戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第四十三話:メルジュの門

TITLE:理想国家「ターペ=エトフ」に住みし「天使族」についての考察

 

ターペ=エトフについて残された記録は無数にあるが、その中に「天使族」について記述されたものは殆ど無い。ターペ=エトフでは実に多様な種族が暮らしていたが、天使族だけは住んでいなかったというのが、定説である。しかし、一部の歴史家たちは、この定説に疑問を投げかけている。「ターペ=エトフには天使族が住んでいた!」と唱える異端の歴史家も存在してる。しかしそれらの多くが、ラウルバーシュ大陸において、天使族は敬意の対象とされており、賢王インドリトが天使族を招かなかったはずがない、という「思い込み」による主張に過ぎない。それゆえ、歴史学会において、ターペ=エトフ天使存在説は、異端とされてきた。しかし今回、私は全く違う切り口から、あえて、ターペ=エトフには天使族が住んでいた、という仮説を唱えたい。

 

ここに、著者不明の旅行記「東方見聞録」がある。ターペ=エトフ歴五年に出版されたこの旅行記は、東方諸国の文化や思想を識る上で、貴重な文献となっている。だが私は、この旅行記が出版された時期とほぼ同時期に、ターペ=エトフにおいて稲作が開始されているという事実に注目する。当時、稲作は東方諸国を覗いては、ディジェネール地方以南でのみ行われおり、ターペ=エトフがあったケレース地方は無論、レスペレント地方やアヴァタール地方、セアール地方などでは稲作は行われていなかった。にも関わらず、ターペ=エトフで突然、稲作が始まったのは何故か?

 

私は、こう仮説をする。東方見聞録の著者は、ターペ=エトフ出身者であり、賢王インドリトより東方諸国の知識、技術を持ち帰るように命じられ、その過程を綴ったものが「東方見聞録」としてまとめ上げられたのではないか。この仮説を直接裏付ける証拠は無い。だが私は、レウィニア神権国神殿書庫において、ターペ=エトフ建国当時の神官の日誌を発見した。その日誌の中にこのような記述があったのである。

 

・・・先日、東方交易を専門とする行商人に連れられて、顔が平たく、背と鼻の低い男たち数十人が、プレイアの街に入ってきた。最初は奴隷かと思ったが、行商人の態度を見ていると、奴隷とは思えない。彼らは、中央大通りにある「ラギールの店」へと入っていった。東方諸国からもたらされた交易品なども運ばれていることから、彼らは東方で行商人に雇われたのであろう。今日、その行商人が再び行商に出ようとしていた。だが、東方人の姿は無かった。彼らは一体、どこに行ったのだろうか?妙に気になったので、日記に残しておく・・・

 

ラギール商会は、ターペ=エトフ建国前から西ケレース地方への交易を独占していたことは、良く知られている。そして、この神官の日誌を信じるならば、東方諸国から来た人々は、ラギール商会を経由して、建国間もないターペ=エトフに向かったものと推察できる。数十人もの東方人を受け入れるとなると、これは国家間でのやり取りが必須であろう。そこで私は、賢王インドリトが、東方諸国との繋がりを持つために使者を派遣し、その使者が東方見聞録を書いたと考えたのである。そして、この大胆な仮説を推し進めると、一つの結論が見えてくる。東方見聞録はその多くが文化的内容であるが、唯一、濤泰湖上空「天空島」に住む天使族との「色恋話(ロマンス)」が描かれている。多くの学者が「著者が読者の関心を惹くために書いた創作」としている部分だが、私はあえて、この話が「事実」であると仮説したい。その理由は、以下にまとめられる。

 

1.出版当初は「ホラ話」とされていた東方見聞録の多くが「事実」であったことが、判明してきていること

2.東方見聞録の著者は「事実」と「持論」を分けて書いており、事実の部分においては、今日まで「虚偽」が見つかっていないこと

3.読者の気を惹くための創作であれば、人間族との話を描けば良い。天使族との恋愛など、読み手が「嘘だろう」と思う可能性が高い。にも関わらず、著者は天使族との話を描いていること。

 

私は、東方見聞録が極めて事実に忠実であり、論理的かつ客観的に書かれている点に注目したい。そしてその中で、天使族との恋愛部分だけが、曖昧な状態となっている。一見すると「自然消滅」のようにも見えるが、同時に「その後も関係の継続」とも捉えられるような描き方をしている。このような曖昧な表現は、東方見聞録の中でもここだけである。私は、この曖昧な表現にこそ、著者の意図が隠されていると考える。つまり、事実を描くと「政治的問題」となりかねなかったのではあるまいか?

 

知っての通り、当時のターペ=エトフは建国間もなく、レスペレント地方の光神殿勢力とは微妙な関係であった。さらに、ルプートア山脈を挟んで西方には「セアール地方」となっていた。つまり「嵐神バリハルト神」の信仰が広がっていたのである。古神の眷属である龍族は、ターペ=エトフの元老院にも参加をしていた。そこにさらに「天使族」まで加わるとなると、西方諸国を刺激することになりかねない。賢王インドリトは、政治的配慮から、天使族を意図的に隠したのではあるまいか。

 

確かに証拠は無い。だがそう考えると幾つかの事実が繋がってくるのである。本日は「新たな視点で歴史を考える」というテーマであったため、敢えて、このような仮説を提示してみた。ご静聴、感謝を申し上げる・・・

 

メルキア帝国国立博物院 アーダベルド・D・マリーンドルフ院長の講演より

 

 

 

 

 

・・・侵入者ヲ発見ッ!タダチニ排除シマス・・・

 

抑揚のない電子的な声とともに、雷撃が襲ってきた。ディアンは物理障壁結界を張って、それを防ぐ。グラティナが駆け、「宝殿の守護者(SPRIGGAN)」の首を飛ばす。レイナとミカエラは、ソフィアやイルビット族を護る。首を飛ばされた機械人形は、それでも手足をウネウネと動き続ける。ディアンは胴体の中央部を踏み抜いた。スプリガンには魔術は効かない。物理的衝撃のみが有効だが、剣で斬れるのは隙間だけであった。魔神剣クラウ=ソラスなら胴体を切り裂くことも出来るかもしれないが、下手をしたら剣が負けかねない。

 

『魔術が効かないっていうのは、厄介だな。イアス=ステリナ人は魔力を知っていたのか・・・』

 

大禁忌地帯に入ったディアンたちは、早速、スプリンガンの襲撃を受けた。雷撃や炎などの秘印魔術を使ってみたが、全く効果がない。十名近くのイルビット族たちを連れているため、魔神化するわけにもいかない。彼らでは魔神の気配に耐えられないからだ。ミカエラも気配を抑えている。そのためか、熾天使本来の力を発揮できないようであった。レイナと連携をしながら、スプリガンを食い止める。

 

『ディアンッ!思ったよりも数が多いぞ。このままでは取り囲まれるッ!』

 

『仕方が無いか・・・ティナッ!イルビットたちをお前の気配で護れっ!これから魔神化する!』

 

グラティナが下がると同時に、ディアンの気配が一変した。圧倒的な「魔の気配」に、周囲が陽炎のように歪む。イルビット族たちが驚きの声を上げた。ディアンが魔神であることを知ったからである。瞳の色が真紅に変わったディアンは、クラウ・ソラスを抜き、凄まじい速さでスプリガンたちの間を駆け抜けた。首や手足の隙間を確実に斬っていく。十体以上の機械人形が、行動不能となる。拓かれた路を駆け抜ける。その後も、幾度かの襲撃を受けながら、一行は何とか、メルジュの門がある山の麓まで辿り着いた。

 

 

 

 

 

『全く、お主には驚かされっぱなしじゃわい。まさか魔神であったとはのう・・・』

 

ベルムードが肩で息をしながら、ディアンに文句を言った。高齢を押しての同行である。出来るだけ身体に負担を掛けないようにしてきたが、かなり疲労をしていた。回復魔法を掛けようとすると、ミカエラが翼をはためかせた。白い光が皆を包み、疲労が回復していく。

 

『「天使の抱擁」です。疲労回復の効果があります。さぁ、もう少しです』

 

どうやら天使族が持つ「技術」らしい。魔術とは違う技に、ディアンは興味を持った。だが今はメルジュの門が先である。スプリガンの追跡を警戒していたグラティナが、首を傾げた。

 

『この山に入ってから、襲ってこなくなったぞ?』

 

『何故か、メルジュの門に近づくと、スプリガンたちは襲ってこなくなるのじゃ。ここまで来れば、もう襲われることもあるまい』

 

『恐らく、そのようにプログラムされているのだろうな。誰も近寄れなくすると、あの門を開ける者がいなくなるからな・・・』

 

『プログラム?何じゃ、それは?』

 

『まぁ、「躾け」のようなものです。そろそろ出発しましょう』

 

一息ついた一行は、山を登り始めた。歩きながらベルムードが語る。

 

『儂らは、大禁忌地帯の全てを探索したわけではない。特にこの山の南部は、スプリガンの警戒が厳重で、近づくことすら出来なんだ。あの板は、そこから見つかったのであろう。無茶をしおって・・・』

 

『ですが、その無茶によって、貴方がたの千年の研究が終わろうとしています。決して、無駄ではありません』

 

やがて、山の中腹部にある大きな洞窟の前に出た。自然のように見せているが、明らかに人工的な洞窟であった。ディアンは洞窟の壁を撫で、そして純粋魔術で壁を破壊した。

 

『な、何をするのじゃ!』

 

ベルムードが怒りの声を上げたが、破壊された壁を見て愕然とした。破壊された岩壁の先に、金属的な壁が出現したからだ。ディアンは頷いた。

 

『どうやら、この山自体が人工物なんだ。恐らく、地下に溶岩地帯がある。その上に建物を築き、地熱を電源にしているんだ。スプリガンが二千年以上も動き続けている理由は、この山の何処かに、彼らの「充電場所」があるからに違いない』

 

『電源?イアス=ステリナ人が使っていたという「電気」の源のことか?つまり、この山自体が「科学の結晶」ということか!これまで気づかなかったとは・・・』

 

『仕方が無いでしょう。岩の厚みは五尺近くあります。山そのものが人工物なんて、普通は考えません』

 

洞窟を進むと、やがて巨大な門が出現した。その高さは二十尺近くある。

 

『これが・・・「メルジュの門」か・・・』

 

ディアンは感慨深げに、扉の前に立った。扉に触れてみる。「あの板」と同じような素材で出来ている。極大純粋魔術を使ったとしても、ビクともしないだろう。後ろからベルムードが語りかけた。

 

『ブレアードは、この門を目掛けて何発もの魔術を放った。だが傷一つ付かなかった。あの者もついには、諦めざるを得なかった・・・』

 

周りを見ると、所々の岩に焼け跡が見える。純粋魔術や火炎系魔術を放って、扉を破壊しようとしたのであろう。イラつく表情で魔術を放つブレアードを想像し、ディアンは思わず笑った。振り返り、皆に最後の確認をする。

 

『さて、これから神の名を唱えるが、その前に最後の確認だ。本当に開けて良いんだな?この中に何がいるか解らない。下手をしたら、イアス=ステリナの人工神「機工女神」が眠っているかもしれない。それでも、開けるんだな?』

 

『・・・千年じゃ・・・儂は千年間、この瞬間を待ち続けてきた。諦めようとしたこと、挫折しかかったことも幾度もあった。ついに、ここまで来たのじゃ。危険は百も承知じゃ。頼む、開けてくれ・・・』

 

ディアンはミカエラを見た。美しき天使は黙って頷いた。ディアンは意を決した。使徒たちに指示を出す。

 

『レイナとティナは、万一に備えて臨戦態勢を取っておけ!オレも魔神化する!』

 

二人が剣を抜く。イルビット族たちはその後ろに隠れた。しかし、扉が開く瞬間を見たいのであろう。顔だけを覗かせる。魔神となったディアンは、大声で創造神の名を唱えた。

 

יהוה (ヤハウェ)!》

 

洞窟内に声が響き、そして静かになった。扉に変化はない。ベルムードが怪訝な表情を浮かべ、踏み出そうとした時に、低い地鳴りが響いた。扉がゆっくりと左右に開き始める。その隙間からは、眩い光が溢れていた。

 

『お・・・おぉぉ・・・うぅっ』

 

ベルムードは膝を崩して、泣いた。他のイルビット族たちも、涙を流している。扉は、人の肩幅程に開いた。ディアンは最警戒の体制を取っていたが、特に危険の気配は感じない。人間の貌に戻り、振り返る。

 

『さぁ、中に入ろう・・・』

 

眩い光の中に進み出た・・・

 

 

 

 




【次話予告】
※度々の遅れで申し訳ありません。次話は6月4日(土)アップ予定です。

先史文明期「イアス=ステリナ」の記録、それはディアンたちを驚かせるものであった。

何故、イアス=ステリナ人は異世界を求めたのか
何故、新たな神「機工女神」を創造したのか
何故、二つの世界は融合したのか

ディル=リフィーナ成立の秘密が明らかになる。

戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第四十四話「二つ回廊の終わり」

・・・月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也・・・

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