戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第五十九話:ターペ=エトフの未来

ターペ=エトフ歴二百九十八年、賢王インドリト・ターペ=エトフの崩御により、ターペ=エトフは滅亡する。繁栄を極めたままターペ=エトフが滅亡をした背景としては、地の魔神ハイシェラとの戦時中であったということもあるが、それ以上にインドリト・ターペ=エトフに世継ぎとなる子女がいなかったことが大きい。二十歳でターペ=エトフを建国して以来、滅亡までのおよそ三百年間、インドリトは名君として、民衆から絶大な支持を受け続けた。その気になれば、王宮を「美女の園」にすることも可能であったはずである。何故、インドリトが世継ぎとなる子女を成さなかったのかは、歴史家の中でも諸説ある。後世の歴史家の中には、同じく賢王と呼ばれたメルキア帝国皇帝「ヴァイスハイト・フィズ=メルキアーナ」との比較を行うことで、インドリト・ターペ=エトフの特色を際立たせる者も入る。

 

・・・知っての通り、皇帝ヴァイスハイトは、ラナハイム王国長女にして「傾城の美女」と呼ばれた「フェルアノ・リル・ラナハイム」を正室に迎え入れ、二男一女を成している。そればかりか複数の側室を持ち、子女の数は二桁に達したと言われている。皇帝ヴァイスハイトは、若かりし頃から「その道」では有名であったそうで、彼に泣かされた女性も多かったと言われている。一方、インドリト・ターペ=エトフにはそうした「色恋」の話は「皆無」という状態である。少なくとも残されている記録の中には無い。同じ「賢王」と呼ばれながら、この両者は「色欲」という点において、全くの真逆であったと考えられる。それは一体何故か。これは両名の「生き方の違い」から生まれていると私は考える。皇帝ヴァイスハイトは「庶子」として生まれ、自らの努力で千人将の地位を得、メルキア帝国の混乱に乗じて、皇帝の地位を簒奪している。つまり「戦いによって環境を変える」という生き方をしてきた。一方、賢王インドリトは、ドワーフ族族長の息子として生まれ、幼い頃から何不自由なく暮らしてきた。「混沌の地」というケレース地方の特性からか、彼はやがて「種族を超えた平和と繁栄」という理想を築き上げる。そしてそれを実現するための手段として、建国という途を選択したのである。つまり、ヴァイスハイトは「今の環境をいかに変えるか」という現実主義の生き方をしたのに対し、インドリトは「理想をいかに実現するか」」という理想主義の生き方をしたのである。「現実主義者」と「理想主義者」という二人の性質の違いが、「色欲」という面に現れていたと考えられる・・・

 

後世、二人の王を比較したある歴史家が、このような論文を発表している。この説は賛否が分かれるが、インドリト・ターペ=エトフが「意図的」に世継ぎを遺さなかったことは事実であり、彼の中に、王家を存続させる以上の「理由」が存在していたことは間違いない。ターペ=エトフ史の全貌を知る「唯一の生き証人」である、メンフィル帝国大将軍ファーミシルスは、少なくとも公的な場においては一切、ターペ=エトフについて言及していない。

 

 

 

 

 

ターペ=エトフ歴三十五年、インドリトは五十五歳になっていた。三百年を生きるドワーフ族は、中年期が長い。ドワーフ族の男性は、中年期になると口髭を蓄え、男性的な姿になる。しかし、外見が母親譲りであるインドリトには、薄っすらと口髭が生える程度である。若々しい姿のままであり、ドワーフ族の女性のみならず、ターペ=エトフの全女性を魅了している。

 

『私としては、できればもっと男らしい姿になりたいのですが・・・』

 

鼻下から口周りに生える髭を撫でながら、インドリトは苦笑いをした。レイナがそれに意見をする。

 

『あら、いいじゃない。男らしいかどうかは、外見ではなく、生き方だと思うわ。インドリト、あなたはターペ=エトフの誰よりも男らしいわよ?』

 

『全くだ。プレメルの街では、誰が王妃になるかで、口論まで起きるそうではないか。ターペ=エトフ中の女が、お前と結婚したがっているのだぞ?』

 

『実際、王宮には毎日のように「求愛の手紙」が届きます。兄様が早くご結婚をされれば、検閲の手間も省けますわ』

 

使徒三姉妹に囃され、インドリトは肩を竦めた。こんな美人の姉妹を持ってしまったのであれば、大抵の女性には心動かされることはない。何より、インドリトの中には、色欲への情熱が希薄であった。自分自身でも「偏っている」と思うことがある。それに、果たして「世継ぎ」を残すことが正しいことなのか、インドリトの中に疑問があった。

 

 

 

 

 

『ウヒヒッ!そいじゃぁ、またー』

 

睡魔族の娼婦と別れた魔人シュタイフェは、そのまま魔神亭に向かった。空腹であったこともそうだが、それ以上に亭主に相談しなければならない事案があったからだ。

 

『性欲を満たしたら、今度は食欲と・・・』

 

気軽に扉を開き、騒がしい店内に入る。ターペ=エトフは多用な種族が暮らしているため、魔人であっても普通に出歩くことができ、店で飲食ができる。シュタイフェの姿を見て、気軽に声を掛けてくる知人もいるくらいだ。対面席に座り、店主に注文をする。香辛料をかけた腸詰め肉とエールが出される。シュタイフェは隣に気づかれないように、店主に紙を渡した。一読し、店主は頷いた。

 

『お前がオレに相談があるとは、珍しいな』

 

『アッシの手に余ることですが、極めて重要なことでヤンス。ディアン殿と力を借りたいと・・・』

 

魔神亭の二階にある亭主の部屋で、シュタイフェはディアンに相談を持ち掛けた。国務大臣は、水で割った蒸留酒を飲みながら、話し始める。

 

『実は、インドリト様の御婚姻を話でヤす。アッシはこれまで、インドリト様に幾度か、結婚話を持ちかけヤした。ターペ=エトフの繁栄のためには、御世継ぎが必要・・・インドリト様が王妃を迎えられれば、国民も安心し、ターペ=エトフは更に栄えヤす。そう申し上げたのですが、インドリト様は一向に、女性を近づける素振りがありヤせん。ひょっとしたら、男色家なのではないかとさえ、疑いたくなる程でヤンス』

 

『インドリトは男色家ではない。ここだけの話だがな、インドリトはレイナに憧れているフシがある。といっても、性欲といった生々しいものではない。「憧憬」という言葉に近いだろう。オレも正直、インドリトを娼館に連れて行けばよかったと思うことがあるのだ』

 

シュタイフェは腕を組んで溜息をついた。インドリトは若い男のそうした欲望にも理解を示しており、プレメルにはそうした娼館もある。だが、王を娼館に連れて行くなど出来ない。かと言って、娼婦を王宮に呼ぶなど論外である。その娼婦から噂が立ちかねないからだ。インドリト・ターペ=エトフは、国威の存在としてあり続けねばならないのである。

 

『インドリト様の中に、そうした「異性への欲望」が希薄だというのなら、それはそれで対応の仕方もありヤす。例えば養子を迎え入れるとか・・・ですが、インドリト様は「世継ぎを持つこと」そのものを否定されているように思うのです』

 

『つまり、王家を自分一代で途絶えさせようとしているのか?』

 

『ハッキリとそう仰られたわけでは無いのですが、アッシの勘ってやつで・・・』

 

『そう言えば、インドリトは以前、レウィニア神権国や東方の龍国について、意見を言っていたな。王の子女や王妃の家族などは、どのように扱われるのか。特権階級となって働くこと無く、税金で暮らしていくのは正しいのか、とな・・・』

 

『ディアン殿、インドリト様の真意を確かめて頂けないでしょうか?アッシの立場では、これ以上は申し上げられないのでヤンス・・・』

 

ディアンは頷いた。

 

 

 

 

 

『先生まで私に、結婚を勧めるのですか』

 

インドリトは苦笑いを浮かべた。久々に、絶壁の王宮に姿を現したディアンは、そのまま中庭まで通された。シュタイフェの図らいである。インドリトは喜んで中庭に足を運び、そこで師から結婚について聞かれたのである。

 

『いや、お前が生涯を独身で生きるというのなら、私は別に反対はしない。だが、ターペ=エトフは王国だ。「王家の存続」という点について、お前がどのように考えているのか、聞きたいと思ってな・・・』

 

『なるほど・・・シュタイフェから言われたのですね?』

 

インドリトは笑いながら、ディアンが驚く返答をした。

 

『私は結婚をするつもりはありません。世継ぎを設けるつもりもありません。王国としてのターペ=エトフは、私一代で終わるのです・・・』

 

 

 

 

 

『誤解をしないで下さい。ターペ=エトフは続きます。ただ、国としての形を変えるのです』

 

『もう少し詳しく、聞かせてくれないか?お前の考える、ターペ=エトフの未来像について・・・』

 

インドリトは頷き、語り始めた。

 

『書籍や伝聞、あるいは龍国から来た第一王子「龍贏」殿の話を聞くうちに、私の中である疑問が生まれました。先生は以前、仰られましたね。「王とは国威の存在なのだ」と・・・』

 

『そうだ。民衆を「国民」として束ねる存在、「国家の象徴」としての存在・・・王には、そうした役割がある』

 

『ですが、王は「神」ではありません。私もいつの日か、必ず死にます。先生とお別れをする日が来るでしょう』

 

ディアンは微かに頷いた。インドリトは自分の使徒ではない。いつの日か、この愛弟子を失う日が来るのである。考えたくはないが、必ず来る未来である。

 

『「国家の象徴」としての王が死ぬ。しかし、国家は続きます。新しい国威が必要になります。そこで王は世継ぎを設けます。この時に、国威の存在が変化します。王個人から「血筋」へと変わるのです』

 

『確かにそうだ。どの王国も、建国者の血を引く者たちが「何代目かの国王」となり、国威の存在を担う。建国時は、建国者が象徴であったが、後代においては「血筋」が象徴となる』

 

『私は思うのです。果たして「血筋」を象徴とするのは正しいことなのでしょうか?』

 

『どういうことだ?』

 

『どの王国も、血筋を大事にし、それを絶やさないように「王家の血族」には特別な待遇を与えています。簡単に言えば「働かずに暮らせる」「周囲が遠慮をする」「自分の我儘が通る」という待遇です。先生、人はこうした待遇に慣れると、どうなるでしょうか?』

 

『腐敗するな。間違いなく・・・』

 

『そうです。皆が自分に傅いて当たり前、自分の欲望が叶って当然・・・それを「特権意識」と呼ぶのではないでしょうか?実際、レウィニア神権国などでは、王から選ばれた貴族たちの中に、そうした意識を持つ者たちが出てきているそうです』

 

『確かにそうだが、それは教育によって解決できるのではないか?』

 

『無理です。王とは単なる象徴ではありません。国政を動かす「権力」も同時に持つのです。その王に諫言をするには、勇気が必要です。そのような者、そう多くはないでしょう』

 

インドリトの意見は、ディアンも頷かざるを得なかった。転生前に生きていた「ジパング」では、権威と権力を分けることで、国王は実権を持つこと無く、象徴としての存在に特化していた。だから周囲も、厳しい教育が出来たのである。だがターペ=エトフは王国である。実権を持つ国王とその一族を叱れる者など、限りなく希少である。

 

『当初は、次代から権力を剥奪し、国王を「国威を担う象徴」に特化させるという道を考えていました。ですが、それでもやはり「特権的な血族」が残ります。私は思います。国威とは、必ずしも「王の血筋」である必要は、無いのではないかと・・・』

 

『では、何が国威となるのだ?国が国としてまとまるためには、求心力となる国威は欠かせないぞ?』

 

『「理念」です。ターペ=エトフの理念「種族を超えた平和と繁栄」こそが、国威となるべきです。そして国の形も、その国威に合わせて、変化をさせるべきだと思うのです』

 

ディアンは顎をさすった。インドリトの理想は理解できる。だが人というものは、理念という抽象的なもので国家を感じることが出来るだろうか?

 

『理念は、目に見えない抽象的なものです。国王という実像と比べると、求心力という点では弱いでしょう。国の形を変えることで、民衆一人ひとりが国政に参加をし、国の行く末に責任を持つという体制を構築しなければなりません。民こそが権力を持つべきなのです』

 

『具体的には、どのような国家なのだ?』

 

『権威と権力を持つ「期限付きの王」を、民が選ぶのです。ターペ=エトフでは既に、元老の選出を行っています。国王も同じように「選出」するのです』

 

ディアンは瞑目した。その国家体制は、遠い昔に見ている。理想的に聞こえるが、実際には様々な問題が発生している。だがインドリトはそれすらも見越していた。

 

『王を民が選ぶ、という体制は、実際には様々な問題があると思います。例えば「名が知られているから」という理由だけで選ばれたり・・・しかし、それも全て、一人ひとりの民の責任です。私は思うのです。人は独りでは生きられません。人は纏まって生きるものです。そして、その集団の行く末については、集団を形成する一人ひとりが責任を持つべきです。「誰か独りに頼る集団」であってはならないのです』

 

『・・・民主共和制・・・か・・・』

 

ディアンは小さく呟き、頷いた。

 

『ターペ=エトフの王はお前だ。お前が国を動かすのだ。お前の理想は、良く解った。素晴らしい理想だと思う。シュタイフェやソフィアには、私から伝えておこう。迷うこと無く、お前の理想を追い求めなさい』

 

 

 

 

 

シュタイフェとソフィアは、沈黙していた。ディアンから聞かされたターペ=エトフの未来像について、考えていた。

 

『・・・正直、アッシにはまだ理解できヤせん。インドリト様にお仕えをしているアッシらは、どうなるんですかい?』

 

『シュタイフェ・・・お前たちはインドリト王に仕えているのではない。ターペ=エトフに仕えているのだ。インドリト王は、ターペ=エトフという国家における、一つの機能なのだ。インドリトを好くのは構わない。だが、お前たちの忠誠の対象は、ターペ=エトフであり、そこに生きる民衆たちに向けるべきなのだ。少なくとも、インドリト王はそう望んでいる』

 

ソフィアも不安を口にする。

 

『・・・理屈としては理解できますが、おそらくそのような国は、このディル=リフィーナに存在していないでしょう。誰も見たことのない、全く新しい国体です。私達も、何から手を付けたら良いのか・・・』

 

ディアンは頷いた。恐らく、その国家像を見たことのある存在は、この世界で自分だけだろう。

 

『まだ時間は十分にある。インドリト王とも話し合い、じっくりと考えるが良い。私も考えよう。まだ誰も見たことの無い、真の「理想国家」について・・・』

 

ディアンは遠い眼をして、呟いた。

 

 

 

 

 

インドリト・ターペ=エトフの語った理想は、残念ながら実現すること無く、ターペ=エトフは滅亡する。ターペ=エトフ滅亡後に、西ケレース地方を統治した魔神ハイシェラは、当時十五万人を超えていた民衆たちの「移住」を黙認している。インドリトの理想を受け、その実現のために働いた魔人シュタイフェは、ターペ=エトフ滅亡後は魔神ハイシェラに従うことになる。シュタイフェは、マーズテリア神殿の侵攻を受けても、プレメルの王宮に留まり、その最後を遂げたと歴史には記されている。彼が何を思い、何を考えてハイシェラに従ったのか、具体的な資料は何一つ、遺されていない・・・

 

 

 




【次話予告】

ターペ=エトフ歴百八十年、苛烈な嵐神バリハルトを祀る「バリハルト神殿」は、セアール地方への再進出を企図し、マクルの街を建設した。激しく抵抗をするスティンルーラ族は、ターペ=エトフに援助を要請する。インドリト王からの依頼を受け、ディアン・ケヒトはマルクの街を訪れる。


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第六十話「新興都市マクル」

Ihr stürzt nieder, Millionen?
Ahnest du den Schöpfer, Welt?
Such' ihn über'm Sternenzelt!
Über Sternen muß er wohnen.

ひざまずくか、諸人よ?
創造主を感じるか、世界よ
星空の上に神を求めよ
星の彼方に必ず神は住みたもう・・・

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