戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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ラウルヴァーシュ大陸東方域:大禁忌地帯

イルビット族の男が、息を弾ませながら走る。もう少しで禁忌地帯を抜ける。そうすれば、彼らは追ってこない。千年間、彼らの眼を盗みながら、発掘を続けてきた。そしてようやく、あの扉を開く鍵を手に入れたのだ。だが、その発見に夢中になり、気づくのが遅れてしまった。彼らは既に、自分を取り囲みつつある。

『な、何としても持ち帰らなければ・・・』

背負った革袋には、発見した「先史文明の遺物」が納められている。これを解析すれば、一千年の研究が終わるのである。男は必死に走った。だが・・・

・・・侵入者ヲ確認、タダチニ排除シマス・・・

およそ人間とは思えない声が聴こえ、強力な雷が男を襲う。肉が焼け焦げ、男は倒れた。薄れ行く意識の中、手に握った水晶に魔力を通す。自分が死んだ場所を伝えるためである。こうやって千年間に渡って、研究は引き継がれ続けてきたのだ。暗闇から異質の存在が現れる。息絶えた男の側に寄る。

・・・侵入者ノ死亡ヲ確認、警備ニ戻リマス・・・

抑揚の無い声でそう呟くと、再び闇へと消えた・・・





第二十五話:弟子の巣立ち

ターペ=エトフは、国王インドリト・ターペ=エトフを筆頭に、多種多様な種族によって国政が執り行われていた。主要な人物は、レウィニア神権国やスティンルーラ女王国の記録によって知ることが出来る。国務大臣として、内政と外交を一手に取り仕切っていた「魔人シュタイフェ・ギタル」、国防軍元帥「飛天魔族ファーミシルス」、教育庁長官「イルビット族ペトラ・ラクス」、プレメル街長にしてドワーフ族代表「レギン・カサド」などの名前が残されているが、「魔神間戦争」と呼ばれた第二次ハイシェラ戦争において、魔神ハイシェラと死闘を演じたという「ターペ=エトフの黒き魔神」については、その名は残されていない。

 

ターペ=エトフ建国後、光神殿や闇神殿はこぞって国王インドリトと会談をしたが、インドリトの思想である「二項対立の克服」は変わることが無く、その思想をインドリトに植え付けたと言われる「王太師(王の師)」については、後世の歴史家は無論、当時の神殿神官たちも関心を持っていた。王太師は、その政治的権力は殆ど無いものの、インドリトに強い影響を与える存在と言われており、各神殿は王太師との接触を試みた形跡がある。しかし、役職名称は明らかであるものの、その名前については不明確であった。人間族「ディアン・ケヒト」の名前は、インドリトの師匠として残されているが、ターペ=エトフ建国後も、その生活は全く変わっておらず、王太師として活動をした形跡は無い。そのため、ディアン・ケヒトが王太師であると考えた者は多くなく、彼自身が否定をしたため、建国百年もすると、その存在が忘れられてしまったのである。

 

唯一、神殿勢力の重要人物で、ディアン・ケヒトと長時間にわたる対談をし、その内容を克明に残しているのが、マーズテリア神殿の聖女「ルナ=エマ」である。マーズテリア神殿が公開している記録によると、ターペ=エトフ歴十五年頃、マーズテリア神殿は「ディアン・ケヒトが王太師である」との確かな情報を得て聖女を派遣、聖女ルナ=エマは、彼の邸宅で三日間にわたる対談を行った。「ルナ=エマの日記」は非公開である為、その詳細は明らかではないが、この対談後、マーズテリア神殿は潮が引くように西ケレース地方への接触を止めている。彼女を護衛する騎士の中に、簡単な日記を記録している者が存在したため、当時の彼女の様子が書かれており、極めて貴重な資料となっている。

 

・・・聖女様が家から出てきた。聖女様に勝るとも劣らぬ美しい女性二人が見送った。だが、聖女様はいつになく顔色が悪い。あの男が何かしたのであれば、許すことは出来ない。聖女様は一言呟かれた。「ターペ=エトフへの接触を禁じなければ・・・」私は確かに、そのように聞いた。その後、聖女様と共に私たちは急ぎ、プレメルの街を出発した。明日にはフレイシア湾に到着するだろう。聖女様の顔色も良くなり、私は安心した・・・

 

魔神をも退ける力を持つ聖女をして、ここまで寒からしめた対談とは、どのような内容だったのか。聖女ルナ=エマの日記はマーズテリア神殿の機密文書に指定されているため、その内容を知ることは出来ない。いずれにしても、ターペ=エトフはラウルバーシュ大陸の数多の国の中で唯一、「信仰の自由」を明文化した国家として、三百年近くにわたって繁栄をしたのであった・・・

 

 

 

 

 

『ん~ やっぱり、先生の家で食べるご飯は美味しいです』

 

粗挽きした獣肉や葱・大蒜などの香草類、刻んだ葉野菜を塩と共に混ぜ合わせ、水で練った小麦で包み、油で揚げる。それを野菜で包み、塩・卵黄・葡萄酢・オリーブ油・大蒜を混ぜ合わせたタレ「アリオリ」を掛けて食べる。インドリトは満面の笑みを浮かべながら、エール麦酒を飲んだ。成人になったため、ディアンから飲酒を認められたのだ。ディアンは苦笑いを浮かべた。インドリトはこうして月に一度、ディアンの家を訪ねてくる。国王がこのように訪ねてくるのは問題だと思い、嗜めようとしたらレイナから止められた。

 

『インドリトは、あの若さで国を背負っているのよ?私たちが気晴らしになるのなら、月一度くらいならいいじゃない』

 

そう言われたら、ディアンとしても断るわけにもいかない。風呂に入り、酒を飲み、国についてアレコレと話をし、今まで使っていた部屋で寝る。翌朝はディアンと剣を交え、そして絶壁の城に戻る。王となってから約一年、この習慣が続いている。縁側ではギムリが獣の骨を齧っている。スジ肉を茹でて与えたが、それだけでは足りなかったらしい。

 

『実は、そろそろ我が国にも「貨幣経済」を導入してはどうかと考えているのです』

 

庭の亭で、インドリトとディアンは向かい合って座っていた。エール麦酒と共に酢漬けにしたオリーブの実、塩漬けにした干し肉をツマむ。

 

『貨幣経済の導入は、私も賛成だ。数年前と比べても、モノの生産量や流通量が激増している。これ以上の繁栄を望むのであれば、貨幣経済を導入するしかない。だが、肝心なことは導入の仕方だ。特に獣人族などは「食えない物と食い物を交換するのはおかしい」などと言いかねないぞ』

 

『導入に当たっては、各集落に「専門官」を派遣するつもりです。説明だけではなく、実際の商取引に同行して、貨幣の使い方を教えてはどうかと思っています。一気に使ってしまいかねませんので、使い方や貯め方なども細かく教えていくつもりです』

 

『シュタイフェあたりが好きそうな仕事だな。だが、複数の種族間で統一した通貨を使う、という例は恐らく他には無いだろう。想定外のことも発生するはずだ。あとは税制をどうするか・・・』

 

『その辺りはシュタイフェ殿に案があるそうです。基本的には、税は各集落で集め、集落で使ってもらおうと思います。幸いなことに国営のオリーブ栽培などが順調に伸びています。国全体の教育や医療などは、その利益で賄うことが出来ると思います。あとは集落同士を繋ぐ路の整備などは、集落同士が資金を出し合う形を考えています』

 

『実際は簡単にはいかないだろうがな。だが基本的な考え方をしっかり持っていれば、後は現場で調整が可能だ。カネというものは「何でも買える」という実際の力を持った存在だ。その力を良い方向に使えば幸福に繋がるが、悪い方向に流れれば、ターペ=エトフの「種族間の平和」を毀しかねない』

 

『二年程度の時間を掛けて、慎重に進めていくつもりです。後は、他国との交易における両替ですが・・・』

 

『それは国がやるべきだ。間違ってもラギール商会には任せるな』

 

インドリトは驚いた。ラギール商会に任せようと考えていたからだ。ディアンが説明をした。

 

『両替という行為は、解り易くいえば「カネでカネを買う」という行為だ。ターペ=エトフの通貨で、レウィニア神権国の通貨を買う。この時、幾らを出して幾らを買うか、この取り決めを「相場」と呼ぶ。もしラギール商会に両替を任せれば、相場はラギール商会が握ることになる。これは絶対に避けろ。相場は全て、国が決めるのだ』

 

『・・・そのためには、国に新しい役場が必要になりますね。通貨を発行し、相場を決める役場が』

 

『他国ではそうした役場を「造幣局」と呼んだりしている。通貨を発行しすぎれば、通貨の価値が下がってしまう。モノの生産力と流通量、そして物価を見極めながら、発行量を決めるのだ。その上で、両替は全て役場で行う。役場が決めた相場でだ』

 

『先生は、国が相場を握ることで、レウィニア神権国やメルキア国にモノを売りやすくすべき、とお考えなのですね?』

 

『良いか、インドリト。この大陸の多くの為政者たちは、国力とは軍事力だと思っている。だが実際は違う。軍事力など、国力のほんの一部分でしかないのだ。国力とは「経済力」だ。経済力とは「民衆の腹を満たす力」だ。以前にも教えたな。剣や魔術で相手を倒すのは下の下だと。これは国家間でも同じだ。軍事力を用いて土地を拡げるのは、下の下なのだ。経済力によって、自国民のみならず、他国の民衆の腹まで満たす。そうなれば、ターペ=エトフに攻め寄せる国は無くなる。ターペ=エトフが無ければ、自国の民衆が飢えることになるからだ』

 

インドリトの幸運は、ディアン・ケヒトという「近代経済学の専門家」を師に持ったことである。この夜の翌日、元老院は貨幣経済導入に向けての準備を進めることで合意した。

 

 

 

 

 

『フヒィィ、これじゃアッシの身が保ちませんぜぇ~』

 

シュタイフェが書類仕事をしながら弱音を吐いた。ターペ=エトフは建国前より産業育成などは行ってきたが、国家を運営する官僚機構は未熟であった。エテ海峡付近の人間族など、役人はそれなりに人数を揃えたが、書類仕事とは人がいれば出来るというものではない。正確さと几帳面さが求められる。まず各物産がどの程度の価格になるかを決めなければならない。プレイアの街の取引額などは、ディアンたちが調べ上げた。その額で何が買えるのか、物と物との相対相場を調べ、それを参考として価格付けを行う。ターペ=エトフは閉鎖経済ではなく、貿易によって利益を上げている。今後もその利益を維持するためには、綿密な価格設定が必要であった。

 

『リタは個人としては信頼できるが、同時に商人だからな。貨幣経済を導入と同時に、値を釣り上げかねない。徹底して調べ上げ、ターペ=エトフに利益が出るように価格決定を行うべきだ』

 

『そうですが、小麦一握りまで価格付けるなんて、アッシとしてはやり過ぎと思うんですがねぇ。民衆の必要性に応じて、価格も変わると思うんですが・・・』

 

『いずれはそうなるだろう。だが、この地は純朴な闇夜の眷属が多い。他の地域では、その純朴さを利用されて、不当に苦労をする亜人族たちが多くいる。オレは、その純朴さを絶対に守り抜きたい。働くことそのもの、生み出すことそのものを喜びとして、困らず、苦労せず、幸福のままで暮らしてほしいのだ。そのためならばオレは・・・』

 

ディアンは悲壮な顔をした。

 

『・・・「悪」にでもなる』

 

シュタイフェは目を細め沈黙し、そして笑い始めた。

 

『ヒッヒッヒッ 旦那、そんな必要はありませんぜ?アッシは魔人、もともと悪人でさぁ。悪を引き受けるのは、アッシ一人で十分でしょう』

 

ディアンは瞑目した。

 

 

 

 

 

 

元老院は一つ一つの産品の価格について、シュタイフェからの報告を聞いていた。プレイアで調査をした価格に、さらに国内の産出量の比率を掛け合わせ、独自の価格設定をしている。スティンルーラ族の村クライナでのエール麦酒の価格や、バーニエなどのメルキア国、さらに周辺域の集落まで物品価格を徹底的に調査した結果である。インドリトは立ち上がって、各元老たちに向けて告げた。

 

『現時点では、出来るだけのことをやったと思います。この価格を始まりとして、当面は価格を統制した形で進みたいと思います。ラギール商会の利益は減るかもしれませんが、貨幣経済の導入が成功すれば、商会にとっても大きな利点に繋がると思います。納得をして頂きたいと思います』

 

出席をしていたリタ・ラギールは、渡された紙を見ながらパチパチと算盤を弾いていた。苦い顔をしたが、ため息をつく。

 

『はぁ~、よくもまぁここまで調査したわ。アタシたちだって、ここまではしないよ?まぁ、ウチの利益が減る可能性もあるけど、その分、プレイアやバーニエが欲しがっている品を手に入れやすくなるわけだし、一概に損とは言えないか・・・』

 

シュタイフェがリタを説得する。

 

『ラギール商会への販売価格は決めさせて頂きやしたが、ラギール商会から「買う価格」は、リタ殿で決めて頂いて結構です。まぁ、この価格表があれば、あまり高い値を付けられないとは思いやすが、利益を上乗せして頂くのは構わねぇですぜ。お互いに、長~く利益を出し続けたいですからねぇ』

 

『まぁねぇ。ウチだってアコギな商売はしたくないし、明朗会計でやりたいんだよね。でも、たとえばさ。大量購入するから、もうちょっとオマケしてくれるとか・・・』

 

リタの粘りに、インドリトは苦笑いした。

 

『まぁ、その時はその時々で決めましょう。この取り決めも、貨幣経済が完全に浸透するまでの移行段階と思って下さい』

 

各元老たちも、価格表を見ながら質問をしてくる。シュタイフェとインドリトは質問を一つずつ、粘り強く説明していった。五日間におよぶ元老院の会議は、ようやく佳境を迎え、あとは貨幣についての質問のみとなった。

 

『この「貨幣」というものだが、銅と鉄と銀の三種類で良いのだろうか?他の国では「金」を使ったりしているが?』

 

『「金」を使うっていうのは、案としては出やした。しかし、金自体が希少性が高くて、集めて延べ棒にしたほうが高く売れる、なんてことになったら、金が大量に流出してしまいやす。使用する素材以上の価値を持たせることが肝心なところでやす』

 

『しかし、それでは誰も価値を認めないのではないか?』

 

『その辺は大丈夫です』

 

インドリトが立ち上がって説明をした。ディアンの受け売りを話す。

 

『この貨幣を発行する造幣局には、大量に金銀宝石類を蓄えています。それらとの交換を認めます。これにより、価値は国が保証することになります』

 

『なるほど・・・どうしても信用できないのなら、そうやって交換をすれば良いのか』

 

『ただ、結果的には貨幣を使った方が「安あがり」になるはずです。そのように価格を設定していますから』

 

元老たちは頷いた。貨幣は造幣局で働くドワーフ族たちが鋳造する。「純銅」「純鉄」「純銀」の錬金方法は、ドワーフ族しか知らない。純鉄であれば、錆びることなく長く使うことが出来る。また黒ずんだり緑青が出た貨幣は、造幣局で新品と交換することが出来るようにした。他にも、偽造困難とするため、貨幣の側面に溝を入れたり、表面と裏面に細かい刻印を施すなどをしている。他族たちの技術では、偽造することは困難であった。インドリトは立ち上がって国王としての決定を告げた。

 

『我がターペ=エトフは、段階的な貨幣経済移行を行います。まず半年間は国内流通を行って理解を深め、続いてラギール商会との決済で使用できるようにします。各集落には、二名ずつ専門官を派遣し、貨幣についての説明を行ってきました。皆に考え方は浸透したと思われます。三ヶ月後から、貨幣での報酬の支払い、各商取引の貨幣決済を開始します』

 

ターペ=エトフの貨幣経済導入は、それほど混乱なく始まった。ディアンが懸念をしていた「亜人族たちの我欲の刺激」という事態も発生しなかった。もともと「食べていければそれで良い」という大らかさを持つのが亜人族である。週のうち、四日働き三日は休む、といったこれまでの生き方を保ったまま、豊かに暮らしていけそうであった。シュタイフェは、物産量や物価を注意深く見守っていた。インドリトはこれまで以上に飛び回り、各集落の声を聞いている。その姿に、ディアンは自分の役割に一区切りがついたことを実感した。貨幣経済導入に成功したことで、ターペ=エトフは真の意味で「国家」になったのである。

 

(そろそろ、旅に出るか・・・)

 

ディアンは新たな旅に思いを馳せていた。

 

 

 

 

 

『この一年間、国中を飛び回って観察を続けましたが、民衆の皆も貨幣の使い方に慣れたようです。物産も安定していますし、ラギール商会からも特に苦情は来ていません。獣人族たちも、通貨を持つことで「働き」が形になり、その利便性に満足をしているようですし、まずは成功だと思います。驚いたのは、こちらが想定したよりもはるかに「利益」が出ているということです。このままいけば、国営産業だけで、予算が賄えてしまえます』

 

ディアンの家で、羊鍋を囲みながらインドリトが語る。血抜きをしっかりしているので、生でも食べれる。細切りにした肉を塩で揉み、卵黄を掛けて胡瓜と共に食べる。麦酒や葡萄酒と良く合う。インドリトは国造りに夢中であった。国が着実に豊かになり、民がより幸福になる姿を見るのが、インドリトの喜びとなっていた。

 

『無税にはするな。税とは、民衆に「自分たちの国」という意識を植え付ける作用もある。一割でも良い。集落に納税させて、道路整備や井戸掘り、植林などの費用に充てるのだ。自分たちの納税したカネで、国が豊かになっていく様子を見れば、納税にも納得するだろう』

 

『そうですね。実は、トライスメイルのエルフ族たちと接触し、オリーブ油や作物とエルフ族の薬を交換する交渉をしています。ラギール商会を介することになりますが、これが上手くいけば、エルフ族の薬を無料で配ることも出来るかもしれません』

 

『まぁ、なんでも上手くいくとは限らないが、王として国と民衆を思う気持ちは最も重要だ。だが、最近お前は、少し働き過ぎているようにも見えるぞ。シュタイフェだって、文句を言いながらもそれなりに休んでいるのだ。お前もしっかり休みなさい』

 

食後、疲れが出たのかインドリトは庵のそばで寝てしまった。レイナが熊の毛皮を掛ける。

 

『こうやって見ていると、十年前と変わらないわね。この子が弟子入りして来たとき、最初はよく、こうして庵で眠り込んでしまっていたわ・・・』

 

『インドリトの良いところは、素直で真面目なところだ。国王としてのこの二年間は、十分に名君としての資質を発揮した。貨幣経済導入も軌道に乗ったようだし、あとはシュタイフェたちが上手くやるだろう』

 

『・・・旅に出ることを考えているの?』

 

『あぁ・・・』

 

 

 

 

 

『なに?私に、軍を率いて欲しいだと?』

 

翌朝、インドリトは師および三人の姉に対して、ファーミシルスを行政府に招きたい旨を切り出した。ファーミシルスは驚いてディアンを見たが、ディアンは目を合さず、インドリトに尋ねた。

 

『ファーミシルスを迎えたい理由は何だ?』

 

『貨幣経済導入に伴い、ターペ=エトフは急速に豊かになってきています。そうなれば、他国も放っておかないでしょう。特に、東のイソラ王国、北のカルッシャ王国は「光側」の国です。我が国としても、国防について考える必要があります。ファーミシルス殿は、面倒見が良く、教え方も上手です。そして何より「誇り高き飛天魔族」です。ターペ=エトフの「種族を超えた軍」を束ねるのに相応しいと考えました』

 

『なるほど・・・ファミの気持ちはどうだ?』

 

『私は、ディアンやレイナやティナと共に、この家で楽しく過ごすのが好きだ。何より、私は飛天魔族だ。つまり悪魔族だぞ。ドワーフや獣人が従うだろうか』

 

『従いますよ。何しろ皆、子供の頃にファーミシルス殿に遊んでもらった者たちですから。それにもう一つ、お招きしたい理由があります。言い難いことですが・・・』

 

『反乱の危険性か?』

 

『そうです。軍というものは、国家の実力組織です。西方の古い国では、軍の反乱によって分裂した国もあると聞きました。我がターペ=エトフに限って、そんなことは無いと信じたいのですが、出来れば私が最も信頼する人物に軍を率いてもらいたいのです』

 

『レイナやティナではない理由は?』

 

『レイナ殿、グラティナ殿は、先生の「使徒」です。先生から使徒を頂くわけにはいきません』

 

レイナとグラティナは顔を朱くした。インドリトは、三人の中の「微妙な関係」に気づいていたのだ。ファーミシルスはディアンの使徒ではない。つまりディアンに束縛されることはない。自分の自由意志で人生を決められる。だがレイナとグラティナは、ディアンの使徒である。使徒は主に対して、絶対的な忠誠を誓っている。ディアンから離れることは許されない。ディアンは頷いた。

 

『ファミ、お前はどうしたい?お前の気持ちで決めるべきことだ』

 

『私は・・・』

 

ファーミシルスは悩み、そして決断した。

 

 

 

 

 

『・・・寂しくなったな』

 

ファーミシルスの私室に立つディアンの後ろから、グラティナが声を掛けてきた。ファーミシルスは、インドリトの要請を受け、ターペ=エトフの軍を率いる役に就いた。昨日、私物を王城に運び入れ、今朝方に自身も、王宮へと向かった。レイナとグラティナは泣きながらファーミシルスと抱き合った。共に旅をし、共に生活した、かけがえの無い友人との別離である。ディアンでさえ、心が揺れた。

 

『ファミは別に、他国に行ったわけでは無い。王宮に行けばいつでも会える。それに、たまに戻ってくるとも言っていたしな。一緒に暮らさなくなっただけさ・・・』

 

それが強がりであることは、ディアン自身が良く解っていた。公職に就く以上、これまで通りの関わり方は許されない。国王インドリトに対しても、公私の区別をつけているのだ。弟子であるインドリトが自立し、そして友であったファーミシルスが家を出た。それほど広くないはずの家なのに、とてつもなく広く感じてしまう。グラティナが後ろから抱きついてきた。

 

『心配するな。私もレイナも、お前から離れることは無い。永遠に・・・』

 

ディアンは息を吐き、黙って頷いた。

 

 

 

 

第一章 了

 

 

 

 

 

【Epilogue】

 

貨幣経済導入という「混乱」も収束し、ターペ=エトフは楽園への道を歩み始めた。各国、各神殿からの接触は未だにあるが、当面の懸念は存在しない。ファーミシルスは厳選した兵士候補生を鍛え始めている。今は種族が混在した状態だが、いずれは種族単位の「専門部隊」をつくることになるだろう。軍統括者がファーミシルスである限り、反乱の可能性は限りなく皆無だ。ディアンは区切りをつけるために、レイナとグラティナを連れて王宮に向かった。

 

『王太師よ、いま何と言われたか?』

 

『暇乞いに来ました、我が君・・・』

 

ディアンが片膝をついて頭を下げたまま、返答した。インドリトは混乱し、立ち上がった。思わず手を伸ばす。シュタイフェが取りなすように発言した。

 

『えー、王太師ディアン・ケヒト殿・・・何か、待遇に不満をお持ちでしょうか?ファーミシルス殿を取られたとか・・・』

 

それでディアンは察した。自分の言い方が悪かったのだ。

 

『いえ、これは私の言葉足らずでした。実は、旅に出たいと思っているのです。二年以上は掛かるでしょう。そのお許しを頂きたいのです』

 

インドリトはホッと息をついて、玉座に座った。見捨てられたと思った自分が恥ずかしかった。師が自分を見捨てるはずがないではないか。シュタイフェが笑いながら手を叩く。

 

『なるほど!そういうことでしたか。まぁ王太師殿は、一説には「給金泥棒」と言われるほど仕事が無いので、別に構わないかもしれませんが・・・』

 

レイナが咳ばらいをする。謁見の間でなければ蹴り飛ばしている。インドリトは笑いを抑えながら、シュタイフェを嗜めた。

 

『我が師は、皆の知らぬところで私に多くの助言をくれている。師がいなければ、貨幣経済導入はおろか、このターペ=エトフ建国すら出来なかっただろう。「給金泥棒」などとんでもない。功に対して報いるところ過少と言えるほどだ』

 

『勿体ないお言葉です。しかし、国務大臣の意見も一理あります。私がいなくても、我が君は十分に国を動かせます。もはや、私の仕事は無いでしょう』

 

『私自身はそう思っていないが・・・だが解りました。そういうことであれば、旅に出ることを許可しましょう。ですが、どこに旅をされるのでしょう?二年以上とは、かなり遠方と思いますが?』

 

『・・・遥か東へ』

 

ディアンは顔を上げて、笑みを浮かべた・・・

 

 

 

 




第一章を読了いただき、ありがとうございました。
第二章は5月1日22時スタートです。


【次話予告】

ディアンは次の旅への準備を始めた。繁栄するターペ=エトフを離れ、ケレース地方からアヴァタール地方東方を進み、遥か東の地を目指す。必ず戻ることを約束する師に対し、国王インドリトは、ある使命を託した。

戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~
第二章「東方見聞録」 第二十六話「東へ」


・・・耳ある者よ、聴けよかし・・・「(うま)き国」ターペ=エトフの物語を・・・


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