戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

85 / 110
外伝:ある日のリタ・ラギール

ラギール商会の商圏は、アヴァタール地方、ケレース地方、セアール地方、レルン地方、ディジェネール地方、ニース地方である。後に、そこにレスペレント地方が加わるが、これはカルッシャ王国とフレスラント王国の対立激化、バルジア王国の分裂という激動が、レスペレント地方に発生し、物流が寸断されたためと言われている。力のある商会が、政治とは無関係に物流を保たない限り、民衆の生活に影響すると判断され、レウィニア神権国の口利きにより、ラギール商会のレスペレント地方進出へと繋がったのである。この激動は、ケレース地方で発生していた「ハイシェラ戦争」にも大きな影響を与えた。ハイシェラ魔族国は、レスペレント三大王国からも支援を受けていたが、ターペ=エトフ歴二百六十二年に、カルッシャ・フレスラント戦争、二百六十五年にバルジア王国分裂が発生し、北方からの支援が絶たれてしまう。その結果、ハイシェラ魔族国の力は徐々に、弱まっていくのである。レスペレント三大王国の変事が立て続けに発生したことと、ハイシェラ戦争とを関係させ、「ターペ=エトフとラギール商会が策動し、これら変事を意図的に引き起こした」と仮説を唱える歴史研究家も存在する。ハイシェラ戦争以降、ラギール商会は大陸中原のほぼ全域を商圏として手中にした。ハイシェラ戦争で最も「儲けた」のはラギール商会である、という意見すら存在しているのである・・・

 

 

 

 

 

ターペ=エトフ歴百二十一年、プレイアの街にある自分の屋敷で、リタ・ラギールは日の出と共に目を覚ました。豪華な寝台から下りて顔を洗うと、使用人たちが入ってくる。皆が元奴隷だ。

 

『お早うございます!「お嬢様」・・・』

 

『オハヨー』

 

ディアンが聞いていたら、思わずズッコケるであろう挨拶をして、欠伸をしながらリタは着替えを始めた。絹製の上等な寝間着を無造作に脱ぎ、動きやすい普段着を着る。使用人はベッドを整えたり、脱ぎ散らかした寝具を畳んだりする。貴族の中には、着替えまで使用人に手伝わせる者もいるが、リタはそのようなことはしない。使用人のためというよりは、単純に自分で着替えたほうが早いからだ。室内用の靴を履く、というよりは引っ掛けながら、食堂へと向かう。踵を踏んでいるため、ズルパカという音が鳴る。傍目から見れば、ダラしが無いと思う姿だが、リタにとってはこれが一番、楽なのだ。魔神亭で修行をした男が、食事を用意している。牛乳に卵黄と蜂蜜を混ぜた液に、白麺麭を浸し、乳酪を使って平鍋で焼いた「菓子」である。自分が人間であった頃から知る、唯一の男友達が生み出した料理だ。目を細めながら食べる。ゆうに二十人は座れるであろう大広間には、リタ独りしかいない。最初は孤独を感じていたが、もう馴れてしまった。

 

『今日の予定はっと・・・』

 

食べながら予定表を開く。自分の予定くらいは、自分で管理をする。軍隊などには「副官」を置く将もいるそうだが、そうした存在は、カネの無駄だと考えていた。カネは使うためにある。だが、ただ使えば良いというものではない。使うことで、誰かを幸福にしなければならない。自分の幸福のために使うか、他者の幸福のために使うか、の違いである。リタ・ラギールは、自分の幸福について十分に把握していた。気の合う友人たちと共に、美味い酒を飲み、美味い料理を頬張り、笑って過ごす時間が、一番の幸福である。その次の幸福は、泣くことしか知らなかった奴隷たちが、笑顔を知り、生きる喜びを知り、自立して巣立っていく姿を見ることだった。カネは、その幸福を得るための手段に過ぎない。だから、必要だと判断したら惜しげもなくカネを使う。

 

「富を使役し、富に使役されるベカラズ」

 

商神セーナルの教えを体現しているのがリタ・ラギールであった。食事をしているリタの元に、知人が尋ねてきた。レウィニア神権国に店を構えているが、主に西方諸国を中心に回っている行商人である。店に行くまでには、まだ幾らかの時間があったため、リタが応対した。だがそこで齎された情報は、リタを驚かせる情報であった。

 

『大封鎖地帯が分裂した?大封鎖地帯って、あの魔族たちが押し込められている土地でしょ?あれが分裂したって、どういうこと?』

 

『聞いた話によると、大封鎖地帯の中の国「マサラ魔族国」に忍び込んだ者がいるらしい。噂では「魔神」だそうだ。それにより、封鎖の結界が解かれ、数多くの魔族たちが四方に散ったらしい』

 

『それで、神殿はどう対応しているの?』

 

『アークリオン、アークパリス、マーズテリアは南から、ヴァスタールとアーライナは北から、それぞれ封鎖地帯に向かっているそうだ。ひょっとしたら、大封鎖地帯を巡って、光と闇の一大戦争があるかも知れん』

 

『大封鎖地帯には、たくさんの魔族や、闇夜の眷属、亜人族がいたんでしょ?ひょっとしたら、こっちに流れてくるかも・・・』

 

『実際、地下の闇商人たちが動いているそうだ。例の「奴隷狩り」さ』

 

苦々しい顔で、男が教える。リタも暗い表情を浮かべた。奴隷取引は、商人にとって「恥」である。奴隷解放をしているリタですら、陰口を言われるのだ。だが中には、それを理解し、手伝ってくれる者もいる。ターペ=エトフに至っては、国家規模で支援をしてくれている。リタによって開放された奴隷たちは、既に千名を超えていた。

 

『悪い話ばかりではない。大封鎖地帯には、魔族のみに受け継がれた技術があるらしい。お前さんが欲しがっている「未知の書籍」も出回るだろう』

 

『そうだね。悪いけど、例によってまた、仕入れをお願いできないかな。報酬は弾むよ?』

 

『任せろ』

 

男は笑顔で頷いた。

 

 

 

 

 

開店時間の少し前に、リタは店に着いた。可愛らしい服を来た売り子たちや、狼藉を抑えるための男も待機している。大番頭も含め、皆が元奴隷であり、自分にとって大切な家族であった。リタが手を叩いて、開店前の挨拶をする。

 

『みんな、今日もたくさんのお客様がご来店されるでしょう。明るい笑顔と元気な応対、そして値引きはお断り!じゃぁ、ラギール商会本店、開店するよ~ みんな気張って、商売しましょう~』

 

既に並んでいた客たちが店内に入ってくる。ラギール商会本店は、全体で見れば雑貨店である。日用品も扱えば、高級な宝石類も扱う。だが店舗の規模が違う。プレイアでも最大規模の大きさの店舗である。店内を区画に分け、豊富な品ぞろえとなっている。更には貴族層向けの「別店」も構えている。午前中は本店、午後は別店を回るのが、リタの日常であった。店の裏では、新しい売り子を先輩が指導していたりもする。活気に溢れる店内を、リタは上機嫌に歩き回っていた。店の入口付近に、入ることを躊躇っているかのような老人を見かける。キョロキョロと中を伺っている。リタは笑顔で、老人に話しかけた。

 

『なにかお求めでしょうか?どうぞ!』

 

『あぁ・・・いや、買うと言うわけでは・・・』

 

決して裕福とは言えない姿である。だがリタは全く気にしない。自分も昔は、もっと見すぼらしかったのだ。

 

『もちろん、見るだけでも構いませんよ~ 珍しい品も多いですから、見物だけの人も結構多いんです!』

 

『いやいや・・・その、ここで買い取りもしていると聞いたんじゃが・・・』

 

『あぁ、お買取ですか!それなら別の入り口ですね。ご案内します!』

 

ハキハキと応対し、リタは老人の手を取って、買い取り口に案内をした。老人は椅子に座ると、落ち着いたように溜息をついた。ラギール商会には、不要になった剣などを持ち寄る買取希望者も来る。それらはターペ=エトフに運ばれ、新品同様に鍛え直される。ドワーフ族の手が加わった中古鎧は、新品以上の高値が付く。騎士団の中でも将校級の者が買いに来る。剣や鎧、あるいは宝石類であれば、他の店員でも査定が出来る。リタはその場を離れようとした。だが、老人が袋から取り出したものが目に入って、足を止めた。それは一冊の書籍であった。

 

 

 

 

 

『うーん・・・正直申し上げて、値が付けられませんね。ここに書かれている文字は、まるで判読出来ません。見たこともない文字です』

 

店員は頭を掻きながら、首を振った。リタは黙って、店員に査定をさせていた。自分はこの本の正体を知っている。唯一の男友達から、同様の装丁の書籍を見せられ、「もし見かけたら絶対に買い取ってくれ。カネは幾らでも積む」と言われていた。この大陸の各地に散らばる「最も貴重な魔導書」だと聞いている。店員に代わって、リタが老人の前に座った。

 

『お爺さん、この本は何処で手に入れたの?』

 

『あぁ・・・儂の親戚が書いた本らしい。儂は分家なんじゃが、本家に一冊、分家に一冊・・・計二冊が残されている』

 

『どうして、売ろうと思ったの?』

 

『儂の家系は、ある事情から村を追われてな・・・ほうぼうを流れ歩いた。儂には子供がおらん。分家は、儂一代で絶えるじゃろう。じゃが、本家には跡取りが残っておる。じゃがその本家も、決して裕福ではない。この本を売れば、幾ばくかは渡せる・・・そう思っておったのじゃが、やはり、読めぬ本は売れぬか・・・』

 

諦めて立ち上がろうとした老人の手を、リタが掴んだ。眼が真剣になる。

 

『お爺さん、この本は是非、買い取らせて欲しい。お金はお爺さんの望む額を支払うわ。ただし、お爺さんに会って欲しい人がいるの。今夜、時間はあるかしら?』

 

老人は不思議そうな表情を浮かべたが、首を縦に振った。リタは懐中から水晶を取り出した。魔力を通し、あの男を呼び出す。その水晶を老人は、黙って見つめていた。

 

 

 

 

 

その夜、老人が宿泊をしていた安宿に、リタは黒衣の男を伴って尋ねた。黒衣の男ディアン・ケヒトは、老人に丁寧に一礼をする。革袋から、一冊の書籍を取り出す。老人は指を震わせて、その書籍を手に取った。

 

『私の名はディアン・ケヒトと申します。このラウルバーシュ大陸の各地に散らばっている「カッサレの魔導書」を集め続けています。既に二十冊以上を集めましたが、恐らくまだ、十冊は残されているはずです。北方諸国、南方諸国、西方諸国、そしてニース地方にあると考えていました。ご老人、あなたは「カッサレ家の系譜」ですね?』

 

『儂の名は、ディエゴ・カッサレ・・・カッサレ家は、代々続く魔術師の家系じゃった。じゃが、ブレアード・カッサレが起した戦争により、儂らは村を追われた。光側神殿の報復を恐れたためじゃ。アンタは、何故、この本を集めておる?』

 

『読めるからです』

 

『何と!』

 

ディエゴは驚きの表情を浮かべた。

 

『この文字は、カッサレの血筋を引き、強い魔力を持つ者のみが読める、特殊な呪術が掛けられている。儂はあいにく、魔力が弱くてな。部分的にしか読めん・・・じゃが、アンタはカッサレ家では無いじゃろう?どうして・・・』

 

『私の生まれながらの特殊能力です。私は、全ての文字が読めるのです。古代エルフ語も、イアス=ステリナの古代文字も、そしてこの「カッサレの魔導書」も・・・』

 

老人は暫くディアンを見つめ、頷いた。自分が持っていた魔導書をディアンに差し出す。ディアンは慎重に、本を捲った。しっかりした文字だが、何処か幼い。そして、書かれているのは秘印術などの基礎的な魔法などであった。ディアンはひと目見て、頷いた。

 

『これは、ブレアード・カッサレが子供の頃に書いたものですね?』

 

『我が家に伝わる話では、ブレアードは父親とともに、十歳で旅立った。それまでの研究が、ここに書かれているそうじゃ』

 

ディアンは頷き、再び目を落とす。子供の頃のブレアードは、魔力の持つ可能性に夢中だったようだ。健常者に回復魔力を掛け続けたらどうなるか、などの疑問を解くために、蛙で実験を行っている。子供らしい好奇心と残酷さであった。ディアンは顔を上げた。ブレアードの「最初の魔導書」である。なんとしても欲しかった。

 

『お望みの額をお支払します。お幾らであれば、譲っていただけるでしょうか?』

 

リタは内心では、舌打ちをしていた。この本の価値が、それ程とは思わなかった。この老人は、ラギール商会に売りに来たのだ。紹介料は貰う約束だが、自分が価格交渉をして買い取っておけば、もっと利益が出たかもしれない、そう思ったのだ。だが老人は、首を横に振った。ディアンが首を傾げると、老人は笑った。

 

『この本は、アンタに譲ろう。カネはいらぬ。この本は、読める者が持つべきなのじゃ。この本の価値が解るアンタが持てば、ブレアードも喜ぶじゃろう』

 

『ですが・・・』

 

老人は笑って首を振った。そしてディアンに、驚くべきことを聞いた。

 

『ブレアードとは、どんな人物じゃった?アンタ、ブレアードに会ったことがあるのじゃろう?』

 

『・・・フェミリンス戦争は、百年以上前ですよ?』

 

『魔神であるアンタにとっては、そんな歳月など関係無いじゃろ?』

 

ディアンは沈黙した。だが顔には笑みが浮かんでいる。さすがは「カッサレの系譜」であった。ディアンの気配や話の内容から、そう推測したのだろう。

 

『御見逸れしました・・・私でよろしければ、ブレアード・カッサレの生涯について、お話します。彼は、魔神である私が「師」と仰ぐほどに、偉大な人物でした・・・』

 

ディアンは語り始めた。

 

 

 

 

 

『ふぅ・・・それにしても、その本がそんな価値があったとはねぇ~』

 

深夜まで営業をしている酒場で、リタは葡萄酒を呷っていた。ディアンもそれに付き合う。

 

『読める人間にとってはな。読めなければ、ただの紙屑だ。それにしても、まさかカッサレの子孫に会えるとは思っていなかった。機会を作ってくれたこと、感謝する』

 

ディアンはリタに頭を下げた。だがリタとしては、そんな礼よりも報酬が欲しかった。

 

『まぁそれよりも・・・ウチへの紹介料のお支払は・・・』

 

ディアンは机の上に宝石袋を置いた。大粒の青宝石や黃宝石が入っている。約束の額を大幅に上回っている。

 

『・・・あの老人の面倒をラギール商会で見てやってくれないか?恐らく、もう帰る家もないのだろう。プレイアに落ち着かせてあげて欲しい。恐らく、そんなに長い時間にはならないと思う」 

 

『・・・解った。ウチが責任持って、面倒見るよ。まぁ、今日はいい取引が出来たから、ガンガン飲んじゃおう!』

 

リタは調子に乗って、葡萄酒を呷った。ディアンも探し求めていた一冊が手に入ったためか、上機嫌になっていた。リタの調子に合わせる。二人は周囲が呆れるほどの調子で、痛飲を続けた・・・

 

 

 

 

 

翌朝、リタ・ラギールは頭痛とともに目を覚ました。見知らぬ天井である。一体何処だ?と考えて、隣を見た。黒髪の男がスヤスヤと眠っている。そして二人共、全裸であった。

 

『イィッ!』

 

リタは慌てて服を着た。男を起こさないように、静かに部屋を出て行く。リタ・ラギールが自分の屋敷について、慌てて身支度を始めたころ、ディアンは眼を覚ました。頭痛はない。だが昨夜のことが全く思い出せない。リタと途中まで飲んだところで、記憶が消えている。

 

『しまった!』

 

慌てて持っていた荷物を探す。無造作に机に置かれた革袋の中に、二冊の魔導書が入っていた。二冊とも無事である。ディアンは安堵して、息をついた。

 

『リタが運んでくれたのか。後で礼を言いに行こう・・・』

 

ディアンは清々しい気持ちで、顔を洗った。

 

 

 

 

 

その日、リタ・ラギールは何故かぎこちない様子で、ディアンに笑顔を向けていた。だがディアンが何も覚えていないことが解ると、途端に不機嫌になった。「さっさとターペ=エトフに帰りなさい!」と店を追い出され、ディアンは理解不能のまま、本国に帰国したのであった・・・

 

 

 

 




第三章の外伝は、これで終わりです。現在、少しずつ第四章を書き溜めています。第七十七話は既に投稿予約済です。

12月1日 22時アップデート 第七十七話:「弱き者たちのために・・・」

お楽しみに!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。