戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第九話:魔神の試験

後世、ラギール商会はアヴァタール地方から西方にかけて、各都市に支店を出す大商会となるが、「最初の支店」については、あまり知られていない。現存する支店の中で、最も古い歴史を持つのは、メルキア帝国首都「インヴィティア」にあるラギールの店だが、実際にはインヴィティアへ出店する前に、支店が存在していた。ケレース地方に存在した大国「ターペ=エトフ」の首都「プレメル」にあったラギールの店である。

 

賢王インドリト・ターペ=エトフの死後、ケレース地方西方域は魔神ハイシェラが占領し、プレメルはハイシェラ直轄の都市となった。ラギール商会は、ハイシェラと直接交渉をし、その支店の存続を許可されたが、その数年後、魔神ハイシェラの身体に異変が生じ、結果として「魔神の治める国」は幻と消え、プレメルにいた亜人族や魔族は姿を消すことになる。そのためターペ=エトフで栄えた様々な産業も失われ、ラギール商会は支店を閉めざるを得なくなるのである。

 

だが歴史家の中には、ラギール商会の動き方に疑問を提示する者も存在する。ハイシェラ戦争勃発前までは、プレメル=プレイア=クライナ間は、ラギール商会の基幹交易路であったが、ハイシェラ戦争終結直前に、プレメルから南方のニース地方に向けて、膨大な荷車の移動が確認されている。「延べ十万両」とも言われている膨大な物資が、ターペ=エトフからニース地方に移動し、そこで忽然と姿を消しているのである。この事実が、後世において「ターペ=エトフの埋蔵金伝説」が生まれる原因にもなるのだが、十万両という数は大げさにしても、プレメルからニース地方までかなりの物資が移動していたことは、その中間に位置する「バリアレス都市国家連合」の記録からも間違いない。

 

魔神ハイシェラが、ターペ=エトフの首都「プレメル」を統治下に置いた時、その宝物庫は殆どが「空」であったと言われている。また、ラウルバーシュ大陸七不思議にも挙げられる「プレメルの大図書館」の蔵書も、その全てが消え去っていた。ターペ=エトフ滅亡と前後する形で、ニース地方に突如として「エディカーヌ王国」が誕生し、信じられないほどの短期間で帝国化し、レウィニア神権国に匹敵する大国になったことから、ターペ=エトフの財宝および人材の流出と、エディカーヌ王国建国とを結びつける歴史家もいる。

 

確たる証拠は一切なく、ラギール商会も沈黙を守り続けているため、これらは全て歴史家たちの「仮説」に過ぎない。いずれにしても、ケレース地方に実在した「夢の国」は、今日においては王宮跡が残るのみである・・・

 

 

 

 

 

黄昏の魔神ディアン・ケヒトの下に、インドリトが弟子入りをしてから三年の歳月が流れた。ケレース地方西方域には、南方のルプートア山脈にドワーフ族とヴァリ=エルフ族、北方のプレイシア湾沿岸に龍人族、竜人族の南西部の拓けた土地に獣人族、ケテ海峡沿岸に人間族、セアール地方との境にイルビット族が住んでいる。この地に移り住んでから、ディアンは精力的に各地を周り、情報交換をし続けた。それまでは各個で孤立していた各部族たちも、次第に交流が深まり、ドワーフ族の集落に「ラギールの店」が出店してからは、多種多様な種族が行き来をするようになった。当初は眉をひそめるドワーフたちもいたが、半年前に「部族代表会議」が開かれ、「各部族の文化尊重」「信仰の自由の保障」「他部族の信仰に対する非難の禁止」「相互理解促進のための幼年期教育の共通化」が決定された。ケレース地方西域に、事実上の「連邦国家」が誕生したのである。現在は物々交換だが、いずれは貨幣経済を導入することも決議された。部族代表会議は半年に一度と決められ、会議場はドワーフ族の集落「プレメル」と決められた。会議場には各部族の言葉でこう掲げられている。

 

「万機公論に決すべし。皆族は一部族のために、一部族は皆族のために」

 

利益代表として、自分たちの部族の利益のみを主張するのを戒めるための心得だ。ケレース地方西方全体の利益を常に考えることを定めている。この会議はターペ=エトフ滅亡まで続き、各部族長のほか「ラギール商会 プレメル支店長」も定期的に参加をしている。後に「元老院」と呼ばれる部族代表会議は、全会一致を原則とし、ターペ=エトフの政事において重要な役割を果たしたのである。

 

 

 

 

 

インドリトが木刀を構えてレイナと向き合う。三年前は立っていることさえ難しかったが、今では一刻でも二刻でも、向き合うことが出来る。心気を統一し、レイナの気を受け流しながら、隙を見て打ち込むことが今の課題だ。無論、レイナが意図的に隙をつくるのだが、その一瞬を捉えるためには、高い集中力と水面のように静かな「気」」が必要であった。インドリトは踏み出し、レイナの脇腹を狙う。僅かな隙を捉え、レイナの脇腹を木刀が掠める。レイナは笑顔になり、インドリトを褒めた。

 

『見事です。もう「気の練り」について教えることはありませんね。あとは技を磨けば、立派な剣士になれるでしょう』

 

『ありがとうございます!』

 

三年前よりも大きくなったインドリトが一礼をする。少女のような顔立ちは、やや男性的になった。肩幅も広くなり、ドワーフ族らしくなってきている。ディアンは頷いて立ち上がった。

 

『インドリト、三年前に私が言ったことを覚えているか?』

 

『ハイ、レイナ殿と一刻、向き合えるようになれば、華鏡の畔に連れて行って下さると・・・』

 

『そうだ。お前はもう十分に練気ができる。そこで、試験をお前に課そう。魔神の気配に耐える試験だ』

 

『魔神の気配・・・華鏡の畔に連れて行って下さるのですか?』

 

『いや、そうではない。ここに魔神を呼ぶのだ。明朝、剣を持って庭に出なさい。お前の目の前に、魔神が現れるだろう』

 

インドリトは首を傾げた。

 

 

 

 

 

『いよいよ、インドリトにあなたの正体を教えるのね?あの子、あなたを拒絶しないかしら・・・』

 

ディアンの腕の中で、レイナが心配そうに呟いた。インドリトはまだ、自分の師が魔神であることを知らない。この三年間、インドリトはディアンを第二の父のように慕っている。レイナたちもインドリトを弟のように思っている。だがそれは仮初めである。ディアン・ケヒトは人間でもあり、魔神でもある。これからインドリトがこの家で暮らすには、本当の姿を知らなければならないのだ。レイナの心配に、ディアンが応えた。

 

『・・・そうなったら、そこまでだ。オレの目が節穴だったと言うことだろう。三年前なら、インドリトは逃げ出しただろうな。だが、今なら・・・』

 

レイナは頷いた。この三年、インドリトは過酷な修行に耐え続けた。練気も魔力も、一流の戦士と言えるだろ。だがインドリト自身はそう思っていない。だからこそ、最強の魔神と邂逅し、戦う必要があるのだ。

 

『いずれにしても、明日は一つの区切りだ。インドリトが明日の修行を耐え抜いたならば、皆で再び、旅に出よう』

 

ディアンの中には、次の旅への想いがあった。

 

 

 

 

 

翌朝、インドリトは自ら剣を研ぎ、庭に出た。魔神が目の前に出現するなど信じられないが、これまで師が口にしたことで、間違いなど一つも無かった。師がそう言う以上、魔神が目の前に現れる。万一の場合は、自分は死ぬかもしれない。インドリトは恐怖を抑え、気の充実を図った。そこに、師であるディアンが進み出てきた。初めて出会った時と同じく、黒い服を着て、背中に剣を差している。三人の姉も、縁側に立ち、様子を見ている。ディアンが話し始めた。

 

『インドリト、お前と出会ってから、もう四年になるな・・・』

 

『え?ハイ、先生にはレブルドルに襲われていたところを助けて頂きました』

 

『・・・そうだったな。それから一年して、お前は私のところに弟子入りをしてきた。父君、エギール殿から依頼をされた時、私は正直、悩んだ。お前を弟子にすべきかな・・・』

 

『先生?』

 

『インドリト、お前はこの三年間をよく耐えた。今日は一つの区切りだ。これからお前の目の前に魔神が出現する。そしてお前に襲いかかる。お前は持てる全ての力を使って、魔神から自分の身を護ってみせろ。護れなければ・・・』

 

ディアンは肉体を覆っている魔力を消した。魔神の気配が溢れ出る。圧倒的な気配に、周囲の空気が歪む。森から一斉に、鳥が飛び立った。インドリトは唾を飲み込んだ。レイナ、グラティナ、ファーミシルスも腕を組んで厳しい表情をする。

 

«・・・お前は、死ぬことになる・・・»

 

インドリトの目の前に、黄昏の魔神「ディアン・ケヒト」が出現した。

 

 

 

 

インドリトは混乱した。師の気配が一瞬消えたと思うと、いきなり凄まじい「魔の気配」を放ったからだ。理解できないまま、思わず後ろに下がりそうになる。魔神は背中から剣を抜いた。「名剣クラウ・ソラス」は、いまや魔神剣となり、暗黒の気配を放っている。心底から恐怖が沸き上がる。インドリトは理解した。自分の師は「魔神」だったのだ。そして今、自分に正体を明かしたのだ。だがなぜ?

 

«・・・行くぞ・・・»

 

魔神は剣を構えると、一瞬で距離を詰め、斬りかかってきた。インドリトは転がるように躱し、魔神との距離を取った。肩で息をし、必死に状況を理解しようとする。魔神はゆっくりと自分に貌を向けた。普段は黒い瞳が、真紅になっている。なんと悍ましい気配だろうか。魔神は手の平から純粋魔術を放った。イオ=ルーンだ。インドリトはとっさに、より上位の純粋魔術「ケルト=ルーン」を放つ。本来なら相殺した上で突き抜けるはずだが、逆に弾き飛ばされた。魔力の絶対量が違いすぎるからだ。同じ純粋魔術でも、魔神が放つと桁違いの破壊力を持つ。吹き飛ばされ、木にぶつかって倒れる。

 

«どうした?お前の力はそんなものか?ならばお前を殺すまでだが・・・»

 

魔神の言葉に、インドリトは立ち上がった。師が正体を明かしたのは、自分を認めたからだ。この三年間、自分がどれだけ強くなったか解らなかった。だが魔神を前にして確信した。自分は強くなった。魔神の攻撃を二度も受けながら、なおも生きているのだから・・・ インドリトは深く息を吸い、吐いた。心気を統一し、水面のように静かな練気を始める。激流の中に存在する巨大な丸岩のように、魔神の気配に対抗するのではなく、受け流す。

 

«どうやら、覚悟を固めたようだな。ならば行くぞっ!»

 

魔神がインドリトに襲いかかる。振り下ろされる剣を紙一重で躱しつつ、脇腹を剣で薙ぐ。だが目の前の魔神は一瞬でかき消え、数歩離れたところに立っていた。服が微かに切れている。力も速さも圧倒的である。とても敵うはずがない。ならばせめて、相打ちを狙うしか無い。インドリトは構え直し、瞑目した。

 

«ほう・・・»

 

魔神は目を細めた。

 

 

 

 

ディアンは少なからず驚いていた。自分の攻撃を躱したことではない。魔神を目の前にして目を閉じるという、その豪胆さに対してである。よほどの「心の強さ」が無ければ、そんなことは出来ない。ディアンは頷いて、上段の構えをし、少しずつ距離を縮めた。インドリトは目を閉じたまま動かない。その気配はあくまでも静かで、魔神の気を受け流し続けている。互いの距離がさらに縮まる。剣を振れば、相手に当たる距離まで近くなる。二人の闘いを見守る姉たちも、額から汗を流していた。さらに距離は縮まり、必殺の間合いまで入る。ディアンの動きが止まる。そして

 

«覚悟っ!»

 

上段に構えた剣を振り下ろす。右斜め上からインドリトに斬りかかる。その瞬間、インドリトは左腕を挙げ、振り下ろされる剣を迎え撃った。魔神の胴体を目掛けて、右手一本で、剣を突く。ディアンの剣がインドリトの左腕に振り下ろされる。普通であれば、そのまま両断するはずだが・・・

 

ギィィンッ

 

«なにっ!»

 

インドリトの左腕が、魔神剣クラウ・ソラスを止めた。剣撃で千切れた袖から、籠手が現れる。ディアンがその正体に気づいた時、

 

ズンッ

 

インドリトの剣が、ディアンの腹部に深々と突き刺さった。

 

«み、見事ッ・・・»

 

ディアンはそう呟くと、数歩ふらつき、そのまま後ろ向きに倒れた。インドリトは片膝をついて、肩で息をした。呆然とした中で、勝利を確認すると、急に我に返る。

 

『せ、先生っ!』

 

倒れた魔神に駆け寄る。ディアンは目を閉じたまま、動かない。インドリトは泣きながら、ディアンの名前を叫んだ。するとレイナが桶を持ってきて、ディアンに水を浴びせ掛けた。

 

『いつまで芝居をしているの?インドリトをこれ以上、心配させちゃダメよ!』

 

ディアンは目を開けると、腹に突き刺さった剣を引き抜いた。回復魔法を掛けると、一瞬で傷が塞がる。ふぅ、と息を吹き、ディアンは立ち上がった。インドリトは何がなんだか理解できなかった。確かに自分の剣は、師の腹部に突き刺さったはずである。魔神の気配が消え、人間に戻たディアンが説明をした。

 

『魔神には、神核というものがある。それが無事である限り、肉体は永遠に不滅だ。剣で腹を突かれた程度では、魔神は死なん。それより・・・』

 

ディアンはインドリトの頭を撫でた。

 

『見事だ。魔神を前にして目を閉じるなど、並では出来ん。強くなったな』

 

ようやく状況を理解したインドリトは、今度は嬉し泣きをしながら頷いた。ディアンは愛剣を拾い上げると、文句を言うように呟いた。

 

『コイツ・・・籠手を切るのを嫌がりやがったな』

 

「当然だろ」と言うように、名剣クラウ・ソラスは鈍く輝いた・・・

 

 

 

 




【次話予告】

インドリトは無事に試験を終えた。だがそれは、更なる修行の始まりを意味していた。インドリトは、師や三人の姉と共に長い旅に出る。やがてそれは、インドリトに「王への決意」を促す旅となるのであった。

戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第十話「レスペレント地方へ」

少年は、そして「王」となる・・・

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