戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第三十一話:誰が為の正義

TITLE:西方諸国と東方諸国における「人間族の違い」についての考察

 

東方諸国と西方諸国の違いとして、「人間族の見た目の違い」が挙げられる。西方諸国では、金髪や銀髪、あるいは赤髪や青髪といった、多様な「容姿」を見ることができるが、東方諸国では大多数の人間族が「黒髪黒眼」の外見をしている。また身長にも違いがある。西方諸国の平均身長が六尺弱であることに対し、東方諸国では五尺五寸程度であり、平均身長においても違いが見受けられる。そのため、西方諸国と東方諸国では、同じ人間族であっても「別種族」とさえ考えられてきた。

 

ディル=リフィーナ世界が成立してから二千年程度の間で、これほどの差異が生まれるわけが無く、この違いはイアス=ステリナ世界から続いているものと考えられる。また、二つの世界が融合した時点で、ネイ=ステリナの種族たちが「偏在」していたことも原因の一つと思われる。事実、西方諸国では多くの亜人種が見受けられることに対し、東方諸国においては、悪魔族が多い「ヤビル魔族國」、獣人族の国「マジャヒト王国」、ルン=エルフ族「グレモア・メイル」、その他イルビット族などの亜人種の集落を形成しているが、それらは東方五大列国周辺域に留まっている。五大列国内は、亜人種の数は驚くほどに少ない。これは、イアス=ステリナ世界において「エイジア」と呼ばれた地域の人間族が、ほぼそのまま、新世界に留まったものと考えられる。

 

新世界の出現は、人間族においても「遺伝的変容」をもたらしている。つまり、人間族と他種族との「混血」である。特に、ドワーフ族、エルフ族、獣人族の三種族との混血は、新世界成立後の二千年間で進んだ。その結果、特に亜人種族の多い西方諸国において、混血が進み、多様な容姿を持った人間族が誕生したものと思われる。当然ながら、混血の過程では、文化的な影響も相互に受けたと思われる。例えば、言葉や文字、食文化などは、特に西方諸国では亜人族から大きな影響を受けた。一方で、東方諸国ではイアス=ステリナ世界から使用されている文字や食文化が残っている。

 

惜しむらくは、イアス=ステリナ時代の「科学知識」が殆ど残っていないことである(発酵技術など一部では残っているが)。これは、イアス=ステリナ世界では木材の乱伐によって、紙が不足していたため書籍が極めて貴重となっていたことが要因である。イアス=ステリナで主流となっていた「電子書籍」と呼ばれるものは、ディル=リフィーナ成立時の「大激変」により、その全てが失われたと思われる。

 

 

 

 

 

龍國大王「龍儀」の密命を受けたディアンたちは、旅行者を装いながら、龍國の南にある国「西榮國」を目指していた。

 

『西榮國は、南に巨大な湖を持つ国だそうだ。「濤泰湖」という内海で、ブレアードの記述では「ラウルヴァーシュ大陸最大の内海」となっている。南は湖、西は平和国家のグプタ部族国、北と東にだけ兵力を集中させれば良いというのは、強みだな』

 

龍國との国境付近に、西榮國の街「崔」がある。高い城壁に囲まれた難攻不落の城塞である。城壁を見て、ディアンは唸った。龍國の首都「龍陽」の城壁も高かったが、崔の城壁は高すぎるほどであった。四十間(74m)はあるかもしれない。レイナたちも、城壁の高さに驚いていた。並の攻城兵器では、この城を陥すことは出来ないだろう。城内に入ると、最前線だというのに、人々が活発に行き交いをしている。物産は豊富であった。

 

『驚いたな。まるでプレメルの街みたいだ』

 

グラティナが呟いた。ディアンは人々の顔を見た。暗い表情はしていない。統治が行き届いている証拠である。役場で龍國の通貨を両替し、三人は役場に入った。一階の酒場で、情報を仕入れる。

 

『あぁ、竜族ですか。昔は共存をしていたんですけどね。十年くらい前に戦争があって、今では竜族は見かけませんよ』

 

酒場の店主は何事もないようにそう言った。ディアンは首を傾げた。黒雷竜の縄張りを侵し、彼らを殺戮したのではなかったのか?それとなく聞いてみると、店主は呆れたように返してきた。

 

『お客さん、何言っているんですか?竜族の方から仕掛けてきたんですよ!こちらは話し合おうとしたのに、耳を貸さなかったことで、止む無く戦ったんですよ!』

 

店主は呆れながら、仕事に戻っていった。三人は顔を見合わせた。

 

『・・・考えられる可能性は三つだ。一つはダカーハが嘘をついている。まぁこの可能性は皆無だな。二つ目は店主が嘘をついている。この可能性は無くはないが、様子を見る限り、嘘をついているようには見えない。となると可能性は一つだ。店主の知識が「間違っている」ということだ。情報統制をして、民衆に間違った知識を植えつけているのだろう。だが、そんなことが可能なのか・・・』

 

『ダカーハが縄張りを追われたのって、十年くらい前でしょう?大勢の人が参戦していたはずよ?十年間もの間、情報統制をするなんて、出来ないと思うけど』

 

『どうする。このまま「邯鄲の都」までいくのか?』

 

『いや、まず南西の竜族の縄張りに行こう。この眼で見ておきたい』

 

ディアンの言葉に、二人は頷いた。

 

 

 

 

 

崔の街を離れたディアンたちは、首都に寄らずに南西にあるという「黒雷竜族の聖域」を目指した。途中で集落などに立ち寄るが、誰もが「竜族から仕掛けてきた」と言う。崔を離れてから二十日後、ディアンたちは南西部の山岳地帯に着いた。だが山岳地帯への入り口には、厳重な関所が設けられていた。屈強な兵士たちによって護られている。ディアンは旅人を装って、兵士に声を掛けた。

 

『私共は西方から来た旅人です。この山に竜族が住むと聞き、一目見てみたいと思ってここまで来ました。竜族はこの先にいるのでしょうか?』

 

すると兵士は、普通に返答をしてきた。

 

『この先は確かに、竜族の縄張りだったが、いまは我々が占領している。竜族はいきなり襲ってくる危険な魔獣だ。そのため、ここで警備をしているのだ。この先は危険だ。諦めたほうがいい』

 

ディアンは頷いて、その場を立ち去った。

 

『どうする?このまま引き下がらないんでしょ?』

 

『そうだな。まず野営をして、夜になったら空から行こう。暗闇であれば、兵士たちに気づかれないだろう』

 

その夜、ディアンたちは魔導装備を使い、空を飛行して関所を通過した。そのまま山中へと入っていく。関所は二重になっていたが、兵士たちはディアンに気づかず、立ち話をしている。そのまま山岳地帯の奥に入ると、明かりが見えてきた。どうやら採石場のようである。多くの人たちが、そこで石を切り出していた。石は関所を通らず、山を繰り抜いて作られた隧道を通って、別の場所に運ばれているようであった。空からその様子を見下ろす。何かが妙であった。しばらく様子を見ていると、奇妙さの原因が解った。

 

『あの人夫たち、まるで表情が変化しないな。それに、誰も一言も喋らない。呻き声すら上げない。まるで「蟻」だ』

 

人夫たちは誰もが「黙々」と動いている。自我がまるで無いようであった。その薄気味悪さに、レイナたちの顔色も悪くなる。

 

『もう少し、奥に行ってみよう・・・』

 

そのまま飛行し、山奥へと進む。すると、山中の開けた土地が見えた。白骨化した竜族の骨がそこかしこに転がっている。鱗や牙などは抜き取ったのだろう。ただ素材として狩られた黒雷竜たちの残骸が無数に転がっている。正にそこは「竜族の墓場」であった。

 

『ひ、ひどい・・・』

 

レイナが口に手を当てて震える。ディアンの眼が細くなる。こんな殺戮をして、他に知られていないなど、考えられないことである。もし情報統制をするのなら、参加をした兵士たちをこの山から一歩も出さないようにしなければならない。そう考えた時に、ディアンは気づいた。

 

『そうか・・・あの人夫たちは、この虐殺に参加をした兵士たちだ。そして、何らかの方法で忘我の状態にさせられ、ただの「働き蟻」になったんだ。「生ける屍」にして、情報封鎖と人夫調達という一石二鳥を狙ったんだろう』

 

『クッ・・・これが、ヒトのやることかっ!』

 

グラティナが怒りで震えている。ディアンも頷いた。だが、このような行為に及んだのは、何か原因があるはずである。二千年間の平穏を破る何かがあったとしか思えなかった。

 

『西榮國の王は、この三十年間は替わっていなかったな。となると、誰かが王に吹き込んだんだ。あるいは、王を操っているのかも知れん・・・ 邯鄲に行こう。首都に行けば、何か解るかもしれない』

 

 

 

 

 

邯鄲の街からほど離れた森の中に、その建物はある。警備の兵士たちがあたりを見まわる。建物内では、一人の錬金術士が研究を続けている。西榮國はこの三十年で、産業は発展し、軍は強化された。それは国王や優秀な役人たちの力もあるが、この男の影響も大きい。男が生み出した薬物は、兵士の恐怖心を麻痺させ、さらには思考能力まで奪ってしまう。錬金術士は、新しい火薬の研究をしていた。黒色火薬より威力がある「褐色火薬」を作ろうとしている。

 

『全く、軍のバカ共が・・・黒色火薬は戦向きではないとあれほど言ったのに、勝手に使いやがって・・・』

 

錬金術士は独り言を言いながら、新しい火薬の調合を行った。別に難しい作業ではない。竜族を駆逐したお陰で、大量の硝石が採れるようになった。褐色火薬が大量生産出来るようになれば、戦争も一変する。錬金術士は自分が設計した新兵器「砲」を眺めた。褐色火薬を使って、焼けた鉄の玉を遠方に打ち出す。強弩よりも遥かに遠くに届くため、敵の陣営を崩すのに役立つ。あるいは攻城兵器に使えるだろう。錬金術士は本を手元に引き寄せた。自分の師が残した錬金術の本である。表紙を撫で、目的の頁を開く。火薬精製の方法を熱心に読みこむ。夜が深まる中、男は一心不乱に、研究を続けていた・・・

 

 

 

 

 

西榮國の首都「邯鄲」は、龍陽を超えるほどの巨大都市であった。城壁は高く強固で、川を引き込んで堀を形成している。街中には上下水道が完備されているようであった。プレメルでも水道整備は計画されていたが、未だ実現していない。近隣の田畑は実り豊かである。ディアンたちは街中を歩きながら、人々の表情や物産、物価を見て回った。ディアンは唸った。

 

『悔しいが認めざるをえん。この国はターペ=エトフをも凌ぐ。この街は、おそらくラルウバーシュ大陸で最も豊かな街だろう』

 

『時々、街の警備をしている兵が歩いていたな。良い動きをしていたし、民衆からも頼られているようだ。しっかりとした武将が上にいるのだろう』

 

『塩や麦も豊富だったけど、驚いたのは絹の値段が安いことね。養蚕が盛んなんだわ。プレイアで買う絹製品の半値以下だったもの』

 

宿に泊まったディアンたちは、それぞれが街の感想を口にした。確かに竜族への非道は許せないが、それを除くと驚くほどにしっかりとした国であった。ディアンは今後の方針を検討した。

 

『ターペ=エトフから東方見聞に来たということで、王宮に行こう。大王には会えないかもしれないが、それなりの人物が対応してくれるだろう。この国の二面性の正体が知りたい』

 

二人の使徒は頷いた。

 

 

 

 

 

邯鄲の王宮を訪れたディアンたちは、身分を明らかにし、インドリトの親書を渡した。行政府の役人の対応は迅速で、その日のうちに面会の日時が定められた。三日後の午後に、大王との謁見が認められたのである。

 

『大王様は、西国の話に興味をお持ちです。また、ターペ=エトフという国についての関心を持っているので、詳しく聞かせて欲しい、とのことです。何卒、良しなに・・・』

 

一礼をして役人が後にする。簡にして要を得た応対に、ディアンは頷いた。

 

『役人の対応も見事なものだ。行政府もしっかりしているようだし、これは相当な王と見るべきだろう。それとも、それを支える宰相が優秀なのか?』

 

『酒場で、この国についてもう少し情報を得たほうが良いかも知れんな』

 

その夜、酒場で様々な民衆から、情報を集めた。酒を奢ると饒舌に話しをしてくれる。竜族については、皆が一様に「竜族が悪い」と言う。一方で、大王に対しては強い敬意を払っていた。

 

『今の大王様の代になられてから三十年、この国は本当に豊かになりましたよ。いえ、前の大王様も良い王様でしたが、今の大王様は正に名君です。役所では賄賂なんて必要ないし、兵士たちはしっかりとしているし、税も安くなったんですからね』

 

『大王様は御年五十、まだまだこれからが御活躍ですよ。本当に、西榮國に生まれて良かったですよ』

 

こうした情報の中で、ディアンが引っ掛かった情報があった。

 

『宰相や将軍も優れた方々ですが、何と言っても「宮廷魔道士」の力が凄いんですよ。新しい武器や道具を開発するばかりか、この街に水道を引いたり、農作物の実りを豊かにする薬を作ったり・・・大王様はその宮廷魔道士を「太師」に指名し、いろいろと教わっているみたいですよ』

 

『宮廷魔道士が、王太師になっているのか。どのような人物だ?』

 

『さぁ、詳しいことは存じませんが、今の大王様になられたときから、宮廷魔道士になっていたそうです。何でもそれまでは旅をしていたとか・・・』

 

宿に戻ったディアンたちは、仕入れた情報を整理した。

 

『恐らく、その宮廷魔道士が先史文明期の知識を持ち込んだのだろう。そして、太師として現大王に強い影響を与えている。竜族を攻めたのも、その宮廷魔道士の吹き込みだろうな』

 

『インドリトにとっての、ディアンのような存在か?』

 

『立場としては似ていると思うけど、方向はまるで逆ね。インドリトはすべての種族の繁栄を目指している。でもこの国は、まるで「人間族だけの繁栄」を目指しているみたい・・・』

 

『すべての種族の繁栄を目指す、というのは確かにインドリトの理想であり、オレの理想でもある。だが一方で、自分たちの種族だけの繁栄を目指す、という理想も成立はする。オレは自分を「絶対正義」などとは考えていない。この国が竜族を攻め滅ぼした理由に、彼らなりの正義が存在するのだろうか・・・』

 

ディアンは珍しく迷った。だが、使徒二人がその迷いを吹っ切った。

 

『ディアン、それは違うと思う。「絶対正義」というものが無いことは解るわ。でも、竜族を滅ぼした正義って言うけど、誰の正義なの?それはこの国の正義なんかじゃない。その宮廷魔道士と国を治める一部の人達の正義よ。だから情報統制をして、民衆たちに間違った情報を植え付けている。何万人もの兵士を「生ける屍」にしている。そんなもの、私は正義として認めないわ』

 

『そうだ。私も認めない。この地が、ケレース地方と違うことは解る。殆どが人間族だから、人間族だけの繁栄を目指しても問題は無いのだろう。だが二千年もの間、共に生き続けた竜族をいきなり攻め滅ぼすなど、どう言い訳しようとも、自分たちの「勝手な都合」を竜族に押し付けたということだ。それは正義じゃない。「悪」だ!』

 

自分が正義だと思うのなら、正々堂々と民衆に主張をすれば良い。情報統制をしている時点で、悪であることを認めているようなものだ。このことを為政者たちはどう思っているのだろうか。

 

『大王との謁見で、ダカーハのことを話そう。その上で、彼らの反応を見る。彼らの「都合」とやらを聞いた上で、判断をする』

 

二人は頷いた。

 

 

 

 

 

『なるほど。ターペ=エトフは、すべての種族の繁栄を目指しているのか』

 

西榮國大王「懐王」は頷いた。王とは思えぬほどに頑健な肉体と覇気を持っている。鋭い眼をしているが、冷徹な知性と強い意志がそこにあった。ディアンはまず、西方諸国の情報やターペ=エトフについて話をした。西榮國でも、西方との交易は高い関心事のようで、ディアンが通ってきた大陸公路の様子などを知りたがっていた。話が一段落をし、ディアンは本題に切り込んだ。

 

『私共が、貴国を尋ねたのは、実はターペ=エトフに来た亡命者から話を聞いたからです』

 

『ほう、この国の出身者が、貴国にいるのか?』

 

『えぇ、ダカーハという黒雷竜です。西榮國に住処を追われ、逃げざるを得なかった・・・そう言っていました』

 

左右から緊張の空気が漂った。だが、懐王は盛大に笑った。

 

『竜族の方から、我が国に攻め寄せてきたのだ。あちらから共存関係を壊してきたのだ。それが真実だ』

 

『この国の民衆にとっては、それが真実になっていますね。ですが「事実」では無いでしょう。邯鄲に来る前に、南西の竜族の縄張りを見ました。一方的な殺戮の痕跡、そして自我を奪われ「蟻」と化した兵士たちがいました。それでもなお、お恍けになるおつもりですか?』

 

懐王の眼に怒りが浮かんだ。明確な殺気を放ち始める。

 

『無礼な奴め・・・貴様、ターペ=エトフからの使者というのは偽りか?何の目的で来たかは知らんが、異国の者には関係ないわ!この者たちを抓み出して処刑せよ!』

 

扉が開かれ、兵士たちがディアンたちに駆け寄る。だが、その足が途中で止まった。ディアンの気配が一変したからだ。人間の仮面が外れ、魔神の貌が表に出る。凄まじい魔の気配が放たれる。

 

«・・・悪いが、もう少しだけ付き合ってもらうぞ。なぜ、龍族を攻め滅ぼしたのだ?理由を言ってもらおう。正直に、嘘偽りなくな»

 

左右に分かれていた文官たちが尻もちをつく。だが、懐王は表情を変えないどころか、笑みさえ浮かべた。

 

『魔人か・・・なるほど、ターペ=エトフとは、どうやら「魔の国」のようだな』

 

ディアンたちは立ち上がった。レイナ、グラティナも手に魔力を込めている。ディアンの指示次第で、この場の全員を殺すつもりでいた。ディアンの瞳も紅くなっている。

 

『いいだろう。答えてやろう。竜族を滅ぼした理由は、力を手に入れるためだ。竜族の縄張りは、良質な鉱石が採れる。別の地に移れと言ったのに、奴らは従わなかった。だから滅ぼしたのだ!』

 

«随分と身勝手だな。なぜそれほどまでに「力」を欲した。お前の言う「鉱石」とは、硝石のことか?黒色火薬を作るための・・・»

 

『火薬のことまで知っているのか。貴様、何者だ?ただの魔神ではあるまい!』

 

«質問をしているのはオレのほうだ。答えろ。火薬を作り、軍事力を強めて何をするつもりだ?お前の目的はなんだ!»

 

『「天下統一」だ!』

 

懐王は胸を張った。その瞳には、一分の迷いも躊躇いも無い。

 

『西方で安穏と暮らしている貴様らには解るまい。戦乱が生じて一千年、五カ国に分かれてから五百年、この地は戦乱を繰り返し続けている。豊かな大地があり、多くの人々が暮らしているのに、小さな枠の中に収まり、広大な世界を見ようとしてない!地を統一すれば、広大な国の拡がりを見る。人々に世界を拓くのだ!』

 

«そのためならば、竜族を滅ぼしても良い、と言うのか?»

 

『国を拡げる以上、犠牲はつきものだ。龍族には、天下統一の「贄」となってもらった。彼らを犠牲にした以上、何としても天下を統一せねばならん!』

 

«・・・それはお前の「正義」だろう。この国の正義ではないな。竜族を滅ぼしてまで、自分たちの世界を拡げたいと、民衆たちが望んだのか?お前一人の野望に過ぎん!»

 

『私は「王」だ!この国の未来を定める立場にある!私が、民衆を導くのだ!』

 

ディアンは目を細めたまま、懐王を見つめた。かつて、似た言葉を聞いている。ルドルフ・フィズ=メルキアーナの言葉である。だが、懐王とルドルフとでは、何かが違っていた。するとレイナが問いただした。

 

『懐王よ、あなたに問いたい。西方でも、戦のない世界を創るために、敢えて戦をする、と言っている国があります。私の生まれた村は、その国によって焼き滅ぼされました。その王はこう言っていました。「その犠牲を決して忘れない」と・・・その国では、悲劇として民衆にまで知られています。自分が正義だと仰るのなら、なぜ竜族を犠牲にしたことを民衆に知らせないのですか?』

 

『民衆とは糸のついていない凧のようなものだ。その場その場でフラフラと漂う。もし事実を伝えてみよ。国の拡がりという大義を忘れ、目先の「情」で動くに違いない!』

 

『・・・それが、あなたの本質なのですね』

 

レイナによって、懐王とルドルフの違いが明確になった。ルドルフは「民のため」に戦っている。少なくとも、本人はそう想っている。だが懐王は「己が野心のため」に戦っているのだ。それを誤魔化すために「民のため」と言っているに過ぎない。ルドルフにとって、民の犠牲は痛恨であるが、懐王にとっては、必要な犠牲で片付けられるものなのだ。懐王に対する興味は急速に薄れた。底が知れたからである。ディアンは溜息をついた。

 

«下らんな・・・胸を張って民衆に訴えられない「大義」など存在するか?口先だけは「民衆のため」と言うが、結局は己の野心のためではないか。もういい、お前への興味は消えた»

 

ディアンはそう言うと、右手を上げ、下ろした。風圧で石床が凹み、円形に亀裂が走る。圧倒的な魔神の膂力を見せつけられ、兵士たちは後ずさりした。

 

«規模がデカイだけの、ただの山賊だ。殺す値打ちもない。レイナ、グラティナ、いくぞ・・・»

 

ディアンたちは懐王に背を向け、その場を後にした。謁見の間の扉が閉じられると、懐王の怒声が響いた・・・

 

 

 




【次話予告】

西榮國大王「懐王」との謁見を終えたその夜、ディアンたちは王宮に忍び込み、人質となっている三女「龍香蘭」と対面する。香蘭を連れて帰国しようとするディアンたちの前に、西榮國宮廷魔道士が立ちはだかる。

戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第三十ニ話「大魔術師の弟子」

・・・月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也・・・

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