それでは最新話をどうぞ。
夕方六時を知らせる鐘の音が”ごぉん、ごぉん”と響く。
街の中央広場の片隅で、かなでは噴水周りにある石のベンチにぼんやりと腰かけていた。
その横ではルイズが同じように座りこんで膝を抱えていた。
(ど、どうしよう……、お金、全部すっちゃった……)
今になってようやく自分がやらかしたことの重大さに気づくが、後の祭りだ。
(姫様に頼んでもう一度お金をもらう? ううん、ダメよ! この任務は姫様が私的に命じられたことなのよ。お金の工面には苦労されたはずだわ)
だというのに、それを自分はたったの三十分で溶かしてしまったのだ。
さらには使い魔のお金まで奪いとった。今思い返すと貴族どころか人としてあるまじき行為。
ふと隣に目を向ける。
己の使い魔は無表情で空を見上げていた。
先ほどからずっとこの調子だ。一言も喋らず、自分になにかを訴えるそぶりすらない。
正直、この沈黙が居心地悪かった。
「……なんでなにも言わないのよ」
耐えられなくなったルイズが口を開いた。
「なにが?」
こちらを向いたかなでがキョトンとした表情で小首を傾げる。
「あんたのお金を奪って使っちゃったことよ」
「ああ、そのことね」
「そのことねって……」
なんでもないような物言いにルイズは困惑するが、向こうはかまわず続ける。
「あのお金は持ってたこと自体忘れてたし、とくに気にしてないわ」
「そ、そう……」
ルイズは責められなかったことになんともいえない気持ちになるが、当人がそう言うならそれでいいのかもしれない……。
しかし、
「でも他人のお金を奪うのは人としてよくないわ」
すかさず正論を言われた。
「うっ……わ、悪かったわ」
ルイズはバツが悪そうに顔を伏せた。
同時に思う。天然であるかなでに常識を指摘された、と。
「それより、これからどうするの?」
「今、考えるわ」
かなでの問いにそう返す。
だが、いい考えなど思いつかなかった。
顔を上げて、なんとなく噴水なんかを眺めてみる。
ふと、道行く人々が自分達を盗み見ているのに気づいた。
いったいなぜ……?
ルイズは自覚していないが、彼女の可憐さと高貴さはいやでも人目をひく。そしてかなでの容姿もまたルイズ同様に
「わたし達、なんだか、ずいぶんと注目されてるわね」
「そう?」
「……この状況をなんとか利用できないかしら」
「たとえば?」
意見を求められて考える。
しかしさきほど同様なにも思いつかない。
「というかご主人様だけに頭使わせてないで、あんたもなんか考えなさいよ」
ぴしっと言われて、かなでは空を仰いでしばし考え込む。すると、
「ストリートライブなんてどうかしら?」
「なによそれ?」
「道端で歌ったり、楽器を弾いたりしてお金を稼ぐの」
つまり
ルイズは光明を得た気がした。通行人が注目しているので、もしかするといけるかもしれない。楽器はないが歌なら可能だ。
「それで、どんな歌を歌うのよ」
「麻婆豆腐の歌」
瞬間、ルイズは固まった。品評会の出し物をどうするかで悩んでた際に披露されたあの奇妙な歌が脳裏に再生される。
かなでが急に立ち上がった。コホンっと小さく咳払いしたあと、すぅー、と息を吸った。
なにをするか悟ったルイズは慌てて彼女の腕をつかんで座らせた。かなでが不思議そうな顔をする。
「どうしたの?」
「どうしたの、じゃないわよ! あんなわけわかんない歌なんかダメに決まってるじゃない!」
周りからおかしなものでも見るような目を向けられるのがオチだ。
「じゃあ他にどうするの?」
「わかんないわよ……」
再び途方に暮れる二人。
くぅ~……と、どちらともなくお腹が小さく鳴った。
「おなかすいた……」
「そうね……」
ルイズの力ない呟きに、かなでが遠くの空を見つめながら返す。
完全に困り果てた……。
そのときだ。
「トレビア~ン! なんて綺麗な顔立ちなのかしら!」
突然、妙な女言葉の男の声がかけられた。
そちらを向くと、奇妙な格好の筋肉質な中年男がいた。
黒髪をオイルで前から後ろへと撫でつけてピカピカに輝かせ、鼻下と
その様子に、ルイズは露骨に嫌な顔をして引いた。対してかなでのほうは表情一つ変えていない。
「見たところ、なにかお困りの様子だけど?」
二人の反応を気にすることなく男はたずねた。
「お金がなくて行くところも食べるものもないの」
かなでが簡潔に答えた。
男はかなでとルイズの顔を興味深そうに見つめる。
「なら、うちにいらっしゃい。わたくしの名前はスカロン。この先で宿を営んでいるの。お部屋を提供するわ」
にこっとほほ笑んで、男が言った。
「本当?」
男の提案にかなでは問い返した。
「ただし、条件が一つだけ」
「条件?」
「そう。一階でお店も経営してるんだけど、あなた達二人がそこを手伝う。これが条件。よろしくて」
「いいわ」
「カナデ!」
勝手に返答したことにルイズが突っかかる。親切な人物のようだが、ルイズとしてはこんな気味の悪い格好と口調の相手と関わりたくなかった。
「他に行くアテがないわ。お金はないし」
かなでからお金の話が出てきてルイズは「うっ」と黙りこむ。それから数秒間悩んだすえ、渋々ながら頷いた。
「トレビアン。じゃ決まり。ついてらっしゃい」
にんまりと笑ったスカロンはリズムを取るように、くいっくいっと腰を動かしながら歩き出した。
「あんなのについていかなきゃなんないなんて……」
ルイズはすごく嫌な顔をした。
「そんなに嫌なの?」
「当たり前でしょ。男なのにあんな女性みたいな喋り方なんて、どう考えても普通じゃないわ。あんたはおかしいと思わないの?」
「ただのおネエ系の人じゃない」
「は? おネエ系?」
ルイズは聞きなれない言葉にわけがわからないといった顔になる。
そして平然としているかなでの様子に、彼女は一瞬、自分の感性のほうがおかしいのかと思った。だがすぐさま頭を左右に振って、その考えを振り払った。
(おかしいのはわたしじゃないわ。カナデは天然だからあの男がおかしいと気づいていないだけよ!)
自分はいたって正常だと必死に言い聞かせる。
「どうしたの~? ついて来ないと置いてくわよ~」
スカロンがくねくね腰を振りながらこちらに手招きしている。
かなではいまだに気乗りしなさそうなルイズの手を握って、男のあとを追った。
「それにしても一文無しなんて大変だったわね」
道すがら、スカロンがなにげなく言った。
「ルイズが宿代が足りないからって増やそうとしたら、カジノで全部すっちゃったから」
「余計なこと言うんじゃない!」
正直に答えたかなでをルイズが
「あら〜、この街に来てそうそうにやっちゃったのね。宿に泊まるつもりだったのなら旅人かしら。いったいどこから来たの?」
「え? え、えぇと……」
ルイズは言葉に詰まった。自分の素性を言うわけにもいかない。どうにかごまかせねばと思ったが、いい答えが浮かばなかった。
「仕事を探しに来たの」
かなでが淡々と言った。正確には違うが間違っているわけでもない。この返答にルイズは反射的に乗っかった。
「そ、そうなの! 家がすごい借金してて、二人で出稼ぎに来たの!」
とっさに嘘をでっちあげた。かなでがなにか言いたげにこちらを見たが、ルイズは小声で「黙ってなさい」と注意した。
「なるほどね。でも仕事が見つからず、お金を増やそうとしてギャンブルに走っちゃったのね」
「そ、そうね……」
スカロンの言葉にルイズは気まずそうに目をそらした。仕事なんて探してすらいない。
そうこう話しているうちに、周りの家並みと同じ白い石造りで、二階建ての大きな建物にたどりついた。
「ここがわたくしのお店よ」
スカロンが二人のほうを振り返り、
「ようこそ、
ほほ笑みながら両手を大きく広げて店名を名乗り上げた。
そのとき、かなでは、あれ? と首を傾げた。
(お店の名前……どこかで聞いたことがある気がする。どこだったかしら?)
首を左右に傾けながら、うーん、と小さく唸るが、どうにも思い出せない。
仕方ないから諦めて、スカロンの後ろについて店内へと足を踏み入れた。
(あ、そういえば履歴書はいらないのかしら?)
……この天然はまだ言ってた。
のちに履歴書についたスカロンに聞いたところ、「そういった経歴書は雇う側で用意するから必要ないわ」と、おかしそうに笑われた。
○
表の外見どおり店の中はそうとう広く、木製フローリグの店内には丸テーブルとイスのセットが十席近くもある。入口から見て左側が厨房となっておりカウンターで仕切られてある。その隣りには、奥の壁にそう形で上り階段があった。
「いいこと、妖精さんたち!」
「はい! スカロン店長!」
カウンターの前に立つスカロンの正面で、魅力的できわどい格好をした女の子達が一斉に唱和した。
「違うでしょおおおおお!」
スカロンは腰を左右に激しく振って否定した。
「店内では“ミ・マドモワゼル”とお呼びなさいと、いつも言ってあるでしょお!」
「はい! ミ・マドモワゼル!」
「トレビア~ン!」
改めて呼ばれると、スカロンは嬉しそうに身を震わせて、ほほ笑んだ。
「さて、妖精さんたちに嬉しいお知らせ。今日はなんと新しいお仲間ができます」
それからスカロンは左を向き、二階へ続く階段に向かって叫んだ。
「ルイズちゃ~ん、カナデちゃ~ん! いらっしゃ~い!」
名を呼ばれて、かなでが階段から下りてきた。
彼女は銀髪を頭の右側でサイドテールにして、他の女の子達と同様の衣類に身を包んでいた。頭部のカチューシャはもちろん、全体的にフリルをあしらった、ビスチェとプリーツミニスカートを組み合わせた服であり、色は落ち着いたバイオレットカラーである。
スカート丈がきわどいうえ、はいてるソックスもいつもより短いため、太ももから足首まで素足が大きく露出しており、左太ももにはフリルつきのガーターリングが巻かれている。
上着は体と密着しているためボディラインがくっきりと浮かび上がり、背中が大胆にもざっくりと開いている。両腕は中指にひっかけるタイプのイブニング・グローブをしているため肘上まで隠れているが、普段は下に垂らしている長髪が全て右側頭部の高い位置で一つにまとめてあるため、胸元や肩から背中にかけて、シミ一つない美しい柔肌があらわとなっている。
全体的に肌をさらす魅力的なその姿は、店の名前に恥じない可憐な妖精であった。
そんな格好であっても、彼女はいつもどおりの無表情のままであるが。
かなでが一階に下りてきたところで、スカロンは首を傾げた。
「あら~、カナデちゃん一人? おかしいわね……。ルイズちゃ~ん! どうしたの~?」
もう一度呼ぶが、返事はなかった。
かなでが今さっき下りてきた階段を小走りで戻っていく。
階段を上がった先の廊下。
そこには、かなでと同じ格好――ホワイトのきわどいビスチェドレスを着せられ、羞恥心と怒りで顔を真っ赤にさせているルイズがいた。
「どうしたの? 店長が呼んでるわ」
かなでがたずねると、ルイズは険しい目で睨んできた。
「貴族のわたしに、こんな格好で人前に出ろってのッ!?」
激しく怒っているため、全身がわなわなと震えていた。こんなはしたない姿を人前にさらすなのど屈辱でしかない。
「そういう仕事なんだからしょうがないわ」
「なんであんたは平然としてるのよ。なんとも思わないわけ? 自分の格好をよく見てみなさいよ!」
ルイズは廊下の隅に置かれた大型の鏡を指さす。
言われたとおりにかなでは鏡に全身を映してみる。
普段の自分の服装とはあまりにもかけはなれた姿だ。体をひねるなどして姿勢を変えて全身をいろんな角度から見てみる。太ももや胸元はもとより、背中なんて丸見えだ。
「……
「でしょ! そう思うでしょ!」
「でも嫌ではないわね。こんな大胆な服なんて着ることなかったから、すごく新鮮だわ」
かなでは表情一つ変えずに言った。実際、嫌な顔をするわけでも照れて恥ずかしがる様子もない。
無表情で淡々と述べる目の前の少女に、ルイズは一瞬勢いが削がれる。
「それにここで仕事しないと、お姫様の任務をこなせないわ」
任務について言及され、ルイズは「うっ」となにも言えなくなった。
仕方なく、これは任務と自分に言い聞かせ、“我慢する”という苦渋の選択をした。
怒りを抑えたルイズをともなってかなでは一階へと戻ると、スカロンの隣りへと歩いていき、女の子達の前に二人そろって並び立った。
「ルイズちゃんとカナデちゃんはね、お父さんの博打の借金のために街に出稼ぎに来た、とっても苦労してる姉妹なのよ」
スカロンが涙混じりに紹介すると、女の子達から同情のため息が漏れた。ちなみに姉妹というのは、店までの道中であれよこれよと話をしてた際に、いつのまにかできてた設定である。
「じゃ二人とも、お仲間になる妖精さんたちにご
「かなでです。よろしくお願いします」
簡潔に自己紹介してぺこりと
だがルイズのほうは再び怒りで体が震えだしていた。こんな格好をさせられたうえに平民に頭を下げろなど、貴族としての高いプライドが許さなかった。
だが今さっき任務のために我慢すると決めたばかり。ルイズは引きつった笑みを浮かべて一礼した。
「ルルル、ルイズなのです! よよよ、よろしくお願いなのです!」
「はい拍手!」
スカロンに促されて、女の子達が一斉に拍手した。いくつものパチパチという大きな音が響く。
「仕事のやり方についてはジェシカに任せるわ。ジェシカ~、お願いね~!」
「はーい!」
厨房から、胸元の開いた緑のワンピースに白いバンダナと腰エプロンをした、太い眉と長いストレートの黒髪が特徴の可愛らしい娘があらわれた。その胸元からは豊満な胸と立派な谷間が覗いている。
「あたしジェシカ。よろしくね二人とも。店でわかんないことがあったら、なんでも聞いて」
ジェシカは親しみやすい雰囲気でほほ笑んだ。
ルイズは馴れ馴れしい態度にムッと顔をわずかにしかめるが、かなでのほうは普段通りに接する。
「かなでです。よろしくお願いします」
「あはは、そんなかたくるしくなくていいわよ。もっと気さくな感じでいいからさ」
「そう? じゃあ、よろしくお願いするわ、ジェシカ」
こうしてルイズとかなでは彼女から仕事についての研修を受けた。
それが終わったのをみはからってか、階段の前でスカロンがパンパンと手を叩いてみなの注目を集めた。その後ろにはカーテンで遮られた一角がある。
「さぁみんな! 新人ちゃんの紹介も済んだところで、今週はお待ちかね、チップレースの始まりよ!」
女の子達が待ってましたと言わんばかりに黄色い歓声を上げた。
「チップレース?」
ルイズとかなでは首を傾げる。
「レースでもっともチップを稼いだ妖精さんには特別ボーナスの他に……、じゃーん!」
スカロンが天井から吊り下げられたロープを引いて、カーテンを開けた。
「我が店の名前のもとになった代々伝わる家宝、この“魅惑のビスチェ”を一日着用する権利が与えられまーす!」
そこには丈の短い、黒く染められた色っぽいビスチェ型のドレスが飾られていた。デザインから見て、魅惑の妖精亭の服はこれが元になっているのだろう。
「う~ん、トレビア~ン。このビスチェは人を虜にする魅了の魔法がかけられてあるの!」
「素敵ね! ミ・マドモワゼル!」
「想像するだけでドキドキね! なにせこれを着た日には稼ぎ放題! いくらでもチップをもらえちゃうわ。去年優勝した娘なんか、あんまりにも稼ぎすぎて田舎に帰っちゃったくらいなんだから!」
それを聞いたルイズはビスチェの効力に戦慄した。
「みんな、このビスチェに身を包むことを目指してがんばるのよ!」
「はーい!」
「新人ちゃん達もね!」
「え、は、はい!」
とっさにルイズは返事をし、かなではこくりと頷いた。
あと少しで店は開店。女の子達はせっせと準備を終えていく。
その中で、ルイズは魅惑のビスチェを穴が空くほど見つめていた。
(……これはチャンスだわ!)
チップレースについて詳しく聞くと、開催期間は虚無の週の約半分。優勝してあの魅惑のビスチェの力で稼ぎまくれば、こんなところやめて優雅な生活ができる!
ルイズは野心を燃やした。
そしていよいよ開店時間。
羽扉がばたんっ! と開いて、店内に客達がなだれのように入ってきた。
本編中のちょっとした小ネタ。
・ストリートライブ。
前回もらった感想からアイデアを採用させていただきました。もともとなかった内容ですが、原作の才人が芸で稼ごうとするシーンに差し替える形で組み込みました。
・履歴書
前回に続き、かなでの天然キャラという個性を出すために書いたネタ。正直いらなかったと思うけど前回やってしまった時点で後の祭り。
・かなでの魅惑の妖精亭の服の色。
バイオレット……すみれ色です。理由は前日譚マンガでかなでが所持していたビキニパレオがこんな色だったから。ちなみに実際に着用したのは仲村ゆり&ひさ子。
とあるキャラいわく「ああいうの着るんだなぁ、生徒会長」
あと髪型をサイドテールにしたのは、公式で体育座りでメガネをかけたイラストがあったので、そこから採用しました。(でもあのイラストよく見ると髪の一部だけを結んでるから本当はサイドアップなんだよね……)
以下、なんというか苦労話。
今回書いてて思ったこと。あの魅惑の妖精亭の服を文章だけで表現するのはめちゃくちゃキツかったです。
原作だとルイズが着てるあの服ってキャミソールって書いてあるけど、キャミソールって肩紐がついてるんだよね。でも挿絵とかアニメとか見るかぎりそんなのないし。
検索して探したらビスチェドレスというのが該当するみたいなんで、本文でそう書きました。
正直あの服についてはホント難題でした。手袋とか太ももにつけるアレの名称とかまったくわからなかったので。
いろいろと検索かけてるうちに、ガーターリングだとかイブニング・グローブだとかの名前や知識をいろいろと知ることになりました。たとえばイブニング・グローブってオペラ・グローブの別称であるとか。正直どっちの名前を使うか悩みました。
今回はかなでの妖精姿を魅力的に書こうとがんばってみましたが、どうでしたかね……。
次回は今回ほど苦労しなくて書けたらいいなと思います。