戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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AD 2157年 イアス=ステリナ 某所

『転送出来たか!』

けたたましいアラーム音に負けない怒鳴り声で、白衣の男が確認をする。顔には焦燥が浮かんでいる。もはや時間がないことを悟っているからだ。

『データ転送完了まで、あと5秒、4,3,2,1・・・転送完了!システム、シャットダウン!』

画面が暗くなると同時に、明かりが不安定に点滅をし、やがて闇となった。白衣の男は、煙草を口に加えた。もはや自分の運命は決まっているからだ。使い古したジッポーで火を着ける。

『禁煙、止めたんですか?』

『最後だからな・・・今更、長生きも無いだろう』

『そうですね。あと・・・数分でしょうか』

暗闇の中で、男は紫煙を吐き出す。口元には笑みが浮かんでいる。やれることは全てやったからだ。

『・・・遠い未来、誰かが見つけてくれると良いですね』

『信じるんだ。我々の遺産が、きっと役に立つと・・・』

『えぇ、信じています』

やがてガタガタと机が揺れ始める。空気が急速に流れる。

『融合が始まったな・・・特等席だが、最後まで見れないのが残念だ』

真っ白な光が急速に拡がり、男たちの姿をかき消した・・・





第二章:東方見聞録
第二十六話:東へ


ラウルバーシュ大陸中原東方域、西方諸国の人間たちが「東方諸国」と呼ぶこの地域は、ディル=リフィーナ成立以降、七魔神戦争などの大災難が無く、広大で豊かな土壌と温暖な気候により、古くから人間族が繁栄をしていた。現神の神殿は西方諸国に集中しているため、光闇相克のような対立構造は無く、独自の文明を形成していた。しかしながら、獣人族や龍人族、悪魔族などは「蛮族」と呼ばれ差別され、僻地に追い払われる場合が多い。唯一、竜族だけは「神」として崇められている。

 

東方諸国は大きく五つの国で分かれている。北西にある「龍國」、南西の「西榮國」、北東の「慶東國」、南東の「秦南國」、北部の「雁州國」である。五つの国の力はほぼ拮抗し、五百年以上に渡って土地を巡る争いを繰り広げてきた。近年では南西の西榮國が力を伸ばし、秦南國や龍國の領土を侵している。五つの国にはそれぞれに「大王」と呼ばれる君主が存在し、子に世襲をしながら何十代も続いていた。貴族などはいないが、王の外戚者などが特権的な立場を得ており、役人の腐敗も見られる。

 

東方諸国の文化は、西方とは大きく異なる。まず人の見た目が違う。龍國や西榮國は、西方の地も交じり茶色い髪をした人間も多いが、東方では黒髪、黒眼の人間が殆どで、背丈も西方と比べると低い。平均身長は五尺程度である。話す言葉も若干違う。元は同じだったと言われているが、二千年近くの年月が言葉を変容させたのだ。また、文字、西方文字の他に「漢字」という独自の文字を使用している。食文化は多種多様で、慶東國では小麦を使った料理が多いが、秦南國では米を使った料理が多い。

 

東方諸国では独自の文化が発展しているが、その最たるものが「陰陽五行思想」である。東方諸国では、「光闇相克」ではなく「光闇融合」という考え方の下、独自の魔術体系を持っている。陰陽五行思想では、自分たちの立つ大地そのものを「生命体」と考え、大地に流れる魔力「気脈」を感じ取り、その魔力を活かして魔術を操る。五行とは「木火土金水」の五つのことで、それらは「相生」「相克」「比和」「相乗」「相侮」という五つの関係を持って様々に変容する。この陰陽五行思想は東方諸国の文化の根幹であり、魔術体系のみならず、医学や暦、日常的な生活習慣に至るまで取り入れられており、その結果、西方諸国からの「現神信仰」が入り難い土壌を形成している。

 

 

 

 

 

ディアンは自室で、カッサレの魔道書を読みながら、東方諸国に思いを馳せていた。カッサレの魔道書には様々な魔術や錬金術が描かれているが、同時に各地の「紀行文」もあり、ラウルバーシュ大陸を知る上でも貴重な資料となっている。だがやはり、この地で書かれた魔道書である為か、東方諸国の記述が少ない。東に行けば、おそらくはブレアード・カッサレの足跡を辿ることが出来るだろう。再び、魔道書に目を落とす。ディアンが東への旅を決めるきっかけとなった一文に目を通す。

 

・・・東方諸国から南下すると、大禁忌地帯と呼ばれる「立ち入り禁止区域」がある。その広さはブレニア内海全体にも匹敵する。境界近くにイルビット族が住み、禁忌地帯の調査を行っている。禁忌地帯は「先史文明」の遺跡が残されているが、イルビット族は「なぜ禁忌とされているのか」という根本的な謎を解こうとしている。禁忌地帯といっても、生命が存在しないわけでは無く、未知の魔物が生息している。また、天使族と思われる種族も禁忌地帯で暮らしている。大禁忌地帯の中央山岳部には「メルジュの門」と呼ばれる巨大な鋼鉄の扉があり、固く閉ざされている。イルビット族は、この扉の中に「ディル=リフィーナ成立の秘密」が隠されていると信じている。過去千年間にわたって、扉を開けようとした痕跡が見られるが、未だ一度も開いたことは無い・・・

 

『「ディル=リフィーナ成立の秘密」か・・・』

 

ディアンの目的は、この「メルジュの門」であった。この目で見ていたいという好奇心が刺激されたのだ。考え事をしていると、レイナが食事を知らせに来た。ザク切にした玉葱をオリーブ油とバターで炒め、人参、赤茄子、茸類、細切りにし、小麦粉をまぶした牛肉を入れる。しばらく炒めてから、牛骨から取った汁と葡萄酒を注ぎ、さらに刻んだ赤茄子を加え、塩と香辛料で味を調える。薄く焼いたパンと共に食べる。このところ、ラギール商会は盛んに「食材」を持ち込んでくる。ターペ=エトフでは殆どが自給可能だ。そのため、極端な話「何も買わない」でも済む。しかしそれでは商売にはならないため、リタは酒の他に「食材」に目を付けた。東方や南方から様々な香辛料、果物が持ち込まれる。ターペ=エトフでは食文化が栄え始めている。プレメルでは料理専門店まで出来始めているのだ。食事中に、グラティナが尋ねてきた。

 

『東方には、いつごろ出発するのだ?』

 

『そうだな。出発自体はすぐにでも出来るが、その前に情報が欲しい。ダカーハ殿は東方から来たと言っていたから、何か聞けるかもしれない。明日、時間を貰っているので、出発は三日後にしよう』

 

『東方では「米」を中心とした食事が多いそうよ。ディアンは以前、米を食べたいって言っていたでしょう?私は食べたことが無いから、とても楽しみだわ』

 

『おそらく、米に合わせて様々な調味料があるはずだ。オレとしては、その調味料を作り出す素となる「麹」を手に入れたい。麹が手に入れば、このターペ=エトフで調味料づくりが出来る』

 

『その「麹」とは何なのだ?』

 

『パン種のようなものだ。それで米や豆を発酵させる。以前、パン種で試したことがあったが上手くいかなかった。専用の麹が必要なんだ』

 

『調味料なら、リタに頼んで手に入れられないのかしら?』

 

『手に入るだろうが、オレが求めている調味料は、この世界には無いかもしれない。「醤油」と呼ばれる万能調味料だ。肉や魚の味を劇的に向上させる』

 

『・・・腹が減ってきたぞ。もう一杯、貰おうか』

 

グラティナが皿に、レイナの得意料理「ハッシュド」を盛った。

 

 

 

 

 

『我は西榮國の南西部にある山岳地帯にいたのだ・・・』

 

東方出身の黒雷竜ダカーハは、ディアンが持ってきた葡萄酒の樽をチロチロと飲みながら、話をした。

 

『東方諸国の国々は、古来より竜族を崇めていたが、特に西榮國の「黒竜族」と龍國の「白竜族」が有名でな。黒竜族は、闇夜の眷属に属するなどと考えられているが、何の事はない、ただ操る魔術が違うというだけだ。我は雷を操るが、白竜族は炎を操る。種族が違うことは確かなので、お互いに行き交いをすることはなかった。西榮國も龍國も、竜族を崇め、縄張りを尊重しながら二千年近くに渡って共に暮らしてきた。だが・・・』

 

ダカーハは苦々しい口調になった。

 

『ある晴れた日のことだった。突如、西榮國が我らの縄張りに攻め込んできたのだ。警告をする間もなかった。問答無用で我らを駆逐しようという意志が明確だった。暗黙の友好関係は破られた。我らは戦った。だが、彼らは見たこともない武器を使ってきた。遠方から投石器のようなもので樽を投げつけてくる。その樽がいきなり爆発をした。嫌な臭いがした。更に火矢のようなものを打ち込んできた。それらも次々と爆発する。あれは一体、何だったのだろうか?今でも我には解からん。だが、鼻と眼をやられた我らは、次々と人間族に狩られていった・・・』

 

ダカーハの気配が殺気を帯びる。ディアンは手を上げて止めた。ここまで聞けば十分だ。ダカーハはそれで人間族や他種族を呪ってしまったのだ。これ以上を話させるのは酷であった。

 

『すまない。辛いことを思い出させてしまった。もう十分だ。忘れろとは言わないが、遠い昔のことと思ってくれないか?少なくともこの地では、竜族を友として歓迎している。国王インドリトも、他の種族たちも・・・』

 

鼻から深く息を吐いたダカーハが、笑った。

 

『確かに、この地は居心地が良い。何より、子どもたちの笑顔が良い。ディアン殿、貴殿はこれから東方に向かうそうだが、それであれば西榮國には気をつけろ。あの國は以前から、他国侵略を企図していたが、何か強い力を得たようだ』

 

『竜族の眼と鼻を奪った武器、おそらく「黒色火薬」だろう。とすると、西榮國は「先史文明の知識」を得たに違いない』

 

『知っているのか?』

 

『あぁ・・・黒色火薬は魔術ではない。科学だ。石炭、硫黄、硝石を混合させて作る。だが、精製には科学知識が必要だ。一体誰が・・・』

 

ディアンは腕を組んで考えた。黒色火薬自体は、自然界のもので製造することは可能である。硝石の結晶を粉砕し、硫黄と木炭を混合させれば、黒色火薬は出来る。だが、破砕や圧搾など、科学的な技術が必要である。そもそも魔術のあるこの世界で、黒色火薬を製造する必要があるのか?

 

考え込んでいるディアンに、ダカーハが声を掛けてきた。

 

『・・・一つ頼みがある。もし黒雷竜を発見したら、この地を教えてやってくれないか?それ程多くは受け入れられないが、この地であれば、平穏に暮らすことが出来る』

 

『インドリト王からも言われている。約束しよう。黒雷龍を見つけ次第、ここに来るように伝える』

 

 

 

 

 

出発の準備を整えたディアンたちは、自宅を結界で封印した。ブレアードが最後に書いた魔道書のみ、革袋に入れて持っていく。他の魔道書も極めて貴重なため、厳重な結界を張っておく。出発前に、国王に挨拶をしておく必要がある。三人は、絶壁の王宮に向かった。

 

『いよいよ出発ですね。これからしばらく、師から助言を得られないと思うと、少々不安になりますが、シュタイフェを中心に行政府も上手く仕事が回っています。安心して旅に出て下さい。』

 

『二年をメドとしています。必ず、戻ってまいります。シュタイフェ殿は、肝心なところはしっかりと抑える人物です。またファーミシルスもいます。もしもの時は、両名を頼られると良いと思います』

 

インドリトは頷き、側近に指示をした。三人の前に、布に包まれた物が置かれる。腰に巻くベルトと両手両足に装着する輪であった。

 

『師が依頼をしていた「魔導巧殻に飛行能力を与える部品」の分析が終わりました。その成果をもとにドワーフ族が開発した「魔導装備」です。着装し、魔力を通せば飛行能力を得ることが出来ます。旅先で必要になるかもしれません。持って行って下さい』

 

ディアンは瞳を輝かせた。飛行魔術を研究し、ハイシェラに諦めろと言われ、それでも可能性を探り続け、ようやく辿り着いたのである。

 

『何にも勝る餞別です。有り難く、頂戴いたします』

 

『それと・・・』

 

ディアンの目の前に、大きめの袋と一冊の本が置かれる。

 

『師に依頼したいことがあります。東方についての知識は、この地では伝聞しかありません。そこで、旅の紀行文を書いていただきたいのです。信頼できる「東方の見聞録」は、貴重な資料になるでしょうから。そのために必要な資金として、国庫より幾ばくかの宝石類を用意しました』

 

袋の中には、金銀の粒や宝石が入っている。幾ばくかなどというものではない。ヒト一人が一生遊べる程の量である。多すぎだとディアンが言うと、インドリトは笑った。

 

『実際、国庫は豊かなのです。この程度の額であれば、問題ありません。もし余った時は、それで土産を買ってきて下さい。東方には珍しい酒もあると聞いています』

 

『「東方見聞録」の執筆、確かに承りました。また、多大なご支援を頂き、感謝に耐えません。ターペ=エトフ繁栄のために、東方の知識、技術をしっかりと持ち帰ります』

 

『期待しています。お気をつけて・・・』

 

国王インドリト・ターペ=エトフは笑顔で頷いた。

 

 

 

 

 

『「飛行能力」か・・・ファーミシルスが空を飛んでいるのを見て、羨ましいと思っていた。どうする?空を飛んで東に向かうか?』

 

『いや、それでは「見聞」が出来ない。飛行能力は途中で試すとして、予定通り馬で東に向かおう。プレイアのリタにも挨拶をしておく必要があるしな』

 

『大陸公路を使っての東方への旅・・・なんだか夢のようね。資金も貰ったことだし、今回の旅は優雅なものになりそうね』

 

『倹約をする必要はないが、不要な贅沢はしないぞ。このカネは「税金」だからな』

 

レイナが舌を出した。ディアンたちは笑いながら、プレイアの街を目指す。空は晴れ渡り、心地よい風が吹いていた・・・

 

 

 

 




【次話予告】

大陸公路を東に進み、アンナローツェ王国を通り過ぎ、大陸中央部「テュルク地方」に入る。地平線まで続く草原地帯に、三人は圧倒される。途中の集落で、土着の宗教について話を聞いたディアンは、興味を持った。修行者たちの国「グプタ部族国」へと向かう。


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第二十七話「グプタ部族国」


・・・月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也・・・


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