戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

7 / 110
第四話:修行開始

後年、ディル=リフィーナにおいては多様な武術が誕生した。その代表例は剣術であるが、その種類は多岐にわたり、短剣とバックラー(小盾)を利用した兵士向きの剣術から、ブロードソード(中剣)と盾を使う剣術、ロングソード(大剣)による対甲冑向けの剣術まで様々である。また東方諸国では、反りのある片刃の刀が使われていたため、鞘から引き抜く際に、腰の動きと反りを利用して加速させる「抜刀術」が進化した。西方諸国では、刺突剣が主流となっている。ラウルバーシュ大陸全土で、多種多様な剣が使われ、それぞれに独自の剣術が進化をした。

 

無論、剣術以外にも多様な武術が発展している。エルフ族では弓術、ドワーフ族では槍術や槌術が発展しているが、飛礫などを使った武術や体術なども系譜が見られ、国家成立期以降は各国が、武術指南役を雇い、軍事利用を行っている。また、魔術についても、魔術学校が設立し、基礎魔術を学ぶことが出来るようになった。剣術と魔術を兼ね備えた「魔法剣士」なども存在している。

 

ドワーフ族が使う「槌術」は、普段使い慣れた「槌」とは異なり、「戦槌」を利用する。小回りの効くドワーフ族では、小型の戦槌を使って敵の骨を砕き、戦闘不能に陥らせる戦い方が一般的だが、魔術を応用した「遠隔操作」による戦術も見られる。だが、こうした戦い方は師弟関係によって伝承されているため、「槌術」の体系は多くが不明となっている。

 

 

 

 

皮を巻いた木刀を持ち、インドリトとレイナが向かい合う。構えた瞬間、インドリトが尻もちをついた。額からは汗が流れている。

 

『良いですか。闘いにおいて最も大切なことは「気の充実」です。どれほど技を磨こうとも、気が充実しなければ、闘う前に負けてしまうのです。あなたはまず、自らの気を掌握しなければなりません』

 

立ち上がり、再び構える。レイナと向き合う。インドリトの顔は汗に濡れているが、やがて糸が切れたように、気配が消えた。そのまま、前のめりに崩れ落ちる。気を失ってしまったのだ。レイナはため息をついた。

 

『ディアン、いきなりこの修行は、厳しすぎないかしら?インドリトはまだ十二歳よ?』

 

ディアンは黙ったまま、桶の水をインドリトに掛けた。気がつき、起き上がる。

 

『インドリト、レイナと一刻、向き合えるようになれ。それが出来たら、華鏡の畔に連れて行ってやる』

 

ディアンの言葉に、インドリトが目を輝かせた。

 

『今のお前では、魔神に会う前に気を失うだろう。魔神の気配とはそれ程に強烈だ。だが、それに耐えられるようになれば、大抵のことには動じなくなる。この修行で、心を鍛えるのだ』

 

インドリトは頷くと、立ち上がってレイナと向き合った。歯軋りをして、レイナの気当たりに耐える。だがすぐに再び、意識を失ってしまった。再び水を浴びせ掛ける。インドリトは荒い息をして、気がついた。

 

『心の修行は、一朝一夕では修めることは出来ない。焦る必要はない。この修行を続ければ、必ず強くなれる』

 

インドリトの修行は一刻と決められていた。それ以上は心身が耐えられないからである。レイナとの修行が終わると、夕食まで自由な時間だ。水浴びの為に川に向かう。レブルドルの赤子、ギムリがトコトコとついてくる。水浴びが終わると、川に仕掛けておいた罠を見る。岩魚が二匹、掛かっていた。木枝や枯葉を集めて、小さな火を起こす。ギムリがブルブルと躰を振って、水を切り、火に当たった。焼けた岩魚を分け合って食べる。

 

 

 

家に戻ると、ディアンが何か作業をしていた。龍人族の村で分けてもらった「乾燥させた葦」を甕に入れ、燃やしている。

 

『インドリト、ちょうど良いところに来た。お前も手伝ってくれ』

 

葦が燃え尽きると、灰を振るいにかけ、別の甕に振るった灰のみを落とす。そこに真水を注ぎ入れ、ひと混ぜする。

 

『これは「灰汁」というものを作る工程だ。やがて灰は沈殿し、透明な上澄みが出来る。それと油を混ぜると「石鹸」というものが出来る』

 

『石鹸?それはどのようなものですか?』

 

『見ていれば解る・・・』

 

オリーブの種を絞って得た油と、灰汁を混ぜ合わせると、白く混濁してドロドロの状態になった。それを木枠に流し込む。木枠十個分を作ることが出来た。日陰で乾燥させる。

 

『数日後には完成するだろう。楽しみにしていなさい』

 

インドリトは首を傾げた。どうも食べ物とは違うらしい。その後は、姉三人と共に、山菜取りに出掛けた。ディアンの家は周囲が森や川で囲まれている為、食材には事欠かない。その日の夜は、山菜を小麦粉で塗し、油で揚げたものを食べた。塩を振って食べると、山菜の味が引き立つ。インドリトは思った。食文化に関しては、ドワーフ族よりも人間族の方が、間違いなく豊かだろう。

 

 

 

 

『魔術とは、魂が生み出す魔力を使って、魔素を操る「技法」だ。それ以外にも、信仰心を魔力に変換する方法もあるが、まずは基礎魔術から修得したほうが良い』

 

ファーミシルスが、インドリトに魔術を教えている。剣と魔術の修行は交互に行っている。レイナの修行でもそうであったように、物理的な力に基づいた剣術や体術に偏ると、魂が生み出す魔力を感じ難くなる。かと言って、魔術の修行に偏ると、肉体的な限界点がすぐに来てしまう。魂魄を同時に鍛えることが望ましい。インドリトの修行は、まず自分に向いている「秘印術」を掴むところから始まった。

 

『秘印術とは、六大魔素を操る六大魔素とは「メル(地熱)」「ユン(井戸水)」「リーフ(空気)」「ベーゼ(地殻)」「ルン(目覚め)」「ケール(眠り)」のことで、個々人によって、操りやすい魔素が異なる』

 

インドリトは丸く削った透明な水晶を持ち、魔力を込めた。水晶珠が光の色を変えていく。その発光の強さで、向き不向きが解る。赤と茶の色が強い。これは「メル」「ベーゼ」を示している。

 

『お前は炎と地脈に向いているな。ドワーフ族らしいと言えるだろう』

 

『他の魔素は、操れないのでしょうか?』

 

『そんなことは無い。向き不向きというだけで、時間を掛ければ全ての魔素を操ることが出来るようになる。だが、まずは自分に向いている魔術を極めるのだ。魔素の操作は精神力が大きく影響する。「出来て当然」という精神力が、より高位の魔術へと繋がるのだ。まずは魔術を使う感覚を得ることが肝心なのだ』

 

ファーミシルスの教え方は、意外なほどに解り易かった。ディアンは縁側で様子を見ながら、ファーミシルスの一面に興味を持った。

 

(案外、教師に向いているかもしれないな。あるいは兵士の指揮官とか・・・)

 

インドリトは地面に手を当てて、両手に魔力を込めた。少し光り、土が変形する。小さな土人形が出来上がった。極小の地脈魔術だが、初めての魔術にインドリトは大喜びした。

 

 

 

 

『「魂魄」という言葉が示す通り、肉体と魂は不可分の存在だ。肉体を鍛えれば、おのずから魔力も強くなる。私がお前に教えるのは、体術だ。体術はまず、己の肉体を鍛え上げることから始まる。全身の筋力、瞬発力、持久力を高めるのだ』

 

グラティナは幼少期のころから、父親であるワルター・ワッケンバインから手ほどきを受けていた。ワルター・ワッケンバインは、力と速度を兼ね備えた剣豪で、剣聖ドミニク・グルップとも五分に渡り合うことが出来たほどの強者である。グラティナの修行は、ある意味では単純であった。瞬発力のある赤筋、持久力のある白筋を強化する鍛錬、つまり筋肉の鍛錬である。筋繊維に負荷を掛けると、それに耐えようと筋繊維は強くなる。負荷が大きければ繊維は太くなり、小さな負荷を持続させると、持久力が高まる。

 

『大切なことは、鍛錬の前後で十分に筋肉を解しておくことだ。これを怠ると、躰が硬くなり戦いにおいて不利になる。身体の柔軟性も持つ必要があるぞ』

 

インドリトの柔軟体操をグラティナが手伝う。股を開き、地面に頭が付くまで前倒しになる。グラティナが背中から圧し掛かる。インドリトが呻いた。中々、頭が地面に着かない。

 

『焦る必要は無い。身体の柔軟性は、毎日の継続でしか身につかないのだ。この修行だけは、毎日行うぞ』

 

そう言いながら、グラティナはインドリトの背中を押した。呻き声が大きくなった。

 

 

 

 

修行の後は夕食である。獣肉や野菜などが入った、多様な食事である。ファーミシルスとの修行をしたあとは、野菜類が多い食事となり、グラティナとの修行後は獣肉が多い食事になる。どの修行をしたかで、食事の内容も変えているのだ。インドリトは食事に好き嫌いが無かったが、やはり若さから獣肉が好きであった。食事をした後は、ディアンとの書見である。

書見は毎日と決められていた。インドリトは、この時間が一番好きであった。ディアンの書斎で、茶を飲みながら好きな格好をして書を読む。ディアンはインドリトが好みそうな、冒険譚や英雄物語などを仕入れていた。書見の合間で、ドワーフ族の文字の他、エルフ族や人間族の文字を教える。ディアンも椅子に座って足を組み、魔術書を読み耽る。静かな部屋では、頁を捲る音だけがした。

 

 

 

 

『明日から暫くは、私は不在になる。三人からしっかりと、修行を受けるように』

 

夕食中、ディアンはインドリトに、しばらく旅に出る旨を伝えた。インドリトに旅先を尋ねられ、ディアンは笑った。

 

『幾つか訪れるが、最終的には南にあるレウィニア神権国の首都、プレイアになるだろうな。土産を楽しみにしていなさい』

 

目の前の鍋では、熊肉がグツグツと音を立てていた・・・

 

 

 

 




【次話予告】

ディアンの独り旅は、ある目的があった。そのためには、「美を愛する魔神」の協力が必要である。自分勝手な魔神を説得するために、ディアンは土産を持って、華鏡の畔に向かう。魔神の趣味に苦笑いをしながらも、ディアンは用件を切り出した。

戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第五話「魔神同士の交渉」

少年は、そして「王」となる…

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。