運命を覆す伐刀者   作:蒼空の魔導書

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強さの源泉と自分だけの剣

ミ~ン、ミ~ンと蝉が鳴く、緑生い茂る自然を背景に間に仕切られたネットを挟んで鬼と妃竜は今再び対峙し、激突しようとしていた。

 

「まさかこんなところでアンタにリベンジできるなんてね・・・これも運命の悪戯という奴かしら」

 

余りある強大な魔力が身体中から溢れ出し焔となって天へと昇る、目の前の相手を気高き真紅の瞳で見据え再戦に燃えるは【紅蓮の皇女】ステラ・ヴァーミリオン。

 

「・・・へっ!運命なんかにオレの道を決められて堪るかよ、これは必然だぜ、意志という名のな!」

 

大気を震わせるような凄まじい闘気を発し大地が悲鳴を上げる、その威圧まさに鬼の如し、紅蓮の皇女に相対するは【殲滅鬼(デストラクター)】真田幸斗。

 

学内選抜戦では鬼に軍配が上がった、しかし男子三日会わざれば括目して見よという言葉があるように、一月経てば前に進み続ける者達は見違える程変わるものだ、今の彼等が激突すれば勝利の行方は判らないだろう・・・。

 

「フフッ、それもそうね・・・それじゃあそろそろ・・・」

 

「ああ・・・始めるとしようぜ!」

 

斯くして鬼と妃竜は一月の時を得て再び激突するのだった———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バドミントンで・・・。

 

「いくわよユキトッ!はぁっ!!」

 

シャトルを頭上に放り投げてトスを上げたステラが気合いと共にサーブを打った。

 

バドミントンという球技は魔力の無い非伐刀者でも時速400kmを大きく超える速度で飛び交うシャトルを打ち合うという超高速の世界だ、世界最高峰の魔力で身体強化した膂力をもって打ち出されたシャトルの速度と球威は想像を絶するものであり音の壁を易々と超越して行く。その一打まさにレーザービームの如し、常人がこれを受けたとなればただでは済まないだろう・・・そう、常人ならば。

 

「ドラァッ!!」

 

ステラと相対している真田幸斗という男は常人という枠組みには嵌まらない、彼はステラが放ったレーザーサーブを球威を上乗せするようにして打ち返した。

 

「っ!?アタシのサーブを簡単に打ち返すなんてやるわねっ!」

 

自身満々で放ったサーブがアッサリ破られた事に驚くステラ、更に速度と球威が増したシャトルが大気を貫き超高速で返って来て、それを彼女は更に球威を上乗せして打ち返した。

 

「そう言うテメェこそオレが正面返しして打ち難くした球を器用に打ってんじゃねぇかっ!」

 

幸斗がそれを更に球威を上乗せして打ち返す。

 

「ハァッ!」

 

「オラァッ!」

 

「タァッ!」

 

「ハッ!」

 

時速1000kmを優に超えた球速で白熱したラリーを展開する幸斗とステラ、二人の人知を超えた膂力で振るわれるラケットは衝撃波を発生させて周囲の小物を吹き飛ばし、超高速で宙を翔けるシャトルはもはや常人の目にその姿を捉える事は適わない光の軌跡となっていた。

 

「オリャァアッ!!」

 

「チッ!」

 

「貰ったぁああっ!!!」

 

ステラは幸斗がラケットを引いたところを見切ってシャトルを打ち込み、それによってタイミングを見余ってしまった幸斗は大きくロブを上げてしまい、好機と思ったステラはその強靭な脚力をもって跳び上がり、地上約20m程上がったシャトルを空中でラケットをチカラいっぱい大きく振り下ろして叩き落とす。

 

「ダ◯クスマーーーーーーーーーッシュ!!!」

 

ステラは自分が日本に来てから読んでハマった某テニス漫画の技の名前を叫んでいるが、それと共に急角度で下に打ち出されたシャトルは炎を纏いフェニックスと化したのでもはや別の何かである。

 

何はともあれ炎熱纏いしフェニックスと化したシャトルは音と大気を突き破る超高速と球威をもって流星の如く地上の幸斗に襲い掛かって行く。

 

「はぁぁあああああああっ!!」

 

幸斗はこれを迎え撃たんと左半身を後方に下げて腰を落とし、左手に持ったラケットを上段に引いて構え、気合いを入れて灼熱のような朱い闘気を発する、そして・・・流星のフェニックスと激突した。

 

「うおおおおおおおおっ!!!」

 

人知を超越した腕力をもって振るわれたラケットはフェニックスの頭部を捉えた、想像を絶する威力の衝撃がラケットを通して幸斗の身体を震わせる。

 

「くっ!」

 

余りにも凄まじい衝撃に幸斗は苦悶の表情を浮かべた、素の膂力こそ幸斗の方が上だが20m上空からのスマッシュという位置エネルギーを得たシャトルの球威は凄まじいものだ、幸斗のラケットが徐々にフェニックスに押されて後方に押し込まれて行く・・・しかし———

 

「負けるもんか・・・真の漢はこんなもん————気合いでブッ飛ばすんだよぉぉおおおおおっ!!」

 

幸斗は負けじとフェニックスを押し返す、全身全霊全力全開の気合いと根性を以って、その姿はまさしく・・・闘魂!

 

「うぉぉおおおおおおっ!!波◯球っ!!!」

 

そしてフェニックスは敗れた、太陽よりも熱い気合いと情熱がシャトルを跳ね返し、炎の塊となって一直線に大空より舞い降りて来るステラを襲う。

 

「ちょっ!?嘘でしょぉぉおおおおおぉおおおぉぉおおおおおおっ!!!」

 

炎の塊はステラに抵抗すら許さず彼女を吹き飛ばし弾丸すら超越する速度をもって後方に存在する森を貫き大地を抉って全てを灰塵と化した。

 

「オレの波◯球は10008式まである!」

 

ステラが頭から地に埋もれて勝負が決した事を確認した幸斗はドヤ顔でネタを言い放った。炎の塊が通った跡は何も残っていない、地平線の彼方まで半月状に地が抉れて森の一部に一直線状の道が開通したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幸斗と一輝が知り合って打ち解けた後、彼等は突貫で片付けられた(脇にあったクローゼットが異様に膨らんでいたが、そんなものは知らん管轄外だと言わんばかりに無視した)生徒会室に招き入れられ、そこで砕城が刀華が仕事の助っ人を連れて来てくれたと勘違いをしたのが切っ掛けで刀華はその仕事の概要について幸斗達に話した。

 

『先日新宮寺理事長から生徒会に頼み事がありました、七星剣武祭の前にいつも代表選手の強化合宿を行っている合宿施設が奥多摩にあるのですが、最近そこに不審者が出たそうなので一応生徒会のほうで安全確認をしてきてほしいと頼まれました、合宿所近辺は数日前に私が見て周ったので問題ありません、でも合宿所の敷地には高い山や広い森もあって、貴徳原さんが入院中で人員不足の生徒会だけでは恥ずかしい事に人手が足りなくて・・・』

 

このように説明した後刀華は申し訳なさそうに手伝ってほしいと幸斗達に頼んだ。

 

そこで一輝がその不審者とは何なのかと質問をしたのだが——

 

『それは・・・なんでも体長四メートルくらいの巨人みたいで・・・』

 

『はぁっ!?』

 

『きょ、巨人!?』

 

『巨人ってあれか?【駆逐してやる!】ってやつか?』

 

『う、うん・・・たぶんその巨人で合っていると思います・・・』

 

『ね、ねぇ、巨人って、それ本当なの!?』

 

『随分と食いつくねステラ』

 

『だ、だって巨人よ!未確認生物よ!ロマンじゃない!!』

 

『へぇ、ステラちゃんはそういうの好きなんだ?』

 

『川◯浩探検隊のDVDで日本語を覚えたくらい大好きよ!』

 

『ぶっ飛んだところから日本に入って来てんだな、おい』

 

『それ殆どやらs『副会長、それ以上言ったら何されるかわかりませんぞ』』

 

『ねえねえイッキ!トーカさん達も困ってるみたいだしアタシ達が協力しましょうよ!?ユキトもどうせヒマしてたんでしょ?アタシ巨人に会いたい!』

 

・・・とまあこんなやり取りがあって幸斗達三人はその週の日曜日である現在、カナタを欠いた生徒会メンバーと共に砕城の運転するバンに乗って奥多摩の山奥にある破軍学園の合宿所にやって来ていたのである。

 

緑溢れる森林に高々と聳え立つ山々、そして・・・・・西の方角に半円状の形に抉れて地平線の彼方まで延びた一本の道・・・。

 

「真田君・・・先日の試合の時もリミッターを外した時に放った蹴りの蹴圧で学園より2km先にある高台を崩落させたと理事長が頭を抱えていましたが、まさか少しスポーツをしただけで森を破壊するなんて・・・貴方は少し自重というものを覚えた方がいいですよ」

 

「・・・はい、ごめんなさい・・・」

 

「ステラさんも無闇やたらと能力を使わないでください、事前に能力の学園敷地外使用許可を貰ってきているとはいえ緊急時と戦闘以外で能力を使用するのは感心しませんよ」

 

「・・・はい、仰る通りです、すいませんでした・・・」

 

バドミントンで遊んで周囲に甚大な被害を齎した幸斗とステラは合宿所の側にあるキャンプ場のジャリジャリした砂地の上に正座して刀華(オカン)のお説教を受けていた。毎度毎度戦う度に環境破壊をする幸斗、気に入らない事がある度にキレて周囲を放火するステラ、二人はこれに懲りて少しは自重してくれればいいのだが・・・恐らく無理であろう・・・。

 

「分かればよろしい!・・・さあ、合宿場の広大な敷地を歩き周る為にもまずはお昼を作りましょうか」

 

説教が終わると刀華の呼びかけでここにいる全員が協力して昼食であるカレー作りを開始した。

 

長期任務で人里が無い地域に赴きサバイバル活動をした経験がある元傭兵の幸斗は狩りや釣りなどの自給自足はお手の物である・・・しかし、彼は料理などしなくても【焼けば何でも食える】という困った思考を持ってしまっていてできる料理は【丸焼き】だけである・・・なので刀華が幸斗に与えた役割は釜の火が消えないように薪を運んで来て釜の火にそれを焼べ続ける事であった。

 

「オーライ、オーライ、オーライ———」

 

恋々の先導に従って幸斗は膨大な量の薪を上に担ぎ上げて歩いて行く、そこに積み上げられた無数の薪の高さは幸斗の背丈の数倍はあり重量にすれば数乗はあるであろう、ハッキリ言って釜に使う薪の量ではない、木の家一つ分の材料を丸ごと持って来たようなものである。

 

「はーいサナダ君真っ直ぐ真っ直ぐー、五歩進んだら止まって下ろしてー」

 

「うぃーっす」

 

「・・・・・」

 

尋常じゃない量の薪を釜の隣にドサドサと下ろして山を作る幸斗を見て釜の隣で玉ねぎを切っていたステラは口をパクパクさせて唖然としていた、彼女も腕力には自信があるのだが家一軒分の重量を軽々と運んで来れるのかというと正直言って難しいだろう、それを汗一つ流さずに余裕で運ぶ幸斗にステラはまだまだ大きな差を感じた。

 

———一体何をやったらF-なんてカス魔力でこんな馬鹿力になるっていうのよ・・・。

 

正確には魔力を使用しない素の膂力なのだがそれが幸斗の異常性に拍車をかけているのだから困ったものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一輝は仮設の水道でジャガイモの皮剥きをしていた、彼は四年も一人暮らしをしていたので一定の家事は手際よくこなす事ができる。

 

ジャガイモの皮を剥き終えてそれを水に浸している間に一輝は切り終えたニンジンを皿に載せ刀華の許へと持って行くのだが、エプロン姿で手際よく調理を進めている刀華の姿が目に入り足が止まった。

 

「ん?どうかしましたか?」

 

「あ・・・いや、なんでもないです・・・」

 

その場でぼーっと刀華を眺めていた一輝は気になって振り向いた刀華の声によって正気に戻った。一輝はそこで違和感を感じた、何故調理中の刀華の姿を見てその雰囲気に飲まれていたのだろうかと。

 

先日の試合で涼花と限界ギリギリの死闘を繰り広げていた彼女の闘気を見てもここまでのものは感じなかった、不思議に思ったがとりあえず一輝は持って来たニンジンを刀華に渡した。

 

その後刀華と少し暖かな談笑をして彼女が後は一人でできるので休んでいて下さいと微笑みながら言うのでお言葉に甘えて一足先に炊事場を抜け出したのだが——

 

「ふっふっふ、どうしたんだい後輩クン、刀華のおっきいお尻に見とれてたのかなぁ?」

 

「い、いえ、違いますよ!」

 

さっき刀華を見つめてぼーっとしていた事を飯ごうで米を炊いている泡沫に意地悪な笑みで追及されたので一輝は焦り声を荒げて弁明をする。

 

「そうじゃなくて・・・自分でもよくわからないんですが、こう、目を奪われたんですよ、東堂さんが炊事場に立つ姿に・・・なんていうか、そこに目を逸らしちゃいけない何かがあるように思えて」

 

「ふぅん、一目でそれに気が付くなんて後輩クンはやっぱりただ者じゃないね」

 

「・・・どういうことですか?」

 

「あの立ち姿に見逃しちゃいけない何かを感じたんだろう?その感覚は正しいって事だよ、あの姿こそ刀華の核、彼女の強さの源泉みたいなものだからね」

 

「強さの源泉?」

 

「ああ、昔から刀華を見てきたボクはそれをよく知っている」

 

そして泡沫は自分達の過去を織り交ぜて刀華の強さの源泉について語りだした。

 

昔、刀華と泡沫はカナタの実家である貴徳原財団が運営している【若葉の家】という養護施設にいた。様々な事情を抱えて身寄りをなくした子供が沢山いるその施設の子供達は当時雰囲気が悪く、似たような境遇のグループを組んで些細な事で傷付け合って苦しんでいたが、そんな中で刀華は皆を笑顔にしようと頑張っていたらしい。

 

東堂刀華という少女は昔から人の世話を焼かずにはいられない御人好しである、親に殺されかけて人格が壊れ手に負えない程乱暴だった当時の泡沫に何度も何度も傷付けられても絶対に彼の事を見捨てずに向き合ったらしく、その甲斐あって泡沫は人間らしい感情を取り戻せたようだ。

 

そんな心優しい刀華に泡沫は今でも刀華に感謝していて彼女の事が大切なのである。

 

ある日泡沫は刀華に【どうしてそんなに強いのか?】と尋ねた、そうしたら彼女はこう言ったらしい———

 

『私はたくさん両親に愛してもらった、たくさんの笑顔と愛情をもらった、その思い出は両親が亡くなった今でも私を支えてくれているの、だから私も他の子供達を笑顔にしたい、みんなの支えになるような思い出を作ってあげたい、人を愛する事は両親が自分に教えてくれた大切で大好きな事だから』

 

この話を聞いて一輝は理解した、東堂刀華という少女の強さの源泉とは【善意】———自分の為ではなく第三者の為に比類無きチカラを発揮する慈愛の心であると。

 

「その言葉通り刀華は施設を出た今もずっと【若葉の家】のみんなに笑顔と勇気を与え続け、学園のみんなの期待に応えてみんなを導き続けている、親なしだろうとなんだろうとすごい人間になれるんだということを身を以って示し続けてくれている・・・全国でも指折りの実力派学生騎士【雷切】として活躍し続ける事でね・・・・・・それを【アイツ】は・・・」

 

この時泡沫は子供のようにあどけない普段の印象からは考えられないような憎しみに満ちた歪んだ表情を一瞬だけ浮かべていた、一年前にみんなの期待を裏切って自分の大切な刀華を完膚無きままに叩き潰した黒い剣士を思い出して。

 

『なんでだよっ!?なんで大勢の人達の想いを背負った刀華が負けて、何の覚悟も無いお前が勝っているんだ!?答えろよ風間重勝!!』

 

『とんだロマンティストだな御祓、別に難しい事じゃねーだろ?ただ単純に俺が東堂より実力が上だったってだけだろうが———』

 

———大勢の想いを背負った奴が勝つとは限らねーんだよ———

 

「クソッ・・・」

 

「・・・どうしたんですか?」

 

「・・・いや、なんでもないよ、少しつまみ食いでもしようかなって考えていただけ」

 

「それ、口に出して言っちゃいけない事ですよね?」

 

「あはは☆そうだね、後で刀華の長~いお説教を受けるのは勘弁だから止めておくよ」

 

泡沫は一瞬の悪態を一輝に感づかれそうになったので適当な事を言ってごまかした、泡沫にとってあの時重勝が言った言葉は刀華の強さを全否定する忌むべきものだ、みんなの期待を裏切るような奴に東堂刀華が負けるなんてあり得ない、いや、あってはならない、故に彼は東堂刀華の凄さを語り他に知らしめる。

 

「後輩クン、君は強い、正直予想以上だった、ボク程度じゃ歯が立たないしカナタですら危ういと思う・・・だけどそんな君でも刀華には勝てない、刀華の強さは別格だ、なぜならあの子は自分が負けるということがどういうことか、どれほど多くの人間に悲しみを与えることかを知っているから、だから負けない、だから折れない、あの子と君では【背負っているモノの重み】が違うんだ」

 

泡沫は【背負っているモノの重み】を強調して断言する、まるで話相手にそうあるべきだと言い聞かせるように。

 

———そうだ、刀華の背負った期待と責任の大きさは生半可なモノなんかじゃない、あんな奴が言った戯言なんて気にする必要なんて無いんだ。

 

そして自分にも言い聞かせていた、泡沫の脳裏に過ぎるのは先月の風間重勝VS貴徳原カナタの試合でカナタが見るも無惨な姿になっても死力を尽くして立ち向かい今泡沫が言った事と同じ内容を大空から見下す重勝に言い放った時に彼が冷たく返して来た言葉だ。

 

『貴徳原・・・お前は何もわかっていねぇ、友や大勢の人達のチカラになる事を躊躇わねーだ?それは自らを犠牲にしてでもする事じゃねーだろ、東堂もそうだがお前等は自分の事に無頓着過ぎだ・・・第三者の為に尽くすのは結構だがそれで傷ついて死んでそいつ等を悲しませたら本末転倒だろ?・・・【若葉の家】だか何だか知らねーけど背負った想いの重みで潰れちまったら意味・・・ねーだろ・・・俺、何か間違った事言ったか?』

 

『・・・背負う物が無い奴には負けない?・・・とんだロマンティストだな』

 

———・・・いつ思い出してもムカつく、刀華やカナタの事を何も知らないくせに!

 

認めない、認めるわけにはいかない、東堂刀華が風間重勝より下だなんて現実(リアル)など周りにだって認めさせはしない、故に目の前の後輩に認識してもらう為に強く断言した、何も背負っていない、背負う事のできない人間は刀華には勝てないと。

 

「・・・・・・」

 

案の定一輝は泡沫の断言に応答を返さずに視線を楽しそうに料理を作る刀華に向けて思いをはせていた。

 

———・・・確かに、そういうものは僕にはない・・・。

 

泡沫の言った重みが一輝の剣には宿っていない事の事実が一輝の信念を歪ませ始める、自分の理想とする自分になる為に何があっても進み続ける意志が消えて行く、お前の軽い剣では東堂刀華を倒す事などできはしない、そんな言葉が心の中を蝕んで一輝の信念は深い闇の中に沈みかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・」

 

気が付けば一輝はキャンプ場の近くにある河原の前で黄昏ていた。

 

【君では刀華には絶対に勝てない】、泡沫から刀華の強さについて語られそう断言した時、得体の知れない恐怖心を感じて気付かぬ内に逃げ出していたのだ。

 

———僕は・・・今まで何を思って剣を振っていたのだろう・・・。

 

今まで積み上げてきたモノが足下から崩れ落ちるような感覚を一輝は感じていた。魔導騎士の名家に生まれながら伐刀者としての才を持たず誰からも要らない者とされてきた自分は誰の為でも無く自分が他者に認められたいが為にひたすら騎士の高みを目指してきた、他の誰でもなく自分自身の為に。

 

対して東堂刀華は伐刀者として優れた才を持ち、両親が亡くなり天涯孤独の身となっても他者を助け、他者を導き、大勢の人間の期待を一身に背負う事ができる。

 

自分と彼女はあまりにも違う、違い過ぎる。

 

才能が違う、精神が違う、信頼が違う、秘めた想いが違う・・・自分の持っているモノは彼女の背負っているモノと比べたらあまりにも矮小だ。

 

———理事長が僕を学園から卒業させてくれる条件は七星剣武祭で優勝する事だ、目指さなければならないのが頂点である限り出場する全ての学生騎士を倒さなければならない、例え東堂さんだろうと・・・でも・・・。

 

・・・勝てる気がしない、一輝の心は今比べる者の大きさに臆して弱気になっていた・・・その時、一輝の背後から声が掛かった。

 

「こんなところに居やがったか、メシできたぞ一輝」

 

「・・・幸斗君・・・」

 

「・・・何だよ辛気臭い面しやがって、ステラと喧嘩でもしたか?」

 

やって来たのはカレーができて一輝を呼びに行かされた幸斗だった、声に振り向いた一輝の表情がムカつくぐらい暗かったので幸斗はそう言って一輝の横に立った。

 

「はは、違うよ、ちょっと考え事をしていてね・・・」

 

「考え事?」

 

「うん・・・何もない人間が幾ら頑張っても大きなモノを持った人の為に剣を振るう人には敵わないのかな・・・」

 

一輝は思わず悩んでいる事を洩らす、自分と同じで魔力に恵まれず我武者羅に進んで来た幸斗が相手だったから口に出してしまったのだろう。

 

「・・・幸斗君・・・君はどんな事を考えて剣を振っているの?よかったら聞かせてくれないかな?・・・」

 

だから聞きたくなったのかもしれない、自分と同じで才能に恵まれず、特に周りから期待を寄せられているわけでもないにも拘らず確固たる意志を以って剣を振るい前に突き進み続けるこの少年の強さの源泉は何なのかを。

 

「・・・話してやってもかまわねぇが、その前に聞きてぇ事がある———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———一輝、お前自分の剣を何だと思ってやがる?」

 

幸斗は川に向けていた視線を隣に立つ一輝の眼に真っ直ぐ向けてそう言った、唐突に返された意味深な質問返しに一輝は困惑する。

 

「・・・ごめん、質問の意味がよくわからないんだけど・・・」

 

あまりに意味不明な質問だったので一輝はそう返すしかなかった、それはそうだ、騎士の高みを目指す為、夢を掴み取る為、大切な人を護る為など剣を握る理由は多々あれど剣そのものは相手を斬り討ち倒す武器・・・剣は剣としか言えないだろうから。

 

そんな一輝の内心を察してか幸斗は流れに任せるかのようにそのまま語りだした。

 

「・・・一輝、オレが五年前に壊滅した傭兵団【西風】の団員だって事は知っていたな?」

 

「・・・うん、先日の試合の時に観客席で理事長から教えてもらったよ」

 

「なら話は早ぇな・・・十一年前、オレの住んでいた町がテロリストによって焼き討ちにあってオレは両親を亡くし、【傭兵王】の異名を持つ西風の団長に拾われて西風の団員になった」

 

幸斗が語りだしたのは自分の過去にあった出来事についてだった。

 

「オレはこの通り伐刀者の才能が無ぇし、それどころか頭もバカだし、剣も銃もからっきし、機械関係もチンプンカンプン、雑用だってまともにできねぇ能無しだった・・・壊滅した五年前こそ全員が全員を信頼し合う絆で結ばれた最高の団だった西風もその頃は団員の半分以上が学園のクソ共のような才能至上主義の脳ミソな奴等でな、ソイツ等に無能なオレはいつも馬鹿にされていたんだ・・・オレはそれがすげぇ悔しくてよ、負けたくなくて意地になってソイツ等に言ったんだ、【オレの剣は運命を砕く剣だっ!持って生まれた魔力なんかに負けねぇ!テメェ等今に見てやがれ!いつか吠え面掻かせてやるからな!!】ってな、当然ソイツ等はその場で大爆笑してオレを嘲笑ったがオレは我武者羅になって剣を毎日振り続け、シゲがつけてくれた無茶苦茶キツイ特訓の甲斐もあってオレはなんとか実戦に出れるようになったんだ」

 

幸斗が語る過去の話を一輝は一言も発さず真剣に聞いて思いを馳せた、やはり自分と似ていると。

 

一輝も伐刀者としての才能が無くて実家の人間に厄介者呼ばわりされ自分の味方は妹の珠雫ぐらいしかおらず自分が無能なのが悔しくて必死に剣を振るい魔導騎士を目指しているのだ、一輝は幸斗の過去に共感を覚えたがそれがどのようにして彼の強さに繋がるのだろうかと思い、語り続ける幸斗の話に耳を傾け続けた。

 

「そしてオレは七歳になった時初めて実戦で戦闘をする事になった、小規模テロ組織の殲滅作戦でな、敵の数は数十人くらいで伐刀者の数はそれほど多くなかったから西風にとって大した相手じゃなかった、だから作戦の実動部隊はオレと団長を含めた数十人の少数で決行する事に決めて敵のアジトへと突入したんだ・・・ところが敵には隠し玉がいた、《巨岩(きょがん)》のタイタスっつう身体を硬てぇ岩体に変える能力を持ったCランク伐刀者がいやがったんだ・・・アジト内部を知り尽くしている敵は上手く地形や罠を利用してオレ達を分断して各個撃破する策を使い、オレは運悪くタイタスの野郎とタイマンをする事になっちまったんだ」

 

幸斗は休む間も無く語り続ける。

 

「団長や今のオレならタイタスは敵にもならねぇザコなんだがその時のオレは普通の岩を欠けさせる事ぐらいしかできねぇヘナチョコだった、言うまでもなくオレはタイタスにフルボッコにされ地に踏みつけられた、その時に野郎はこう言いやがったんだ、【わかったかガキ、これが魔力の差ってやつだ、魔力量とは運命のデカさ、テメェのカスみてぇな魔力で俺に勝てるわけねぇんだよ!これは運命で決まっている!!】とバカ笑いしながらな、オレはその時暗くて冷てぇ何かに身体が沈む感覚がした、口はふざけんなと吼えていたけど意志が死にかけていやがったんだ、オレの剣はこの程度のものだったのかって胸糞悪い事を考えちまってな・・・それで野郎の言葉とチカラに屈しそうになって意志が消えそうになったその時、上の階で戦っていた団長が飛び降りて来てタイタスに跳び蹴りをかまして壁にブッ飛ばしてオレを救ってくれた・・・一輝、その後団長はどうしたと思う?」

 

「いきなり質問?・・・そうだね、やっぱり状況を見てその時の幸斗君の実力じゃタイタスを倒せないだろうと判断して代わりに戦ったんじゃ・・・」

 

「不正解だぜ・・・正解は【無様に倒れているオレの胸ぐらを掴み上げてオレの顔面を一発ブン殴った】だ」

 

「えっ!?」

 

「あの時の一発は効いたぜ、【幸斗ぉっ!歯ぁ食い縛れぇぇっ!!!】と地面を転がるくらいブッ飛ばされたからな、それでオレは一瞬団長に幻滅されてしまったかと思ったんだがその後団長は圧倒的な不敵の笑みでオレにこう言ったんだ【目は覚めたかよ幸斗、お前自分の剣を何だと思ってやがる?お前の剣は運命を砕く剣だろうが!そんな凄ぇモン持ってんだ、何も恐れる必要はねぇ、お前が自分が信じた意志を貫き通して戦えばこんな能力だけの岩ヤローなんか敵じゃねぇ筈だ!!】とな」

 

「それってさっき幸斗君自身が団のみんなに言った」

 

「そう、馬鹿にされたのが悔しくて意地になって言ってやった戯言だ、団長はあの時陰で聴いてやがったんだ・・・団長はオレの戯言を本気で受け止めてくれていた、オレならタイタスをブッ倒せると信じてくれたんだ、オレは団長のその言葉で前に突き進む意志を取り戻し、団長が後ろで見てくれている中全力全開でタイタスに立ち向かってボロボロになりながらも野郎を倒した、そして団長はオレの頭を撫でながらこう言った、【いいか幸斗、自分を信じろ、持って生まれた才能でもねぇ、他人から背負わされた期待や責任でもねぇ、自分の信じた剣を信じろ、自分の信じた意志を信じろ、自分の信じた自分を信じろ、必死こいて剣を振るい続けた毎日は無駄なんかじゃねぇ、未来(あす)を信じて積み重ねた【毎日のチカラ】は剣に宿ってお前の唯一無二のチカラになるんだぜ】とな」

 

「あ・・・」

 

剣に宿る重みは誰から背負った想いの大きさではなく自分で決めた想いの大きさ、【信じ続ける毎日の積み重ね】が真田幸斗の強さの源泉だと一輝は理解した、自分が本当に心から決めた想いならどこまでだって貫くことができる【信念】、この少年はそういう強さを持っている、考えてみれば刀華の【善意】だって人から言われたからではなく刀華自身が想いのままに選んだ道なのだ、強いに決まっている。

 

そして一輝自身はどうだ・・・実家を飛び出し、各地の剣術道場に道場破りをして周って様々な剣技を盗み、学園の講師を打倒してまで破軍学園に入学し、実家の妨害で授業を受けさせてもらえなくて留年したというのに諦めず、一刀修羅なんて使い勝手の悪い伐刀絶技を編み出してまで魔導騎士を目指し続けられるのは何故だ?自分の今までを、自分の毎日を、自分の意志を、自分の可能性を信じ続けているからではないのか?

 

「一輝、オレがどんな事を考えて剣を振っているのかと聞いたな?そんなの決まっているだろ、【突き進む!】それだけだぜ。オレの剣は運命を砕く剣だ、それは今でも変わらねぇ、壁が立ち塞がるならブチ抜いて進む!道が無ければ自分(テメェ)で切り拓く!魂の熱風が未来(あす)へと吹き荒れる!!オレを誰だと思ってやがる!?オレは真田幸斗だ!!運命を覆す伐刀者だ!!オレの前に立つ敵(うんめい)は例え会長さんだろうが全国の学生騎士だろうが全部ブッ倒すっ!!!」

 

燃えるような闘志を燃やした灼熱色の眼で真っ直ぐ一輝の眼を見て毅然とそう言い放つ幸斗、その火山口からマグマが噴出するような威勢に一輝は圧倒された、先程刀華の雰囲気に飲まれた時以上だった、そして同時に思い出した、自分も自分で決めた道を信じてしっかりと進んでいたではないかと。

 

———ああ、僕はなんて思い違いをしていたんだ、しっかりと持っているじゃないか、【自分の可能性を信じ続ける意志】の強さを。

 

心を覆っていた闇に光が射して闇が消え去っていく感覚がする、背負っている重みが違うからなんだ?届かないのなら何が何でも届かせるだけ、そう、今までと何も変わらない、絶対に敵わないような相手に立ち向かうなんてFランクの一輝にとっては今更だろう。

 

【雷切】東堂刀華は確かに強い、実力も秘めた想いも・・・だけどその強さの源泉は結局のところ【東堂刀華だけの強さでしかない】、当然だ、刀華の通った道と想いは彼女だけのものなのだから同じ物差しで測ろうとする事自体がそもそもの間違いだったのだ。

 

———そう、僕は僕自身の強さと想いを・・・僕の最弱(さいきょう)を以っていつも通りぶつかればいい、それが僕の剣なんだから。

 

一輝の心にもう迷いは無かった、自分の剣は決して軽くなんかない、そう確信・・・いや、そう信じる事にしたからだ。

 

「イッキー!ユキトー!カレー冷めちゃうわよー!早く来なさいよー!」

 

「ホラ、愛しの皇女サマが呼んでるぜ?さっさと行くぞ!」

 

「う、うん・・・」

 

あまりにも来るのが遅かったので追加で呼びに来たステラの声が聴こえて二人はキャンプ場に戻る事にした。

 

幸斗が前を歩き一輝がその後ろを着いて行く・・・一輝は幸斗の背中に大きな意志を感じてある想いを抱いていた。

 

———幸斗君、君は凄い騎士だ、周りが何を言おうがどんな挫折を突き付けられようとも自分だけの剣で進み続ける確固たる意志を持っている・・・ステラと珠雫が敵わなかったのも納得したよ、なんの才能も無くても自分が積み重ねて作り上げた自分のチカラを信じているから強いんだね・・・・君がステラを負かして彼女との約束が破れてしまってからというもの僕は七星剣武祭で優勝する事だけを考えていたけれど、改めて思ったよ———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

————そんな凄い君に・・・・・僕は勝ちたい!

 

黒鉄一輝は真田幸斗という伐刀者を今年の七星剣武祭最大のライバルだと認識したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の話は前々からやると決めていました、相手がどんなに強かろうが何を背負っていようがそれが絶対に勝てない理由にはならないだろうという個人的な思いがこの話には込められているのですが、いかがだったでしょうか?

人の強さは千差万別、人それぞれが違う強さを持っている筈です、そこに優劣なんてない、大切なのはどれだけその自分の強さを貫き通せる意志を持っているかだと自分は思いますね。




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