灰と幻想のグリムガル 紅き眼のニ刀使い   作:kia

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第九話  過去

 

 

 

 

 聞こえてくる小鳥の鳴き声にユキトはゆっくりと目を開ける。

 

 体を起こしながら僅かに残る軽い痛みに顔を顰めた。

 

 「……なんだこれ」

 

 軽い頭痛とまるで二日酔いにでもなったような気持ち悪さがあった。

 

 何でこんなに気分が悪いのか分からない。

 

 昨日の夜に何をしていたのか思い出そうと思考を巡らせていると、起きている事に気が付いたハルヒロが声を掛けてきた。

 

 「ユキト、目が覚めたんだな!」

 

 「え、目が覚めた?」

 

 「覚えてないのか? 昨日の夜、ユメがユキトが倒れたって部屋に駆け込んできたんだ」

 

 そう言われて思い出した。

 

 ユメと話をしていたら、急に激しい頭痛に襲われたのだ。

 

 「で、何があったんだよ?」

 

 「少し心配した」

 

 ハルヒロの後ろに立っていたモグゾーとランタも昨夜の件でたたき起こされたらしい。

 

 疲れているところ悪い事をしてしまった。

 

 「えっと実はさ」

 

 ユメと抱き合った事は伏せ、掻い摘んで昨夜の件を話すと全員が微妙な顔で考えこんだ。

 

 「確かにずっと黙っているのは無理だよね」

 

 「けどよ、ユメ達に全部話せないだろ」

 

 「アナスタシア師匠の事を話すのは仕方ないと思うけど、先に許可をもらった方が良いと思う。というかその頭痛ってさ」

 

 「うん」

 

 昨夜の頭痛に関しては全員に心当たりがある。

 

 初めてアナスタシアと話した時、全員が保険と称して彼女の血を飲まされた事があった。

 

 これは想像だがアレはユキト達が他の人間に対して余計な事を言わないようにする為の細工だったのではないだろうか。 

  

 「で、頭痛は?」

 

 「少し痛むけど、動けないほどじゃないよ。大丈夫」

 

 「そっか。とにかくさ、話すかどうかは後で師匠に相談しよう」

 

 もしも推測通りなら、アナスタシアの件を話そうとする度にこんな目に合う事になる。

 

 そういう事態はできれば避けたい。

 

 ダルさの残る体に鞭打って狩りに出かける準備を整えて部屋から出ると待っていたらしいユメが飛びついてきた。

  

 「ユキくん、大丈夫!? どこも痛くないん!?」

 

 ユメが無事を確かめるようにユキトの体をペタペタと触ってくる。

 

 別に怪我をした訳ではないのだが、心配してくれたユメの気持ちは嬉しかった。

 

 「僕は大丈夫、心配かけてごめんね」

 

 「眼の色も元通り見たいやし、よかったぁ」

 

 「え、眼の色?」

 

 「うん、昨日の夜、ユキくんが蹲った時な、眼がお月さまみたいに紅くなってたんよ」

 

 眼が紅かった?

 

 アナスタシアも血のように紅い瞳を持っている。

 

 やはり何か関係があると考えて間違いなさそうだ。

 

 「あ、あの! ユキトくん、昨日はごめんなさい! 私、てっきりその、そういう関係だと、事情はユメから聞いたから……」

 

 「あん、関係とか何の話だ、ユキト?」

 

 ランタ達にユメと抱き合っていた事を知られると死ぬほど面倒な事になりそうだ。

 

 ここは誤魔化すのがベストだろう。 

 

 「別に大したことじゃないよ」

 

 「大した事じゃないんだったら言えるだろうが! 何があったんだ? 吐け!」

 

 ランタが僕の首に腕を回して締め付けてくる。

 

 「だ、だから……」

 

 「ランタ、ユキくんいじめたら駄目やろ! 病み上がりなんやし! ただユキくんがユメをギュッとしてくれたとこ、シホルに見られてん」

 

 「「「ハァ!!?」」

 

 シホルを除いた全員が驚いて僕とユメを交互に見てきた。

 

 こういう反応になるから黙っていたのだが。

     

 「どういう事だ、ユキトォォ!!」

 

 「ち、違う、や、やましい事は何もしてない」

 

 まあ、やましい気分にはなりかけたけど。

 

 「うん。ユキくん、落ち込んでたユメの事励まそうとしてギュッとしてくれたんよ」

 

 「それだけ?」

 

 「うん、それだけ」

 

 ユメがフォローしてくれたおかげか、ランタは渋々僕を解放してくれた。

 

 「ハァ、助かった。そんな事よりユメとシホル、メリィは……まあ無理かもだけど、とりあえず話があるんだ。ね、ハルヒロ」

 

 「えっ!? あ、ああ、ちょっとね。今日狩りから帰ったら、皆で食事に行きたいんだけど」

 

 ユメとシホルは戸惑ったように互いに顔を見合わせるとすぐに頷いてくれた。

 

 心なしか嬉しそうに見えるのは前みたいに皆で過ごす事が出来るからだろう。

 

 「分かった。後、ユメからも一つ。メリィちゃんの事、仲良くなれるように頑張ってみる。シホルも協力してくれるって」  

  

 「……全然、自信ないけど」

  

 「メリィと仲良くとか無理だろ。あいつにその気は全くないみたいだし、他の誰かが神官になった方がいいんじゃねぇの?」 

 

 ランタの言い分にも一理ある。

 

 確かにユキトか、もしくはハルヒロが神官になるという選択もありだ。

 

 でもそれはあくまでも最終手段にすべき。

 

 まずはメリィと打ち解ける努力をしてからだ。

 

 「ランタの言いたい事は分かるけど、それじゃ駄目だと思う。昨日、ユメと話して改めて気が付いた。僕とハルヒロ、モグゾー、ランタ、シホル、ユメ、そしてマナト、七人で仲間だったって。僕等はみんなで仲間だろ?」

 

 「当たり前だろ、そんなの」

 

 「うん。でも今はメリィもその中に含まれてる。メリィも含めて仲間なんだよ。僕もそうだけど皆、マナトとは違うってどこかでメリィとマナトを比べてた。でもそれじゃ駄目だ。だから今度はきちんと一から始めたい」

 

 「……だよな。メリィは魔法でみんなの怪我を治療するだけの道具じゃないもんな。いきなりパーティに加わって、俺達の事情だけ押し付けて、気に入らないから追い出すとか虫のいい話だ」

 

 「そやな。ユメたちもメリィちゃんに冷たかったかもしれんなぁ」

 

 「……うん。実は凄くいい人かも。ツンデレ、みたいな」

 

 皆の話を黙って聞いていたランタはきまりが悪そうにそっぽを向いた。

 

 「けっ、あの冷血女に関してはねーよ! けど、まぁ、あんな女でも居ねーよりはマシだからな。ツンデレである事を祈るしか……でも、待てよ。あの女がツンデレだったら、当然俺にデレる訳だよな! 悪くねぇな」

 

 「……ランタくんにはデレないと思う」

 

 「うっせーよ、モグゾー!」

 

 相変わらずランタのポジティブさには頭が下がる。

 

 でもモグゾーの言う通りメリィがランタにデレる事はまずない。

 

 それくらいは分かる。

 

 とにかくやる事が決まったなら後はいつも通りに進んでいくだけだ。

 

 「じゃ、今日も行きますか」

 

 「「「おう!」」」

 

 「「うん!」」  

 

 ハルヒロの掛け声と共に全員が声を上げると、今日の狩りへ向かう為、義勇兵宿舎を後にする。

 

 その表情は昨日までとは全く違う、晴々としたものだった。

 

 

 

 

 雨降って地固まる。

 

 仲違いに近い状態だったユメやシホルと和解し、パーティの結束は前より固まったと思う。

 

 しかしだから全部上手くいくなんて都合のよい事は無く、メリィとの関系は依然何も変わらないまま。

 

 ユメやシホル達が何度か話しかけても淡々と返事を返すのみで打ち解ける気配すらない。

 

 それでも戦闘自体は実に順調だった。

 

 いつも通りのダムローで遭遇したのは五匹のゴブリン。

 

 今までなら苦戦する数だが、それほど驚異に感じていないのはアナスタシアとの訓練のおかげか。

 

 「モグゾーは二匹、ランタ、ユキト、一匹ずつ頼む! 俺とユメで一匹やるからシホルとメリィは魔法で援護!」

 

 「うん」

 

 「やってやらぁ!」

 

 「了解」

 

 ハルヒロの指示に従い三人が前に出た。

 

 モグゾーが一人で二匹を相手にするのは無茶にも感じられる。

 

 だがこの中で最も優れた盾役は間違いなくモグゾーだ。

 

 それでも二匹を同時に相手にするのは厳しい筈。

 

 なら今やるべき事は一刻も早くゴブリンを片付けてモグゾーの援護に回る事だ。

 

 「お前の相手は僕だ」

 

 剣を持つゴブリンに片手で握ったショートソードを突きつけて対峙する。

 

 もう何度も戦ってきた相手だから、油断さえしなければ十分いける。

 

 ゴブリンが振り抜いてきた剣の軌跡を見極め、紙一重で回避。

 

 そしてゴブリンの足に蹴りを入れバランスを崩す。

 

 間を置かず今度はこちらから一歩踏み込んで斬りつけた。

 

 「ハァ!」

 

 袈裟懸けの一太刀がゴブリンの肩を深く斬り裂き、大きなダメージを与えた。

 

 それでもゴブリンは一瞬動きを止めただけで再び剣を叩きつけてくる。

 

 決して傷は浅くない。

 

 それでも攻撃してくるゴブリンのタフさは計算済みだ。

 

 こちらに向けて振りぬかれた剣速も毎晩相対しているアナスタシアには到底及ばない。 

 

 「それは読んでた!」

 

 敵の剣を見切っていたユキトは右足を軸にして体を半回転させ剣先を避ける。

 

 そして下段に構えていた剣を振り上げた。

 

 腹の肉を斬る感触が手に伝わると同時に飛び退くとシホルの放った魔法の光弾(マジックミサイル)がゴブリンの顎に直撃した。

 

 「ありがと、シホル!」

 

 援護してくれたシホルに礼を言いながらも僕は動きを止めない。

 

 魔法の光弾(マジックミサイル)によって仰け反ったゴブリンの剣にショートソードを叩きつけて、弾き飛ばす。

 

 その時、弾いた衝撃で欠けた剣の破片が眉間を掠めて傷を作るがユキトはそれに意を返さない。

 

 そのままゴブリンの顎目掛けてショートソードを突き上げると、あっさり頭部まで貫通した。

 

 警戒しながらショートソードを引き抜くとゴブリンはそのまま地面に倒れ込んだ。   

 

 「まず一匹!」  

 

 一匹仕留めたのを確認すると戦うモグゾーの方へ前傾姿勢で一気に駆け出した。

 

 「ふもぉぉ!」

 

 どこか気の抜けるようなその掛け声からは想像も出来ない一突きが相対していたゴブリンの剣を弾き、その衝撃によって大きく隙が生じる。

 

 そこを狙って駆け込んだユキトの剣がモグゾーに斬りかかろうとしていたもう一匹のゴブリンの背中を切り裂いた。 

 

 「モグゾー!」

 

 「うん!」

 

 モグゾーは突き出したバスタードソードを手元で捻り、突きから斬り上げに変化させるとゴブリンの顔に一太刀入れる。

 

 深々と顔面を抉られ絶命したゴブリンが倒れた瞬間、ユキトが背中を切られたもう一匹のゴブリンをモグゾーの方へ押し出した。

 

 押し出されたゴブリンの前には剣を構えたモグゾーが待ち構えている。

 

 「どぅもー!!」

 

 上段から振り下ろされた渾身のどうも斬が綺麗に決まり、ゴブリンの頭部がぐしゃりと音を立てながら押しつぶされた。

 

 皆からも言われていたがモグゾーは実に器用に剣を扱う。

 

 あの巨漢から繰り出されるパワーと合わせれば、ゴブリン程度では捌く事も出来ないだろう。

 

 敵からすれば空から岩が降ってくるようなもので食らう側からすればこれほど恐ろしいものはない。

 

 「これで二匹!」

 

 後、残りは二匹。

 

 ユキトとモグゾーの方はこのままいけば確実に仕留められる。

 

 残りはユメと切り結び、もう一匹はランタが抑えている。 

 

 「うにゃ!」

 

 ユメの剣鉈がゴブリンの剣を弾き、さらに返す刀で腕を浅く斬る。

 

 さらに体をゴブリンの側面に潜り込ませ腹を斬った。

 

 致命傷ではないが上手い。

 

 あれでゴブリンの動きは鈍る。

 

 やっぱりユメは弓よりも剣の方に才能があるのかもしれない。

 その隙に忍び寄ったハルヒロのダガーがゴブリンの喉を裂き、すれ違いざまに首の後ろに刃を滑り込ませた。刃が突き刺さったゴブリンはすぐに動きを止め、絶命した。

 

 「良し、これで! ランタ!」

 

 「分ってらぁ!」

 

 ランタはゴブリンに蹴りを入れながら暗黒騎士特有の動きで翻弄しつつ距離を取る。

 

 暗黒騎士の剣技、即ち暗黒闘法は敵の間合いの外から攻撃を加える一撃離脱(ヒット&アウェイ)を旨とした戦術を基本にする。

 

 その割にランタは無茶な行動も多いのだが、アナスタシアの訓練のお陰か最近は大分動きに無駄がなくなっているように見える。

 

 「憤慨突(アンガー)!!」

 

 ゴブリンの間合いの外から一足飛びで飛び込んだランタの突きがゴブリンの右肩を貫通する。

 

 吹き出る鮮血を物ともせず、ランタは傷を抉るようにロングソードをグリグリと動かすとゴブリンは痛みでうめき声を上げた。

 

 そして回り込んでいたハルヒロがゴブリンの喉元に深々とダガーを叩き込むとランタと同時に飛びのく。

 

 痙攣していたゴブリンは二、三歩後ずさると背中から倒れ込んだ。

 

 「ヨッシャァァァ!! 流石俺だぜ!」

 

 ランタは相変わらずだけど、確かに今のは良かったと思う。

 

 連携にぎこちなさはあるけど、戦闘はスムーズに進められた。

 

 ようやく訓練の成果が出始めてきたのかもしれない。

 

 「ほぇぇ、何かユキくん達強くなってない?」

 

 「うん、昨日より動きがいいような?」

 

 流石にずっと一緒に戦ってきたユメとシホルはこっちの動きに違和感を覚えたようだ。

 

 すぐにでも説明してあげたいが、この場所でまたあの頭痛に襲われるのは洒落にならない。

 

 「そやなぁ、ってユキくん血、額から血が出とるよ!!」

 

 「ユキトくん、大丈夫!?」

 

 「ああ、僕は大丈夫。大したことないよ」

 

 血が流れて目に入らないように拭いながら心配そうな二人に大したことないとアピールするが、そこにメリィが速足で僕の方へ近づいてきた。

 

 「座って」

 

 「えっ」

 

 「治療するから早く座って」

 

 有無も言わさず座らせられてしまった。

 

 「光よ、ルミアリスの加護の下に―――癒し手(キュア)

 

 メリィは僕の怪我の具合を確認すると祝詞を唱え、指先から発せられる光によって額の傷を癒してくれた。

 

 先ほどハルヒロも言っていた事だが、こういう時メリィは手を抜かずキッチリと癒してくれる。

 

 ただその事から会話のきっかけを掴もうとしていたハルヒロは完璧に轟沈していたので、ユキトはその事について何も聞かない事にした。

 

 「治ったわ」

 

 傷を治すとメリィはそそくさと離れようとする。そんなメリィに僕は声を掛けた。

 

 「メリィ」

 

 「……何」

 

 メリィは相変わらず身震いするくらいに冷たい視線を向けてくる。

 

 かなりおっかないけど、ここで怯んでいたら前と何も変わらない。

 

 言うべき事はキッチリ言わないと。

 

 覚悟を決めると口を開いた。

 

 「ありがとう」

 

 「ッ!? ……私は自分の仕事をしただけ」

 

 「うん。でもちゃんと伝えておかないと、仲間だからね」

 

 メリィは少し怯んだような表情を浮かべると、そのまま何も言わずに背を向けてしまった。

 

 この日は何度か遭遇したゴブリンを何体か仕留める事ができ、それなりの稼ぎを得る事ができた。

 

 でも肝心のメリィとは何の進展なし。

 

 話どころかあれ以来、誰とも目を合わせる事すらしてくれなくなってしまった。

 

 

 

 

 狩りを終えたユキトとハルヒロの二人は食事の前に昨日の頭痛の事を聞く為、アナスタシアの元へ足を運んでいた。

 

 ランタとモグゾーは先に食事を済ませユメとシホルをシェリーの酒場まで案内してもらっている。

 

 「師匠、居るかな?」

 

 「この時間なら飲んでるんじゃない?」 

 

 アナスタシアは昼間ギルドからの依頼などをこなし、夕刻からは酒場『ルミナス』で飲んでいる事が多い。

 

 たまに他の酒場から歌ってくれと頼まれる事もあり『ルミナス』にいない場合もあるようだが、その時は夜の訓練まで待つしかないだろう。

 

 「何て言うかな」

 

 「ユメ達には話すなって言われてたしね。あんまりいい顔はしないと思うけど……」

 

 ここで迷っていても仕方ない。

 

 どの道、頭痛に関しては聞かなくてはならないのだ。

 

 二人は意を決して『ルミナス』の中に足を踏み入れると相変わらずの雰囲気に思わず立ちすくんでしまった。 

  

 「何度来ても場違いだよね、僕達」

 

 「うん。さっさと行こう」

 

 客でもないのにすっかり顔馴染みになったマスターにアナスタシアの事を聞くと、いつもの奥にある席で飲んでいると教えてくれた。

 

 マスターにお礼を言うと個室のようになっている奥の席に向かう。

 

 そこではグラスを片手に酒を飲んでいるアナスタシアの姿が見えた。

 

 「そろそろ来ると思っていたぞ。頭痛の件だろう?」

 

 「分るんですか?」

 

 「当たり前だろう。それを仕掛けたのは私だぞ」

 

 ニヤリと笑いながらグラスを傾けるアナスタシアにハルヒロと思わず顔を見合わせてしまう。

 

 「じゃあアレってやっぱり……」

 

 「ああ、私に関する事やあの時話した事を許可なく話せないように仕掛けを施しておいた。無視して話そうとすれば昨夜体験した事と同じ現象が起きる」

 

 やはり余計な事を言わなかったのは正解だったらしい。

 

 「仕掛けってあの時飲んだ血ですよね?」

 

 「そうだ。お前達にも解りやすく言うとアレは一種のエレメンタルみたいなものだ」

 

 「エレメンタルって、あの血が?」

 

 「そうだ。私の血は特殊なエレメンタルのようなもので―――まあ要するにお前達四人には私の糸がついていると思えばいい」

 

 彼女の血については良く分からないが、もしかすると彼女の異常ともいえる力はそれが関係しているのかもしれない。

 

 とにかくその糸から四人のうち誰かが話をしそうになったのを察したという事だろう。

 

 昨晩の事をアナスタシアに説明すると納得したように頷いた。

 

 「そういう事か。……まあ良い機会か。確かに私に関する説明は必要かもしれない。訓練の時にでも連れて来い、上手く言ってやる。仕事に関してもな」

 

 「いいんですか?」

 

 「私もずっと隠し通せるとは思っていない。危険から身を守る為にも知識くらいは必要だろう。もちろんお前達同様に余計な者たちに吹聴できないよう細工はさせてもらうが」

 

 「分りました。えっとユメ達にも訓練を?」

 

 「本人達が望めばな」

 

 何というか拍子抜けな気がする。

 

 正直、仕事に関しては話すなと釘を刺されると思っていた。

 

 それがこうもあっさり認められるとは。何か他に理由でもあるのだろうか?

 

 酒を飲むアナスタシアの様子からは何も読み取る事ができない。

 

 でも心なしか若干いつもより緊張しているようにも見える。

 

 「どうした?」

 

 「あ、いや、その、師匠、また後で」

 

 「ああ」

 

 結局、深く聞く事も出来ず僕達はルミナスを後にした。

 

 

 

 アナスタシアとの話を終えると二人で軽く食事を済ませ、待ち合わせ場所であるシェリーの酒場に向かった。

 入り口で合流し、皆揃って中へと入る。

 

 「ふぇ、賑やかやなぁ。あ、ユメお酒は飲みたくないからジュースで」

 

 「私もお酒は……でも凄い賑やか」

 

 ユメとシホルはシェリーの酒場を珍しそうにしていた。

 

 こういった酒場は初めて入るようでユメは周りをキョロキョロ見渡したり、シホルは少し怯えたようにユメの服を掴んでいる。

 

 「二人とも珍しいのも分かるけど早く座ろう」

 

 「うん」

  

 二人といつも通り奥にある端っこの席に座り、それぞれ飲料を注文するとハルヒロがため息をついた。

 

 「やっぱりメリィは簡単にはいかないか」

 

 「ユメとシホルは話しかけてるんやけど、ほとんどなしのすべてやったしなぁ」

 

 「それを言うならなしのつぶてだよ、ユメ」

 

 「もう『コレ』しかないんじゃね」

 

 ランタが指で首を切る仕草をした。

 

 これがランタ最近のお気に入りらしい。

 

 「そんな訳にはいかないよ。それにやっぱりメリィは無理してる気がする」

 

 今日、怪我を治してくれた時もやはり前見た時のように何か怯えているように見えたのだ。

 

 「そういえば僕の時も痛がったら心配そうに「ごめんなさい」って謝ってた」

 

 「あの女がそんな殊勝な事を言うかよ」

 

 「本当に言ってたよ」

 

 このメンバーの中で最もメリィのお世話になっているのはユキトとモグゾーだ。

 

 その分他のメンバーよりはメリィの事が見えているのかもしれない。

 

 「モグゾー、ユキト、メリィの事じゃないんだけどさ、今日の戦闘見て思ったんだけど今度安物でもいいから兜買おうよ。俺も少し出すし」

 

 「えっ、でもハルヒロくんが出す事無いよ」

 

 「良いんだよ、二人の装備が整ってないと皆、困るし。これは皆の為でもあるって事」

 

 やっぱりハルヒロは周りをよく見てる思う。

 

 「じゃあ、僕よりモグゾーの装備を優先した方がいいよ。金属製の防具は高いから安物でも二人分はきついし。僕は盾役と言っても、正面から敵とぶつかる事は少ないしね」

 

 ユキトは基本的に敵の攻撃をまともに受けず、捌く事に意識を向けている。

 

 反面モグゾーは逆に正面から敵とぶつかる事も多く、怪我の頻度で言えばユキトよりもさらに上だ。

 

 だからまずはモグゾーの装備を整える事を優先した方がいい。

 

 「そういう事なら私も出す。そんなにたくさんは出せないけど」

 

 「ユメも。皆でお買い物やな。可愛いの選ぼうな」

 

 皆で買い物の事で話をしていると、モグゾーが何かに気がついたように店の奥の方を見た。  

 

 「あれってメリィさん?」

 

 「本当だ。誰かと話してる」

 

 メリィが店のカウンターのさらに奥で優しげな男性と話をしていた。

 

 「アレってオリオンのシノハラさんだ」

 

 「マジだ。オリオンって結構有名な『クラン』だろ。確かシノハラってそのクランのマスターだよな? ハルヒロ、お前知り合いなのかよ」

 

 「前に少しだけ話した事があるんだ」 

 

 そこで話についていけていないユメが僕の服を引っ張ってきた。

 

 「なあ、ユキくん、『クラン』って何なん?」

 

 「僕も詳しい訳じゃないけど、『クラン』っていうのは義勇兵達が何かの目的を達成する為に組むチームみたいなものかな」

 

 基本的に義勇兵のパーティは五人とか六人である。

 

 これは神官の強化魔法である光の護法(プロテクション)の効果範囲が六人までという事が関係しているらしい。

 

 もちろん僕達のような例外もあるし、あくまでも基本での事。

 

 光の護法(プロテクション)については例外なりに方法もあるようだ。

 

 とにかくパーティだけでは対処できない強大な敵や探索できない危険な場所だって存在している。

 

 そんな危険を複数のパーティーで連携を組み、対処、結束しようという事で作られた枠組みが『クラン』ということらしい。 

 

 「名前の売れてるクランも幾つかあってさ、オリオンもその一つなんだ。周りにもオリオンのシンボル、えっとマントにXみたいな七つの星がついてる、あれを付けてる人達はみんなオリオンの所属らしい」

 

 「ほぇ。結構おるなぁ」

 

 「うん。じゃあここにも他のクランの人達もいるの?」

 

 「たぶんね」

 

 それにしてもメリィとはどういう関係なのだろうか?

 

 メリィは俯いているだけで、話しているのは基本シノハラだ。

 

 見ている限りそれほど親しいようには見えない。

 

 結局メリィは申し訳なさそうに頭を下げ、シノハラは気を遣うように苦笑しながら二階へと上がっていった。

 

 「あの二人、出来てるな」

 

 ビール片手にランタが嫌らしい笑みを浮かべる。

 

 「いや、そんな雰囲気欠片もなかったよね?」

 

 「下世話な想像はよせよ」

 

 「お前らは想像力ってのが欠けてんだよ、ユキト、ハルヒロ!」

 

 ランタの言う事は無視し、メリィの方に視線を向けた。

 

 やっぱり寂しそうに見えるのは気のせいなのだろうか。

 

 でもこれは良い機会かもしれない。

 

 シノハラならメリィの事を何か知っている可能性はある。

 

 あまり人の過去を詮索したくはないが、このままではメリィとはいつまでも進展がないままだ。

 

 ハルヒロも同じように考えていたのか、「ちょっと、挨拶してくる」と席を立った。

 

 「僕も行ってくる」

 

 「ちょ、待てよ」

 

 残っていても仕方ないと思ったのか、それともやはりメリィの事が気になったのか結局、全員が席を立ちハルヒロに着いて二階へと上がっていた。

  

 「おや、久しぶりですね、ハルヒロくん。後ろの方々は君の仲間ですか?」

 

 「ええ。お久しぶりです、シノハラさん」

 

 二階に上がるとすぐにこちらに気が付いたシノハラが優し気な笑みを浮かべて出迎えてくれた。

 

 ハヤシと呼ばれた仲間がすぐに席を作ってくれてシノハラと一緒に席に着く。

 

 他のオリオンのメンバーはこちらには目もくれず、それぞれ楽しそうに談笑している。

 

 何というか行儀が良いというか、雰囲気が良いというか。

 

 荒くれものも多い義勇兵の中でもオリオンのメンバーは一線を画している。

 

 「それでどうです? ここでの生活には慣れましたか?」

 

 「ええ、色々ありましたけど……何とかやれてます」

 

 「そうですか……それから、お仲間の事は残念でした」

 

 シノハラは佇まいを正し、僅かに俯く。

 

 「あの、何で、その事を?」

 

 「……新兵(ルーキー)の事はそれなりに気になりますし、耳にも入ってきますから。……私にも経験があるので仲間を失う辛さは分かるつもりです。どうか今いる仲間を大切にしてください」

 

 「はい。それでその、シノハラさん今日はお願いがあるんです。……メリィが俺達のパーティに入る事はご存知ですよね? もしも知っているなら俺達にメリィの事を教えてもらえませんか?」 

 

 「こういうのは本人から聞くのが筋だという事ぐらいは分かってます。でも、多分僕達が聞いても教えてくれたりはしないでしょうから」

 

 下手に僕たちが踏み込めば、メリィはパーティから抜けるとか言いかねない。

 

 それでは駄目だ。

 

 「それは私よりハヤシの方が適任でしょうね。彼は以前、彼女と同じパーティだったんですから」

 

 「えっ」

 

 隣のテーブルについていたハヤシが立ち上がると僕達の方へ頭を下げた。

 

 

 

 

 メリィの話を聞き終えた僕たちは元の席に戻り、沈黙のままテーブルの上のジョッキを見つめている。

 

 「くそ」

 

 いつもうるさいくらいのランタでさえ声に力がない。

 

 それだけメリィの過去はショックだったのだろう。

 

 彼女の過去はあまりに自分達と似ている部分があった。

 

 メリィは昔は今のような冷たい印象ではなかった。

 

 明るく、自分の容姿や鼻にかけない、僅かな傷でもすばやく治療し、時には神官の護身法を持って前に出る。

 

 そんな仲間思いの少女だったという。

 

 実質彼女はパーティ内で三人分の働きをしていた。

 

 でもハヤシ達はそれに気がついていなかった。

 

 メリィの奮闘のお陰で進めていたのだと、自分達は驕っていたのだとハヤシは辛そうに語っていた。

 何も気がつかないまま特に危機に陥ることもなく団章を手に入れた彼らが向かったのが、オルタナの北西八キロ地点にあるサイリン鉱山と呼ばれている場所だった。

 

 どうやらその頃、他のパーティもサイリン鉱山の探索を行っていたらしく、ハヤシ達は負けたくないと躍起になって奥へ奥へ進んでいたという。

 

 そのサイリン鉱山に生息しているコボルトと呼ばれる種族にも特に苦戦することはなかった。

 

 しかし第五層まで降りるのにも慣れた頃にハヤシ達はそいつと出会ってしまった。 

 

 黒白斑の被毛を持ち、何人もの義勇兵を屠ってきたもの。

 

 『死の斑』、通称デッドスポット。

 

 少数とはいえ手下を連れ、鉱山中を巡っては遭遇した義勇兵を狩るそんな危険な存在。

 

 出会えば逃げろと忠告されるくらいには義勇兵の間で噂になっていたし、無論、ハヤシたちも知っていた。

 

 でも彼らは逃げなかった。

 

 楽観し、遭遇したデットスポットに立ち向かった。

 

 手下を倒し、残るはデッドスポットのみ。

 

 でも奴は怯むどころか怒り狂い、何度傷つけても倒せなかった。

 

 そうして追い込まれ、最後にメリィの魔法力が尽きた。

 

 魔法とは無尽蔵に使用できるものではない。

 

 使えば使う分だけ魔法力と呼ばれる精神の力を費やす。

 

 回復させるには時間を置くか、瞑想するしかない。

 

 メリィは手下と戦っている時点でも相当疲弊していたのだろう。

 

 途中で二人の仲間が力尽き、最後の一人が命がけでハヤシとメリィを逃がしてくれたという。

 

 その時のメリィの泣き顔は今でも忘れられないとハヤシは自嘲していた。

 

 それからハヤシはオリオンに加わり、メリィは誘われるまま他のパーティを転々としていった。

 

 ハヤシもメリィの悪い噂を聞き、何度か話した事があったが「大丈夫」としか答えなかったそうだ。

 

 「……似てるよな、俺達に」

 

 「うん」

 

 メリィはマナトを同じだ。

 

 仲間を守ろうと些細な傷さえ治癒してくれた。

 

 でも結果として肝心な時に魔法が使えない事態に陥った。

 

 そして大切な仲間を失ってしまったのだ。

 

 だから彼女は大きな負傷以外、極力魔法は使わずに温存するというやり方をしているのだろう。

 

 「チッ、明日からあの女とどんな顔して会えばいいのかわかんねぇ」

 

 「ランタらしくないな。いつも通りでいいと思うよ。セクハラはどうかと思うけど」

 

 「うっせーよ! 一言多いんだよ!」 

 

 「ハイハイ。とにかくさユキトが言ってた通りだよ。皆で一から始めようって決めたんだ。メリィの過去を知ったからこそ、俺達だからこそ、できる事から始めよう」

 

 「うん」

 

 「ユメもメリィちゃんと仲良くできるように頑張る!」

 

 もう飲む気分ではなかったので、そのまま全員でシェリーの酒場を出ると今日最後に行くべき場所に向かった。

 

 「ふぇ、綺麗な人やなぁ」

 

 「うん、肌とか髪とか」

 

 広場にはすでにアナスタシアが待っており、それを見たユメとシホルが思わず呟いた。

 

 二人が思わず見惚れるのも無理はない。

 

 明かりに照らされた彼女の髪がキラキラ反射し、その姿は実に絵になっているからだ。

 

 見慣れているユキト達でさえ、息を飲むほどなのだから。

 

 「来たか。お前達二人がユメとシホルだな。私はアナスタシア、そいつらの、まあ、戦いの師匠のようなものだな」

 

 「戦いの師匠?」

 

 「皆が強くなってたんは、シアさんのおかげやったんか」

 

 「シアさんって……まあそれは後で、他にも説明しなくてはならない事があるんだが、その前に全員に言っておく事がある」 

 

 「えっ、言っておく事、ですか?」

 

 今までの経緯を説明するのではないのだろうか?   

 

 ランタやモグゾーが訝しげにこちらを見てくるが、何も知らないから首を横に振るしかない。

 

 それはハルヒロも同じだ。

 

 嫌な予感を覚えながらも、皆がアナスタシアの方へ視線を向けると彼女は淡々と告げた。

 

 「お前達の最初の仕事が決まった」


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