戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第二十一話:操竜子爵の誕生

ターペ=エトフ建国時、国王インドリトは種族を問わず全国民から喝采を受け、国王に就任したと言われている。ドワーフ族の国王を龍人族や獣人族が受け入れるというのは、当時のディル=リフィーナでは考え難いことであった。インドリトがいかにして、彼らを納得させたのかについては、フレイシア湾近くの龍人族の村に、その一端が残されており、後世の歴史家のみならず、政治家たちにとっても、貴重な資料となっている。

 

理想国家ターペ=エトフの形成が段階的であったことは、研究から明らかになっている。インドリトの父、エギールが中心となり、産業振興と流通網の確立、商人招聘による他国との貿易拡大などが図られる一方、部族ごとの信仰、文化を保護するために西ケレース地方の全部族に共通する決まり事として「憲法」を制定し、各部族長による普及が図られている。部族長会議を通じて、相互理解の促進が進み、同時に各部族長に西ケレース地方全土の利益を考える「公益」の概念が浸透した。

 

また、西ケレース地方には人間族が少なく、ドワーフ族や獣人族などの亜人族が多かったことも、ターペ=エトフ建国の要因とも言われている。一概に決めつけることは出来ないものの、ラウルバーシュ大陸の歴史を見ると、戦争勃発の要因は「人間族の自己利益追求(Egoism)」にある場合が多く、亜人族たちが自ら率先して剣を握ったという事例は数えるほどしかない。後にレスぺレント地方から亡命をしてくる「悪魔族」たちも、この地に既に住み、ターペ=エトフの軍事を見ていた飛天魔族の支配を受け入れ、自分勝手な行動を取る者はいなかった。悪魔族は良くも悪くも「強者の論理」によって動くため、自分より圧倒的に強い存在に対しては、無条件で支配を受け入れる。この「強者の論理」が、ターペ=エトフでは良い方向に回転したと考えられている。

 

国王インドリトが「ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)」と呼ばれたのは、黒雷竜に乗り西ケレース地方中を周っていた姿が、ドワーフ族の神話を彷彿とさせたため、というのが通説である。いつから竜に乗るようになったかについては明らかではないが、竜族が支配を受け入れるという例は、ラウルバーシュ大陸の中でも数えるほどしかなく、ましてドワーフ族が竜を操ったという例は、インドリトを除いて皆無である。ドワーフ族はあくまでも「鍛冶の延長としての戦闘技術」を持っているに過ぎず、そのことからも、竜を従え魔神と戦う武力を持っていたインドリトは「隔絶した存在」と言えるのである。

 

インドリトの死後、魔神ハイシェラがターペ=エトフを支配した。だが間もなく、ハイシェラ追討の為にマーズテリア神殿がこの地に攻め寄せ、魔神ハイシェラはケレース地方より撤退するのである。

 

第一次ハイシェラ戦争時(ターペ=エトフ歴二百五十年頃)に誕生し、その後マーズテリア神殿の新しい聖女となった「ルナ=クリア」は、魔神ハイシェラの留守を狙い、ターペ=エトフの首都プレメルに侵攻する。ルナ=クリアは特に「プレメルの大図書館」「魔導技術研究所」を保護するように厳命していたが、マーズテリア神兵が攻め寄せた時点で、図書館の蔵書や魔導技術、膨大な財宝など、ターペ=エトフが三百年近くにわたって蓄積した財産は、その全てが消え失せていたと言われている。このため、後世の歴史家たちはターペ=エトフについて様々な仮説を打ち立て、「ターペ=エトフ学」という独自の科目を構える歴史家まで存在するのである。

 

マーズテリア神殿は、ターペ=エトフ滅亡後の重要人物について、行方を追跡している。特に魔神ハイシェラを三度にわたって退けた「ターペ=エトフの黒き魔神」については、その力の危険性から徹底した追跡調査が行われた。南方へ逃げたという噂話は得られたが、アヴァタール地方からニース地方を領する大国「エディカーヌ帝国」が非協力的であるため、それ以上の調査は進んでいない。ターペ=エトフ滅亡時の重要人物で、その後の行方が明かなのは、メンフィル帝国大将軍「ファーミシルス」のみである。だがファーミシルスは、国王リウイに対してですら、ターペ=エトフについての一切を語っておらず、財宝の行方についても、黒き魔神の行方についても、沈黙を守り続けている。

 

 

 

 

 

インドリトが木刀を振り、木の幹を打つ。木刀が弾き返される。肩で息をし、再び気を練る。心気を統一し、木刀を振る。

 

レスぺレント地方から戻ってきたインドリトは、建国の意志を父エギールに伝えた。エギールは目を細めて頷くと、インドリトを部族代表会議に出席させ、ドワーフ族の次期部族長として、各部族の長に紹介をした。この三ヶ月間は、各部族に挨拶回りをする一方で、師から教えられた「竜殺しの剛剣」の修行を続けている。

 

『ダメだ、また力任せになっているぞ。竜殺しの剛剣は、闘気の練りが全てだ。木刀の先まで、自分の闘気が伝わっていると感じるんだ。大切なことは想像力だ。木刀に闘気が伝わっている、木刀が剣となっていると限りなく現実的に想像するのだ』

 

ディアンが腕を組んで、修行の様子を見ている。インドリトは呼吸を整え、心気を研ぎ澄ました。目を閉じ、想像を巡らせる。自分の闘気が木刀を伝い、薄く纏っていると想像する。木刀が木刀ではなくなる。闘気を纏い、研ぎ澄まされた剣へと変わっていく・・・

 

『フッ!』

 

力を入れず、一振りをする。すると幹が両断された。腕ほどもある幹を木刀で切り落としたのである。ディアンが手を叩いた。

 

『その感触を忘れるな。完全に自分のものにするまで、木刀で修行を続けるのだ。闘気を操れるようになれば、お前の剣は今の何倍も鋭くなる』

 

インドリトが深く息を吐いた。今の感触を忘れないため、再び木刀を構えた。師弟の修行は夜半まで続いた。

 

 

 

 

 

『インドリト殿、あなたを疑うわけでは無いが、本当に我々の信仰や文化が守られるのでしょうか?』

 

獣人族の集落で、族長以下の主だった者たちが集まっている。西ケレース地方に統一国家を建国することは、部族長会議の中で合意がされている。だが共通の決まりとして「憲法」までは合意されたものの、実際の統治機構については様々な意見が分かれており、誰が国王になるのかなどは決まっていない。インドリトは部族代表会議の現状や国家となることの利点などを解り易く説明していった。

 

『大切なことは、お互いの信仰を認め合うことです。獣人族の皆さんは「紅き月神ベルーラ」を信仰されていますね。ベルーラは中立の現神です。一方で、ここから西に住むヴァリ=エルフ族は「闇の神ヴァスタール」を信仰しています。北東の龍人族は「古神の眷属」であり、「闇の月神アルタヌー」や「大地の神タルタロス」などを信仰しています。それぞれに信仰している神が異なり、文化も異なります。ですが、共通していることもあります』

 

『それは、何でしょうか?』

 

『生きている、ということです。生きている以上、食べる、寝る、働く、学ぶ・・・などをします。そして日々の中で喜怒哀楽があり、生きていることを実感しながら、幸福に生涯を終えたいと願っています。違いますか?』

 

『確かに、生きてはいるし、皆で楽しく暮らしたいという思いは、共通しているのかな・・・』

 

『幸福を求めているという点では変わりません。私はこう思うのです。信仰とは、幸福を追求するためにあるべきだと・・・不幸になりたくて神を信じる者はいないと思います。神を信じることで、日々の心の安らぎを得て、安定して幸福に生き続ける・・・皆さんはベルーラ神を信じて安らぎを得ていますね。ヴァリ=エルフ族はヴァスタールを、龍人族はアルタヌーを、ドワーフ族はガーベルを信じて安らぎを得ているのです。良し悪しの問題ではなく、安らぎの得かたが違うというだけなのです』

 

『なるほど、確かに、ヴァリ=エルフ族がベルーラを信じても、安らぎは得られそうにないわな』

 

『お互いに尊重をしあうとは、お互いに幸福追求を認め合い、協力し合うということです。何が幸福なのかはそれぞれに違うのですから、幸福を押し付けることは出来ません。相手の幸福を聞き、自分の幸福を語り、互いに協力をしあって、皆で幸福になる・・・そのための仕組みが「国」なのです』

 

インドリトは出来るだけ解り易く、言葉を尽くして個々人の疑問を解消していった。集落に一月近く滞在し、全ての民と言葉を交わす。誠実さと慈愛を持つインドリトは、いつしかインドリトは西ケレース地方の名士としてインドリトを国王に、という声が高まっていた。だがディアンは、それだけでは足りないと感じていた。国王となるには「厳しさ」も必要だからである。

 

 

 

 

 

インドリトが十六歳となり、半年が経過したころであった。プレメルにヴァリ=エルフ族の戦士が駆け込んできた。プレメルの北西部にあるヴァリ=エルフ族の集落が、竜に襲われているというのである。部族長会議はすぐに二百名の討伐兵を招集し、竜退治へと向かった。だが竜は雷の息を吐き、落雷を操った。幸いなことに死者は出なかったが、怪我人が続出したため、討伐兵は退却をせざるを得なかった。

 

『信じられん・・・あれは黒雷竜だ。とうに姿を消した幻の飛竜だ・・・』

 

『竜であれば、言葉を交わすことも出来るのではないか?』

 

『だが、誰が言葉を交わすのだ。近づいただけで雷に撃たれてしまう』

 

会議は沈黙に包まれた。ラウルバーシュ大陸には竜族の住処が点在しているが、黒雷竜は白炎竜と並び、竜族の中でも最上種の存在である。亜人族の中には「神」として崇める者までいるほどだ。沈黙を破ったのはエギールであった。

 

『あの竜と戦えるのは、魔神だけだ。心当たりがある』

 

 

 

 

 

『黒雷竜ですか・・・』

 

エギールの依頼に、ディアンは腕を組んだ。黒雷竜については、ディアンも知っていた。ディジェネール地方の龍人族族長から「南方に、黒雷竜の聖地がある」と聞いたことがあるからだ。黒雷竜は、悠久の時を生きる竜族の中でも、最も強く、最も思慮深く、最も知識を持つ存在と言われている。だが個体数が少なく、アヴァタール地方から西方にかけては、遥か昔に姿を消したと考えられていた。ディアンは疑問を感じていた。竜族は「叡智の種族」である。それが亜人族を一方的に襲ってくるなど、考えられないことである。

 

『この地から去ってくれるのであれば、それに越したことは無い。だがどうやら、ルプートア山脈を気に入ってしまったようでな。このままいけば、ヴァリ=エルフ族たちは集落を追い出されてしまう。「皆族は一部族のために・・・」これを実践するためにも、協力をして欲しい』

 

ディアンが承諾の返事をしようとする前に、インドリトが声を上げた。

 

『私が行きます。私に竜退治を任せて下さい!』

 

ディアンは黙っていたが、エギールが嗜めた。

 

『インドリト、二百名の討伐隊が追い返されたのだぞ?お前ひとりで、退治できるわけが無かろう。ディアン殿に任せるのだ』

 

『これは、西ケレース地方全体の問題です!仮に、先生の力を借りて今回の危機を乗り越えられたとして、また別の竜が来たらどうするのですか?その時、先生が不在だったらどうするのです?』

 

『しかし・・・』

 

『それに、竜が集落を襲ったというのも気になります。私の知る限り、竜は縄張りを尊重します。それが自ら攻撃を仕掛けてくるなど、余程の何かがあるとしか思えません。人を超える知恵を持つ竜であれば、語り合うことで解決が出来るはずです。竜討伐ではなく、竜との対話を私に命じて下さい!』

 

『自信はあるのか?インドリト』

 

『ありません。ですが、越えなければならない試練だと感じています』

 

「自信がある」と応えていたら、ディアンはインドリトを行かせないつもりであった。だがインドリトは何かを感じているようだ。死ぬ可能性が高くても「行かなくてはならない」と思っている。そうした直感は無視できない。ディアンは決断した。

 

『わかった。お前に任せよう。万一の時は、あとは私に任せなさい』

 

『ディアン殿!』

 

『インドリトは王になります。ですが、国を纏め上げるには、もう一段が必要です。「王の証明」です。これは賭けです。インドリトの運を信じましょう』

 

 

 

 

 

翌日、インドリトが出発をするに当たって、父エギールが見送りに来た。一振りの剣を持っている。

 

『これは、お前の為に鍛った剣だ。持っていきなさい』

 

インドリトの背に合わせて鍛たれたようで、中型剣より少し短い。だが相当な鍛え方をされたのだろう。美しさと逞しさを備えた剣であった。インドリトは父に謝して、背に背負った。

 

『先生、では行ってきます』

 

姉三人は心配そうな表情をしているが、ディアンは黙って頷いた。朝焼けの中、インドリトはルプートア山脈西方を目指して出発した。インドリトの姿が消えたあと、レイナがディアンに囁いた。

 

『本当に、独りで行かせていいの?』

 

『・・・弟子を死なせるわけにはいかないな』

 

その言葉で、レイナは察した。急いで家に入った。

 

 

 

 

 

『インドリト殿、あなた御一人なのですか?他の兵たちは?』

 

ヴァリ=エルフ族の男が驚いて問いかけてきた。インドリトは頷き、事情を説明した。

 

『私が志願したのです。竜族は縄張りを重んじるはずです。それが襲ってくるとは、余程の事情があるに違いありません。私に任せて下さい。竜を説得して見せます』

 

『しかし、こちらの問いかけには一切応えず、近寄る者には雷を吐くのです。あなたも・・・』

 

『万一の時は、私の師が解決してくれます。大丈夫です。どうか私を信じて下さい』

 

半信半疑ながらも、インドリトに竜がいる場所を教えた。一晩、集落で過ごし、日出と共に出発する。山道を歩いて四刻が過ぎた頃、竜の気配が漂い始めた。当然、あちら側もインドリトの気配を察しているはずである。更に歩みを進めると、中腹の平らな場所に、飛竜が鎮座していた。思ったほどには大きくない。まだ若い竜であった。姿が見えた瞬間、いきなり落雷に襲われる。

 

『クッ!!』

 

インドリトは魔術障壁結界を張り、落雷を受け流す。次に雷息が吹き付けられる。今度は物理障壁結界だ。上級竜族を相手にする場合は、物理障壁と魔術障壁を使い分けなければならない。同じ雷系の攻撃でも、読み間違えれば直撃を受けてしまう。インドリトは少しずつ進んだ。竜は攻撃を止めると、いきなり飛び上がり、尾を使った攻撃を仕掛けてきた。剣で受け止めるが、あまりの力に体ごと吹き飛ばされる。岩に叩きつけられ、一瞬、息が止まった。だが倒れることは無い。再び竜に近づく。すると竜が語りかけてきた。

 

『寄るな、これ以上近寄れば、命は無いぞ』

 

インドリトは立ち止まると、剣を納めた。両手を開き、竜の言葉に応じる。

 

『私の名はインドリト、西ケレース地方に住むドワーフ族の次期族長です。竜殿にお聞きしたい。あなたは何故、それほどに猛っておられるのですか?竜族は縄張りを重んじ、思慮深く、全ての部族からの敬意を受ける存在のはずです』

 

すると竜は、鼻から息を噴いた。

 

『敬意を受ける存在・・・確かに昔はそうであったろう。だが今は違う。竜族の縄張りは徐々に侵されている。そればかりか、牙や鱗を求め、我らを殺戮する輩までいる。我が暮らしていた東域では、人間族たちによって竜狩りが行われ、多くの同胞が失われた。もはやこの世界に、竜を重んじる者などおらぬ!』

 

『そうでしたか、そんなことが・・・ですが、この地では違います。この地は「全ての種族の繁栄」を願っています。貴方が希望されるのであれば、この地に土地を用意しましょう。どの種族も縄張りとしていない土地がまだあります。そちらに移り住んで頂くことは出来ませんか』

 

『信用できぬな。これまで「種族を超えた繁栄」など実現した土地は無い。口ではそう言いながらも、結局は自らのことだけを考える。人間族も、亜人族も、闇夜の眷属も同じだ!』

 

『あなたがた竜族は、どの種族にも味方せず、孤高を保たれる存在です。そのため「全ての種族が敵」と見えてしまうのではありませんか?この地では違います。この地では、「全ての種族は味方」なのです。互いを認め合い、共に繁栄を目指すために纏まろうとしています。あなたも、私たちと共に生きませんか?』

 

『・・・もうよい。ドワーフ如きが竜族に説教など、身の程を知るが良い。これ以上は語る意味はあるまい。退かなければ、お主を殺す!』

 

『語り合うことは最も尊いことです。叡智の種族「竜族」であれば、言葉によって解決を図るべきではありませんか?』

 

『黙れっ!』

 

雷息が至近距離から浴びせられる。インドリトの張った結界でも完全には防ぎきれない。身体中に雷の衝撃が走る。だが、インドリトは言葉を止めなかった。

 

『黙りません!共に生きる道が必ずありますっ!』

 

『小僧が・・・我が拒否すると言っておろうがっ!』

 

尾が振られる。インドリトは辛うじて躱した。鱗によって顔の皮が裂け、血が噴き出す。

 

『どうしても、共に生きられないのですか?私たちは解り合えないのでしょうか?』

 

『小賢しいぞ!』

 

竜の咢がインドリトに噛みつこうとする。インドリトは剣を抜いた。

 

『竜殺しの剛剣!』

 

肩から腹部に掛けて、竜の牙がめり込む。だがインドリトの放った剣が、竜の頸を切り裂いた。血を噴出させながら、竜が倒れた。インドリトも重傷である。腹部に突き刺さった牙は、内臓まで達していた。だがインドリトは這いながらも竜に近づき、傷口を押さえた。竜が語り始めた。

 

『我を心配するか・・・お主も、その傷では長くは無いぞ』

 

『何故です。何故、そこまで他種族を敵視するのですか・・・』

 

咳こみながら、インドリトは尋ねた。竜が瞑目して語り始めた。

 

『東域にあった竜族の聖域・・・その地に人間族が踏み入り始めた。我らは警告したが無視された。止むなく戦ったが、人間族たちの力は大きかった。我らは徐々に圧され、やがては駆逐され始めた。他の種族たちは、ただ我らが滅びるのを見ているだけであった。我ら自身が、彼らとの付き合いを拒絶していたこともあるが、次は自分たちという恐怖もあったのだろう。我は親兄弟を失い、独り逃げざるを得なかった・・・』

 

『ですが、この地では・・・』

 

『解っている。街を見て驚いた。ドワーフ、獣人、龍人、さらには悪魔族までが共に働き、笑い合っている・・・我には理解できなかった。この地なら、我も生きられるのではないか・・・そう思った。だが、我の中に拭い難い怒りがあった。そう、我は自らの責で呪いに掛かっていたのだ。全ての種族を不審に思った我は、遠からず破壊と殺戮に狂奔する邪竜となる。ならばせめて、この地を見ながら死にたいと思った』

 

『どうして・・・どうして言って頂けなかったのですか!そうすれば・・・』

 

低い声で竜が嗤った。

 

『邪竜になるなど、言えるわけが無かろう。竜族にも矜持がある。もう喋るな。我は死しても構わぬが、お主は生きねばならぬ』

 

インドリトは血を吐きながらも傷口を抑え続けた。回復魔法の使い方を自分は知らない。学んでおけば良かったと、後悔する。腹部から血が噴き出し、意識が遠くなる。

 

『誰か・・・』

 

身体から力が抜けていく。死が近いことを感じた。竜の声が聞こえるが、何と言っているか解らない。意識が途切れようとしたとき、身体から光が沸きだした。

 

『大いなる癒しの風ッ!』

 

インドリトの傷口が塞がっていく。ディアンとレイナであった。ディアンがインドリトを抱え上げる。

 

『せ、先生・・・』

 

『スマン、遅くなった・・・もう大丈夫だぞ』

 

意識を取り戻したインドリトは、思い出したように竜の傷口を抑えようとした。出血が激しい。インドリトはディアンに頼んだ。

 

『・・・解った。お前の判断を信じよう』

 

ディアンは竜の傷口を回復させた。出血により意識を失っていた竜が気づく。ディアンは警戒したが、竜は黙ってインドリトを見下ろしていた。インドリトは進み出た。

 

『あなたは自分で自分に呪いを掛けたと言われました。ならば、自分で解くことも出来るのではありませんか?私たちと共に、この地で生きて下さい。全ての種族が、あなたを歓迎します』

 

『だが我は、ヴァリ=エルフや他種族を傷つけている。その責は取らねばなるまい』

 

『・・・ならば、こうしてはどうでしょう?この地には間もなく、国が出来ます。そして私は、王になります。私が生きている間、王国の為に働いて頂きたいのです。あなたの力を貸して下さい』

 

『・・・我を家臣にしようというのか?』

 

『いえ、友として共に生きて頂きたいのです』

 

竜はしばし瞑目し、頷いた。

 

『・・・我が名は黒き雷竜「ダカーハ」、インドリト王の友として生きよう』

 

ダカーハは身を低くした。乗れということである。ディアンがインドリトを促した。インドリトは笑顔になり、ダカーハの背に乗った。翼が羽ばたき、竜が天に昇る。凄まじい速度で、プレメルへと向かった。ディアンは目を細めて、その姿を見送った。

 

『・・・まさか、竜を説得してしまうとはな。インドリトは、オレの想像を超える王になるかも知れん』

 

レイナは嬉しそうに、ディアンの手を握った。

 

 

 

 

プレメルの街は大混乱になっていた。大広場に突如、竜が舞い降りたからである。だが背からインドリトが飛び降りると、混乱も収束に向かった。

 

『部族長の皆さんを呼んで頂けませんか?私から事情を説明します』

 

飛び出してきた各種族代表に、インドリトが説明をした。雷竜ダカーハがこの地に住むことを望んでいること、これまでの責を取り、西ケレース地方の為に力を発揮すること、などを説明する。インドリトがこの場で了承の決議を促した。族長たちは顔を見合わせた。いきなり「竜が住む」と言われて、ハイそうですか、とはいかないからだ。すると、広場の一角から声が挙がった。

 

『・・・エトフじゃっ!』

 

ドワーフ族の老婆が跪き、手を合わせている。

 

『神竜を操り、ドワーフ族を繁栄に導いた伝説の王、エトフ王の再来じゃっ!』

 

ネイ=ステリナから伝わる神話のドワーフである。お伽噺になっているため、エトフの名を知らないドワーフはいない。一角からエトフ、エトフと声が拡がっていく。ドワーフたちが次々と跪いていく。エギールが決議を取った。

 

『ダカーハ殿の移住、私は賛成する。この地は、全ての種族の楽園、竜族であろうと例外は無いっ!』

 

他の族長たちも賛成の声を上げた。全会一致で、ダカーハの移住が認められた。インドリトは嬉しそうに、ダカーハの頸を撫でた。決議が終わった後、エギールが膝をついた。インドリトは慌てた。

 

『ち、父上?』

 

『いま、部族長会議では国造りを話し合っています。ドワーフ族は、あなた様を「王」として推薦します。他の族長たちも賛同するでしょう。国王就任の準備を進めて下さい』

 

そして、エギールは笑顔になって小さく言った。

 

『父は誇りに思うぞ、インドリト』

 

インドリトは涙を堪えるのに苦労した。

 

 

 

 

 

部族長会議は、その日のうちに雷竜ダカーハの移住を正式に認め、プレメルの街から南方、ルプートア山脈の一部を竜族の住処として決定した。またエギールが、国王としてインドリトを推薦すると、これも全会一致で認められた。インドリトの人格は多くの種族で認められていた。さらに今回で、その力を示すことになり、獣人族やヴァリ=エルフ族も納得したからである。だが若すぎることが問題であった。それにすぐに王にすることも出来ない。手続きが必要なのだ。インドリトが成人になるのを待って、国王として迎えること、そのための王宮を建造することが決定された。

 

『成人、あと三年と少しか・・・』

 

ディアンの家に遣いが来て、インドリトに決議内容を伝えた。傷が完全に癒えたインドリトは、ダカーハと共に各集落を周りながら、ディアンから直々に修行を受け続けている。剣術や魔術は既にディアンの下を離れて、自分一人でも修行が出来る程になっていた。いずれはレイナたちに伍する腕に達するだろう。

 

『王宮の建築に当たって、インドリト殿の意見を聴きたいというのですが・・・』

 

『設計者は誰なのです?』

 

『一応、ドワーフ族の中から選ぶようです』

 

『先生・・・』

 

『私も同じことを考えていた。ピッタリの人物がいる。明日にでも説得に行こう』

 

ディアンとインドリトは互いに頷き合った。「王宮を建てたい」と言えば、嬉々として協力するであろう「芸術バカ」を思い出したのであった・・・

 

 

 

 




【次話予告】

部族長会議において、インドリトの成人を待って「王」とし、西ケレース地方に国家を打ち立てることが決められた。「美を愛する魔神」の協力を得て、ルプートア山脈への王宮建造が始まった。しかしその工事中、山中に未知の洞窟への入り口が発見される。ディアンは調査のために、洞窟へと向かう。

戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第ニ十ニ話「プレメルの界炉」

・・・耳ある者よ、聴けよかし・・・「(うま)き国」ターペ=エトフの物語を・・・

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