戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第三十五話:父娘の別れ

五百年間に渡って続いた東方五大列国時代に終止符が打たれるのは、ターペ=エトフ歴五十二年のことである。女帝「龍春蘭」の長男で、後に龍国大王となった「龍(えい)」によって、東方諸国は統一され、龍贏は「皇帝」となる。龍國の特徴は、西方諸国との交易を強化していたことである。特に龍贏は、十五歳の時にターペ=エトフに三年間の「留学」をしており、その時の経験が龍國の政事に大きな影響を与えたと言われている。

 

龍國中興の祖となった「龍儀」は、西榮國併合から十年後に病死し、長女であった春蘭が女王となる。幸いなことに、三国連合との戦いは膠着状態となっており、春蘭の代においても国土を維持することは出来た。しかし、この膠着状態を打破するためには、より優れた王が必要であった。そこで女王「龍春蘭」は、妹の「香蘭」を頼り、自分の長男を留学させたのである。無論、香蘭は病死をしたことになっているため、東方見聞録を通じた、龍國とターペ=エトフとの「縁」を頼って、と公式上は記録されている。賢王インドリトはこの依頼を快諾し、王太師を龍贏の「教育係」とするのである。龍贏は留学時代を振り返り、このように記している。

 

・・・ターペ=エトフという国は、正に理想郷であった。かつて西榮國から追われたという黒竜族も、ターペ=エトフの中で幸福に生きている。なにより驚いたのは、その統治方法だ。通常、王と役人が力を持ち、民衆は「統治される側」というのが国家の形である。だが、ターペ=エトフでは、民衆から選ばれた「元老」たちが、強い権限を持ち、民衆代表として王と議論を重ね、国家の方針を定めている。このような統治方法では、ともすると元老たちが「利権代表」となりかねないが、ターペ=エトフでは元老も民衆も皆が「公益」を意識している。無論、中には邪なことを考える輩もいないではないが、ターペ=エトフの行政府は極めて有能で、そうした腐敗は芽の段階どころか「種」の段階で取り除かれてしまう。そして驚くべきことに、その行政府を束ねているのは、たった一人の魔人と、たった一人の美しい女性なのである・・・

 

龍贏は、ターペ=エトフの統治方法を真似て、皇帝親政としつつも「民衆代表会議」という組織を作り、統治される民衆側からの声を聴く機構を設けた。しかしこの統治方法は、皮肉なことに龍贏自身が懸念したとおり「利権代表」の様子を見せ始め、結果として破綻をし、東方統一国家はわずか数代で、再び分裂をすることになる。その原因としては、ターペ=エトフと龍國の国土面積及び人口の違いが大きいが、龍國にはターペ=エトフのような「優れた行政官」が存在しなかったことも挙げられる。ターペ=エトフの国務大臣「シュタイフェ・ギタル」の名は残されているが、その部下にして実質的な最高権力者と言われていた「黒髪の美女」については、名は残されていない・・・

 

 

 

 

 

龍國首都「龍陽」は歓呼の声で沸き返っていた。民衆たちは熱狂的に、大将軍たちを迎えた。何しろわずか三ヶ月で西榮國を滅ぼし、龍國国土を倍増させたのである。龍國大王は、民衆への差別は一切せず、税制、司法など全てを同等に扱うことを宣言し、それを実行している。そのため、西榮國の混乱も収束に向かいつつあった。だが龍國が大国化したことは、他の三国の警戒を呼ぶものでもあった。既に国境付近では軍が集結しており、戦の気配が漂い始めていたのである。

 

『これより、論功行賞を始める!』

 

文官の宣言により、王宮で論功行賞が始まった。第一功は無論、懐王を討ち、西榮國を滅ぼした大将軍「王進」である。その他にも、要塞都市「崔」を攻略した将軍「李輝」や、首都脱出を図っていた王族たちを捕らえた五千将「馬濛」などが表彰される。公式的な記録が発表された後で、非公式としての「特別功労」が発表された。

 

『ターペ=エトフ使者、ディアン・ケヒトならびにレイナ・グルップ、グラティナ・ワッケンバイン!』

 

名前が挙げられ、三名が進み出る。文官が読み上げる。

 

『諸国に対する政治的配慮により、公式記録には載せることは無いが、大将軍以下、各将からも貴殿らの活躍は報告されており、龍國として感謝の意を示すべく、大王に対する要望を認めるものとする。望むものを口にせよ』

 

ディアンたちは、ターペ=エトフからの使者であり、この後は東方見聞のために諸国を回るのである。趙平の戦いでの活躍が知られたら、諸国から警戒をされてしまう。そのための政治的配慮として、公式記録には載せないこととなったのである。ディアンは膝をついて、要望を口にした。

 

『私たちはターペ=エトフから東方見聞にきた「旅人」に過ぎません。このような晴れの場に参列させて頂いただけでも、恐懼の極みです。僅かばかりの手伝いをした程度で、土地や財宝などを望むことは出来ません。ただ出来ましたら、我が国と龍國との友好関係をお約束願いたく存じます』

 

龍儀が頷き、立ち上がった。

 

『ターペ=エトフは黒龍族を受け入れ、平和に暮らしていると聞く。西方諸国との友好関係は、我が国の国益にも繋がる。インドリト王を私と対等の「大王」と認め、末永い友好関係を結ぶための公式文書を認めよう。しかし、この程度では貴殿らの活躍に対する褒章としては不足であろう。諸将との均衡というものもある。他に、望みは無いか?』

 

『では、出来ましたら・・・』

 

ディアンは望みを口にした。大王は驚き、そして笑って頷いた。

 

 

 

 

 

 

『全く、お主の無欲ぶりには呆れるぞ。普通であれば財宝だの何だのを欲しがるのに、まさか「人」を求めるとはな』

 

論功行賞後の大宴席において、王進は呆れながら酒を呷っていた。ディアンは、末席で良いと遠慮をしたのだが、大王も王進も認めなかったのだ。

 

『お主らの手柄は、本来であれば第一功と記されてもおかしくないほどのものなのだ。せめて宴席の場くらいは、上席に座るべきであろう』

 

そう言われてしまっては、ディアンとしても断りようが無かった。王進から酌を受けながら、ディアンは返答した。

 

『オレとしては、随分と大胆な要望をしたと思っているのだがな。龍國にある「醸造技術」「製陶技術」「製糸技術」などは、西方には無いものだ。それら技術を手に入れれば、ターペ=エトフは更に繁栄する。オレたちは、ターペ=エトフ王から十分な資金を貰っているのだ。投資に見合うものを持ち帰らなければ、叱られてしまう』

 

王進は頷いた。戦場においても、人が勝利を左右するのである。もとよりディアンの狙いなど百も承知なのだ。だがディアンが魔神であることを考えると、やはり可笑しかった。魔神のクセに自分より国家を考えているからだ。

 

『近日中に、行商隊と共に職人たちが出発する。お主の手紙と共に、大王の親書も送られる。レウィニアという国までの行商隊だそうだ。そこで、お主の知る行商人に引き継がれるだろう』

 

後年、ターペ=エトフでは様々な酒が造られるようになるが、その基礎となった醸造技術は東方から持ち込まれたものと言われている。西方諸国の醸造技術は、空気中に漂う「自然酵母」による発酵であったが、東方では「酵母」を培養する技術が確立していた。これら技術は、ターペ=エトフ滅亡後に西方諸国に広まり、西方の食文化を大きく前進させることになるのである。

 

祝宴の最中に、ソフィアがディアンのもとに近づいてきた。どうやら髪型を変え、化粧を施しているようである。見ただけでは、香蘭とは解らない。だが周囲からは注目を浴びる。

 

『これなら、私も参加できるでしょう?』

 

艶やかに微笑みながら、ディアンに酌をする。ディアンは少し戸惑った。これまでレイナやグラティナも、ディアンに進んで酌をしたことなど無いからだ。どうやら育ち方が違うらしい。ソフィアは王進にも酌をした。ディアンは茶を勧めようとしたが、ソフィアは酒を飲みたがった。龍國では十代でも飲酒は認められるようである。レイナやグラティナも酒は飲むので、ディアンとしては強くは言えない。

 

『それでは、今回の祝勝とこれからの戦国に・・・』

 

ソフィアはそう言って、杯を干した。ディアンは苦笑いをした。いささか賢しいところがあるが、ソフィアの見立ては正しいからだ。王進は笑って、ソフィアに意見を求めた。

 

『それで、姫・・・ではなくソフィア殿は、今後の龍國をどのように思うのだ?』

 

『ソフィアと呼んでくださいね。王進様。そうですね。恐らく数年後に、大戦が起きるでしょう。龍國と、他の三国が連合した「合従軍」との間で・・・』

 

ソフィア・エディカーヌは自分の未来予測を語った。

 

『今回の西榮國併合により、龍國の国土は二倍となり、人口も倍増しました。ですが、通貨制度の違いや龍國と西榮國との確執を解消するには時間がかかります。大王様がどれほど優れた方であっても、十年は必要でしょう。他の三国は、当然それを見越しています。万一にも、西榮國の併合が完全なものとなってしまったら、三国は太刀打ちできなくなります。そうなる前に、三国は連合し、大軍を持って龍國を侵そうと企むでしょう』

 

『なるほど、一時的とはいえ、三国が連合すれば、国境に配備した軍を龍國に振り向けることが出来る。各国十万としても三十万の大軍じゃな。一方、龍國は西榮國を併合したとしても、せいぜい十五万の動員が限界、さて困ったものだのう』

 

王進は楽しそうに杯を呷った。ソフィアは酌をしながら、笑った。

 

『数の上ではそうですね。ですが、三国連合には決定的に欠けるものがあります。まとめ役です。三国にはそれぞれ優秀な将軍がいるでしょう。ですがそれら将軍を指揮する「総大将」となりうる器を持つ者がいません。それこそ、王進様ほどの大将軍でなければ、軍として動くことは出来ないでしょう。せいぜい、バラバラに国境を侵そうとする程度です。それであれば、王進様が指揮する十五万の兵で、各個撃破が出来ると思います』

 

『それくらいは、向こうも計算するはずだ。つまり、王進の首を狙ってくるだろう。王進、お前の首は、おそらく東方域で最も高値だぞ?』

 

ディアンは笑った。ソフィアも頷く。そしていたずらっぽい笑みを浮かべて腹案を出した。

 

『そこで、三国連合を潰してしまう方法を思いつきました。これからディアン殿と共に、旅行者として三国を周ります。そこで・・・』

 

ディアンが手を挙げ、ソフィアの話を止めた。顔が真顔になっている。

 

『ソフィア、言っておくがオレはこれ以上、龍國や他国に介入するつもりはない。お前は龍國の人間ではない。ターペ=エトフの人間だ。龍國から正式な依頼をされたのなら別だが、こちらから手を出すなど、余計なお世話というものだ』

 

言葉は落ち着いているが、ディアンの眼には明確な決意があった。もしこの条件を呑まないのであれば、ソフィアは置いていくつもりであった。ソフィアは少し驚いて、そして笑顔で頷いた。少なくとも表面上は納得したようである。王進は咳払いをして、言葉をつないだ。

 

『あー、なんじゃ・・・儂の首など元から狙われておるようなものだから、それは別に気にしておらん。むしろ気になるのは、お主のこれからだ。ソフィア殿を連れて、どうするつもりだ?』

 

『オレの目的は「東方の見聞」だ。当然、残りの三カ国を周るさ。大王もそれを見越して、わざわざ記録を残さずにいてくれたのだからな。オレはあくまでも「東方からの使者」に過ぎん。たまたま、戦に巻き込まれたというだけだ。これから行く三国では、そのように説明をするつもりだ。無論、龍國との義理は守る。龍國の内情は、一切話すつもりはない』

 

『大王は、お主に残って欲しいと思っておるじゃろうが・・・』

 

それは内々で言われていた。西榮國が滅亡した以上、龍香蘭を取り戻したという形を取っても問題はない。そして、王進とディアンが香蘭の後ろ盾となり、数年後に香蘭を大王とする。龍儀からは「香蘭の夫」として残って欲しいとの話を受けたが、ディアンは丁重に断った。信義を欠くということもあるが、ディアンが「仕えるに足る王」として認めているのはインドリトだけだからである。ディアンの代わりに、エディカーヌが応えた。

 

『私は、ディアン殿と共に、諸国を旅します。そしてターペ=エトフに行きます。さらには西方諸国にも・・・想像するだけで、胸が高まりますわ』

 

ディアンは肩を竦め、王進は溜息をついて盛大に酒を呷った。

 

 

 

 

 

数日後、ディアンたちは王宮を訪ねた。龍國を去り、「雁州國」「慶東國」「秦南國」を周る旅に出る。その挨拶のためであった。ソフィアは一昨日から後宮に泊まっている。姉妹への挨拶と出発の準備のためだ。謁見の間で大王と接見する。ディアンは片膝をついて、挨拶をした。

 

『この数ヶ月間、龍國には大変お世話になりました。また、ターペ=エトフとの友好をお認め頂きましたこと、感謝に耐えません』

 

『東方見聞の役、ご苦労でした。ターペ=エトフの王にも、宜しく伝えて下さい。両国の末永い友好と繁栄を願っていると・・・それと』

 

大王は近侍に指示をした。ソフィアが進み出てくる。ディアンたちと同じく、西方式の旅衣姿である。龍儀は愛娘の姿を見て、目頭を押さえ、それから笑みを浮かべた。

 

『ソフィア・エディカーヌをあなたにお付けします。この者は西方に強い興味を持っています。いささかお転婆ではありますが、確かな判断力を持つ才女です。あなたの旅の端に加えてください』

 

『有り難き幸せ、ソフィア・エディカーヌ殿は、私が責任を持って、お預かり致します。どうかご安心を・・・』

 

父親に対する配慮の一言である。龍儀は頷き、更にディアンたちへの餞別まで用意をしていた。金銀宝石類が入った袋が渡される。ディアンは固辞しようとしたが、大王が笑って止めた。

 

『これは、ソフィア・エディカーヌのための資金です。宿代や食費などが掛かるでしょうから・・・』

 

父親の気を晴らすためである。ディアンは恐縮して受け取った。ディアンの後ろで膝をつく愛娘に、大王は語りかけた。

 

『ソフィアよ、そなたが望んだ人生だ。辛いこともあるだろうが、悔いなく生きるように・・・ディアン殿、頼みましたぞ』

 

ソフィアは頭を下げながら、少しだけ肩を震わせた。父も同じように、目頭の熱さに耐えていた・・・

 

 

 

 

 

『王進、お前にも本当に世話になった。感謝する』

 

龍陽の外門まで見送りに来た王進に、ディアンは頭を下げた。王進は笑って手を振った。

 

『世話になったのは儂らの方じゃ。お主がいなければ、趙平の勝利も無かったじゃろう』

 

王進は顔を近づけて、小さな声で言った。

 

『姫を頼むぞ。それと・・・』

 

『解っている。三国の様子は、手紙で知らせるようにしよう。もっとも、気に入らない国だったら、オレが滅亡させてしまうかも知れん。何しろオレは魔神だからな』

 

ディアンと王進は互いに笑いあった。レイナが牽いてきた馬に乗る。王進に手を差し伸べ、握手をする。西方式の挨拶だが、その程度の知識は王進にもあった。

 

『さらばだ。達者でな』

 

『道中、気をつけて行け。お前のことは忘れん』

 

別れの挨拶の後、ディアンたちは隣国「雁州國」へと向かった。

 

 

 

 

 

『ソフィア、お前に言っておくことがある』

 

『何でしょう?』

 

龍陽が見えなくなった辺りで、ディアンはソフィアに語りかけた。

 

『これから旅を一緒にする上での取り決めだ。オレのことは、ディアンと呼べ。レイナやティナについても同様に呼び捨てで構わん。オレたちも、お前をソフィアと呼ぶ。龍國の姫という立場、認識はいますぐに捨てろ』

 

『あら、元から捨てていますわ。ですが、この口調だけは変えられません。ディアン、レイナ、ティナ、それで宜しいですね?』

 

『私は別に構わんが・・・それにしても、育ちの違いというのか、どうもお嬢様のように感じてしまうな』

 

『仕方がないでしょう。ソフィア、宜しくね』

 

『あー、それとあと一つ、レイナとティナは時折、オレと一緒に寝る。お前は別に一緒じゃなくても良いから、気にするな』

 

『えっ?一緒に・・・えぇっ?』

 

『二人は「使徒」だからな』

 

事も無げに言うディアンに対し、ソフィアは呆然とし、それから真っ赤になった・・・

 

 

 

 




【次話予告】

ディアンたちは東方諸国を周る。「雁州國」「慶東國」「秦南國」を巡り、南東にあるという「大禁忌地帯」を目指す。旅をする中で、ソフィア・エディカーヌの「心の孤独」にディアンたちも気づき始める。そしてある日、ソフィアはディアンの「秘密」について、質問をするのであった。


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第三十六話「賢と愚」

・・・月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也・・・

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