戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

44 / 110
第四十一話:大禁忌地帯

Title:濤泰湖に浮かぶ「天空の島:シャンバラ宮」の冒険

 

グレモア=メイルのエルフ族から教えられた「天空の島」に興味を持った私は、濤泰湖へと漕ぎだした。幸いなことに天候は良好であった。濤泰湖は巨大な内海で、見渡すかぎりの水平線である。陽の位置と星の観測によって、自分の位置を把握しながら、西へと漕ぐこと五日間、私はついに、濤泰湖の中ほどに到着した。しかし、空を見上げると大きな雲が浮いているだけで、特に島などは見えない。エルフ族に担がれたと落胆しそうであったが、雲の様子が可怪しいことに気づいた。全く動かないのである。やがて私は、奇妙な力によって空へと引き上げられた。雲を突き抜けると、其処には巨大な岩が見えた。「天空の島」は実在したのである。私は興奮を抑えることに苦労した・・・

 

天空の島は、穏やかな草原が拡がり、中央は山岳部となっている。そこに宮殿が存在する。私は宮殿を目指して歩き出したが、程なくして迎えが来た。天使族である。空に浮く驚異の島には、天使族が住んでいたのである。その中でも、特に美しい一人の天使が、私の前に進み出てきた。天使族たちは当初は警戒をしていたが、旅目的であることを理解してくれたようだ。美しい天使は、この島を束ねる長のようである。彼女に連れられ、私は宮殿へと向かった・・・

 

宮殿は荘厳な造りで、石造りの太い柱には精密な彫刻が為されている。彼女は、この島を「シャンバラ宮」と呼んでいた。このシャンバラ宮は、三神戦争時から存在しているそうで、他種族からの隠れるために、魔力によって雲を生成し、周囲を覆うことで、長きに渡って隠れ続けていたそうだ。外部の情報を知るために、エルフ族とは細い接点があるようであるが、古神の眷属である天使と、現神を信仰するエルフ族との間に接点があることに、私は驚いた。しかしそれでも、百年の一度、連絡をする程度だそうで、人間である私にとっては、それは「接点が無い」のと同義である・・・

 

 

 

 

 

ディアンは筆を止め、少し文章を考えた。シャンバラ宮は、現在進行形の「古神の拠点」である。天使族が住んでいる、という程度であれば、特に問題視はされないだろうが、熾天使の存在は隠さねばならない。また、魔導技術による飛行手段や、ミカエラが目指している「主の復活」なども、公開するわけにはいかない。そのためには、多少の創作や歪曲は仕方が無いと割り切っていた。叩扉されたので、思索から抜け出す。ソフィアが呼びに来たのだ。

 

『ディアン、そろそろ食事に行きましょう。レイナやティナも待っています』

 

クディリ地方は、北にエルフ族の「グレモア=メイル」、南は大禁忌地帯、西は濤泰湖、東は外海という、四方全てを囲まれた「安全地帯」である。東方諸国を追われ、内海に逃げた人々によって拓かれた土地のようで、平和そのもののであった。外部との交易路が無いため、大きな都市などは出来てないが、数千人単位の中規模集落が点在し、それぞれに営みが為されている。豊かで平和な地帯であった。ディアンたちは、この地に滞在し、大禁忌地帯やイルビット族についての情報を集めていた。

 

 

 

 

 

『イルビット族は、この集落から更に南に行った、禁忌地帯に接する森の中で暮らしていますよ。変わった奴らですが、森では鹿なども採れますし、禁忌地帯から珍しいモノを持ってきたりするので、食料と交換したりしています』

 

クディリ地方では、集落が点在している。集落同士で行き来があるため、各集落には宿や酒場などがあった。共通貨幣などは使われていないが、金や銀が珍重されているため、モノを買うのに困ることはない。集落で造られた獨酒を呑みながら、ディアンは話を聞く。目の前には、焼いた雉肉やタロイモの塩茹でなどが置かれている。クディリ地方は、食材が豊かな土地であった。

 

『この地では、魔獣などは出ないのか?人々が豊かに暮らしているのは解ったが』

 

『えぇ、確かに魔獣の縄張りもありますが、棲み分けていますね。こちらから近寄らないかぎりは、魔獣たちも襲ってきません。ただ・・・』

 

酒場の主人は、少し顔を翳らせた。

 

『大禁忌地帯は別のようです。あの地帯は、入っただけで襲ってくる魔物がいるそうです。イルビットの人たちも命懸けであの地帯に入っているそうですが、死者も出ているみたいですね』

 

『入っただけで襲ってくる魔物・・・ つまり、大禁忌地帯そのものを「縄張り」にしている魔物がいるということか?いくらなんでも、縄張りとしては大きすぎると思うが?』

 

『さぁ、私もよく知らないのですが、ちょうど一年ぐらい前にも、イルビットの人が一人、殺されました。「これから」という研究者だったそうで、私もお悔やみの品を贈りました』

 

ディアンは頷いた。これ以上は、行かなければ解らないだろう。イルビット族は変わり者だが、この地の人間族とは上手くやっているようである。そして、大禁忌地帯には「未知の魔物」がいるということも収穫であった。ディアンの知識の中に、一国に匹敵する面積を縄張りにする魔物など存在しない。料理と酒を手に対面席(カウンター)から離れ、レイナたちの席へと移動する。美人三人が食事をしているため、周りの男たちはいつ声を掛けようかと、機会を図っているようであった。面倒なことになる前に、ディアンはさっさと、椅子に座った。落胆の溜息が、周りから聞こえる。

 

『どうだった?』

 

『行かなければ解らないというのが正直なところだが、気になる情報はあったな。オレの知る限り、魔物というものは縄張りへの侵入者以外は襲わないはずだった。だが、大禁忌地帯にはその常識から外れた魔物がいるようだ。侵入者を排除することを目的としているような・・・』

 

ディアンはそこで言葉を切った。自分が発した言葉に、ある気づきを得たからだ。

 

『・・・そうか、だから「大禁忌地帯」なのか。ソイツは魔物じゃないな。大禁忌地帯を護る「警備兵」のようなものだ。あの地には、やはり何かあるぞ。想像を絶するほどの何かが・・・』

 

『ディアン?』

 

『放っておけ、ディアンのクセだ。滅多にないが、何かに集中すると、まとまるまで独り言を呟き続ける。私たちは、酒を呑みながら待っていれば良い』

 

ブツブツと呟く主人を放置して、使徒二人は次の料理を何にするかで盛り上がっていた。ソフィアだけが、ディアンの独り言を聞き取ろうと集中していた。

 

 

 

 

 

翌日、集落を出発したディアンたちは、大禁忌地帯近郊にあるという「イルビット族の森」を目指した。食料などの物資も運んでいく。イルビット族は「生活のための農耕」などはしない。そのため、金銀よりも食料のほうが喜ばれる。荷車三台分の食料、塩、衣類、紙類などを調達した。この旅で一番の出費であったが、全く惜しくはない。ここからが、旅の目的だからである。長閑な田園風景が途切れ始め、やがて鬱蒼とした森が見え始めてくる。そして森の向こう側に、そびえるような山が見えた。

 

『あの山に「メルジュの門」があるのか。どうやら、目的地に到着したようだな』

 

少し警戒しながら、森に入る。馬や荷車が行き来をしているであろう小路を進むと、イルビット族の集落が見え始めた。ディアンたちは馬を降り、手綱を引きながら集落に入る。二十軒ほどの家屋が集まっている。それぞれが大きな家であった。人の気配はあるが、広場には腰掛けながら本を読む子供が一人だけであった。仕方が無いので、その子供に声を掛けた。

 

『少し良いかな?私はディアン・ケヒトという旅人です。大禁忌地帯に興味があり、この地まで来ました。出来れば、この集落の長の人に、話を聴きたいのですが?』

 

子供はパタンッと書を閉じると、ディアンを見上げた。少年かと思っていたら、少女であった。黙って立ち上がると、ディアンたちを手招きする。少女の後についていくと、木と石で出来た古びた家に着いた。少女が家の中に入る。

 

『おじいちゃん、お客さんが来たよ』

 

『ペトラ!見知らぬ人を入れてはいけませんよ』

 

少女の声に、イルビットの女性が出てきた。明らかにディアンたちを警戒している。ディアンはターペ=エトフ発行の身分証の他、イルビット族代表の推薦状を差し出した。この為に用意をしておいたものである。

 

『突然の訪問をお詫び致します。私の名は、ディアン・ケヒトと申します。この地より遥か西方にある国「ターペ=エトフ」の王太師を務めています。これは、王直筆の身分証明です。またこちらは、ターペ=エトフに住むイルビット族の代表者からの推薦状です。併せて、ご確認下さい』

 

丁寧な挨拶であったためか、少女の母親と思える女性も警戒を解いた。ディアンが差し出した二つの書状を受け取ると、家の中に入っていった。女三人は顔を見合わせていたが、ディアンは黙って、扉の前で待ち続けた。半刻ほどして、ようやく扉が開いた。先ほどの女が頷き、家に入るように促した。客として認めてもらえたようである。

 

 

 

 

 

『ターペ=エトフでは、どのような作物が穫れるのだ?』

 

大禁忌地帯について聞こうと思っていたディアンは、逆に質問攻めを受けていた。イルビットの研究者たちが周りを囲んでいる。当初はディアンたちを警戒し、家に鍵をしていたイルビットたちも、身分が明らかにされたこと、かなりの「土産」があることなどを聞くと、一斉に家から飛び出してきたのである。好奇心でウズウズしていたようであった。女三人は、イルビット族への対応をディアンに押し付け、自分たちは料理の支度を始めている。どうやら宴をするようである。

 

『お主たち、これ以上、旅人を困らせるな。彼らは儂らに聞きたいことがあって、この地を訪れたのじゃぞ?』

 

杖をついた老年のイルビットが声を掛け、ようやく質問攻めは落ち着いた。イルビット族の長「ベルムード・ラクス」である。年齢は不明である。三百歳でも幼女に見えるほど老化が遅いイルビット族で、ここまでの老年はディアンも初めて見た。下手をしたら、七魔神戦争前から生きているかもしれない。

 

『お主が持参した推薦状を読んだ。イルビットが、他人の知識や知性を褒めることなど滅多に無い。大禁忌地帯を知りたいそうじゃが、何を知りたいのじゃ?』

 

『聞きたいことは山程あります。ですがその前に、西方に住んでいた私が、なぜ大禁忌地帯を知ったかについて、ご説明をします』

 

ディアンはブレアード・カッサレの話をした。長老の眉毛が上がる。他のイルビットたちも頷いていた。ディアンは説明を続けた。

 

『ブレアードは、残念ながら西方で起こった戦争で呪いを受け、長い眠りについています。彼が残した魔道書の中に、この地のことが載っていました。私はそれを読み、この旅に出たのです。そこでお聞きしたい。貴方がたは、大禁忌地帯の「メルジュの門」に、「ディル=リフィーナ成立の秘密」が隠されていると考えていらっしゃるようですが、その根拠は何でしょうか?』

 

しばしの沈黙の後、皆が一斉に喋り始めたため、何を言っているのか全く聞き取れない。どうやら喋りたくて仕方が無いようである。高い知性を持つ者に、得てしてあることであった。ディアンは苦笑いをした。ベルムードが杖で地面を鳴らした。それでようやく、静かになる。

 

『それについては、儂の口から説明をしたほうが良いじゃろう。何しろ、この集落を作ったのは儂じゃからな。じゃが、それは明日にしよう。数十年ぶりの「研究者」の来訪じゃ。今宵は皆で、宴をしようぞ』

 

さすがに「老境」であった。研究一辺倒のイルビットも、千年以上を生きれば「幅」が出るようになる。大鍋が用意され、やがて宴が始まった。ディアンは一人ずつに挨拶をした。どうやらこの集落では、全員が「大禁忌地帯」を研究対象としているようである。いわゆる「共同研究の集落」であった。

 

 

 

 

 

『ブレアードか・・・ 数十年前の話じゃが、昨日のことのように覚えておる。弟子の名は、確か「李甫」とか言ったな。二人共、人間にしておくのが勿体無いくらいに、研究意欲が旺盛であった。何より、魔術を使えたからな。彼らがいたのは僅かな期間であったが、彼らのおかげで、研究も捗った・・・』

 

宴の翌日、ディアンたちはベルムードの研究室に招かれた。かなり広い部屋の両壁に、無数の書物や研究資料、先史文明期の遺物と思われる品々が並んでいる。揺り椅子に腰掛け、煙管を蒸かしながら、遠い目をして語り始めた。

 

 

 

 

およそ一千百年前、ラウルバーシュ大陸西方では衝撃が走った。三神戦争で封印を逃れた「古神」たちが集まり、現神との戦争を始めたのである。世に言う「七魔神戦争」である。神々の戦いは、その地に住む全ての種族にとって「災厄」であった。強大な魔力の衝突によって、空は暗く、大地は灰に覆われた。若きイルビットであったベルムードは、七魔神戦争の災厄を逃れるため、仲間たちと共に東へと逃げた。七魔神戦争は、主に大陸中央から西方にかけて繰り広げられたため、東方に行くほどに、災厄の被害は少なかったのである。今で言う「アヴァタール地方南方」を抜け、東へ東へと逃げたイルビットたちは、やがてラウルバーシュ大陸「東岸」に辿り着いた。

 

『三神戦争の激戦区であった「死の大砂漠」の北方を抜けた儂らは、ようやく安住の土地を見つけたと思った。じゃが、そこにも既に、人間族が住んでいた。儂らは彼らから嫌われ、住むことを拒否された。そこで、船を漕ぎだした。この大陸から船で三日ほど東に行くと、島がある。その島には、誰も住んでいないという話を聞いたのじゃ。人間族たちは、その島を「蓬莱島」と呼んでいた』

 

『その時は、イルビット族は何名だったのですか?』

 

『二十三名じゃ。儂らは船を造り、海への漕ぎだした。波高く、天気も荒れていたが、何とか島にたどり着いた。儂らはそこで、驚くべき光景を見た・・・』

 

蓬莱島に辿り着いたイルビット族は、そこで「先史文明期の遺跡」を発見した。それはラウルバーシュ大陸のどの遺跡よりも、保存状態の良いものであった。生きるために必死であった彼らは、これまでの研究資料を喪失していた。知的好奇心の充足が全てである彼らにとって、研究課題が無いことほど、苦痛なことはない。イルビット族は蓬莱島で「新たな研究課題」を発見したのである。

 

『イアス=ステリナ世界では、科学と呼ばれる文明が発達していた。そのことは儂らも知っていた。じゃが、蓬莱島で見た遺跡は、その文明がどれほどに発達していたかをまざまざと思い知らされた。信じられるか?蓬莱島には、高さ十町、三百階建ての建物がある。それも複数じゃ。それだけでは無い。鉄のように硬いのに羽のように軽い素材も見つけた。見たこともないほどの極小の部品が、何千万と集まって造られている機械も見つけた。今も、思い出すだけで興奮する。イアス=ステリナで生きていた人間族は、信じられないほどに高度な文明を持っていたのだ』

 

『なるほど、貴方はそれで、先史文明を研究しようと思ったのですね。ですが、何故、大禁忌地帯に辿り着いたのですか?』

 

『うむ。儂らは数十年間、蓬莱島で遺跡の発掘と研究を続けた。まず文字の解読が厄介であった。儂らが使っていた文字とは全く異なるからのう。幸いなことに、同士の中に「暗号解読」の研究をしていた者がいたので、やがてある程度の文字は読めるようになった。そして儂らは、蓬莱島の地下にあった「研究室」と思われる遺跡で、ある遺物を発見した・・・』

 

ベルムードは立ち上がると、机の引き出しを開けた。金属製の薄い板を取り出す。大きさは書籍と同じ程度の大きさであった。その板を大事そうに抱えると、再び椅子に腰掛ける。

 

『その研究室には、イアス=ステリナ人と思われる化石が二体、転がっていた。そして、机の上に透明な箱が置かれ、その中にこの板が入っていた。ここにはこう書かれている・・・』

 

 

・・・新世界の誕生は、地殻に大きな変化を齎す。我らは、二つの世界の融合を計算し、最も安全と思われる場所に、この世界の全てと、新世界誕生の経緯を記録として残す。遠い遠い子孫たちよ。邪なる者に、この遺産を渡してはならない。この遺産の価値を理解し、我らが教訓を活かせる者にのみ、引き継がれるであろう・・・

 

 

 

『・・・そして、板の裏面にはこのような絵が描かれている』

 

ベルムードは、ディアンに板を差し出した。裏面には地図のようなものが描かれている。少し首をかしげたが、やがてそれが何なのか理解した。それは「ラウルバーシュ大陸の全体像」であった。

 

『この板が造られたのは、新世界の誕生前のはず。にも関わらず、イアス=ステリナ人たちは、この大陸の形状を「計算」によって導き出していた。地図に丸で印がついておろう。見えるか?』

 

『えぇ・・・ この場所は・・・』

 

『そう、そこが大禁忌地帯じゃ。儂らはその場所にこそ、イアス=ステリナ人の遺産が残されていると考えた。興奮した我らは、喜び勇んで、この地を目指した。簡単に手に入ると思っておった。じゃが・・・』

 

『メルジュの門、ですか?』

 

『それもある。そしてそれ以外にも問題があった。儂らは大禁忌地帯に入ったその日のうちに、三人の同志を失った。未知の魔物に襲われたからじゃ。その魔物たちは、まるで何かを護るかのように、昼も夜も大禁忌地帯を見まわっている。儂らは彼らの目を盗んでは、その地に入り、発掘を始めた。そしてようやく、メルジュの門を発見した。じゃが、そこで研究が止まってしまった・・・』

 

『開かないのですね?扉が・・・』

 

『そうじゃ。どうしても開かぬ。儂らは先史文明の知識を利用し、悪を為そうなどとは毛ほども考えておらぬ。ただ知りたいだけなのじゃ。なのに、あの扉は儂らを受け入れてくれぬ。儂は焦った。このままでは、千年後も、二千年後も開かぬかもしれぬ。そうするうちに、この発見も埋もれてしまう。残さなければ・・・ イアス=ステリナ人のように、儂らも研究を子孫に残さなければ・・・ そう思い、この集落を造り、子孫を残すために仲間同士で婚姻を行った。研究のためには、より多くのイルビットが必要じゃからな。あれから一千年・・・ この集落もようやく、五十名を超えた。扉は未だに開かぬが、子孫たちがいつの日か、あの扉を開くであろう』

 

ディアンは、渡された石版を読んだ。「あらゆる文字を読める」という能力は、イアス=ステリナ人の文字にも通用した。ディアンは板を読みながら首を傾げた。

 

『・・・ここには、こうありますね。「自らの潔白を証明した者のみ、我らが遺産を手にする資格がある」・・・ 唐突ですね。証明の仕方がで出ていない。中途半端な文章です』

 

『お主!読めるのか!』

 

ベルムードは白い眉を上げ、驚いた表情をした。先史文明の文字は、一般的には全く知られていない。長年にわたって研究をしたイルビット族でさえ、全ての解読は出来ていないのである。

 

『私は「あらゆる文字が読める」という能力を持っています。先史文明の文字も例外ではありません』

 

『なんと・・・』

 

ベルムードは絶句し、やがて上を見上げて手を広げた。

 

『ナーサティア神よ。よくぞこの者をこの村までお連れ下さった。貴方様の御導きに、心から感謝を致します』

 

(いや、オレは自分の意志で来たんだが・・・)

 

ブツブツと祈りを唱えるベルムードは放っておき、ディアンは板を観察した。何らかの金属で出来ているが、鉄ではない。叩いて音を確認しようとした。だが、叩いてもこの物体の音ではなく、指の音しかしない。ディアンは首を傾げた。いつの間にか祈りが終わったベルムードが、笑いながら説明をした。

 

『この板は何から出来ているのか、我等にも全く解らぬ。ただ言えることは、決して破壊できないということだ。切ったり、叩いたり、熱したり・・・あらゆる衝撃を加えたが、全く変化をしない。熱した炭火の中に放り込んでも、全く熱くならないのだ』

 

『熱変化も起こさないのですか?そんな物質があるのか?』

 

ディアンは試しに、曲げてみようと試みた。だが、鋼鉄の鉄格子を簡単に歪める膂力を持ってしても、全く変化をしない。

 

『・・・単純に硬度や靱性の問題ではない。熱変化も起こさないし、何より叩いても音がしないというのが妙だ。ただの物質ではないな』

 

ベルムードはディアンの様子を見ながら笑った。首を傾げると説明をした。

 

『ブレアードも、お主と全く同じことをしておった。純粋魔術をぶつけたりもしていたな。さて、話の続きをしよう。先史文明の文字が読めるのであれば、話は早い。お主の言うとおり、その板は中途半端じゃ。そこで儂らは、メルジュの門を開くための「鍵」がどこかにあると考えた。大禁忌地帯に入っては、その鍵を探し続けた。この千年間、奴らによって多くの犠牲が出たが、ついにその鍵を発見した』

 

『待ってください。「奴ら」とはなんです?』

 

ディアンの質問に、ベルムードが立ち上がった。

 

『・・・ついて来るがいい』

 

 

 

 

 

集落の外れにある建物に案内をされたディアンは、その光景に圧倒された。そこは倉庫であった。大禁忌地帯で発掘された、様々な先史文明の遺物が保管されている。転生前まで科学世界で生きていたディアンにとっても、未知の道具が多かった。

 

(オレがいた時代より、さらに百年以上は進んでいるな。使い方がまるで解からん・・・)

 

ベルムードは、倉庫の奥に入っていった。ディアンも後に続く。倉庫の最深部に、「ソレ」はあった。

 

『・・・これが、大禁忌地帯を護る魔物の正体じゃ』

 

『これは・・・』

 

背丈は十尺程度であろうか。体毛は一本もなく、節だった長い手足を持っている。その肌は微妙な弾力を持っているようだ。顔は無く、丸い片目だけが飛び出している。そして、頭部の一部が割れ、内部が見えている。極小の機械類がつめ込まれていた。

 

『数十年前、ブレアードとその弟子が、苦心の末に捕らえたのじゃ。それまでの一千年、儂らはただ逃げるしか無かった。彼らのおかげでようやく、正体が解った』

 

『生物ではない。これはヒトの手によって生み出された「機械人形」だ。これが魔物の正体か』

 

『大禁忌地帯を護りし存在・・・ 儂らは「宝殿の守人(SPRIGGAN)」と呼んでいる。イアス・ステリナ人によって生み出された、遺産の守護者であろう』

 

『「スプリガン」ですか・・・ この質感は、金属ではないな』

 

スプリガンは、既に死んでいるようであった。ディアンは近づき、観察をする。ベルムードが説明をした。

 

『ブレアードは当初、魔術によって倒そうとした。じゃが、スプリガンには魔術は通じぬ。魔力を弾き返してしまうのじゃ。そこであの男は、囮を使って罠を仕掛けた。縄を使って捕らえようとしたり、落とし穴を使ったりとしたが、どれも上手くいかなかった。最終的に「落石」によって動きを封じたが、当たりどころが悪かったのか、スプリガンは動かなくなってしまった。出来れば生かして捕らえたかったのであろう。ブレアードも残念がっておった』

 

『・・・この質感は、手足を自由に動かすために生み出された「複合素材」だな。秘印術を弾き返すということは、魔力を反射する特徴を持っているのかもしれない。落石で破壊できたということは、物理的衝撃は通じるのか・・・』

 

ディアンは夢中になって、既に壊れた「機械人形(ロボット)」を調べた。

 

『彼らは、どのような「攻撃」をするのですか?』

 

振り返らずに質問する。だがベルムードは気にすること無く答えた。

 

『主に炎と雷じゃな。あとはその長い手足で殴ってきたりもする。剣は使わないようじゃ』

 

『炎と雷・・・ だが機械である以上、魂が生み出す魔力は持たないはずだ。魔導技術であるはずもない。イアス=ステリナ人が創ったということは「電気」で動くのか?だが電源はどうする。大体、二千年以上も動き続ける電源なんてあるのか?』

 

ディアンはブツブツと呟き、考え事をする。やがて、肩に手が置かれ、我に返った。ベルムードかと思っていたら、レイナであった。

 

『ディアン、夢中になるのは解るけど、もう日暮れよ?今日は何も食べていないんでしょう?』

 

そう言われて、漸く気づいた。ベルムードは遥か前に、ディアンを置いて家に戻っていたのだ。ディアンは苦笑いした。

 

『済まない。夢中になっていた』

 

『仕方がないわよ。あなたにとって、この場所は遊び場みたいなものでしょうから。でも、今日は切り上げて、食事にしましょう。ソフィアが料理をしているの』

 

ディアンは立ち上がり、スプリガンを一瞥した。守人は沈黙をしたまま、ディアンを見つめ返していた・・・

 

 

 

 




【次話予告】

「あの扉を開ける鍵」

一年前、宝殿の守人(SPRIGGAN)の手にかかり、命を落とした研究者は、謎の板を残していた。その板を読み、ディアンは動揺する。自分ならば、扉を開けられることを知ってしまったからである。ディアンは熟慮の末、熾天使とイルビット族とを交えての三者会談を提案する。


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第四十ニ話「三者会談」

・・・月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也・・・

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。