戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~ 作:Hermes_0724
光側の現神マーズテリアは、もともとは現神等級を持たない「土着神」であった。旧世界ネイ=ステリナの一地方において、狩人たちに信仰されていた無名の神だったのである。その神が、第一級現神として神々の中心に座る契機となったのが「三神戦争」である。三神戦争は、旧世界イアス=ステリナとネイ=ステリナが併合し、ディル=リフィーナが形成された段階で発生した、神々の戦いであるが、人間族の信仰心を失っていたイアス=ステリナの神々(古神)は劣勢に立たされていた。その劣勢を挽回するために、古神は拠点「ヴィーンゴールヴ宮殿」において、「不死の力をもたらす林檎」を準備した。
「ヴィーンゴールヴ宮殿」は、
このように、マーズテリアは現神の中でも最強の力を持っているが、元々は地方神であったため、第一級現神として神々の中心に座っても、古神を妻に娶るなど、古神や魔族に対して寛容な神として知られている。「ヴィーンゴールヴ宮殿」を破壊ではなく「封印」したのも、命懸けで守ろうとする天使族たちの「健気さ」に情けを掛けた、とも言われており「強く、情け深い神」として各国の騎士団や兵士たちから信仰されている。
マーズテリア信仰の中心地は、大陸西方にある神殿領ベテルーラを総本山とする「マーズテリア神殿」で、大国をも上回る巨大な軍事力を有している。ラウルバーシュ大陸各地に「神殿領」を持ち、未開の土地に神官騎士を派遣することで、開拓を進めている。また種族間を超えた紛争において、調停役を務めるなど、中原諸国においても大きな影響力を持っている。しかしながら、中央集権的な機構であるため、意志決定は全て総本山ベテルーラで行われており、即時対応が出来ないなど組織的な硬直が問題視されることもある。
マーズテリア神殿は、精神的指導者である「教皇」を頂点とし、各神殿領を管轄する大神官、神官騎士などによって四角錐状の組織を形成している。また教皇と同格という立場で、各地への視察に赴く「聖女」が存在する。聖女は神格者であり、教皇によって任命される。聖女は、総本山から動くことの出来ない教皇の代理人として、各国との交渉や神殿領の兵たちへの激励などを行う。そのため、マーズテリア神殿において聖女の影響力は大きく、その支持は教皇をも上回ると言われている。
中央集権型組織体の欠点として、マーズテリア神殿は「教皇の考え方」によって、その性格が大きく変化することが挙げられる。武力を控え、寛容さによって「調伏」することを是とする場合もあれば、力による解決を是とする場合もある。古神、闇神殿への姿勢などは教皇によって一変するため、光神殿の中でも「動きが読み難い神殿」である。
『・・・自分の意志ですよ』
マーズテリア神官戦士ミライアはそう言うと、平然とディアンの前に姿を現した。剣を抜こうとするグラティナを止め、ディアンは立ち上がった。
『マーズテリアの神官が「盗み聞き」ですか?』
『御免なさい。あなた達のことが気になって、後を追ったのです。面白いお話でしたので、つい聞き入ってしまいました』
ディアンは着座を勧めた。向き合う形で座る。レイナとグラティナが周囲の気配を探る。どうやらミライア独りのようだ。インドリトは少し離れたところに座り、師と神官の様子を見守った。ディアンは葡萄酒を杯に注ぎ、ミライアに差し出す。
『それで、我々が気になったというのは、具体的にはどの点が気になったのでしょう?』
『あなたは言われました。「このケレース地方で人間族だけという街は通用しない」と・・・その話が気になったのです』
葡萄酒を飲みながら、ディアンが頷いた。ミライアが言葉を続けた。
『実は、マーズテリア神殿はこの地よりも西側にある、西ケレース地方に街を作ろうと考えていました。あそこには良港となる湾もありますし。ですが、龍人族の村が近くにあり、我々の進出を強硬に拒んだのです。我々は、龍人族たちとの争いを避け、不便ではありますが、東側の地に街を作ったのです』
『確か、現教皇はキネリウス一世でしたね。対立よりも対話を望む教皇と聞いています』
『私たちは、確かに人間族の街を作りました。ですが決して他種族と争うつもりは無いのです。ケレース地方は豊かな資源がありながら、様々な種族が跋扈し、人間族を阻む混沌とした地です。この地に人間族の街を作ることで、混沌とした地に秩序をもたらしたいと考えています』
『他種族と争うつもりは無い・・・ですか』
ディアンは低く笑った。ミライアは首を傾げた。ディアンは感情を抑え、理知的に話をするよう自らに言い聞かせた。ここでミライアと争っても、意味が無いからである。出来るだけ平易の言葉でミライアの疑問に応える。
『あなた方がやろうとしていることは、他種族に対する宣戦布告そのものですよ。混沌とした地に秩序をもたらす・・・ 誰にとって「混沌とした地」なんでしょう?その秩序とは、誰のための秩序なのでしょう?この地は、混沌などしていません。それぞれの種族が互いの領分を守り、互いに尊重し合って生きています。マーズテリア神殿は、人間族が生き易くするために、他種族を追い遣って、勝手にこの地に移り住もうとしているのです。少なくとも、龍人族や他の種族たちはそう見るでしょうね』
『私たちがこの地に住むこと自体が、いけないことだと仰りたいのですか?』
『そうではありません。実際、オレだってドワーフ族の集落に住んでいます。ですがあなた方には「住まわせてもらう」という感謝が欠けています。亜人族たちを「未開の土地に住む原住民」と思っているのではありませんか?彼らはこの地に先に住み着き、独自の文化と生活を形成している先住民です。後から来たあなた方がこの地に住むのであれば、まずは先住民に「許可」を得て、先住民を「尊重」しなければなりません。先住民が嫌がるのなら、移住してはいけないのです。それは開拓でも移住でもありません。ただの「侵略」です』
『私があなた方に興味を持ったのが、あなた方がこの地の縮図の様だったからです。人間族、ドワーフ族、ヴァリ=エルフ族、飛天魔族、そして魔獣・・・バラバラの種族が一緒になって旅をし、お互いを支え合っているように見えました。どうしたら、異なる種族同士が打ち解け合い、支え合えるようになるのでしょう?』
『・・・その質問の答えは、少し言葉を選ぶ必要がありますね。下手をしたら、あなたを憤激させるかもしれません』
『構いません。率直に仰って下さい』
『相手を「尊重」することです。尊重とはつまり、「自分で自分を正しい」と思うことと同様に、「相手も正しい」と思うことです。解り易く言えば、あなたがマーズテリア神を正しいと信仰するのと同様に、他者がヴァスタール神を信仰するのも正しいと、肚の底から認めることです。この世は、立場によって善悪は変わるのです。「全てが正しく、全てが間違い」なんですよ。白と黒で分けられるのではなく、灰色の濃淡なんです』
『それは、自分の信仰を否定しろ、ということでしょうか?』
『ほら、そういうふうに考えること自体が、白黒で考えている証拠です。いいですか、あなたがマーズテリア神を信仰するのは、あなたの自由です。ですが、他者がヴァスタール神や古神や魔神を信仰するのを否定する権利は、あなたにはありません。現神たちにもありません。それぞれが、それぞれに「自分が正しい」と思っているのです。「自分が正しい」と思うのは自由ですが、「相手が間違っている」と否定する権利は、誰にも無いんですよ』
『ですが、それはあなたの考え方ですね?そうでは無い考え方もあるのではありませんか?』
ディアンは肩を竦めた。その通りだからだ。
『そうですね。信仰とはどこまでも「個人の心の問題」です。「俺が正しい、俺が正義だ」と信じ込み、自分の正義を他者に押し付ける生き方もあるでしょう。ですが、その生き方ではこのケレース地方では生きられません。異なる種族同士が打ち解け合うためには、互いを正しいと認め合うことだと、オレは思っています』
ミライアは黙って考え込んだ。その様子を見ながら、ディアンは思った。
(将来、マーズテリア神殿が西ケレースに進出してくる可能性がある。その時は・・・)
マーズテリア神殿が「開拓という名の侵略」を続けるのであれば、戦わなければならないだろう。古神の肩を持つつもりは無いが、現神の在り様には疑問を持たざるを得ない。そう思っていると、インドリトが近づいてきた。
『先生、私もミライア殿と話をしたいのですが、宜しいでしょうか』
『「語り合うこと」は最も尊いことだ。遠慮をしてはいけないよ』
『有難うございます。ミライア殿、宜しいでしょうか』
『どうぞ、私もドワーフ族と語り合うのは初めてです。ぜひお話をさせて下さい』
『私は、西ケレース地方のドワーフ族、インドリトです。師の元でマーズテリア神の教えを読んだことがあります。ガーベル神とはまた違う魅力を持つ神だと思いました。その教えの中に、こうありました。「力ある者には、相応の責任がある。強きは弱きを援けねばならない・・・」ここで言う「援ける」とは、具体的にはどのような行為を指すのでしょうか?』
『様々にありますね。魔獣に襲われている者を助けることもあれば、病に苦しむ者を援けることもあります。大切なことは、他者を思い遣る心を持つこと、私たちはその心を「慈悲」と呼んでいます』
『それでは、逆に人間族に苦しめられている魔獣や亜人がいたら、マーズテリア神は援けてくれるのでしょうか?』
『もちろんです。マーズテリア神は元々は狩人の神です。たとえ魔獣や亜人族でも、不当に苦しめられている者は援けます』
『・・・私は、イソラの街で兵士からこう言われました。「黙れ亜人が」と・・・私は、少ない回数ですが、先生以外の人間族と話をしたことがあります。皆、私がドワーフ族であることなど、何も気にされていませんでした。ごく普通に会話をしてくれました。ですがもし人間族の心の中に、ドワーフ族に対して負の気持ちがあるのであれば、共に歩むためにどうしたら良いか、考えなければならないと思ったのです』
『ディアン殿、彼は・・・』
『インドリトは、族長の一人息子です。長より頼まれ、私が面倒を見ています。いずれ、西ケレース地方のドワーフ族を束ねる立場に立ちます』
『そうでしたか・・・インドリト殿、あなたを不愉快にさせたのなら、謝罪を致します。マーズテリア神は、全ての種族は平等と考えています。亜人族であれ魔族であれ、苦しむ者を見捨てはしません』
『そうでしょうか。では仮に、マーズテリア神の信仰が篤いドワーフがいたとして、その者が神官として、総本山に入ることなど出来るのでしょうか?』
『・・・・・・』
ミライアは応えに窮した。建前としては、マーズテリア神殿は種族平等を謳っている。だが現実には、人間以外の者が神官となり、総本山に入ることなどまず無い。せいぜいが地方神殿の神官や魔神を封印した各地結界の見張り役程度である。実際、代々の教皇や聖女も、全て人間族出身であった。困っているミライアにディアンが助け舟を出した。
『インドリト、「マーズテリア神」と「マーズテリア神殿」は違う。マーズテリア神自身は、種族平等を思想として行動をするのだろう。だが神殿という形は、複数の人間が絡んでくる。単身で意思決定が出来なくなる。マーズテリア神の教えを完全に体現するのは、難しいのだ。神ではなく人間なのだからな。お前はたった一人の人間の言葉に惑わされ、人間族全体がそうだと考えようとしている。何の為に、私がお前を多くの種族たちと引き合わせたのかを思い至りなさい』
『・・・申し訳ありません。心が乱れていました。「中にはそのような者もいる」、そう受け止めようと思います』
『あまり深刻に考えるな。お前は聡いが、考えても詮無いことを考え続けることがある。一晩寝て、忘れなさい』
インドリトは立ち上がり、一礼をして自分の天幕に戻った。その後ろ姿を、ミライアは複雑な気持ちで見送った。
『・・・無意識のうちに出た何気ない一言が、あの少年を悩ませ、人間族全体への不信を持たせかけていたのですね。他種族に対する私たち自身の関わり方に、大きな間違いがあったのかもしれません』
『急には難しいかもしれませんが、その気づきがあれば、いずれはイソラの街もケレース地方に受け入れられるでしょう。機会があれば、西ケレース地方のドワーフ族の集落「プレメル」を訪ねて下さい。プレメルにはいま、多くの種族が集まっています。学ぶ部分もあると思いますよ』
ミライアは頷いて立ち上がった。夜が深まってきていたため、ディアンは一泊を勧めたが、ミライアは固辞した。レイナたちはとっくに天幕で寝ている。ディアンは焚火に木枝をくべ、考えた。
(バリハルトとマーズテリアは、似ているようで異なる。バリハルトは、一級神であることを鼻に掛けているところがある。「英雄面」をして、無意識で他者を見下しているところがあるのだ。マーズテリアは、地方神出身のためか、そうした一面は無い。闘いにおいては容赦はないのだろうが、バリハルトと比べると素直さが見える。バリハルト神殿は受け入れられないが、マーズテリア神殿であれば、教皇次第では共存が出来るのかもしれない・・・)
マーズテリアは、地方神という意味では「水の巫女」と同じである。いずれ建国されるであろう理想郷には、光と闇の神殿が並立する。マーズテリア神殿がプレメルに建てられたら、理想郷の象徴になるだろう。ディアンはそのように考えていた。だが、この将来像は叶わなかった。マーズテリア神殿の次期教皇が「対話より対決」に軸足を置いたためである。ミライアとの問答から十五年後のことであった・・・
【次話予告】
北ケレース地方に結界を張る「楔の塔」を迂回し、一行はレスペレント地方を目指す。だがその途中で、亜人族たちの襲撃を受ける。問答の末、ディアンは魔神の貌を出し、亜人族たちと戦う。そしてインドリトは、初めての「殺人」を犯すことになる。
戦女神×魔導巧殻 第二期 ~
少年は、そして「王」となる…