灰と幻想のグリムガル 紅き眼のニ刀使い   作:kia

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第六話  送火

 

 

 

 その人物は明らかに場違いだった。

 

 オークによって死の際に立ちながら、ユキトは声を掛けてきた銀髪の女性を見る。

 

 名剣と思われる長剣を腰に差し、戦場に立つにしてはあまりに軽装。

 

 いや、軽装というか鎧の類は一切身につけていない。

 

 白い服と装飾品の類だけが目立っている。

 

 「な、何で……」 

 

 忘れはしない。

 

 ここグリムガルに辿りついた時に見た彼女を姿を。

 

 あの時の怖気と恐怖は心の奥に刻みつけられている。

 

 異種族との戦いでもさほど恐怖を覚えなかったのは、彼女から覚えた感覚があったからかもしれない。

 

 あの時は理解できなかった怖気の正体。

 

 化け物と相対した今なら少しだけ分かる気がする。

 

 アレはおそらく彼女から発せられる死の気配を無意識に感じ取ったものだ。

 

 その恐怖に比べれば異種族との戦いなど大したものではない。

 

 

 出来ればもう会いたくない類の女性だったのだが、こんなところに現れるとは。

 

 「ナンダオマエハ?」

 

 「答える必要はない。『標的』を追っていたら、こんなところで大物に出くわしたな」

 

 剣を鞘から抜き放つと見惚れるほど綺麗な刀身が外部に晒され、彼女は構えを取る。

 

 自然体にも見えるその姿には一切の隙も無い。

 

 それを見たオークも只者ではないと感じたのか自分の獲物を手に取った。

 

 柄の両端から伸びる黒刃。

 

 ツインブレードとでもいえば良いのか。

 

 オークもまたその武器を目の前で一回転させ、構えを取った。

 

 「いくぞ」 

 

 女性の長い銀髪がふわりと舞う。

 

 彼女が前に踏み出ると一気に距離を詰め、黒いオークに向けて白刃を振り下ろした。

 

 その光景に痛みで気絶しそうになりながら、驚愕してしまった。

 

 目測でおおよそ五十メートル以上。

 

 それを一足飛びに距離を詰めるなんて。

 

 「ハァ!」

 

 距離を詰めた女性の一太刀。

 

 凄まじいまでの速度が乗った一撃は黒いオークを両断しようと迫る。

 

 その剣速は尋常ではない程に速い。

 

 正直、掠れた目では消えたようにしか見えない。

 

 あの一撃は並みの者なら、防御する間もなく切り捨てられてしまう。

 

 

 まさに怪物―――

 

 

 しかし相手もまた化け物だった。

 

 

 「フン!」

 

 

 オークは黒い刀身を持つツインブレードを振り回し女性の剣を器用に受け流すと、そのまま斬り返したのである。

 

 怪力から繰り出された上段からの一撃。

 

 その斬撃を女性が剣を掲げて受け止める。

 

 甲高い金属音が鳴り響き、巻き起こった衝撃波がユキトに襲いかかった。

 

 「ぐぅ」

 

 痛みに耐えつつ、視線を上げる。

 

 二人の剣舞は終わる事なく続いていた。

 

 オークが繰り出した上段からの一撃を弾き、見事な体捌きで下から斬り上げられた刃を回避した女性は横薙ぎに剣を払う。

 

 しかしオークはブレードを背後で回転させ、正面に持ってくると火花を散らしながら剣檄を受け止めた。

 

 一合、二合と凄まじい速度と威力を持って斬り合う二匹の怪物。

 

 次元が違う。

 

 あの黒いオークはまだ理解できる。

 

 体全体から湧き出る修羅場を潜り抜けて来たからこそ発せられる威圧感。

 

 そして常人では使いこなす事も難しいであろう武器の異様さ。

 

 奴は初めて見た瞬間から化け物であるという事は分かっていた。

 

 しかしそんな化け物相手に一歩も引く事無く、互角に斬り合うあの女性はそれ以上の怪物に間違いない。

 

 一体あの細身のどこからあれだけの力と速度を生み出せるのか?

 

 「流石に賞金首は違うようだな、『傷持ち』。久々に手応えのある相手だ」

 

 「キサマ……ソウカ、ソノアカイメハ、シュクフクサレシモノ、イヤ、ノロワレシモノカ」

 

 「お前こそ、その肌の色、異端だろう」

 

 「キサマニカンケイナイコトダ!!」

 

 オークはクルリとツインブレードを頭上で回転させ、柄の両端から伸びる刃を使い女性に対して猛攻を仕掛ける。

 

 上下、左右。

 

 縦横無尽の刃の嵐が細身の女性を切り裂かんと淀みなく叩きつけられた。

 

 しかし女性は長い髪を靡かせながら、舞うようにして刃を避けると即座に反撃に移る。

 

 二人の戦い方は実に対照的だ。

 

 岩をも砕くような強烈な一撃を放つ豪快な戦いぶり。

 

 オークの剣はまさに剛剣だ。

 

 あれを受け止められる者が何人いるか。

 

 さらには特殊な武装を操る器用さすらも持っている。

 

 あんな特殊な武器、下手をすれば自分を傷つけてしまいそうなものだ。

 

 もしかすると奴が通常のオークに比べ細身なのはあの武器を操る為かもしれない。 

 

 対する銀髪の女性は舞うような動きで敵を翻弄しながら、凄まじい速度と技術を持って振るう柔剣。

 

 一見、軽そうに見えるその一太刀も受ければ確実に致命傷となる重さと威力を持っているのだから、相対する敵からすれば厄介極まりないだろう。 

 

 「オオオ!!」

 

 オークの口から発せられる怒声と共に振り下ろされる剛剣。

 

 異常ともいえる速度で振り上げられる女性の柔剣。

 

 黒刃と白刃が激突する度に火花が散り、轟音が響き渡る。 

 

 お互いに上段から振り下ろされた一撃が交錯、はじけ合うように距離を取るとオークは持っていた黒刃を下げた。

 

 「どういうつもりだ?」 

 

 女性が訝しげに問う。

 

 オークとは戦いを好む血の気の多い種族である。

 

 それがこんな中途半端な形で矛を収めるなど、通常では考えられない。

 

 「ココマデダ。コレイジョウカッテハデキナイ」

 

 黒いオークは手を上げ、他のオークを下がらせると改めて女性に向き直る。

 

 「オレノナハ『ヴァラス』、ツギコソオマエハオレガコロス。ノロワレシモノ」

 

 「逃がすとでも」  

 

 踏み込もうとした女性だったがその前にヴァラスは大きく後ろへ跳躍する。

 

 それに合わせて先に下がったオーク達が周りに生えている木々を切り倒し、追撃出来ぬように道を塞いだ。

 

 「……追うこともできなくはないが、しばらく派手に動くなと釘を刺されているからな」

 

 女性は剣を振り、鞘に納めると僕の方へ近づいてくる。

 

 「……義勇兵、いや見習いか。おい、生きてるなら返事をしろ」

 

 「う、うう」

 

 返事をしたくとも、声が出ない上にそろそろ限界だ。

 

 意識が徐々に遠のいていくのが分かる。   

  

 「……い……面倒……仕方な……」

 

 こちらに伸びてくる手と視界を覆う銀色の髪。

 

 その光景を最後に僕の意識は暗闇の中へ消えていった。

 

 

 

 

 ゆっくりと意識が覚醒し、目が覚めると見覚えない天井が見えた。

 

 「ここは……」

 

 体を起こそうとすると、ベットの上で寝かされていた事に気がついた。

 

 混乱しながらも記憶を探ろうとすると、唐突にすべてが思い起こされ

た。

 

 血まみれで地に伏すマナト。

 

 圧倒的な力を持った敵。

 

 救ってくれた銀髪の死神。  

 

 「ここはどこだ!? 皆は、マナトは無事なのか!?」

  

 怪我は治療されたのかベットから飛び起きると酷い倦怠感に襲われる。

 

 これはおそらく血が足りない為だろう。

 

 回復魔法は傷の治癒は出来るが、失われた血までは戻らない。

 

 「傷が塞がってる?」

 

 傷が癒されているという事は、神官か誰かが治療してくれたのか?

 

 ふらつきながらも、傍に置いてあった装備を掴み、ドアの方へ近づくとガチャリと音を立て扉が開いた。

 

 「目が覚めたのかね」

 

 入ってきたのは一見すると巌のような印象を受ける大男。

 

 戦士と言われても不思議はない体格をしている。

 

 しかし着ている服から察すると神官に違いない。

 

 「あの、貴方は? それにここはどこですか? 何で僕はここに?」

 

 「落ちつきなさい。私の名はホーネン。ここはルミアリス神殿だ。君は……神殿の外側で倒れていた。怪我をしていたので、こちらで治療をさせてもらったよ」  

 

 「……そうですか、ありがとうございます。あの治療費とかは……」

 

 「それは後だ。それよりこちらに来なさい」

 

 「急いでるんです! 仲間が―――待ってますから」

 

 「その仲間の下へ行こうと言っているのだ」

 

 「え?」

 

 ホーネンは暗い表情のまま歩き出すとユキトもその後についていく。

 

 仲間の下へ行くとは一体どういう事なのか?

 

 最初は理解できなかったが徐々に落ちついてくるとようやく状況が呑み込めてきた。

 

 多分あの女性が僕をここまで運んでくれた。

 

 そして仲間たちも重傷のマナトを助けようとルミアリス神殿まで連れて来たに違いない。

 

 マナトを除きパーティの中で治療が行える者は誰もいないのだから、当然の判断だ。

 

 神殿の奥へと進んでいくと見慣れた仲間達の背中が見えてきた。 

 

 「皆、無事で―――」

 

 駆け寄ろうとした僕の足はそこで止まる。

 

 全員が涙を流しているのが見えたからだ。

 

 泣いていた。

 

 シホルは床にへたり込み、他の皆も例外なく涙を流している。

 

 あのランタさえもだ。

 

 すすり泣く声が部屋全体に静かに響く。

 

 一体何があったのか?

 

 いや、察している。

 

 分かっている。

 

 けど、認めたくなかった。

 

 隣に立つホーネンは暗い表情のまま顔を背けていた。

 

 僕は躊躇いながらも、重く、鉛のようにとても重くなった足で一歩踏み出す。 

 

 そこで―――見えた。

 

 見えてしまった。

 

 白い顔でベットに横たわる、仲間の姿が。

 

 「……マナト」

 

 ゆっくりと近づき、マナトの様子を見た。

 

 服が肩から大きく破れ、生々しい傷跡が残っている。

 

 オークの戦斧が直撃した痕だ。

 

 「……間に合わなかったんだ。ここに辿りつく前にマナトはもう……」

 

 ハルヒロの淡々とした声が部屋に響く。

 

 ああ、何だよこれは――

 

 現実感がない。

 

 でも、これは夢ではない。

 

 マナトはもう、死んでしまったのだ。 

 

 それを認めた瞬間、僕の両目から涙が零れた。

 

 「彼の目も覚めた事だ。もういいだろう。このまま丁重に葬る事にする。不死の王の呪いにより、適切に埋葬されぬ者は彼の王の従者と成果てる。五日、早くて三日でゾンビとなった例もあるのだからな」

 

 「それは……マナトを燃やすって事ですよね?」

 

 ハルヒロの問いにホーネンは頷いた。

 

 「然様、オルタナの外に焼場がある。そこで亡骸を炎で浄化し、丘の上の墓場に葬る」

 

 「それも当然、お金が必要なんですよね?」

 

 「持ち合わせがないなら、わしが払うが?」

 

 そんな事は必要ない。

 

 それがこの場にいる仲間全員の総意だった。

 

 マナトは、僕達の大切な仲間だ。

 

 だから、別れも自分達で。

 

 それが今僕達がマナトに出来る最後の事なのだから。

 

 

 遺体の焼却を終えた僕達はホーネンに連れられ埋葬する場所に辿りつく。

 

 すでに準備を終えていたのか、地面に穴が掘られていた。

 

 布で包んだ骨を埋め、手で抱えられる程度の石を置く。

 

 そこに名と赤い着色をした三日月の紋章を掘った。

 

 赤い三日月の紋章は義勇兵の墓に刻まれるものらしく、ここだけでなくそこら中の墓に掘られていた。

 

 ここには多くの義勇兵が眠っている。

 

 この光景は、マナトの死は、誰かが命を散らすのは特別な事ではないと否が応にも実感させられた。

 

 ホーネンはすでに去り、墓地にいるのは僕達だけ。

 

 皆、誰も何も言わずに何時間もただマナトの墓の前に佇んでいる。

 

 シホルは憔悴しきっており地面に手をついて座り込み、ユメはただ空を見上げている。

 

 モグゾーは放心し、ランタもずっと黙ったままだ。

 

 そんな重苦しい雰囲気の中、ユキトの隣に立つハルヒロが淡々と口を開いた。

 

 「……何だよ、これ。おかしいだろ、ふざけんな、ふざけんなよ」

 

 ユキトは何も言わず、拳を握りしめる。

 

 本当にマナトは死んだ。

 

 何もできなかった。

 

 悔しさと悲しみ、色々な感情が渦巻く中、座り込んでいたランタが立ち

上がると「俺、行くわ」と呟いて歩き出した。

 

 「どこ行くん?」

 

 「何処でもいいだろうが。ここに居てもしょうがないだろ。もうどうにもならないんだからな」

 

 「この阿呆!」

 

 ランタはユメの非難にも答えず、そのままどこかへ歩いていく。

 

 今アイツを放っておく訳にはいかない。

 

 ユキトはハルヒロ、モグゾーと三人でランタを追い掛けた。

 

 シホルはユメに任せておけば大丈夫だと思う。

 

 シホルは――彼女は、マナトが好きだったのだ。

 

 今、ユキト達が何を言っても届く事はない。

 

 言うべき言葉も思いつかない。

 

 オルタナに戻ったランタが向かった場所はシェリーの酒場だった。

 

 ここは義勇兵達のたまり場であり、マナトも情報収集の為に何度も足を運んだと聞いている。

 

 四人で賑わう酒場に足を踏み入れると、そのまま隅にあった席へと座った。

 

 まだ本格的に客は入っていないにも関わらず、すでに多くの人が酒を飲んでいる。

 

 「ビール、四つ」

 

 ランタが淀みなくやって来た給仕に注文する。

 

 「俺、ビールとか飲みたくないけど」

 

 「うん。こんな時にお酒なんて」

 

 「バーカ、こんな時だからだろ。マナト、ここで酒飲んだりしてたんだろ。でもアイツはもう……だから代わりって訳じゃないけどよ……」

 

 ランタは目元をこすりながら鼻を啜る。

 

 やっぱり何だかんだ言いながらもランタもマナトの事を思っているのだ。

 

 こんな時だというのに何でか少し嬉しくなった。

 

 給仕に金を払い運ばれて来たビールを手にとって乾杯する。

 

 「……苦い、本当に苦いな」

 

 「うん」

 

 その勢いのままビールを飲みんでいると皆、アルコールが回ったのか明らかに顔が赤くなってきた。 

 

 「くそ、やってられっかよ! 最悪だ! 元々やりたくてやってたんじゃねーんだよ! やめだ、やめ! 全部やめてやる!」

 

 ランタが自棄になったようにジョッキを苛立たしげにテーブルに叩きつける。   

 

 「やめてどうすんだよ」

 

 「知るかよ。いいだろ、別に。やらなきゃいけない決まりでもあんのかよ! たとえ決まりがあったとしても、俺は従わねーからな!」

 

 「そう言う事じゃないだろ! やるしかないから、皆で頑張ってきたんじゃないか!」

 

 二人は酒の所為もあってか、かなりヒートアップしている。

 

 モグゾーが二人を止めようとしているが、止まらない。

 

 そんな中でユキトは二人の口論を聞きながら、ランタの先程の言葉を思い出していた。

 

 やめる。

 

 全部やめてどうなるのだろう。

 

 それで自分は納得できるのだろうか?

 

 脳裏に思い出される黒いオークの姿。

 

 嘲笑い、侮蔑した笑み。

 

 アイツを放っておくのか? 

 

 マナトを、仲間をやられて、侮辱されたまま―――

 

 そんな事はあり得ないだろう。

 

 「だいたい、お前がやられまくってマナトに魔法を使わせ過ぎたんじゃねーのかよ、ハルヒロ! 大した戦力にもなって無いくせに、足引っ張ってんじゃねーよ! お前のせいで―――」

 

 「……黙れ」  

 

 こちらを振り向いたランタを思いっきり睨みつけてやったらすぐに唾を飲んで黙り込んだ。

 

 ランタだけでなく、ハルヒロもモグゾーも固まっている。

 

 自分でもここまで冷たい声が出るなんて驚いた。

 

 でも酒の勢いとはいえ今の言葉だけは看過できない。

 

 「黙れよ、ランタ。たとえ酒の所為でも言って良い事と悪い事がある」

 

 「う、わ、分かったから、マジで、今後気をつけますんで、睨まないでください。……マジ、こえぇってこいつ」 

 

 僕は残ったビールを口に含むと、ジョッキを静かにテーブルに置いた。

 

 「ランタがやめるっていうのは勝手だ、好きにすればいいよ。君の言い通り強制はできないから。でも僕はやめない。少なくともあのオーク達を倒すまでは絶対に」

 

 オーク達の事を出すとハルヒロ達も黙り込んだ。

 

 仮にここで全員が義勇兵をやめる道を選ぶというならそれでいい。

 

 でも自分だけはやめるつもりはなかった。

 

 たとえ他のパーティに加わってでも義勇兵を続ける。

 

 「でもさ、続けるにしてもこの先どうすればいいのかっていうのはあるよ」

 

 「うん。俺も……やめるつもりはない。けど、モグゾーの言う通り、なんだよな。今はあんまり考えられないっていうのもあるけどさ。それにランタ、やめるってどうすんだよ? 暗黒騎士だから他の職業にはつけないだろ」 

 

 「あ、そう、だよな。俺、暗黒騎士だから、ずっとこのままだし。くそ、何で、俺は暗黒騎士なんかに……」  

 

 先程とはうって変わってテーブルを静寂が支配する。

 

 皆がため息をついているとそこで見覚えのある奴が手を振って近づいてきた。

 

 「あれ、お前ら! ひっさしぶりじゃん!」

 

 「元気!」とチャラそうな顔で近づいてきたのはキッカワだった。

 

 キッカワは最初にグリムガルに来た時に一緒だった十三人の内の一人だ。

 

 何というか立派な鎧を身につけ、柄頭に飾りのついた剣を携えている。

 

 ずいぶん景気が良さそうだ。

 

 今は先輩義勇兵のチームであるトキムネって人のパーティに所属しているようで、結構上手くやっているらしい。

 

 キッカワは馴れ馴れしくハルヒロとモグゾーの間に割り込むと「ビール、ビール、ビールね!」と注文し始めた。

 

 ここで飲むつもりなのか? 

 

 正直、今このテンションにはついていけそうにない。

 

 僕はキッカワの話を聞き流す事に決めてビールを煽る。

 

 最初は構わず軽口を叩いていたキッカワだったが、ハルヒロからマナトの事を聞くと、流石に自重して少し声のトーンが落ちる。

 

 「そっかぁ、マナトっちがね。できる男って感じだったからさ。神官だったけ、パーティの要か。死亡率も低くないって聞くし、狙われやすいしね」

 

 「そうなの?」

 

 「そうりゃそうでしょ。敵だって神官が治癒者(ヒーラー)だって知ってる訳だし。まずアイツを殺れって事になるでしょ。そうなると俺っちみたいな戦士は前に出て神官守るって流れになる訳だし」 

 

 「……僕は助けてもらってばかりで、守って上げられなかった」

 

 モグゾーが悔しそうにしながら俯く。

 

 それはモグゾーだけじゃない、僕だって同じだ。

 

 もっと僕らがしっかりしていれば――

 

 「ま、そう暗くならずにさ。前向きに行くしかないでしょ、前向きにさ」

 

 「前向きって言ってもよ、神官いなきゃどうにもならないだろ」

 

 そう、今パーティには神官が居ない。

 

 先程もキッカワ自身が言っていたが傷が癒せる神官はパーティの要。

 

 神官がいなければ、碌に狩りに出る事もできないのだ。

 

 「探せばよくない? 俺さ、顔広いから知ってるよ、見習い義勇兵のお前らでもスカウトできそうな神官の事」

 

 「え、本当に?」

 

 「誰だよそれ!」

 

 地獄に仏だ。

 

 どういう意味かは正確に思い出せないけど、こんな時に使う言葉だった気がする。

 

 正直、ウザいとか思ってたけど、ごめん、キッカワ。

 

 「その前にさ。お前ら名前なんだっけ? どうしても思い出せないくてさ、教えてクレッシェンド?」 

 

 舌打ちを堪えた自分を褒めてやりたくなった。

 

 確かに影は薄いし、話した事もほとんどないけど。

 

 なんで名前も覚えてない相手のテーブルでそんな馴れ馴れしく、酒飲もうと思ったんだよ?

 

 ユキトはすべての文句を飲む込むつもりで残っていたビールをすべて飲み干した。 

 

 

 シェリーの酒場を後にし、紹介された神官との顔合わせを終えた四人は足取り重く、義勇兵宿舎へ帰ろうと歩いていた。

 

 皆、すでに酒が抜けているのか口数は少ない。

 

 そんな沈黙に耐えかねてユキトはポツリと呟いた。

 

 「……シホルやユメは大丈夫かな」  

 

 結局、あの後二人がどうしたのかは分からない。

 

 しかも二人に黙って神官の事まで決めてしまって。

 

 「大丈夫だろ、多分。もう流石に戻ってるって」

 

 「そうだよね」

 

 再び沈黙し、足音だけが辺りに響いている。

 

 この辺りは裏路地になっており、治安もあまりよくない。

 

 掃除も行き届いておらず、ゴミも所々に散乱している。 

 

 普段はこの道は通らないのだが、今日は疲れた。

 

 早く帰りたいと義勇兵宿舎への近道を選んだのだが―――

 

 「こっちやっぱり雰囲気良くないね」

 

 「ビビんなよ、モグゾー。さっさと帰ろうぜ」

 

 「どうしたの、ハルヒロ?」

 

 隣を歩いていたハルヒロが立ち止まり、キョロキョロと周りを見ている。

 

 「いや、なんか変な音がしないか?」

 

 「えっ」

 

 全員で耳を澄ませてみると、何か甲高い音が聞こえてきた。

 

 これはつい最近聞いた覚えがある音だった。

 

 「……金属音だよね」

 

 「うん」

 

 何度も金属がぶつかる音が響いてくる。

 

 これってまさか―――

 

 気がつけば路地を歩いているのはユキト、ハルヒロ、ランタ、モグゾーの四人だけしかいない。

 

 引き返すべきだろうか?

 

 なんか凄まじく嫌な予感がする。

 

 「どうする? 引き返す?」

 

 「ビ、ビビってんじゃねーよ、お前ら! 引き返したら遠回りになるだろうが!」

 

 明らかな虚勢だけど、こんな時までランタはブレないみたいだ。 

 

 「じゃあ、ランタ先頭でお願い」

 

 「ふざけんなよ、ユキト! お前が前に出ろよ、戦士だろうが! ハルヒロ、逃げんな!」  

  

 「喧嘩しないで」 

 

 誰が先頭で行くかで揉み合う僕らは傍から見たら馬鹿にしか見えないだろう。

 

 そんな馬鹿な事をしている間にも、金属音は大きくなり、そしてキィィィンという一際大きな音と共に何かが吹っ飛ばされてきた。

 

 壁に叩きつけられたそれは、地面に崩れ落ちるとピクリとも動かなくなる。

 

 手には剣を持ち、荷物が詰め込まれたバック、そして身につけた装飾品とマント。

 

 ―――倒れているのはおそらく義勇兵だ。

  

 倒れ込んだ義勇兵?から赤い血が流れ、地面に染みを作っていく。

 

 「な、何が?」

 

 コツ、コツと僕達とは違う足音がゆっくりと近づいてくる。

 

 本能的に逃げなきゃと思うのだが、足が動かない。

 

 皆、同じで全員がその場に案山子のように佇んでいる。

 

 そして現れたのは見覚えのある人物だった。

 

 「ん? 誰かと思えば、お前か。つくづく縁があるようだな、二刀使いの見習い義勇兵」

 

 手に持った長剣から血を垂らしながら、銀髪の死神がニヤリと笑みを浮かべていた。

 


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