戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第十話:レスペレント地方へ

七魔神戦争によりブレニア内海が形成されるまで、ラウルバーシュ大陸内陸部では、オウスト内海沿岸部が発展していた。その理由は、オウスト内海が東西に長く伸びる内海であり、かつ塩湖であったことが挙げられる。そのためオウスト内海北部のレスペレント地方は、ディル=リフィーナ形成以降、西方の現神神殿からの援助などもあり、早くから都市群が発展をした。しかしそれが「国家」として形成されるには時間が必要であった。その理由はレスペレント地方の勢力図が、人間族や亜人族、闇夜の眷属などが入り乱れる「斑模様」であったこと、南西部に巨大な砂漠地帯「マータ砂漠」が広がっていたことなどが挙げられるが、最大の理由は「フェミリンス戦争」にある。

 

フェミリンス戦争は、姫神フェミリンスと魔神十柱を率いた大魔術師ブレアード・カッサレとが戦った、レスペレント地方全体を巻き込んだ大戦争である。姫神フェミリンスは、元々は女神の血を引く「神格者」であったと言われている。当時のレスペレント地方は、人間族よりも亜人族や魔族などが勢力を伸ばしていた。フェミリンスは、人間族が安心して暮らせる世界を祈り続け、やがて現神たちより「姫神」として迎え入れられた。神となったフェミリンスは、その寵愛を人間族に対してのみ振り分け、その結果、人間族は大いに勢力を伸ばしたのだが、やがて増長し、闇夜の眷属はおろかエルフ族やドワーフ族までも迫害するようになった。例えば、ブレジ山脈東側に広がっていたルーン=エルフ領「ミースメイル」は、人間族の手によって切り開かれ、その大きさは五分の一にまで狭められてしまった。姫神フェミリンスは、こうした人間族の増長を奨励はしなかったものの「見て見ぬ振り」をし続けていたのである。

 

この事態に立ち上がったのが、この地を訪れていた大魔術師「ブレアード・カッサレ」である。ブレアードは、第一次フェミリンス戦争において、獣人族やヴァリ=エルフ族を率いてフェミリンス神殿を襲撃した。だが姫神フェミリンスのもとに結集した人間族に、完膚なきまでに敗北をし、レスペレント地方から逃げざるを得なかったと言われている。レスペレント地方の東方、フォルマ地方近くまで逃走したブレアードは、その地に拠点を構えた。現神の力を知ったブレアードは、亜人族たちを結集しても勝てないと悟り、神の力の結集を図る。後に「深凌の楔魔(しんりょうのせつま)」と呼ばれる十柱の魔神を召喚し、これまでの研究成果を活かした「拠点構築」を行った。「ブレアード迷宮」と呼ばれる大迷宮は、レスペレント地方全域に及んでおり、その総距離は実にニ千里(八千km)におよぶ。後代にレスペレント地方を統一した「メンフィル帝国」でさえ、その全貌は把握していないと言われている。

 

第二次フェミリンス戦争は、ブレアード迷宮を伸長させ、本拠地「雷嵐の闇堂」からフェミリンス神殿地下まで地下通路を形成した。深凌の楔魔を率いたブレアードは必勝を期してフェミリンス神殿に攻め込んだが、魔神エヴリーヌの暴走により作戦は失敗し、魔神エヴリーヌ、ゼフィラ、ヨブフが封印される。ブレアードは再び、敗北をしたのである。

 

第三次フェミリンス戦争は、従来の作戦を見直し、ブレアード迷宮に姫神フェミリンスをおびき寄せ、迎撃するという方法をとった。これは魔神パイモンの進言によるものと言われている。パイモンはレスペレント地方中にブレアードが追い詰められているという噂を流した。無論、姫神フェミリンスはそのような噂を信じはしなかった。だが姫神の加護で増長していた人間族は、この機に一気に攻め込み、レスペレント地方から亜人族を追放しようと考えた。自分たちが戦ったわけでは無いにも関わらず、勝利を盲信した人間族は、こぞってブレアード迷宮に侵入した。その結果は無残という言葉ですら陳腐なほどに悲劇的なものであった。万を超える人間が迷宮に入り、誰一人として戻らなかったのである。姫神フェミリンスは、人間族救出を懇願され、罠と知りつつもブレアード迷宮に入らざるを得なかった。人間族の増長は、現神すらも止められない程になっていたのである。

 

姫神フェミリンスと神兵たちは、迷宮内に仕掛けられた罠と相次ぐ襲撃に疲弊をしながらも、序列第二位のカフラマリアを「霞の祠」に、序列第七位のカファルーを「楔の塔」に封印し、本拠地「雷嵐の闇堂」に到達する。だが既に、姫神フェミリンスには魔神たちと戦うほどの力は残されていなかった。魔神ザハーニウ、ラーシェナ、パイモンにより姫神フェミリンスは捉えられ、ブレアード・カッサレによって三柱の魔神ごと封印されるのである。フェミリンス戦争後に残った魔神は「グラザ」「ディアーネ」の二柱のみとなった。その後、ブレアード・カッサレは魔神との契約を解除し、忽然と姿を消したのである・・・

 

 

 

 

«これが、我の知る「フェミリンス戦争」の全てだ。深凌の楔魔の一柱「パイモン」は、ソロモンの魔神でもある。行方が気になって、我なりに調べてみたのだ»

 

ソロモン七十二柱の一柱、一角公アムドシアスは、茶を飲みながらディアンに語った。一般的に知られている伝承は、表面的なものしかない。アムドシアスの話は、より具体的であった。

 

『最後に残った、魔神グラザと魔神ディアーネは、どこにいるのだろうか?』

 

«風の噂では、グラザはブレアードが消えた後、闇夜の眷属たちを束ねて「モルテニア」という地帯に引き込んだらしい。ディアーネのことは知っている。あ奴は現在、フェミリンス戦争に参加をした魔族たちを率いて国を興し、人間族と戦っている。共に戦わないかと、誘われたことがあるのだ。いずれにしても、姫神フェミリンスがいなくなったからと言って、レスペレント地方の人間族の増長が止まったわけではない。激戦区であった東域はともかく、西域には人間族以外はいないそうだ。辛うじて、ルーン=エルフ族だけがひっそりと暮らしているそうだ»

 

ディアンは腕を組んで考えた。レスペレント地方を旅するのであれば、ケテ海峡を渡るのが最も楽な道である。だがその先は「人間族しか存在を許されない地帯」なのだ。個人的には、ムカつくことこの上ないが、その問題はレスペレント地方の住人が解決すべきことである。ケレース地方で安穏と暮らしている自分がアレコレ言う立場ではない。アムドシアスが言葉を続けた。

 

«もしレスペレント地方に行こうと思うのなら、ケテ海峡からではなく、ケレース地方から北ケレースに周る「東回り」の陸路を行くのが良いだろう。人間族が増長している国を見たら、破壊したくなるかも知れんぞ?»

 

アムドシアスはクツクツと笑いながら、ディアンに東回りを薦めた。

 

『・・・助言、感謝する。参考になった。最後に聞きたい。お前はなぜ、魔神ディアーネからの誘いを断ったのだ?』

 

«ふんっ、決まっておろう。美を解さぬ「野蛮な魔神」などと共にいられるか!»

 

考えてみれば当たり前のことである。ディアンは礼を言って、華鏡の畔を後にした。

 

 

 

 

 

ディアンの住むケレース地方西方から、東回りでレスペレント地方に行こうとすると、かなりの長距離になる。ディアンはオウスト内海東域を中心とした地図を描いた。ケレース地方である南岸はかなり出来上がっているが、レスペレント地方の北岸は空白のままである。ディアンは「半年間(七ヶ月)」と想定をした。東回りでレスペレント地方を目指す。可能であればレスペレント地方西方域の「人間族の国家」を見たいが、これに関しては現地で判断をするしか無い。

 

『まずは、ここから東方にある人間族の街「イソラ」を目指そう。あまり発展していないという噂だが、北ケレースの情報が得られるかもしれない』

 

『レスペレント地方か・・・私の生まれ故郷は、さらに北だが、あの地には知り合いもいる。レスペレント地方に行ったら、私が案内をしよう。と言っても、東側だけだがな』

 

ファーミシルスが地図を指差した。

 

『ディアンの言っていた「モルテニア」というのは、この地域だ。元々、レスペレント地方東域は、闇夜の眷属が多い。グラザという名は聞かなかったが、私がこの地にいたのはフェミリンス戦争前だからな。当時、この地で母と暮らした時に、シュタイフェという魔人に世話になった。いささか下品な男だったが、信義は心得ている奴だ』

 

『なるほど、ではモルテニアではファミを頼るとしよう。そこから先は、人間族の暮らす世界だが、オレは出来れば、ある人物に会ってみたい。生きていればだが・・・』

 

『ほう、誰だ?』

 

グラティナの問いかけに、オレは笑みを浮かべて応えた。

 

『・・・大魔術師さ』

 

 

 

 

 

『そうか、レスペレント地方に旅立つか・・・』

 

エギールは笑いながら頷いた。ディアンは定期的に、インドリトの成長を報告している。ドワーフ族の集落は既に「プレメルの街」として、他族も住み始めている。いずれは王国の首都として繁栄をするはずである。だがそのためには、インドリトはもう一段の成長をしなければならない。

 

『インドリトは、既に一流の戦士です。ですがこのままでは、ただの戦士として終わってしまうでしょう。インドリトには「王としての覚悟」が欠けています。国とは、与えられるものではなく自ら打ち立てるものです。この旅を通じて、インドリトに「建国者」としての意志を持たせたいと考えています』

 

『私はドワーフ族の未来を憂えて、他族との協調の道を探った。お主の助言によってドワーフ族全体が、繁栄の道を歩んでいると感じている。だが、この頃思うのだ。私はやはり、王にはなれん。ドワーフ族代表として会議に出るが、その場では他族長と対等の立場なのだ。この地を束ねる王は「全ての部族から仰がれる存在」でなければならぬのだろう。それはある意味では孤独な立場だ。あの子に、過酷で孤独な生き方を押し付けることになるかも知れん・・・』

 

『・・・王とは孤独な存在です。ですがご安心下さい。インドリトには私がいます。そして三人の姉もいます。決して、孤独な生は送らせません』

 

『ディアン殿、インドリトを宜しくお願いします』

 

父エギールは頭を下げた。

 

 

 

 

翌日、ディアン一行はレスペレント地方を目指して出発した。華鏡の畔を抜け、北東に向かう。七ヶ月間に及ぶ旅のため、自分たちが乗る馬の他、野営装備などを載せた馬を三頭、連れて行く。食糧などは現地調達の予定だ。インドリトは父から貰った剣を佩いていた。古い剣だが、ドワーフ族らしい強さを持っている。インドリトと同じく、一回り大きくなったギムリもついて来る。五人と一匹の一行だ。

 

『さて、久々の長旅だ。どんな出会いがあるかな?』

 

空は、一行の出発を祝うように晴れ渡っていた・・・

 

 

 

 




【次話予告】

ディアン一行は、人間族が暮らす「イソラの街」に入る。人間以外を連れるディアンに対して、街人から白い目が向けられる。街を守る兵士から、敵意が向けられる。ディアンの目が細くなる。その時、一人の騎士が現れた。

戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第十一話「イソラの街」

少年は、そして「王」となる・・・

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