灰と幻想のグリムガル 紅き眼のニ刀使い   作:kia

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第五話  悲劇

 

 

 

 運命の日と言っても過言ではないこの日。

 

 ユキト達は変わらずダムローの街に通っていた。

 

 通い始めてすでに十日以上が経っている。

 

 これだけ通えばダムローの構造は殆ど把握しているし、ゴブリン相手にも苦にならない程度に戦闘にも慣れ始めていた。

 

 「皆、ゴブリン3匹」

 

 「おっしゃ! 新しいスキルを見せてやるぜ!」

 

 「一人で突っ走るなよ、ランタ」

 

 「お前はいつも一言余計なんだよ。ハルヒロ!!」

 

 ロングソードを抜き、新たに覚えたスキル「憤慨突」を放つ。

 

 これは名の通り敵の間合いの外から踏み込んで突きを放つ技らしい。

 

 だが、ランタは間合いの見極めが甘く、ゴブリンに余裕で回避されてしまう。

 

 「なあぁぁ、避けてんじゃねぇ!!」

 

 案の定、今回も思いっきり外していた。

 

 「いや、普通に避けるだろ」

 

 だが、それを見越していたのかハルヒロがゴブリンの後へと回り込む。

 

 そして背面突きをよどみない動きで叩き込む。

 

 背中にダガーが深々と突き刺さると、ゴブリンは痙攣して倒れた。

 

 「止めだぁぁぁ!!」

 

 容赦のないランタの追撃がゴブリンの喉元に突き刺さり僅かに痙攣した後、動かなくなった。

 

 「よっしゃァァァ!! 悪徳ゲェェェット!!」

 

 倒したゴブリンの体から一部をはぎ取り高々と空に向けて持ち上げる、ランタ。

 

 何度見ても悪趣味。

 

 やっぱり暗黒騎士は合わないとつくづく思う。

 

 だが、今注目すべきはランタでは無くハルヒロだ。

 

 素早く敵の背後に回り込み、一撃を持って仕留める。

 

 まだ甘さがあったのか確実に倒す事は出来なかった。

 

 だが、もっと経験を積み、技が練れれば確実に敵を仕留める事ができるようになる筈だ。

 

 正直、ランタやモグゾーよりもハルヒロの方が凄い。

 

 素早く敵に忍び寄る動き。

 

 的確に状況を把握する視野の広さ。

 

 十分に優れた資質を持っていると思う。

 

 だがハルヒロに言っても信じないだろう。

 

 彼は自己評価が低く、どこか卑屈さすら感じさせる時があるからだ。

 

 「そんな事ないのにな。……僕も負けてられない」

 

 ユキトも腰から両手でショートソードを抜き、ゴブリンに斬りかかる。

 

 「ッ!」

 

 振り下ろされた敵の一撃を右の剣で弾き、無防備になったゴブリンの腹を左の剣で斬り裂いた。

 

 腹を斬られ敵の動きが鈍る。

 

 追撃の手を緩めず返す刀でゴブリンを袈裟懸けに叩き斬った。

 

 斜めに裂かれ出血するゴブリンは二歩、三歩と後ろに後ずさりしてい

く。

 

 「今だ、モグゾー!」

 

 「どぅもー!!」

 

 そこを見逃さず踏み込んだモグゾーのスキル『憤怒の一撃』が炸裂した。

 

 このスキルは戦士にとっての基礎中の基礎、ユキトですら使える技だ。

 

 なんでか技を出す時モグゾーは「どぅもー」という掛け声を出す事から仲間達は「どうも斬」と呼んでいた。

 

 モグゾーの「どうも斬」の威力はユキトのものとは桁違いの威力がある。

 

 あの巨体から繰り出される一撃をゴブリンが防ぐ事はできない。

 

 振りぬかれたバスタードソードの刃は斜めにゴブリンの胸まで深く食い込み、致命傷を与えた。

 

 「よっしゃァァ!! もう一つ悪徳ゲットォォォ!!」

 

 ランタは嬉々として倒れ込んで動けないゴブリンに猛然と襲い掛かる。

 

 その姿に女性陣は二人は白い目を向けている。

 

 明らかに好感度がダダ下がりである。

 

 「暗黒騎士は野蛮やなぁ」

 

 「こらぁ、そこ! 野蛮じゃねーよ! 高尚に残虐と言え!」

 

 「……何も変わらないし」

 

 「シホル、聞こえてるからな!」 

 

 新しいスキルを使う他のメンバーも負けてはおらず、苦も無く残りのゴブリンを倒すことができた。

 

 「お疲れ、皆。怪我した人はいない?」

 

 「楽勝! 新しいスキルのおかげだな!」

 

 「思いっきり外してただろ、お前」 

 

 「いちいちうるさいんだよ、ハルヒロ!」

 

 いつも通りの会話を聞きながらユキトは頬を緩める。

 

 今回、パーティメンバーそれぞれがギルドで新しいスキルを習得してきた。

 

 その中でユキトは少し悩んだが、二刀の基礎を教えてもらった。

 

 これは同じく戦士のモグゾーが居る事が関係している。

 

 二人で同じスキルを学び、単純にパーティの突破力を上げるという選択もできた。

 

 だが話し合いの結果、それぞれの特性を生かし別のスキルを習得する事で戦術の幅を広げようという事になった。

 

 それはモグゾーとは別の方面で戦う術を身につけたかったユキトにとっても願ったりだった。

 

 「ハァ、思った以上に実戦で二本の剣を振るうのは大変だな。でも大分上手く振れるようになってきた」

 

 どうやら毎晩の素振りも無駄では無かったらしい。

 

 まだぎこちなさはあるが、剣を振り初めた頃よりはずいぶんマシに見える。

 

 確かな手応え感じるが、油断は禁物。

 

 ゴブリン自体決して馬鹿な連中ではない。

 

 彼らは知恵を持ち、不利な戦いはせず、集団で行動することを好む。

 

 数を頼りに攻撃を仕掛けてきたら厄介だ。

 

 それでも今までの戦いの中、武器を使う者はいても、技を使ってくる奴はいなかった。

 

 油断さえしなければ、ゴブリンの攻撃は捌くことができる。

 

 剣についた血を振り払い、鞘に納めるとマナトが神妙な顔つきで周りを見ている事に気が付いた。

 

 「マナト、どうしたの?」

 

 「うん。少しゴブリン達の様子がおかしい気がしてね」 

 

 「そういえば……」

 

 確かに少し気になってはいた。

 

 これまで遭遇したゴブリン達はどこか余裕が感じられず、隙あらば逃げようとしていた。

 

 まるで何かに怯えているかのように。 

 

 「……どうする? 今日はもう引き上げたほうが……」

 

 「何言ってんだ、これからだろうが」

 

 話を聞いていたのか全員が注目する中、マナトは少しだけ迷ったように周りを見渡すと、首を横に振った。

 

 「いや、ランタの言う通りもう少しだけやろう。皆の調子もいいみたいだし」

 

 「そうこなくっちゃな!」

 

 「でも無茶は駄目だ。危ないと判断したら、退くよ」

 

 「わかってるっての!」

 

 誰も他に反対意見を言わなかったので、そのまま探索続行する事になった。

 

 「でも気になるんだよな」

 

 殆ど根拠もない勘のようなものだが、少し気になった。

 

 それからも何かがあった訳でもなく、狩り自体に変化はない。

 

 今まで通りに少数のゴブリンを狙い仕留めにいく。

 

 しかし成果は上がらず。

 

 何故ならゴブリン自体が見つからないか、発見してもすぐに逃げられてしまうからだ。

 

 「たく、全然居ねぇじゃねぇかよ」   

 

 「もしかして暗黒騎士の呪いだったりしてなぁ」

 

 「……そうかも」

 

 「何言ってんだ、お前ら!! 本当に呪うぞ、ゾディアックん呼ぶぞ、コラァ!!」 

 

 暗黒騎士は自分に憑りついた悪霊を呼び出し、使役する事が出来る。

 

 悪徳を積み重ねることで暗黒騎士自身のスキルだけでなく悪霊もパワーアップする。

 

 詳細は知らないが、ランタに憑りついている悪霊、それがゾディアックんである。

 

 ちなみにゾディアックんとはランタが自分の悪霊に名付けた愛称だ。

 

 うん、微妙、というか愛称のが長いってどうなのよ、ランタ。

 

 「昼間だから呼べないじゃん」

 

 この悪霊という奴が使えるのか使えないのか非常に微妙だ。

 

 曰く気が向いたら敵が近くにいると教えてくれるだの、敵の耳元で何かを囁いて妨害してくれるだの、そんなものばかり。

 

 しかも昼間は呼び出せないというおまけ付き。

 

 夜にはオルタナに帰ってるからあまり意味がない。

 

 「バァカ! 悪徳が十一超えたから日暮れ時とか、朝日が昇る前とかなら召喚できるようになったんだよ!」

 

 「夕方とは日の出前とか、普通にオルタナに戻ってるだろ。やっぱり微妙だよな、悪霊」

 

 「でもゾディアックんは飼い主のランタと違ってちょぴっとかわいいからなぁ」

 

 「飼い主じゃねぇつの!」

 

 一度見せてもらったけどアレはかわいいなんてものじゃなかったような気がする。

 

 いつも通りの馬鹿話をしている内に昼時になり、楽しい昼食の時間になった。

 

 各々がバックから干し肉やパンを取り出し、食事の準備を始める。

 

 食事時になるとユメは食材を少しだけ削って地面に置き、「白神のエルリヒちゃん、いっつもありがとう」と言って手を合わせる。

 

 これはユメが食事をする時に行っているもので、狩人のギルドの掟で毎回行うように決められているらしい。

 

 「それってさ、狩人ギルドの掟でやるように決められてるんだよね?」

 

 「そうやなぁ。白神のエルリヒはすっごい大きい狼でな。そいで大きな黒髪のライギルっていうこれも大きな狼がおってエルリヒちゃんとはものすっごい仲が悪いねん。狩人はエルリヒちゃんが守ってくれてるから、狩りとか毎日つつがなくできるんやって」 

 

 良く分からないけど、つまりは信仰しているという事か。

 

 つまり神官にとってのルミアリス。

 

 暗黒騎士にとってのスカルヘルみたいなものだろう。

   

 「えっと、大丈夫なの? ちゃん付けとか」

 

 「怒られた事ないしなぁ。でも心配してくれてありがとうな、ユキくん」

 

 「え、いや、ははは」

 

 別に何となく気になっただけで、心配した訳ではない。

 

 何か凄く悪いことをした気分になってきた。

 

 それからは楽しい昼食時間が続く。

 

 ランタの悪態に珍しくシホルがムキになって怒ったり。

 

 ユメとの言い合い、ハルヒロが突っ込む。

 

 そんな掛け合いを聞きながら皆で楽しく話しているとポツリとマナトが呟いた。

 

 「……いいパーティになったな」

 

 「え?」

 

 「ゴブリン三匹程度なら簡単に捌けるようになったし、皆、怪我もしないようになった。ユメは弓よりも剣鉈が得意だよね。力も意外にあるし、勇気もあるからいざって時はユメが助けてくれるかもって思ってる」

 

 「えっと、まあ怖いとかはあんま思わんかも。弓が下手くそなのは、勘弁して欲しいなぁ」

 

 ユメの持っている剣鉈を見る。

 

 剣鉈はハルヒロのダガーよりは長く、ユキトのショートソードよりは短い。

 

 さっきの戦いでもユメはあの剣鉈を使い、上手くゴブリンに手傷を与えていた。

 

 彼女はもしかすると弓よりもそっちに才能があるのかもしれない。

 

 「モグゾーは頼りになる。決めるときは決めるし、剣の扱い方も上手い。それにランタも凄い、特に常に攻めていく姿勢とかさ。失敗も恐れないからスキルとか誰よりも早く使えるようになるよ」

 

 「そ、そうかな」

 

 「ま、まーな」

 

 「シホル―――シホルは周りが良く見えているよね。新しく覚えた影魔法は標的を足止めしたりする魔法が多いって聞いた事がある。いざという時、仲間の助けになりたいと思って覚えたんでしょ」

 

 シホルは恥ずかしそうに俯きながらもコクリと頷いた。

 

 魔法は炎熱、氷結、電磁、影の四系統存在している。

 

 今回シホルが覚えたのは影魔法という奴だ。

 

 流石、マナトはよく見てる。

 

 それに最初に声を掛けた時につっかえたところを見ると、マナトはシホ

ルの気持ちにも気づいてるみたいだ。

 

 「ハルヒロは何だかんだで冷静だし、視野も広い。もしかすると俺よりもリーダーに向いてるかも」

 

 「え、俺が? 冗談だろ、マナト」

 

 「俺は本気だよ。そしてユキトはモグゾーとは違う強みがあるよね。どんな状況にも対応できるオールラウンダーっていうか。二刀の使い方が今より上手くなればきっと凄い剣士になると思う」

 

 「僕のはただの器用貧乏みないな感じだと思うけどね」

 

 でもそんな風に思っていたんて知らなかった。

 

 やっぱりマナトは全員をよく見てる。  

 

 「そういうマナトも凄いよ。指揮も的確で、回復から盾役までこなせる。オールラウンダーはマナトじゃない?」

 

 「そうだな。やっぱマナトがリーダーだよな」

 

 「うん。マ、マナトくんは凄いよ!!」

 

 顔を赤くしながら必死に訴えるシホルにやや苦笑しながらもマナトは笑顔を浮かべた。

 

 「ありがとう。でも俺の力なんて大したことないさ。皆が、仲間がいるから、こうして頑張れてるだけだよ」

 

 何というかやっぱり美形がそういう事言うのは反則だと思う。

 

 いつも以上に格好良く見える。

 

 シホルなんて顔を真っ赤にしてるし。 

 

 「さて、食事も終わったし、そろそろ行こうか」

 

 食事を終え、全員が準備を整えると再び探索を開始する。

 

 事前で作成した街の地図(手作り)を頼りに警戒しながら歩いていると、ハルヒロが手を上げて立ち止まるように合図した。

 

 「……いる」

 

 一人偵察する為にハルヒロが先に進む。

 

 此処にいる誰より素早く、慎重に歩を進めていく姿は流石盗賊だ。

 

 「いた。二匹いるけどアレはやばいって。一匹はすげぇでかい。俺達くらいあるかも」

 

 ハルヒロが慌てたように戻ってくると、口早に状況を説明する。

 

 「ホブゴブリンだ。ゴブリンの亜種で普通のより体格がいい。でも頭は良くないから奴隷みたいに使われてるって聞いた事がある」

 

 「へぇ、奴隷連れてるって事は、連れてるそいつは結構身分高いんじゃね? きっといいもん持ってるよな」

 

 「確かに普通の奴より、いい鎧付けてた。ホブの方も鎖帷子とか兜も持ってた」

 

 「おー」

 

 モグゾーがどこか羨ましそうに唸る。

 

 前に出る戦士は敵とぶつかる事が多く、防具は非常に重要なものだ。

 

 良い物は値が張るし、中古でさえ今の稼ぎでは厳しいものがある。

 

 もしもホブゴブリンが使っているものが手に入れば、モグゾーはさらに戦いやすくなる。

 

 「どうする?」

 

 「二匹やしなぁ」

 

 「……私が最初に魔法を当てれば後、たぶん、楽になるんじゃないかと」

 

 マナトはしばらく考え込んだ後、全員の顔を見渡し頷くと「やろう」と声を掛けた。

 

 作戦は単純、ハルヒロ、ユメ、シホルが先行し距離を取って攻撃。

 

 敵が気が付いたと同時に残りのメンバーが前に出る。

 

 モグゾーがホブゴブ、鎧ゴブをユキトが引き受け、魔法で援護するシホルを除いた全員で側面から攻撃を加えていくという作戦だ。

 

 作戦が決まったところで全員が円陣を組んで、手を重ねるとマナトの掛け声と共に手を跳ね上げる。

 

 「ファイト!」

 

 「「いっぱーつ!!」」

 

 前から思ってたけど、これなんなんだろうか?

 

 なんか懐かしい気もするけど。

 

 ハルヒロがユメとシホルを連れてゴブリンたちのいる場所へ移動する。

 

 その後を武器を構えたユキトたちがついていく。

 

 「オーム・レル・エクト・ヴェル・ダージュ!」

 

 シホルの杖からエレメンタル文字を描くと影のエレメンタルが射出され、同時にユメが矢を放つ。

 

 魔法使いはこのエレメンタルを操り、呪文とエレメンタル文字を描く事で魔法を使うことができる。 

 

 ユメの矢が鎧ゴブの頭上を通過し、気を取られた処にシホルの魔法が直撃する。

 

 「ゴブ!?」

 

 鎧ゴブ達はこちらに気が付いたように武器を持って、向かってくる。

 

 「出るぞ!」

 

 「モグゾー!」

 

 「うん!」

 

 最初に僕とモグゾーが飛び出すと、事前の打ち合わせ通りにそれぞれの敵へ走っていく。

 

 ユキトの狙いは鎧ゴブ。

 

 しかし鎧ゴブはこちらを無視し、別の場所へ矢を放った。

 

 「ぐっ」

 

 「ハルヒロ!?」

 

 振り返るとハルヒロの肩に深々と矢が刺さっている。

 

 シホルやユメを庇ったのか。

 

 しかし僕も仲間の方を気にしている余裕はなかった。

 

 鎧ゴブが剣に持ち替え、すぐさま斬りかかってきたからだ。

 

 「くっ」

 

 二刀を交差させ、鎧ゴブの一撃を受け止めると腕にしびれと共に剣の重さと衝撃が伝わってくる。 

 

 ハルヒロに気を取られ、捌く暇もなく真正面から受け止めてしまった。

 

 怪我はマナトが治療してくれる筈。

 

 なのに敵から注意を反らしてしまった。

 

 ユキトの持ち味はあくまでも手数。

 

 モグゾーのような打ち合いはできないというのに。

 

 「なんて迂闊なんだ、僕は!」

 

 自分の迂闊さに苛立ちながら、刃を押し込んでくる鎧ゴブに負けないようにこちらも目一杯力を込めた。

 

 鍔迫り合い。

 

 金属同士の擦れる嫌な音が耳に届く。

 

 そんな膠着状態を崩したのは、我らが暗黒騎士だった。

 

 「オラァァ!!」

 

 ロングソードで鎧ゴブに斬りかかるが、鎧の部分で防がれてしまう。 

 

 「ランタ!」

 

 仕切り直しだ。

 

 集中しながら二刀を強く握り、鎧ゴブに向かって突撃する。

 

 狙うは手に持っている剣。

 

 鎧ゴブの鎧が固い事はランタの攻撃を見て分かっている。

 

 モグゾーのように力で叩き潰すことができない以上、鎧の隙間でも狙えればいいんだろう。

 

 しかしユキトには相手の剣を避けながら狙う技術も度胸もない。

 

 でも武器を弾き飛ばせば、仕留める余地はいくらでも生まれる。 

   

 「ランタ、下がって!!」

 

 「おう」

 

 怪我をしたランタを下がらせ突っ込んできた僕に剣を向ける鎧ゴブ。

 

 その剣に右のショートソードを思いっきり叩きつける。

 

 キィィィンという甲高い音と共に剣を弾く。

 

 予想通りに剣を弾いた瞬間、懐ががら空きになった。

 

 そこを目がけて左の一撃を叩き込む。

 

 「グィィ!」

 

 「……やっぱり固い」

 

 腹の部分に傷がつくが致命傷には至らない。

 

 それでも隙は作れた。

 

 続けて剣を振るおうと前に出ようとしたその時、予期せぬ一矢がこちらに向けて放たれた。

 

 「なっ!?」

 

 咄嗟に無理やり体を捻り、無我夢中で地面を転がるようにして伏せる。

 

 飛んできた矢が今までユキトが居た場所を射抜いた。

 

 危なかった。

 

 位置からして頭を射抜かれていてもおかしくなかった。

 

 「どこから?」

 

 見れば壁の陰から弓を構えている鎧ゴブの姿が見えた。

 

 隠れていた? 

 

 いや、違う。

 

 鎧ゴブは何かの荷物のような物を抱えていた。

 

 さらに後方から別のゴブリンの姿が見える。

 

 「運が無いにも程がある!」

 

 僕は思わず毒づいてしまった。

 

 あのゴブリン達の格好から見てこの場に現れたのは偶然に過ぎないのだろう。

 

 つまり獲物を見定めて奇襲を仕掛けたつもりが、いつのまにか遭遇戦という奴になっていたのだ。

 

 追撃してきた鎧ゴブの剣から地面を転がって逃れながらモグゾーの方を見るとあちらも苦戦していた。

 

 モグゾー渾身の「どうも斬」ですらホブゴブには通用せずただ揺らぐだけで致命打にはなっていない。

 

 それどころか棍棒で滅多撃ちにされている。

 

 ハルヒロが援護につくが、焼け石に水だ。

 

 マナトの方は怪我をしたユメやランタの治療で手がふさがっている。

 

 こちらも鎧ゴブからの攻撃から逃れるだけで精一杯。

 

 これで他のゴブリン達が増援に来れば、手がつけられなくなる。

 

 「限界だよね、これは」

 

 マナトもそう思ったのだろう。治療を終えると同時に全員に向けて声を上げた。

 

 「みんな、逃げろ! 逃げるんだ!」

 

 ホブゴブに組みついていたハルヒロを助ける為にマナトがショートスタッフで強打を放つ。 

 頭を何度か殴打され怯んだ隙に立ち上がったハルヒロと共に転進する。

 

 それを見た僕も転がりながら振りかぶられた鎧ゴブの剣を力任せに弾き、腹を蹴り飛ばした。

 

 「ユキト!?」

 

 「大丈夫!」

 

 すぐ様立ち上がると、飛んでくる矢に気を付けながら先に走るマナト達の背中を追う。

 

 走りながら背後を振り返ると鎧ゴブが転びながらも何かを投げようとしている姿が見えた。

 

 狙われているのは無防備なマナトの背中。

 

 「させない!」

 

 咄嗟に射線上に割って入ると鎧ゴブが投げたナイフのような物を剣で受け止めた。

 

 「ぐっ!」

 

 しかし完全に勢いを止める事は出来ず、弾かれたナイフはユキトの肩を掠めて飛んで行った。

 

 「ユキト!」

 

 「振り返るな!!」

 

 痛みもあり、血も出ているがこんな物は怪我の内には入らない。

 

 そう思い込む。

 

 後はただひたすらに敵から逃げるようにして仲間の後を追っていく。

 

 危険な場所から少しでも遠くに行こうと走り続け、ダムローの入り口付近まで戻ってくる事が出来た。

 

 この辺りならばゴブリンもそう出てこない筈だ。

 

 「ハァ、ハァ、ハァ」

 

 全員が息を切らし、膝をついて倒れ込んだ。

   

 「ちくしょう、何だよあいつら! それに次から次に駆けつけてくるとか反則だろうが!!」

 

 ランタが悔しそうに地面を殴った。

 

 気持ちは分かる。

 

 新しいスキルを覚え戦闘でも苦戦しなくなり、マナトから長所を上げてもらった所為か、皆がやる気になっていた。

 

 にも関わらずいきなり冷水を頭からぶっかけられたような気分だった。

 

 要するにこの場にいた全員が調子に乗っていたのだ。

 

 それでも運が良かったのかもしれない。

 

 今の戦いは一歩間違えば確実に誰か死人が出ていた筈だ。

 

 「痛ッ!?」

 

 ナイフが掠めた肩がジンジンと痛む。

 

 

思ったよりは深い傷だったのかもしれない。

 

 「ユキト、今治すから」

 

 マナトが『キュア』を使おうとするが、手から光が発せられる事はない。

 

 「……ごめん、魔法使えないみたいだ。少し休めば使えるようになると思う」

 

 おそらく戦闘で魔法を使い過ぎたのだ。

 

 でもこれくらいなら我慢できなくはない。

 

 「いいよ、これくらいは我慢できる」

 

 「使えるようになったらすぐに治すから。皆、今日は―――」

 

 そのマナトの言葉は続かなかった。

 

 聞こえたのは風切り音。 

 

 そして何かが激突したような鈍い音。

 

 飛び散った生温かい血が僕の顔に付着する。

 

 一体、何が起こった?

 

 ゆっくりと横を見る。

 

 地面に転がったマナト。

 

 突き刺さる戦斧。

 

 そこでようやく理解する。

 

 ―――横から飛んできた大きな斧がマナトの肩に直撃したのだと。 

 

 大量に出血し赤く染まった体と大きく抉られた傷跡。

 

 これはもう素人目で見ても、もう―――

 

 自然と息が上がり、体に震えが走る。

 

 そしてゆっくりと顔を上げ、これを生みだした元凶に視線を向けた。

  

 そこにいたのは絶望。

 

 今のユキト達では決して勝てない相手。

 

 人間よりも大柄で、鼻が潰れ、耳がとがり、大きな口と牙が見える。

 

 人間達にとっての仇敵であり、天敵。

 

 

 三体のオークが殺意を漲らせてそこに佇んでいた。

 

 

 左右に付くオークは盛り上がる筋肉と屈強な腕に戦斧を持ち、そして巨大な鉈のような武器を腰に掛けている。

 

 この二体だけでも明らかな強敵。

 

 今の自分達には微塵も勝ち目はないだろう。

 

 しかしさらなる絶望として存在しているのが、一番奥に佇むオークだった。

 

 肌は他と違い緑ではなく、浅黒い。

 

 体も他と比べてスマートで顔に傷を持ち、手に持つ柄の両端から伸びる長い黒刃が不気味に光っている。

 

 未熟なユキト達ですら分かる。

 

 アレは化け物だ。

 

 戦って万に一つの勝ち目もない。

 

 挑めばあっさり一蹴されてしまうだろう。 

 

 全員が呆然と立ち竦むだけで現状を理解できていない。

 

 そんなユキト達を正気に戻したのは、相手から聞こえてきた声だった。

 

 「……ゼンインクズダナ。タタカウカチモナイ。アイツラモ、ソコニコロガッテルゴミトオナジヨウニシテヤレ」

 

 黒いオークは口元を歪める。

 

 それは明らかに侮蔑が籠った笑いだった。

 

 オークが人語を話した事も驚いたが、そんな事よりもアイツの態度と告げた内容に頭が沸騰しかける。

 

 アイツは笑ったのか? 

 

 それにゴミだと? 

 

 マナトの事を言ったのか?

 

 倒れ伏す仲間を侮辱された事で冷静さを失いかけるが、後ろに居たハルヒロの声で正気に戻った。

 

 「皆、逃げろ! モグゾー、マナトを担いで!」

 

 「う、うん」

 

 そうだ。

 

 悔しいけど今はとても敵わない。

 

 逃げるしかないのだ。

 

 しかしそれをさせまいと一体のオークが大鉈を構えて突撃してくる。

 

 ユキトは逃げる仲間達を追わせまいとオークの前に立った。

 

 「ユキト!?」

 

 「逃げて、早く!!」 

 

 「くそ!」

 

 突進してくるオークはまさに暴風そのもの。

 

 受け流すつもりだったが、無理だ。

 

 あんなもの今の僕には受け流せない。

 

 受ければ死ぬ。

 

 振りかぶられた大鉈を横っ跳びで逃れるがオークの攻撃はそれだけでは終わらなかった。

 

 左足を軸にして右足で蹴りを放ってきたのだ。

 

 当然、避ける事などできない。

 

 咄嗟に剣を盾にする。

 

 しかし次の瞬間凄まじい衝撃と共にユキトは吹き飛ばされてしまった。  

 

 「ぐぁぁぁぁ!!」

 

 受身を取る暇もなく崩れかけた壁に激突し、激しい痛みが全身に襲いかかる。

 

 「グハッ! ゲホ、ゲホ、ハァ、ハァ」

 

 苦しくて息ができない。

 

 凄まじい痛みを堪えようと思わず蹲ってしまう。

 

 剣で受けたからこの程度で済んだ。

 

 もしも直撃だったら、即死していてもおかしくない。

 

 近づいてくる足音に、今にも意識を失いそうになりながら顔を上げる。

 

 掠れる目を開くといつの間にかオーク達が近くに来ていた。

 

 「……クズメ。サキニシンダゴミノヨウニシネ」

 

 まただ。

 

 またアイツの侮蔑した声が聞こえる。

 

 見上げれば再び口元を歪めていた。

 

 ちくしょう。

 

 悔しい。

 

 悔しさのあまり涙が出る。

 

 反論したくても、声がでない。

 

 訂正させたくても、力がない。

 

 このまま僕は死ぬのか。

 

 何もできないまま、仲間を侮辱されたまま、無力なままで。

  

 振りかぶられる大鉈。

 

 せめてもの意地。

 

 死ぬまで目を逸らさない。 

  

 刃が振り下ろされそうになったその時、この場には似つかわしくない綺麗な声が聞こえてきた。     

 

 

 「その辺にしておいたらどうだ? 弱いものいじめなどつまらんだろう」

 

 

 「え?」

 

 

 未だに引かない痛みとは別に何故か悪寒が走った。

 

 いつからそこにいたのか長剣を携えた軽装の女性が立っている。

 

 忘れる筈は無い。

 

 あの時、感じた恐怖の事を。

 

 長い銀色の髪と不気味なほどに輝く紅い瞳を持った死神がそこにいた。

 


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