戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第三十八話:空天狐

TITLE:仙狐への弟子入り志願者に対して

 

私がユイドラの領主となれたのは、多くの種族たちの支援によるものということは、周知の事実である。彼らとの友情は未だに篤いものであるが、中には困った注文をしてくる者もいる。ユイドラの街でも著名な「仙狐 狐伯蓮」である。「彼女」(叱られることを覚悟で、敢えてこう書く)との出会いは、ロセアン山脈を探索中に、知らぬうちに「狐炎獣」の縄張りに入ってしまったことから始まる。その際、彼女からは「詫び」として、上等な酒と「狐炎獣についての正しい知識」を広めることを要求された。振り返れば、この要求こそが、私のその後の歩みを決める契機になったのではないかと思うのである。

 

彼女はまるで、私を導くかのように、様々な要求を突きつけてきた。その要求は一見すると無茶な様にも見えるが、決して届かないものではなく。努力をすることで達成可能なものばかりであった。そして知らぬうちに、努力の「方向」が決められ、私は他種族に関心を持つようになり、結果として様々な種族たちと交流し、彼らの助力を得ることが出来たのである。狐伯蓮の要求「狐炎獣についての正しい知識を広めること」を達成するために、私の工房には「狐炎獣 永恒」が滞在し、彼をつぶさに観察することによって、狐炎獣を知ることが出来たのである。

 

狐炎獣についての正確な知識は、ユイドラでも普及をしているが、先日、狐伯蓮から要求が来たため、本稿を執筆している。彼女が言うには、狐炎獣を神聖視するあまり、あろうことか「弟子入り」を志願する人間族が出ているそうで、「迷惑だから止めろ」と言ってきた。狐伯蓮に弟子入りを志願するなど、尊敬に値する程に勇敢な行為であるが、無知によって人生を誤る者が出ないように、仙狐および狐炎獣の「文化」について伝えたいと思う。

 

狐炎獣は、元々は「旧世界イアス=ステリナ」において信仰されていた「地方神」の眷属である。旧世界では「御狐様」と呼ばれ、米から作られた酒と共に、「いなり」という食物が捧げられていた。この「いなり」は、狐炎獣の好物であり、喩えて云うなら「ネコの木天蓼」のようなものである。新世界誕生に伴い、信仰していた民族と離れ離れになってしまい、狐炎獣は遥か東方諸国にて、ひっそりと生きていたそうである。東方諸国においては、酒こそは奉納されていたものの、「いなり」は存在せず、新世界誕生から二千年以上に渡って、好物を食べられず、半ば諦めていたそうである。

 

変化は、西方から来た見知らぬ旅人が「いなり」を作って捧げたことから始まる。狐伯蓮はその旅人の正体を隠しているが、恐らくは「ディスナフロディ神権国」の出身者であろう。「いなり」は現在でこそ、このユイドラでも作られ、狐炎獣の胃袋を満たしているが、その製法はディスナフロディ神権国からもたらされたものであり、彼の国の狐炎獣への対応を見る限り、狐炎獣を「御狐様」と呼んでいた民族は、ディスナフロディ神権国の民であると思われる。

 

その旅人は、東方諸国にて僅かに残っていた「狐炎獣信仰のある集落」に「いなり」の製法を伝えた。それにより狐炎獣たちは活力を取り戻し、「仙狐への途」を歩み始めたのである。仙狐への途とは、狐炎獣の生き方そのものである。狐炎獣は、悠久の時を生き、己が魂の研鑚を続ける。それにより一本ずつ尾を増やし、やがて九尾となった時に「仙狐」へと転じるのである。つまり仙狐になるためには、まず「狐炎獣」でなければならず、更には気の遠くなるほどの長きにわたって、研鑚の日々を積み重ねる必要があるのである。

 

狐伯蓮は、一見すると魅力的であり、気さくさもある好人物ではあるが、彼女は仙狐であり、その存在は「神」にも等しい。ディスナ帝やミサンシェルの天使エリザスレインすらも一目置く存在なのである。間違っても気軽に「弟子入り」など志願してはならない。「巨人族の鉱床」で、一眼剛鬼と一騎打ちをさせられる破目になるだろう。彼女が笑っている今のうちに、領主として手を打つべきと考え、この布告を発行するものである。

 

Wilfred Deion

 

 

 

 

 

『今日は忘れ難い日になろうぞ。よもや「いなり」を食べることが出来ようとは・・・』

 

狐炎獣の縄張りの奥にある「社殿」にて、仙狐「狐伯蓮」は目を細めながら、いなりを頬張り、酒を呷った。狐炎獣たちも尾を振りながら、ハフハフといなりを食べている。それなりの量を用意したつもりであったが、殆ど一瞬で消えてしまった。

 

『喜んでもらえて何よりだ。製法は、集落にも伝えてある。これからは、酒と共にいなりを捧げるよう、伝えておこう』

 

『主らだけでは信用されまい。狐炎獣を一人つけようぞ。それで信用もされようて・・・』

 

ディアンは社殿を眺め、そして座っている床を撫でた。畳である。イグサの懐かしい薫りがした。狐伯蓮がいなければ、ここで寝そべっていただろう。その様子を見ながら、狐伯蓮が質問をしてきた。

 

『不思議な男よのう・・・ いなりを知るばかりか、畳まで知っておるようじゃ。我の知る限り、ディル=リフィーナ世界において、畳はここにしか無いはず。主はどこで、これらの知識を手に入れたのじゃ?』

 

ディアンは首を横に振った。ソフィアの前で応えるわけにはいかない。

 

『その質問には応えられん。勘弁して欲しい』

 

狐伯蓮は暫くディアンを見つめたが、納得したように頷いた。

 

『これ以上を聞くは、野暮というものじゃの。主は、狐炎獣たちに活力を戻した恩人じゃ。困らせるわけにはいくまい。久々のいなり、我も堪能したわ。さて、礼をせねばならぬの?何ぞ、望みはあるか?』

 

『出来ればもう少し、あなた方について教えて欲しい。仙狐や狐炎獣は、オレの住んでいるケレース地方では見かけないのだ』

 

『ふむ・・・良かろう。教えてやろうぞ』

 

狐伯蓮は狐炎獣の生き方である「仙狐への途」について、説明をした。三神戦争から二千年以上に渡って、狐炎獣たちはこの地で生き続け、仙狐を目指しているそうである。

 

『じゃが、仙狐にはさらにその先がある。種族としての枠を超え、神へと転じる途がある』

 

『・・・神・・・だと?』

 

『そうじゃ。空天狐と呼ばれる神になるのじゃ。肉体を離れ、己が精神と世界を融合させる。古今東西を知り、天変地異すら起こす力を持つ・・・正に、神であろう?』

 

『古今東西を知る・・・その空天狐と、話をすることは出来ないか?聞きたいことがある』

 

狐伯蓮は眼を細めた。空天狐は、狐炎獣の究極的姿であり、いわば彼らの「神」である。一見の者が、その神に会わせろなどとは、失礼な要望であった。

 

『何を聞きたいのじゃ?それ次第では、考えてやっても良いぞえ』

 

『オレの師は、西方で破壊神と戦い、呪いを受けた。解呪法を研究し続けているが、未だに見つからない。神ならば、その方法を知っているのではないか?』

 

『呪いを解く方法か・・・ 良かろう。ただし、代償を払って貰うぞ?主の肉体を少し借りることになる』

 

ディアンは首を傾げたが、狐伯蓮が笑みを浮かべて立ち上がると、その後に続いた。レイナたちが付き従おうとしたが、狐伯蓮が止めた。

 

『連れていくのはディアン独りじゃ。その方らは、ここで待っておれ』

 

ディアンは振り返り、レイナたちに向けて頷いた。

 

 

 

 

 

板張りの廊下を奥に進む。社殿の最奥には、大きな扉があった。狐伯蓮がその扉の前に立つ。

 

『この先に、空天狐がいる。さぁ、主の手で扉を開けるが良い』

 

ディアンは左右の番いを握った。意を決して、扉を開く。眩い光と強い気配を感じた。覚えているのはそこまでであった・・・

 

 

 

 

 

『・・・うっ・・・』

 

眼を開けると、天井が見えた。状況を理解するのに数瞬が必要であった。ディアンは、ゆっくりと起き上がった。使徒たちが心配そうに自分を見つめている。視線の先に、狐伯蓮が煙管を蒸かしていた。ディアンは目を細めて、狐伯蓮に尋ねた。返答次第では、魔神化してこの場を破壊するつもりであった。

 

『・・・オレに一体、何をした?』

 

『言ったであろう。肉体を借りると・・・ 空天狐は精神のみの存在じゃ。それ故、話すためには誰かの肉体を借りねばならぬ・・・』

 

ディアンは自分の身体を確認した。膂力、魔力、判断力、記憶などを確認する。特に抜け落ちたモノは無い。

 

『出来れば、先に説明をして欲しかったな。心の準備というものがあるだろう』

 

『済まぬな。主は魔神、並みの精神力ではない。下手をしたら、空天狐を弾き返してしまうかもしれん。無警戒の状態であったからこそ、入り込めたのじゃ』

 

文句を言おうとする使徒たちを止め、ディアンは溜め息をついた。

 

『それで、空天狐は何と言っていたのだ?』

 

『主への伝言じゃ。呪いを受けた時点であれば、他の手段もあったであろうが、今となっては方法は限られる。「魂魄を分けよ」・・・そう言っておった』

 

ディアンが眉を動かした。つまり肉体から魂だけを抜き取れ、ということである。確かに、その方法は考えてはいなかった。だが、それでは「解呪」とは呼べない。ディアンは肩を竦めた。

 

『助言は有り難いが、それは解呪では無いな。オレはオレなりに、ギリギリまで研究を続けるよ』

 

『そう言うと思っておったわ。たとえ方法が見つからずとも、その努力は無意味ではないぞえ?主の信じる途を進むが良い・・・』

 

『世話になったな』

 

ディアンは立ち上がった。狐伯蓮は笑って、ディアンは見送った。出ていく背中に向けて、最後の言葉を掛ける。

 

『主のお蔭で、ようやく我らが民の居場所を知ることが出来た。礼を言うのは我らの方ぞ。いずれまた会わん。神に挑みし「黄昏の魔神」よ・・・』

 

ディアンは立ち止まった。だが振り返ることなく、一度だけ首肯し、そのまま社殿を後にした。狐伯蓮は目を細めながら、その後ろ姿を見送った・・・

 

 

 

 

 

一体の狐炎獣を連れて、ディアンたちは集落に戻った。狐伯蓮と会ったことを話し、いなりを捧げるように伝える。集落は大騒ぎとなり、急いでいなりが作られ始めた。ディアンは狐炎獣に膝をついて話しかけた。

 

『やれやれ・・・お前の主人はとんだ食わせ者だな。知っているか?ああいうのを「女狐」って言うんだぞ?いずれまた会わんなどと言っていたが、出来れば会いたくないな』

 

ディアンの言葉が解ったのか、狐炎獣はフンと息を吹いた。ディアンは笑った。

 

『なんだ?お前、言葉が解るのか?お前の名前は、何て言うんだ?』

 

(我が名は「永恒」・・・いなりの馳走、感謝する)

 

頭に言葉が響いた。ディアンは驚き、そして笑った。

 

 

 

 

 

黄酒を飲みながら、狐伯蓮は空天狐との話を思い出していた。このまま静かに消えていくだけと諦めていたが、魔神の出現によって希望が生まれたのである。いなりが捧げられたら、酒宴を開こうと考えていた。

 

 

 

・・・伯、まさか魔神の肉体を使うとはね・・・

 

・・・仕方あるまい。この東方では、我らが民は見つからぬ。なれば、強き魔力を以って透視するしかあるまいて。で、見つけたか?・・・

 

・・・あぁ、見つけたよ。遥か西方だけど、確かに生きているね。「いなり」もありそうだし、伯の好きな酒もあると思うよ。うん?どうやら、「太陽神(アマテラス)」が束ねているようだね。帝として新世界で復活をしたようだよ。これは嬉しい誤算だね・・・

 

・・・そうか。ところで、この魔神についてじゃが、気になっておる。何故か、我らのことを良く知っておるようなのじゃ。いなりの製法から畳についてまで、まるで嘗ての我らが民のように詳しい・・・

 

・・・そうだろうね。だってこの彼は、異世界からの転生者だからね。転生前は、我らが民と同じような国に暮らしていたみたいだよ。そこでは「稲荷神」って呼んでいたみたいだけどね・・・

 

・・・異世界からの転生者じゃと?成程、なれば詳しいのも当然か。して、この者をどう思う?・・・

 

・・・面白いけど、ちょっと危険かな。彼がやろうとしていることは、下手をしたら神々の大戦を引き起こしかねないよ。そして彼自身、そのことを理解している。だから迷っている。自分のことを「黄昏の魔神」なんて呼んでいるようだけど、言い得て妙だね。昼と夜の中間、「夕暮れ」に生きているよ。だけど、こればかりは伯でも導けないね。彼自身の手で、答えを見つけるしかないと思うよ・・・

 

 

 

(黄昏の魔神よ・・・焦るでないぞ。主には無限の寿命がある。時を掛けて、答えを見つけよ)

 

仙狐 狐伯蓮は、杯を掲げて、干した・・・

 

 

 




申し訳ありません。都合により、少しだけお休みをさせていただきます。5月中には、再開できると思います。何卒、ご容赦下さいませ。

【次話予告】

ディアンたちは、東方五大列国を離れ、獣人族の国「マジャヒト王国」に入る。そこは正に「獣人たちの楽園」であった。ディアンは、その国を束ねる「王」に興味を持ち、王宮を訪れる。


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第三十九話「獅子王の国」

・・・月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也・・・

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