戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第六十六話:冷静と狂気の狭間で

ディジェネール地方は古来より「暗黒地帯」と呼ばれている。ブレニア内海南岸から南方セテトリ地方まで広がる広大な原生林には、龍人族、獣人族、ヴァリ=エルフ族などの集落が点在し、集落間には強力な魔獣が縄張りを形成している。そのため、人間族が立ち入ることはほぼ不可能であり、冒険者たちの好奇心を掻き立てている。ブレニア内海南岸には、西方諸国の入り口である「ベルリア王国」からレンストの街を中心とする「バリアレス都市国家連合」までの行商路が拓けている。暗黒地帯踏破を目指す冒険家たちは、セトの村など内海沿岸の街を拠点として、冒険に出るのである。

 

光神殿勢力がディジェネール地方に入った記録としては、バリハルト神殿による「ニアクール遠征」「勅封の斜宮探索」がある。この二つは、内海に近く、古来より人間族にも知られていた。しかし、ニアクールの遺跡群は龍人族が縄張りとしており、勅封の斜宮は現神によって封じられていたため、立ち入ることが不可能であった。バリハルト神殿がこの二つに入ることが出来たのは、神格者「セリカ・シルフィル」の力が大きいと言われている。

 

後世、アヴァタール地方南方からニース地方までを治める大帝国「エディカーヌ帝国」は、ディジェネール地方の亜人族たちとも、個別の関係を結んでいる。遥か後世においては、帝都スケーマからディジェネール地方西岸まで伸びる「大横断路」が形成されるが、エディカーヌ帝国形成とほぼ同時期に、内海南岸に拠点を設け、暗黒地帯への立ち入りを極端に制限していたため、ディジェネール地方の全容を知る者はごく一握りの状態となっている。

 

 

 

 

 

マクルの街に入ったディアンたちは、夜半を待ってバリハルト神殿に侵入した。魔術結界などを利用した警報体制などはあるが、見張り役となる兵士たちが不足している。神殿奥まで侵入すると、邪悪な気配を放っている扉の前で立ち止まった。

 

『どうやらココだな』

 

封魔の結界を解除し、扉を開ける。凄まじい邪の気配が溢れる。ディアンは目を細めた。扉を潜ると同時に、魔神化する。気配の元凶である中央部まで歩く。二人の使徒も気を張っている。並の人間では、この気配に耐えるのは無理だろう。中央の台座に置かれた「神器」の前に立つ。

 

『な、なんという邪悪さ、醜悪さだ・・・』

 

『何なの、コレ・・・』

 

ディアンは沈黙したまま、両手に魔力を込めた。手袋のように魔力を纏わせ、神器を持ち上げる。側面、背面などをじっくりと観察する。

 

«・・・材質は石ではないな。だが金属でもない。呪いを受けた「呪物」というよりは、まるで「呪いの結晶」のような邪悪さだな・・・»

 

だが魔力を込めた状態では、それ以上は解らない。ディアンは右手の魔力を解いた。素手で直に触れようというのだ。使徒たちが慌てる。

 

«大丈夫だ。大体は想像が付いている。後は確信するだけだ・・・»

 

そう言って、台座に置いたウツワに右手を載せた。その瞬間、凄まじい激情がディアンの中に流れ込む。数千年間に渡って蓄積された「絶望」「悲哀」「憤怒」「憎悪」である。グゥッという呻き声を上げ、額に青筋が浮かぶ。使徒たちが慌てて、右手を引き剥がした。ディアンは思わず蹌踉めいた。深く息を吸い、吐く。

 

«これは、古神の神核だ。神核そのものだ。人類に希望を持って地上に残った女神アイドスは、数千年間に渡り、人類に裏切られ、泣かされ、陵辱され、汚され続けてきたのだ。その結果、希望は絶望に変わり、喜びは悲しみに、愛情は憎悪へと変わった。この凄まじい邪悪さは「反動」なんだ。愛情が深いほど、裏切られたときの怒りは大きい。それ程までに、女神アイドスは人間を愛していたのだ・・・»

 

『出ましょう。誰かに気づかれるかもしれない・・・』

 

«コレは危険な存在だ。コレは、人間の「負の感情」を増幅させる。誰しも、心には多少の「闇」を抱えている。普段は押し込めている嫉妬、劣情、嫌悪、憎悪・・・そうしたものを表面化させ、増幅させ、狂気へと掻き立てる。破壊する必要があるな・・・»

 

使徒の言葉を無視し、ディアンは両手に魔力を込めた。魔神を神核ごと一瞬で蒸発させる「超絶魔術」であれば、これを消し去ることも出来るだろう。ここでやれば、下手をしたらマクルの街ごと蒸発する危険があるが、持ち出して別の場所で破壊すれば問題ない。だが、ウツワを持ち去ろうと手を伸ばした時に、後ろから声が響いた。

 

『何をしているのですっ!』

 

バリハルト神殿神官長ラウネーであった。

 

 

 

 

 

凄まじい「魔の気配」に、神官騎士たちは慄いていた。セリカの頬に汗が流れる。先程の龍人が言っていた「魔神」に違いない。たとえバリハルト神殿全軍をもってしても、この魔神を討つことは出来ないだろう。後ろにダルノスの気配を感じる。さすがに慄いてはいない。むしろ戦意が強くなっている。

 

『チィッ!よりによって魔神かよっ!』

 

ダルノスが剣を構える。その姿に騎士たちも意を決したようだ。だがそれでは目的を果たせない。

 

«ほぅ・・・良い闘気じゃ。では、喰らうかの・・・»

 

魔神の姿が揺らぐ。逆光の中に、青い髪が揺らめく。セリカが叫ぶように後方に向けて告げる。

 

『みんなっ!ここは俺が引き受ける!先に進めっ!』

 

ダルノスが口を歪ませる。

 

『弟子に格好つけさせるわけにはいかねぇな。俺も()るぜっ!』

 

心強い話だが、ダルノスはこれからの道に必要である。

 

『ダルノスッ!お前は先に進むんだ!俺たちの目的は魔神と戦うことじゃない。龍人族から破壊方法を聞くことだ。目的を見失うな!』

 

『・・・そうだな。俺の獲物は魔神じゃない。龍人族だ。セリカッ!ここは任せるぞ!』

 

ダルノスが退いていく。セリカは一歩も通さぬ覚悟で、剣を抜いて構えていた。両隣にサティアとカヤが立つ。

 

『二人とも・・・何を?』

 

『アンタ一人じゃ荷が思いでしょ?私も一緒に戦う!』

 

『貴方が戦うのなら、私も戦いますっ!』

 

『・・・有難う・・・二人とも、この戦いに勝ち目は無い!足止めをして退くぞっ!』

 

«小賢しいわっ!»

 

人外の速度で魔神がセリカに斬り掛かる。剣を斜めにして受け流す。両者の剣から火花が飛ぶ。セリカが受け流すと同時に、サティアとカヤが神聖魔術を放つ。魔神の姿が一瞬で掻き消える。あり得ない距離から魔術を放ってくる。辛うじて躱し、一気に距離を詰める。セリカが横に薙ぐが、魔神は簡単にかわし、剣の先に乗った。どういうわけか、殆ど体重を感じない。青髪に隠れていた顔が浮かぶ。禍々しい気配だが、見惚れる程に美しい顔であった。

 

«ヒトにしてはやりおるの・・・じゃが、それでは我は濡れぬわっ!»

 

強力な蹴りが入る。セリカは辛うじて腕で防いだが、吹き飛ばされ岩壁に叩きつけられる。カヤが神聖魔術を放つ間に、サティアが回復魔法を掛ける。魔神はカヤの神聖魔術を避けることすらしなかった。光が胸に直撃し、そのまま消える。

 

«微温いの・・・このような魔術、我にとっては涼風と同じよ!»

 

暗黒魔術がカヤを襲う。魔術障壁結界を簡単に貫く。直撃を受けて、カヤが倒れた。魔神がサティアの顔を見る。

 

«さて・・・残るは汝一人だの・・・それにしても、妙な女子よ。それほど力が有るとは思えぬが、微かに神気を感じるの・・・»

 

サティアが構える。だがその前に、セリカが立ち上がった。防いだ左腕は、骨に亀裂が入っている。背中の肉も痛みで千切れそうであった。だがその瞳には闘気が立ち上っている。それを見て、魔神が笑みを浮かべた。

 

«なるほど・・・その女子は汝のオンナか・・・良いぞ、良いぞ!虫ケラながらも、その尽きぬ闘志。それを打ち砕いてこそ、我も満足するというものよ!»

 

嗜虐的な笑みを浮かべる魔神に、右手一本で剣を構えるセリカは、最後の賭けに出た。あの黒衣の男には通じなかったが、自分はあの時から更に成長している。今ならば・・・ 両足に魔力を込める。目の前の魔神は、自分に対しては剣で戦おうとしている。圧倒的な力を持つ者の「驕り」である。恐らく、人外の速度で斬りかかってくるだろう。その瞬間を捉え、魔神よりも早く斬るしかない。魔神の姿が揺れる。斬り掛かろうと動いた瞬間、セリカは爆発的速度で間合いを詰めた。一瞬で魔神の懐に入る。

 

«なにっ!»

 

心臓部めがけて突きを入れる。左胸に突き刺さる。だがその先の手応えがなかった。魔神の姿は後方に移動していた。しかし、辛うじて一矢を報いたようである。半露出している左胸に、小さな紅い斑点が浮かぶ。セリカの突きが、魔神の肌を僅かに切ったのだ。魔神は少し驚いた表情を浮かべた。そして笑みを浮かべてセリカに歩み寄ってくる。

 

«やりおる。今の突きは良かったの。虫ごときが我の肌に傷をつけるとは・・・褒美を与えてやろう。何が良い?我の下僕となって永遠の奴隷となるか?それとも暗黒魔術で永遠の狂気(幸福)を与えてやっても良いぞ?»

 

全力を出し切ったセリカは片膝をついていた。肩で息をしながら、それでも強がりを言う。

 

『虫じゃない・・・俺の名は、セリカだ』

 

こうした姿勢は、魔神の好むところであるようであった。笑みを浮かべてセリカ前に立ち、見下ろす。禍々しい気配の中に、凛とした覇気が漂っている。魔神とは、ただ破壊と殺戮に狂奔する邪悪な魔物と思っていたが、「神」と名が付くだけの理由があった。その美しさと相まって、ある種の神々しさまで感じてしまう。

 

«セリカか・・・見事な虫ケラ、セリカよ。望みを言うが良い・・・»

 

『な、名を・・・』

 

セリカは思わず口にした。目の前の美しい魔神の名を知りたかったのだ。魔神は少し笑った。

 

«クハハッ!面白いヤツだの。我の名を知りたいか。良かろう。心して我が名を拝聴するが良い。そして次会うまで、汝の魂に刻み込め・・・»

 

魔神はセリカの耳元に顔を寄せた。そして囁く。

 

«我の名は「ハイシェラ」・・・旧世界に生まれ、三神戦争をも超えて生き続ける「地の魔神ハイシェラ」じゃ・・・»

 

(ハイ・・・シェラ・・・)

 

ピキンッという音が聞こえた気がした。セリカの中に、何かが吸収されたようであった。気がつくと、魔神は少し離れたところに立っていた。魔の気配はそのままだが、すぐに襲ってくる様子は無い。

 

『セリカッ!行きましょう!』

 

『急いで退くのよ!今を逃したら、もう機会は無いわっ』

 

回復したカヤとサティアに声を掛けられ、セリカは一目散に撤退をした。

 

 

 

 

 

 

竜人族の長を求め、セリカたちは先に進んだ。龍人族との争いを忌避しながら進んだため、時間が必要であった。そしてようやく、洞窟の最深部に到着する。だがそこでは、ダルノスが剣を交えていた。

 

『何をしているだっ!』

 

セリカは思わず怒鳴った。一歩退いたダルノスがセリカを睨む。

 

『よぉ、生きてたか・・・見りゃ解るだろ?教えねぇって言うから、身体に聞こうとしているんだよ!』

 

『・・・愚かな男よ。礼も弁えず、己が欲するものを力づくで得ようなど、野盗、山賊と変わらぬではないか』

 

『ダルノスッ!俺たちは戦いに来たんじゃない!ウツロノウツワの浄化方法を教わりにきたんだ!礼儀を弁えろ!』

 

『うるせぇんだよ、甘ちゃんが・・・お前のような甘ったれは、家で大人しく、ママのオッパイでも吸っていればいいのさ。こっちは命懸けなんだよ。殺さなきゃ、殺される。渡さねぇんなら、奪うまで。奪うことが出来なけりゃ、壊すまでだ!』

 

ダルノスが剣を奮う。これが、あのダルノスの言葉なのか?セリカは混乱していた。

 

『おぉぉぉぉっ!殺すっ!殺すっ!殺すっ!』

 

殺気の塊のような剣が奮われる。だが、竜神族の方が上手であった。火炎魔術によって目を眩まされ、剣を弾き飛ばされる。徒手になったダルノスは、蛇の尾の一撃によって吹き飛ばされた。これで終わると思ったら、カヤが戦闘体制を取る。セリカが止めようとすると、怒りの表情で返す。

 

『何言っているの?ダルノスは殺されかけているのよ?相手を殺さない限り、こっちが危ないわ!』

 

姉も他の兵たちも、まるで目的を見失っている。とにかく殺し合うことが目的になっているようであった。セリカが声を張り上げようとした時、サティアが神聖魔術を中空に放った。眩い光に、目が眩む。兵士たちの動きが止まった。

 

『セリカ、今のうちに!』

 

セリカが前に進み出た。

 

『龍人族の長よ。私はバリハルト神殿の騎士「セリカ」と申します。あなた方に教えて頂きたいことがあり、この地に罷り越しました。どうか、話しを聞いて下さい』

 

やがて光が弱まる。カヤはサティアを一睨みし、戦闘を始めようとするが、その動きをスフィーダが止めた。

 

『セリカが語りかけている。忘れるな。我々の目的は、戦うことではない!』

 

カヤは苦々しい表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

『・・・教えてもらいに来たじゃと?それにしては、随分と(わらわ)の同胞を殺してくれたようじゃ』

 

『お怒りはごもっともです。行き違いにより、双方に大きな犠牲が出てしまいました。ですが、私たちは決して、争いに来たのではないのです』

 

族長は考える表情を浮かべたが、やがて頷いた。龍人族が剣を納める。騎士たちも戦闘態勢を解いた。

 

『セリカと申したな。妾はニアクールに棲みし龍人族が長「リ・クティナ」じゃ。して、何を知りたいのじゃ?』

 

『神器「ウツロノウツワ」の浄化方法です』

 

『ウツロノウツワ・・・バリハルト・・・なるほどな』

 

『バリハルト神殿にある神器ですが、とても神器とは思えぬ邪悪な気配を放っています。その影響は大きく、ブレニア内海北岸では魔物が増え、得体の知れぬ化物まで出現するようになっています』

 

『であろうな。アレはおよそ、人の扱える代物ではない』

 

『知っていらっしゃるのですか?』

 

『知っておる。アレの正体も、その浄化方法もな・・・』

 

『お願いです。教えて頂けませんか?』

 

龍人族長リ・クティナは、若き戦士を黙って見つめた。

 

 

 

 

 

 

『ウツロノウツワとは、時代によって呼び方が変わる。我々は「虚ろの器」と呼んでいる。遥か太古の昔、三神戦争以前より伝わりし呪われた器・・・古神の呪物じゃ・・・』

 

セリカの懇願に、リ・クティナは叡智を授けることを認めた。戦いの狂気に飲まれることなく、龍人族を誰一人殺さずにこの場に来たこと、そしてそれ以上にウツロノウツワが、同胞たちを殺したバリハルト神殿に協力をしてでも、破壊すべき存在であることが理由であった。

 

『虚ろの器は、その存在自体が邪悪じゃ。その邪気に当てられ、これまでも多くの者が、狂気に飲まれていった。そしていま正に、器の狂気がこの場にも漂っておる・・・』

 

『やはり、皆がこれほどまでに好戦的になっていたのはウツワの影響なのですか?』

 

『・・・・・・』

 

『聞かせて下さい。どうやったらアレを浄化出来るのでしょう?』

 

『人の手でも、現神の力でも無理じゃ。アレは古神のモノ・・・それを浄化するためには、古神の力でなければならぬ』

 

『古神ですって?災厄を成す邪神の力を借りろだなんて、冗談じゃないわ!』

 

カヤが激昂する。セリカが宥めた。姉の瞳がどこか可怪しい。やはり狂気に飲まれているのだ。

 

『古神の力とは、何かそうした力を封じた呪物などを用いる、あるいは儀式をする、ということでしょうか?』

 

『そうではない。文字通り、古神の手によってのみ、浄化できるという意味じゃ。古神の「聖なる炎の裁き」だけが、虚ろの器を浄化するであろう・・・』

 

セリカは瞑目した。バリハルト神は古神を決して認めない。神殿も、古神を邪神としている。その力を借りるなど、本来であれば受け入れられないだろう。だが、物事には優先順位というものがある。ウツロノウツワを放っておけば、その災厄は更に拡大し、より多くの不幸を生み出すだろう。浄化をしなければならない。たとえ、相容れない神の力を借りたとしても。

 

『リ・クティナ殿。古神の所在を教えてはくれませんか?』

 

『それは出来ぬ。古の神は、数多の戦いの中で身を隠し、或いは封じられた。姿を現さぬのは故あってのこと。神の意に反し答えることはできぬ。・・・じゃが、御主が、古神は邪神に非ずと信ずるならば、いずれの後に姿を現そう』

 

セリカは頷いた。その時、後方からいきなり、凄まじい魔の気配が吹き荒れた。龍人族も騎士たちも、全く気づいていなかった。

 

«いずれとは・・・待っておれぬの。力有ルモノならば、我が糧になるべく生み出されたとは思わんか?»

 

妖艶な笑みを浮かべ、艶やかな肢体を見せつけながら、地の魔神ハイシェラが出現した。リ・クティナの眉間が寄る。

 

«勅封の斜宮に眠る力を得ようにも、頑強な結界に阻まれ、面白くなく思っておったところよ。龍人の一族が封じに関わっているならば、長の首でも捕まえ、解かせようかと思っておったが、これほど面白い話を聞かせてもらえるとはの。それ程の力であれば、浄化するなど勿体無いと思わぬか?我の糧としてくれようぞ・・・»

 

圧倒的な気配が、部屋の中央に立つ。だがその時、ハイシェラの動きが止まった。いや、動けなくなっていたのだ。

 

«・・・小賢しい仕掛けをしておったようだの?»

 

『御主の力は驚異的じゃ。触れる瞬間に千の肉塊にされよう・・・じゃが触れずとも、この地よりはじき出すことは可能!』

 

リ・クティナと龍人族が詠唱を唱える。ハイシェラの周囲が光りに包まれる。そしてそれに乗じるように、サティアも詠唱を唱えた。当初は結界を打ち砕こうとしていたハイシェラも、諦めたように嗤った。

 

«クハハハっ!これは愉快よ。よもや龍人族と人間族が手を組むとはの!よかろう、見逃してやろうぞ!次に相対し時、御主ら同士で斬り合っておらぬならば、我が刃の露としてくれようぞ!»

 

哄笑と共に、ハイシェラの姿が掻き消えた。全員が、安堵の溜め息をついた。浄化方法を聞いた以上、もはやこの地に用は無い。バリハルト神殿は負傷者を収容し、ニアクールを後にした。

 

 

 

 

 

『何をしているのですっ!』

 

ラウネーの声は続かなかった。その瞬間、レイナが口を抑え、グラティナが後頭部を打ち、気絶させたからだ。魔神顔負けの速度である。三人は急いで外に出た。ラウネーを抱えたまま、急いで神殿を後にする。

 

『ディアン、彼女をどうするのだ?まさか殺すわけにもいくまい』

 

『まぁ、仕方がないか。気づいたら説得をしてみよう。出来なければ「強制(ギアス)」を掛けるしかないな』

 

結局、宿の部屋で気づいたラウネーを説得し切ることは出来ず、ディアンは「強制」を使わざるを得なかった。バリハルト神殿関係者に、自分たちのことを話すことが出来ないようにしたのである。歪魔の結界が張られた部屋で、ディアンは一晩掛けて、ラウネーの肉体に「強制」を刻み込んだ。最初は嫌がり、叫んでいたラウネーも、二度目は大人しくなり、三度目は自分から求めるようになった。使徒たちは別部屋で、待たされたのであった。

 

『無理やりは好きでは無いが、まぁ最後は喜んでたし、良しとするか・・・』

 

朗らかに笑う主人の後頭部を、使徒二人が叩いた。レウィニア神権国首都プレイアに行く途中で、グラティナが思い出したように言った。

 

『・・・そういえば、あの部屋だが、誰か結界で封じたか?私は封じていないが・・・』

 

『『あ・・・』』

 

魔神と第一使徒が、揃って声を上げた。

 

 

 

 

 

 

【Epilogue】

 

岩だらけの荒野に弾き出されるかのように、青髪の魔神が出現した。ラウルバーシュ大陸北東の山岳地帯である。一面の荒野を見下ろしながら、ハイシェラは笑みを浮かべた。

 

«フンッ・・・随分遠くまで飛ばされたの»

 

上級魔神である自分が、人間族と龍人族にしてやられたのである。ある種の痛快さを感じていた。胸の先端が微かに固くなっている。ハイシェラはそれに気づき、溜息をついた。二千年以上に渡って、様々な存在を「喰らい」続けてきた彼女には、もはや敵と呼べるほどの存在が少なかった。どんな戦いも、ただの「弱い者いじめ」になってしまうのである。自らの全知全能を掛けて、それでも尚、生命の危機を感じるほどのギリギリの攻防など、遥か昔の話であった。

 

«やはり、この程度では満たされれぬか。我を満たすことが出来るのは、やはり「あの男」だけだの・・・»

 

ハイシェラはある男を思い出す。かつて、圧倒的不利な状態から、自分を死の直前にまで追い込んだ男がいた。その後、しばらくして再会し、一晩を共にした。互いに相手を落とそうと、喜悦を貪り合い、幾度となく自分も果てた。あの時の充足感、満足感を再び味わいたかった。二百年以上、男は姿を現していない。だがどこかに必ずいるはずである。両手で自らの胸を揉みながら、ハイシェラは牝の表情で呟いた。

 

«必ず見つけてやるだの・・・黄昏の魔神よ»

 

西に向けて飛び立った。

 

 

 

 

 




【次話予告】
マクルの街に衝撃が走った。魔獣たちが街に襲撃をしてきたのである。混乱の中で、ウツロノウツワが行方不明となる。神殿は、サティア・セイルーンが犯人であると断定し、大規模な追跡隊を編成する。セリカはサティアに真意を確認すべく、単独で動くことを決意する。


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第六十七話「逃避行」

Sors immanis
et inanis,
rota tu volubilis,
status malus,
vana salus
semper dissolubilis,
obumbrata
et velata
michi quoque niteris;
nunc per ludum
dorsum nudum
fero tui sceleris.

恐ろしく
虚ろな運命よ
運命の車を廻らし
悪意のもとに
すこやかなるものを病まし
意のままに衰えさせる
影をまとい
ヴェールに隠れ
私を悩まさずにはおかない
では、なす術もなく
汝の非道に
私の裸の背をさらすとしよう・・・

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