天使ちゃんな使い魔   作:七色ガラス

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お久しぶりです。いつの間にか前回から5ヶ月近く経ってしまいました。
また長い期間待たせるわけにはいかないと思い、とりあえず書き終わってるところでキリのいい部分までを投稿することにしました。
今回は話の都合上、ちょっとオリジナル用語が冒頭で出てきます。まぁ、大した内容ではないですが。
それではどうぞ。


第17話 ルイズ、破産する

「そういうわけだから、しばらく街で暮らすことになるわ。秘密の任務だから誰にも言うんじゃないわよ」

 アニエスが退室したあと、ルイズはかなでにアンリエッタからの依頼内容を説明した。

 身分を隠して王都トリスタニアで生活しながら、平民に横暴をはたらく貴族についてのあらゆる情報を集める。また手紙には任務に必要な活動経費を払い戻すための手形と、王室の許可証も同封されていた。

 任務については理解したが、かなではふとある疑問を抱いた。

「街にいるあいだ、授業はどうするの?」

「その点は姫様も配慮なさってくれたわ。明日から虚無の週に入るの」

「虚無の週?」

「虚無の週っていうのはね、一週間近くある少し長めの休みのことよ。大抵の使用人や生徒は帰郷したり、どこかへ小旅行したりするわね」

(地球でいうところのゴールデンウィークみたいなものかしら……)

 それなら授業についての心配はしなくていいだろう。

「わかったなら、ほら。さっさと荷物をまとめなさい」

 ルイズの指示のもと、かなでは仕度にとりかかった。

 前に王都で買った肩紐つきの大きな(かばん)を用意し、クローゼットから取り出した下着や替えの服をそれにしまっていく。同時に自分の服装をどうするかも考えていた。

(秘密の任務なら、目立たない格好のほうがいいかしら? ブレザーは前にみんなから変わった服って言われた。セーラー服は……前に着たときに、なんだか男子からすごい注目されてたからやめておいたほうがよさそうね。ならあと残ってるのは……)

 彼女はクローゼットの端にかけてある、白いワンピースに目を向けた。

 

 

 ○

 

 

 虚無の週初日。

 朝食を済ませ、自室にて二人は身支度を整えていた。

 ルイズはいつもの制服姿でイスに座り、かなでに髪をブラッシングさせている。

 そのかなでだが、王都で購入したノースリーブの白いワンピースに、その上から、丈がウエストラインほどである半袖の空色ジャケットを羽織っていた。彼女なりに目立たないようにと考えての格好である。

 仕度が終わると、ルイズは鞄をかなでに持たせた。

「それじゃいくわよ」

 かなでが頷いて鞄を肩にかけると、彼女達は部屋を出ようとした。

 と、そこへ、

「ちょちょちょ、ちょっと待ってくれよ!」

 背後から焦ったような男の声がした。

 二人そろって振り返ると、ベッド脇の壁に立てかけてあるデルフリンガーが(つば)をカタカタカタッ! と激しく鳴らして騒いでいた。

「なんで俺が留守番なんだよ!」

「あんたみたいな大きな剣、持ってたら邪魔じゃない」

 ルイズが無慈悲に切り捨てる。実際デルフリンガーはかなりの長剣だ。以前かなでが背負ったときは少しばかり不格好だった。

「そりゃないぜ娘っ子よぉ!?」

「うるさいわね。戦いに行くわけでもないんだから持っていく必要ないじゃない」

「俺だってたまには外にでてぇんだよ! なぁおい嬢ちゃん! 嬢ちゃんは娘っ子みてぇに冷たいこと言わねぇよな!!」

 今度はかなでに向かって懇願(こんがん)するが、彼女は首を横に振った。

「ごめんなさい。たぶん人目を引くと思うから連れていけないわ」

「そんなぁ!?」

「帰ったらおいしい麻婆豆腐をごちそうするから許して」

「いらねぇよ!? てか剣だから食えねぇよ!!」

 その後も食い下がるデルフリンガーだったが、キリがないのでルイズは無視し、かなでの手を引っ張って部屋を後にした。

 生徒や教師といった主な学院関係者に見られたくないので、ほとんどの生徒達が出立したあとに学院を出ることにしていた。

 身分を隠すために、貴族が乗るような馬車は使えない。馬はあるが学院のものなのでこちらも使えない。

 そういうわけで、使用人達が王都への買い出しに利用する馬車を使うことにした。当然、馬車の御者や買い出しの使用人に怪訝に思われたが、他言無用を命じた。

 

 

 ○

 

 

 王都についた二人はまず、資金を得るために財務庁を(おとず)れ、手形を換金した。

「新金貨で六百枚……四百エキューね……」

 ルイズは手持ちの活動費を確認すると、金貨の入った袋を自分の腰鞄(ポーチ)にしまった。かなでに持たせることも考えたが、以前あっさりとスリに盗られた前科があるのでやめた。

「次はどうするの?」

「服を買うわ」

「服?」

「平民に化けるんだから、服を買い換える必要があるのよ。前にあんたの服を買った店に行くわよ」 

 マントと五芒星をつけていては貴族だとふれてまわっているようなものである。

 二人は以前シエスタに紹介してもらった仕立て屋へと入った。

 かなでは数ある品物を眺めながらどれがいいか悩んだ。そのすえに選んだのは、胸元の開いた黒のノースリーブワンピースとベレー帽だった。

 それを見たルイズは、

「…………地味ね」

 と心底不満そうな顔をした。

「だけど、平民に化けるから服を買い換えなきゃって言ったのはルイズよ」

「でも、もう少しマシな服でもいいと思わない?」

「目立たないようにするならこれが一番だわ。あたし達の任務には地味なのがいいと思うけど」

 そうまで言われて、ルイズは仕方ないというように、嫌々その服へと着替えた。

 仕立て屋を出たルイズは次の目的地を目指す。

「次は馬ね」

「馬? どうして?」

 後ろをついていくかなでは首を傾げた。

「馬がなくちゃ満足なご奉公はできないわ」

「平民って普通は馬を持ってるものなの?」

「そんなわけないじゃない。持ってるのは大抵が貴族よ」

「……身分を隠して平民のフリをするんだから買う必要ないと思うわ」

「そんなの関係ないわ。ご奉公には馬が必要なのよ」

 そう言ってルイズは馬を買いに行った。

 しかし無駄足に終わった。

「四百エキューもするなんてッ!」

 馬の価格は活動費とほぼ同等であることを知って顔をしかめた。

「一頭買っただけで、いただいたお金がおしまいじゃない!」

「安い馬でいいじゃない?」

「そんな馬じゃ、いざってときに役に立たないじゃないの!」

「なら諦めましょ」

「ぐぐぐ……せっかく乗馬用の(むち)も持ってきたのに……」

 自分が荷造りしているときはそんなものなかったはず……。いつのまに忍び込ませたんだろう?

 疑問に思うかなでだったが、たいした問題ではないので思考を切り替える。

「それより、泊まるところを探すほうが大事なんじゃない?」

「わかってるわよ!」

 怒鳴り声をあげるルイズは腹立たしげに宿屋へと向かった。

 だが――――

「二百エキューですって!?」

 彼女が選んだのは見るからに高級そうな宿だった。そこは貴族も宿泊する最高級店であり、高すぎてとても長く泊まれるようなところではなかった。

 外に出たルイズは気落ちしながら通りを歩いていた。

「はぁ……お金が全然足らないわ」

「もっと安い宿を探せばいいじゃない」

「ダメよ! 安物の部屋じゃ眠れないじゃない!」

(……平民に混ざっての活動だから服を換えるとかもっともなこと言ってたのに……どうして馬が欲しいとか高い宿じゃなきゃダメとか言うのかしら?)

 かなでには彼女の考えていることがまったく理解できなかった。

 おそらくルイズ自身、平民の暮らしというものをよくわかっていないのだ。生まれもってのお嬢さまであるがゆえに貴族としての一般常識による生活しか考えられないため、あのような発言が飛び出してくるのだろう。

 それからもお昼を(はさ)んで良質な宿を探し回ったが、どこも結果は同じだった。

「もう諦めましょう」

「嫌よ!」

 かなでの言葉を聞き入れようとしないルイズは歩きながら腕を組んだ。

(そもそもお金が少ないのがいけないのよ……なんとか増やす方法はないものかしら)

 そのようなことを考えていると、ふと道端に置いてある看板が目に()まり、彼女は立ち止まった。

 そこは居酒屋(いざかや)を経営しており、どうやらカジノもあるようだ。

 ルイズの目がきらりと光った。

「これだわ」

 そう呟いて、彼女は店の扉を開いた。

 

 

 ○

 

 

 テーブルの上でくるくる回る円盤がある。円盤の端には均等に区切られた三十七個のポケットがあり、赤と黒で色分けされたポケットには数字が割り振られてある。

 ディーラーが小さな鉄球を投げ入れると、円盤を囲んでいる客達が回る球の行く末を真剣な眼ざしで見つめる。

 球がポケットに入ると、ある者はとても喜び、ある者は悲しみのため息をつく。そうして各々の手持ちのチップが増えたり減ったりしていく。

 ルーレットである。

 いかがわしい格好の女や酔っぱらい男などの客達に混じって、ルイズはテーブルの一席に座っていた。

 ギャンブルで活動資金を増やす。これが彼女の思いついた妙案だった。

(これで馬や宿の問題が全部解決するわ!)

 脳裏に満足な生活をしているイメージが浮かび上がり、思わず顔がニヤける。

 だがそこに、後ろに立つかなでが待ったをかけた。

「ルイズ、ギャンブルはよくないわ」

 途端、ルイズの顔は不機嫌になり、後ろを向いてかなでを睨みつける。

「うっさいわね。あんたは黙ってなさい」

「お金がなくなっちゃうわ」

「そんなことないわ。表の看板にも『必ず増える』って書いてあったもの。絶対大丈夫よ」

 はて、カジノとはそういうものだっただろうか?

 かなでは首を傾げる。

 もちろんそんなわけはなく、負ける可能性があるのだが、それをうまく指摘し説得できるほど、彼女は器用な性格ではなかった。

「いいから任せておきなさい」

 ルイズはテーブルへ向き直ると、自信満々に黒のポケットへ、いきなり三十エキュー賭けた。持ち金の十分の一近くである。

(これで勝って、二倍で一気に六十エキューよ!)

 ルイズは目を輝かせて、ディーラーが投げ入れた球の動向に注目する。

 円盤の回転が徐々に緩やかになってゆく。

 そして球は、赤のポケットへと入った。

「…………は?」

 外すことを想定していなかったのか、まぬけな声が彼女の口から()れた。

 チップがバンカーの手でごっそりと持っていかれた。活動資金の十分の一が一瞬で消え去ってしまった。

 いきなりの負けに目を点にするルイズ。

「ルイズ、やっぱりやめましょ」

 かなでの呼びかけに再起動する。

「う、うっさいわね。最初だったからうまくいかなかっただけよ。み、見てなさい!」

 制止の言葉を振り切ったルイズは、今度は赤に、先ほどと同様に三十エキュー賭けた。賭けてしまった。

 それから三十分後……。

 ルイズはがっくりと肩を落としてうなだれていた。

 結局、あれから一度も勝つことがなかった。

 一気に賭けて一気に外す。すでに経費のほとんどをすっており、残りのチップはたったの四十エキューほど。

 恨めしげに盤面を見つめていたルイズだったが、突如としてガバッと頭を上げた。

 そして残り全てのチップを盤面の一点に置こうとした。

 そんな彼女の腕をかなでが横からつかんだ。

「ルイズ」

「あによ」

 ルイズは邪魔なものでも見るかのような目を向けて、おもいっきり不機嫌な声を出した。

「ここでやめるべきだわ」

 かなではきっぱりと言った。

 途端、ルイズは彼女の手を払い除け、勢いよく立ち上がって睨みつけた。

「次は勝つわ! 絶対勝つ!」

「何回も聞いたわ。でも一度も勝ってない。これで負けたら、本当にお金がなくなっちゃうわ」

 そう指摘するが、ルイズは不敵な笑みを浮かべる。その目は血走っており、あきらかに尋常ではない。

「大丈夫よ。次はわたしが編み出した必勝法が炸裂するわ」

「必勝法?」

「今までは赤か黒のどちらかだったでしょ」

 かなでは頷く。確率二分の一なのに、それを今まで全部外すとはなかなかのものである。もちろん悪い意味で。

「でも今度は数字に賭ける。赤か黒で勝っても二倍だけど、数字なら三十五倍よ。今までの負けを取り返してお釣りがくるわ!」

 ルイズは目をギラギラさせながら力説した。

 かなではルーレットの回転盤に目を向ける。

 三十七個のポケットにはそれぞれ0から36の数字が振られており、当然同じ数はない。そしてルイズの言う必勝法は数字の一点賭け。つまり――――

(当たる確率は…………三十七分の一)

 先ほどの赤か黒かよりも分の悪すぎる賭けである。そんなことをさせるわけにはいかない。

 単純計算を終えたかなでは無理矢理にでもルイズを連れ出すことを決意した。

 だが、時すでに遅し……。

 確率について彼女が計算している間に、ルイズは全チップを盤面の数字に全て置いていた。

 かなでが「あっ」と声を出すのと同時に、回転盤が回って球が投げ込まれた。

 最後の大勝負に出たルイズは鬼気迫る表情で円盤の上を転がる球を睨みつける。

 回転が弱まる。

 球がポケットに向かっていく。

 そこはルイズが賭けた数字の近く。

 彼女の顔が希望に光り輝く。

 そして、一瞬にして絶望へと変わった。

 球は、ルイズが賭けた隣のポケットへと入った。

 目の前のチップが回収される。

 ルイズは全てを失った。

「……もういきましょ」

 かなでは完全敗北で放心しているルイズの腕をつかんで立たせると、カジノの出口へと向かった。

「あと少しだった……ほんのちょっとズレただけだった……次があれば絶対に勝てる……」

 手を引かれながらぶつぶつと呟くルイズを無視して、外への扉を開けた。

 外に出ると、太陽がかたむきはじめていた。まだ明るいが、じきに夕暮れへと変わるだろう。

(お金がなくなってしまったわ……。あたしがきちんとルイズを止められていれば……)

 己を責めるかなで。だがいつまでも後悔しているわけにもいかない。

(どうにかしてお金を稼ぐ方法を見つけなきゃ。それにアルバイトするなら履歴書を書かないと。あ、でも履歴書買うお金がないわ……どうしよう…………)

 そもそもハルケギニアには履歴書は売られてないのだが、そのあたりは天然のためか気づいていない。

 今後についていろいろ考えていると、顔を伏せていたルイズが搾り出すような声でたずねてきた。

「カナデ、あんた、前にスリを捕まえた報酬があったわよね」

 一瞬、なんのことかわからなかった。

 だがスリについて考えを巡らすと、初めてトリスタニアに来たとき、人の多い大通りにて財布を出したせいで、スリにあっさりと盗られたときの事を思い出した。

 そして財布を取り戻す過程でアニエスと出会い、その後彼女から報酬として少しばかりのお金をもらったのだ。今の今まですっかり忘れていた。

「………そういえばあったわね」

「それ今持ってる?」

 はて、どうだったか? 

 かなでは再び記憶を探ってみる。

(そういえば……鞄を買ったときに、そこに入れたほうが楽だと思って、中にしまって、それからはずっと入れっぱなしだったはず……)

 鞄を開いて中を探してみると、もらったときそのままの状態の袋が見えた。

「鞄の中にあったわ」

「ちょっとそれ出しなさい」

 かなでは言われるがまま、彼女個人の全財産が入った袋を取り出した。

 その瞬間、ルイズは電光石火の早業で袋をぶんどり、すぐさま(きびす)を返して疾風のごとき素早さでカジノへと戻っていった。

 突然のことに、ぼけっと立ち尽くすかなで。

 しばらくして……。

 かなでのわずかばかりのお金で大逆転を狙おうとし、しかしながらやはりボロ負けしたルイズが、死んだ魚の目をしながらゾンビのような足取りで出てきた。




解説:虚無の週
まぁ、フーケもアルビオンもやってないのに、原作にある二ヶ月近くある夏期休暇に入るのもどうかと思って考えついた設定ですね。

ちなみに今回のかなでの服装はアニメエピローグに出てきた彼女の私服が元になっています。

本当はカジノについてはアニメ寄りにしてカットするつもりでしたが、話の内容を纏めているうちに一つの話として執筆することになりました。おかげでまた中身をまとめるために苦労するはめになりましたが……。
次の話はまだ下書き段階ですが、できるだけ早く投稿できるように頑張ります。

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