戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第二話:イルビットの芸術家

ディル=リフィーナに住む多様な知的生命体の中で、その数は少ないが無視することの出来ない種族として「イルビット族」がいる。イルビット族はエルフ族を超えるほど寿命が長く、たとえ齢三百歳でも幼女に見えるほどである。そして彼らの特徴は「その生涯を研究に費やす」という、極端なほどに学問に傾倒することである。そのため、恋愛といった「学問で割り切れないこと」についても「学術的見地」から考えるため、恋愛を一度もしたことがなく生涯を終える者も多い。

 

イルビット族がここまで研究に傾倒するのは、彼らの信仰する神「ナーサティア」にあると考えられている。現神ナーサティアは「知識の神」として、主に学者に崇められている。ナーサティアは知的生命体が持つ「知りたいという欲求」から生まれたと言われており、知的好奇心の神である。そのためイルビット族のみならず、人間族や亜人族の学者や書物関係者から広く信仰されている。

 

イルビット族は一般的に「部屋に閉じ籠もって研究に明け暮れる」という印象を持たれているが、それは間違いである。彼らは思考方法が「学術的」であることは確かだが、部屋に篭っていては解らない場合があることを知っており、屋外での実地研究を行うことも多い。特に農耕や畜産業を研究する研究者は、自ら畑を拓き、植物の成長を促す試験薬を試したり、花粉を掛け合わせた「新種開発」などを行っている。先史文明の研究者は、危険な洞窟に入り、イアス=ステリナの貴重な標本を集めたりする。

 

しかしながら、彼らをそうした活動に駆り立てているのは「知的好奇心」に過ぎないため、その知識を活かして産業を興したり、金銭を稼ぐことで自らの福祉を豊かにしようとするイルビット族は皆無と言える。彼らにとって金銭とは「研究資金」に過ぎず、福祉とは「研究環境」のことなのである。商人の中には、イルビット族に研究資金を出す代わりに、研究成果を活かして産業にしようと試みる者もいるが、イルビット族は「独自文字」を使用するため、その研究成果を活かせる商人は少ない。

 

イルビット族の研究内容は多岐に渡っている。農林漁業や畜産業といった「経済活動」に直結する研究もあれば、歴史や考古学、心理学などの文化的な研究もある。他にも「蜃気楼現象などの光学」「天体移動といった天文学」「ディル=リフィーナ世界の言語構造を解明しようとする言語学」などもある。特殊文字を使っていること、産業に繋がらないこと、知的好奇心が動機のため他者の研究を知ろうとしないこと、などが理由により、彼らがどれほど研究をしても、「科学文明形成」には殆ど寄与しないのが実情である。

 

イルビット族の禁忌として「魔術研究」がある。イルビット族は、現神ナーサティアから魔術研究を固く禁じられており、この禁忌を破る者は、部族の集落から追放される定めとなっている。この理由としては、ディル=リフィーナは「魔力」が世界構造の基礎となっている。それ故に、魔力についての研究を突き詰めれば「神の存在そのものを問うこと」に繋がりかねず、現神が危険視をしたためと考えられる・・・

 

 

 

 

師の元に、正式に「弟子入り」をしてから三月が経過しようとしていた。どのような修行をするのかと緊張をしていたが、正直に言って、拍子抜けをするほどに平穏な日々であった。一室を与えられ、部屋の片付けなどは自分でやること、朝は日の出と共に起き、皆と共に体を動かすこと、など幾つかの決まりはあったが、それ以外は、先生と畑を耕したり、魚を獲りに行ったり、仕掛けた罠を見て回って、掛かった猪や兎を捌く、といった生活だった。ただそうした中で、師から様々なことを質問された。ある日など

 

『ドワーフ族では、死後は魂がガーベル神のもとに行き、転生をすると信じている。では、猪や兎の魂は何処に行くと思う?』

 

などといった、考えたこともない質問をされる。答えがあるとは思えないし、答えようも無いが、先生は笑いながら言う。

 

『そう。答えが無いということは、お前が答えを「決められる」ということだ』

 

鍛冶技術には、常に答えがある。火を起こす方法や鋼の鍛え方など、練度の違いはあるが、型は決まっている。でも師の質問には、そうした型など無い。型が無いのなら、自分で型を決めればいい。そんなこと、考えたこともなかった。剣や体術、あるいは魔法などを教えられるのかと思っていたが、そうした修行は殆ど無かった。ただ朝の日課として師やレイナ、グラティナ、ファーミシルスと一緒に、身体を解す体操と「魔力鍛錬」だけがあった。腰を落とし、両腕を前にして珠を持っていると思いながら、両手で力を送り込んでいると想像する。師は「基礎魔法の訓練」と言っていたが、実感があまり無い。ただそれをやると気分が一新されることと、身体もよく動くので、嫌だとは思わなかった。

 

そんな生活が三月ほど続いたある日、師から小旅行に行くと言われた。西にあるという「イルビット族の集落」に行くという。レイナたちは行かないそうだ。先生と私の二人だけの旅になる。前日の夜に、旅の支度を整えていると、部屋の戸が叩扉された。レイナが立っていた。

 

『レイナ殿、どうされたのですか?』

 

『旅に出るにあたって、これを渡しておこうと思って』

 

レイナは私の部屋に入ると、腰から短剣を取り出した。腰を落として視線の高さを私に合わせる。とても綺麗な顔が近づき、少しドキドキしてしまう。

 

『あなたにとって、初めての旅でしょうから、これを記念にあげるわ。私は幼いころ、ずっと旅をしていた。その時に、身を護るために母から渡された物なの』

 

『そんな大切なもの、受け取れません』

 

『いいのよ。私はあの頃より強くなった。もうこれが無くても平気。でもあなたは違う。これから行く土地は、魔物も出るわ。ディアンが守ってくれるでしょうけど、彼だって万能じゃない。万一の時は、あなたは独りで戦わなきゃいけないの』

 

私は両手で受け取った。古いものだが、しっかりと手入れがされている。抜いてみると、意外に分厚い。動物の革も裂くことが出来るだろう。レイナは笑いながら、私の両肩に手を置いた。

 

『大丈夫。あの集落は以前にも行ったことがあるの。ディアンは土地勘があるから、安心してついて行きなさい』

 

私は頷いた。彼女の微笑みが印象的だった。

 

 

 

 

イルビット族の集落は、プルートア山脈の西側にある。ドワーフ族の集落から北西の方角だ。北にあるオウスト内海を東西に分ける海峡「ケテ海峡」の近くまで出て、山を回りこむように西に進む。これまで村から半日以上の場所に行ったことは無い。私にとって初めての「旅」であった。森の中で夜を過ごすのは、正直怖かった。師は火を見ているから安心して寝なさいと言ってくれたが、最初は中々、寝付けなかった。師が私の額に手を置いたのが、最後に覚えていることだった。それから数日間、森の中を北に進んだ。師は時々、太陽や星を見上げる。そうすると方角が解るそうだ。動かない星があるそうで、それを見て方位を知る。私にも方法を教えてくれた。

 

『その昔、人間族の技術は今よりも遥かに進んでいた。あの動かない星の幾つかは、人間族が空に向かって打ち上げた星なんだ。もう何千年も前の話だよ』

 

『ドワーフ族の魔導技術のようなものを使ったんですか?』

 

『そうだな。だが、それよりもずっと複雑で、大規模なものだ。それゆえ、副作用もあった。昔の人間族は、自分たちの生活のために、森や川を汚していた。其処に住む多くの生き物に迷惑を掛けていたんだ。だから滅びてしまった・・・』

 

『ドワーフ族とは違いますね。ドワーフ族は、鍛冶で出た塵なども、綺麗にしてから山に戻します。そうすれば、また山は恵みをくれますから』

 

『全くだ。どんなに凄い技術でも、自分だけの幸福を求めていては、その技術は害にしかならない。昔の人間族は、それを知るのに「滅亡」という代償を支払った。同じことを繰り返さないようにしなければな・・・』

 

そうした話をしながら、五日目にオウスト内海に出た。見渡す限りの水たまりだ。私は初めて「水平線」というものを見た。なんと巨大なのだろう。師は、この水平線の向こう側にも、同じように土地があり、多くの種族が住んでいると教えてくれた。師もまだ、行ったことがないらしい。

 

『いつか、行ってみたいと思う。その時は、お前も連れて行こう』

 

この向こう側に何があるのか、とても興味を持った。私は笑顔で頷いた。

 

 

 

 

イルビット族の集落は、ケテ海峡を南に行った、ルプートア山脈の西側にある。木と石で出来た家々が並んでいる。数は多くないが、一軒ごとが大きかった。屋根は低いが、幅が広い。私たちが集落に入ると、荷物を抱えて歩いていたイルビットの女性がいた。重そうだったので手伝おうと思って声を掛けると、女性は首を横に振って、そのまま歩き去ってしまった。

 

『お前を嫌ったわけじゃない。イルビット族は、排他的ではないが、中には人づきあいに不慣れな者もいる。また研究資料などは、親しくない者には触れさせようとはしない。だが話しをしてみると非常に興味深い。さぁ、あの家が目的地だ・・・』

 

目的の家に着くと、師は叩扉した。出てきたのは眼鏡を掛けた女性のイルビットだった。背丈は、私より少し高い程度だった。

 

『インドリト、挨拶をしなさい』

 

師に促され、私は挨拶をした。目の前の女性は興味無さそうに頷き、

 

『シャーリアだ』

 

一言、自分の名前を告げただけだった。

 

『シャーリア殿、ご依頼の品をお持ちしました。入っても宜しいでしょうか?』

 

シャーリアは頷いて、家の中に戻っていった。師は身を屈めながら、家に入った。私もその後ろについていった。

 

 

 

 

『赤魔法石、黒魔法石、青宝石・・・』

 

シャーリアは、師から渡された袋を開け、中身を取り出して確認をしている。師は興味深そうに、家の中を見ている。そこかしこに絵が飾られ、棚には草木や石などが並べられている。どうやらシャーリアは絵を描くのが好きなようだ。

 

『・・・確かに受け取った。好きな絵を持って行くといい』

 

『ありがとうございます。では・・・』

 

師は、シャーリアアが描いたと思われる絵を選んでいた。師は思い出したように私に告げた。

 

『この機会に、シャーリア殿に聞きたいことを聞きなさい。ドワーフ族とイルビット族が会話をするなんて珍しいだろう?』

 

そう促されると、かえって質問をし難いのだが、私は意を決してシャーリアに質問をした。

 

『シャーリア殿は、絵がお好きなのですか?』

 

するとシャーリアは私をジロリと睨んで、応えた。

 

『私は別に、絵が好きなのではない。絵画が人間に与える「美」という感覚について研究をしているのだ』

 

『絵が与える美という感覚・・・?』

 

フフンッとシャーリアは鼻で笑い、私に教えてくれた。

 

『人間族は、絵や彫刻といったものを寵愛する。だが考えても見よ。絵など、布を貼った板に、適当に色を塗りたくったものに過ぎない。彫刻は石を彫って、型を形成したものだ。およそ役に立つものではない。無くても一向に構わないものだ。だが人間族は、そんなものに価値を付ける。中には、家と同等の価値をつける者までいる。およそ理解できないとは思わないか?』

 

『その・・・綺麗だとは思いますが・・・』

 

『それはそうだろう。綺麗と思わせるように書いたのだからな。だが、どんなに丁寧に描こうと、所詮は絵の具の塊でしか無い。例えばだ。ドワーフ族が造るものは、剣や槌などだが、それらは「道具」として使用目的があるだろう?』

 

『はい』

 

『だが絵や彫刻といったものは違う。これらは道具ではない。「ただ存在するだけ」で、価値があると見做されている。何の役にも立たない、ただ存在するだけの無益なものを何と言うか知っているか?ガラクタと言うんだ。それが家一軒や一年分の食料と交換される。そんな馬鹿げたことをするのは、人間族だけだろうな』

 

『ではどうして、それを描いているのですか?』

 

『だから、そんな馬鹿げたことをする人間族は、興味深いとは思わないか?彼らはこれを「美」と言うが、その感覚はどこから来るのか?どのようにしたらその感覚を刺激できるのか?出来ればディアンを解剖して、その感覚の源を探りたいが、本人に拒否をされてな・・・』

 

『身体を開いても、心は出てきませんよ、シャーリア殿』

 

師は苦笑いをしながら、顔を向けた。私は首を傾げた。シャーリアの言っていることは理解できたが、理解できない点もある。

 

(その研究は、一体、何の役に立つんだろう?)

 

だが、この質問をするのは失礼なような気がしたので、代わりに別の質問をした。

 

『その・・・シャーリア殿は、どうしてその研究をしたいと思われたのですか?』

 

するとシャーリアは固まってしまった。師が肩を震わせている。何か悪い質問をしてしまったのだろうか?シャーリアは漸く呟いた。

 

『イルビット族に対して「なぜ知りたいのか」と問うか・・・まぁ良い。私はな、人間族を馬鹿にしているのではない。いや、馬鹿げたことだとは思うが、彼らが「美」というものを真剣に追求していることを笑うつもりはない。なればこそ、彼らが言う「美」とは何かを知りたいのだ。ディアンは、それは言葉にできるものではなく、感じるものだと言うが、私は未だ、理解できたことも感じたこともない。いつの日か、理解できる日を求めて、研究をしているのだ』

 

私には、シャーリアの生き方が理解できなかった。だが彼女もまた、真剣に研究を続けていることは理解できた。そして、そのことを笑う資格など誰にも無いのだと思った。ドワーフ族だって、山中に篭って毎日、鋼を鍛っている。他人から見れば「何が楽しいのか」と思えるのかもしれない。そうこうするうちに、師が絵を決めたようだ。

 

『こちらの絵を頂きたいと思います。彼女もきっと、喜ぶでしょう』

 

『ほう、贈り物にするのか』

 

『えぇ、少し困った魔神がいましてね。絵が好きな魔神なんですよ』

 

『「美」を理解する魔神がいるのか!会ってみたいものだが・・・』

 

『止めたほうが宜しいでしょう。下手をしたら、一生を束縛されて、絵を描かされ続けるかもしれませんよ?』

 

シャーリアは腕を組んで、残念そうに頷いた。先生はまた来ると告げると、私を連れて家を出た。私は師に恐る恐る聞いた。

 

『その・・・私は何か、失礼な質問をしたのでしょうか?』

 

『いや、良い質問だったと思うぞ。インドリト、彼女と話して、何を感じた?』

 

私は少し考えて、自分の思ったことを言った。

 

『正直、シャーリア殿の研究も、絵と同じように「何の役に立つのだろう」と思いました。でも同時に、シャーリア殿が真剣に研究をされていて、それを笑う資格など、誰にも無いと思いました。あのような生き方もあるのだと、思いました・・・』

 

『「役に立つ」「役に立たない」・・・それは個々人の主観でしか無い。シャーリア殿の研究は、確かに他人から見れば役に立たなく見えるかもしれない。しかし彼女は、その研究を通じて充実感や満足感を得ている。彼女にとっては役に立っているんだ。絵も同じだな。他人から見たらガラクタでも、本人にとって役に立っているのなら、それで良いと私は思うな』

 

『そうですね』

 

『人によって、良し悪しが変わる。肝心なことは、それを自分で決めることなんだ。そして、他者の良し悪しを尊重することだ。他者も同じように、自分で決めたのだからな・・・』

 

『はい』

 

師に言われて、私はなんだかスッキリした。上手く言葉には出来ないが、きっと私は、彼女を通じて「もし自分が鍛冶屋で修行をしていたら…」というモヤモヤしていた思いを見つけたのだと思う。心のどこかで「父に命じられた」という思いがあった。だが今は違う。私は自分で決断して、師の下にいる。鍛冶屋とは違う道だが、この道を歩き続けてみよう。正解かどうかは誰も解らない。ならば、私が決めれば良いのだ。

 

生き方に「型」など無いのだから・・・

 

 

 

 




【次話予告】

旅の帰り道、レブルドルに襲われたインドリトは短剣で身を護ることが出来た。だがそのために、小さな悲劇が起きてしまう。思い悩む少年は、師に対して「強さとは何か?」を問う。

戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第三話「レブルドルの赤子」


少年は、そして「王」となる…

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