戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第七十話:カッサレの末裔

午前中の執務が終わり、インドリトは私室で読書をしていた。大図書館の蔵書は、ついに百万冊を超えた。西方諸国でも名が知られるようになり、カルッシャ王国やテルフィオン連邦から、書籍の補修依頼なども来る。補修の際に内容を複写することで、王家や神殿が持つ貴重な知識を手に入れることが出来る。いま読んでいる本は、ラウルバーシュ大陸各地に封印された古神たちについての研究書だ。ケレース地方に封じられた魔神はいないが、ここから南東にあるアヴァタール地方にある「ヨベルの扉」には、古神エルテノが封印されているらしい。ブレニア内海を中心として、七古神戦争で現神と戦った古神たちが、各地に封じられている。研究書には「各国が協力して封鎖地としなければ、いずれ魔神を呼び起こす輩が出る可能性がある」としている。インドリトも同感であった。自分の中には、古神を「悪」とする思い込みは無いが、平穏に眠っている巨大な力を起こす必要は無い。研究書の中には、更に興味深い記述も見受けられる。闇夜の眷属の中には、古神復活を目指す「秘密結社」があるらしい。その名までは記されていないが、七古神戦争前から存在するそうだ。読み進めようとした時に、叩扉された。

 

『陛下、ダカーハ様がミカエラ様と仰る天使族の方を連れて、お越しになりました。「火急の用」とのことです』

 

『ダカーハ殿とミカエラ殿が?わかった。すぐに行こう』

 

インドリトは本を閉じ、上着を羽織った。

 

 

 

 

 

絶壁の王宮には、ダカーハの為に用意された「広場」がある。インドリトはこの広場で、黒雷竜の背に乗り、ターペ=エトフ中を周っている。黒雷竜ダカーハと天使族のミカエラは、ターペ=エトフの「同盟者」である。受け入れられ、土地を与えられたという経緯はあっても、独自勢力なのだ。立場としては、インドリトと対等である。広場では、ダカーハの側に二脚の椅子と丸卓が置かれている。ダカーハには葡萄酒の入った樽、ミカエラには香草類の茶が出されていた。インドリトが広場に入ると、ミカエラが立ち上がった。

 

『インドリト王、お忙しいところを急に訪ね、申し訳ありません』

 

『お久しぶりですね、ミカエラ殿・・・二百三十年ぶりでしょうか』

 

遥か東方から越してきた天使族は、ターペ=エトフ西方のルプートア山脈未踏地に拠点を構えている。かつて一度だけ、師と共にその地を訪ね、美しい天使長に挨拶をした。以来、天使族はターペ=エトフでも殆ど見かけず、国民の多くが、天使族の存在を知らない。二百年以上前と変わらぬ美しい姿のまま、ミカエラは挨拶をした。

 

『お陰様で、静寂の中で、暮らしています。この地に来て以来、堕天した天使はいません。光りに包まれ、幸福に暮らす人々を見守ることで、私たちも救われたようです』

 

インドリトは頷き、ダカーハに挨拶をした。ダカーハの呪いは、既に消えていた。今は穏やかで、子供たちを背に乗せて飛んだりしている。「神竜ダカーハ」などと崇める者までいる。挨拶もそこそこに、ダカーハが用件を告げた。

 

『我が友インドリトよ。今日はそなたに「警鐘」を鳴らすために来たのだ。途中でミカエラ殿に会ってな。同じ用件であったため、こうして同席をしている』

 

『「警鐘」ですか?ターペ=エトフに、何か悪いことが起きると?』

 

『ターペ=エトフだけでは無い。中原・・・いや、ディル=リフィーナ世界そのものに、大きな影響が出るかも知れぬ』

 

インドリトは顔を引き締めて頷いた。ダカーハもミカエラも、冗談でこのようなことは言わない。ダカーハは言葉を続けた。

 

『昨夕、遥か南方で巨大な火柱が立ち上った。あれは現神の力ではない。古神の力だ。それも、我がこれまで感じたことがないほどに、巨大な力であった・・・』

 

『私の知る限り、あれほどの力を出せる古神といえば、旧世界イアス=ステリナにおいて最高神に位置した「オリンポス十二神」、闇の勢力を束ねた「魔王ルシファー」、ソロモン七十二柱の筆頭である「魔神バアル」くらいです』

 

ミカエラの顔色が悪い。聞いているだけでも凄まじい力であったことは解る。だが余りにも遠すぎて、想像ができない。

 

『そうだな・・・ディアン殿と「互角以上」と言えば、想像も出来るであろう』

 

『師と互角以上?そんな力が・・・』

 

『これは、私の想像ですが・・・』

 

ミカエラが仮説を話し始めた。

 

『三神戦争の末期、旧世界の神々は天界へと退く際に、この世界に自らの力を封印しました。ある者は自分の使徒に力と記憶を預け、またある者は深い洞窟に力を眠らせました。その中の一つが、開放されたのだと思われます。そして、それと同じくして、山の南側を覆っていた暗い気配が消えました。ウツロノウツワの話は、私も聞いています。おそらく、邪神と化した古の神が、浄化されたのではないかと・・・』

 

インドリトはホッとした。つまり「朗報」である。だが何故それが「警鐘」になるのだろうか。ミカエラは首を振って、言葉を続けた。

 

『私も古神に連なる者です。ですから、直感で解ります。その力を発揮した古神は、姿を変えて、この世界に残っています。凄まじい力を持つ古神が、復活をしたのです。それも恐らくは・・・人間の魂を持って』

 

『ディアン殿は、神の肉体と人間の魂を持っている。生き続けることで魂が成長し、それが神の肉体を変え、強くなり続ける。「神殺し」と呼ばれる存在が、忌みされる理由がそれだ。下手をしたら、現神たちをも超えかねないからだ。ディアン殿はそのことを自覚し、あくまでも人間として、目立たぬように暮らしている。これまで、そうした「神殺しの存在」はディアン・ケヒト唯一人だった。だが、「新たな神殺し」が誕生したのやも知れぬ。ミカエラ殿と同様、我もその力を感じた。大いなる災いの種になるやも知れぬ・・・』

 

インドリトは腕を組んだ。「神殺し」については、可能性として論じられている。自分の師は、神を殺したわけではない。転生時において、神の肉体を得たに過ぎない。その結果として、神殺しと同じ状態となっているが、師はそのことに、後悔すら抱いている。「神を殺せる人間」など、想像すらできない。まして、その肉体を乗っ取って永遠に生きるなど、その感覚は理解不能である。

 

『新たに誕生した「神殺し」・・・ダカーハ殿、ミカエラ殿は、その神殺しがターペ=エトフの災いになる、とお考えなのですか?』

 

『判らぬ。強き気配は消えた。だが何処かにいるはずだ。いずれこの地に来る可能性は否定できぬ。正直に言えば、我もミカエラ殿も、本当に神殺しなのかどうかさえ、判断ができぬのだ。確かなことは、神に匹敵する力を持った「何か」が誕生したということだけだ』

 

『インドリト王、ディアン・ケヒト殿はどちらに?』

 

『師は、スティンルーラ族の支援のために、セアール地方南部の街クライナにいます。バリハルト神殿とスティンルーラ族との間に、全面戦争が勃発しました。スティンルーラ族は三万人程度です。バリハルト神殿に対抗するには限界があるでしょう』

 

『ディアン殿は魔神とはいえ、魂は人間です。新たな力の誕生について、恐らくは気づいていないでしょう。お許しを頂けるのであれば、私がこれから向かい、彼に伝えたいと思います』

 

『しかし、ミカエラ殿にそのような事をお願いするわけには・・・』

 

美しい天使は、少し顔を赤くして笑った。

 

『私が彼に会いたいのです。前に逢ってから、そろそろ三月が経ちますし・・・』

 

 

 

 

 

セリカは舳先から海を見続けていた。自分の身に起きたことを考え続ける。自分はセリカ・シルフィルである。それなのに、顔はサティアの顔である。一方で、肉体は男性なのだ。サティアの肉体ならば、女性の身体でなければ可怪しい。一体、自分は何なのか、これからどうしたら良いのか、全く解らなかった。とにかく、バリハルト神殿に戻れば何かが解るだろう・・・セリカはそう願っていた。スフィーダが背後から声を掛けてきた。

 

『セリカ、お前を船内に入れるわけにはいかん。また食事も出すことは出来ぬ。私はまだ、お前の言葉を信じたわけではないからな』

 

『あぁ、それで構わない。腹は特に減っていないしな・・・』

 

空腹感は無かった。だがそれとは異なる「飢餓感」があった。こうして立っているだけで、何かが失われていくのを感じる。スフィーダがセリカに質問をした。

 

『自分の身に何が起きたのか、まだ解らないのか?』

 

『あぁ・・・何故、俺がサティアの顔をしているのか・・・あの時、ウツロノウツワを浄化した時に、何が起きたのか・・・神殿に戻れば、解ると思うのだが・・・』

 

『今、ウツロノウツワを浄化したと言ったのか?浄化は出来たのだな?』

 

『あぁ・・・サティアは古の神アストライアだった。ウツロノウツワを浄化しようとして、バリハルト神殿に近づいたんだ。俺の精神はウツワに汚染され、正気を失っていた。だが最後の瞬間で、正気を取り戻した。サティアと共に、自分の身そのものを焼き尽くそうとした・・・』

 

『なるほど・・・あるいはその時に、古神がその肉体をお前に与えたのかも知れんな。つまりお前は、セリカ・シルフィルであって、そうではない。古神の肉体を手に入れた「神殺し」になったのか』

 

スフィーダは何かに納得するように頷くと、舳先に立った。

 

『セリカ、お前を神殿に連れて行くことは出来ん!お前は古神と繋がった。バリハルト神殿は、古神を決して許さない。この身を賭して、お前をここで殺す!』

 

スフィーダはそう言うと、両手を天に広げた。

 

『バリハルト神よ。我らが身を贄として捧げます。その御力によって、大いなる嵐を齎し給え!』

 

スフィーダは空に向かって全生命力を放出した。力尽きたように、海へと落ちていく。セリカは止めることすら出来なかった。見る見るうちに、空が暗くなり、やがて嵐が起き始める。セリカを載せた船は、激しい雷雨に翻弄させ、やがて津波に飲まれた。海へと投げ込まれ、セリカの意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

ブレニア内海の中規模漁村で、その戦いは行われていた。スティンルーラ族の戦士たちを率いた黒衣の男が、木刀を奮う。バリハルト神殿の戦士たちは次々と意識を失っていった。

 

『ウツワの狂気が消えている。これ以上、殺す必要はない!彼らは元々は、漁民や農民だ。やがて出来るスティンルーラの国の、大切な民になる!』

 

森の結界を出たディアンは、それまで漂っていたウツロノウツワの気配が消えていることに気づいた。どうやら、アストライアが浄化に成功したようである。バリハルト神殿の騎士たちは混乱し、一時、撤退をしたようだ。エカティカはこれを機に、奪われた土地を奪還するために、バリハルト神殿への総力戦を族長に提言した。

 

『ディアン殿は、どうお考えになりますか?』

 

『エカティカの言を推します。ウツロノウツワの邪気が消えています。これまで狂気に呑まれていた民たちも、正気を取り戻すでしょう。そして自らを振り返り、バリハルト神殿への不信感を持つはずです。バリハルト神殿に代わる、新たな拠り所として、スティンルーラ族による「公平・平等な統治」を示せば、受け入れると思います』

 

族長のエルザ・テレパティスは頷いた。元々、バリハルト神殿との徹底抗戦は、既定路線である。この機に一気に、マクルまで攻め寄せるべきだろう。だがディアンはそれを止めた。宗教そのものが持つ「狂気性」を懸念したからである。

 

『バリハルト神殿からウツワの気配が消えたとはいえ、彼らの狂気が消えるかは解りません。普通であれば自らを省みて、恥じ、反省をすべきでしょう。ですがそれをしてしまうと、信仰心そのものが揺らぎます。彼らは、己の所業と信仰心の狭間で行き来し、やがて信仰心を選択するでしょう』

 

『つまり?』

 

『全ては神の思し召し、と自分を正当化し、進んで狂気の道を進むはずです。強襲などすれば、自らを護るために、民衆を人質に取りかねません。お忘れなきよう。二百五十年前、貴方がたスティンルーラ族がこの地を追われた時には、ウツロノウツワは無かったのです』

 

エルザは頷いた。

 

『ディアン・ケヒト殿、貴方に助力をお願いします。エルザたちを率いて、マクルまでの土地を開放して下さい。出来るだけ、殺さないように・・・』

 

『安んじて、お任せあれ・・・』

 

ディアンは胸に手を当てて一礼した。エルザをはじめとするスティンルーラ族の戦士、五百名を率いてクライナを出たディアンは、そのまま南下し、漁村へと攻め込んだのである。当初は、抵抗の素振りを示した漁民たちも、すぐに降伏をした。バリハルト神殿の神官が後方から叫ぶ。

 

『バリハルト神に逆らいし、蛮族どもめ!お前たち、神罰が恐ろしくないのか!』

 

目が血走っている。自ら信仰心に酔い、狂気に走っているのだ。ディアンは溜め息をついた。かつて同じような目をした「バカ」を見ている。こうした狂信者は、いつ見ても反吐が出る。ディアンは神官に向かって歩みを進めた。雷系魔術が襲ってくる。だが結界により、球形に分裂する。落雷の中を平然と歩く。尻もちをついた神官を見下ろし、ディアンは剣を抜いた。

 

『問う。お前は、自らの所業を省みないのか?無関係な漁民たちを徴兵し、武器を持たせて戦わせるなど、バリハルト神が望んだことなのか?』

 

『黙れ!我らはバリハルト神の敬虔なる信徒ぞ!我らの行為は全て、バリハルト神の御意志である!』

 

『言っても無駄か。ならば、死ね・・・』

 

ディアンは剣を一閃した。神官の首が落ちた。鎮圧が終わった漁村に、食料や医薬品が運ばれてくる。漁民たちも落ち着きを取り戻したようだ。ディアンは海を見つめた。やがてこの地に、スティンルーラ族による統一国家が誕生する。ターペ=エトフ、レウィニア神権国、スティンルーラ国の三カ国が、同盟関係を結び交易を行えば、さらに豊かになるだろう。そして豊かさという「実り」と、情報交換という「学び」が、人々を成長させ信仰心を客観化させていく。数百年後には、この地に三つの「共和国」が誕生するかもしれない。そしていずれ、大陸全体に広がる・・・ 海を見つめながら考え事をしていると、目の前に異変が起きた。内海の空が暗くなり、嵐が起き始めたのだ。ディアンは眉をひそめた。

 

『あれは・・・ただの嵐ではない。呪術的なものだ。生贄を捧げたのか?誰の仕業かは知らんが、愚かなことを・・・』

 

呪術的な嵐であれば、自然現象ではないため、当分の間は晴れることはない。これを仕掛けた者は、この内海で生活をする民たちを考えたのだろうか。いつ晴れるか解らない嵐を前に、漁民たちはどう生活をすれば良いのだ。ディアンは舌打ちをした。

 

『全く、迷惑な嵐ですね・・・』

 

上から声が聞こえた。見上げるとそこには、美しい天使が微笑みを浮かべて佇んでいた。

 

 

 

 

 

『御師範さま~ 変な嵐が起きています~』

 

翼の腕を持つ少女が、間延びした可愛らしい声を発する。一見すると睡魔族のように露出が高い服装をしている。少女の後から、濃褐色の外套を羽織った青年が歩いてきた。

 

『ペルル、あまり遠くに行かないように・・・おや、確かに妙な嵐ですね・・・呪術の気配を感じます』

 

『街の人が見たっていう「火柱」と、何か関係があるのかなぁ』

 

『偶然とは思えませんね。いずれにしても、火柱が昇ったのは、ここから更に西でしょう。私たちはもう、ディジェネール地方に入っています。魔獣が襲ってくるかもしれませんから、気をつけるように』

 

『はーい・・・あれ?御師範さま、あそこ・・・』

 

ペルルが翼で指をさす。赤い髪をした美しい女性が、岩場に打ち上げられていた。

 

 

 

 

 

『う・・・』

 

神殺しセリカ・シルフィルは瞼を開いた。石造りに天井が見える。意識がハッキリしてくると、自分の横に横たわる少女がいた。上半身をピッタリとくっつけている。セリカは状況がつかめなかった。だが生き残ったのは確かなようである。寝台を這い出て、立ち上がろうとする。だが身体に力が入らない。蹌踉めいて、机に手をつく。

 

『あぁ、まだダメだよぅ!寝てないと・・・』

 

目を覚ました少女が声を掛けてくる。セリカは支えられて寝台に腰掛けた。少女が背中から包み込んでくれる。それだけで、何か癒やされていく感覚がした。部屋の扉が叩扉された。

 

『気づかれましたか?』

 

穏やかな眼をした青年が入ってきた。寝台の近くにある椅子に腰掛け、セリカを見る。

 

『すまない。世話になった・・・』

 

『まだ世話をしている最中です。まずは横になって下さい。ペルル、引き続き、彼に寄り添うように・・・』

 

『はーい』

 

セリカは寝台に寝かされる。ペルルはその横でセリカに抱きついた。男はその様子に頷いて、説明をした。

 

『混乱をしていらっしゃるでしょうから、ご説明をします。ここはアヴァタール地方南部にある地下都市フノーロです。私たちはディジェネール地方の海岸で、貴方を発見しました。貴方を運ぶ途中で、通常とは異なる回復方法が必要と判断し、こうして弟子のペルルに世話をさせているのです』

 

『そうか・・・助かる』

 

『申し遅れました。私は「アビルース」と申します。貴方は?』

 

『セリカ・シルフィルだ』

 

『シルフィル?・・・そうですか、なるほど・・・』

 

アビルースは得心したように頷いた。

 

『まずは精気を回復させて下さい。ペルルには言い含めてあります。意識が戻ったのなら、より早い回復方法も出来るでしょうから・・・』

 

アビルースは笑って、立ち上がると扉から出ていった。セリカはアビルースが何を言っているのか、判断できなかった。ペルルが笑顔で上に乗ってきた。

 

『ボクに任せて。早く回復しようね~』

 

 

 

 

 

地下都市から地上に出たアビルースは、満天の夜空を見上げた。闇夜の眷属の中でも、自分の血筋は呪われていると言われている。「神の肉体を乗っ取る」という狂気に取り憑かれた魔術師が生まれてから、三百年の歳月が流れ、この血筋も、自分が最後の独りとなった。アビルースは、自分に流れている血筋が嫌いだった。この血筋を引いていた母親は、自分を食べさせるために身を売り、早くして死んだ。母親が残した最後の言葉が無ければ、自分も命を断ったかもしれない。

 

『アビルース・・・私たちの血筋は、決して呪われてなんかいない。私たちの先祖は、誇りを持って神と戦ったの・・・これが、その証拠よ』

 

母から渡された一冊の魔導書は、暗号で書かれていた。強い魔力を引き継いだ、一族の血筋だけが読める暗号である。それを読んで、アビルースの中に志が芽生えた。だがそれは、果てしなく大きく、遠い理想である。人間の寿命では、とても実現できないだろう。志を持ちながらも、この地下都市で鬱屈した暮らしをしていたところに、彼が現れた。

 

『これが、我が一族の運命なのでしょうか?「ブレアード」よ・・・』

 

アビルース・カッサレは瞑目した。

 

 

 

 




【次話予告】
地下都市フノーロで、セリカは精気の回復を図った。アビルースとペルルとの共同生活は、セリカにとって久々の安らぎであった。だが、セリカには「マクルに戻る」という目的があった。

一方、ターペ=エトフに近接する「黒竜族の縄張り」に、南方から竜が尋ねてきた。友との再会にダカーハは喜ぶが、齎された知らせは深刻なものであった。ディジェネール地方に「異界」が出現したのである。


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第七十一話「異界の出現」

Sors immanis
et inanis,
rota tu volubilis,
status malus,
vana salus
semper dissolubilis,
obumbrata
et velata
michi quoque niteris;
nunc per ludum
dorsum nudum
fero tui sceleris.

恐ろしく
虚ろな運命よ
運命の車を廻らし
悪意のもとに
すこやかなるものを病まし
意のままに衰えさせる
影をまとい
ヴェールに隠れ
私を悩まさずにはおかない
では、なす術もなく
汝の非道に
私の裸の背をさらすとしよう・・・

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