運命を覆す伐刀者   作:蒼空の魔導書

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大変長らく長らくお待たせしました!前回の更新から約二ヶ月、【運命を覆す伐刀者】の更新再開です!

いやー、閃の軌跡Ⅲは面白かったぁ。けれどまさかあんな衝撃のラストが待ち受けていたとは・・・次回作に期待が高まります!

それでは二ヶ月ぶりの最新話、はじまります!




未来の保証

・・・最終戦の組み合わせが発表された日から一夜が明けて間もない朝、外の電線に留まる雀の囀りが思い悩む少女を夢の世界より呼び戻した。

 

「ん・・・」

 

時刻は午前五時、学生寮の自室のベッドにて桃色のブラジャーとショーツのみという人には見せられないであろうはしたない下着姿で横になって眠っていた刀華はカーテンの隙間から射す日の光に当てられてその眼をゆっくりと開き、上半身を起こして眼を片手で擦る。

 

「朝・・・か・・・」

 

完全に意識を覚醒させた彼女は実に憂鬱そうに呟いて顔を俯かせた、爽やかな朝だというのに暗い雰囲気である。

 

『・・・明後日の朝七時、お前が幸斗と姫ッチと初体面した休憩所・・・そこでお前の答えを聞かせてもらうぜ、【雷切】東堂刀華の思う【何で鳥は空を飛ぶのか?】をな』

 

今日は重勝と二人きりで腹を割って話し合う約束をした当日だ。あれから刀華は重勝が裏切った真実を話す条件として提示してきた課題の答えを出そうと考えられる限り思い悩んでみたのだが結局今日まで答えを出す事ができずにいたのだった。

 

憂鬱になるのも無理はない、ただでさえ昨日最終戦の対戦相手があの無冠の剣王(アナザー・ワン)に決まり、迷いを抱えたままの自分が彼に勝てるかどうかと不安になっているのに啖呵を切った約束すら守れないかもしれないという体たらくなのだから。

 

刀華は枕元にある眼鏡ケースを手に取り中からいつも愛用している眼鏡を取り出してそれを掛け、ベッドから降りて立ち上がり、外の光を遮るカーテンをその手で開いてその窓から朝の日差しが降り注ぐ外を眺めた。空を見上げれば先程から囀っていた雀が小さな翼を羽ばたかせて蒼い空へと飛び立つ姿が目に映る。

 

———【何で鳥は空を飛ぶのか?】・・・そんなの判らないよ、私は鳥じゃないんだし・・・。

 

刀華はその場で眉をハの字にして落胆する・・・彼女の持つ閃理眼(リバースサイト)は生物の行動を予測する事はできても考えまでは読めない、況してや空を飛ぶ鳥の考えだなんて翼を持たない人間である刀華には全く理解する事ができず、彼女は心の中で若干ながら不貞腐れていた。

 

・・・しばらくして彼女は自分が今裸に近い下着姿を外に曝している事に気が付き、急に恥ずかしくなって顔を赤らめ、慌てて外から誰も見ていない事を確認するとカーテンを閉め、再び暗くなった自室に振り返った。

 

「・・・とりあえず・・・着替えよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

制服に着替えて髪をいつもの三つ編みに整えた刀華はまだ約束の時間まで結構時間が余っているので学園の敷地の外に少し散歩に出る事にしたのだった。

 

「・・・はぁぁあ、どうしてこんな約束をしちゃったんだろう・・・」

 

彼女らしくない重い溜息が悩みの深さを物語っている。別の条件を要求すればよかったと後悔したところで今更約束の撤回などできはしない、生徒会長の意地(プライド)に懸けて学園の裏切り者が出した課題なんかに屈するわけにはいかないのだ。しかし、幾ら外の風に当たって考えたところで課題の答えは出そうにない・・・。

 

「・・・ねぇ?君達は何を考えて空を飛んでいるのかなぁ・・・」

 

とうとう道端の木の実を食べている鳩に話し掛ける始末だ(汗)、彼女がそうとう参っているのが解る・・・そして鳩達は刀華の質問を完全に無視して空へと飛び立って行く・・・虚しいな、「あ・・・」と声を詰まらせて飛び行く鳩達に手を伸ばしかけて硬直する刀華の姿がなんともシュールだった。

 

————・・・はぁ・・・こんな意味が解らない事を私に考えさせてあの人に何のメリットがあるんだろう・・・まさか私を揶揄って意地悪して楽しんでいるだけじゃないのかな・・・?

 

早朝にも拘らず真夏の日差しが眩しく降り注ぐ・・・そんな蒼い空の上であの黒い剣士が思い悩んで無様な醜態を曝す自分の事をニヤニヤと嘲笑しているような錯覚を覚え、刀華は内心居た堪れないイライラした感情が急に沸々と込み上げて来て、後で課題を出した張本人にその真意を問い質し、返答次第では全力全開の雷切をくらわせてやる事を決意した。

 

そんな事を額に青筋を浮かべて周囲の人間を恐怖で引かせるような笑顔をしながら歩道を歩いていると歩道沿いにある金網フェンス越しに見える公園内の大きな樹の麓に幼い子供達が集まって騒がしく樹を見上げているのが彼女の視界に入った。何やら不穏な雰囲気だ、ただ樹を観察しているだけにしてはやけにざわざわとしている。

 

「?・・・あの子達、何をやっているんだろう」

 

刀華はそう呟いて子供達の視線を集めている樹の上部に見える枝の一部を眼鏡越しに凝視する・・・その枝の上には動けなくなっている子猫の姿が見えた。

 

———もしかしてあの子猫、樹が高過ぎて降りられなくなったの?

 

刀華が思考を凝らしていると麓にいる子供達の内の一人の幼い少年が樹によじ登り始めてしまった。

 

———って、えっ!?あの子何をやっているの?まさか、子猫を助けるつもり!?

 

刀華がその事態に気付いた時には少年は既に子猫がいる枝まで登り着いていた。その枝はあまり太くはなく、幼い子供でも人間の体重でその上に乗ったら折れてしまうかもしれない・・・案の定少年が枝に身を乗せた瞬間、子猫と少年の荷重に枝が耐えきれず、その枝は根からボキッ!と折れてしまう。

 

「っ!!?危ないっ!!!」

 

それを見た刀華は条件反射的に魔力を解放し、身体強化された脚力で瞬時にフェンスを跳び越えて公園内に着地、落下する少年と子猫を見据え数十メートルはある樹との距離を一瞬にして詰めてその勢いのまま跳躍、空中で少年と猫を抱きかかえるようにキャッチしてそのまま地に着地したのだった。

 

「君、大丈夫!?怪我は無い?」

 

「う、うん・・・」

 

「にゃー!」

 

「そう、子猫も無事みたいだね。よかった・・・」

 

少年と子猫の無事を確認した刀華は安堵して少年と子猫を地面に優しく下ろす。

 

「もう、どうしてこんな危ない事をしたの?子猫を助けようとしたのは偉いけれど、今みたいに落ちて怪我をしたら元も子もないんだからね」

 

「そんなの平気だもん!だってそうじゃないと強い魔導騎士になれないし!」

 

「・・・えっ!?」

 

危険な事をした少年を窘めるように注意をする刀華であったが、強がる少年の言った事を不可思議に思い、思わず驚きの声をあげてしまった、何故なら———

 

———この子からは魔力を全く感じない、完全に非伐刀者の普通の子だ・・・。

 

そう、この少年はどこからどう見ても世界の運命に選ばれなかった魔力0の非伐刀者だったからだ。非伐刀者では魔導騎士になるどころかその資格を得る為の日本に七つ存在する魔導騎士専門学校の門を潜る資格すら最初から存在しない、つまりこの子が魔導騎士になれる事など百パーセント有り得ないのだ。

 

恐らくこの少年は魔導騎士に強い憧れを抱いているのだろう。通常の人間には使う事のできない異能を行使し、奇跡とも言える超常的なチカラで外敵・・・一般的に言えばテロリストのような悪党共から人々を護る魔導騎士は子供達にとってヒーローのようなものだ・・・いや、実際そういう思想を抱いているのだろう。

 

———この子、なんて真っ直ぐな眼をしているんだろう。自分が魔導騎士になれる事を少しも疑っていない・・・。

 

信じれば何にでもなれると心の底から思い込んでいる、幼いが故に己に与えられた才能の程度と世の残酷さを理解していないからだ。

 

「うっわー、お姉ちゃんすげー!」

 

「凄いジャンプだったよ~、カッコイイー!」

 

「ねえ!お姉ちゃん魔導騎士なの?か◯はめ波とか撃てる?」

 

刀華が助けた少年が向けて来る真っ直ぐな眼差しに目を奪われている間に気が付けば樹の麓に居た子供達が一斉に彼女の周りに駆け寄って来ていた。

 

「え、ええっ!?」

 

いきなりだったので思わず困惑してしまう刀華、純粋無垢な尊敬の眼差しが彼女に向けて集まっている。

 

———こ、こういうのは施設の子共達や学園の皆で慣れているつもりだったけれど・・・。

 

刀華は穢れを知らない子供達のパワーにダジダジである、すると何と返せば良いかと冷静に言葉を選ぼうとしたところで先程助けた少年が刀華に問いかけて来た。

 

「ねぇお姉ちゃん?お姉ちゃんってあの【雷切】のお姉ちゃんでしょ?テレビで見た事あるよ!」

 

「あ、うん、えーっと君は・・・」

 

「タケシ、おれの名前はタケシだよ!」

 

元気よく自己紹介をしてくれたタケシに刀華は馴れたよう身を屈ませ、タケシとの目線の高さを合わせて彼の眼を見つめて微笑んだ。

 

「うん、タケシ君だね、ちゃんと覚えたよ。それで何かな?」

 

「あのさあのさ!おれ、将来魔導騎士になる為に剣道やっているんだ!頑張って努力をすればきっと強い魔導騎士になれるよね!?」

 

「え?・・・あ、うん、そうだね、え~と・・・」

 

ここでその質問はしないで欲しかったと刀華は言葉を詰まらせてしまう。周囲を取り囲む子供達もこの事に興味深々のようであり、多くの期待の眼差しが重くのしかかってとても言い辛い雰囲気だ。

 

———どうしよう、ここはこの子の夢を尊重して【もちろん、頑張ればきっとなれるよ】と返すべきだろうけれど、それは無責任かもしれない。ちゃんと【ごめん、君には魔力が無いから魔導騎士にはなれないよ】と現実を教えてあげるべきだろうか・・・いや、でもそんな事を言ったらこの子達の夢と気持ちを傷付けてしまうかもしれない、どう答えれば・・・。

 

以前までの彼女ならば子供達の夢を尊重する事を選んで即答していた事だろう、【雷切】東堂刀華の戦う理由はこのような子供達に希望を与えて未来へと導く架け橋となる為である故に子供達の夢を否定して心を傷付ける事を口にするなど彼女の慈愛の心が許さない・・・しかし、彼女は一年前のあの決闘で完敗した時から今まで多くの現実を思い知らされて来た。どんなに理想を追い求めてもそのチカラが無ければ叶わない事も知っている、その現実が破軍学園の生徒達の諦めと堕落、そして格下の者への蔑みという腐敗を触発させているというのが現状だ。なのでこのまま無責任に答えてもこの子達の為にならないかもしれない・・・刀華の内心は揺れるばかりでどちらを選べば良いのか判らず、言葉を詰まらせるばかりであった・・・その時——

 

「あっ!?風船が!!」

 

彼女の周囲に集まっている子供達の内一人の女の子がうっかり手に持っていたガス風船の尾紐を滑らせてしまい、その風船は女の子の声を振り切って蒼い空へと舞い上がってしまった。

 

「うぅ・・・うわぁぁぁぁあああん!!」

 

「ちょっ!?君、いきなり泣き出してどうしたの!?」

 

「風船がぁ!あたしの風船がぁぁあああっ!!」

 

突然の事態にその場は騒然となった。刀華は泣き出してしまった少女に駆け寄り、なんとか泣き止まそうと必死に少女をあやすものの、少女は空に昇って行く風船に届かない手を伸ばしたまま一向に泣き続けるだけだ。

 

———困ったなぁ、あの高度だともう私が魔力を全て使って脚力を強化して跳んでも届かないだろうし・・・本当に高いなぁ、あの空は・・・。

 

少女をあやしながら一緒に風船が昇って飛んで行く蒼い空を見上げて刀華は自分の不甲斐無さを痛感して途方に暮れてしまう。

 

【雷切】と称されたBランク学生騎士で昨年の七星剣武祭ベスト4の成績を収めた極めて優秀な伐刀者である刀華にだって出来ない事は多く存在している。学園の生徒達の期待に応える事はできていてもあの現状では未来へと導く事が出来ているとはとても言い切れないし、彼女の能力の特性上あの蒼い空を飛んで今も昇り続ける風船を取り戻す事だってできはしないのだ・・・。

 

———高い・・・高くて遠すぎるよ、あの空は・・・・・そうか・・・やっぱり無理なものは無理なのかもしれないよね。人は生まれた時から皆同じじゃない、どんなに望んで追い求めても叶わない事だってあるんだ・・・。

 

空高く昇って行く風船は雲の下を抜けようとしている、このまま行けば雲に紛れて消えて行く事だろう・・・それを眺めて刀華は子供達に何と言うかという選択を決したのだった。

 

———・・・やっぱりこの子達にはここで現実を教えておいた方がいい。残酷だけど、傷付けるかもしれないけれど、この子達には将来私と同じ苦しみを味わってほしく無いから・・・だから———

 

ちゃんと言ってあげよう、【君の夢は叶わない】と・・・慈愛の心という彼女の強さが砕け、理想を捨てて世を知らぬ無垢な少年の夢を否定して現実を認識してもらう為に彼女は少年と向き合い、重い口を開く。

 

「・・・タケシ君・・・君は魔導騎士になる事は———」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、突然空から飄々とした男の声が聴こえて来た。

 

「ん?東堂?何やってんだ、そんな辛気臭い顔で?」

 

「・・・・えっ!?」

 

自分に呼び掛けて来た声に反応して刀華はハッと顔を上げて再び空を見上げる。聴き覚えのある声だ・・・いや、彼女が聴き間違える訳がない、何故ならこの声の主は———

 

「風間・・・さんっ!!?」

 

彼女の理想を否定した張本人で、彼女の強さを揺るがす元凶、そして本日彼女と話し合いをする約束をした【裏切り者の序列一位(エース・オブ・ビトレイヤー)】、風間重勝その人なのだから。

 

「何驚いてんだよ?俺が此処に居ちゃ悪いのか?」

 

「そ、そうじゃなくて、また学園の許可無く無断で能力を使用して空を!いい加減にしてくださ・・・い・・・って?その風船は・・・」

 

「ん?・・・ああ、これか?今雲の中を飛んでいたらいきなり下から上がって来たんだ。コレ、そのガキ共の内の誰かが手放した物だろ?誰のだよ?」

 

「うぅ・・・ん?・・・ああっ!あたしの風船!!」

 

突然空から舞い降りた重勝の右手には先程空に昇って行ってしまった風船の尾紐が握られており、刀華の胸で泣き続けていた少女がその先に縛られて浮いている自分の風船を見て一瞬で泣き止み、パアッと笑顔になって地にゆっくりと降りて来る重勝に駆け寄った。

 

「ほら、もう放すなよ」

 

「わぁぁ、ありがとうお兄ちゃん!」

 

地に降り立った重勝が少女に風船を返すと、刀華の周りを囲んでいた子供達も一斉に重勝の周りへと駆け寄って行く。

 

「すっげぇぇぇええっ!!今空を飛んでたよ、このお兄さん!」

 

「カッコイイ!アニメのヒーローみたい!」

 

「魔導騎士だよね!?お兄ちゃん魔導騎士だよね!!」

 

ワイワイガヤガヤ、重勝の周りに駆け寄った子供達は大はしゃぎである。まあ当然だろう、空を飛ぶというものは少年少女達の大きな理想の一つと言ってもいいものだ、男の子は飛行機のパイロット、女の子はアニメの空飛ぶ魔法少女にそれぞれ憧れを抱いている事も少なくはない筈だ、なので今現実に空を飛んでやって来た重勝に子供達が大きな興味を寄せてしまうのは仕方がないのである。

 

「おいおい、いったい何なんだ?俺は学生だから魔導騎士になってねーし東堂みたいな有名人でもねーんだからそんなに騒ぐなって!てか身体によじ登って来るなよ!髪引っ張んなって!!」

 

重勝はハイテンションな子供達に揉みくちゃにされて鬱陶しそうにしている、流石の破軍最強も好奇心旺盛で無邪気な子供達のパワーには敵わないようだ。その姿を少し離れた所で眺めていた刀華は少し意外そうに苦笑いをしている。

 

———・・・ちょっと驚いたな、人を躱すのが上手いあの風間さんが子供達の無邪気さに振り回されるなんてね。

 

彼女の知っている風間重勝という男性は普段から飄々としていて掴みどころが解らなく、いつも人のペースを乱して場を掻き乱し、人の事なんて気にも留めない風の様な人という印象であり、この男が他人に対して取り乱す姿など今まで目撃した事なんてなかった為、今目の前でその重勝が子供達に揉みくちゃにされて抵抗できないでいるのが意外に思ったのであった。

 

事実重勝は精神が達観していて基本的に冷静であり何時も心のどこかに余裕を持っている為、滅多な事では動じないのだが、無邪気な子供達のやんちゃさの前にはそれも意味を成さないのかもしれない。子供とは恐ろしいものだ・・・。

 

「イテテ!分かった!少しだけなら相手をしてやるから離れろって!!」

 

そしてしばらく散々子供達に遊び道具にされた重勝はとうとう観念した、破軍学園の序列一位(エース)は見知らぬ子供達にまさかの完敗を喫したのであった。(笑)

 

「ったく、災難な目にあったぜ・・・それで?お前達は俺に何が聞きたいの?」

 

「ハイハイ!じゃあおれからね!」

 

やっとの思いで解放された重勝は周りからキラキラした視線を向けてきている子供達に要求を聞くと真っ先にタケシが元気よく飛び跳ねながら手を上げた。

 

「あのさあのさ!おれ魔導騎士目指してんだ!その為に剣道を頑張っているんだけど、頑張り続ければ魔導騎士になれるかな!?」

 

「っ!!」

 

タケシの質問はもちろん先程刀華にした質問内容と同じであり、その質問が発せられた瞬間に彼等を眺めていた刀華はこれは不味いと眼を見開いた。

 

———いけない!人の気持ちよりも事実を優先する風間さんの事だからあの子がそんな質問をしたら!!

 

刀華は内心焦燥に駆られていた。風間重勝という男は知っての通り現実を見ない理想主義者に対して容赦の無い客観的な物言いをするリアリストだ。相手がいくら傷付こうとも気遣いなどせず、これが現実だと言うかのように平気で残酷な事実を突きつけ、霊装を持って刃向かうものなら無慈悲な斬撃と砲撃をもって黙らせるという悪魔のような伐刀者というのが彼に対する刀華の・・・いや、重勝を憎悪する破軍学園の生徒達の大半の見解なのである。

 

現に重勝は昨年の七星剣武祭を個人的な理由で無断で棄権して学園中の期待を踏み躙り、一月前のカナタとの試合でも彼女の友人に対する想いと高貴なる者の義務(ノブレスオブリージュ)の魂を【とんだロマンティストだな】と一蹴して慈悲の無い禁技指定級の伐刀絶技で重傷の彼女をオーバーキルし、未だに覚めない眠りの世界(実際にはもう目覚めてはいるが、試合で植え付けられたトラウマが発症した為に再び気絶したまま眼を覚ましていないだけである(笑))へと堕として学園中の生徒達から反感を買ったものの、重勝はその事に関して悪びれる事など一つもしていない。

 

そんな重勝にたかが剣道をやっているだけの魔力ゼロの非伐刀者の少年が【自分は魔導騎士になれるかな?】と聞いたところで即否定するのは目に見えているだろう。

 

「う~ん、お前がなぁ・・・」

 

その予想通り重勝はタケシの突拍子もない質問を聞いてタケシを訝し気な目で視ながら首を傾げている、重勝が即答しないのは恐らくタケシの魔力を探っているからだろう。当然刀華が先程感じた通りタケシは魔力が無い非伐刀者だ、その事実を察すれば重勝はタケシの気持ちを気遣う事無く「無理だな」と幼い無垢な少年に容赦無く現実を突きつける事だろう、そうなれば夢に希望を抱くタケシの心は深く傷付いてしまうのは明白だ。

 

———止めなきゃ。やっぱり私は子供達の夢を否定する事なんてできないっ!

 

どんな理由があろうとも子供が悲しむ事などあってはならない・・・一度捨てそうになった想いを拾い上げた刀華は重勝の返答で子供達の心が傷つけられるのを阻止する為に足を前に踏み出そうとする。

 

見れば重勝は考えるのを止め、タケシの無垢な眼を眺めて何かを言おうとしているようだ。もう黙ってられない、刀華は彼等に向かって一歩を踏み出し、待ったの声を掛けようとしたその時———

 

「・・・あのさ、お前人に聞く前にさ、お前自身はどう思っているんだ?魔導騎士になりたいとマジで思っているの?」

 

———・・・えっ!?

 

刀華は手を伸ばしかけてその場で硬直し、聞こえて来た重勝の発言に耳を疑ったのだった。タケシが非伐刀者であると知ればリアリストである重勝はタケシの夢を即否定するかと思っていたので、重勝が質問に質問で返してタケシの気持ちを聞いたのが意外に思って内心驚いたからだ。

 

「うん!どんなに痛くても【へっちゃら、全然大丈夫】と思って頑張ればきっと強くなれるって信じているからさ!!」

 

黒い剣士の問いかけに答える少年の笑顔は未来への煌きに満ちた星々の様に明るかった・・・。

 

———なんて穢れの無い眩しい笑顔なんだろう・・・施設の子供達だってあんな笑顔ができる子はいないかもしれない。眩しくてお陽さまの様で・・・それでいていつまでも輝き続けるような、そんな笑顔・・・。

 

驚きで硬直していた手を下ろした刀華は立ち止まってタケシの笑顔に見とれてしまっていた・・・先程はあまりにも無情な現実に打ちのめされ続けた為に自らの強さの源泉たる慈愛の心を捨てそうになった。しかし、それでも捨てられない、あの未来と夢に煌く希望を信じている少年を見ているとその笑顔を絶対に消したくはない、そう思ったのだ。

 

・・・そして重勝はそんなタケシの眼差しに合わせる様にしゃがみ込み。

 

「・・・そうか—————なら頑張れ。その想いを捨てねー限り、大丈夫な筈だ・・・まっ、保証はできねーけどな!」

 

タケシの頭を撫でながら笑みを浮かべてそう余計な事を付け加えて答えたのだった。それを聞いてタケシは拗ねた顔をする。

 

「なんだよそれー!?」

 

「だってそうだろ?何故なら———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———未来の保証ができねーのはどんな奴でも皆同じなんだからよ」

 

————っ!!?・・・・みんな・・・同じ?

 

タケシの文句に対して重勝がそう発言すると、刀華は先程よりも更に耳を疑う程驚愕して眼を見開き、奇妙な眼差しを重勝に向ける。

 

「世間は【魔力の保有量はその人間の運命の量に比例する】なんてテキトーな事を言ってやがるけどよ、んなもんは昔の人間が偏見で決めつけた言い掛かりに過ぎねーぞ。【Aランクの伐刀者は一人の例外もなく歴史に名前を残す大英雄になる】そうだけど、今までがそうだっただけでこれからそのAランクの誰かがその例外になるかもしれねーし、逆に魔力量がカスい奴や無い奴が今までの大英雄達を超える英雄になるかもしれねー、結局のところやってみねーとわからないんだ、未来なんてモノはよ」

 

タケシの頭から手を離し、立ち上がって周りに集まった子供達を見回した重勝は此処に居る全員に向けて魔導騎士世界の価値観を堂々と否定した。【伐刀者の魔力量はその者の運命の量に比例する】、それは今までの歴史が証明しているとこの世界の世間は言うがそれは憶測に過ぎない、何故ならばこの世界の誰も実際に未来を見た訳ではないからだ。この世界の何処かに未来視の異能を持つ伐刀者ぐらいなら存在するかもしれないが、実際にその未来視で見た未来が事象として起こった訳ではないのならばそれも予測に過ぎない。実際に事象として現実に顕れなければどんなに有力な仮説が有っても運命は証明されないのだ。

 

「だから、みんな叶えたい事があるんなら有りとあらゆる事をやり尽くして必死にそれを目指してみなよ。どんな奴だってその未来は保証できねーんだ、だったら世間の声を気にして何もしねーより自分の意志に従ってやってみた方が百倍人生面白いぜ。それなのに実際にやりもしねーで世間の価値観で叶えたい未来を否定して運命を決めつける奴等は【とんだロマンティスト】ってやつだからよ」

 

「っ!?・・・その言葉は・・・」

 

重勝の説明を子供達の少し後ろで聞いていた刀華は重勝が発言した【とんだロマンティスト】という言葉に反応をして眼を見開き、驚愕に近い感情が彼女の心を埋め尽くした。この言葉は自分達生徒会の信念や破軍学園の生徒達の期待や侮蔑に対して今まで重勝が散々投げつけて踏み躙ってきた忌むべき言葉だったからだ。

 

『なんでだよっ!?なんで大勢の人達の想いを背負った刀華が負けて、何の覚悟も無いお前が勝っているんだ!?答えろよ風間重勝!!』

 

『とんだロマンティストだな御祓、別に難しい事じゃねーだろ?ただ単純に俺が東堂より実力が上だったってだけだろうが、大勢の想いを背負っている奴が勝つとは限らねーんだよ』

 

『ふざけないで下さい!わたくしはともかく刀華ちゃんは背負った想いで潰れたりしません!皆の為に比類無きチカラを発揮する【善意】こそが刀華ちゃんの強さの源泉であり、魂なのですわ!刀華ちゃんを侮辱するのもいい加減にしてください!刀華ちゃんは自分が負けるということがどれ程多くの人間に悲しみを与えることかを知っています!ですから彼女は負けないし折れないのです!刀華ちゃんの事を何も知らない癖に知った事を言わないでください!!何も背負っていない貴方に刀華ちゃんは絶対に負けたりしません!!無論わたくしも!!!』

 

『・・・背負う物が無い奴には負けない?・・・とんだロマンティストだな』

 

「・・・もしかして・・・あの言葉は・・・全部・・・決まってもいない未来を勝手にそうなんだって決めつけたから・・・」

 

今までに重勝が自分達に【とんだロマンティスト】と蔑んだ場面を思い出して刀華は遂にその真の意味を悟ったのだった。ランク差別も、上との才能の差による諦めも、責任を背負う強さの絶対視も、考えてみれば全て未来を【そうであって欲しいという憶測】だけで勝手に決めつけたものだ。重勝はそれこそが現実を見ない【理想主義者(ロマンティスト)】だと言うのだ。

 

「風間さん・・・貴方は・・・」

 

重勝は理想を目指す事を否定していたわけでは無かった。やりもしないで偏見だけで勝手にできない、或いはそうに決まっていると決めつける理想主義者共を否定したのだ。【やり尽くすまで諦めない】、それが風間重勝の絶対的価値観(アイデンティティー)なのだから。

 

「でもさぁ、僕達は火とか水とか電気とか出したりできないぜ。ホントに僕達も頑張れば強くなれるのかよ?」

 

だが口で自分の価値観を訴えたところで疑問が出るのは当然の事だ。子供達の内の一人の少年が手を上げてそれを口にする。

 

「ん?信じられねーか?・・・よしっ!ならこの場に居る全員に面白れーもんを俺が見せてやるよ・・・なあ、東堂!」

 

「え・・・な、なんですか?」

 

感傷に浸っていた刀華は急な重勝の呼びかけによって意識が呼び戻され挙動不審になりながらもその呼びかけに応答する、今まで自分の事を放置していたのにいきなり何だとキョドりながら要件を求めると、当の重勝は口の端を吊り上げて雷切の名を持つ学園の英雄にこう言うのだった———

 

「お前にも見せてやるよ。人間自分の意志を信じて頑張ればお前の雷切だって越えられる可能性があるって事をよ!」

 

それは刀華の代名詞たる伐刀絶技、彼女の伝家の宝刀【雷切】を魔力無しで超えるという大胆不敵過ぎる宣言であった。果たして重勝はこれから彼女達に何を見せるというのだろうか・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




久しぶりの最新話、いかがでしたでしょうか!?(って、主人公なのに幸斗が出てきてねぇ!?(汗))

重勝がよく口に出して相手を罵倒する時に言う某ナンバーズハンターで有名なセリフ【とんだロマンティストだな】の真の意味は理想に対してではなく【決まってもいない未来を決めつける理想主義者】への蔑みだったのです。

憶測や偏見だけで物事を決めつけて行いもせずにモノを言う輩を彼は嫌いますが、叶えたい理想を目指して必死に頑張る人間を否定したりはしません、寧ろ好感を持っています、でなければあの何をやってもダメダメだった幸斗の教官なんてやってませんよ。彼にとって【現実を見ない】とは【やりもしないで決めつける】事なのですので。

さて、大胆にもあの【雷切】を超えると宣言をした重勝。彼はいったい刀華と子供達に何を見せるつもりなのか?・・・次回もお楽しみに!


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