灰と幻想のグリムガル 紅き眼のニ刀使い   作:kia

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第七話  契約

 

 

 

 

 女性に連れて来られた酒場。

 

 訪れた時の第一印象は「思ったよりも綺麗な店」という実に失礼極まりないものだった。

 

 明かりをわざと多くしていないのか、少しだけ暗い。

 

 だが中は思った以上に清潔で、内装もどこかお洒落な雰囲気が出ている。

 

 この暗がりもそれに一役買っているのだろう。

 

 シェリーの酒場とは真逆、所謂大人が通う酒場といったところか。

 

 でも、こんな裏路地にある店なんて汚く怪しげなものか、いかがわしいものだって思ってしまっても仕方ないと思う。

 

 当然、小汚い義勇兵見習いであるユキト達にはあまりに場違い。

 

 全員が委縮しまくっていた。

 

 正直な所、この店は僕たちのような義勇兵見習いが来るには敷居が高すぎる。

 

 はっきり言ってしまえば、滅茶苦茶浮いているのだ。

 

 救いがあるとすれば今いる場所が店の一番奥側にある席であるという事くらいだろう。

 

 この店の奥側は他の客から見えないように仕切りがしてあり、広い個室のようになっている。

 

 あくまでも仕切りなので完全な密室という訳ではないが、今の僕たちの姿を見られる心配が少ないのはありがたい。

 

 「……何で裏路地にこんな店があるんだ?」

 

 「……知るかよ」

 

 そんな酒場『ルナミス』の雰囲気に当てられながら、ユキト達は目の前のソファーでワインを飲む人物を恐る恐る観察する。

 

 目の前にいるのは裏路地で遭遇した銀髪の女性。

 

 何で名前も知らないこの人とこんな場所にいるかと言えば、強制的に連れてこられたとしか言いようがないと思う。

 

 グラスを片手にワインを煽るその姿は実に絵になっている。

 

 しかも薄着で足組んだりしてるから、非常に、その色っぽいというか、すごくスタイルが良い。

 

 ランタなんて食い入るよう見つめている。

 

 こんな状況でなければ、もっと嬉しいのかもしれないけど、今はとてもそんな気分にはなれない。

 

 《見られた以上は仕方ないな。着いて来い》

 

 あの血のように紅い目は逃げたら殺すと語っていた。

 

 しかも血に濡れた剣を肩にかけ、怖い笑みを浮かべられた日にはついていくという選択肢しかないだろう。

 

 うん、仕方ない。

 

 あの状況では誰だってついて行く。

 

 ハルヒロの方を見るとビクつきながらも頷いてくる。

 

 幸いというか、話しかける動機がある。

 

 丁度助けてもらったお礼を言おうと思っていたのだ。

 

 密かに深呼吸をしながら、慎重に話しかけた。

 

 「あ、あの、ダムローで助けてくれてありがとうございました!」

 

 「ん、ああ。別に礼は必要ない。アレはたまたまだ。それよりも先程の件だが」

 

 「うっ」

 

 「や、やっぱりアレって見ちゃいけない類のものですよね?」

 

 女性は答えず、ただ笑みを浮かべながらワインを傾ける。

 

 それはそうだ。

 

 人気のない場所で誰かを斬るなんてまともな事案ではない。

 

 さっきはいきなり殺される事はないと思っていたが、これは下手すればすぐにでも殺される可能性のが高い。

 

 できるとは思えないが、逃げる算段くらいは立てておく必要がある。

 

 「そう警戒するな。事情くらいは話してやる。いきなり剣を抜いたりはしないさ。―――余計な事をしなければな」

 

 女性は逃げ道を探っていたユキトを見透かしたように釘を刺してくる。

 

 目ざといというか、気づく辺りは流石と言うべきか。

 

 「それにしても今回の件と言い『傷持ち』の事といい、お前達は運がないな」

 

 「『傷持ち』?」

 

 「お前達が遭遇した黒いオークの事だ」

 

 「あの黒いオークを知っているんですか?」

 

 「……そうか、お前達は見習いだったな。では知らなくてもおかしくないか。奴は『傷持ち』と呼ばれる賞金首だ」

  

 現在、人間と鎬を削り敵対している異種族の中には特別な立場だったり、通常の個体よりも遥かに高い技量を持つ個体も存在する。

 

 そういった連中には未熟な者たちは注意しろと警告すると共に、優れた義勇兵には優先して倒すように賞金が掛けられる。

 

 あの黒いオークもそういう危険な個体だったらしい。

 

 そう考えるとあの場に彼女が現れなければ全員殺されてもおかしくなかった。

 

 嫌な想像が脳裏を過り、頭を軽く振る。

 

 「アイツはその中でもヤバい部類に入る。並みの義勇兵ではあっさりと返り討ちだろうな」

 

 アイツが相当手ごわい相手である事は彼女との激しい戦闘を思い出せばわかる。

 

 明らかに尋常な腕ではなかった。

 

 正直、あんな奴に勝てる姿なんて全く思い浮かばない。

 

 それでも、諦めるつもりはなかった。

 

 どれだけ時間がかかっても必ずやり遂げる。

 

 そんなユキトを見ていた女性はどこか楽しげに笑みを浮かべた。

  

 「悔しいか? 仲間がやられ、何もできなかった事が?」

 

 その指摘に僕だけでなく女性の雰囲気に気圧されていたハルヒロやランタ、モグゾーも反応する。

 

 「……当たり前です」

 

 「ほう。ではどうする?」

 

 「決まってんだろ! 俺らの手でぶっ倒すんだよ!」

 

 立ち上がり吠える、ランタ。

 

 初めてランタと心の底から通じ合えた気がする。

 

 しかし女性が「うるさい、でかい声を出すな」と言いながら睨んでくるとランタは「すいません!」と土下座する。

 

 それさえなければカッコいいと思うのだが。

 

 「威勢は良いが、アレは強いぞ。今のお前たちでは歯牙にもかけられない。迂闊に挑んだ所で無駄死にするだけだ、それでも?」

 

 「はい。今は無理でもいつか必ず」

 

 その場にいた全員が頷くのを見ると先ほどまでの雰囲気から一変、真剣な顔で女性が問いかけてきた。

 

 「何故、そこまでする? 確かに殺されたのはお前たちの仲間だ。悔しさも理解はできる。しかしそれはお前達が命を掛けてでもやるべきことか?」

 

 「それは……でも」

 

 「今回の事を教訓として自分達の身の丈に合った敵だけと戦い、リスクを避け、それなりの義勇兵として生きる道もある。それに死んだ仲間は自分の為にお前たちに危険なことなどして欲しくはないんじゃないのか?」

 

 確かにマナトなら自分の事は気にするなとか言いそうだ。

 

 みんなが無事ならそれでいいと。

 

 ここですべて忘れ、できるだけリスクを避けていけば、確かに安全に生きていくことはできるかもしれない。

 

 だけどやっぱり納得なんてできないし、けじめをつける意味でも必要だと思う。

 

 それにこの先で奴らに遭遇した時のような危機に陥らないと何故言い切れるだろうか。

 

 もしも遭遇した時は? 

 

 また仲間が死ぬ可能性があるというのにただ逃げる事しかしないのか? 

 

 そんな事はもう嫌だった。

 

 今の自分たちには危機に遭遇しても乗り越える事ができる意思と力が必要なのだ。

 

 だからこそ逃げる選択だけはしたくない。

 

 「……正直、俺達は実感がありませんでした。命のやり取りだって分かっていた筈なのに、心のどこかで誰かが死ぬなんて思ってもいなかった。でも、マナトだけはそれに気が付いていた」

 

 ハルヒロの告白は聞いていてつらいものがある。

 

 でも寸分違わずその通りだ。

 

 ユキトも、モグゾーも、ランタも、ユメも、シホルも、どこか真剣さが足りなかった。

 

 甘かったのだ。

 

 でもリーダーだったマナトだけはそれを危惧していた。

 

 でなければ戦闘で負ったかすり傷をあそこまで真剣な表情で癒そうとはしない。

 

 「俺達全員、アイツに甘えていた。マナトは何でもできたから。でもその甘えが負担になって、アイツを……失う結果に繋がってしまった」

 

 「ここままじゃ僕たちはマナトに顔向けできない。僕らの為に頑張ってたマナトを笑ったあの黒いオークを許してたら、仲間なんて呼べないんだ」

 

 「ああ。やっぱり借りは返さないとな! ここまでやられて黙ってられるかっての!」

 

 「うん。今度こそ僕は仲間を守る。いつかあのオーク達より強くなる。もう誰も死なせない」

 

 一度酒場で弱音を吐いてすっきりしたからか、全員がやる気になっていた。

 

 その言葉を聞いた女性は再び笑みを浮かべる。

 

 「そうか、どうやらお前達は少しはマシな連中だったようだな」

 

 「え?」

 

 一瞬だけ、本当に一瞬だけだけどその笑みは先ほどまでとは違い酷く優しげなものに見えた。

 

 気のせいだったのだろうか。

 

 「いや、丁度良いと思っただけだ。すでに察している通りあの現場を見られた以上、お前達にはそれなりの対応というのを取らなくてはならない」

 

 やっぱりそうなるか。

 

 「俺らあそこで見た事は誰にも言いませんから!」

 

 「そんな口約束、誰が信じる? そんな言葉だけで信じる奴はただの間抜けだ」

 

 「ぐっ」

 

 「だが条件付きでお前達を助けてもいい」

 

 「え、条件?」

 

 「ああ。私の仕事を手伝ってもらう。詳細は後で話してやるが、私の仕事を手伝うなら、お前らが見た事に関しては見逃してやる」

 

 「で、でも人殺しとかできないと思いますけど」

 

 「そっちは当てにしてないし、やらせる気もない。というか殺していない。アレは捕縛しただけだ。もう一つ言っておくがさっきのアレも一応ギルド関係の『仕事』だ」

 

 「えっ、殺してなかった? ていうかギルドの仕事!?」

 

 「ああ、手伝うなら後で話してやる。まあ先にギルドのお偉方に話を通す必要があるが」

 

 その言葉を聞いてハルヒロが安心したようにホッと胸を撫で下ろした。

 

 しかし先ほどの件がギルド関係の仕事というのは―――

 

 そこでユキトは前にスクードから教えてもらったギルドの裏側に関する話を思い出した。

 

 あの時教えてもらった事はあまり信じていなかったのだが、この人がやっているのはそれに関する事なのかもしれない。

 

 「後はそうだな。ただ手伝うだけじゃ不服だろうから、お前たちを鍛えてやってもいい」

 

 「鍛える?」

 

 「ああ。戦い方を教えてやると言っているんだ。ギルドじゃ教えてくれない事を教えてやる」

 

 僕はハルヒロ達の方を見る。

 

 皆が覚悟を決めたように頷いた。

 

 身を守る為にも選ぶ選択肢は一つしかない。

 

 今回のことで身に染みた。

 

 どんなに警戒し、リスクから逃れようとしたところで厄介事に巻き込まれるときは、巻き込まれるのだ。 

 

 「詳しい話は後日だ。ギルドの方へ話を通す必要がある」

 

 「あの、こっちからも一つ聞いていいですか? 何故、俺達にそんな話を持ちかけるんですか? 俺達は義勇兵の中でも底辺ですし、協力者が欲しいならもっと良い人材はいくらでもいると思いますけど」

 

 「お前達は信頼できると判断しただけだ。たとえどれだけ腕が立とうが信用できないような奴に用はない。それに仮に裏切ったとしても、お前達なら始末も簡単だからな」

 

 確かに彼女の実力なら僕達がどれだけ抗おうとしても、あっさり始末してしまうだろう。

 

 悔しい話ではあるがそれが現実である。

 

 「助かる為に嘘ついてるかもしれないですけど」

 

 「私もそれなりに人間を見てきた。腐った奴はそもそもそんな質問はしてこないんだよ」

 

 どうやら先ほどの問答でそれなりに認めてくれたらしい。

 

 「あの、僕達には後二人、いや後三人仲間がいるんですけど……」

 

 「今はそいつらには黙っておけ。余計な事に巻き込みたくはないだろう?」

 

 「そうですね」

 

 「……二人は巻き込みたくないよな」

 

 「うん」

 

 「まあ、な」

 

 危険な事に巻き込まれる可能性が高い以上、二人には言わない方がいい気がする。

 

 特にシホルはマナトの件で憔悴しきっている。

 

 余計な事で彼女に負担は掛けたくない。

 

 「で、結論は出たのか?」 

 

 「は、はい。よろしくお願いします」

 

 「一応交渉成立だな。名前を聞かせてもらおうか」

    

 そう言えば自己紹介もしていなかったし、僕達も彼女の名前を知らない。

 

 「ハルヒロです」

 

 「ランタっす」

 

 「モグゾー、です」

 

 「ユキトです」 

 

 「私の名前はアナスタシアだ。さて……一応保険くらいは掛けておくか」

 

 「保険?」 

 

 対面に座っていたアナスタシアがテーブルの上にあったナイフを手にして立ち上がる。

 

 そしてユキト達が座っている方へゆっくりと近づいてきた。

 

 「そう固くなるな。すぐ終わる、まずはユキトお前からだな、口を開けろ」

 

 アナスタシアは素早く指先を傷つけ問答無用で僕の口の中に入れてきた。

 

 「むぐ!?」

 

 口の中に広がるのは鉄の味。

 

 指先から垂れる血が喉奥まで流し込まれていく。

 

 ある程度の血を飲むとアナスタシアは指を口から引き抜き、指を舐めた。

 

 何か仕草がいちいちエロイです。

 

 「次、ハルヒロ。口を大きく開け」

 

 「は、はい」

 

 ハルヒロが口を開くと今度はただ血を垂らし、飲ませていく。

 

 続いてランタ、モグゾーと血を飲ませていった。

 

 血を飲まされていい気分になどならず、全員が気分が悪そうな微妙な顔でアナスタシアの方を見る。

 

 「あのこれって何の意味があったんですか?」

 

 「ただ保険を掛けただけだ。気にするな」

 

 改めて向き直ったアナスタシアは立て掛けていた剣を腰に差すと入口の方へ歩き出した。

 

 「さて、行くぞ」

 

 「え、行く? どこに?」

 

 「寝ぼけるな。鍛えてやるといっただろう。さっさとついて来い」

 

 ソファーに立てかけていた剣を取るとアナスタシアは店の外に歩いていく。

 

 雰囲気的に断るという選択肢はなく、黙って後についていった。

 

 

 

 

 たどり着いた場所は奇しくもユキトがいつも一人で訓練を行っている場所だった。

 

 此処なら誰かに見られることもないし、深夜になっても消えることのない光で明るさも十分に確保されている。

 

 「さて今日は一番初めだ。まずはお前達の実力を見せてもらう。全員でかかってこい」

 

 スラリと鞘から抜き放った白刃が夜の暗闇の中でも映えるようにキラリと光る。

 

 全く隙の無い立ち振る舞いに思わず息を飲んだ。

 

 「凄いね」

 

 「うん」

 

 見入るようにポツリと呟くモグゾーに同意する。

 

 共に前に出て戦う戦士同士。

 

 彼女の凄さは未熟であろうとも理解できる。

 

 「どうした? 来ないのか?」

 

 彼女の戦意に当てられ、僕は自然と武器を構えていた。

 

 元々勝ち目など皆無。

 

 なら出し惜しみは無し。

 

 最初から全力でいく。

 

 隣に立ちバスタードソードを構えるモグゾーと頷き合うと、二人同時に前に出た。 

 

 「ハァ!」

 

 「どぅも!」

 

 左右から挟み込んだユキトとモグゾーが繰り出した憤怒の一撃(レイジブロー)による同時攻撃。

 

 しかしアナスタシアは僅かに体を逸らすだけで回避。

 

 素早くモグゾーの内側に入り込み、服をつかんでユキトの方へと投げはなった。

 

 「なっ!?」

 

 いとも簡単に宙を舞う巨体に思わず驚愕してしまった。

 

 あんな簡単にモグゾーを投げ飛ばすとか、どんな力をしてるのか?

 

 ユキトは横っ飛びで飛んできたモグゾーから逃れるとアナスタシアの方へショートソードを横薙ぎに叩きつける。

 

 しかしその刃は掠める事すらできずに空を切った。

 

 だが、それでもユキトは動きを止めず、もう片方の手で抜いたショートソードを袈裟懸け振う。

 

 「ほう、二刀か」

 

 続けざまに振るう斬撃にも余裕でかわすアナスタシア。

 

 でもそれでいい。

 

 僕は彼女の注意さえ引き付けておけば―――

 

 「うおりゃぁぁ!」

 

 後は我らが暗黒騎士の出番だからだ。

 

 背後に回り込んでいたランタの憎悪斬(ヘイトレッド)がアナスタシアの背中に襲い掛かる。

 

 しかもそこに死角を突いたハルヒロも参戦し、アナスタシアの動きを阻害しようとダガーを振るった。

 

 完璧なタイミングだと思う。

 

 だが、アナスタシアはそれすら見切っていたようにあっさり捌いて見せる。

 

 そしてカウンター気味に構えていた左の拳でランタを頬を殴り、ハルヒロに蹴りを入れて吹き飛ばした。 

 

 「ぐぁぁ!」

 

 「ぐぇぇ!」

 

 碌に受け身も取れないまま、二人は地面に倒れ込んだ。

 

 「分かってはいたけど、ここまで」

 

 あの流れるような動きや体捌きなど見るべき所はいくらでもある。

 

 だがそれよりも注目すべきはユキトたちは彼女に剣すら使わせていないという事実だ。

 

 それはつまり絶望したくなるほどの差があるという事を示している。

 

 「どうした、もう終わりか?」

 

 いや、何をへこむ必要があるというのか。

 

 敵わないのは当たり前の事。

 

 このくらいでへこんでいたらこれから先はやっていけない。

 

 「まだまだ!」

 

 両手に握る二刀の柄を強く握りしめ、アナスタシアへ向かっていく。

 

 それに続くようにハルヒロやモグゾー、ランタも立ち上がる。

 

 その様子をアナスタシアはどこか楽し気に見つめていた。

 

 「ぐああ」

 

 「この!」

 

 どのくらい斬り合っていたのか分からない。

 

 だが結局、剣を使わせることもできないまま、全員が地面に寝転ぶ羽目になった。

 

 「ハァ、ハァ」

 

 「つ、強ぇぇ」

 

 「か、体中が痛い」

 

 「もう動けない」

 

 アナスタシアは息を切らして倒れ込む僕たちを無視して剣を腰に差し直す。

 

 「こんなものか。……総評を伝えておくと、話にならない」

 

 「す、すいません」

 

 「経験不足というのもあるんだろうが、戦い方が稚拙すぎる。連携もぎこちなさあって、上手く機能してない」

 

 今まではマナトの指示通りに戦っていただけだからというのもあるのだろう。

 

 もう少し自分でも戦い方を考えないといけないのかもしれない。

 

 「まあ、今日はこの辺にしておこう。明日から毎日訓練を行うから覚悟しておけ。最低限自分の身を守れるくらいにはなってもらわないといけないからな。それから明日の朝、狩りに向かう前にここへ来い、事情を話してやる」

 

 「「「あ、ありがとう、ございました」」」

 

 情けない事に立ち上がれないままだったが、最低限の礼儀としてお礼を口にする。

 

 それを聞いた彼女はやや驚いていたようにも見えたが、すぐに表情を変える。

 

 立ち上がることができないままそれに見入ってしまった。

 

 何故なら彼女は今までの印象を覆すほどに見たこともないほど穏やかな笑みを浮かべていたから。 

 

 

 

 

 オルタナが夜を迎え人々が寝静まっている中、ハルヒロ達の訓練を終えたアナスタシアは周囲を警戒しながら足早に移動していた。

 

 向かっているのはルミアリス神殿近くにある小屋だった。

 

 誰にも見られていないのを確認すると、小屋の入り口で懐から取り出した紋章を掲げる。

 

 扉の覗き穴からそれを確認した住人は素早くアナスタシアを招き入れた。

 

 小屋は外からでは小さく見えるが、中に入れば一家族が住まうには十分な広さがあった。

 

 「今日の用向きは?」

 

 無精ひげを生やした無骨な男は明らかに歓迎していない声色で問いかけてきた。

 

 歓迎されていない事は来る前から分かっている。 

 

 アナスタシアは特に気にした様子もなく、淡々と要件を伝えた。

 

 「依頼の報告と許可をもらいに来た」

 

 「……分かった。ただ今はスクード様しかいない」

 

 「十分だ」

 

 男が奥にある部屋の仕掛けを動かすと地下へ続く階段が姿を見せた。 

 

 アナスタシアは慣れた様子で階段を降り、長い暗がりの通路を歩いていく。

 

 しばらくすると広い空間が目の前に広がった。

 

 中央に大きなテーブルが鎮座し、壁には様々な情報が乱雑に張られている。

 

 そこでは仮面を被った人物スクードが待っていた。

 

 「こんな時間に何の用だ?」

 

 「色々あってその報告に」

 

 「ほう」

 

 アナスタシアから話を聞かされている内にスクードの様子が明らかに剣呑さを帯びてくる。

 

 全身から発せられる殺気を抑える事なく、スクードはアナスタシアに告げた。

 

 「……見習い義勇兵を巻き込むとは! しかも貴様の血族にしたいだと!」

 

 「不服か?」

 

 「当たり前だ! 前にあった事を忘れたのか!!」

 

 スクードの拳がテーブルに叩きつけられる。

 

 仮面の下からでも分かる怒気をアナスタシアは軽く受け流すと淡々と告げた。

 

 「忘れてはいない。しかし彼らを放っておく事はできない。今回の件、監視されていたとすれば、目を付けられた可能性もある」

 

 「それもお前の不手際の所為だろう!」

 

 「だからその責任を取ると言っている」

 

 睨み合う二人。

 

 しばらく沈黙していたスクードは折れたようにため息をついた。

 

 「……分かった。私から報告を上げておく。甚だ不本意ではあるがな」

 

 「では彼らの事は私が預かる」

 

 そう言って去っていくアナスタシアの後ろ姿をスクードは見えなくなるまで睨みつけていた。

 

 

◇ 

 

 

 翌朝、ユキト達はユメたちとの待ち合わせ場所に行く前に昨日の約束を果たす為に走っていた。

 

 「くそ、体痛ぇ!」

 

 「我慢しろって」

 

 「狩りに行く前からこれだもんね」

 

 「ハァ、ハァ、想像以上につらいな」

 

 昨日の訓練の所為かガタガタの体を引きずりながら広場へ入る。

 

 そこにはすでにアナスタシアが待っていた。

 

 「来たな」

 

 「すいません。遅れましたか?」

 

 「いや、時間通りで結構だ。それより昨日の話の続きをするぞ」

 

 全員がこれから始まる話に緊張を隠せない様子で息を飲んだ。

 

 「まずはお前たちは知らんだろうが、ここオルタナに無数に存在するギルドにはある問題を抱えている」

 

 「問題?」

 

 「反ギルドとでもいえばわかりやすいか。掟を破りあぶれた連中が作った犯罪組織のようなものが存在している」

 

 「反ギルド!?」

 

 やっぱりという確信が強まった。

 スクードがアナスタシアに近づくなと釘を刺してきたのも、スクードなりに危険から遠避ける為の気遣いだったのだろう。

 

 「ああ、結構手広くやっていてな、支援している奴らまでいる。アラバキア王国の貴族連中の利権も絡んでいるという噂もあって中々ギルドの方でも手を焼いているのさ。私が捕縛したあの男もその反ギルド団体に所属していた奴だよ」

 

 「じゃあ、アナスタシアさんがやっている仕事というのは……」

 

 「連中の調査と邪魔な奴らの排除と言ったところだな。他にも依頼を受けたりすることはあるが、概ねそんなところだ。お前たちにはその情報収集を手伝ってもらう」

 

 話を聞くだけでも気がめいってくるくらいにハードな事になりそうだった。 

 

 「基本的な事はこれくらいだな。私は大体夜は昨日の店に居る。用があれば来るといい。もしも居ないならマスターに伝言でも残しておけよ」

 

 「分りました」

 

 「今日も狩りに行くんだろ。早く行った方が良い」

 

 「はい。ではまた夜に」

 

 一通りの話を終え向かった先はオルタナ北門。

 

 マナトを失い、落ち込む間もなく今後に関わる話を聞いた。

 

 そしてこの場所に再び集まったユキト達はまぶしい朝日に恨めしい視線を送る。

 

 結局、一矢報いる事すらできずに容赦なくボコボコにされてしまった彼らは夜通し筋肉痛に悩まされる羽目になった。

 

 当然、碌に睡眠などとっている筈もない。

 

 しかも今日は新しい仲間と初めて狩りに出かける記念すべき日。

 

 だけど、パーティメンバーの雰囲気は実に重苦しいものだった。

 

 「というわけでぇ、皆さんに新しいおともだちを紹介したいと思いまぁ~す! 神官のメリィさんです!! はい、拍手!!」

 

 パチパチとユキトとハルヒロ、モグゾーは軽く手を叩いた。

 

 この雰囲気をものともしないランタの胆力には敬服する。

 

 少なくともユキトには真似できない。

 

 恐る恐る肝心のユメやの方へ視線を送ると完全に呆気にとられた様子で立ちすくんでいる。

 

 まあいきなり新しい神官紹介しますなんて言われたら当たり前だろう。

 

 今度は肝心の新しい仲間であるメリィの方へ目を向ける。

 

 メリィははっきり言うと見とれる程の美人だ。

 

 バランスが実の取れている。

 

 アナスタシアとはまた別の美しさというか、魅力を持っていると思う。

 

 だけどいかんせん雰囲気が良くない。

 

 明らかにトゲトゲしい雰囲気を全面に出し、話しかけるなオーラが全開だった。

 

 「メ、メリィさんで~す」

 

 ランタがもう一度だけ、ユメやシホル達にメリィを紹介すると「ど、どうも」「は、初めまして」と腰が引けつつ挨拶を交わした。

 

 しかし相変わらずメリィの方は何も言わず、ユメとシホルの二人をジロジロと観察している。

 

 「……やっぱりこうなったか」

 

 「うん」

 

 実はこうなる事を事前に予期していた。

 

 紹介され、スカウトされた時も同じような態度だったからだ。 

 

 「これで全員なの?」

 

 髪をかき上げながら聞いてくるメリィのその姿も実に様になっていると思う。

 

 視線は氷のように冷たいが。 

 

 「うん。メリィを入れて七人」

 

 「そう。で、どこに行くの? ダムロー?」

 

 「かな?」

 

 「はっきりして」

 

 「ダムロー、旧市街でゴブリン狙いで」

 

 「そう。さっさと行けば。私はついていくから」

 

 かつてないほどパーティ内の空気が悪い。

 

 ランタはキレかかり、モグゾーはオロオロとしている。

 

 直接会話しているハルヒロの心境は他のメンバーが感じている居心地の悪さの非じゃないだろう。

 

 ユメやシホルとの間にも溝みたいなものを感じるし、このままで大丈夫なのか?

 

 「い、行こうか、皆」

 

 新たに仲間を加えた僕達は大きな不安を抱えながら、ダムローに向けて新たな一歩を踏み出した。

 

 


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