あれから一ヶ月。何だかんだで俺はキリトとアスナとずっと迷宮区を攻略していた。
いや、一緒に行動するのは別に大した問題じゃない。じゃあ、何が問題かって?1人の時間が極端に少ないから困るってだけだ。
あれからアスナは何やら俺に対してもじもじしてるし、何なのあの子?俺のこと好きなの?告白して振られちゃうよ?振られるのかよ…。
そして今日、第1層の攻略会議が開かれる日である。
石の階段に囲まれた広場に着くと、そこには結構な数のプレイヤーが集まっていた。そして、真ん中のステージに青い髪の男が立ち、話し始めた。
「それじゃあ、今から攻略会議始めます。皆よく来てくれた!俺の名前はディアベル。職業は気持ち的にナイトやってます!」
そうディアベルが語ると、周りからドッと笑いが起こる。「SAOに職業なんてねーだろー」と。
「俺たちは昨日、迷宮区でボスの部屋を見つけた。ここまでくるのに結構かかったが、まず一層をクリアして始まりの街にいる人たちにいつかはこのデスゲームからクリアできると希望を持たせる。それがトッププレイヤーの義務だと思う。そうだろう?みんな!」
そうだー!と周りから歓声が上がった時である。
「ちょい待ってんかー!」
声の方を見ると、モヤっとボール頭のした男が立ち上がり、二段飛ばしで降りてきた。
「ワイはキバオウっちゅうもんや。こん中にワイらに詫び入れなアカンやつがおるはずや!」
「それはもしかして、元βテスターのことかな?」
「そうや、ベーターどもはこん糞ゲームが始まってから、すぐにうまい狩場やらクエストやらを独占して自分らだけポンポン強なって、そのクセにワイら初心者はほったらかしや。ここでアイテムと金を剥がな命預けれへんし、預かれん」
要するに、俺ら元βテスターが初心者たちを見捨てたとこの男は言いたいわけだ。
周りもキバオウの声に反応して、反発の嵐が起こり始める。
だが、この流れは非常にまずい。ボスというくらいだから、ここでもし俺ら元βテスターがいなくなったらこのボス攻略は絶対に失敗するからだ。あのキバオウってやつ余計なことしてくれるな。
「発言いいか?」
そう言って立ち上がったのは、見た目完全に黒人みたいなプレイヤーだった。何あれ、怖い。
「俺はエギルってもんだ。このガイドブック、アンタも貰っただろ?これはNPCの道具屋で無料配布されてる」
「も、もろたで。それがなんや」
「このガイドブック、作って情報提供してくれたのは元βテスターだ。そうじゃなきゃ、こんなに早く沢山の情報量が手に入るわけがない。つまり、元βテスターにも俺らを見捨てないでくれるやつはいる。だからオレ達は、これからどうするべきか論議されると思っていたんだがな」
エギルってやつに論破され、不満げな顔をしてキバオウは近くの石階段に座った。ざまあみろ。
「そ、それじゃあレイドを作るからパーティを組んでくれ!」
何!?パーティを組めだと…。俺みたいなぼっちにはとても難しい話だ。くそ、戸塚か小町が居たらなあ…。
と思っていたら後ろから肩をトントンと叩かれ、振り返るとキリトとアスナがいた。
「ハチ、一緒にパーティ組もうぜ」
「あ、ああ、キリトたちもこのボス攻略に参加してたのか。それは助かる。是非組もう」
神は俺を見捨ててはいなかった。キリトとアスナがいるなら俺はぼっちじゃないからな。
パーティを組み終わると、ディアベルがそれぞれのパーティに役割を割り振っていく。ちなみに俺らはボスの"イルファング・ザ・コボルトロード"の取り巻きである"ルイン・コボルト・センチネル"を相手にすることになった。
「アイテムとコルについては、コルは自動均等割り、アイテムは手に入れた人のものとする!異論はないな!それじゃあ、パーティの役割も決まったところで今日は解散だ!みんな、明日勝とうぜ!」
おぉー!と盛り上がったところで今日は解散になった。
会議が終わったあと、俺は噴水広場にある近くのベンチに座って乾パンにクリームを付けて食べていた。やはり甘いものが一番だな。
「ハチくん、隣いい?」
声を掛けられ、振り返るとアスナがいた。アスナは相変わらずフードを被っている。あの日の夜、俺はアスナの顔を見てしまった。次の日の朝、フードが取れていたことに気がついたアスナ本人にバレてしまったが、誰にも言わない約束でなんとか命拾いをした。
アスナは俺の隣に座り、パンを齧る。ちょっとアスナさん、近すぎやしませんかね…。なんでこんなに懐かれたんだろう。
「クリームなんてお店に売ってたの?」
「ん?ああ、これはクエストの報酬だ。俺はもういいから、これアスナにやるよ」
「いらない。美味しいものが食べたくてこのゲーム始めたわけじゃないし」
「いいから、付けてみろよ。その味のないパンでも、多少は変わると思うぜ」
渋々貰ったアスナは俺からクリームを受け取りパンに付けた。渋々貰うなら返してくれませんかね。
少し目を離した間にアスナはパンを食べ終わっていた。そんなに美味しかったんだろうか。
「これ、ありがとハチくん」
「あー、これくらい気にすんな」
「あ、ハチくん、ちょっと聞きたいことあるんだけど」
「ん?なんだ?」
「ハチくんはさ、ボスと戦うの怖くないの?命を落とすかもしれないのに」
「いや、怖いぞ」
「じゃあ、なん「けどな」」
そう言って俺はアスナに最後まで言わさずに話を進めた。
「現実で俺の妹や同じ部活のやつを置いてきちまったからな。そいつらの為にも俺は早くこのデスゲームを終わらせたい。…いや、終わらせなきゃいけないんだよ」
そう、俺は現実世界に小町や奉仕部の二人を置いてきちまった。あいつらの心配を少しでも早く取り払ってやりたいからな。その為ならなんだってやるつもりだ。例え人を殺すことになろうとも。…なんか俺らしくないな。やっぱり俺も奉仕部で過ごすうちに変わったってことだ。
人は必ずしも変わるとは限らないが、大切な空間とかが出来ると別だ。その空間を守りたいという気持ちは出てくるもんだ。
「そっか…。ハチくんには大切な人たちがいるんだね」
「ああ…。こんな世界は間違ってる。だからこそ、終わらせる。この世界で勝ち残って、絶対に生きて帰ってやる」
「ハチくんは強いね…。それに比べて私は…」
「アスナは弱くなんかねーよ。現にこうしてボスに挑もうとしてる。こんな死ぬかもしれないゲームの中でボスに挑もうって思うやつの方が少ねーからな」
「ううん、私は弱いよ。ボスに挑もうって思ったのもキリトくんに誘われたからで、本当は死ぬのが怖いの…」
「だったら、俺がお前のこと守ってやる」
「え?でも…」
「いいんだよ。誰だって知ってるやつや大切なやつが死ぬのは嫌だからな。だから、俺がアスナを生きて現実に返してやる」
なんか、俺らしくねーな。この世界に来て、俺は変わった気がする。以前の俺が見たらきっとびっくりするだろうというくらいには。それくらいこの世界で出来た仲間も大切ってことなんだろう。やはり人間誰しもが死ぬのは怖い。俺だってそうだ。だからこそ、お互い手を取り合い、助け合う。人って文字は、以前文化祭の時は片方が楽をしてると言ったが、今はもう一つ思っていることがある。それは、倒れそうになっている人をもう片方の人が支えて助け合っているという感じで。だからこそ、この世界でもお互い助け合うことが生き抜くのに大切な事だと俺は思った。
「ホント?約束だよ?」
「ああ、約束だ。絶対に一緒に帰ろう」
「…ふふっ、ハチくんらしくないね」
「うるせぇ。分かってるっつーの」
照れ臭くなり、ポリポリと俺は頬を掻いた。
「じゃあ、明日のボス戦頑張ろうね、ハチくん」
「おう、じゃあ、また明日」
「うん、おやすみ、ハチくん」
フードを被っていたのでよくは見えなかったが、ニコッと微笑んだように見えた。アイツ、やっぱり笑うと可愛いな。いや、決してやましい気持ちなどない。ホントだよ?ハチマンウソツカナイ。
明日はボス戦だし、俺ももう寝るか。宿屋に帰り、俺はベッドに横になって、眠りについた。