戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第六十九話:「神殺し」の誕生

ターペ=エトフ歴二百四十年、マクルの街を実質的に統治していたバリハルト神殿は、神殺しセリカ・シルフィルの手によって崩壊する。統治者を失ったマクルは、同時期にマクルに攻め寄せたスティンルーラ族の庇護を受け、バリハルト神殿は、セアール地方南部から完全撤退を余儀なくされるのである。「マクル動乱」と呼ばれるこの事件は、バリハルト神殿の暴走に原因があると言われているが、何故、バリハルト神殿が暴走したのかまでは、不明のままである。

 

後世、スティンルーラ女王国の資料庫から、当時のバリハルト神殿の様子について描かれた資料が発見されているが、その内容は正に「狂気」と言うに相応しいものであった。バリハルト神の神格者となったセリカ・シルフィルは、マクルにおいて「超法規的存在」となっていた。つまり「如何なる非道も許される立場」であり、三桁に近い数の女性たちが、セリカ・シルフィルによって暴行を受けたと記録されている。また、それに抗議をした者は、神に背く背信者として処罰をされている。ターペ=エトフ歴二百三十八年の「風花の月(十二月)」、セリカ・シルフィルは邪教徒討伐のため、ミニエからディジェネール地方に向けて出港した。それが、狂気に取り憑かれた青年の「最後の姿」であった・・・

 

 

 

 

 

『クソッ!一体、どうしちまったっていうんだい!』

 

スティンルーラ族の女戦士エカティカは、怒声を挙げながら剣を奮った。これまで、縄張りの外を彷徨いていただけのバリハルト騎士たちが、剣を抜いて押し寄せてきたのである。数十年間続いた「奇妙な均衡」は崩れ、バリハルト神殿とスティンルーラ族の全面戦争が始まった。マクルに潜伏をしていた諜者からの情報では、マクルの街は狂乱の状態となっているそうである。あちこちで女性たちが犯され、若い男たちは皆、バリハルト神殿に兵士として徴用されているらしい。マクルはもはや、都市として機能しない状態となっている。

 

『ウツワの影響だな。皆、狂っている・・・』

 

一瞬で十名以上を斬り倒したディアンは、溜め息をついた。ウツワの影響はマクルだけではなく、スティンルーラ族にまで及んでいた。暴力事件などが頻発し始めたのである。長老のアメデは、ディアンに「結界形成」を依頼してきた。ウツロノウツワに直接触れたディアンだけが、魔気の性質を識っているからである。一時的にバリハルト騎士を退けたディアンは、スティンルーラ族たちの血液で森全体に結界を張っていった。攻め寄せる騎士たちを止めることは出来ないが、魔気は抑えられる。クライナでは、狂気に取り憑かれたスティンルーラ人の治療が行われている。結界を発動させると、これまで騒いでいた動物たちも静まった。魔気が消えたことを感じたエカティカたちも安心した様子を見せる。クライナに戻ったディアンを族長のエルザが迎えた。初代族長と同じ名前で、外見まで似ている。

 

『ディアン殿、感謝します。これで皆も落ち着くでしょう』

 

エルザ・テレパティスは安心した表情を浮かべ、礼を述べた。口調だけは初代とは似ても似つかない。そのことを内心で可笑しく思いながら、ディアンは返答した。

 

『残念ながら、この結界はウツワの魔気を抑えるだけのものです。これ以上の結界を張ると、この森は完全に立ち入り不可能になってしまいますので・・・』

 

『理解しています。マクルから撤収した諜者の話では、街を離れる者も増えているそうです。狂気から逃れた者にとっては、マクルは正に「魔都」なのでしょう。そうした者たちも、この森で受け入れたいと考えています』

 

『ラギールの店も閉店をしたそうですね。「あの」ラギールまで見放したとなれば、マクルは数年も保たず、崩壊するでしょう。バリハルト神自身が出てこない限り、神殿の暴走は止まらないと思います』

 

『ターペ=エトフとレウィニア神権国は、スティンルーラ族への全面支援を決定しました。必要な物資があれば、何でも仰って下さい』

 

プレイア領事であるカテリーナ・パラベルムが言葉を続けた。エルザは笑みを浮かべて頷いた。

 

『百万の味方を得た思いです。バリハルト神殿は、私たちスティンルーラ族が食い止めます。ご支援のほど、どうか宜しくお願いします』

 

 

 

 

 

神格者となってからおよそ一月、セリカ・シルフィルは性魔術による魔力増幅を図っていた。目に付いた若い女を手当たり次第に犯していく。文句を言う奴は、神剣スティルヴァーレで首を刎ねた。自分は神格者なのである。邪教徒討伐のためなら、どのようなことも許されるのだ。酒場の娼婦セミネ・タレイアから精気を吸収する。死なない程度にと思っていたが、どうやら加減を間違えたらしい。セミネは目を見開いて死んでいた。死体に目もくれず、酒場を出る。性魔術による魔力増幅も限界に達している。討伐の鬨が来たのだ。

 

『・・・あなたは一体、何人の女性を・・・』

 

死体処理に駆けつけたカミーヌが、文句を言いたげな表情をした。バリハルト神殿の神官であるなら、自分に積極的に協力すべきなのに、未だに自分に躰を開くことを拒否している。一応は神官だから、無理強いはしていない。セリカは五月蝿そうに返答した。

 

『お前は、今まで食った麺麭(パン)の枚数を覚えているのか?お前も麺麭になりたいか?』

 

カミーヌは青ざめた表情を浮かべ、急いで酒場に入った。セリカは鼻で笑い、騎士たちに告げた。

 

『明日、出陣する。準備をしておけ』

 

三日後、ミニエの港町から一艘の船が南に向けて出航した。乗せている兵士はそれほど多くは無い。今回の目的地は、ニアクールではなくその南にある「勅封の斜宮」である。潮風に吹かれながら、セリカは水平線を眺めていた。昂ぶる「気」を抑え込む。神格者となったことで、セリカの力は飛躍的に上がっている。今の自分であれば、あの「黒衣の男」すら斬ることが出来る・・・セリカはそう確信していた。

 

 

 

 

 

『我が主よ、よくぞご無事で・・・』

 

四人の女たちが、赤髪の女神に傅いている。古の大女神アストライアの使徒たちであった。リア、テシルヌ、マクアエナ、ロットの四守護である。三神戦争後、いつか来る再起の日のために、古神たちはその力を各地に眠らせていた。龍人族は、それを護る役割を負っている。勅封の斜宮を開放したことで、大女神アストライアは本来の力を取り戻した。正義を判断する天秤を持ち、時として剣を奮う「戦女神」である。その力は、古の最高神たち「オリンポス十二神」にも匹敵する。アストライアは、神気を放ちながら指示を出した。

 

≪間もなく、私を殺すために、一人の男がこの宮に攻めて来るでしょう。貴女たちはそれぞれに、超人の力を持っています。ですが決して油断無きよう・・・その者は、現神バリハルトの神格者であり、私の妹「アイドス」と融合しています。神の力を持っていると考えておきなさい≫

 

『私たちが必ず止めます。我が主は、浄化のご準備を・・・』

 

アストライアは瞑目して頷いた。この四人でも止められないかもしれない。近づく気配は、それ程に強烈である。「あの魔神(ディアン)」であれば可能だろうが、力を借りるわけにはいかない。これは「古神(自分)たちの問題」なのだ。アストライアは胸が傷んだ。自分が愛した「唯一の男」を殺さなければならない。心優しく、意志が強く、それでいて「在り方」に悩み苦しんでいた人間・・・弱さと向き合い、それを抱えながらも前に進もうとしていた人間だからこそ、自分は愛したのである。いま近づいている男は、自分が愛した男とは、似ても似つかぬ存在だ。

 

(セリカ・・・私は貴方と戦います。貴方の為にも・・・)

 

大女神アストライア(サティア・セイルーン)は決意の表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

ディジェネール地方ニアクール近郊に接岸した船から、バリハルト神殿神格者セリカ・シルフィルが下りてくる。その後ろに、スフィーダやカミーヌなどが続く。ここから勅封の斜宮までは、馬で二日ほどである。セリカたちは休む間もなく、南へと向かった。セリカの中に、えも言えぬ「焦燥感」があった。

 

早く「あの女」を殺してやりたい・・・

 

自分でも理解できない衝動に突き動かされながら進むセリカの前に、一人の龍人が姿を現した。騎士たちが構えるのを止め、セリカは進み出た。

 

『お前は確か、ニアクールのリ・クティナだったな・・・俺の前に姿を現すとは良い度胸だ』

 

『人間族にしては見所のある男と思っておったが、残念じゃ。ウツワの狂気に取り込まれたか・・・』

 

『取り込まれた?俺が取り込んだのだ。ウツロノウツワを取り込み、俺は超人の力を得た。丁度良い。討伐の狼煙として、まずはお前から殺してやるっ!』

 

リ・クティナに斬りかかる。スティルヴァーレで真っ二つにした。だが手応えが無い。目の前の龍人は、魔力を使った投影像であった。リ・クティナは溜息をついて、少し笑った。

 

『・・・安心したぞ。この程度すら見抜けぬ程に理性を失っているのであれば、とても斜宮を進むことなど出来まい。我らが主の力によって、その穢れた身を浄化されるが良い』

 

リ・クティナは姿を消した。セリカは舌打ちをした。怒りで、景色が赤くなる。このままニアクールに行って、龍人どもを皆殺しにしてやろうか・・・ だが、スフィーダが丁重に進言をしてきた。

 

『セリカ様、目的は斜宮の邪教徒を討伐することです。報復は、その後でもよろしいのでは・・・』

 

セリカは少し考えて頷くと、先へと進んだ。

 

 

 

 

 

勅封の斜宮は、山を刳り貫いたような構造になっている。その昔、古神が秘力を封じたと謂われ、忌み嫌われている迷宮だ。命知らずの冒険者が挑もうとしたが、入口の扉は未知の力で封じられ、入ることすら出来なかったらしい。セリカたちが入口に立つと、その扉が開いていた。明らかな「罠」である。

 

『お前たちはここで待機しろ。ここから先は、俺独りで行く』

 

『ですが・・・』

 

『俺は神格者だ。だから判る。ここにあの女がいる。お前たちがいると足手まといなだけだ』

 

『・・・解りました。どうか、ご武運を』

 

『どれだけの規模かは解らないが、三日経っても俺が出てこなかったら、入ってこい』

 

セリカはそう言うと、斜宮へと足を踏み入れた。勅封の斜宮は、入り口から奥に向かって、緩やかな上り坂になっている。迷宮である上に、勾配があるため、踏み入れたものは方向感覚を失いやすい。神の力を封じるに相応しい、荘厳な造りをしている。

 

『フンッ、邪神と謂えども神は神か・・・あの女は、上だな?』

 

魔物の雰囲気は無いが、強い気配を複数感じる。だがセリカに恐怖はなかった。「あの女を殺す」という妄執に取り憑かれ、奥へ奥へと進んだ。

 

 

 

 

 

勅封の斜宮の最上層「山頂」において、サティアは微かな痛みを胸に感じた。また一人、使徒が殺されたのである。残る使徒は、第一使徒の「天使族テシルヌ」だけである。使徒に異変があれば、主人にも伝わる。既に三人が、闘いの末に打ちのめされ、神格者の「贄」とされている。テシルヌでも止めることは出来ないだろう。だがそれ以上に、サティアは神格者セリカ・シルフィルの滅びを感じていた。

 

(セリカ・・・貴方は解っていない。神格者は擬似的神核を持つ超人の存在。ですが、それは神格者として、更なる修練を続けた者が辿り着く境地なのです。短期間で力を得ようとすれば、肉体がそれに絶えきれません。性魔術で痛みを忘れているのでしょうけど、肉体の消耗は消せません。このままでは、貴方の身体が保ちません・・・)

 

神格を得ることで、肉体は不老となり、身体能力も魔力も回復力も急上昇をする。だがそれは、肉体が耐えられる範囲での上昇である。神格を得たとしても、核を入れる器は人間の肉体なのだ。神格者は長い歳月をかけて、肉体そのものを変質させていく。それを急激に求めるのが「魔人」であり、だから魔人の外見は、大きく変質をしてしまう。神格者セリカ・シルフィルが体内に形成をしたのは擬似的神核では無い。ウツロノウツワという「古神の神核」を土台として神格者になったのだ。そこで得られる力は、通常の神格者を大きく超える。人間の肉体が、保つはずが無い。

 

『クッ・・・』

 

ズキンッという痛みが走った。第一使徒までがセリカに吸収された。もはやこの宮に残るのは、自分独りである。サティアは決意した。ここに来る男は、自分が愛している「セリカ」ではない。バリハルト神殿の神格者「セリカ・シルフィル」なのである。何を躊躇する必要があろうか。男ごと、妹を焼き尽くしてしまえば良い。

 

バタンッ

 

扉を開く音が響いた・・・

 

 

 

 

 

セリカ・シルフィルは逸る気持ちを抑え、ゆっくりと階段を上がっていった。やがて山頂にたどり着く。赤い髪の女が佇んでいた。哀しそうな表情を浮かべている。

 

『見つけたぞ!お前だな!俺をここまで苛つかせるのは!』

 

『セリカ・・・』

 

『古神に連なりし邪教徒め、神格者として罰を下してやる!』

 

『セリカ・・・貴方は、何も解っていない。私は邪教徒なんかじゃないわ』

 

セリカ・シルフィルは血走った眼でサティアを睨んだ。

 

『なら、お前は何だ!お前の正体は、何なんだ!』

 

『本当は、貴方に伝えたかった。でも出来なかった。怖かったから。私の正体を知った時に、貴方はどうするか。私はどうしても信じきれなかった。それで、貴方を裏切ってしまった・・・』

 

セリカ・シルフィルは更に絶叫した。だが言葉が変化をし始める

 

『お前は裏切った!(わたし)を裏切った!』

 

(なんだ?なぜ、勝手に言葉が出てくるんだ?裏切ったとはなんだ?)

 

『共に人間を導こう、争いを終わらせようと約束をしたのに、お前は(わたし)を残し、逃げ去った!』

 

『違うわっ!貴女を裏切ったんじゃない!こんな・・・こんな姿になるなんて・・・ごめんなさい。本当に・・・ごめんなさい・・・』

 

『黙れっ!裏切り者のお前をここで殺してやるっ!』

 

セリカ・シルフィルは剣を抜こうとした。だが手が途中で止まる。

 

『な、なんだ?何かが邪魔を・・・』

 

狂気に取り憑かれた表情に変化が起きる。

 

『サ、サティアッ・・・逃げ‥ろ・・・』

 

『セリカッ!』

 

『は、早くっ・・・』

 

ウツロノウツワに穢され、バリハルト神殿の狂気の儀式に晒され、それでもセリカの一部は耐え抜いた。それは、サティア・セイルーンへの純粋なほどの愛であった。

 

『貴方は、戦っているのね?生きるために、諦めずに闘い続けているのね!』

 

涙を流しながら、サティアは笑顔を浮かべた。そしてその表情が一変する。愛する男が闘い続けているのである。自分がここで屈するわけにはいかない。サティア・セイルーンの気配が変わる。眩いほどの神気を放つ「戦女神」が現れる。

 

«私は、大神ゼウスとテミスの娘、星光の下に生まれしホーライ三姉妹の一柱、正義を司りし大女神「アストライア」、私はこれまで、一度として己のために剣を奮ったことはありません。ですが今ここで、私は初めて自分のために剣を奮います。私が愛した、ただ一人の男、人間サティア・セイルーンとして愛した貴方(セリカ)を救うために、私は貴方を殺します!セリカ・シルフィルッ!»

 

中空に正義を測る天秤が現れ、それが剣へと変容する。

 

«出よ!「天秤の十字架《リブラクルース》!»

 

黄金色の剣を握り、女神アストライアが構えた。再び神格者に戻ったセリカ・シルフィルは、口元を歪めた。

 

『クハハハッ!現れたな邪神め!俺がここで討ち滅ぼしてやる!』

 

古の大女神と、現神の神格者の闘いが始まった・・・

 

 

 

 

 

セリカ・シルフィルが斜宮に入ってから、間もなく三日が経とうとしていた。順調に行けば、そろそろ戻ってきても良い頃である。だがその気配はない。その時、山頂付近から凄まじい気配が放たれた。麓で待機する騎士たちですら、気づくほどの強さである。スフィーダとカミーヌは顔を見合わせ、頷いた。全員が斜宮へと入った。

 

 

 

 

 

神格者セリカ・シルフィルの力は、確かに人の域を大きく超えたものであった。だが神格者となってから、まだ若すぎる。ウツロノウツワという人間には決して馴染まない神核を取り入れたことで、セリカ・シルフィルの肉体は崩壊が始まっていた。だが、アストライアは剣を止めなかった。二振りの聖剣が火花を散らす。セリカ・シルフィルは間もなく死ぬ。ならばせめて、自分が愛した男「セリカ」として死なせてやるべきだ。アストライアは涙を零しながら、最後の一突きを繰り出した。

 

ズンッ

 

衝撃が走った。セリカ・シルフィルの剣スティルヴァーレが、アストライアを貫いている。その瞬間、セリカ・シルフィルの表情が一変した。ウツロノウツワの呪いが全面に出る。

 

«ハハハハッ!やったぞ!とうとう裏切り者を殺してやったわ!»

 

«・・・セリ‥カ・・・»

 

その時、スティルヴァーレが燃え上がった。凄まじい炎が蜷局を巻いて立ち上る。セリカ・シルフィルの意識を乗っ取っている邪神アイドスが叫ぶ。

 

«ギャァァァッ!おのれ、おのれぇぇっ!バリハルト神殿めっ!最初からこれを狙って・・・»

 

スティルヴァーレを手放そうとする。だが手が動かない。アイドスの顔が変化し、セリカが前に出てくる。

 

『さ、させない。お前は、ここで滅びるんだっ!』

 

«セリカ・・・»

 

『ごめんよ、サティア・・・君との約束を守れなかった。一緒に生きようと約束をしたのに・・・』

 

«いいの・・・私には出来なかった。貴方を殺すなんて、どうしても出来ない・・・でも、貴方が手伝ってくれるのなら、行きましょう。一緒に・・・»

 

炎の性質が変化する。アストライアの魔力を受けて、邪を滅ぼす聖なる炎が立ち上る。炎の竜巻が遥か天まで届く。

 

«貴様、貴様ぁぁっ!いいのか?貴様も死ぬのだぞ!»

 

『構わない。俺はもう死んでいる!お前を道連れに出来るのなら本望だ!それに、サティアも一緒だからな!』

 

«消える・・・我が・・・消え・・・»

 

聖なる炎によって、ウツロノウツワは浄化された。炎の中で、セリカは元の精神へと戻っていった。目の前にいる愛しい女性を抱きしめる。

 

『サティア・・・一緒だよ。ずっと・・・ずっと一緒だ』

 

サティアは微笑んだ。だがその瞳に哀しみが浮いていた。セリカは、サティアが急速に離れていくのを感じた。

 

『サティア?サティア!何処に行くんだ!』

 

«何処にも行かないわ。私はずっと、貴方と一緒よ・・・生きて、セリカ・・・貴方は、生き続けて。貴方が生きている限り、私はずっと一緒にいる・・・»

 

セリカの視界が左右に割れる。別の何かが身体を埋めていく。セリカは手を伸ばして叫んだ。

 

『サティアァァァァ!』

 

セリカの意識は、そこで途切れた。

 

 

 

 

 

女の悲鳴で、ぼやけていた視界が戻る。瞳に色情を浮かべ、喜悦で涎を垂らしている女が、腰に脚を巻きつけている。俺は理解できなかった。一体、この女は誰なんだ?何で女と交じっているのだろうか?だが強力な飢餓感に襲われた。夢中になって女体を貪る。女の悲鳴が一際長く続く。何か強い力を取り込んだと思ったら、目の前の女は息絶えていた。

 

『カミーヌッ!』

 

剣を抜いた男たちが向かってくる。一体誰だ?男たちは剣を構えながら、俺の周りを取り囲む。

 

『こ、これは・・・お前、男だったのか!いや、古の神なら何でもアリか・・・』

 

『スフィーダ?何を言っているんだ?サティアは何処だ?』

 

近づこうとしたら男が斬りかかってきた。危ないじゃないか。躱して顔面に拳を叩き込んだ。軽く打ったつもりだった。だが男は顔面を凹ませ、十数歩離れた壁に打ちつけられた。俺は驚いた。加減を間違えたのか?落ちている剣を拾う。

 

『剣を捨てろ!セリカは?セリカ・シルフィルは何処だ!』

 

『俺がセリカ・シルフィルだ。目が可怪しいのか?それとも何か魔術が掛けられているのか?』

 

『何を言っている・・・邪神め、セリカに何をした!』

 

随分とゆっくり斬りかかってくるなと思いながら、俺は飛燕剣を繰り出した。軽く切った筈なのに、男たちの上半身が真っ二つになる。

 

『ヒッ・・・』

 

騎士たちが後ずさる。その中で、スフィーダが怪訝な表情を浮かべた。

 

『今の剣は、飛燕剣ではないか!何故だ?何故、貴様が飛燕剣を扱える!』

 

『当然だろう。ダルノスに散々に仕込まれたんだ。スフィーダだって見ていただろう?』

 

『お前は・・・本当にセリカ・シルフィルなのか?』

 

『だからさっきからそう言っているだろう?どうして信じられないんだ?』

 

『自分の姿を見てみろ!その姿で、どうやって信じられる!』

 

『俺の姿?』

 

俺は赤黒い血溜まりに進んでいった。松明の炎で自分の姿が薄暗く浮かぶ。そこには・・・赤い髪の女が映っていた。

 

『な、な、何だ、これはぁぁぁぁぁっ!』

 

神殺しセリカ・シルフィルは絶叫した。

 

 

 




【次話予告】
飢餓感に襲われながら、セリカはアヴァタール地方南部の街「フノーロの地下街」に入った。一人の若い魔術師と、翼の手を持つ魔物に助けられる。自分の身に何が起きたのかを理解するため、セリカはマクルに戻ることを決意する。それは次なる悲劇への序章であった・・・


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第七十話「カッサレの末裔」

Sors immanis
et inanis,
rota tu volubilis,
status malus,
vana salus
semper dissolubilis,
obumbrata
et velata
michi quoque niteris;
nunc per ludum
dorsum nudum
fero tui sceleris.

恐ろしく
虚ろな運命よ
運命の車を廻らし
悪意のもとに
すこやかなるものを病まし
意のままに衰えさせる
影をまとい
ヴェールに隠れ
私を悩まさずにはおかない
では、なす術もなく
汝の非道に
私の裸の背をさらすとしよう・・・

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