戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第三十話:大王の密命

TITLE:東方諸国と西方諸国の「人口差」についての考察(D.Cécht)

 

ラウルバーシュ大陸東方諸国は、大きく五つの国に分かれている。各国はそれぞれが、アヴァタール地方の大国にも匹敵する力を持っているが、最も大きな特徴は「人口」である。例えば、アヴァタール地方の大国である「レウィニア神権国」は、総人口は恐らく百万人程度であろう。だが、ほぼ同程度の国土面積を持つ龍國は、その三倍の三百万人以上が生活をしている。これは、龍國だけが突出しているわけではなく、東方諸国全般が「多人口国家」であり、南方のマジャヒト王国も、小国の割には人口密度が高い。西方諸国と東方諸国では、単位面積あたりの人口が全く異なるという特徴がある。

 

これには、幾つかの原因が考えられる。一つは無論、「七魔神戦争」である。ブレニア内海という巨大内海を生み出した「神々の戦争」は、その地に住む多くの種族たちにとって、災厄であった。人間族においてもそれは例外ではなく、アヴァタール地方から西方諸国は、かなりの被害を受けたことが予想される。一方、東方諸国は、大陸中央部にある「チルス山脈」によって、その戦禍を免れることが出来、三神戦争以来、超常的な災厄に見舞われることなく、文明を育むことが出来たのである。もう一つの理由としては、食生活が考えられる。大陸西方部の料理は、肉や魚に塩を振りかけて食べることが一般的だが、東方部では「発酵食品」を開発し、「醤」と呼ばれる特殊な調味料を使って、多様な料理を生み出している。そのため多様な食材を活かすことが出来た。例えば、アヴァタール地方から西方諸国では、パン類が常食され、一日三食でパンが出てくることもある。一方、東方諸国は「米」「麦」「豆」を組み合わせ、多様な「主食」を生み出している。このため栄養素が偏ることなく、「食による長寿」が達成できていると思われる。統計を取ったわけではないが、人口百名あたりの「平均寿命」を見ると、おそらくは東方諸国のほうが長寿であろう。

 

最後の理由としては、医療にあると思われる。西方諸国でも薬草類による「服薬医療」は存在するが、東方諸国の医療行為はそれ以外にも存在している。彼らは人体の「気の流れ(気脈)」を読み、そこに「鍼」を打ち込むことで気脈を正常に整える、という技法を編み出した。彼らが言うには、筋肉のある部分が「硬直」することにより、血流が悪化し、それが「気脈」を妨げているそうである。そこで、筋肉に鍼を打ち込むことで、血流を回復させているのである。どこにでも打てば良いというものではなく、気の流れに重要な「百八の秘穴」というものが存在し、大抵はそのいずれかが「硬直」しているそうである。

 

西方諸国の医療行為が「服薬医療」という一種類であることに対し、東方諸国では複数の種類が存在している。こうした違いが、平均寿命や出生率という点で違いを生み出し、二千年の時の中で人口格差を生み出したものと思われる。アヴァタール地方においての戦争は、せいぜいが数千名単位であるが、東方諸国では万単位の軍が当たり前に動き、戦を続けている・・・

 

 

 

 

 

龍國の首都「龍陽」は、あいにくの雨であった。雨の降り方は、西方も東方も変わらない。二人の使徒は、静かに降る雨の中を「観光」をしている。ディアンは外に出る気になれず、部屋で一人、執筆と思索に耽っていた。

 

(龍國というのは、竜族と親しいと聞いていた。黒雷竜について、何か知っているかもしれない・・・)

 

函口の郊外で、王進との「仕合」をしたディアンは、王進に気に入られてしまい、そのまま首都まで連れて来られたのである。自分としてはもう少し、「醤」の製法を学びたかったが、王進はディアンの話をロクに聞かず、笑いながら強引に連れてきたのである。王宮近くの「高級宿」が用意され、龍國の大王に面会するために、ディアンたちはそこで滞在することになった。かなり上質の宿で、その中でも最も高い部屋に泊まっている。一通り、これまでの東方諸国について書き上げると、杯に黄酒を注いだ。川蟹の素揚げを肴にする。十分に揚げた蟹は、サクサクとして酒に合うのである。

 

(ターペ=エトフにも沢蟹がいるが、こちらの蟹は少し大きいな。麹などは構わないだろうが、蟹を持ち帰るわけにはいかないだろう。この地は内陸国だが、沿岸部に行けば魚料理が食べれるな。楽しみだ・・・)

 

ガヤガヤと扉の外から声が聞こえ、いきなり扉が開かれた。大男が大笑いをしながら大股で入ってくる。王進であった。

 

『ぬぅ?お主の家臣たちどうした?せっかく美女の酌で酒を飲もうと思っておったのに・・・』

 

『相変わらずデカイな。二人は家臣ではない。オレの仲間だ。今は街をブラついている。言っておくが、あいつら酌はせんぞ?オレにすらしたことが無いんだからな』

 

王進は酒の入った瓶を置くと、床にドカッと胡座をかいた。ディアンもそれに倣って、床に座る。料理が運ばれてきた。どうやら相当な大食漢のようである。互いに杯に酒を注ぐ。

 

『大王との対面は明日だ。お前のことは「ターペ=エトフからの使者」としておる。大王は異国の話を好まれるからな。いろいろと話しをしてくれ』

 

『龍國の大王とは、どのようなお方だ?』

 

『仁君であり、名君であることは間違いない。だが、戦は好まれておらぬ。他国を退ける程度の強さは持っているが、こちらから攻めようなどとは考えぬ方だ』

 

王進は、どことなくグラザに似たところがあった。グラザ程に落ち着きは無いが、豪快さの中にきちんと人を見る繊細さを持っていた。仕合以来、ディアンとはオレオマエの関係となっている。酒を飲み、出された料理に箸を伸ばす。焼賣(シウマイ)であった。ディアンは久々の味に思わず唸る。王進は笑った。

 

『なんじゃ?この程度の料理で感動しておるのか。西方の料理は余程マズイと見えるのぉ』

 

『あぁ、確かに料理は東方諸国のほうが旨いな。酒も良い。黄酒はオレの好みの味だ』

 

杯を呷り、タレのかかった豚肉と葱を合わせて食べる。王進は酒を飲みながら、龍國の話をした。

 

『七年前じゃな。南の西榮國が、いきなり国土を侵してきおった。大王もさすがにお怒りになり、儂を大将軍にして十万の兵で迎え撃った。じゃが・・・』

 

『見たこともない武器を使っていた・・・』

 

『知っておるのか?』

 

『ターペ=エトフに亡命をしていきた黒雷竜から聞いた。元々は西榮國の南にいた竜族だったそうだ。ある日、いきなり攻められたそうだ。その際、魔術とは異なる見たこともない武器を使っていたそうだ』

 

『そうじゃ。奴らは、あろうことか竜族を攻めよった。西榮國は、竜族から先に攻めてきた、などと言っておるが、儂をはじめとして誰も信じておらん。仮にそうだったとしても、皆殺しなどあり得ん。この東方諸国では、龍族は神として崇められている。もし龍國でそのような愚行がなされたら、間違いなく反乱が起きるであろう。奴らは、何かしらの技術を手に入れたようじゃ。儂との戦においても、使ってきた。遠くから投石器で放たれる、爆発する樽じゃった・・・』

 

『それで、どうやって退けたんだ?』

 

『どのような仕組みかは知らんが、奴らの使っていた武器には「火」が関係しているようじゃ。であれば、簡単じゃ。龍國には「強弩」という武器があるからのぉ。投石器の範囲外から、大量の火矢を浴びせかけた。あれは圧巻じゃったぞ。奴らの陣で次々と爆発が起きてのぉ。投石器もろとも、使い物にならなくなっておったわ!ヌッハッハ!』

 

王進の話を聞きながら、ディアンは戦場の光景を想像した。投石器を用いていたということは「大砲」は持っていないようである。黒色火薬を精製し、それを樽に詰め込み、導火線に着火してから投げているのだろう。威力の多くが「煙と爆音」に転換されるため、破壊力自体はそれほど大きくはない。竜族には有効であっただろうが、対人間には「虚仮威し」程度である。せめて「砲」を用意しなければ役には立たない。王進はディアンの話を興味深げに聞いていた。

 

『お主は、その「火薬」の作り方を知っているのか?』

 

『知ってはいるが、実際に作ったことはないし、作るつもりもない。そもそも、魔術が存在するこの世界で、火薬などあまり意味を為さない。オレなら、戦争で使うのではなく鉱山開発で使うな』

 

『龍國でも、陰陽五行に則った「魔道士」がいる。だが、この地では戦で魔術を使うことはあまり無い。魔道士自体が、それほど多くないという理由もあるが、戦向きの魔術が少ないのだ』

 

『陰陽五行には興味がある。その「魔道士」とやらには、ぜひ会ってみたいな』

 

『「宮廷魔道士」というのがおる。まぁ、医師と占い師のような仕事をしておるが、話を聞くことくらいは出来るじゃろう』

 

レイナとグラティナの気配がした。扉が叩かれ、二人が入ってきた。わざわざ叩扉したのは、王進の気配を感じたからだろう。二人を見た王進は、いきなり破顔した。

 

『やっと戻って来おったか!ムサい男同士で酒を飲むよりは、美女がおったほうが良いからのぉ!主ッ!酒を持って来いっ!』

 

二人は肩を竦めると、同じように床に座った・・・

 

 

 

 

 

翌日、ディアンたちは王進に連れられ、王宮へと向かった。王宮は荘厳であった。柱には龍や虎が彫られている。使徒二人は、巨大な宮殿に目を奪われていた。天井に描かれた絵画や、適度に配置された鶴や亀の彫り物なども、西方諸国では見られない風情がある。アムドシアスがいたら、持ち帰ろうとするに違いない。

 

『謁見においては、大王の他、宰相たちも参加をする。「見起」という政事の討議の時間で、ターペ=エトフの話をしてもらいたい。宰相たちも、西方の事情を知りたがっておる』

 

入り口の兵士たちに剣を渡し、ディアンたちは内殿へと入った。内殿も広く、天上の高さは三十尺はあるであろう。数段上がったところに、玉座があり、大王が座っている。宰相や各文官、武官たちが左右に並んでいた。玉座から二十歩ほど離れたところで、王進が止まり、片膝をついた。ディアンたちもそれに倣う。

 

『大王よ、王進でございます。西方の国、ターペ=エトフから来たという者たちをお連れしました』

 

『ご苦労でした、大将軍・・・本当に、金の髪と銀の髪をしているのですね。そして、それを率いる者・・・名を何という?』

 

王進が立ち上がり、ディアンから見て右側の列に並ぶ。武官たちの列だ。ディアンは顔を上げることなく、自分の身分を明かした。

 

『ケレース地方の王国ターペ=エトフの王太師、ディアン・ケヒトと申します』

 

『良く来てくれました。三名とも、顔を上げなさい』

 

ディアンたちは顔を上げた。龍國の大王は、年齢は四十程度であった。剛毅さは無いが、理と仁を備えているような涼しい瞳をしていた。王進が「名君」と言ったのも頷けた。ディアンの顔をみて、大王も左右の臣下たちも首を傾げた。

 

『そなた・・・本当に西方の者か?肌は確かに白いが、黒髪に黒い瞳をしておる』

 

『一口に西方と言っても、そこは広大な土地です。私はディジェネール地方という地方で生まれました』

 

ディアンは各地方の位置について、説明をした。皆が興味深げに、話に耳を傾ける。

 

『西方にも、竜族がいるのですか。この地と同じように、神として崇めているのですか?』

 

『中には、そのような者もいます。ただ、西方の竜族は「全ての種族と等距離を保つ」という姿勢を取っています。そのため、竜族の縄張りを尊重し、接触しようと試みる者はいません。敬い、そして畏れています』

 

『なるほど。ですがその中で、貴国は西榮國から逃れた黒雷竜を受け入れられた・・・それはなぜですか?』

 

『我が国「ターペ=エトフ」は、全ての種族の楽園を目指しています。「光闇相克」ではなく「光闇相乗」の国を目指しているのです。竜族であろうと、悪魔族であろうと、共に生きる意志があれば受け入れます』

 

『解りやすい説明ですね。ですが、時として相克もあるのではありませんか?』

 

『小さなものであれば、あります。例えば「今日の夜は何を食べるか」など・・・あとは・・・女の取り合いですね。こればかりは「相乗」出来ませんから』

 

座に笑いが満ちた。それから様々な質問がされた。文官武官たちも質問をしてくる。ターペ=エトフの産業は何か、西方に輸出をするとすれば何が売れるのか、といった問いもあれば、軍事についての質問もあった。ディアンは出来るだけ平易な言葉で、時に喩え話を交えながら応答した。大王は時折、笑いそして考えた。

 

『王進が「酒宴で話したほうが良い」と言った理由が解りました。そなたの話は実に面白く、興味深い。ターペ=エトフの王は幸福ですね。そなたのような師を持てたのですから』

 

見起は長時間に渡ったが、大王にとっては、それでも短かったらしい。刻限が来たため、その場はお開きとなった。

 

 

 

 

 

『ヌッハッハ!大王は殊の外、お喜びであったわ!またお主の話を聴きたいと仰っていたぞ!』

 

王進は上機嫌で酒を飲んでいた。ディアンたちが泊まっている宿である。部屋ではなく小規模の酒宴場を借りきっての宴席であった。円卓には様々な料理と酒が並んでいる。ディアンもよく知る「懐かしい料理」もあれば、見たこともない料理もある。中でも「(スッポン)」があることには驚いた。小麦を使った料理が多いことから、ディアンの知る「山東料理」に近い。食べながら、龍國の宮廷についてアレコレと聴く。文官と武官の対立は、どの国でも起こることだが、龍國は他国侵略を企図していないため、文官のほうが強いらしい。

 

『とは言っても、大王をはじめとして文官たちも「軟弱」ではない。殴られたら殴り返すくらいの気概は持っておる。じゃが・・・』

 

王進は少し暗い表情を浮かべ、箸を置いた。

 

『・・・大王は、残念ながら男子に恵まれず、三人の王女がおる。長女がいずれ「王太女」となるであろうが、問題は三女なのだ』

 

『確か、七年前の西榮國との戦いの後、人質になったそうだな?』

 

『うむ、当時まだ十歳であった三女「香蘭」様は、竜族の血が濃かったのか、顔の彫りが深く髪も紅い。また肌も薄褐色であった。外見がそうであったため、いろいろと言われてな。それで、人質として西榮國に差し出されたのだ』

 

『肌の色など関係なかろう!親が子を想う気持ちは、西も東も関係ない!なぜ、そのような酷い真似をしたのだ!』

 

グラティナが怒ったように、口を挟んだ。ディアンが窘めた。

 

『宮廷内というのは、いろいろとあるのだ。こう言っては何だが、権力闘争のようなものだな。恐らく、長女と次女の後ろに、それぞれ担ぐ者たちがいるのだろう。文官と武官か?』

 

王進は杯を干して、ため息をついた。

 

『長女の「春蘭」様、次女の「陽蘭」様とて、平時であれば、王として立派に務められる方々なのだ。だが、西榮國が激しく動く今、各諸国も蠢動を始めている。これから、動乱の時期になるかも知れん。当時、十歳であった香蘭様は、既にそのことを見抜いていた。大王も、香蘭様を最も買っておられたのだ。香蘭様は三女であったため、通常であれば王となることは無い。それ故、誰の後ろ盾も無かったのだ。儂だけが、それとなく支えておっただけであったわ・・・』

 

『なるほど・・・人質として誰を出すかで意見が出た結果、後ろ盾のない香蘭殿になった、というわけか』

 

『惜しいのう・・・香蘭様は確かに変わった外見ではあったが、顔立ちは整っておられ、見ようによってはとても美しいのだ。多少お転婆ではあったが、三人の王女の中で最も聡明であった。そして、他者を思いやる心を持っておられた。人質となり、西榮國に向かわれる後ろ姿に、側に仕えていた者たち皆が、涙したのもじゃ』

 

王進の瞳にも、涙が浮かんでいた。これほどの武将をここまで心酔させるとは、「名君」の素質がある証拠である。だが、歴史とは往々にして「悪貨が良貨を駆逐する」ものである。ディアンは何も言えなかった。王進は誤魔化すように、注がれた酒を干した・・・

 

 

 

 

 

『実は、そなたに頼みがあるのだ・・・』

 

王進が盛大に飲んで酔い潰れてから二日後、ディアンは独り、王宮に呼びだされた。大王が個別で会いたいと言うのである。王宮内の中庭まで通される。木々や岩が程よく配置された見事な庭園の中で、ディアンは大王と対面した。大王は深刻な表情を浮かべ、ディアンに頼み事をしてきた。

 

『これは、龍國大王として頼むのではない。一人の父親、「龍儀」として頼むのだ。それ故、断ってくれても構わぬ』

 

『まずは、聞かせて下さい。この数日、龍國にはお世話になっています。私に出来ることであれば、お引き受けしましょう』

 

『・・・娘を助け出して欲しいのだ』

 

大王「龍儀」の依頼は、人質となった三女「龍香蘭」の救出であった。どうやら、ディアンが魔神であることを王進から聞かされたらしい。

 

『このことが露見すれば、西榮國との戦争になる。故に、そなたが捕らえられたとしても、龍國は何も出来ぬ。だが、そなたであれば、娘を救い出せるのではないか、そう思ってな』

 

『ですが、救出したとしても、龍國に戻ったことが露見すれば、やはり戦になるでしょう。一時的なのかもしれませんが、休戦協定を破るおつもりですか?』

 

『香蘭は、生まれた時から変わった外見をしておってな。随分と不憫な思いをさせてきた。王という立場上、娘を贔屓にするわけにはいかん。私は娘に、親らしいことは何もしてやれなかったのだ。なのに香蘭は、黙って人質役を引き受けた。この国を護るためにな。王としては、休戦協定を破ることは出来ぬ。だが、親としては、人質としての生き方から開放してやりたいのだ』

 

『・・・救い出した後は、追放されるおつもりですか?』

 

『亡命させるつもりだ。ターペ=エトフに・・・』

 

ディアンは理解した。自分が指名された理由は、ただ魔神だからというだけではない。その後、香蘭をターペ=エトフに連れて行け、ということである。だが、ディアンは簡単に頷くことが出来なかった。親としての在り方に、強い疑問を持ったからだ。

 

『お言葉ですが、たとえターペ=エトフに亡命をしたとしても、香蘭殿の幸福に繋がるでしょうか。十歳で人質になり、その後は両親にも会わず、異国の地で暮らしているのです。人質から救い出したが、母国に戻ることは許さん。亡命せよ・・・あまりに酷くありませんか?市井で過ごさせるなどをして、親元に置くという方法もあると思いますが・・・』

 

『私とて、何度考えたか知れぬ。だが、娘は目立つ。もし龍國に入れば、たちどころに西榮國に知られよう。戦は覚悟をしておる。だが、諸国の眼というものがある。協定をこちらから破ったとなれば、他国との協定も無効と見做されかねん』

 

ディアンは悩んだ。龍儀の依頼は、親としての心情からであり、その気持は良くわかる。だが、それは親の都合に過ぎない。娘が「嫌だ」と言ったらどうするのか?

 

『お引き受けするには、条件があります。もし、香蘭殿がターペ=エトフへの亡命を嫌がられたら、その時は私は連れて行きません。嫌がる女性を無理矢理に連れ去るなど、私には出来ないからです。それともう一つ、救出後はなんとしても、龍國に連れ帰ります。ご迷惑を掛けない形を取ります。その時は、香蘭殿と対面を約束して下さい』

 

『そんなことが、出来るのか?』

 

『西方には、外見を変える魔術があります。それを使えば、西榮國に知られることなく、国境を超えることが出来ると思います』

 

龍儀はディアンの手を握った。瞳からは涙が溢れている。

 

『子に会うことを嫌がる親がどこにいる!頼む、何とか娘を救い出してくれ!そして、せめて一目でも、娘に会わせてくれ!』

 

『しかと承りました』

 

ディアンは手を握り返し、強く頷いた。

 

 

 

 

 

『そうか、大王はそこまで・・・』

 

王進は沈鬱な表情を浮かべて頷いた。龍陽にある王進の別邸である。ディアンたちは既に、西榮國に出発する準備を整えていた。

 

『大王はそう仰っていたが、不安要素が多い。救出自体は出来るだろう。だが、それだけで龍國の仕業と決めつける可能性が高い。戦になる可能性がある』

 

『フンッ!その時は再び、叩きのめしてやるわい。いや、今後はこちらから西榮國に攻め込んでくれよう』

 

『西榮國には、行ってみたいと思っていたのだ。オレは常に、双方の意見を聴くようにしている。なぜ、竜族を攻め滅ぼしたのか。そしてどのようにして、黒色火薬を手に入れたのか・・・あの国で何が起きているのかを見てみるつもりだ。そして、西榮國に「理」があると判断をしたら、香蘭殿の救出は諦めるかも知れん・・・』

 

『・・・・・・』

 

王進がジッとディアンを睨んだ。大抵の男であれば、それだけで竦み上がるだろうが、ディアンは平然と、その視線を受け流した。王進が溜息をついた。

 

『お主は、龍國の者ではない。異国から来た異人だ。故に、龍國の立場を押し付けることは出来ん。じゃが、もし敵対するようであれば、今度こそお主を斬るぞ』

 

殺気を放つ王進に、レイナが酒を注いだ。ディアンは驚いた。レイナが他人に酌をするのを初めて見たからだ。

 

『そんなに興奮しないで・・・ディアンはそう言うけど、たぶんそんなことにはならないわ。二千年も平穏だった竜族との関係を壊す「正義」って何?私には思いつかないわね』

 

ディアンは肩を竦め、王進は大笑いした。

 

 

 

 




【次話予告】

西榮國に入ったディアンたちは、黒雷竜ダカーハから聞いていた話との違いに首を傾げる。だが、竜族の縄張りを見た三人は、その現実に愕然とした。正義を問うため、首都「邯鄲」を目指す。

戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第三十一話「誰が為の正義」

・・・月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也・・・

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