。カナデの名前を聞いたとき、まさかとは思ったけど、ルイズが貴族なら、もしかして同一人物かもって思ったわけ」

 ジェシカの話を聞いて、ルイズは納得した。同時にある疑問が浮かんだ。

「ということは店長もカナデのことを知ってるの?」

「そりゃ、あの手紙はパパも読んだし」

「じゃあ、わたしたちを雇ったのはカナデだったから?」

「パパが誘ってきたとき、あんたたち、名乗ったりした?」

「いいえ、ここで働くのが決まってからよ」

「じゃあ違うんじゃない? ただ(たん)に、あんたたちを確保しておきたかったからだと思う。よそにとられたりしないうちにね。でもカナデのことは気づいてると思うわ」

 ジェシカは確信をもってそうな顔で断言した。

 ふとルイズはあることが気になった。

「シエスタはカナデのこと、どう書いてたの?」

「どうって、ただ友達ができたとしか書いてなかったわよ」

「それだけ? カナデの素性とかは? どこから来たとか」

「なんにも書いてなかったけど」

「そう」

 どうやらシエスタはカナデのガードスキルについては記さなかったようだ。香辛料とやらの件とは無関係だったからだろうか? 別に隠すつもりはないが、今はああいった特殊能力は知られていないほうがいいかもしれない。

 いっぽう、かなではかなでで別のことが気になっていた。

 手紙、トウガラシ、豆腐。

 これらのことから、脳裏にある記憶がよぎった。

”親戚のお店に行けば手に入ると思います。魅惑の妖精亭といって――”

(……そういうことだったのね)

 ここの店名をどこで聞いたような気がしていたが、以前、モット伯の屋敷でシエスタが話していた名だ。彼女を取り戻した後日、麻婆豆腐を作ったが、あの材料はここから送られてきたのだ。どうりで店のメニューに豆腐料理があるはずだ。

「ここがシエスタが言ってた親戚のお店だったのね」

「そういうこと」

 ジェシカがかなでの言葉に頷いてみせる。

「シエスタは麻婆豆腐についてなにか言ってた?」

 もともと麻婆豆腐を作ったのはこの店の新作メニューのためだったが……。

「ああ、あれね。なんかすっごく辛くてお店に出せそうにないって手紙に書いてあったわ」

「そう、残念ね……」

 かなでは無表情でうなだれた。

「あんなもの、あんた以外で食べられるわけないじゃない」

 ルイズが呆れたようにつっこんだ。

「そんなに辛いんだ。ねぇ、今度作ってみてよ」

「はぁ!?」

 笑いながら放たれたジェシカの言葉に、ルイズは目を見開いた。

「あんたなに言ってんのよ! この世のものとは思えない辛さなのよ!」

「そんなに言われると逆に食べてみたくなるわね」

 ルイズは引いた。この女、好奇心の(かたまり)だわ……。

 そんなふうに話していると、ジェシカとルイズに交代が入った。

「さて、おしゃべりはここまで。仕事に戻らなきゃ」

 ジェシカが、パンッ! と両手を叩いた。かなではハッとなって皿洗いを再開する。

「ええ、そうね。優勝するために、とっとチップをもらいにいかないと」

 ルイズがそう言ってフロアに行こうとする。

「優勝、ねぇ。できるといいわね」

「どういう意味よ……」

 ジェシカの含みのある言い方にルイズがジロリと睨みつける。

「別に。ただあんたみたいなガキに酒場の妖精はつとまらないから優勝なんて無理だろうなって思っただけよ」

 挑発的な笑みを浮かべるジェシカ。

 途端、ルイズが怒鳴った。

「ガキじゃないわ! 十六歳だもん!」

「え、わたしと同い年だったの?」

 心底驚いたという表情になったジェシカは、ルイズと自分の体を見比べた。

 それから口元を手でおおい、「プッ」と吹き出した。

 その仕草にルイズはキレた。

「なによ! ちょっと胸がないくらいで人をガキだのミジンコだの!」

「いやそこまで言ってないし」

 被害妄想にわずかに呆れるジェシカ。

「そもそもわたしがガキだっていうならカナデはどうなのよ!」

 ルイズはかなでを指差す。巻き込まれた当人は皿を磨きながらキョトンと首を傾げた。

「体型が同じでもカナデはちゃんとしてるからいいのよ。仕事だって安心してまかせられるし。引き換えあんたは体どころか中身まで、だからねぇ」

 やれやれというふうに肩をすくめるジェシカに、ルイズの怒りがさらに刺激された。

「そんなに言うんだったら、チップぐらい城が建つほど集めてやるわよ! わたしが本気出せば、すごいんだら! 見てなさい、あんたなんかに絶対負けないんだから!」

 ルイズは余裕の笑みを浮かべるジェシカを睨みつけながら高々に宣言した。

 

 

 ○

 

 

 数日が経った。

 現在ルイズは一人で(さび)しく皿を洗っていた。

 結局のところ、彼女は客を怒らせるばかりでチップは手に入らなかった。失敗しては対策を(ほどこ)してを繰り返したが、すべてダメだった。あげく謹慎(きんしん)として今日一日ずっと皿洗いを言い渡されてしまった。

 ルイズはフロアを行き来するかなでをチラッと盗み見た。

 成果ゼロの自分に対して、かなでのほうは以外にもごくわずかながらチップをもらっていた。なんでも、あの無感情がクールでミステリアスな感じで、他の女の子にはない新鮮さだと、ごく一部の客に気に入られてきてるらしい。

(カナデですらチップを稼いでるのに……)

 ルイズはもう消えてしまいたい気分だった。

 落ち込んでいると、そこへジェシカがやってきた。店の制服に身を包んだ彼女はたわわな胸の谷間にチップをはさんでいた。

「見てたわよー、チップ、全然もらえてないじゃない」

 呆れながらため息をつく。

「わかってるわよ」

 ふてくされた顔でぼそりと言った。以前の勢いがまるでなくなってしまったルイズの姿に、ジェシカは再びため息をついた。

「まったく……そんな顔してるから一枚ももらえないのよ。しっかりしてよね、お嬢様」

 ジェシカはぽんっと彼女の肩を叩いて去っていった。ルイズはしょんぼりとうなだれた。

 

 

 ○

 

 

 仕事が終わったあと、ルイズはベッドの上に座り込んで、自分の両手を見つめていた。水仕事のせいで指先がヒリヒリと赤くなっていた。

(任務は情報収集だったはずなのに……どうしてわたしがこんな目にあわなきゃいけないのよ……)

 皿洗い、平民に酌、おまけに酒場の娘に生意気な口をきかれる……。

 こんなの自分の仕事じゃない。ルイズは悲しくなって泣きそうになった。

 床の板が開いて、かなでが頭を覗かせた。慌てて目元をぬぐう。

「ルイズ、ご飯よ」

 かなでがシチューの入った皿を乗せたトレイを運んできた。おいしそうな匂いが(ただよ)ってくる。

「いらない」

 そっぽを向く。はっきり言ってそんな気分じゃなかった。

 だというのに、お腹がぐぅー……と鳴った。

 恥ずかしくて頬が赤くなる。

「食べないと体壊すわ」

「手が痛いの。スプーン持てない」

 駄々をこねるルイズ。かなでは隣に腰を下ろすと、スプーンでシチューをすくって、ルイズの前に持ってくる。

「はい、あーん」

「……なんのつもりよ」

「手が使えないなら食べさせてあげようと思って」

 ルイズは憮然(ぶぜん)としたが、少ししてから口を開けた。シチューを一口すする。

 それから突然、ポロポロと泣き出した。

「もうやだ……学院に帰る」

「任務はどうするの?」

「知らない。こんなの、わたしの仕事じゃないもん」

 すねるように呟く。

 かなではスプーンを皿に戻して、ルイズを見つめた。

「やめちゃうの?」

「そうよ」

「お姫様に任されて、はりきってたのに?」

「仕方ないじゃない」

「まだ情報もたいして集まってないわ」

「うるさいわね! やだったらやだ! もう無理なのよ!!」

 ルイズは大声で怒鳴ると、あとはうつむいてすすり泣くだけだった。

 かなではしばらくのあいだ無言でいたが……、

「そう。なら、そうすればいいわ。あたしは残って引き続き情報収集するから、ルイズは学院で待ってて」

 その言葉にルイズは驚いて顔を上げた。

「あんた、なに言って――」

「本当に無理なら仕方ないわ。でも成果なしじゃお姫様に申し訳ないから、あたしは残って最後まで情報を集めてみるわ」

 ルイズは理解できないものを見るような目を向ける。

「なんでそんなにがんばれるのよ」

 その問いに、かなではしばし考えるように黙った。

「……楽しいからかしら?」

「あんな皿洗いや給仕のどこがよ?」

「どこがというか、働くことそのものね。アルバイトってやってみたかったの。学校じゃ禁止されてなかったけど、できなかったから」

「学校って、あんたがいたっていう死後の世界の?」

 死んでも仕事しなきゃいけないのかと、ルイズは肩を落としたようにげんなりと呟く。

 だがそれをかなでは首を横に振って否定した。

「あたしが生前に通ってた学校。病気だったから学校に行くのが限界で、アルバイトする余裕なかったわ」

 その言葉にルイズはぴくっと反応した。

 そういえば自分は夢でかなでが死後の世界ですごしていた過去を垣間見ることはあったが、生きていた頃のことはなにも知らないし、話をすることもなかった。

「あんた、病弱だったの?」

 こくりと頷くかなで。

 ルイズは病弱な彼女の姿を想像できなかった。死後の世界で戦いによる負傷を見たことはあるが、すぐに治癒(ちゆ)するし、すさまじい戦闘力をもって敵と戦っている姿からはそんな気配は微塵(みじん)も感じられなかった。

「……どんなふうだったの」

「たいてい家の中……ベッドでの生活だったわね。窓から外を眺めて、自由に出歩いたり走り回ってる人たちを見て、うらやましいなって思ってた」

「……あんたの未練って、外に行けなかったこと?」

 かなではまたも首を横に振った。

「あるとき、ほんの少しだけ症状を改善することができたの。おかげであたしは学校に通えるようになったわ」

 そっと自分の胸に手を当てる。

「あたしの心残りは、あたしに命をくれた恩人に『ありがとう』を伝えられなかったこと。でも、それも叶ったわ」

 ルイズは思い出す。かなでは未練が晴れて、生まれ変わる直前に召喚された。前にオスマン学院長に身の上を話す際に聞いたやつだ。

「彼からは大切なことを教わったわ。生きることは素晴らしいんだって。仕事は大変だし、辛いことも、恥ずかしいこともある。でもそう思えるのは、生きてるから。あたしは今、健康に動ける身体を持ってる。自由に働けるのが素晴らしくって、今がとても楽しい。あの頃に比べて、あたしはすごい恵まれてると思うの」

 ルイズは顔を伏せた。

 今の話を聞いて彼女には思うところがあった。

 それは病弱な姉の存在である。

 姉は魔法もできるし美人であるが、病のために思うように外に出られずにいる。だから、生前のかなでの生活がどういったものかはだいだい想像できた。

 自分は彼女らと違って生まれつき健康な体だ。それなのに、仕事に対して嫌気がさすのは、贅沢(ぜいたく)な悩みだろうか?

 ルイズが考えにふけってしまい、しばし沈黙が部屋を支配した。

 突然かなでは思い出したようにポケットから小さな陶器(とうき)のケースを取り出した。

「手を出して」

「なによそれ?」

「水荒れに効くクリームですって。ジェシカがくれたの。さ、手を出して」

 ルイズがおとなしく手を差し出すと、かなではその手にクリームを塗っていく。

「やめるんだったら店長に言わないとね」

「……やめないわ」

 かなではキョトンと小首を傾げた。

「でもさっき学院に帰るって」

「やめないって言ったらやめないの!」

 ルイズはシチューを奪いとると、勢いよくがっつきだした。

 目を丸くするかなでに、空になった皿を押しつけるように返すと、毛布をひっかぶって横になった。

 ころころと意見が変わるルイズに困惑するが、寝られてしまってはどうしようもないのでそのままにする。

 皿をトレイに乗せ、かなでは部屋を出ていった。




かなでの生前については心臓病だったこと以外、情報というか資料がなかったので、「たぶんこんな感じだったんじゃないかな」くらいなイメージで捏造しました。

アルバイト編は次回で終わりです。

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