あの試合の後、ステラはどうしているのか?
刻は幸斗達がショッピングモールで夕食を取る休日の朝まで遡る。
『お兄様、いらっしゃいますか?珠雫です』
『あたしもいるわよ、ステラちゃんが心配で様子を見に来たの』
『べ、別に私は負け犬に成り下がったステラさんなんてどうでもいいから!た、ただいつまでも引きこもってお兄様に迷惑をかける駄皇女に文句を言いに来ただけだから!』
「はは・・・今開けるよ」
ここは第一学生寮の一輝とステラの部屋だ、ステラが幸斗に敗北した日からステラはまともに食事を取らずに自室に引きこもってしまい、そのまま現在に至る。
素直になれない珠雫の声に一輝は苦笑いをしてから玄関の入り口を開けて訪問者である珠雫と有栖院を部屋に入室させた。
「おはよう黒鉄さん、有栖院さん」
「どうやら先客がいたみたいね」
珠雫と有栖院がリビングに入ると先に訪問していた机の横で正座している清楚な黒髪の真面目そうな女子生徒が二人に挨拶をしてきた。
「おはようございます綾辻先輩、貴方も来ていたんですね」
挨拶を返す珠雫、彼女の名は《綾辻絢瀬(あやつじ あやせ)》、《最後の侍(ラストサムライ)》と呼ばれる有名な非伐刀者の剣士《綾辻海斗(あやつじ かいと)》の娘であり、あの試合の翌日に一輝に剣術指南を頼み込んでそれ以来一輝達と共に訓練をしている三年生だ。
「うん、ボクは知り合って日が浅いけど流石にこんな状態の人を放っておけないよ」
絢瀬はそう言って部屋の隅を見る、部屋の明かりはついている筈なのにその場所だけ何故か暗闇が覆っているように感じ、その暗闇の中で壁の方を向いて三角座りをして無言で蹲っているステラがいた、この前の試合で負けたことが余程ショックだったのだろう彼女はまるで【燃え尽きたよ、真っ白にな・・・】と言って灰になっている矢◯ジョーの様に真っ白になったような錯覚を感じさせて虚ろな目をしていた。
「ステラさん、いつまでそうやっていじけてお兄様に迷惑をかける気なんですか?・・・この駄皇女、そんなんだから脚が太いんですよ」
珠雫はステラに近寄って反応を確かめる為にステラを罵倒する、しかしステラは虚ろい目をしたままで全然反応しない、いつもなら【誰が脚太いですってぇっ!?】と言って猛反発してくるのだが今の彼女はそんな気力さえ無いのだった。
「・・・・これは重症ね」
「・・・調子狂うわね・・・こんな【燃えカスになったステラさん】略して【カステラ】な状態じゃ文句を言う気にもならないわ」
「カステラって・・・」
ステラの暗い雰囲気に一同意気消沈気味になる、ステラは一輝達のムードメーカーな存在だったので彼女が暗くなると太陽が沈んだ様に暗い雰囲気になってしまうのだった。
一輝が台所からお茶菓子を持って来るとステラを元気づける方法を皆で考え始める。しばらく考えていると絢瀬が何かを思い付いたみたいであり口を開いた。
「・・・ねえ皆、ボクにいい考えがあるんだけど」
いろいろ苦労はしたがなんとかステラを外に連れ出した一輝達は広い湖の畔にある広場に来ていた。
「落ち込んだ時は身体を動かすのが一番だ、ヴァーミリオンさんも剣士の端くれならきっとこれで上手くいくはずだよ!」
一本木の傍で一輝達が見守る中ステラと絢瀬は20mの間合いを挟んで木刀を持ち向かい合っていた、剣を打ち合ってステラの闘争心を取り戻すというのが絢瀬の魂胆だった。
「・・・確かにステラの性格を考えると一番効果的な方法だと思うけど・・・」
一輝は心配そうにステラを見てそう言う、何故なら絢瀬は毅然と剣道の中段構えをとっているのに対してステラは当然の如く虚ろな目をして俯いたまま両腕をだらしなく下げて生気を感じないからだ。
「・・・これはとてもじゃないけど戦えるコンディションじゃないわね」
「ホント手のかかる人、まあ一度キツイのが入れば流石の駄皇女も目を覚ますでしょ」
有栖院と珠雫もステラを心配していた、日が照って湖に光が反射し凄く明るい真昼だというのにステラを中心とした半径約1mが暗黒空間とも表現してしまう程暗いのだ無理もない。
「・・・それじゃあ・・・いくよっ!!」
絢瀬は攻撃宣言と共にステラに向かって駆けだした、対するステラはそれでもなお全く反応しないで棒立ちしているだけだ・・・そして———
「ハァアアアアッ!!」
「ぐふっ!!」
「「「あ」」」
チカラ強く振り抜かれた絢瀬の木刀がステラにクリティカルヒットしてステラは芸術的と言ってもいい程美しい放物線を描いて湖にダイレクトダイブ、大きな水柱が立ち鮮やかな虹が架かった。
「・・・・・あれ?おかしいな?・・・」
絢瀬は自らに水飛沫がかかる中で呆けた、コンナハズデハーと言いたげに。
「・・・・・はぁ・・・まったく本当にしょうがない人・・・」
湖からステラを引き上げた一輝達は次に珠雫の提案で破軍学園の敷地のはずれにある【ニャンニャンランド】という猫の触れ合い広場に来ていた。
「原始的で野蛮なステラさんがこれで立ち直るかはわかりませんが、気分を害した時は小動物と触れ合うのが一番です、特に子猫を撫でると凄く癒されますよ、私も気分が優れない時はこうしてよく子猫を撫でて落ち着きます」
珠雫は白い子猫を抱き上げて撫でながら一輝達に説明をする、珠雫は無表情を装っているが若干口端が吊り上がっていてかなり嬉しそうだった。
「意外だな、珠雫が猫好きだったなんて」
「うふふ、そうね、びっくりしちゃった♪結構女の子らしい珠雫の一面が見られて」
子猫を撫でて嬉しそうにする珠雫を見て若干驚く一輝とその場を茶化す有栖院、珠雫の実の兄である一輝と姉(?)のような存在である有栖院は珠雫の女の子らしい一面が見られて嬉しいのだ・・・しかし———
「ええ、好きですよ—————
————屑で卑怯で汚い人間よりよっぽど好感が持てます」
「「・・・・・・・・」」
珠雫は顔に陰を落として笑顔でそう言った、珠雫は過去に一輝が実家から迫害を受けたうえに居ない者として扱った事から人間嫌いになったのだ、やはり珠雫は平常運転だった。
「・・・・でもありがとう珠雫、ステラのために気を使ってくれて」
「別にステラさんの為ではありません、これ以上お兄様に迷惑をかけさせない為にも早く立ち直ってもらいたいだけです」
ステラを元気づけようとしてくれた珠雫に感謝の言葉を言う一輝だが全く素直にならない珠雫、ステラと仲が悪くていつもケンカしている珠雫だがなんだかんだ言って心配なのだ。
「はは・・・・そういえばステラは・・・・・・えっ!?」
一輝はいつの間にかいなくなっていたステラを探すために辺りを見渡す、するとすぐ近くに沢山の猫が山の様に群がっている中から人間の手が一本飛び出でているのが見えた・・・・・ステラの手だ・・・。
「わあああああああっ!!?ステラァアアアアアッ!!」
「あらあら♪早速猫ちゃん達と触れ合っているわね、あんなに沢山の猫ちゃん達が群がっちゃってカワイイわ♪」
「・・・はぁ・・・何やってんですかあの駄皇女は?・・・」
大量の猫の山に埋もれるステラを見て大慌てでステラの救出に向かう一輝に和む有栖院に呆れる珠雫、結局これも上手くいかなかったようだ。
「えへへへへ、カワイイ♥」
その横で無邪気に黒い子猫に頬ずりしている絢瀬の事は・・・そっとしておこう・・・。
それからも有栖院の提案でショッピングをしたり一輝の案によりいつものトレーニングをしたりしたのだが、ステラは終始俯いたまま虚ろな目をしたままであった。
今はすっかり日が沈む時間帯となったのでこの日はこれで解散となり一輝とステラは珠雫達と別れて第一学生寮の自室に戻って来ていた。
「ステラ・・・」
「・・・・・・」
一輝が声をかけても部屋の隅で壁の方を向いて三角座りをして俯いたまま返事をしないステラ、ステラがそうなった原因などとっくに分かりきっている。
「・・・ステラは約束を守れなかったことを気にしているの?」
「・・・・・・・」
一輝とステラの約束・・・恋人同士になったあの日に誓った七星剣武祭の決勝でもう一度戦おうという約束。
『ねえ、ステラ』
『・・・・なによ』
『さっき、僕と一緒ならどこまでも上を目指していけるって言ってくれたよね?』
『・・・・うん』
『僕もだ、僕も、ステラとならどこまでも強くなれる気がする』
『だから行こう、二人で、騎士の高みへ』
『そしてその頂きを巡る最後の戦いで・・・・・僕は君と戦いたい』
『・・・望むところよっ!今度は絶対、負けてなんてやらないんだからっ!』
『『約束だ』』
しかし、それは儚く散った・・・・。
『オレだって七星剣武祭でブッ倒すと誓った【龍】がいるんだぁああっ!!こんなところでテメェに負けている暇はねえんだよっ!!ステラ・ヴァーミリオンッ!!!』
運命を覆し続ける一人の前に進む事しか知らない伐刀者の龍(竜)すらも葬る一撃によって・・・。
『龍殺剣(ドラゴンスレイヤー)アアアアアアアアアアアアアアァァァッ!!!』
容赦なく消し飛ばされてしまった。
「・・・・・イッキ・・・・アタシ悔しい」
あの瞬間を思い出してしまったステラはついに耐えられなくなって弱音を吐きだした。
「約束したのに・・・大切な約束だったのに・・・アタシ・・・ううっ・・・」
三角座りをしたままだがステラはいつの間にか一輝の方を振り向いて泣いていた、いつも気高く燃え盛る陽光の様に強い紅蓮の皇女の姿は今は何処にも無く凄く弱々しい姿だった。
本当ならこんな情けない姿など最愛の恋人にして最強のライバルである一輝に見せたくなかっただろう、しかし、もう我慢の限界だ。
「・・・うっ・・・・ううっ・・・うわあああああああああんっ!!!」
「・・・・ステラ・・・」
「悔しいっ!!悔しいっ!!悔しいっっっ!!!ごめんなさいイッキッ!!大切な約束だったのにっ!!アタシ・・・アタシッ!!・・・・ううっ!」
「・・・・・」
突如立ち上がって自分の胸に飛び込んで来て泣きじゃくるステラを一輝は無言で抱きしめて彼女が泣き止むまで胸を貸し続けたのだった。
・・・ステラは散々一輝の胸で涙が枯れるまで泣き続け、今はそれも済んで現在は一輝とベランダに出て星空を見上げていた。
「・・・ごめんねイッキ、情けない姿を見せちゃったわね・・・」
「いや、むしろ嬉しかったよ、それだけステラは僕を頼りにしてくれているってことでしょ?」
「・・・・・はぁ・・・イッキだからこそ弱いところを見せたくなかったのよ、もう遅いけれどね」
「はははは・・・」
ステラの告白を聞いて苦笑いをする一輝、これまでの暗さはステラにはもう無い、結局一人で立ち直ってしまった彼女を見て一輝は————
————ステラは弱くなんかないよ、僕なんかよりずっと強い人だ。
改めてこう思った。
「・・・・確かに今年の七星剣武祭はステラは出場できないかもしれない、一敗ならまだ本当に決まったわけじゃないけれど、折木先生の話によるとこの選抜戦はこのまま進めば代表枠六名は無敗が埋めることになるって言っていた」
「うん、それは知ってる、つまりアタシは実質七星剣武祭への道は閉ざされたってことだって・・・」
「そう・・・だけどステラは何も恥じる事はないよ」
一輝は思い出す、自分との約束を果たす為に最後まで勇猛果敢に戦い続けたステラの姿を———
『アタシはイッキと七星の頂きをかけた戦いでもう一度戦う約束を果たす為にも、こんなところでアンタに負けるわけにはいかないのよっ!!』
最後に言ったあの言葉を一輝が聞き逃す筈がなく、自分との約束をそこまで大切に思っていてくれたステラに対して一輝は嬉しくて仕方がなかった。
「一敗も出来ないなんて、厳しい戦いよね」
「うん、だけど・・・・・・僕も他人事じゃないな」
皆同じルールで戦っている、この学園で七星の頂きを目指す誰もがただ一敗も許されない、それが選抜戦だ、結局のところ七星の頂きに至れるのは一人だけなのだから。
「次で第十試合目、もう選抜戦も折り返し地点だ、僕も一層気を引き締めてかからないとね」
「うん、頑張ってねイッキ!アタシも前を向かないとね、まだアタシ達は一年生だから来年だってある、それに今年だって絶望的といってもまだ本当に終わった訳じゃない、運に頼るのはアタシの性に合わないけれど上手く無敗の生徒と当たって勝ちまくれば今年の七星剣武祭への道を繋ぐことだってできる!・・・よしっ!やるわよぉおおおおっ!!」
ステラは一度過ぎた事に対してこれ以上ウジウジするのを止めて前に進むことを選んだ、気が付けばステラは以前の様な元気いっぱいの姿を取り戻していた。
————君は本当に強い女性(ひと)だ。
「それにしてもシズクの奴アタシが何も言わないのをいいことに好き放題言ってくれたじゃない!」
————そんな君だから僕は———
「アイツこの脚の事をなんつった!?」
————・・・・ん?
「誰の脚が猪八戒みたいですってぇ?」
「いや、珠雫はそんなk「確かに聞いたわよゴラアアアアァァッ!!」いや、一国の皇女様がそんな言葉使ったら駄目だって————」
ウガァァーっと両拳を上に上げて叫ぶステラをなだめようとする一輝だったがその時、生徒手帳の着信音が鳴り響いた。
「・・・アタシのみたいね・・・」
鳴ったのはステラの生徒手帳だったみたいでありステラはポケットから生徒手帳を取り出してディスプレイを見た。
『ステラ・ヴァーミリオン様の選抜戦第十試合の相手は、一年二組・佐野涼花様に決定しました』
選抜戦実行委員会からの対戦相手の通知だ、対戦相手は涼花・・・この前の試合でEランクでありながら一輝が大苦戦した桐原静矢にほぼ無傷で圧勝した選抜戦無敗組だ、それを見たステラは嬉しそうに腕を振るわせていた。
「グレートだわ、こいつはぁ!言った傍から無敗の生徒と当たるなんて、運はアタシに味方をしたみたいね!」
かくして選抜戦の折り返し地点である第十試合目の対戦カードが決まった、果たしてステラは涼花を倒して七星剣武祭への道を切り拓くことができるのか?それとも・・・。
運命の第十戦目が今、始まろうとしていた・・・。
本当は一輝がステラに色々とクサイセリフを言って立ち直らせる予定だったのですが・・・書いてみて【これは酷い(笑)】と思ったのでこんなかたちでステラは自力で立ち上がりました。
まあ、ステラは原作でも王馬に負けて落ち込んだ時だって自力で立ち上がったんだしこれが自然なのかな?
それから珠雫を猫好きにしてみました、そういうイメージがあったので・・・原作で違ったらどうしよう(汗)。
それから皆さんに悲報があります————
・・・・この物語の綾辻先輩の出番はこれで終わりです!もう出てきません!
絢瀬「ええええええっ!!?」
綾辻先輩ファンの皆さんごめんなさい!