戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

32 / 110
第二十九話:函口の街

崑崙山を降りたディアンたちは、街に戻った。グプタ部族国では、香辛料を栽培している。その栽培方法や土壌条件などを調べるためだ。礼として塩を差し出すと、農民たちは喜んで香辛料栽培の方法を教えてくれた。

 

『カリの基本となる香辛料は様々にありますが、その代表例がクミンです。クミンの栽培方法はそれほど難しくはありません。水はけがよく、日当たりの良い土地であれば、大抵は芽を出し、実を成します』

肉桂(シナモン)は、特に気温に気をつけねばなりません。また乾燥を嫌うので、たっぷりと水をやる必要があります。木が成長したら、木皮を剥ぎます。皮は乾燥し、自然と丸くなるのです』

 

こうした香辛料栽培の技法については、アヴァタール地方までは持ち込まれていなかった。ディアンは、ターペ=エトフの気候を考えながら、香辛料を選んだ。ターペ=エトフ全体を見ると、湿潤な気候ではあるが、南方のほうがより雨が多いのである。シナモンやターメリックなどは南方で栽培をし、クミンなどは北方で栽培をすれば、様々な種族が利幅の大きい作物を得られるようになる。だが大規模化は出来ないだろう。問題はターペ=エトフの人口にあった。

 

『ターペ=エトフは栄えすぎているからな。人手不足で、これ以上の産業は立ち上げようがない。まぁ、ターペ=エトフ内で消費をする程度の収穫で十分だろう。いずれ人口が増えれば、大規模化して新たな収益の柱にすれば良い・・・』

 

ディアンの構想は、結局のところは「自家栽培」という程度で終わってしまい、ターペ=エトフ国内で普及することは無かった。ラギール商会から強硬な文句が出たからである。リタ曰く、

 

『何でもかんでも自国で作れるんなら、アタシは何を売ればいいんだよっ!』

 

 

 

 

 

宿の部屋で、ディアンは旅の記録をつけていた。日頃から日記を書く習慣はあるが、今回は「執筆」を依頼されているのである。名文を書く自信は無いが、出来るだけ読みやすく、ありのままを伝える文章を心がける。いずれ、この見聞録はプレメルの図書館に収蔵されるだろう。そう考えると、下手なことは書けない。

 

・・・セーナル神殿領を抜けると、広大な草原地帯がある。そこでは遊牧民が集落を形成し、移動しながら生活をしている。一見すると、それがグプタ部族国と思ってしまうが、この国の本質はそこではない。グプタ部族国は、イアス=ステリナから続く宗教「禅宗」が信じられている。禅宗とは、宗教の一種ではあるが、他の宗教とは異なり「布教」という機能を持っていない。グプタ部族は、禅宗の「僧」として修行を続けている。そして、崑崙山の天使族たちは、その修業を見守り続けている・・・

 

後世、著者不明の紀行記「東方見聞録」は、アヴァタール地方で高く評価されるが、その内容はある意味で危険であった。著者は「事実」と「感想」とを書き分けているが、その「感想」の部分は、現神批判にも繋がる内容が多く、テルフィオン連邦など西方諸国では「発禁書」とされている。また、普及に伴って内容の変遷なども見られる。東方見聞録の「初版」は、出版数が少なかったこともあり、稀覯本とされている。後世において初版本を読むことが出来るのは、「レウィニア神権国神殿書庫」「エディカーヌ帝国国立図書館」の二箇所のみである。

 

『フェミリンスの呪いを解く方法も研究しなければな。東方諸国で、何か得られれば良いが・・・』

 

一通りの記録を書き上げたディアンは、カッサレの魔道書を開いた。外はまだ夜が明けていない。寝台の上では、二人の使徒が裸体のまま眠っている。睡眠を必要としないディアンは、夜の時間を研究に当てていた。稀代の大魔術師が十年以上に渡って研究をしても解けなかった呪いである。大抵の方法は既に研究されていた。ディアンは溜息をついて、見落としが無いかを確認し始めた・・・

 

 

 

 

 

グプタ部族国を出発したディアンたちは、崑崙山の東方を抜け、東方列強諸国北西部にある「龍國」を目指した。龍國の南には、黒雷竜ダカーハが言っていた「西榮國」がある。「気をつけろ」というダカーハの言葉に従い、いきなり西榮國に入るのではなく、まず龍國で情報を集めようと考えたのである。草原地帯を抜けると、徐々に田園風景が広がってくる。農民は穏やかな表情をしていた。国が安定している証拠である。

 

『大王様は、元々は竜族の血を引かれていると聞いています。ここらは田舎村ですが、「龍陽」の都は、そりゃ栄えていると聞いていますよ』

 

屋根を貸してくれた農家が、笑いながら話をしてくれた。ありきたりの農家ではあるが、他者に施す程度には豊かであるらしい。もしこの豊かさが普通であるなら、国力はターペ=エトフにも匹敵する。主人に質問をすると、笑いながら首を振った。

 

『まぁ、領主様がそりゃお優しい方なので、この村は皆が安心して暮らしています。この当たりは特別なのです。西方からの行商なども来るので、商いによって税が落ちるようです。そのため、この辺りは税が安いのですよ。他の街では、そこまで安くはありません。ですがそれでも、十分に暮らせるようですよ?』

 

 

 

 

一泊をしたディアンたちは、この辺りでは一番大きな街「函口」に向かった。函口の街は、西方から来る行商隊を受け入れる「西の入り口」である。高い城壁に囲まれた都市が見えてきた。城壁の上には、瓦葺の「楼」がある。旗がのぼり、兵士たちが護っている。

 

『あれがカンコーか。西とは確かに、趣が違うな。鎧も違うし、旗も違う。あれは、文字か?』

 

『「王」という字だな。どうやら、ここの領主の名前のようだ』

 

『「王」?国王なのか?』

 

『いや、違うだろう。ただの名前だ。西方と東方では、文字に対する考え方が違う。「王」の字義は「KING」だが、ここではただの文字だ。例えるなら「K」だな』

 

『紛らわしいな。東方の文字を修得するのは難しそうだ・・・』

 

グラティナは早速、匙を投げてしまったようだ。ディアンは苦笑いした。自分としては、久々に「漢字」を見ることが出来、嬉しいのだが・・・ 馬を降り、手綱を引きながら街に入ろうとすると、兵士たちに止められた。

 

『この街は、領主「王進」様の直轄地である。見たところ西方から来たようだが、行商人には見えん。それに、三名とも剣を履いている。身分を明らかにし、氏名を登録して頂きたい』

 

丁重ではあるが、有無を言わさない決意が見える。こうした「職業意識」をディアンは高く評価している。懐から、ターペ=エトフが発行している身分証明を出す。国王インドリトの直筆の署名が入っている。

 

『私は、ここから遥か西方の国「ターペ=エトフ」の王太師ディアン=ケヒトと申します。国王インドリトの命を受け、東方諸国を見聞するための旅をしています。この二名は、私の護衛役です』

 

レイナとグラティナの身分証明を確認し、兵士が頷いた。

 

『失礼をしました。領主の命により、街の治安に気を配っているのです。どうか、お気を悪くなさらないよう・・・』

 

『とんでもない。民衆を護るためのお務めでしょう。そちらは務めを果たしたのみ、全く気にしていません』

 

街の中に入ると、大勢の人々で賑わっていた。皆が一様に笑顔である。どうやら統治が行き届いているようだ。

 

『礼儀を弁えた兵だったわね。「オーシン」という人は、きっと優れた領主なんだわ』

 

『それに、腕も立つな。相当に厳しい練兵をしているのだろう。動きに全く無駄がなかった。オーシンとは、相当な武将かもしれん』

 

(オーシンではなく、オウシンなのだが・・・まぁ良いか)

 

ディアンたちは商店に向かった。龍國で流通している通貨を得るためである。運んできた塩を全て売り払う。内陸国であるため、この地でも塩は高値であった。真ん中に穴の空いた銅銭や銀貨を得る。雑貨店の店主は、満面の笑みであった。どうやらこれでも安く買い叩かれたようである。ディアンは肩を竦めた。

 

 

 

 

 

『王進様は、南方の西榮國との戦いで活躍をされた、龍國最強の大将軍です。大王様の御信頼も篤く、西方との交易地であるこの街を王進様にお与えになりました。王進様は戦では鬼神のような強さですが、私たち民衆に対しては、そりゃもうお優しい方です。王進様が領主になって下さったお陰で、この街は更に栄えて、皆が幸せに暮らしています』

 

酒場の店主が「領主自慢」をしてくれた。レイナとグラティナを連れているため、やはり相当に目立つが、誰も二人にちょっかいを出そうとはしない。治安が良いためである。

 

『王進様が最も嫌がることは、兵士による民衆への狼藉です。そりゃ人間ですから、兵士同士、民衆同士の喧嘩もありますが、兵士と民衆の喧嘩ってのはありませんね。王進様の兵士は、皆がお強いですし、何より「礼儀」を叩きこまれていますからね』

 

『門衛の対応を見て、それは感じた。礼儀正しさの中に、強い芯を感じた。あの兵士を束ねる将は、相当な人物だ。会ってみたいものだな』

 

ディアンの呟きに、店主は驚いたようだ。ただの旅人が、領主に会いたいなどと言うからである。ディアンは誤魔化すように笑い、話を変えた。

 

『ところで、西榮國との争いは長いのか?』

 

すると店主は苦虫を噛み潰したような、不快な表情を浮かべた。

 

『西榮國ってのは、酷い国ですよ。聞いた話によると、長年にわたって不可侵を取り決めていた竜族を皆殺しにしたそうです。その後、今度は龍國にまで攻め寄せてきて・・・ 王進様のお働きで、何とか食い止めたのですが、和睦にあたっては大王様の娘を差し出せって条件を出してきて・・・』

 

『そうだっ!西榮國の奴らは許せんっ!竜族を滅ぼし、俺たちの国に攻め込んできやがった。しかも陥した街では、略奪や暴行をやり放題って噂じゃねぇか!』

 

後ろの机で飲んでいた男が、いきなり大声を出した。すると、他の男達も同意したように頷き、声を出す。店内は、盛り上がるというよりは、殺気立っていた。店主がディアンに話した。

 

『旦那、龍國以外の国を回るのであれば、西榮國にだけは行かないほうが良いですよ。あの国は、酷い』

 

『貴重な話、感謝する。オレも気をつけよう。ところで、店内が少し騒がしい。どうせ飲むなら、殺気立つよりは楽しく飲みたい。皆に、酒を振る舞ってやってくれないか?オレの奢りだ』

 

すると途端に、店内の空気は穏やかになった。皆が手を叩いて感謝の意を示す。ディアンたちも新しい盃を持ち、皆で乾杯をした。

 

 

 

 

 

翌日、ディアンたちは函口の街を見物して周った。大通りは石畳が敷かれ、家々はみなが瓦葺きである。昼食は蒸した饅頭を買った。豚の挽肉、刻んだ葱と筍を混ぜ、調味料で味を整えた「餡」を小麦を練った「生地」で包んだ、食べ慣れた「肉饅頭」であった。久々の「醤油風味」である。ディアンは懐かしさに涙腺が緩みかけた。レイナたちも夢中で食べている。

 

『オレの知る「醤油」に極めて近いな。この調味料が欲しい』

 

『私もだ。これは毎日でも食えるぞ。絶対に持ち帰るべきだ』

 

店先で感動している異邦人に、饅頭屋の店主は唖然としていた。ディアンは早速、目的の「麹」を手に入れるため、店主に醸造所を尋ねた。どうやらこの街では作られておらず、街を離れた村で酒や「醤」を作っているらしい。だが調味料自体は、この街で普通に手に入る。ディアンたちは食材店に行き、調味料「醤油(ジャンユ)」を手に入れた。

 

『アヴァタール地方の人々は「食」というものを軽く見ている。食は文化であり芸術だ。ターペ=エトフでは「食事専門店」が出来ているが、いずれ大陸全体に「外食産業」が生まれるだろう。香辛料や調味料、そして食材は重要な「交易品」になる。東方諸国の調味料をターペ=エトフで製造できるようになれば、更に豊かになる』

 

ディアンたちは醤油以外にも、幾つかの調味料や酒を仕入れた。西方諸国では、調味料といえば塩、胡椒、香草類である。だが東方諸国では「発酵」をさせた調味料が豊富であった。西方諸国ではせいぜいが「葡萄酢」「チーズ」程度である。レイナたちもこの違いを不思議に思ったようだ。夕食を取りながら、ディアンが仮説を話した。

 

『恐らく、西方諸国では動物性の発酵が中心だったからだろう。例えばチーズを考えてみろ。チーズ造りには、牛の胃袋が欠かせない。野菜を塩漬けにして発酵させた料理もあるが、基本は「動物性発酵」だ。だが、東方諸国は違う。彼らは「麹」を使い、穀物を発酵させている。これは西方には見られない。西方では麦が主食だが、東方では麦以外に、米や豆を食べるからな・・・』

 

『つまり、その「麹」を持ち帰れば、西方でもこの調味料が作れるのか?ならば絶対に作ろう。私はここの料理が気に入った』

 

唐辛子を使った調味料で鶏肉と野菜を炒めた料理と、餅米で作られた酒「黄酒」を飲みながら、グラティナは上機嫌になっていた。レイナは既に酔いが回っているのか、眠そうな表情を浮かべている。黄酒は、アヴァタール地方産の酒よりもさらに強い。葡萄酒と同じ感覚で飲めば、すぐに泥酔してしまうのだ。まだ早いが、三人は宿に戻った。

 

 

 

 

『「麹」は、一度使ったら終わってしまいます。そこで、まずは麹を多めに作り、使用する分と残す分を用意するのです。残った麹は、炊いた米と共に「麹室」に入れ、増やすのです』

 

函口の街から一里ほど離れた場所に「醤造りの集落」があった。ディアンが見学をさせて欲しいと頼むと、笑って許可をくれた。この集落では数種類の「醤」を造っている。作り方は多様だが、共通しているのは「麹」であった。ディアンは製造方法を紙に書き留め、街で食べた「醤油」について質問をした。

 

『えぇ、それも造っていますよ。製法をお教えしましょう』

 

集落で作られていた醤油は、ディアンが知る製法とほぼ同じであった。蒸した大豆と砕いた小麦を混ぜ、「醤塊」を作り、麹と混ぜて塩水を注ぐ。それを「諸味」という。木樽でそれを熟成させ、上から重しを掛けて布で漉す。「生醤油』の完成である。それをさらに、半刻から一刻ほど加熱する。雑菌が死滅し、本醸造醤油が完成するのである。

 

『諸味を熟成させるところが、難しいのです。「撹拌」をするのですが、この回数や力加減によって、醤油の味が大きく変わってきます。こればかりは「勘」に頼るしかありませんね。樽ごとで、諸味の状態も違いますから・・・』

 

『そうでしょうね。ところで、麹は「麦」では増やせないのでしょうか?』

 

『もちろん出来ますよ。ここでも、米、豆、麦の三種類の麹を使い分けています。麦麹で醤油を作ることも出来ますが、風味が少し変化しますね。良し悪しではなく、好みの範囲になりますが・・・』

 

ディアンは、西方に麹を持ち帰りたいと相談したところ、乾燥した米を渡された。

 

『炊いた米で増やした「麹種」は、あまり日持ちがしません。ですが乾燥させた米麹ならば、二年は持つでしょう。ただ、使うときは一度水で戻して頂く必要があります。その後で、蒸した米、あるいは麦と混ぜて頂ければ、立派な麹種になるでしょう』

 

『感謝します。私の連れたちも、醤の味に感動をしているのです。何とか、西方でも造りたいと思います』

 

『頑張ってください』

 

ディアンは「乾燥麹」を入れた壺に封をした。

 

 

 

 

 

街に戻る途中で、ディアンたちは騎馬隊を見かけた。どうやら練兵のために移動をしているようである。

 

『これから練兵か。ちょっと見てみるか?』

 

騎馬隊の後を追うと、広い平原に出た。三千名ほどの兵士たちが、整然と整列をしている。

 

『これから始まるようだな。どれ・・・』

 

茂みに馬を繋ぎ、魔導装備を装着する。空から見るためである。三千名の兵士が二隊に分かれ、それぞれが指揮官の指示で動き始める。攻守を入れ替えながら、陣形の確認や各兵士の動きなどを細かく見ているようだ。

 

『良い動きだな。メルキアの兵士たちを思い出す』

 

グラティナが頷いた。約四刻にわたって、兵士たちは動き続けている。相当な練度であった。やがて動きが止まり、兵士たちは元通りに整列をした。

 

『どうやら終わったようだな・・・』

 

そう思っていたら、いきなり兵士たちが槍を構えた。その後ろから弓隊が弓を番う。将と思われる男は、ディアンたちに背を向けたままである。その男が右手を上げた。

 

『・・・マズイぞ。どうやらオレたちを狙っている!』

 

ディアンが急いで移動を指示した。だが将の手が降ろされるほうが早かった。弓隊が空に向けて、一斉に矢を放った。数百本の矢がディアンたちに迫る。ディアンは使徒二名を後ろに下がらせると、右手で「メルカーナの轟炎」を放った。矢は一瞬で灰になるが、ディアンの魔導装備に流れている魔力が途切れる。本来なら地上に向けて落下するが、使徒たちが腕を支えてくれているため、何とか落ちずに済んだ。そのまま茂みの中に舞い降りる。だが、既に周囲には兵士たちの気配がした。外から声が掛けられる。

 

『三名に告げる!大人しく投降すれば、手荒な真似はせぬ!抵抗するならば命はないぞ!』

 

ディアンは溜息をついた。遠方からだから大丈夫だろうと甘く見ていたのだ。切り抜けることは容易いが、自分は「王命」を受けてこの地まで来ている。万一でも戦えば、それはターペ=エトフと龍國との戦争となってしまうのだ。外交問題を起こすわけにはいかなかった。

 

『二人共、済まない。ここで戦うわけにはいかない。両手を上げて、投降しよう』

 

『・・・もしもの場合はどうする?』

 

『その時は別だ。戦っても構わない。ただ、その場合は「皆殺し」にしなきゃいかんな・・・目撃者を残す訳にはいかないだろう』

 

茂みの外では、指揮官と思われる男が馬上にいた。周囲には三十名ほどの兵士たちが、槍を構えている。男は、レイナとグラティナの姿を見て少し驚いたようだ。だがすぐに顔を引き締める。

 

『無意味な抵抗をしなかったことは認めよう。だが、間者をそのまま放置するわけにはいかん。武器を外せ。殿がお前たちに会いたがっている』

 

『・・・外すのは構わないが、丁寧に扱ってくれよ?大切な剣なんだ』

 

ディアンたちは武器を外した。兵士たちが緊張しながらクラウ・ソラスを受け取る。剣の放つ気配を感じているのだろう。特に縛られることもなく、ディアンたちは兵士に囲まれて、先程まで激しい練兵が行われていた場所に連れて行かれた。

 

 

 

 

 

『間者ではなさそうじゃな。たかが間者が、これほどの剣を持つはずがない。お前たちは何者だ?』

 

六尺近くあるディアンよりも、さらに一回り大きい男が床几に腰を掛けていた。クラウ・ソラスを抜き、眺めている。年齢は五十程度だろう。白髪に白い顎髭と口髭を持っている。だがその肉体は、鍛え抜かれていることが鎧の上からでも解った。顔には戦傷と思われる傷があり、眼は鷹のように鋭い。

 

『オレの名は、ディアン・ケヒト。この地より遥か西方の国「ターペ=エトフ」から来た。王命を受けて東方の見聞をしている。身分を証明する紙が、オレの荷袋入っているはずだ』

 

副官がディアンの荷袋を開け、革で包まれた書類の束を開けた。差し出された上質紙を一読し、男は副官に返した。

 

『なるほど、間者では無いことは認めよう。だが、無断で練兵を覗いたのは関心せん。現在、我が龍國は西榮國と緊張状態にある。西榮國にとって、儂の首は垂涎であろうからな。西榮國に雇われた殺し屋かもしれん』

 

ディアンは肩を竦めた。口元に笑みを浮かべながら、傲然と返答する。

 

『だったら、アンタはもう死んでいる。この程度の護衛で、オレを止められると思っているのか?』

 

『なにぃ?』

 

男が眼を細めた。兵士たちも槍を構え直す。だがディアンは平然としていた。確かに目の前の男は相当な強さだが、魔神と使徒二名が本気になれば、三千名など半刻で皆殺しに出来る。だが無論、ディアンにはそのようなつもりは無かった。あえて傲然と応えて、男の反応を見たかったのだ。男は数瞬、ディアンを睨むと、いきなり大笑いを始めた。

 

『ヌァッハッハッハッ!面白い奴だ!確かに、あれだけの魔術を使えるのであれば、余計な小細工は不要かも知れんな!』

 

男はクラウ・ソラスを鞘に収めると、副官に手渡した。ディアンたちに返すように指示をする。

 

『儂の名は「王進」、龍國の兵を預かっておる。三度の飯より戦が好きな、戦バカよ』

 

そう言うと、立ち上がって武器を手に取った。偃月刀である。クラウ・ソラスを背負ったディアンを見て、頷いた。

 

『戦バカが何を求めるか解るか?強い男との熱き戦いよ。我らの練兵を覗き見したことは水に流そう。だがそのかわりに、儂と一合を交えよ!』

 

王進は笑みを浮かべ、全身から闘気を発し始めた。凄まじい迫力である。レイナは文句を言おうとしたが止めた。ディアンの肉体からも、闘気が立ち昇っていたから。

 

『良いだろう。相手をしてやろう。だが、手加減はしないぞ?』

 

ディアンはクラウ・ソラスを抜いた。白銀の剣身が光り輝く。王進の副官は、全員を下がらせた。本気になった主人がどれほどに恐ろしいかを知っているからだ。そして、それはレイナたちも同じである。魔神化はしていないものの、ディアン・ケヒトの本気は、人の域を遥かに超えているからだ。二人の男の瞳には、もはや相手しか映っていない。闘気がぶつかり合い、空気が歪む。潮の満ち干きのように、互いの気配が行き来する。そして・・・

 

『ヌァァァッ!』

 

王進が偃月刀を振るった。ディアンの首をめがけて斜め上から振り下ろされる。人とは思えない速度であった。だがディアンは、クラウ・ソラスで偃月刀を迎え撃った。互いの刃がぶつかり合う音とともに、偃月刀が止まる。だが、弾き返されはしない。それどころか、徐々にディアンを押し始める。

 

『バ、バカな!膂力でディアンに勝るというのか!』

 

グラティナは驚きの声を上げた。だが向こう側からすれば、逆の意味で驚きであった。

 

『それはこちらのセリフだ。殿の本気の一撃を受け止めた者など、私の記憶にはいない』

 

周囲の驚きをよそに、二人の男は力比べを続ける。少し押されたが、ディアンが歯を食いしばって押し返す。互いの額には、汗が浮かび始めている。だが、徐々にではあるが、偃月刀がディアンの首に近づき始める。レイナとグラティナには信じられなかった。

 

『ア、アイツ・・・本当に人間か?』

 

『でも、ディアンがこのまま終わるはずがない・・・』

 

レイナの言葉通り、ディアンの気配が変わった。全身を覆っていた魔力が消え、魔神の気配が立ち昇る。

 

『と、殿ッ!』

 

副官が慌てた。目の前の男の正体が解ったからだ。だが、兵士たちは誰も怖気づいていない。自分たちの将の力を信じているからだ。

 

『魔神かっ!面白いのぉ・・・ヌゥゥゥッ!』

 

王進の笑みが大きくなり、腕に力を込める。だが、魔神化したディアンの膂力の前では、人の力では限界であった。ディアンの剣が、偃月刀を押し戻す。そして・・・

 

«ハァァッ!»

 

偃月刀を弾き返した。ディアンは数歩下がって、距離をとった。二人共、肩で息をする。ディアンの気配も人間に戻っていた。

 

『ハァ・・・ハァ・・・まさか、魔神であったとはのぉ。さすがの儂も、魔神には勝てぬか』

 

『ハァ・・・ハァ・・・いや、敗けたのはオレのほうだ。オレは魔神になったのではない。魔神にならざるを得なかった。そこまで追い込まれたんだ。アンタ、本当に人間かよ』

 

二人共、地面に座り、同時に深い息をついた。副官は我に返ると、ディアンを取り囲んだ。魔神である以上、このまま放置するのは危険過ぎるからだ。だが王進が大声で止めた。

 

『止めよっ!お前たちの手に追える相手ではない!』

 

『で、ですが・・・』

 

『たとえ十万の兵を持ってしても、この男を捕らえるのは難しかろう。無意味なことはするな!それより、酒を持って来い!』

 

王進とディアンの目の前に、大杯が置かれた。なみなみと酒が注がれる。王進はそれを一気に飲み干した。ディアンも杯を抱え上げ、一気に飲む。だが、途中でむせた。王進は大笑いをした。

 

『ヌァッハッハッ!どうやら、酒では儂のほうが上じゃのぉ!魔神にも苦手なものがあるとみえるわい!』

 

ようやく、緊張の空気が消えた・・・

 

 

 




【次話予告】

龍國大将軍「王進」に気に入られたディアンは、首都「龍陽」に入る。プレイアの街をも超える大都市に、三人は驚く。王進の計らいで、ディアンは龍國の大王と対面する。そこで、ディアンはある依頼をされるのであった。

戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第三十話「大王の密命」

・・・月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也・・・

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。