運命を覆す伐刀者   作:蒼空の魔導書

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空戦騎士の反逆譚(トリーズナリィ)その3

宿舎小屋で冷え切った身体を温め、お互いの身の上を話し合った重勝と歩は防寒機能が整った寒冷地専用トレーニングウェアに着替えて再びマイナス80度の極寒地獄へと身を繰り出していた。

 

「闇を照らせ、《竹光(たけみつ)》!」

 

天に空いた吹き抜けより降り積もった雪で真っ白な木々の間に立ち、禄存学園最弱の雑魚騎士はその身に内包している僅かな魔力を用いて己の魂をレーザーソードの形に具現化させて顕現する。それをチカラ強く右手に掴み取り20m前方を横切る川を背に全身黒塗りの砲剣型霊装を左手に携えて自分と相対している破軍学園最強の無敵のエースにその光刃の切っ先を向けて不敵に笑ってみせた。

 

「重勝、本当にいいんだな?オレの自主トレに付き合ってもらって。お前も自分の実力を高める修行の為に遥々関東から此処に来たんだろうに、わざわざその貴重な時間を削ってまでさ!」

 

魔力は惰弱だが代わりにこの極寒地獄を燃焼させる熱き戦意は泉のように溢れ出している。その熱意を真正面から感じ受けている重勝は吹き抜ける風のような涼し気な笑みを浮かべ、白き地に足を着けて砲剣を正眼に軽く構えた。

 

「ああ、いいぜ。死んだ母親と義理の家族の為に身の丈を弁えねーで【七星剣王】なんてモンを目指しているお前がどれ程の意志と実力を持っているのか興味が有るし、打ち合う相手が居る方が互いの修行の効率はずっといいだろーしな。だから遠慮しねーで打ち込んで来いよ」

 

気軽に何処からでも掛かって来いと歩に促している重勝が先程歩の過去話を聞いた後、持ち掛けた彼の自主練を手助けする気紛れの提案とは【一対一の摸擬戦】の誘いであったのだ。確かにある程度戦闘技能を磨いた伐刀者が手っ取り早く実力を高めるのに実戦以上に効率的な修行はないだろう、故に重勝はそういう提案をしたのだろうが・・・。

 

「へっ、そうかい・・・んじゃあお言葉に甘えて遠慮なくっ!!」

 

あの風間重勝がこんな単純な考えで摸擬戦をやろうと持ち掛けるのだろうか?という疑問はひとまず置いておくとしよう。重勝の都合を確認した歩は嬉しそうに表情を引き締め、闘志を燃え滾らせて白銀の世界の地を蹴り正面に立つ無敵のエースへと向かって疾駆した。その疾走は歩自身の残像を幾つも生み出し、追従させて来ている。

 

「たあぁぁっ!」

 

常人の目に留まらぬ速さをもって接近し、逆袈裟に斬り上げて来た光刃を重勝は右手で逆手持ちした漆黒のダガーで受け止める、このダガーは重勝が瞬時に放出した重力エネルギーで形成したものだ。

 

———ふーん、足下のクソ深い積雪に脚を捕られる事もねーでこの速度が出せるのか。

 

「へっ、魔力量がカスカスな割にはなかなか速ぇじゃねーか。縮地か何かの歩法かそれ?」

 

「いんや、ただ全速力で突っ走って来ただけだ。大英雄になる為に昔から色々と鍛えてきたからな!」

 

光刃と黒刃を交え、鍔競り合いの中重勝は低ランクならざる凄まじい速力を出して距離を詰めて来た歩に関心を含んだ笑みを向けて興味本位で訊いてみると、歩は至近距離で不敵な笑みをし返して応答してみせる。それはこの深い積雪が辺り一面を覆い尽くしている足を捕られやすいフィールドを魔力放出による身体強化を全く使用せずに残像が発生する程の速度で接近したという驚きの内容だったので重勝は軽めに眼を見開いた。

 

「へぇ~、そうかよ。七星剣王になって大英雄になるって意志は本物ってわけか、剣の筋も悪くねーし」

 

「うっわ、そんな小っさいダガーなんかでオレの剣を軽々と受け止めておいてよく言うなぁ。その左手に持った黒光りする大剣の霊装で受けると思いきや・・・何なんだそのダガー、もしかしてそれお前の異能か?でもお前、さっきオレを助けた時は飛行していた気がするんだが・・・」

 

「ん?言っていなかったか?俺の異能は重力操作、コイツは《斥力の護剣(マインゴーシュ)》っつう相手の攻撃を斥力で逸らす効力のある護りに特化した重力ダガーを形成する伐刀絶技で、飛行していたのは重力操作の応用なんだが」

 

「言ってねぇよ、今初めて聞いたわ!」

 

「ハハッ、それは悪かったなっ!!」

 

「ちょ——うおあぁぁっ!?」

 

会話で隙を作り歩の足下に弱めの重力磁場を発生させて彼の体勢を崩させた重勝は斥力の護剣をレーザーソードから引き、それによって前のめりになった歩の顔面に左手の砲剣を振り抜いて追い打ちを掛ける。慌てふためいて咄嗟に腕を傾け上げる事で光刃の根元をガードに使い、なんとかギリギリ砲剣の一振りが顔面に殴打されるのを防いだ歩だったが、体勢を崩された事で足下が覚束ていない事と重勝のスイングがあまりにも重かったという要素が重なった事で歩の身体は後方の木々を薙ぎ倒して行くように吹き飛ばされてしまったのだった。

 

このまま数メートル先に聳え立っている大木に背中から激突してしまうかと思われたのだが——

 

「ぬおぉぉおあああーーーっとうっ!」

 

「お?」

 

「おおっと!!」

 

彼は激突寸前に両脚で積雪が積もった地面を思い切り蹴る事で大木の太い幹に沿うように跳び上がった。その行動を見た重勝が興味深そうに声を漏らしている中で歩は上部から伸び出ている太めの枝に左脚の膕(ひかがみ)を器用に引っ掛けて三度程回る事で勢いを殺し、その枝の上に留まるという鮮やかな受け身を披露してみせた。

 

「ひぃぃ、あっぶねぇ危ねぇ。重勝がふざけた事言うもんだから、つい意識を乱しちまったじゃないか。うお”ぉ”ー、腕がビリビリ言ってるぅ~」

 

———これは驚いたな。集中力には難が視られるけれど、咄嗟の判断力とそれに付随する瞬発力は西風の連中と比べても遜色が少ない程には優れてやがる。何よりもにあの身のこなしの軽さは相当だ、恐らくは自身が持つ魔力のカスさを補う為に今までかなりの鍛練を積んできたんだろう。

 

「へっ、足下が御留守で危なっかしいのは減点だけど、その対応の速さとリカバリーはなかなかなもんだ。意外にやるじゃねーかよ」

 

鍛え甲斐がありそうだなと教官の感覚でニヤつく重勝。約80m先に立っている大木の上部の枝の上に片足を乗せて重勝の剛剣を受け止めた為に痙攣した右腕を左手で抑えてその威力を実感している歩に向けて称賛する言葉を呟いた(本人に堂々と聞かせると調子に乗りそうなので距離的に聴こえない声量で)重勝は次なる一手を打つべく伐刀絶技を行使した。

 

「なら次はコイツだ、【誘導重力球(グラビディシューター)】」

 

重勝はまるで相手を試すかのような口調で行使する伐刀絶技名を言い、いつものように三十二の重力エネルギー球を周囲に展開した。それを見た歩が顔を引き攣らせる。

 

「ゲッ、遠距離射撃系の伐刀絶技か!?」

 

「ああ、その反応はやっぱお前思った通り遠距離攻撃に耐性が無いな?なら対応訓練に丁度いいじゃねーか、この猛吹雪で視界が最悪の中、コイツ等を掻い潜って来てみろよ。行くぜ」

 

「ちょっ、待t「シューーーートッ!」ああクッソッ!!」

 

本物の戦場に待ったは無いと言わんばかりに重勝はお構いなく周囲に浮かぶ三十二の重力球を操作して一斉に歩に向かわせて行った。速度は銃弾より遅いが猛烈に降り付ける吹雪に紛れてそれぞれが不規則な軌道を描いて飛翔する、故にただでさえその動きに合わせて対処するのが難しいというのに天候が最悪な所為で視界が悪く、それが余計に対処の難易度を跳ね上がらせる。

 

「ええぃ、やってやるよ!こんな弾幕も突破できないで大英雄になんか成れるかっ!!」

 

少々ヤケクソ気味だが歩は覚悟を決めて枝の上から跳び出して行く。跳躍の際の踏み出しが大木を大きく揺るがす反動となり、葉や枝に積もっていた積雪がドサササッ!という音を立てて振るい落とされていくのを後目に吹雪の中に光刃の軌跡を描き、前方より飛来する三発の重力球がその行く手を阻んだ。

 

「てりゃあ!———い”っ!?」

 

三発纏めてレーザーソードの一閃で薙ぎ払おうとしたものの、三発の重力球は僅かに軌道を逸らし振るわれた光刃をすり抜けるように避け、歩の目を攪乱するように三方向に別れて迂回の軌道を取る。直後歩の意識が分散した隙を突くように左方を通り過ぎようとした別の四発が急激に方向転換をして彼に押し寄せ、命中する直前でそれ等の強襲に気付いた歩は右に跳んで紙一重で緊急回避する事に成功。空回った四発の重力球が雪原を爆砕する。

 

———意志を持ったみたいに避けたり連携して来たりすると思ったらコレ全部重勝の奴が制御操作してんのかよ!?カーッ!これだから高ランクはどいつもこいつも——っ!!?

 

「うおぉぉっとあぁっ!!」

 

跳んだ先には吹き荒れる吹雪に紛れた五発の重力球が待ち伏せていた。吹雪で視界が悪い為に察知し難く、それ等の接近に直前まで気付けなかった歩だったがその反射神経の鋭さをもって咄嗟にレーザーソードを一閃、五発全てを纏めて斬り落とした。

 

「吹雪ウッゼェエエーーーッ!危うく被爆するところだったじゃ——ってまた来た!?」

 

視界の悪さをウザがっている内に複数の重力球が周囲から押し寄せるようにしてあらゆる方角から迫って来ていた為に歩の悪態がうんざりの驚きに変化する。このままではジリ貧だ。

 

———こうなりゃあ正面突破だ!速攻で全部掻い潜ってコイツ等を操作している重勝を強襲してやる!!

 

「疾(シ)————ッ!!」

 

雪原を蹴り無数の残像を生み出し追従させ、歩は破軍の無敵のエース目指して疾風(かぜ)となった。斜め左右上から飛来して来た二発を加速する事で振り切り、進路を塞ぐように正面から突っ込んで来る三発の内一発をレーザーソードで斬り落として残り二発をフットワークを駆使して掻い潜って行く。直後に真上から雨霰の如く降り注いで来た十発の間隙を縫うように駆け抜け、爆撃で舞い上がった雪礫に身を潜めつつ向かって来た三発を最小限の動きで掠めさせ、すぐさまレーザーソードを振るって斬り落としても尚、速度を落とさずに驀進。フィールドを捻じ伏せてゆく。

 

そんな雑魚騎士の怒濤の疾走を目の当たりにして重勝は呆れ半分に舌を巻いていた。

 

———うっわ、アイツ無茶苦茶するなぁ。幸斗の奴に似てる似てるとは思ったけれど、こういう反骨精神全力全開な人種は皆突撃思考なのか・・・?

 

頭ではそう呆れ果てていても顔は愉快混じりの獰猛な笑みを滲み出していた。残り約30mの距離まで迫った歩が左右後方から回り込んで来た五発を回転斬りで斬り落とした隙に重勝はすかさず【重力の拘束具(グラビディバインド)】を発動、対象の胸周りを囲うように顕現した空間固定の輪が狭まり歩の身体を捕らえようとするが、彼は恐るべき反応速度で白い地を蹴り宙に跳び上がる事で紙一重に拘束を逃れ、真下で砲剣を両手に身構える重勝に渾身の一撃を叩き付けるべく頭上にレーザーソードを振り上げた。

 

———でもまあ、それぐらいの根性も無けりゃあ低ランクを自覚していて七星剣王になるなんてほざいたりしないか!

 

「うおぉぉ、くらえぇぇえええええーーーーーっ!!」

 

裂帛の雄叫びと落下の運動エネルギーを乗せて叩き下ろした歩の一撃を重勝が水平に翳した砲剣で受け止める・・・と見せかけて一歩下がって剣を引く事で攻撃対象を見失った光刃が地に深く積もる積雪を叩き斬る。中に混じっていたのか弾けた積雪の中から射出された鋭利な小石が歩の右頬を掠めて小さな切り傷を作ると、その直後に引いた砲剣を水平に振るい出すと同時に重勝は強く踏み込み、無数に撥ね跳ぶ雪礫ごと着地の振り下ろしで硬直の隙を見せている歩の胴に薙ぎ払いを繰り出した。

 

「アホ、無駄に大振りし過ぎなんだよっ!」

 

「ぐぬううっ!?」

 

空中からの打ち下ろしの反動で全身に負担が掛かっている中で無理に振り上げた光刃と猛烈な踏み込みが掛かった漆黒の剛剣が甲高い金属音を轟かせて激突した。両者が繰り出した体勢から考えて当然重勝の一撃が勝り、歩は大きく後ろに仰け反ってしまう。

 

それでも大英雄となる為に昔から鍛え貫いてきた足捌きを使って続く数回の剣戟を危な気に受けながら体勢を直し、なんとか鍔競り合いにもっていく。

 

「跳び上がって強襲する選択も悪手だぜ、あのタイミングで発動させた重力の拘束具を躱したのは上等だったけどまだ甘めーよ、【電撃突撃(ブリッツ)戦術】で重要なのは相手に対処の隙を与えない速攻性だ、あそこは跳び上がらずに身を屈めてやり過ごし、瞬時に曲げた脚をバネにした突攻で俺に霊装の突き放ちをくらわせていれば逆にお前の方が優勢な攻めに転じれていたかもなあっ!!」

 

「ぐがぁっ!?」

 

相手の押し込みを巧みに引き付けた重勝が歩の腹部に強烈な蹴り込みを叩き込んだ事で歩の全身が【くの字】に曲がり、彼は呻き声を上げて口の中から少量の胃液を吐き出しながら後方へと直線状に吹っ飛ばされて行く。

 

———だけどミスしてからの立て直しの早さにはなかなか目を見張るものがあるな。程度を量る為に少しばかり手を抜いたとはいえ崩された不安定な体勢で俺の剣を危なっかしくも凌ぎきったうえに脚の運びで体勢をコントロールして鍔競り合いにもっていくなんっつー高度な体技、今現在の学生騎士でできる奴なんて俺が知っている限りだと西風連中を除けば両手の指で数えるぐらいしか居ねーからな。

 

「よし、なら次はっと!」

 

通過した軌道を覆い尽くすように粉雪を猛烈に巻き上げながら吹っ飛んで行く歩を見遣りつつ新たに見つけた彼の利点を頭の中で整理すると重勝は次の行動に移った。

 

両脚を曲げて勢いよく跳躍し、破軍学園の無敵のエースお得意の伐刀絶技【零か無限(ゼロ・オア・インフィニティ)】を発動、空に舞い上がる。重勝の次なる一手とは即ち【制空権の奪取】だ。

 

———当たり前だが遠距離攻撃に耐性が無いっつー事は奴は飛べねーうえに飛び道具を持っていないという事だ。ならこの空からの爆撃戦術にはどう対応する?

 

何度も言うが騎士の道を征くにあたり敵や相手が齎してくる非合法性や理不尽性を批難・糾弾する者は五流以下の三下に他ならない。重勝は空という翼を持たない生き物の手が届く事のない神聖な領域に身を置く事で歩の器を試すつもりなのだ。

 

「さて、ここまで上がっとけばアイツは————ッ!!?」

 

しかしその企みは地上40m程上がったところで歩が吹っ飛んで行った方を振り向いてみた瞬間に驚愕と共に崩れ去ったのだった。限界まで弦を引き絞った弓から勢いよく射出された一本の矢の如く地上の白き地に立つ木々の間から一直線に飛来して来る剣士は紛れもなく禄存学園最弱の雑魚騎士、壱道歩だ。レーザーソード型の霊装【竹光】の柄を両手に持ち、漆黒の翼を持つ空に愛された剣士を墜とさんが為に吹雪を貫く矢となって空を昇り迫る。

 

———おいおい、幾らなんでも非常識過ぎるだろーが・・・。

 

何でこういう人種はどいつもこいつも世の常識を次元の彼方にポイ捨てするようなイカレた行為を平然とやって来るんだよと団内で【子破王】の異名を持っていた自分の元教え子を下方から向かって来ている歩の姿と重ねると、重勝はその姿を見下ろしながら右掌で額を押さえて心底呆れるように嘆息していた。勇気が心で燃えたなら翼が無くても飛べるんだ!とでも言いたいのかと・・・。

 

翼も飛び道具も持っていない人間が通常届く筈がない空へと歩が翔けている理由の説明は実に簡単だ、先程重勝に蹴り飛ばされた先に幹がよく撓る木が立っていたからだ。身体がその木の幹に激突する前に全身を丸めて一回転、両脚で幹を踏みつけて着地すると反動で幹が撓って湾曲し、空へと飛び上がって行く重勝に狙いを付けると投石器の要領で空へと弾き飛んで来たという事だ。

 

・・・うん、無茶苦茶だな。重勝はこの人種はこういうものだと諦観するように割り切った。

 

「まあでも、そうじゃなくっちゃな!器量は合格だっ!」

 

空中で近距離(クロスレンジ)に突っ込んで来た歩に重勝が砲剣を振るって薙ぐと——

 

「ええい、さっきから聞いていれば人の戦い方に駄目出ししたり採点するような事を言ってきたり、お前は——」

 

歩が右から弧を描いて来た砲剣の動きに沿うように左手でその側面に掌打を打ち、そこを支点に片手倒立の要領で全身を持ち上げて瞬時に支点にしている左腕をバネに重勝の後頭上へと跳び上がる。

 

「——オレの教官かぁぁあああーーーーっ!!?」

 

天地逆さの体勢で宙を舞い、吹き荒れる猛吹雪を吹き飛ばす程盛大にツッコミを轟かせて光刃を重勝の後ろ頸に振るった。歩はそれで勝利を確信する。

 

———取った!お前がどれだけ気配察知に優れていようがこの部位への攻撃には瞬時に対処できるものじゃねぇだろっ!!

 

オレの勝ちだとレーザーソードの光刃が弧を描いた瞬間に歩の顔がほくそ笑む。摸擬戦のルールに則って互いに霊装を幻想形態にしている故に光刃が人の首を斬り付けても首が刎ねられる事は無いだろうが、人体の急所にダメージが入れば幾ら高ランク伐刀者とて一溜りもない筈だ・・・だがその確信は重勝の後ろ頸に光刃が接触する直前で鳴り響いた鈍い音により霧散する。

 

「がっ!!?」

 

同時に歩が振るった光刃が火花を散らすと何かに阻まれて激突したかのように弧の軌道上から弾き出されてしまっていた。反動を受けて仰け反る歩の目に入ってきた光景は小円形に歪んだ黒い空間、それが重勝の後ろ頸を護るように顕れていた。それはまるで《重力の円盾(ラウンドシールド)》・・・そこでようやく重勝が首だけを動作させて振り向き、横目でまだまだ余裕そうな視線を動揺を見せている歩の顔へと向けて口を開いた。

 

「うん、いい体捌きだな。決めに行った斬撃もなかなか悪くなかったが、狙った場所が甘めーよ。首の後ろは生物の最大の死角だ、そんな人間なら誰にでも共通する弱点への攻撃を何の対策もしねーで、戦場に身を投じると思ってんのか?」

 

「くっ!」

 

優し気に窘めるような重勝の問いに歩は光刃の振り下ろしで返した。しかしその一振りには苦し紛れの鈍り気が宿ってしまっており、そんな剣などでは歴戦の傭兵であった重勝に届く筈もなく容易に砲剣で受け止められてしまう。その際に歩の精神状態がこの時点で諦めの色を出しているか否かを視るべく重勝は彼の表情を覗き込んでみた。

 

———ふーん、決定的な一撃が防がれて相当焦ってるみてーだが、どうやらヤケになってるわけじゃねーみたいだな。うんうん、調子に乗りやすいおバカにしては殊勝な精神力してんじゃん。俺が視るようになったばかりの頃の幸斗のおバカなんかは摸擬戦どころか軽い立ち合いくらいで二・三回いなしてやっただけでも直ぐにヤケになって無茶苦茶な剣を振るって来やがったからその度にOHANASHIして・・・ってアイツの剣はそもそも正常でも無茶苦茶だな、ははは・・・・・ん?

 

そんな事を思い出していると偶然歩の【ある異質】を発見できた。彼は先程速攻跳び掛かりでレーザーソードを叩き付けた際に爆砕した積雪の中に紛れていた小石を右頬に掠らせて小さな切り傷を作っていた筈なのだが、その傷がもう既に何故か塞がっていたのだ。

 

———幾ら掠り傷だっていっても一分経たずに自然に塞がる訳ねーよな・・・って事は———

 

「実像形態での実戦形式でやる七星剣武祭は一瞬の判断ミスが敗北に繋がるんだ、冷静になれよ、でないと将来魔導騎士の資格を取れたとしても大英雄になる前に戦場で死ぬぜ。大方お前の異能は《高速自己治癒(リジェネート)》だろーけど、魔力量のカスさからして掠り傷程度しか治せねーでそれ以上の負傷だと効果が薄いんだろーよっ!」

 

「ッッッ!!?」

 

歩が持つ伐刀者としての能力を見破ると重勝は地上に向けて歩を霊装ごと弾き飛ばして「まあ、こんなところでいいか」と呟くと、其処らの宙に漂わせていた未消滅の誘導重力球四発を落下途中の彼に殺到させる。

 

「クッソ、負けるかあぁっ!ぐおおおォォォォーーーーッ!!!」

 

だが歩もまだ負けてはいない、殺到して来た四発を気合いで全て斬り落とした・・・が。

 

「よく頑張ったと思うけどこれでフィーネ(終わり)にさせてもらうぜ」

 

雑魚騎士の奮闘もここまでであったようだ。猛吹雪の空から覗く漆黒の切っ先が寸分の狂いも無く落下して行く雑魚騎士に合わせられ、ガッシャンガシャン!と回転式弾倉(リボルバー)が五回転してその切っ先に悪魔の砲弾が———

 

「・・・・・母さん。オレ、今からそっちn———」

 

「収束重力砲(ストライクブラスター)ァァアアアアアアアアーーーーッ!!!」

 

そして最後まで言わせる事なく撃ち放たれた悪魔の砲弾が哀れな雑魚騎士を無慈悲に撃ち抜き、旧自然訓練場の一角に天の吹き抜けを突き抜ける特大の雪塔が建造された事で、この摸擬戦という名の壱道歩の自主トレの手助けは終了したのであった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というのは冗談。摸擬戦自体は重勝の完勝で終わったが、こんなんで歩の自主トレの手助けになったとは当然重勝だって思ってはいない。

 

「———【すぐ調子付く】【油断多過ぎ】【悪天候で視界が悪い中デカイ声を出しまくって相手に自分の位置情報を知らせる愚行】【戦術選択ミス数回】【遠距離攻撃手段皆無】【魔力量がカスい所為で異能が実戦で役に立たない】【劣勢時に精神乱し過ぎ】で極めつけは【何の戦術的利点(タクティカルアドバンテージ)もない無駄口】・・・さっきやった摸擬戦だけで解った欠点だけ挙げてもキリがねー数だな」

 

「うるへーよ・・・」

 

場所は再び旧自然訓練場の宿舎小屋、手に持ったルーズリーフに淡々と口にした内容をさらさらと書き込む重勝が視線を落とした先のベッドの上に丸まっているフトンダンゴムシ(?)にジト目を向けて呆れると不貞腐れた少年の声が返ってくる。

 

雪塔の下敷きになってギャグマンガの如く目をぐるぐるにして失神した歩を掘り起こし、宿舎小屋のベッドに運んで目を覚ますのを待つ事二時間後、雑魚騎士はフトンダンゴムシにジョブチェンジしていました。

 

「そんなに落ち込まなくてもいいだろ。確かにアホかって言いたいくらいにお前の欠点は多いけれど、なにもどうしようもねー程に何の取り柄も視られなかったわけじゃねーんだし。寧ろお前本当にEランクか?って驚いたぞ」

 

「でも一発も入れられずにボロ負けした。オレは弱い・・・」

 

さりげない重勝のフォローも効果は無く益々丸くなっていくフトンダンゴムシ、雑魚騎士はメンタルの方も雑魚であったようだ。その醜態に重勝は眉を顰めて嘆息する。

 

「・・・はぁ。そうやって負けた事を引き摺って不貞腐れてよく七星剣王になる大英雄になるだなんて大口を叩けるよなお前。最初の威勢の良さは何処に行ったんだよ?正直言って今のお前、すっげーみっともないぜ」

 

キツイ言い方だがここで優しく励ましたところで歩の為にはならないだろう、強さを求める戦士にとってそんなのは甘やかしに他ならない、故に重勝は容赦などしない。

 

「なんだ、だんまりかよ根性無し。ハッキリ言うけどな、お前そんなんだから禄存の連中に馬鹿にされたり虐められりしたんじゃねーの?親を言い訳に夢を語るだけ語っといて口先だけの奴なんて所詮そんなもんだよ。うっわ、マジ幻滅したわー。雑魚騎士って異名もあながち間違いじゃねーよなぁ」

 

罵倒に罵倒を重ねて腐った歩の精神を奮い立たせるように煽る重勝だが、下手に芝居掛かったワザとらしさが前面に出ている所為でぶっちゃけ言うとヘタクソである。こういうのは同じ元西風の仲間であった毒舌担当の戦術家少女の領分であったので不慣れなのだ。

 

「・・・・・」

 

———・・・こんだけ言っても反応しねーのか。はぁ・・・面白そうな奴だと思ったけれど、どうやら俺の見込み違いだったみてーだな・・・。

 

暫くヘタクソな罵倒を続けていた重勝だったが、あまりにも歩がフトンダンゴムシをやめる気配がしないので段々と彼に抱いていた興味が薄れつつあった。前に進む意志や気概の無い弱い人間を風間重勝は認めはしない。これ以上は時間の無駄だ、彼にだって自分の修行があるのだ。

 

「・・・ボロ負けした事に気を落としてイジイジやっていたいんならずっとそうしていろよ。俺はもう知らね・・・ん?」

 

そしてとうとう本格的に付き合いきれなくなり、もう見捨てようかと思ったその時、重勝はベッドの上のフトンダンゴムシがやけに静かでおとなしいなと何やら違和感を感じる。

 

———さっきから気になってたんだが悪たれ口言い出したあたりから妙に【中に】気配が感じられねーな・・・。

 

その事を不審に思いフトンダンゴムシが鎮座するベッドに近寄った瞬間——

 

「どりゃあああっ!」

 

タイミングを計ったかのようにベッドの下からの奇襲。意表を突くように飛んで来た拳を涼し気に掌で受け止めた重勝はその奇襲者の顔付きを見た事で消えかけていた導く者の意志を再燃させ、そう来ないとなと口許を綻ばせた。

 

「なーんだ、やればできんじゃねーか」

 

「へっ、馬鹿にするなよな!誰が何と言おうがオレは七星剣王になって大英雄になってやるんだ、布団の中で腐ってなんかいられるかよ!!」

 

どんなに周りから蔑まれて見下されようが、どんなにチカラ不足で高みの空に及ばなかろうが絶対に自分が抱いた夢を諦めない、堂々と前に突き進む!その意志を眼の前に映る壱道歩の不敵な笑みから確かに感じ取ると突き出された拳を放し、重勝はその想いに応えるかのように不敵に口端を吊り上げてならばと訊ねた。

 

「ふーん、そっか・・・あのさ、お前さっきの摸擬戦で俺に【お前はオレの教官か?】ってツッコミしてたよな?それでさ、お前俺の教導を本格的に受けてみる気ない?」

 

その唐突な申し出の内容が漠然としていた為に歩は当然「はぁ?」と訳が解らずに呆けたが、これは彼にとって渡りに船だろう。

 

「ん~、そりゃあお前みたいな強い伐刀者に戦い方を習わせてもらえるのは正直言ってこっちが頼みたいくらいだけどさ・・・いいのか?お前、自分の修行があるだろうが」

 

「ああ、そんなものは教導しながらでも十分にできるからな。余計な気遣いはいらねーよ」

 

重勝が冬休みを利用して北海道にやって来た目的は新しく修得した禁技指定級の伐刀絶技【光翼ノ帝剣(アストラル・ブレイカー)】の制御技術を完全なモノとする鍛練の為だ、つまり技自体は既に完成している故に修行場所さえ見つけてしまえば他の事に時間を割きながらでも問題なく修行の目標を達せられるだろう。それよりも今は此処に来て新たに現れた目の前の【突き進む意志】に興味が惹かれてたまらない。

 

「決まりだな。今日からお前が言っていた禄存の七星剣武祭代表候補との摸擬試合の日までの間、この俺がお前の臨時教官になってやるよ!」

 

かくして禄存学園最弱の雑魚騎士を未来の大英雄に相応しい戦士に鍛え上げる為、破軍学園の無敵の序列一位(エース)にして元世界最強クラスの傭兵団の戦術教官風間重勝は興味本位のまま腰を上げたのだった。果たして彼が雑魚騎士にやる教導とは?そしてその道の果てにいったい何が待ち受けているのだろうか・・・。

 

 

 

 




摸擬戦は重勝の完勝!まあ当然ですね、歩はランク関係なしに隙だらけですから・・・。

因みに歩の速力は某ガンゲイル・オンラインのピンク色の悪魔と同等なものだと思ってください。アレは人間の動きじゃない。(笑)

予定としては教導パートは次回の一話で済ませて歩の夢と将来を賭けた摸擬試合にとっとと移るつもりでいます。過去の話を修行シーンとかでいちいち長引かせるのは萎えますからね。


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