彼女は彼に振り向いてもらうため、努力を始める。 作:mochipurin
人は何かを成し遂げた時、どのような感情を抱き、どのような行動をとるのだろうか。
ガッツポーズをとって、皆で雄叫びをあげるのか。
隣にいる友達と抱き合い、何度も跳ねて喜ぶのか。
果てまたここぞとばかりに、愛する人へ、一世一代の告白をするのか。
成し遂げた事の度合いにも左右されるだろうが、何かしろの表現は示すだろう。
さて、気づいただろうか。
今の文章には矛盾が生じていることに。
そう、
感情を共有できる人がいなければただただ虚しいだけやん。
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夕陽が射し込む奉仕部で、机に突っ伏して息絶える、一人の男の姿があった。
「やりきったぜ......さすが俺やで......」
机の上には山積みなった紙束と、淡く光る一台のノートパソコン。
パソコンの方には、「進路希望調査票 資料」と、頭の痛くなりそうな文字が映し出されている。
......うむ、いかにも職場の資料、といった感じの文字である。
読者「なるほど、これは比企谷八幡が大人になったifストーリーか」
んなわけねえだろ、まだぴっちぴちの17歳でっせ?ああん?確かにこの資料作ったの俺だけどさ。
「しっかしこの、生徒に対しての不正労働、教育委員会に言ったら会議もんだな」
こうして愚痴を溢す程度には、この不正労働は不正していた。
「はぁ......平塚先生に出してくるか......」
だるい体に鞭打って、職員室を目指し歩き始めた。
ほうれんそうは社会の基本だからな。
遡ること数時間、時は昼休み時代。彼らは弁当を手にし、ベストポジションへ向かう......!
「比企谷、この現代社会ではな、自分の担当でもない上、個人では手に負えない残酷な量の仕事をさも当たり前に繰り出してくるんだ。わかるか?」
「はぁ......」
なぜ俺は飯も食わえずに、社会の厳しさを教えられているのだろうか。
なになに?予習させた後に八幡を労働させようとでもいうの?はっはっは!残念だったなぁ!!今のご時世、生徒には、「体罰」という名の絶対防御があるんだよ!さあ、怖くて手も出ないだろぉ???
「比企谷、お前にはこの資料をパソコンにグラフでまとめてほしい、頼めるか?」
「それは先生がやる仕事なのでは......」
「これは奉仕部としての活動だ。拒否権はない」
「えっ......」
こ、この先公......!絶対防御が効かないだと?!チートや、チーターや!!
「や、ちょ、その鞄から出てくる紙束は一体?まさかそれ全部まとめるとでも言うんですか?」
「ああ、その通りだ。なぁに、雪ノ下と......由比ヶ浜は戦力にならんかもしれんが、他のメンバーもいるんだ、心配ない」
由比ヶ浜が、先生にですら戦力外通知されてて笑えない。俺も否定はしないけど。
「そういう問題じゃ......あ、この奉仕部はですね、解決じゃなくて自立を促すことを方針してるのは知ってますよね?つまり一から十まで依頼をこなしてしまうというのはこの部活が掲げる目標に反するものだと思うんですよね。だからこの件はちょっと......」
ふっ、この土壇場にして、我ながら完璧な発言じゃないか。
「ははは!安心しろ比企谷。最終的には、職員会議の資料として私が活用するから。ほら、自立しているだろう?」
「あんた最低だ!」
本当にこの部活の顧問なのか疑いたくなるレベルである。というか人として。
「いや、本当にすまないと思ってはいるのだが上から急に渡された案件でな、いかんせん私も手が回らなくて......」
......そこで急にしょんぼりしないでくれますか?しかし、ギャップで落とそうとしてもそうはいかない。
「そうやって弱音を吐いても動じませんよ」
そう、ここはあくまで強気に......
「うう......本当の本当にダメ、か?」
「嘘ですよやるに決まってるじゃないですか」
「ほ、ほんとか?!......そうだ、代わりと言ってはなんだがラーメンでも奢ってやろう!」
「まじすか、約束ですよ」
そうだ、なにを迷っていたんだろう。これは給料がラーメンなだけの、ただのバイトなのだ。三人でやれば決して効率も悪くない。やらないという選択肢など鼻から存在しないのだ。
べ、別に、ちょっとこの先生可愛いな、とか思ってないんだからね!ここで好感度上げとくのも悪くないとか考えてないんだからね!!
「じゃあ、今日の放課後には頼むぞ。......あとできればこの話は−」
「外部に漏らすなって言うんでしょ、わかってますよ」
「助かる」
さて、ひと頑張りするか。
数分後
「あ、ヒッキー。どこ行ってたの?平塚先生に呼び出されてたけど」
「ああ、その話なんだが、今日の放課後、奉仕部で資料の作成をしてほしいんだとさ。なんと、ラーメンを奢ってもらえるという特典つ......どうした由比ヶ浜」
「え、あっとそのー、言いにくいんだけど......」
あーなるほど。
「別にラーメンじゃなくてもいいんだぞ。他のところを言ってくれれば、そこでもいい」
「そ、そうじゃなくてね、今日はちょっと用事があって、部活を休もうかなーって......」
「......えっ」
衝撃の事実、これで作業量が2、いや1.5倍?ごめん八幡数学わかんない!!
「ほんとにごめんね?」
「謝らなくていい。元よりお前は戦力に数えてなかったからな」
もちろん嘘である。あの量みたら誰だって猫の手でも借りたくなりますよ。でも、
「はぁ?!ヒッキーひどい!!もう知らないから!!」
でも、こうでも言わないと責任感じるやつだからな、由比ヶ浜ってやつは。
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そして放課後、戦い(資料制作)の始まりだ。
「ごめんなさい比企谷くん。私も用事があってもう帰るのよ。残念ながら手伝えないわ」
「えっ......」
訂正、死闘不可避。
「本当に申し訳ないのだけれど、今日だけは外せない用事が」
「ちょ、まじで?この量見てみ?夏休みの課題かよ!ってぐらいあるじゃん?それでも帰っちゃうの?俺見捨てちゃうの?」
や、もう唯一の救いがいないってもうどうすればいいのさ俺。三人パーティーで魔王(資料の山)に立ち向かおうとしてたら、あっという間にソロ縛りになってるよ?
「そこまで言うのならやってもいいけれど–」
何だ〜やってくれるんじゃ〜ん。雪ノ下さんやっさしー!
「姉さんが来るわよ?元々会う約束だったのだし。あの人ならむしろ喜んでくるんじゃない?」
「ごめんなさい。いってらっしゃいませ雪ノ下お嬢様」
っべー、危うく魔王(資料の山)と魔王(雪ノ下姉)のコンビが揃うところだった......
「そういうとは思っていたけれど、あなたにお嬢様呼ばわりされると悪寒が走るわ......」
オカンが走る?うっわまじシュール。
「まあ、そういうことなら別に引き止めやしないさ。優雅な会話をごゆるりとお楽しみしてきて下さって」
「それはもう執事とかじゃなくて、お嬢様よ。いえ、あなたがやるとオカマ、というのかしら。まあこんなどうでもいい話は置いといて私はもう帰るわ。はい、鍵。自分で返しておいてね」
「......うっす」
この捲したてるような口調、聞き覚えありますっ!「もうあんたと喋るの面倒だからこれ以上口を開かないで」っていうやつですね!中学の頃に三回ぐらい体験してるので完璧です!なにが完璧なの......
「じゃあ、また明日」
「おう」
そうして別れの挨拶をする。いつもは雪ノ下が鍵をかけるため、最後まで残っているのだが今日は逆、少し新鮮に感じる。雪ノ下は扉までスタスタと歩いて行き扉を開ける。
「......頑張ってね」
「え......いま–」
ぴしゃん!という音と同時に、コツ、コツ、と雪ノ下の足音が遠ざかっていった。
「......頑張りますか」
ソロプレイには慣れてるんだ、どうにかなるだろう。俺はまずノートパソコンの電源ボタンを押し込んだ。
その結果がこれだよ!
喉は渇き、指は既にピクピク祭り。そして目を閉じれば幾千の星、じゃない、滅茶苦茶チカチカする。
その上時刻は既に六時に差し掛かろうとしている。......あれ?俺って作業始めて二時間足らずでこの資料まとめ上げたの?やばい、俺の社畜精神やばい。
まさかあの先生、仕事を押し付けて俺の社畜精神を鍛え上げようとしてるのではなかろうか。少しずつ仕事の内容ハードにしていき、そしてゆくゆくは助手という名の雑用係に......
「......あの先生に限ってそれはないな、帰ろ」
鞄を肩にかけ、扉に手を–
「せんぱーい!助けてくださーい!」
「無理、帰る。疲れた、無理」
タイミング悪すぎるだろこいつ。つーかなんでこの時間に頼んでくるんだよ、さすがに面倒見切れんわ。
「ちょっ、ほんとに今回はやばいんですって!今日提出の資料がまだ半分ぐらいしか終わってないんですよー!」
「知らんわ、こんな時間になっても半分しか出来てないお前が悪い」
「うー......責任とってくれるんじゃないんですか......?」
「うぐ......だ、だったらもっと早く俺に頼りにくれば......」
「だって先輩忙しそうだったんですもん、お邪魔しちゃ悪いかなーって......」
見られてたのかよ......あざといけどちゃんとしてるところはちゃんとしてるからなぁ、この後輩。
「はぁ......ほら、行くぞ」
「え、ど、どこにですか?ま、まさか、怪しい建物に無理矢理......ごめんなさい、ちょっとナンパにしてもかなり無理あるし、先輩がやると気持ち悪さが累乗されて吐き気するんでちょっと無理です。言葉を選んでからものを言ってください」
泣いた。
「お前が仕事手伝えって言ってきたから、生徒会に行こうとしてるんだろーが。それに無理矢理連れて行かれる場面想像してる一色の方があれだわ」
「うわー女の子相手にその言い方はアウトです、かなり引きます」
「あ、そう。じゃあ当初の予定通り帰るわ。じゃあな、仕事頑張れよ」
ささっと扉に鍵をかけ、踵を返す。
「嘘です!すいません!手伝ってください!!」
急に態度を変えてせがんでくる一色。時間がないからこんな状況に陥ってるっていうのに、なんで今みたい茶番やってるの?バカなの?
「最初からそう言えばいいんだよ、そう言えば」
「なんでそんなに上から目線なんですか、後輩相手に大人気ないです」
「うっせ」
俺と一色は、既に二人で歩き慣れた、生徒会室へ歩き出す。
他に残っている生徒がいない廊下には、二つの影だけが伸びていた。
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「も、もう無理......死ぬ......」
「あ、あはは......なんだかすいませんほとんどやってもらっちゃって......」
「ほんとだよ、おまえは現状すら報告する脳が無いの?他に生徒会メンバーが誰もいないとか聞いてなかったんだけど」
生徒会室に入ったら全員用事でいないってどゆこと?雪ノ下と由比ヶ浜といい今日多忙すぎじゃない?多忙デーなの?
「だってー、それを先に言っちゃうと先輩絶対来てくれないじゃないですかー」
「いや、いくら人がいようとも行かねーから」
むしろ人がいればいるほど、疎まれるまである。
「でもそう言いつつ来てくれるんですよねー?優しいなー、先輩は」
「......え?」
こいついまなんつった?優しいな先輩は、って言ったの?あ、ありえない!一色が真面目トーンでそんなこというなんて!
「どうした一色!熱でもあるのか?作業のしすぎで知恵熱でも出したのか?!」
「な、ないですよ!知恵熱も出してないです!なんで赤ちゃん特有の症状が私に出るんですか!」
「や、おまえ、だっていま俺を優しいって、優しいって!」
「あの一言でどれだけ動揺してるんですか、キモいです。......これでも先輩には感謝してるんですから、今のは真面目なお礼です。素直に受け取っておいてください」
「お、おおう」
こういうあざといのやめない?一色じゃなかったら軽く告白して通報されてたよ?通報されるのかよ、振られるだけで勘弁。
「じゃあ後は資料まとめて終了ですねー。......?なんだろこのプリント............?......っ?!」
床に落ちたB5サイズのプリントを手に取り、やけに驚いたリアクションをとる一色。顔がすごいことになってるけど、なにが書いてるのかしらん。
「おい一色、おまえいま怪盗百面相も顔負けの顔変化してるぞ、一体何があった」
「せ、せせせせ先輩!!頼みたいことがあるんですけど!」
「......おまえまさか」
もうフラグ立ちまくりですやん。絶対あれですやん。
「まだ仕事残ってたんで手伝ってください!!」
やっぱりこうなりますやん?
「......はぁ......あとでマッ缶奢れよ」
「うぅーありがとうございますー......」
もう年の瀬が迫ってきてるというのに、後輩の成長があまり感じられない今日この頃。
数時間後 比企谷家
「死にそう......」
「どしたのお兄ちゃん、いまにも心臓が止まりそうな顔してるよ?大丈夫?
「心配するなら足で踏みつけるな、妹よ......」
のんびり投稿していくののんびり見守ってやってください