「ん、あっ!んあっ♥」
薄暗い鏡張りの室内に少女の艶めかしい喘ぎ声が木霊している。
「へっ、暫く見ないうちになかなかいい身体になったな楯無、手が吸い付くようだぜ」
「やんっ、そんなにハッキリと言わないで、恥ずかしいじゃないの———あんっ♥」
ほぼ裸に近いビキニ姿の楯無が室内中央にあるキングサイズのベッドの上にうつ伏せになり、彼女の身体を跨ぐようにして彼女の上に覆い被さる重勝がリズムに合わせるように上下運動をしている。
「口はそう言ってるけど身体は正直みたいだぜ、ほらここがいいんだろ?」
「ああぁん♥気持ちいい!とろけちゃうぅっ!」
重勝が上下に動く度に快楽が身体を駆け巡り狂うように喘ぐ楯無。
元服した若い男女がラブホテルの一室のベッドの上で重なり合い快楽の海に溺れる・・・そう、何をしているかなんて野暮な事は聞くものではない、こんな場所で男が女に快楽を与えて喘ぎ声をあげさせる行為など決まっている———
「んんっ、ほんとシゲ君マッサージ上手いわねぇ、気持ち良すぎて思わず声に出しちゃったわ」
そう、マッサージである・・・。
重勝が楯無の背中から脇腹を両手で解すように揉み回し、日頃の生徒会の仕事や家の任務などで披露した彼女の身体を癒す・・・楯無は気持ち良さのあまりに緩みきった顔をしていた。
「まっ、教官時代に頑張って課題をクリアした奴の労いを兼ねてやっていた事なんだが、喜んでもらえてなによりだ」
「あら随分教え子想いの教官じゃない、あの子の言った通りね♪」
「あの子って・・・そう言えば貪狼にはアイツが入学したんだったな・・・」
「ふふ、なかなか優秀な生徒だったから生徒会にスカウトして庶務をやってもらっているわ♪」
「・・・・」
重勝は自分の教え子が厄介な奴に目を付けられたなと同情して話題を変える。
「ところでさ、お前今年の七星剣武祭には出場するの?去年は更識の仕事と重なって出場辞退していたけど」
「勿論今年は出るつもりよ♪うちの理事長が今年は優勝を狙うって息巻いているしね、最近倉敷君も必死に個人訓練をして実力が上がっているみたいだし、君の元教え子君もいるし、貪狼が七星の頂きを狙える戦力は十分あるわよ!」
「へっ!言ってくれるじゃねーか、だが破軍だって負けちゃいねーぜ、この前お前のところのエースに勝った黒鉄一輝を筆頭に東堂や如月兄弟、そして幸斗と姫ッチだっているんだからな!」
【戦力充実】と書かれた扇子を掲げて七星剣武祭は貪狼がもらうと宣言する楯無に対してそれに対抗するように破軍の戦力を言う重勝、だが楯無はその中に重勝自身の名が無い事に疑問を抱いた。
「・・・ねぇ、君はどうなの?もしかして最後のチャンスなのにまた出ない気?」
「さーな、選抜戦の結果次第だ」
重勝は楯無の問いに【選抜戦の結果次第】と答えた、【代表に選ばれたら】ではなく・・・。
「そう・・・まぁ私も人を導く立場なうえに世の裏に通ずる一族の当主だから能力至上主義の魔導騎士世界の現状は理解しているわ・・・でも最後くらい自分の為に戦ったていいんじゃない?」
現在楯無は二年生なのでもし今年急な仕事が入って七星剣武祭の出場を辞退する事になっても来年がある、対して重勝は最上級生である三年生であり、今年を逃したらもう七星の頂きを狙うチャンスは二度と訪れない、【七星剣王】の称号は全ての学生騎士にとっての夢であり、憧れであり、最も価値のある称号なのだ。重勝にはそれを掴む実力が十分にあるというのにそれを自ら放棄する事は普通ならありえないと思うだろう、しかし———
「悪りぃ、俺の性分なんだ、努力が必ず報われるわけじゃねーっつうのは理解しているけど元教官として努力が実りそうな奴すら生まれながらの才能が無いってだけで理不尽に潰される現状を認められねーんだわ」
重勝は自分の栄光よりも才能の有無だけで努力すら否定される世界を・・・少なくとも自分の目の届く範囲の現状を変える事を優先した、例え自分がいくら周りに嫌われようとも・・・それに報われそうな努力すら否定されては教官としての本分を失ってしまう、上を目指そう、前に進もう、そんな志を持つ者達を教え導き未来へと羽ばたかせるのが教官なのだ。
「・・・損な性分ね、人の事は言えないけど・・・」
「まーな・・・それより依頼と契約の話をしようぜっと!」
「んあっ♥」
重勝は楯無にマッサージを続けながら調査依頼の話を切りだした。
「依頼内容は国際魔導騎士連盟【倫理委員会】の身辺調査、調査対象は【五年前の北九州市最北端の村で起きた大量虐殺事件に関わった人物の特定】だ」
「・・・そう・・・やっぱり君も倫理委員会が怪しいと思っているのね・・・」
「君も?・・・てことはお前も倫理委員会が怪しいと思っていたって事か?」
「そうよ、五年前のその事件の直後から更識家は彼等が怪しいと睨んでいたわ、表向きに事件の犯人とされている【比翼】のエーデルワイスは世界最悪の犯罪者とされているけれど無意味な殺生をする人物じゃないわ、十中八九真犯人が彼女が北九州の近くに潜伏していたのを利用したのでしょうね」
エーデルワイスはたまたま死絶島に潜伏していただけで大量虐殺事件の犯人ではない、西風を追い詰め団長にして重勝の父親である風間星流の命を奪ったのは事実彼女であるがそれは西風が全軍で彼女に戦いを挑んだ結果でしかないのだ。
「そして壊滅状態の西風を待ち構えていた魔導騎士達の手際が良すぎる、明らかに西風の動きを完全に把握していたとしか考えられないわ」
楯無は次々と自分の推測を話していく。
「【突然起きた犯人不明の大量虐殺事件】に【偶然死絶島に潜伏していた比翼】に【手際が良すぎる魔導騎士達】、そして【連盟に所属しないで活動して成果を上げていた西風を彼等は目の敵にしていた】、そして【日本の魔導騎士達を取り締まり日本の情勢にも通じている倫理委員会】・・・エーデルワイスが犯人じゃないとすると一番怪しいのは倫理委員会だと考えられるわね・・・」
「俺の推測も全く同じだな、なら話は早ぇ、この依頼引き受けてくれるな?」
「勿論よ、五年前から気になっていた案件だったしね、私達は他者から依頼されなければ下手に動けないから都合がいいわ」
楯無は重勝の依頼を気兼ね良く引き受けた。
「そうか、んじゃ報酬h「報酬はいらないわ、その代わり今から手伝ってほしい事があるの、君にしか頼めない事よ♪」・・・何だ?」
報酬の代わりに手伝ってほしい事があると言った楯無に重勝は嫌な予感を感じて警戒しながら聞き返した、すると楯無が色っぽい声で———
「でもそ・の・ま・え・に♪最後にお尻を揉・ん・で♥」
と、薄い一枚の水着に包まれたムッチリとした大きなお尻をいやらしく左右に振りながらおねだりしてきた、彼女はどうしても重勝を揶揄いたいらしい・・・しかし、普通の健全な青少年なら性的な魅力たっぷりの楯無のお尻を前にして本能と理性がせめぎ合い羞恥心で顔を真っ赤にしてたじろいでしまうだろうが、生憎この風間重勝という男にはその手は通用しない。
「はいよ」
「きゃっ!?んあっ♥ちょっと!?んんっ、少しくらい動揺しtあんっ♥」
「ん~、ここはあんま揉む必要なかったんじゃねーか?至って肉付きと形のいい張りのあるいい尻だぜ?」
「にっ、肉付きがいいとかいい尻とか口に出して言うなぁぁぁぁああああああっ!!!」
重勝は全く躊躇わず真顔で楯無のお尻を両手で水着越しに鷲掴み、左側を時計回り、右側を逆時計回りに大きく大胆にネットリと揉み回し始めたので楯無は今度こそ性感帯を刺激されて喘ぎ声を出し顔を真っ赤に染めて文句を言おうとするのだが、重勝がお尻の健康状態を真顔でハッキリと口に出して言ってきたので楯無は羞恥心のあまり叫んだ・・・が、重勝は手を緩めてくれない。
「んぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ♥」
ラブホテルに相応しい艶めかしい絶叫が室内に響いた(笑)。
楯無はお尻のマッサージの後に「ついでにおっぱいも♥」と言おうとしたのだがこの無神経男にそんな事を言ったら間違いなく葛藤も恥じらいもせずに真顔で躊躇なく自分の乳房を揉みしだいてくるだろうと悟ったので断念したのだった。
「未来(さき)を指し示せ!重黒の砲剣(グラディウス)!!」
ラブホテルのチェックアウトを済ませた二人は無人の港へとやって来た。
楯無は連盟よりある依頼を受けていた、それはここから約6400km南東のハワイ沖上空で《大国同盟(ユニオン)》が極秘に開発をした対伐刀者用無人兵器が試験稼働実験中に突如暴走し日本に向かって来ているので騒ぎになる前に撃墜してほしいとの事だった。
破軍学園の制服ではなく黒いジャケット姿の重勝が霊装を顕現する、楯無の頼みというのはその無人兵器の撃墜を手伝ってほしいという事だった。
———何でコイツはそんな一大事にマッサージなんか強要してきたんだよ?
重勝がそう思うのも当然である、下手をしたら日本が危ないというのにどう考えてもラブホテルなんかでマッサージをしている場合ではない非常事態なのに楯無は余裕ぶっていたからである。
それはそうと突然だが、刀華の二つ名である【雷切】は彼女の伐刀絶技、超電磁抜刀術《雷切(らいきり)》があまりに強すぎて鮮烈だった為にそのまま彼女の二つ名になったのである。
「蒼天に舞え!《霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)》!!」
それなら固有霊装(デバイス)がそのまま二つ名になる事だって十分にあり得る、そう、更識楯無がまさにその例であった。
周囲の水素が霧となって楯無を包み込む、やがて霧が晴れると楯無は両腕両脚を中心に機械的なアーマーを纏っていた。
「腕と脚以外殆ど露出してっけど一応全身装甲型の霊装だな・・・そういや昨日試合した桃谷も全身装甲型の霊装だったな・・・」
重勝は昨日瞬殺した桃谷の全身甲冑の霊装《ゴリアテ》の事を思い出してそう呟いた、全身装甲型の霊装は珍しく希少なので驚くのも無理はない。
「さぁて、行こうか助手君!」
「誰が助手君だ誰が!?」
楯無の左右に浮いているクリスタルのような物体———《アクア・クリスタル》が水のヴェールを展開して大きなマントの様に彼女を包み込み、彼女の身体が浮遊する、楯無も重勝と同じで空戦可能な伐刀者であるのだ。
彼女が飛行しているのは霊装の能力であり動力は【蒸気】、そう、楯無は珠雫と同じ水を操る伐刀者であった。
————成程、確かにこれは俺にしか手伝えない件だな、殆どが飛べない伐刀者に対抗する為の兵器が高速機動の飛行兵器とは考えたじゃねーか!
重勝は心の中で対伐刀者用の兵器を作った名も知らぬ誰かを称えた、制空権を取れば殆どの伐刀者相手に有利に戦える事は重勝が一番よく知っている、しかしそんな物は風間重勝と更識楯無には通用しない。
「細かい事は気にしない!今は一大事なんだから文句を言わずに行くわよ!」
「その一大事にマッサージを強要してエロい声を出していたのは誰だったのかな?この処女が」
「なっ!?処女は関係ないでしょ!」
「んじゃ行くぜ!」
「ちょっ!?待ちなさいよ!!」
顔を真っ赤にして文句を言っている楯無を無視して重勝は飛び立った、目指すは南東、目標は日本に向けて暴走して来ている最中の無人兵器だ。
————悪りーな幸斗、姫ッチ、お前等の応援に行けそうもねーや
本日強敵と試合をする元教え子達の応援に行けない事を心の中で謝罪し重勝は音を置き去りにして超音速の世界に入った。
『うぅ・・・クソッ、クソッ!!』
河原の傍で夕焼け色の髪の幼い少年が涙目で木の棒を地面に叩き付け続けている。
『まぁたやってんのかあの無能なガキ?』
『いくらやったって無駄な努力だろアレ?伐刀者は魔力が無ければゴミだぜ』
『しかもアイツ魔力どころか剣も銃も体術もからっきしダメで空間認識能力も野球のゴロすら捕球できない程貪くさいし掃除させたら前より汚れているし買い物に行かせたら金失くして迷子になっているし計算なんか1+1すら11や88なんて答えやがるし何をやらせてもまるで才能ねぇんだぜ?』
『うわぁ・・・11はともかく88なんてどっから出てきたんだよ?』
『あんなの相手にするだけ無駄だな、無能が移っちまう』
『違いねぇ!』
『『『『『『アハハハハハハハッ!』』』』』』
これはかつて幸斗が西風に入って一ヶ月経った頃の記憶だ、ごく普通のDランク魔導騎士の両親の間に生まれた幸斗は四歳の時テロリスト集団に住んでいた町を焼き払われ両親は帰らぬ人となってしまった・・・そしてそのテロリスト集団を炎に包まれた町の中単独で討伐した西風団長の風間星流に二つ上の兄と共に拾われて命を救われたのであった。
今でこそ固い絆で結ばれている西風の団員達だが当時は才能こそ全てという思考の団員は少なくなく、こうして魔力が殆ど無いどころか全ての才能が平均以下の無才である幸斗を馬鹿にして嘲笑する団員は少なくなかった。
『ううっ・・・クソッ!オレは・・・さいのうなんかなくったって!・・・なくったって・・・』
『ようっ!幸斗!何泣いてんだ?泣いていたら幸せが逃げて行くぜ!笑いなっ!』
『だんちょう・・・』
河原の水平線に太陽が沈みかけて空が幼い幸斗の髪色と同じ夕焼け色に染まった頃、木の棒を振り疲れて地面に仰向けに倒れ、自分の才能の無さとそれでも強くなる事を諦めたくない気持ちとで葛藤をして辛くなった幸斗が泣きそうになったところで団長である星流がなかなか戻って来ない幸斗を迎えにやって来たのであった。
沈みかけの太陽が直ぐに昇りそうな程チカラ強い笑みをして泣きそうな幸斗を元気づけようとする星流、しかし幸斗は沈みかけの太陽が今すぐ沈んでしまいそうな程辛そうな表情をしていた。
『だんちょう・・・こんなにさいのうのないオレがにしかぜのなかまになってよかったんですか?・・・オレはたすけてくれただんちょうのチカラになるためにつよくなりたい・・・でも・・・オレ、なんのさいのうもないから・・・ないから・・・ううっ・・・』
幼い幸斗は一生懸命になって命を救ってくれた星流に恩返しをしようとしていたのだった、それを聞いた星流は真剣な表情で幸斗と目を合わせて———
『オレのチカラになりたい?・・・バカヤロウッ!!』
『ひっ!?』
幸斗に怒鳴った。
———やっぱりさいのうのないオレなんかがだんちょうのチカラになりたいなんておこがましかったんだ。
怒鳴られた事で幸斗はそう思った、しかし、星流が怒鳴った理由は全く違うものだった。
『俺はテメェに恩返ししてもらいたくて助けたんじゃねぇ!生きてほしいから助けたんだ!馬鹿にすんなっ!!』
『ひぃぃっ!ごめんなさい!』
『・・・・・・・はぁ・・・』
星流は地に伏せて怯えて謝る幸斗を見て溜息を吐いた、別に怖がらせるつもりはなかったので気まずくなったのだ。
『・・・幸斗・・・強くなりてぇんだったら泣くんじゃねぇ、どんな奴が相手だろうとニヤリと笑って立ち向かう気概を見せろ』
『・・・・・』
星流のチカラ強い言葉に幸斗は顔を上げて恐る恐る星流の眼を見た、魔王すら怯ませそうな程強く氷山ですら一瞬にして溶かしてしまう程情熱に満ちた眼をしていた。
『幸斗・・・自分が潰れそうになったら今から言う言葉を思い出せ!』
その眼に引き込まれた幸斗は星流の言葉に釘付けになっていた、一字一句聞き逃すものかと言わんばかりに、そして星流はその言葉を言い放った————
『壁が立ちふさがるならブチ抜いて進め!道が無ければ自分(テメェ)で切り拓け!!魂の熱風が未来(あす)へと吹き荒れる!!!』
ここに彼の息子がいたら【最後のはいらねーだろ?】と呟く事間違いなしのクサイ言葉を恥ずかしがりもせずハッキリと言い放った星流、その言葉を幸斗はしっかりと魂の底に刻み込んでいた。
『忘れるな幸斗!才能なんて突き進み続ける意志で踏み越えろ!【道理を叩き潰して運命をブッ飛ばす!】それが西風だ!!』
星流の言葉に聞き入っていた幸斗の眼にはもう涙は無く、あるのはやってやるという不敵の笑みだった。
『一年・真田幸斗君、一年・黒鉄珠雫さん、試合の時間になりましたので入場してください』
「んじゃ行ってくるぜ涼花!楽しんで勝ってくるからよっ!」
第四訓練場の赤ゲート前の控室にアナウンスが響き、出番が来た幸斗はこの次に試合を控えた涼花に笑顔でそう言って立ち上がった、待ちくたびれましたと言わんばかりだ。
「あら、随分と嬉しそうじゃない?そんなにこの試合が楽しみだったの?」
「それもそうだけどさ、夜いい夢を見たから気分がいいんだよ!身体が軽い、今日は誰にも負ける気がしねぇぜっ!!」
「そう、でも調子に乗って足下掬われるんじゃないわよ?」
「そんな素人みてぇな事しねぇよ!オレを誰だと思ってやがる!?オレには西風の魂が刻み込まれているんだ!」
今日も幸斗は運命を覆す為に突き進む、己の魂に星流から聞かされた突き進み続ける意志を刻み込んで。
「さあ、いくぜっ!!」
強気な声をあげて不敵な笑みと共に幸斗は赤ゲートを潜り抜けて行った。
大国同盟が対伐刀者用無人兵器を開発している理由は念には念を入れて戦力を増強する為です、しかし希少な素材を使っているので量産は不可能です。