灰と幻想のグリムガル 紅き眼のニ刀使い   作:kia

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第四話  生活

 

 

 

 

 日々、糧を得て毎日を生きるという事は酷く大変な事である。

 

 それはここグリムガルに来てから毎日痛感している事だった。

 

 「ランタ、そっちに行った!」

 

 「わあってるつーの!!」

 

 逃げたゴブリンの先に回り込み剣を叩きつけるランタ。

 

 しかしゴブリンは上手く剣を避けるとその背後へ体を潜り込ませた。

 

 「このやろ―――うわあ!?」

 

 ランタの顔の真横をユメの放った矢が通り抜ける。

 

 「また外れた!」

 

 「ユメ、お前ぇ、ぐぇ!!」

 

 今度はシホルの杖から発せられたマジックミサイルがランタの後頭部に直撃する。

 

 「シホル、どこ見てんだ!!」

 

 シホルは眼を閉じていた。

 

 あれではまともに当たる訳はない。

 

 「ユキト、ハルヒロ、頼む!」

 

 わめくランタを無視し控えていたユキトとハルヒロが木の陰から飛び出すとゴブリンの前に立ちふさがった。

 

 もちろん矢面に立つのは戦士であるユキトだ。

 

 ショートソードを抜き、ゴブリン目掛けて斬り込む。

 

 狙うは首だ。

   

 「ハ!」

 

 ゴブリンの剣を横に体を逸らして避け、振り抜いた一閃。

 

 狙い通り刃がゴブリンの首を捉え一撃を与える。

 

 だがゴブリンは死なず、血を流しながらも生きていた。 

 

 それは想定済み。

 

 注意を引きつけられれば十分なのだから。

 

 ユキトの一撃に後ずさるゴブリンの背後から忍び寄ったハルヒロのダガーが急所に刺さり、僅かに痙攣して倒れ込んだ。

 

 「よし、後一匹!」

 

 「久しぶりの獲物、逃がすかよ!」

 

 ユキト達は今日も今日とてゴブリン狙いで狩りに赴いている。

 

 基本的には単独のゴブリン(多くて二体)を狙い、囲んで仕留めるという戦法を用いていた。

 

 これは僕たちの経験や実力不足をマナトが考慮し考えた安全策である。

 

 まあ、今の僕たちの実力からして当然の判断だった。

 

 今までと違う点があるとすれば場所だ。

 

 最初の狩場である森から移動し、廃墟と化した街に移動していた。

 

 ダムローと呼ばれたこの街はかつてアラバキア王国第二の都市として栄えていたらしい。

 

 それこそ今住んでいるオルタナよりもだ。

 

 しかし不死の王と呼ばれる者が各種族をまとめ作り上げた諸王連合と呼ばれる勢力によって滅ぼされてしまった。

 

 紆余曲折あり諸王連合は不死の帝国と名を変え辺境に席巻していた。

 

 だが、不死の帝国皇帝だった不死の王が何故か崩御。

 

 その後、分裂した不死の帝国の隙を突きアラバキア王国がオルタナを建築。

 

 今なお他種族と戦争を続けているというのが現在における人間達の状況である。

 

 このダムローも今はゴブリン達の勢力下にあるらしく、森よりは狩場として良いのではというマナトの提案に乗り、場所を変えたという訳だ。 

 

 「おらぁ!」

 

 追い詰めたもう一匹のゴブリンにランタがロングソードを突き出すと、刃が胸に突き刺さる。

 

 突き刺さった箇所から血が流れ「グェ」というゴブリンの苦しげな声にランタの動きが一瞬止まった。

 

 「くそ!」

 

 戦闘終了後の悪趣味なアレを見る限り全くそんな風には見えない。

 

 だが意外とランタも命を絶つ事にどこか躊躇いがあるらしい。

 

 ユキトはフォローするつもりで側面に回り込みショートソードを振るう。

 

 動きを止めたランタに伸ばそうとしていた手が切られ、怯んだところに構えていたモグゾーの一太刀が見舞われる。

 

 「フモォ!!」

 

 突風を巻き起こし、叩きつけられた一撃はユキトやランタと比べても明らかに重い。

 

 その証拠に上段から振り下ろされたバスタードソードがゴブリンの頭を押しつぶし、血が飛び散った。

 

 ゴブリンは頭をつぶされ成す術なく崩れ落ちる。

 

 ユキトは剣を納めながらひしゃげたゴブリンを見た。

 

 「……やっぱり地力が違うな」

 

 モグゾーは動きこそ鈍いがその攻撃力はパーティの中でも抜きんでている。

 

 あの巨体から繰り出される斬撃と比類するものを今のパーティメンバーから出せるものはいない。

 

 正直、羨ましいほどだ。

 

 ユキトではどんな風に鍛えてもモグゾーのようにできるまで、何年掛かるかわからない。

 

 「いや、いや。落ち込んでもしょうがないでしょ」

 

 自分はモグゾーではないし、多分才能にもそれほど恵まれていない。

 

 というか無い。

 

 ならば無いものねだりをしても仕方がないし、何も変わらない以上できることをするだけ。

 

 目下の目標は二刀をキッチリ使いこなせるようになる事。

 

 といっても使いこなすどころか、基礎すら満足に知らない訳で。

 

 今、できることは二刀を使って素振りする事。

 

 そしてスキルを教えてもらう為にお金を貯める事くらいだ。

  

 「おいユメ! お前俺に当てようとしただろ! シホルも魔法撃つとき目を閉じんじゃねぇ!!」

 

 「ご、ごめんなさい」

 

 「何で当たらんのかなぁ」

 

 「下手くそだからだろ、このちっぱい!」

 

 「ちっぱいって言うな!」

 

 ユメとランタがいつものように喧嘩を始めてしまった。

 

 見るからに不毛な言い争いだけど、何かこれを聞いているといつも通りだなぁと気が抜けてしまう。

 

 もしかしてかなり毒されてるのだろうか?

 

 それにしてもこの二人はよくも毎回毎回喧嘩ができるなぁと思わず感心してしまう。

 

 喧嘩するほど仲が良いという奴なのだろうか。

 

 どこで聞いたかは忘れたけどそんな言葉があった気がする。

 

 「この貧乳、貧乳!」 

 

 「貧乳って言わんといて! まだちっぱいの方がまだかわいいんやから!」

 

 「ハッ! この貧乳、貧乳、貧乳がァァ!」

 

 「むっかぁぁぁぁ!!」

 

 それをいえばシホルにもたまに、いや何時もセクハラしてるし。

 

 そのシホルも結構黒いこと言ってるから、単純に仲が良いという訳ではないのかも。

 

 ユキトがそんな馬鹿な事を考えている隙にハルヒロがゴブリンが身につけていた首飾りや他の荷物をはぎ取った。

 

 あれでも最低一シルバーにはなる筈だ。

 

 「はいはい、そこまで。二人とも怪我見せて」

 

 マナトが怪我をしたメンバーに癒しの魔法である「キュア」を唱え、傷を治していく。

 

 「ユキトも」

 

 「いや、僕は大丈夫だから」

 

 「駄目だよ。万が一って事もあるからね」

 

 「……うん。分かった」

 

 マナトはやや心配性というか、完璧主義的な所があると思う。

 

 それも皆を心配しての事だし文句はない。

 

 しかしそれが何故か少しだけ気になった。

 

 「でも久しぶりに収穫があったね」

 

 「ホント、最近は酷かったもんなぁ」

 

 ハルヒロの言う通り、ここ最近の成果は酷いものだった。

 

 最初に森で泥ゴブリンを仕留める事ができたのは運が良っただけ。

 

 それ以降は収穫無しなんてのも決して珍しくない状態だ。

 

 ダムローでも狩りを始めたばかりで不安もあったが、眠っていたゴブリンを発見しなんとか仕留める事ができた。

 

 この調子でいけば、今日の収穫は期待できるかもしれない。

 

 「よし、この調子で街の様子を確認しながら、慎重に行こう」

 

 「おう」

 

 「うん」

 

 「わかった」

 

 いつも通りモグゾーと共にパーティの前に出る。

 

 ダムローは廃墟というだけあって、崩れた壁やら天井やらで死角が非常に多い。

 

 思わぬ方向からの襲撃に対応できるように神経を使いながら、破壊された街の中を散策していった。

 

 

 

 

 あの後ダムローの街を色々と散策したが、ゴブリンを一体仕留める事ができただけで他に大した成果は上がらなかった。

 

 今日の稼ぎは一シルバーと五十カパー。

 

 全く稼ぎがない時もあったので、マシではあるのだがそれでもやっぱり多くはない。

 

 ここグリムガルの貨幣はゴールド、シルバー、カパーの三種類ある。

 

 一ゴールドで百シルバー。

 

 一シルバーで百カパーの価値がある。

 

 一日過ごすのに必要最低限のお金は十カパーくらい。

 

 日々暮らすだけであれば今日の稼ぎも悪くはないのだが、自分たちは義勇兵見習い。

 

 身に着ける防具や使用する武器の研ぎ。

 

 さらには着ている服や下着に至るまでキッチリしなくてはならない。

 

 まあ下着や服は多少ボロでも切迫した問題にはならないが(身だしなみや衛生面で問題があるといえばあるが)、武器や防具は別だ。

 

 武器はきちんと手入れしなくては使い物にならなくなるし、防具も綻びがあればそこが致命傷になりかねない。

 

 つまりきちんとしようとすればそれだけお金がかかるという訳だ。

 

 「ハァ、高いよな」

 

 「そうだね」

 

 ハルヒロと一緒に武器屋を覗いてみても、とても手が出ない。

 

 中古でさえいい物を手に入れようとすれば五十シルバーくらいは軽く必要だった。

 

 団章の二十シルバーすら払えてないのにこんなもの買える訳がない。

 

 「でもあの剣はいいなぁ」

 

 奥に飾られている剣はシンプルでありながらもキッチリとした作りであり、長さも丁度よいくらいだ。

 

 あれが二本あれば―――そう思って値段を見るとあまりの値段に気絶しそうになった。

 

 「二十ゴールド!? 買える訳ないよ、あんなの……」

 

 「高ぇ、防具はどうする?」

 

 「僕は今のところはいいかな。ハルヒロは?」

 

 「俺もいいかな」

 

 盗賊であるハルヒロはもちろんだが、ユキトも戦士の割には軽装である。

 

 これは単純に防御力よりも動きやすさを重要視した結果だ。

 

 重い防具で身を固めても、動けなくなっては意味がない。

 

 結局、ハルヒロと二人何も買わないまま店を後にする。

 

 鍛冶屋で剣やダガーの研いでもらい、残ったお金はヨロズ預かり商会に預ける事に決めた。

 

 「中々お金貯まらないよな」

 

 「結構節約してるけどね」

 

 泊まる場所も他の宿に比べて安くて古い義勇兵宿舎を使っている。

 

 食費や買い物も最低限度必要なもの以外は控えているにも関わらず中々お金が貯まらない。

 

 こんな調子で団章を買うまでどのくらいかかるのだろう。

 

 先行き不安だ。

 

 そんな感じで足取り重く、義勇兵宿舎まで歩いていると前にマナトとシホルが歩いているのが見えた。

 

 「やっぱりシホルってさ」

 

 「うん、見たまんまでしょ」

 

 こうして見ていると良く分かるが、シホルはマナトに気があるみたいだ。

 

 明らかに他のメンバーとでは態度が違う。

 

 「邪魔するのも悪いし、ついでに他の店でも見ていく? 服とか下着とか」

 

 「そうだな」

  

 人の恋路の邪魔をするつもりはない。

 

 ま、ランタがいたら構わず突っ込んで行ったのかもしれないけど、ユキトやハルヒロはそこまで空気が読めないつもりはない。

 

 シホルへ内心声援を送りながら、ハルヒロと一緒に市場の方へ足を向けた。

 

 

 泊まる場所にしてもそうだが、常にお金が必要な事といえば食事である。

 

 この点、義勇兵見習いであるユキト達の選択肢は基本的に二つ。

 

 自分達で作るか、もしくは格安の屋台でそれぞれで済ますかだ。

 

 どちらかといえば自炊の方が安く上がる為、交代で食事を作ることも多い。

 

 「えっと、こんな感じでいいかな」

 

 指示通りに作ったスープに塩を加えてかき混ぜ、味見の為に小皿にスープを少量入れてモグゾーに手渡す。

 

 それを口に含んだモグゾーは嬉しそうに笑みを浮かべて頷いた。

 

 「うん、良い感じだよ。ユキト君、次はこっちを切ってくれる?」

 

 「分かった」

 

 この調理場で意外な活躍をしているのがモグゾーだ。

 

 モグゾーの料理は他の人が作るよりもずっと美味しい。

 

 本人も性に合っているみたいで結構楽しそうだ。

 

 ユキトはあまり上手くないのだが、料理を作る事自体は楽しかった。

 

 「料理は難しいね」

 

 「ユキト君は器用だし、すぐに上手くなるよ」

 

 「だと良いけど」

 

 モグゾーの作っていた野菜炒めとユキトの作った質素なスープが出来上がると全員を呼んで食事の時間だ。

 

 「味はどうかな? 野菜炒めは僕でスープはユキト君が作ったんだ」

 

 「おいしい」

 

 「両方おいしいよ。モグゾーくんもユキくんも料理うまいなぁ」

 

 シホルとユメの感想に安堵しながら、スープを口に含んだ。

 

 少し味が薄い気がするけど、あまり塩が使えないから仕方がない。

 

 こう見えて調味料の値段も馬鹿にできないくらい値が張る。

 

 だから塩なども節約しなくてはならないのだ。

 

 「うん、美味しいよユキト」

 

 「もっと味濃くてもいいけどな」

 

 「文句言うなよ、ランタ。塩だって高いんだから」

 

 「文句は言ってないっての。好みの話だ、好みの!」

 

 どうやらマナト達にもそれなりに満足してもらえたようだ。

 

 皆でワイワイ言いながら食事を終えたユキトは人のいない広場のような場所で最近始めた日課を行っていた。 

 

 ここはオルタナを散策していた時に見つけた場所だ。

 

 家が立つ住居区や店のある市場からも離れており、高台のようになっている。

 

 昼間は多少人もいるようだが、夜になれば人は全くいない。

 

 見晴らしもいいし邪魔も入らないユキトのお気に入りの場所である。 

 

 「ハァ!!」

 

 すっかり手に馴染んだショートソードをギルドで習った通りに振るう。

 

 軌跡を描いた剣と共に空気が切る音が辺りに響く。

 

 そしてもう一刀。

 

 左手で抜いた剣を同じように振るうと今度は上手くできず些か軌道がぶれてしまった。

 

 「ハァ、ハァ、やっぱり左手で振ると上手くいかないな」

 

 ユキトは元々右利き。

 

 最近では意識して左も使うようにしているが、やはり使い慣れていない手で剣を振るうのは難しいものがある。

 

 この前、泥ゴブリンの腕を落とせたのは殆ど偶然みたいなものだ。

 

 「やっぱりそう簡単にはいかないか。訓練しかないね」

 

 せめて左でも同じように剣を振るえるようになれば、戦い方に幅もできる。

 

 「ま、最初に比べれば大分慣れてきたし、後はお金かな」

 

 武器や防具もそうだが、新しいスキルを覚えるにはギルドでお金を払い、教えてもらわなければならない。

 

 今は変な癖をつけないように素振りだけに止めているけど、できれば早めに二刀の使い方を覚えたい。

 

 基礎さえ身につければ、後は自分なりに訓練することもできる。

 

 「あんまりやりすぎると明日に影響が出るし、そろそろ戻ろう」

 

 ショートソードを腰に戻し、あくびを堪えながらできるだけ人の居る場所を意識して歩く。

 

 人通りのないところを歩いて変な奴に絡まれても面倒だからだ。

 

 そう思って警戒していても、やっぱり怖いものは怖いわけで。

 

 内心ビクビクしながら歩いていると、知っている人物が前から歩いてきた。

 

 全身を覆うローブを纏い、仮面を付け顔を隠した人物。

 

 ユキトの師匠であるスクードだった。

 

 「師匠?」

 

 「ん? ユキトか。何をやっているんだ、こんな場所で?」

 

 「えっと、眠れなかったので散歩を少し。師匠はどうしたんですか?」

 

 正直に訓練していたと答えても良かったが、勝手な事をするなと怒られそうだったので適当に誤魔化す事にした。

 

 もうボコボコにされたくない。   

 

 「ああ、近くの酒場で人と待ち合わせをしていてな。できれば会いたくないが……緊急だから仕方ないとはいえ何でまたあの女に逢わねばならないのか」

 

 すべて聞き取る事はできないが、珍しくぶつぶつと文句を言っているようだ。

 

 機嫌も悪い様だし、あまり深入りしない方がいいかもしれない。

 

 「あの師匠?」

 

 「ああ、いや何でも無い。とにかくお前もフラフラしてないで早く戻れ。厄介事に巻き込まれないうちにな」

 

 「はい。では失礼します」

 

 怒られなかった事に安堵しながら、ユキトは一礼してその場を離れようと歩き出すとスクードの方から呼びとめられた。

 

 「ユキト」 

 

 「はい?」

 

 「……いや、狩りに出る時は十分に気をつけておけ。何が起こるか分からないのが戦いだ」

 

 「え、あ、はい」

 

 迷った末にそれだけ言うと今度こそスクードは足早に闇へと消えていった。

 

 一体何が言いたかったのか?

 

 首をかしげながらユキトは今度こそ義勇兵宿舎へ戻る為に歩き出した。

 

 「もうみんな寝てるかな」

 

 宿舎に戻るとタオルを持って風呂場に向かう。

 

 とりあえず体も動かしたし、汗を流しておきたい。

 

 でもユメとシホルの二人は男性陣とは少し時間をずらしているようなので、もしかすると鉢合わせする可能性もある。

 

 覗きの烙印を押されるなど御免なのでその辺はキチンと確認するつもりだ。

 

 「あれ、何やってるんだ?」

 

 風呂に向かおうとしたユキトの前にマナト、ハルヒロ、ランタ、モグゾーの4人が庭に勢ぞろいしていた。

 

 しかもモグゾーが壁に手を突き、ランタが感激したように肩を叩いている。

 

 とてつもなく嫌な予感がする。

 

 けど、放っておくのも不味いような気がしたので、意を決して声を掛ける事にした。

 

 「皆、何やってんの?」

 

 「うおおおおって、何だユキトかよ! 脅かすな!!」

 

 声をかけた事でランタだけでなく全員が驚いたようにユキトの方へ振り向く。

 

 「……何やってるの?」

 

 いや、何となく察してるし、あんまり聞きたくないけど。

 

 だが、その時、壁の向こうからモンスターも逃げ出すであろう、怒気の籠った声が聞こえてきた。

 

 「なんでランタの声がするん!?」

 

 「う、やべ。俺じゃねぇよ! ユキトだ、ユキト!!」

 

 「ハァ!?」

 

 声の主はユメだ。

 

 怒気の籠った声、ユメがいる場所、そしてランタ達の不可解な行動。

 

 これだけで皆が何をしようとしていたのか分かる。

 

 所謂覗きという奴だ。

 

 ああ、やっぱり無視しとけばよかった。

 

 見ればマナトやハルヒロはさっさと逃げ出していた。

 

 というか早過ぎる!? 

 

 巻き添えになるつもりはないとユキトもさっさと逃げ出した。

 

 「何で僕が!」  

 

 「こうなったら一蓮托生って奴だろ!」

 

 「ランタ、君って奴は!!」

 

 「ふも!」

 

 後ろでモグゾーの転んだ音と同時に「きもい! すけべ!! 変態!! もう永遠に帰ってくるなぁぁぁぁ!!」というユメの叫びが聞こえてくる。

 

 「……僕は無実だ」

 

 聞こえる訳はないと分かっていながら、ポツリと呟くと先に逃げたマナト達に追い付く為、走り続けた。

 

 だが同じ宿舎に住んでいる訳だし逃げられる筈も無い。

 

 結局、開き直ったランタを除く全員がユメとシホルに誠心誠意平謝りする事になってしまった。

 

 「なんで僕まで」  

 

 だが、まあ何だかんだいいながらもユキトはこの生活を気に入っていたのだろう。

 

 お金がなく貧乏で、日々生きていくだけで精一杯で。

 

 それでも大切だと思える仲間達がいた。 

 

 いつも通りにランタがくだらない事を言って。

 

 シホルが泣きそうになるとユメと喧嘩になって。

 

 ハルヒロが突っ込んで。

 

 モグゾーが困った顔して。

 

 マナトが皆を落ちつかせて。 

 

 この六人と一緒にこれからもやっていくんだと、疑ってすらいなかった。

 

 楽しかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 だから―――これが簡単に崩れさるものだなんて、考えもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何かが付着する。

 

 それは赤くそして生温かい。

 

 これは何なのか頭が理解する前に、目の前に転がったものを見る。

 

 赤く染まった体と抉られた傷跡。

 

 自然と息が上がり、体に震えが走る。

 

 そしてゆっくりと顔を上げ、これを生みだした元凶に視線を向けた。

  

 そこにいたのは絶望。

 

 今の自分達では決して勝てない相手。

 

 人間よりも大柄で、鼻が潰れ、耳がとがり、大きな口と牙が見える。

 

 人間達にとっての仇敵であり、天敵。

 

 三体のオークが殺意を漲らせてそこに佇んでいた。


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