天使ちゃんな使い魔   作:七色ガラス

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お久しぶりです。ながらく放置してて申し訳ありませんでした。
前回から約5ヶ月。うまく書けずに難航してたらこんなに時間がかかってしまいました。
正直皆様からは見限られてるんじゃないかと恐怖してます………ホントにごめんなさい……。
あと今回から行間の書き方を変えました。余裕があったら今までのも修正して統一しようと思ってます。
それと大したことではないですが、タグに4コマネタ関係を追加しました。
それではどうぞ。


第12話 シエスタからの贈り物

 ある昼下がり。魔法学院の学院長室。

 オスマンは机越しに客人と向かい合っていた。相手はジュール・ド・モット辺境伯爵。ちょっと小太りで、カールした口髭(くちひげ)が特徴の中年貴族だ。

 彼はオスマンのサインした書類を懐にしまうと、部屋を後にした。

 外では秘書のミス・ロングビルが頭を下げて見送りの姿勢をとっている。

「今度食事でもどうですかな?」

 ナチュラルに口説くモット伯。

 ロングビルは 返答しようと頭を上げた際、相手が自分の豊かな胸を無遠慮に見つめているのに気づいた。

 サッと両手で胸元を隠し愛想笑いを浮かべる。

「それは光栄ですわモット伯」

「うむ。楽しみにしているよ」

 彼は上機嫌で去っていく。

 その背中をロングビルは嫌悪感に満ちた目で見送った。

(まったく、最近ろくな男に会っていない……)

 普段からオスマンに尻を撫でられたり使い魔のネズミにスカートの中を覗かれたりとセクハラを受けている彼女。今もモット伯からいやらしい視線を浴びせられて不愉快きわまりない。日頃のストレスに上乗せされる気分だ。

 内心それを隠し、学院長室の自分の席へと戻る。

 ふとオスマンを一瞥すると、届けられた書簡を眺めていた。

「王宮は今度はどんな無茶難題を?」

「なぁに、泥棒に気をつけるようにと勧告に来ただけじゃ。近頃、例の賊が世間を騒がせとるらしいでな」

「土くれのフーケですか?」

 フーケ。メイジの盗賊であり、強固な壁を土くれに変えたり巨大なゴーレムで破壊して侵入するなど、もっぱらの噂だ。

「うむ。我が学院にも『破壊の杖』という秘宝が納められておるからの」

 それを聞いたロングビルの目が鋭くなった。

「破壊の杖……どんな品なのですか?」

「その名のとおりの品じゃよ。じゃが学院の宝物庫はスクウェアクラスのメイジが固定化の魔法を幾重(いくえ)にもかけた特製品。しかもここには腕利きのメイジも多数おる。盗みに入られる心配は無用。学院は平和そのものじゃ」

 上機嫌で髭を撫でるオスマン。ロングビルは今の情報を心に留め、事務仕事に取り掛かった。

 余談だが、この後オスマンに例のごとくセクハラを受けて彼女のストレスが加速することとなった。胃に穴が空く日も近いかもしれない。

 

 ○

 

 夜。かなでは夕食後、広場でベンチに座り、人を待っていた。

 ふと空の彼方から、こちらに飛んでくるなにかが、月明かりに照らされて見えた。

 近づいてくるにつれ正体がだんだんとハッキリしてくる。どうやらドラゴンのようだ。

 それは広場の、かなでから少し距離のある位置に降りた。気になり、足を運んでみる。

 いたのはやはりドラゴンだった。体長は六メートル程。全身を(おお)うウロコは綺麗な青色で、同色のつぶらな瞳が愛らしい。

 その背から一人の少女が降りてくる。青いショートヘアに赤い(ふち)のメガネ、小柄な体型に、自分の背丈よりも大きな杖。

 彼女には見覚えがあった。たしかタバサという娘だ。

 向こうも気づいたのか、こちらへ歩み寄ってきた。

「こんばんは」

 挨拶するとタバサがコクリと(うなず)いた。

「どこかに行ってたの?」

野暮用(やぼよう)

 返答はそれだけである。

 そういえばこの数日タバサの姿がなかったのを思い出した。後で聞いたが、彼女は授業を休んでどこかに出かけることが時々あるらしい。

 タバサは変わらずじっと見つめてくる。視線を受けて、小首を(かし)げる。

 そして相手が何か言おうと口を開いた。

 ちょうどその時、

「カナデさーーん」

 呼ばれてそちらを向く。

 シエスタが両手にそれぞれ包みとトランクケースを持って、小走りでやってきた。

 彼女は二人の所までくるとタバサの存在に気づき、頭を下げた。

「こんばんは、ミス・タバサ」

 またまた無言で頷くタバサ。

 頭を上げたシエスタはトランクケースを地面に置き、包みを両手に持ち直し、かなでに差し出した。

「はい、カナデさん。頼まれていたもの、できましたよ」

 かなでは包みを見つめて、数秒後に「ああ、あれね」と呟いてそれを受け取った。

「ありがとう」

「いいんですよ、これくらい」

 シエスタは微笑みながら両手を振った。

「それはそうと、カナデさんにちょっと相談があるんです」

 彼女はしゃがんでトランクケースを開けると中身をかなでに見せた。

 屈んで覗きこむと、中には砂状のものが入った小さい(びん)がいくつかあった。

「このあいだの買い物の後、親戚のお店に顔を出した時に変わった香辛料(こうしんりょう)をいくつかもらったんです。ロバ・アル・カリイエから運ばれた品とか。でも良い使い道が思いつかなくて。それでカナデさんに聞いてみようかと……。同じ東方出身ですし」

 実際は違うのだが一応そういうことになっている。

「どんなのがあるの?」

「そうですね……」

 かなでに聞かれ、シエスタは中身が赤い瓶を手にした。

「これはとても辛い胡椒(こしょう)で、名前は『トウガラシ』っていうんです」

 それを聞いたかなでは衝撃を受けた。

「なめさせて」

「いいですけど、でも本当に辛いから気をつけてくださいね」

「大丈夫よ」

 かなでは右の手のひらを出した。

「わたしももらう」

「え? ミス・タバサもですか」

「興味深い」

 タバサも同様に手を出す。

 シエスタは「分かりました」と言って、彼女達の手の上で瓶を軽く振った。

 二人は手に乗った少量のトウガラシを口に運ぶ。

 瞬間、ピリッとした辛みが味覚を襲った。

「どうでしょうか?」

 シエスタは配そうにうかがう。

「………たしかに刺激的な味」

 タバサが簡潔に感想を述べた。

「たしかにトウガラシね。間違いないわ」

「あ、やっぱりカナデさんは知ってたんですね」

「ええ」

 かなではトランク内の残りの瓶を見下ろす。

「他のも味見していいかしら?」

「どうぞ。そのつもりでしたから」

 かなで、そしてタバサは次々と味見していく。

 ひととおり終わったところで、シエスタが不安げに尋ねた。

「どうでした? なにか使い道ありますか?」

 かなではしばし考え込むように黙った後、ポツリと呟いた。

「………この材料なら麻婆豆腐が作れるわね」

 "マーボードウフ"

 タバサは初めて聞く名前に首を傾げる。

 一方かなでは、発言してすぐ、あることに気がついた。

(ああ、でもそうね。忘れてたわ。ここには豆腐がないわ)

 密かに落胆する。

 と、そこへ、

「マーボードウフ? トウフ料理ですか?」

 シエスタから以外な言葉が出た。かなでは内心驚きながら、いつもの無表情を向けた。

「豆腐を知ってるの?」

「はい。わたしのひいおじいちゃんが言っていたんですけど、なんでも自分は昔トウフ職人だったと」

「トウフとはなに?」

「はいミス・タバサ。トウフとは大豆のしぼり汁を固めた食べ物ですね。白くて柔らかくて、冷たいまま食べてもいいし、鍋の具材にしてもおいしいんですよ。王都で親戚が営んでるお店でも出してるんです」

「ならマーボードウフも知ってる?」

「いいえ、わたしも初めて聞きました。カナデさん、それってどんな料理なんですか?」

 シエスタとタバサがかなでを見つめると、彼女は天を仰いだ。その表情はいつもと変わらないが、目には恍惚(こうこつ)の色が浮んで光り輝いている。

「至高の一品よ。死ぬまでには一度は食べておくべきね。あの味を知らないなんて人生を損しているわ。それと、そうね。麻婆豆腐をたたえる祝日があってもいいわね」

 その言葉に二人は若干引いた。

 だが同時に彼女がここまで言うマーボードウフとはいかなるものなのか、興味が沸いてきた。

「ではわたしがトウフをお作りします。王都から材料を届けてもらうので、できたら教えますね」

 かなでは我に返ってシエスタに尋ねる。

「いいの?」

「お安いごようです」

「ありがとう」

「それじゃ」

 シエスタは笑いながら一礼して去っていった。

 その背を見送るかなで。ふとタバサを見ると、彼女をこちらをじっと見つめていた。

 しばし互いに視線を交わす。

 風が穏やかに吹く。

 続く無言の対峙。

 ドラゴンが沈黙に耐えきれず、居心地悪そうに、小さく「きゅ、きゅい〜……」と鳴いた。

「当日は呼んでほしい」

 先に口を開いたのはタバサだった。

 なんのことか分からず、小首を傾げる。

「マーボードウフを食べさせてほしい」

「食べたいの?」

 コクンと頷く。

「そう、歓迎するわ」

 来る者拒まず。麻婆豆腐の素晴らしさを伝えられる機会ゆえ、断る理由などなかった。

 

 ○

 

 使用人用宿舎の自室へと戻ったシエスタは、さっそく王都宛の手紙を書きはじめた。

(カナデさんには美味しいトウフをご馳走しないと!)

 ウキウキとはりきっていると、ノックの音が聞こえた。

「誰かしら?」

 ペンを置いて立ち上がり、ドアを開いた。

 そこにはメイド長が立っていた。

 この後、シエスタは思いもしなかったことを伝えられることになる。

 

 ○

 

 翌朝。教室には生徒が集まりつつあった。すでにいる者達は教師が来るまでの時間を雑談などでつぶしている。

 教室前側のドアが開き、ルイズがかなでを連れて入ってきた。

 その途端、教室中の関心が二人に……というよりかなでに集まった。

 白地の長袖の先は黒い折り返し。スカーフと(えり)は濃い紺色で、襟には白い三本線が走る。

 彼女が着ているのは王都で買ったあの水兵服だった。

 あれからの数日、かなではシエスタにいろいろ指示して仕立て直してもらっていた。

 それが完成したのが昨夜。つまりあの包みの中身がこれというわけだ。

 そういうわけで完成したばかりの改造水兵服ことセーラー服をさっそく着てみたのだ。ちなみにスカートは服の色に合わせて、学院の生徒が履いてるやつの紺色版である。

 その新しい衣装を纏ったかなでは注目の的となった。

 水兵服は無骨な軍人の服装だというのに、それを小柄な美少女が着ている。この二つの組み合わせは、ハルケギニアの常識において衝撃的だった。特に男子が。

 彼らの目には、ただでさえ清楚(せいそ)なイメージのかなでが、通常の何倍も可憐(かれん)に映った。

 しかもこのセーラー服、かなでは記憶にある死んだ世界戦線のリーダーの少女が纏っていたものを基準にしたのだが、そのせいか丈がわりと短い。スカートの上ギリギリくらいだ。

 それに気づいた一番下の席の男子達は机に突っ伏して目をこらす。隙間の肌が見えそうで見えない。なんというもどかしさか。

 女子達はそんな男どもの反応に対して、原因であるかなでを嫉妬(しっと)羨望(せんぼう)を込めて睨みつけた。

 二人が教壇近くまで来たところ、ギーシュとマリコルヌを始めとした教室中の男子達がフラフラとした足取りで近づいてきた。

「なによあんた達?」

 怪訝な顔をするルイズをよそに、ギーシュはおほんともったいぶって咳をし、セーラー服を指差した。

「あー、その装いはなんだね? たしか水兵が着ている服じゃないのか?」

「そうよ。それがなに?」

「そう、女の子が水兵服を着ている。ただそれだけだ。だというのに……どうしてそんな魅力を放つんだ!」

 両手を握りしめた彼の魂の叫びに、男子どもがうんうんと頷いた。

 ルイズは引いた。こいつら何? 頭でも沸いたの?

 かなでも彼らの様子がおかしいことに気づき、小首をコトンと傾げた。

 何気ない仕草であるが、今の彼女はこんなことすら凄まじく愛らしく、男どもは衝撃を受けたようにふらついた。

 突如マリコルヌが一歩前に出た。

「時と場所を選ばないでいきなりごめんなさい! 一目見た時から可愛いと思ってました! 僕の専属メイドになってください!」

 マジでいきなり何言ってんだこいつ。

 そういえばかなでが召喚された時、マリコルヌは可愛いと呟いていたような……。

 対してかなでの返答は、

「なら時と場所を選んでちょうだい」

 まったくもって冷淡なものだった。

 しかし彼はなおも食い下がる。

「なら時と場所を選べば!」

「いいわけないでしょ! そもそもわたしの使い魔よ!」

「ごめんなさい」

 ルイズに加え、かなでにも再度拒否された。

 マリコルヌはがっくしと床に膝と手をついた。

「な、なら、せめて一つお願いを聞いてくれ」

「お願い?」

 かなでは問い返す。

「ああ。回ってみてくれ、こう、クルッと、強めに」

 ノロノロと立ち上がったマリコルヌが、お手本として回ってみせた。その拍子にマントがひるがえる。

「それくらいなら」

 かなでは言われた通りに、クルッと回った。

 セーラー服やスカートが遠心力でフワッと舞い上がり、(すそ)がめくれて柔肌があらわになった。

「へそ! 見えた!」

 叫ぶマリコルヌ。狙いはこれだった。

 ブレザーという鉄壁ガードではまずおがめない立華かなでの希少なへそチラ!

 男子達が「よくやった!」と彼をほめたたえた。

「なにやらせてんのよっ! あんたっ!」

 ルイズは激怒してマリコルヌを()りとばした。さらには倒れた彼の背中を容赦なくげしげしと踏んづける。

「おへそといえど、乙女の柔肌を暴くなんて! バカ! スケベ! 変態!!」

 罵声を浴びせるたびに力が増していった。

 対してマリコルヌは痛がる素振りを見せず、むしろ恍惚の笑みを浮かべて「ああ、もっと、もっとぉ……」と呟いている。

 女子達はそんな彼に冷たい侮蔑の目を向けた。

「いったいなんの騒ぎよ」

 入口の方から声がしたのでそちらを向くと、キュルケとタバサが入ってくるのが見えた。

「ああ、カナデが可憐な服を着ているものでね、僕らは夢中になってしまったのさ」

 ギーシュが代表して答える。男子達はいまだかなでをご観賞中だ。

 そこで、マリコルヌを痛めつけてある程度溜飲の下がったルイズは、何を思いついたのかキュルケの前で誇らしげに胸を張った。

「そうなのよ。カナデったら教室中の男子をその魅力で釘付けにしたのよ。さすがわたしの使い魔ね!」

 普段ならそれはキュルケの専売特許である。それを意図せずかなでが奪ったことで、ルイズは優越感を持った。

「なんであんたが得意げなのよ」

「当然でしょ。使い魔の魅力は主人の魅力よ」

 そんなわけない。なんとも暴論である。

 キュルケが若干面白なさげに「ふーん」ともらす。ルイズはさらに優越感に浸った。

 するとキュルケは、教壇の上に腰掛け、男子達を見下ろす。そして片膝を立てた。スカートがずれて太股(ふともも)が露出する。男子達の興味がそちらに移り始めた。

「なんだか今日は暑いわね~。脱いでしまいたいわ」

 膝を戻すと同時に足を扇情的(せんじょうてき)に組み直すと、今度は熱っぽい流し目を周りに送りながら、シャツのボタンを、ゆっくりと一つずつ外していき、豊満な胸の谷間をあらわにする。さらに両腕を優雅に組んで胸を下から押し上げ、若干前かがみになって胸元を強調する。

 男どもの目が完全に釘付けとなった。

 キュルケは満足げに笑うとルイズに視線を移した。先程と打って変わって彼女はポカンと呆けていた。

「ところで、教室中の男子が誰の魅力に釘付けって言ったかしら?」

 挑発的な笑みに、ルイズは心底腹ただしそうに歯ぎしりした。

 男どもを激しく睨みつける。

 あんだけ清楚だの可憐だの言ってたくせに! 胸か? 結局は胸なのかぁ!!

 

 ○

 

 昼食時。かなではシチューを食べながら、ふと今日はずっとシエスタを見ていないのが気になった。

 疑問に思って正面に立つマルトーに尋ねる。

「シエスタはどうしてるの?」

 すると彼は気まずそうな顔をした。

「あいつはな、ここを辞めたんだ」

 かなでは驚いた。そんな様子は微塵もなかったはず。

 なんでもシエスタは急遽、モット伯という貴族に仕えることになり、今朝早く迎えの馬車で学院を後にしたらしい。

「けっきょく、平民は貴族の言いなりになるしかないのさ………」

 マルトーはため息混じりに呟いた。

 

 ○

 

 夕方。ルイズは自室のベッドの上に横たわってくつろいでいた。

 かなでは雑巾で窓拭きをしていたが、手を止めるとルイズに視線を向ける。

「ルイズ、モット伯ってどんな人?」

「モット伯爵? 彼は王宮の勅使でときどき学院に来るわよ。いつも偉ぶっててわたしは好きじゃないけど……」

 語るその顔にはわずかな嫌悪感が滲んでいた。

「でもどうしてそんなこと聞くのよ」

「シエスタがその人のところに働きにいったって」

「なんですって?」

 身を起こしたルイズが険しい顔をかなでに向けた。

 壁に立てかけてあるデルフリンガーが、(さや)からわずかなに出てる(つば)の部分をカチャカチャ鳴らした。

「これはアレだね、アレ」

「アレって、なに?」

「分からねぇのかい嬢ちゃん。貴族が若い娘を名指しでって場合は普通、自分の妾になれってわけだ」

 かなでは小首を傾げた。

「メカケってなに?」

「ああ? 妾ってのは愛人になれってことだよ」

 それでも分からず、首を逆方向に(かたむ)ける。

「おいおい、本気で分かんねぇのか? 女房以外で子作りする相手の事だよ」

 そこまで言われてかなでは理解した。

「シエスタは望んでそうしたの?」

「ちげぇな。おそらくメイドの意思は無視だろーな。本人だって行きたくはなかっただろうが、貴族相手じゃあ、嫌だなんて言えないだろーしな」

「なら助けなきゃ」

「何言ってんのよカナデ! 相手は王宮のお偉いさんよ。ギーシュなんかとは比べものにならないのよ」

 慌ててルイズはかなでを制するが、彼女は無表情で見据えてくる。

「シエスタが可哀想だわ」

 その言葉に、ルイズは押し黙ってうつむいた。

「………そりゃ不憫だとは思うけど、でも仕方ないじゃないのよ」

 それきり部屋を沈黙が支配した。

 ルイズはかなでを一瞥する。彼女は窓の外へ視線を向け、遠くを見つめていた。シエスタのことを考えているのだろうか?

「………手、止まってるわよ」

 言われて窓拭きを再開した。

 掃除を終えるとかなではバケツに掃除用具を詰め込む。

「それ返したらそのまま夕食に行っていいわよ」

 ルイズの言葉に頷いて返答し、彼女は部屋を後にした。

 閉まったドアを見つめたあと、ルイズはベッドに座り直して天を仰いだ。

 彼女とてシエスタは知らぬ仲ではなかった。かつては一介の使用人でしかなかったが、かなでを甲斐甲斐(かいがい)しく助けてくれるゆえ彼女のことは気に入っていた。

(………わたしだって、できることなら助けてやりたいわよ)

 しかし相手が相手だ。自分ではどうすることもできない。だけど………。

 頭の中で問答がぐるぐると渦巻いていった。

 

 ○

 

「素敵! ミスリル銀のブローチね!」

 ロビーの噴水の前に腰かけているモンモランシーが満面の笑みを浮かべる。

 隣に座るギーシュはきざったらしくバラ造花の杖を振り回した。

「君に似合いそうだろ、モンモランシー」

「……これで浮気の件を帳消しにしようってこと?」

 ジト目で睨まれ、ギーシュはたじろいだ。

「ま、まさか! これは永遠の奉仕者である君への心からの贈り物さ!」

 笑いながらそんなことをのたまう彼に、モンモランシーは不信感満載の視線を向ける。

「ふーん。その割には昼間はあの使い魔の娘に釘付けで、さらにはキュルケの色仕掛けには鼻の下を伸ばしてたじゃない。永遠が聞いて呆れるわ」

 最後に「ふん!」と不機嫌にそっぽを向く。

 ギーシュは傷ついたようにうなだれたが、すぐさま笑顔でとりつくろいはじめた。

「それは仕方のないことかもしれない………なにせ、ほら。僕は綺麗なものが大好きだからね。つい惹かれて見てしまうんだ。でも考えを改めるよ。もう君以外に目移りなどしない! 大好きだよ! モンモランシー!」

 モンモランシーをぎゅっと抱きしめ、愛してるを連呼する。何度も言われて彼女は徐々にうっとりとしてきた。

 二人がいい雰囲気になりかけた、ところへ、

「ちょっといい?」

 空気読めない感じでかなでが話しかけてきた。

 ギーシュはバッと立ち上がるとキザったらしく微笑みかけた。

「やあミス・カナデ! まだその水兵服を着ているとは。しかし何度見ても可憐だな!」

 まるで反省してないギーシュの態度に、モンモランシーの心や目線が再び冷え始めた。しかしギーシュはまるで気づいてない。

「聞きたいことがあるのだけれど」

「いいさ! レディの質問とあらばなんでも答えてあげよう!」

 

 ○

 

 ルイズは本塔の廊下を気難しい顔をしながら歩いていた。結局答えは出ず、頭の中はモヤモヤしたままだ。

「おや、ルイズじゃないか? そんな怖い顔をしてどうしたんだい?」

 声をかけられた方を向くと、ギーシュが、不機嫌そうなモンモランシーと隣り合って歩いてきた。

「ほっといってよ」

 正直誰かの相手をしてられるような気分ではなかった。ぶっきらぼうに返すが、ギーシュは特に気にした様子はない。

「ふむ。まぁいいが。それはそうと、先ほどカナデに会ったよ。モット伯のいる所を教えて欲しい、ってね」

「………なんですって?」

 なぜ彼女がそんなことを?

 だが同時に、ルイズはある考えが浮かんだ。

「それでまさか、モット伯の屋敷の場所を教えたんじゃ」

「教えたけど、それがどうかしたのかい?」

「どうかしたのかじゃないわよ!」

 ルイズは駆け出した。

 ギーシュは訳が分からずポカンとしていた。

 

 ○

 

 魔法学院から徒歩で一時間はかかるモット伯の屋敷。

 そこを目指してかなでは夜の森の中を駆け抜けていった。オーバードライブのおかげでそのスピードは常人を超えており、特に息切れする様子もない。

 シエスタが今どうなっているかは分からない。一刻も早く目的地に着くため、彼女はさらに加速した。




そういうわけでモット伯編です。本当はアニメとそんな大差ない内容だったんですが、前回で水兵服だしたらネタ回収のためにこんな感じになっちゃいました。
ちなみにマリコルヌの告白シーンは昔もらった感想からのアイデアを使わせていただきました。今回の内容が皆様のお気に召したかは分かりませんが、楽しんでいただければ幸いだと思います。
次の投稿は、だいたい10日後くらいを目安に頑張りたいと思ってます。

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