運命を覆す伐刀者   作:蒼空の魔導書

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刀華の独白、明かされる想い

幸斗と刀華は滝のように激しく天から降る豪雨をアイスクリームを抉ったかのような球形に窪んだ横穴の内側から眺めている。

 

「あぶねぇ、ギリギリ本降りくらわずに済んだぜ・・・」

 

「ふふっ、そうだね、着替え持って来ていないから服が濡れなくて本当によかったと思うよ、ここでしばらく雨宿りをして雨が弱まるのを待ちましょうか」

 

横穴の内側に散乱していた木々を幸斗が持ち歩いていたバーナーで燃やして焚火を作り、二人は焚火の側でしゃがみ暖を取る、この雨は長く降り続きそうだ、暗くなる前に止むのは期待できないので二人はある程度雨が弱まったら先に進む事にしたのだった。

 

・・・沈黙していると空気を悪くすると思ったので、刀華は幸斗に話し掛ける。

 

「真田君、学園生活にはもう慣れた?学園に来る前まで連盟の教育施設に居て学校に通って同年代の人達と一緒に勉強とかをした経験が全く無いって聞いたからちょっと気になっちゃって」

 

「別に問題はねぇっスよ、本に書いてある字や数字を見たり先公がする意味不明の話を聴いていると頭がクソ痛くなったりはするけど、メシは美味いし、選抜戦で色々な奴と戦えて楽しいし・・・それにこの五年間会えなかったシゲにもまた会えたしな」

 

「・・・・・そう・・・」

 

学園生活についての話題を振る刀華であったが幸斗が自分の宿敵である重勝の名を出した事によって彼女は気を重くした、幸斗の気を悪くしないように平静を装い彼に小さく微笑んで返事を返したのだが——

 

「あ、そうだ、選抜戦と言えばこの前の涼花と会長さんの試合は見ていてメチャクチャ凄い試合だったぜ、会長さんの雷切を攻略した涼花も凄ぇと思ったけど、何よりも会長さんあの涼花の戦術に耐えきってアイツに降参させるなんてさ」

 

「・・・・・」

 

幸斗が更に追い打ちをかけるような話題をふっ掛けて来たので刀華は沈黙した、意地を通したと言えば聞こえが良いがあの試合は結局刀華が持って生まれた魔力(さいのう)が涼花よりも圧倒的に上回っていたから最終的に勝てたに過ぎず、実力は完全に涼花が上だったと認めざるを得ない、運も実力の内とは言うが戦う気力も残されていなかったところで相手が五体満足な状態で降参して来たのだから屈辱だったのも無理はない。普通ならそんな傷を抉るような話題をされればいくら温厚な刀華とて怒るのだが、幸斗に悪気は無いので彼女は沈黙するしかなかった、ホント幸斗はデリカシーの無いおバカである。

 

この真田幸斗という少年は刀華の越えるべき存在である風間重勝の元教え子だ、だが飄々としていて何を考えているのか理解できない重勝と違って幸斗は自分の信じる道を疑いも迷いもなくどこまでも突き進む眩しいくらい真っ直ぐな心を持っている、一年前に重勝に叩きのめされて以来自分の進む道に少々迷いが生じている刀華にとってこの少年はあまりにも眩しい存在だ、故に刀華はこの少年に聞いてみたい事があった。

 

「・・・真田君・・・私は最近ちょっと悩み事があるんだけど、迷惑じゃなかったら聞いてもらえますか?」

 

「悩み事?生徒会長なのに?」

 

「あはは、生徒会長だって悩みぐらいありますよ」

 

「ふ~ん、でもオレみたいなバカに会長さんの悩みが理解できんのだろうか?」

 

「別に難しい事じゃありませんよ、今から私が言う悩みに対して真田君なりの考えを聞かせてもらえればいいですから」

 

「ん~・・・分かった、言ってみ?」

 

幸斗が了承したので刀華は目の前で揺らめく焚火の火を瞳に映しながら静かに語り出した。

 

「・・・少し昔の話になるんだけど、私は幼い頃に両親を亡くしてとある養護施設にいたの、その施設には私以外にも親を亡くして子供達が大勢いたんだ」

 

刀華がまず最初に語るのは自分が親を亡くした後に入る事になった養護施設【若葉の家】についてだ、東堂刀華という少女の物語はここから始まった。

 

「その施設の子供達は結構仲が悪くていつも喧嘩していたの、私よりずっと不幸な巡り合わせで身寄りを無くして心が傷付いてしまったみたい、中には両親に殺されかけた為に人格が破堤して誰彼構わず乱暴を振るう困った子もいたなぁ」

 

語って聞かせている人物が後輩だという事を忘れているのか丁寧語を忘れていつの間にか素の言葉で話してしまっている刀華。

 

「私はそんな不幸になってしまった子供達を助けて笑顔にしたいと思った、困っている人達のチカラになってあげたいって思ったの、それで私は施設の子供達と徹底的に向き合ってみんなのチカラになるよう努力した、どんなに拒絶されて暴力を振るわれても助ける事を諦めなかった、その甲斐あって私は施設の子供達に信頼を寄せられるようになったんだ」

 

刀華は少しニヤけている、凄く嬉しい思い出なのだろう、なにせ自分の努力が実を結んだ出来事なのだから。

 

「私はみんなの期待を裏切らずにしっかりと応えられる責任感を持つ人間こそが強いんだと確信した、だから私は施設を出た後も大勢の人達の助けになってみんなの期待に応え続けたんだ、そうする事でみんなが笑顔になって多くの人を幸せにできる、それが凄く嬉しいの」

 

他者の為に比類なきチカラを発揮する【善意】が刀華の強さでありそれにより齎される他者の笑顔が彼女の生き甲斐だ、だからどこまでも頑張れる、どこまでも強くなれる・・・・・しかし——

 

「・・・だけど私の想いは・・・最も否定されたくない人に否定されちゃったんだ・・・」

 

みんなから寄せられた期待を一身に背負って飛び続けた少女は・・・自分よりずっと高い大空を飛ぶ少年によって地に叩き落された・・・今までの嬉しそうな表情から一変して刀華は気を落とし、低いトーンの声で話を続ける。

 

「破軍学園に入学して私はとある同級生に憧れを抱いたんだ・・・その同級生は風のように掴みどころが無くて偶に学園の規則を破ったりするからちょっと不真面目な印象だったけれど、困っている人がいたら興味なさそうな不利をして陰で助けていたり、熱心に訓練をする人が伸び悩んでいたらさり気なくアドバイスをしたりして学園のみんなの助けになる事をしていたから私は同じ志を胸に抱く同志を見つけたと思って彼に興味を抱いたの。彼は凄く強くてみんなの注目を集める不思議な魅力を持っていたんだ、一年にして摸擬戦公式戦学園イベント戦全戦全勝、学園のみんなから寄せられる信頼も厚く、空を舞い果敢に戦う姿はみんなに希望を与え、彼は一年にして無敵の序列一位(エース)の名で呼ばれる破軍の英雄となった・・・」

 

刀華はある同級生の話を語る、その同級生とは聞くまでも無い、幸斗の元教官にして彼が兄のように慕う男、風間重勝だ。

 

「私はそんな彼に惹かれていた、彼の隣に立ちたい、彼と同じ高みに行きたいと心から願っていたの、いつの間にかにね・・・・・だけど、彼はみんなを裏切った・・・破軍学園が近年優勝者を出していなくて毎年今度こそ優勝者を出そうと必死に息巻いている七星剣武祭で、彼なら絶対に優勝できると期待されていたにも拘らず、彼は背負うべき期待と責任を放棄して七星剣武祭を投げ出したんだ・・・」

 

今刀華が語ったのは昨年の七星剣武祭で重勝が無断で試合を棄権した時の話だ、幸斗は一月前に如月烈から当時の話について聞かされている。

 

———会長さんはシゲの事を裏切る前からライバル視していたと烈先輩が言っていたけれど、憧れだったんだな、オレと同じように。

 

幸斗にとっても重勝は憧れの存在で越えるべきライバルだ、なので幸斗はこの部分に関しては刀華に共感を抱いた。

 

「ショックだったなぁ・・・彼は同じ志を持つ同志だと思っていたのに・・・憧れていたのに・・・」

 

「・・・会長さん・・・」

 

「私は彼の行動に納得できなくて彼に決闘を申し込んだんだ、私の想いを剣に込めて全力でぶつければ彼に届く筈だと思って・・・だけど私の剣は・・・彼のいる空には届かなかった・・・想いは【とんだロマンティストだな】と否定されちゃったんだ・・・」

 

憧れの人に裏切られ、想いは踏み躙られた・・・これが刀華の心に深い傷を付け、彼女の志を迷わせる原因だったのだ。

 

「真田君・・・大勢の想いを背負って戦うのは間違っているのかな・・・人の為に振るう剣って弱いのかな・・・」

 

刀華はいつも強い意志を感じさせる彼女からは考えられないような弱々しさで幸斗に本題を問いた。目の前の少年はいつだって自分の意志、自分の剣、自分のチカラを作り上げた毎日といつだって自分を前面に押し出して進み続ける伐刀者だ、他人の事などお構いなしに・・・だから答えを聞くのが恐いのだ、他者の為に戦う自分とは完全に異なった強さを持つこの少年はきっと自分を否定するのだろうと思って・・・。

 

「・・・別に間違ってなんかねぇんじゃねーの?」

 

返って来た返答は意外な事に刀華の想いを肯定する言葉だった・・・。

 

「アンタはそれが正しいとマジで思っているんだろ?ならその想いを貫いて進み続ければいいじゃねぇか」

 

「・・・簡単に言いますね」

 

「だって抱いている想いなんて人それぞれだろ、正しいも間違いもあるかよ」

 

人は皆違う、生まれも育ちも考え方も十人十色だ、ならば自分の想いを信じて貫き通せばいい、それが幸斗の返答の意味だった。

 

「・・・ただ・・・確かに今の会長さんの剣じゃあその男には届かねぇな」

 

しかし、想いは肯定するが、剣は否定した。

 

「・・・・・・理由を聞かせてもらってもいいかな?」

 

みんなの為に振るう剣を否定された刀華は内心ショックを受けながらも冷静にその根拠を幸斗に求める。

 

「・・・そもそも会長さん、アンタ剣に想いを込めて全力でぶつかれば届く筈って言ったけど、本当に自分のマジな想いをその男にぶつけたのか?」

 

「?・・・全力でぶつけましたよ、学園のみんなが託した想いを踏み躙った事が許せない、責任を放棄するのは無責任だって」

 

「責任とかの【理性】で抱く想いの事を言っているんじゃねぇ、アンタ個人の【本心】の事を言っているんだよ」

 

「えっ?」

 

「確かに他人のチカラになるってのも会長さんの本心なんだろうよ、だがそれは周りを見て抱いた【理性的な本心】じゃねぇか、オレが言ってんのは自分(テメー)の魂の奥底から湧き出る想い・・・【本能で抱いた本心】の事を言っているんだ」

 

本能———それは【渇望】、人の皮を剥ぎ肉を抉り骨を砕いた神経のその奥、原初の階層に刻まれた純粋な想いだ。

 

「会長さん、この前の涼花との試合で涼花がアンタの雷切を破った時、暴風でよく見えなかったけれどそれが止む直前にアンタ叫んでいただろ?その声にそれを感じた、【剥き出しの本能】ってやつを」

 

涼花VS刀華の試合の最終局面、涼花が鉄の小太刀で刀華の霊装をその手から突き飛ばした後に刀華が霊装の鞘を手に取って涼花の追撃を防ぐ時、幸斗は彼女から【剥き出しの本能】を感じたと言っている。

 

『そうだ、私はこんなところで負ける訳にはいかない!皆の期待に応え、風間さんの前に立つ為にもっ!!!』

 

刀華はその時そう強く渇望し、折れた肋骨が体内の臓器を傷つけて血反吐を吐きながらも意地で涼花の追撃を防いだのだ、これがなければあの時刀華は負けていた。

 

「だけど、普段のアンタの剣からはそれが感じられねぇ、アンタは【責任という理性】で戦い、理性で相手を倒そうとしてやがる、そんなの剣の刃を鞘に収めたままなのと一緒だ、そんなんじゃあ地を這う敵は叩き潰せても気が遠くなる程遠い空には届かねぇぜ、絶対にな」

 

「・・・・・」

 

【剥き出しの本能】から来る想いを出し切らなければ風間重勝には勝つ事などできない、そう幸斗は断言する。【雷切】東堂刀華は今まで他者の為に剣を振るい皆に希望を与える為に戦ってきた伐刀者であり、いつでも背負った責任を第一に考えて行動してきた為に本能を剥き出しにして戦った事など一度だってない、理性を失ったら獣と同じだからだ、感情に身を任せて戦えば我を失い皆を傷つける、そういうものなのだから。

 

「・・・真田君、それは駄目です、本能を剥き出しにして戦えば剣を鈍らせます、それでは何も成せないし何も救えないただの暴力なんですよ」

 

故に刀華は厳しい言葉で幸斗にそう言った、言って聞かせなければならなかった、感情に身を任せて戦い続ければいつかは身を滅ぼす事となるだろう、彼女はそう考えているのだから。

 

・・・しかし、幸斗はそれを否定する。

 

「そんな事はねぇよ、何故ならオレは大切な存在を失って絶望していた時、ある男が剥き出しの本心でオレにぶつかって来て、それでオレは再び前に突き進む意志を取り戻す事ができたんだからな!」

 

「・・・えっ!?」

 

———今、何て言ったの?・・・真田君が絶望していた?

 

真田幸斗という少年は刀華が知る限りではどんな困難も不撓不屈の心でものともしない強靭な精神を持った伐刀者だ、実際に幸斗はいつだって【前に突き進み続ける意志】を掲げて立ち塞がる壁を今まで培って来た毎日の修練によるチカラでブチ壊して来た、その幸斗が絶望した事があるなんて信じられないと刀華は驚愕する。

 

幸斗の絶望・・・それは五年前、世界最強の剣士【比翼】のエーデルワイスの凶刃によって傭兵団西風の団長である風間星流が倒れ、国際魔導騎士連盟の策略によって西風が壊滅し、幸斗等西風の少年伐刀者達が連盟の教育施設に入れられた時の話だ・・・。

 

・・・当時、運命を覆さんと突き進み続ける少年は、心の支えであった星流と団を失い、運命に屈しそうになっていた事があった・・・燃える太陽が沈みかけるように・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 




五年前、心の支えを失って絶望した幸斗を救ったある男とは?次回に続きます。



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