灰と幻想のグリムガル 紅き眼のニ刀使い   作:kia

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第三話  初陣

 

 

 

 オルタナの北門。

 

 その内側から外を覗き込むと広がっているのは原野や生い茂る森。

 

 吹き抜ける風や広がる緑を見ていると穏やかな気分になってくる。

 

 「風が気持ちええなぁ」

 

 「うん、落ちつく」

 

 シホルとユメの会話で和みつつ、ユキトは北門の方を見上げると大きな山の姿が見えた。

 

 あれは天竜山脈と呼ばれる大山脈だ。

 

 見た事は無いが天竜山脈がある南側には牧場や畑、村落といったものが存在しているらしい。

 

 機会があれば、いずれそちらの方にも足を運ぶ事になるかもしれない。

 

 「さて皆、準備はいいか?」

 

 満場一致でリーダーとなったマナトが全員を見渡した。

 

 ユキトは腰に差した二本のショートソードの柄を軽く握りしめ、マナトに頷き返した。

 

 「よし、じゃあ行こう」

 

 マナトの掛け声に合わせ、全員が北門から一歩を踏み出す。 

 

 だが決意を胸に門を潜ったユキト達はすぐに足を止めてしまった。

 

 何故なら北門を潜ったすぐ先に見覚えのある人物が座り込んでいたからだ。

 

 「モグゾー?」

 

 間違いない、モグゾーだ。

 

 モグゾーはユキトと同じく手には皮手袋、体に鎖帷子、大きなバスタードソードを背負って一人暗い表情で草むらに座り込んでいた。

 

 確か彼も戦士ギルドに所属し、クズオカのパーティに加わっていた筈。

 

 「あれぇ、モグゾー君や。確かクズヤマに連れてかれてしまったんや無かったけなぁ」

 

 「クズオカだよ、ユメ。モグゾー、こんな所でどうしたの?」

 

 「あ、ユキト君」

 

 「一人なの?」

 

 歩み寄ったユキトにモグゾーが暗い表情のまま頷いた。

 

 何か事情があるのだろうか?

 

 詳しく話を聞こうとすると横から割り込んできたランタが指を鳴らした。

 

 いや、音は鳴らなかったので、指を鳴らそうとしたが正しい。

 

 「分かった、お前クズオカに捨てられたんだろ? 使えないからいらねーわって言われたりして」

 

 「ランタ!」

 

 ハルヒロが咎めるように声を上げるがランタは涼しい顔。

 

 ある意味流石である。

 

 勿論、悪い意味で。 

 

 「ハァ、ランタは無視して何があったの、モグゾー?」

 

 「……お金、とられちゃった。いろいろ教えてやったから全部よこせって」

 

 「は?」

 

 「……ひどい」

 

 シホルが悲しそうに呟く。

 

 同感だ。

 

 訓練所では自分の訓練で精一杯だった為にモグゾーがどうしているかまで気が回らなかった。

 

 いや、気にかけていたとしても師匠の地獄の訓練の所為で殆ど動けなかったので結局は同じ事だったかもしれないが。

 

 しかしモグゾーには悪いけど、これは僕達にとっては渡りに船である。

 

 正直な話、戦士がユキトだけでは不安があった。

 

 もちろん全力で頑張るつもりではあるが、盾役は多い方が良い。

 

 隣に立つマナトやハルヒロも同じ考えなのか、こちらを見て頷いてくる。

 

 モグゾーを引き入れろという事だ。

  

 「モグゾー、もしも行く場所が無いなら、僕達のパーティに入らないか?」

 

 「え、でも戦士はユキト君がいるんだし」

 

 「正直、僕だけじゃ不安なんだ。盾役も多い方がいいし。ね、マナト」

 

 「うん、モグゾー君さえ良かったら、パーティに入ってくれないかな?」

 

 「僕が入ってもいいの?」

 

 「頼むよ」

 

 暗い表情が緩み、頷くモグゾー。

 

 何だかんだと不安だったんだと思う。

 

 まあ、お金も無くいきなり放り出されたら、モグゾーでなくとも不安になるだろう。

 

 そこで話を傍で聞いていたランタが何だか嫌な笑みを浮かべモグゾーの首に腕をまわすと「死ぬ気で俺の盾になって守れよ」とか言いだした。

 

 あれはランタなりの歓迎なのか。

 

 ハルヒロは咎めるようにランタを諌めている。

 

 だけど本質的には言っている事は間違っていない。

 

 前線で盾役を務める戦士は最も危険な立場、それこそ命懸けなのだから。

 

 「ぼ、僕頑張るよ。でも……お金がない」

 

 「必要な分は俺が貸すよ」

 

 「うん、僕も」

 

 「言っとくが俺は絶対貸さないからな。金は借りても、返さねぇし貸さねぇ主義だ!」

 

 「ホント、最低だよな、お前ってさ」

 

 若干引き気味のハルヒロとランタの口論を聞きながら、ユメとシホルの方を見ると二人とも頷いてくれた。

 

 「私はいいと思う」

 

 「ユメもいいよ」

 

 「ありがとう、二人とも。皆、モグゾー君も加えてここに居る7人で頑張ろう!」

 

 マナトの声に座っていたモグゾーが立ち上がると、皆が正面を向く。

 

 視線の先では生い茂る森が待っていた。

 

 この先にはモンスターなどの危険も持ち構えている。

 

 全員が警戒しながら、ゆっくりと森の中へと足を踏み入れていった。

 

 

 入った森の中は思ったよりも明るい。

 

 正直、もっと暗くジメジメしたイメージを持っていた。

 

 それは勝手な想像だったようで、視界も開けている。

 

 「えっとな、鹿とか、狐とかもやけど、春やから熊とかもたまぁーに出るって」

 

 狩人であるユメの説明を聞きながら、モグゾーと二人先頭に立ってゆっくり歩く。 

 

 熊が出るとは。

 

 ちょっと緊張してくる。

 

 「あと穴鼠っていうてな、猫くらいのおおきくて凶暴な奴もおるって」

 

 「ふ~ん。ユメは見た事あるの?」

 

 「お師匠と出た基本実習の時にはちらちら見かけたけどなぁ」

 

 どこか可愛さを感じる仕草できょろきょろと周囲を見渡すユメ。

 

 しかし穴鼠どころか動物一匹見当たらない。

 

 凶暴な生き物なら遭遇しないに越した事はない訳で。

 

 いや、獲物を狩りにきているんだから、この考え方はおかしいのか。

 

 でも最初の内は危険な事はできるだけ避けるべき。

 

 腕を組み、悩むユキトを尻目にマナトが先にある水辺の方を手に持ったショートスタッフを前に突き出す。

 

 「オルタナの近くにも、泥ゴブリンとかグールとかいるらしいから、最初の内はそいつらを狙おう。水場の辺りを探してみようか」

 

 「そうだね」

 

 ゴブリンとグ―ル、どこかで聞いた事のある名前だ。

 

 でもそれが何なのか全く思い出せない。

 

 何となく人型の生き物を思い浮かべているとモグゾーの足が止まった。

 

 「モグゾー?」

 

 「い、いた」

 

 ユキトは息を飲み、木の陰に身を隠しながらモグゾーの指差した先を見た。

 

 そこには今まで見た事のない生き物が四つん這いになって水を飲んでいる。

 

 子供くらいの小さな背丈に痩せた体躯。

 

 泥をかぶったように汚れシワシワの肌。

 

 あれが泥ゴブリンに違いない。

 

 いつの間にか隣に来ていたユメに目配せすると、頷いて何か手を動かしてきた。

 

 多分、何かのサインなんだろうけど全く分からない。

 

 とりあえずユメには曖昧な笑みで誤魔化しておき、音をたてないように深呼吸しながら他のメンバーに眼を向ける。

 

 マナトやハルヒロ、シホル、モグゾー、ランタ、全員が同じように木の陰から機会をうかがっているのが分かる。

 

 そういえばこういう時の為の合図とか決めてなかった。

 

 凄く間抜けだ。

 

 いや、そんな事も気づかなかったくらい緊張していたって事だろう。

 

 その時、ハルヒロが手を上げた。

 

 多分、合図。

 

 ユキトはショートソードの柄を握る。

 

 緊張のせいか掌が汗で濡れていた。

 

 「……どれだけ緊張してるんだよ」

 

 汗を拭き取り、改めて柄を握り、何時でも飛び出せるように構えを取った。

 

 そしてハルヒロの腕が振り下ろされる。

 

 すると我先にと飛び出した奴がいた。

 

 「うおらあああああ!!」

 

 ランタだ。

 

 叫びながら泥ゴブリンに向かって斬りかかっていく。

 

 ユキトは思わず頭を抱えたくなった。

 

 せっかく泥ゴブリンはこっちに気がついて無かったのに、叫んだら奇襲の意味がない。

 

 案の定、泥ゴブリンはランタに気がつき逃げようとしていた。 

 

 「えい!」

 

 隣に居たユメが弓を射る。

 

 だが狙いが甘いのか泥ゴブリンの足元に突き刺さった。

 

 それでも泥ゴブリンにとっては驚異だったのか、明らかに動きを鈍らせる。

 

 「ユメ、ナイス!」

 

 飛び出したハルヒロ。

 

 それに続くようにユキトもまた飛び出した

 

 抜くのはあくまでも一刀のみ。

 

 二刀なんて使いこなせないからだ。

 

 師匠に教えてもらおうかとも思ったけど「お前、金あるのか?」と聞かれ、断念した。

 

 ショートソードを構えて前を見るとハルヒロ達が苦戦している姿が見えた。

 

 苦戦というよりは、どこかハルヒロ達が戸惑っているようにも見える。

 

 一体どうしたんだろうか?

 

 「ハルヒロ、ランタ!」

 

 ユキトは泥ゴブリンに剣を袈裟懸けに振り抜く。

 

 意外にも機敏に動いているようだけど、師匠の動きに比べれば明らかに遅い。

 

 ユキトの振るった剣がゴブリンを捉え、肩に食い込むと肉を抉る感触が手に伝わってきた。

 

 「ッ!?」

 

 気持ち悪い。

 

 伝わってくるその感触に一瞬動きを止めようとしてしまう。

 

 でも此処で躊躇ってはいけない。

 

 「くっ」

 

 意を決し手に力を込めて剣を振り抜く。

 

 斬撃が斜めに傷を作り、泥ゴブリンの血が飛び散る共に肉を裂いた。

 

 「ブギャアア!!」

 

 悲鳴のような声と共に泥ゴブリンが後ずさる。

 

 しかしユキトは追撃する事が出来なかった。

 

 自分でも思った以上に、何かを斬るという行為に戸惑ってしまったからだ。

 

 今までずっと師匠か動かない案山子相手にしか剣を向けてこなかった。

 

 生きているものを斬るというのは、こんなに気持ち悪い事なのか。

 

 しかしそんな戸惑った間にも泥ゴブリンはどうにか逃げようとこちらの隙を窺っている。

 

 「モグゾー、正面! 皆も泥ゴブリンを逃がさないように囲むんだ!」

 

 マナトの指示に従い、全員が泥ゴブリンを取り囲んだ。

 

 これで泥ゴブリンも逃げられない。

 

 今度こそ仕留めるとショートソードの柄を強く握る。

 

 だがその瞬間、泥ゴブリンが思いもよらない声を上げた。 

 

 「アアアアアアアアアアア!!!」

 

 死ぬものか。

 

 逆にお前達を殺してやると。

 

 泥ゴブリンの叫びに全員が怯んでしまった。

 

 それでもとユキトは自身を奮い立たせる。

 

 こんな所で躊躇っていたら、この先もっと危険な奴が出て来た時、皆を守る事などできはしない。

 

 ユキトと同じ事を考えていたのか、マナトが皆を奮い立たせるべく声を出した。

 

 「皆、これは命のやり取りなんだ! 俺達も泥ゴブリンも真剣なんだ! 簡単な訳ない、誰だって死にたくないだろ!!」

 

 その言葉を皮切りにユキトは真っ先に飛び出した。

 

 ショートソードの切っ先で喉を狙う。

 

 しかし泥ゴブリンが動いた事で額に当たり、大きく傷を作った。

 

 「俺も!」

 

 素早く懐に入ったハルヒロのダガーが泥ゴブリンの胸を斬る。

 

 「ぬもぉぉ!!」

 

 モグゾーのバスタードソードの一撃が脳天に直撃する。

 

 ユキトの一撃とはまるで違う凄まじい威力だ。

 

 頭が半分近く潰れてしまった。

 

 そして―――

 

 「止めは俺だァァ!! 憎悪斬!!」

 

 ランタのロングソードが喉に突き刺さり、血を撒き散らした。

 

 しかしそれでも生きているのか、突き刺さった剣を除けようと必死にもがいている。

 

 思わず顔を背けたくなるような光景。

 

 「……ひぅ」

 

 「死にたないんやなぁ」

 

 シホルは泣きそうになりながら後ずさり、ユメは「なむなむ」と手を合わせている。

 

 その内、泥ゴブリンの動きは止まり、手足が弛緩したように地面にずり落ちた。

 

 おそらく死んだのだ。

 

 「うはははは! やった、見てくださいましたか、スカルヘル様!!」

 

 ランタが馬鹿笑いしながら、倒した泥ゴブリンに圧し掛かり、爪を剥がし始めた。

 

 曰く暗黒騎士が新たなスキルなどを取得するには悪徳と呼ばれるものを積む必要があるとの事。

 

 その為には暗黒騎士の手で命を奪い、その肉体の一部をギルドにある祭壇にささげる事が必須。

 

 悪趣味だと思うが、それがギルドのルールであるならば仕方ない。

 

 何であれ、ユキトは暗黒騎士にはなれないみたいだが。

 

 「とりあえず何とかなったよな?」

 

 「うん。初勝利、皆のお陰だ」

 

 皆が弛緩し、勝利の余韻を味わう。

 

 だが、その瞬間、茂みがガサガサと音を立て何かが飛び出してきた。

 

 「えっ?」

 

 飛び出した泥ゴブリンがユメに向かって突撃する。

 

 咄嗟に割って入ったユキトはショートソードを盾に泥ゴブリンの爪を受け止めた。

 

 どうやらもう一匹潜んでいたらしい。

 

 「ぐっ!?」

 

 「ユキ君!?」

 

 「ユキト!?」

 

 勢いよく出て来ただけあって、結構な重さが剣越しに伝わってくる。

 

 「このォォ!!」

 

 柄を両手で握り力任せに押し返そうとするが向こうも必死らしく、中々上手くいかない。

 

 援護しようにも組み合っている所為か、皆も手が出しにくい。

 

 つまりここは自分の力だけで切り抜けるしかないという事だ。

 

 しかしそこで思いもよらぬ援護を受けた。

 

 「マリク・エム・パルク!」

 

 横から飛んできた光弾。

 

 シホルのマジックミサイルという魔法だ。

 

 杖の先から発射された光弾が泥ゴブリンの側頭部に直撃する。

 

 その衝撃で相手の力が明らかに緩んだ。

 

 「今だ!」

 

 泥ゴブリンを弾き飛ばし、突きを放つ。

 

 今度こそ狙いは喉だ。

 

 体勢を崩していた泥ゴブリンは避ける事も出来ず、ショートソードの切っ先が喉に突き刺さった。

 

 しかし刺さりが甘いのか即死には至らない。

 

 泥ゴブリンは刃を掴みどけようともがいている。

 

 そこでユキトは咄嗟に左手でもう片方のショートソードを抜くと、思いっきり泥ゴブリンの右腕目掛けて振り上げた。

 

 「これで!」    

 

 「ギィィ!」

 

 泥ゴブリンの右腕が斬り裂かれ、宙を舞う。

 

 さらに喉に突き刺していたショートソードを抜くと泥ゴブリンの頭部に叩きつける。

 

 さらにもう一撃。

 

 左のショートソードを横薙ぎに払い泥ゴブリンの喉をもう一度大きく抉った。

  

 「ユキ君、伏せて!」

 

 声に従い、その場に伏せると飛んできた矢が泥ゴブリンに突き刺さる。

 

 ユメは狩人なのに弓矢は苦手だと言っていたのに、どうやって当てたんだろう?

 

 不思議に思いながら顔を上げると、すぐ傍でユメが弓を構えていた。

 

 どうやらユキトのすぐ後ろに控えていたらしく、至近距離だったからこそ当たったらしい。

 

 「まだ動いてる!」

 

 泥ゴブリンは逃げようとしているのは、這うようにして動いていた。

 

 「……息の根を止めてやらないと、苦しいだけだ」

 

 マナトの振り下ろしたショートスタッフの一撃が泥ゴブリンの頭部に直撃。

 

 嫌な鈍い音と共に泥ゴブリン動きが止まった。

 

 「おいマナト! 止めは俺が刺すっての! じゃないと悪徳がたまらないって言っただろうが!!」

 

 「あ、ごめん、つい」

 

 マナトは目をつぶって六芒を示す仕草をするとランタの方に謝っている。

 

 ハルヒロやモグゾー、シホルにも怪我は無いようで、全員無事だったようだ。

 

 ユキトは伏せたまま、安堵の息を吐き出すと目の前にユメが手が差し伸べてきた。

 

 「ありがとうな、ユキ君!」 

  

 ユメは見惚れるほど満面の笑みを浮かべていた。

 

 どうやら怪我は無かったみたいだし、頑張ってよかった。

 

 「怪我がないならよかった。シホル、援護の魔法ありがとう」

     

 「ううん、無事で良かった」

 

 ユメの手を取り立ち上がると、マナトが笑みを浮かべた。

 

 「全員無事、そして泥ゴブリンを2体倒した。今度こそ初勝利だ!」

 

 「しゃぁああ!!」

 

 「うん!」

 

 「で、できた!」

 

 「やったなぁ!」

 

 「……良かったぁ」

 

 「はは」

 

 ハルヒロやマナトとハイタッチしながら、喜びに浸る。

 

 どうにか役目を果たせたようだ。

 

 ユキトは改めて安堵しながらも両手に持った二本の剣を見つめる。

 

 今日の戦闘で改めて分かった。

 

 ユキトにはモグゾーのような力は無い。

 

 泥ゴブリンの突進を止めようとしただけで、厳しかった。

 

 普通の盾役に徹しようとしていたら、駄目だ。

 

 強力な力を持った敵が現れた時点で容易く潰されてしまう。

 

 ならばユキトなりの戦い方を見つけなければならない。

 

 反面収穫もあった。

 

 今日の二刀を使った戦い方は力で劣る僕にとっての武器になるかもしれない。

 

 真剣に考えてみようと決めて、剣を鞘へと収めた。

 

 

 それはまさに地獄と呼ぶに相応しい光景だった。

 

 広がる原野の地面には血を流したモンスター達が無数に倒れ伏している。

 

 そのモンスターはオークと呼ばれる、現在人間達と戦争を繰り広げている仇敵だった。

 

 倒れ伏すオーク達は頭部を斬り飛ばされた者。

 

 胴体を真っ二つに裂かれた者。

 

 中には明らかに身につけている装備が違う手錬れらしき者すら無残に斬り殺されていた。

 

 その地獄ともいえる場所に一人中心に立っている人物がいた。

 

 腰まである銀髪に白い軽装を纏った女性。

 

 手に握る長剣はシンプルながらも綺麗な装飾が施され、すらりと伸びる刀身は見るからに目を引くほど美しい。

 

 間違いなく名剣の類。

 

 明らかに場違いな場所に立つ女性を生き残りであるオークが襲いかかる。   

 

 「オオオオ!!」

 

 仲間達の仇でも討とうとしているのか、叫びを上げ手に持った斧を思いっきり振り下ろした。

 

 戦斧は凄まじい暴風を生む。

 

 並みの者では受けきれない程の威力を持った一撃だ。

 

 しかし―――

  

 それは容易く阻まれる。

 

 女性が掲げた剣によって斧は空中で止められていた。

 

 見るものが見れば驚愕するのは間違いない。

 

 何故なら女性は明らかに細身であり、オークの一撃を受けられるとはとても思えないからだ。

 

 しかし対峙していたオークに驚きは全くなかった。

 

 それは当然。

 

 この場の地獄を作った張本人は目の前にいる細身の女性なのだから。

 

 「オオオオオオオ!!!」

 

 オークは再び斧を振り上げ叩きつけた。

 

 戦斧の猛威は嵐となって女性に襲いかかる。

 

 すでにオークにとっては死地。

 

 この女を倒さねば、生き延びる事はできないのだ。

 

 しかしそれでも彼女には一切傷がつけられない。

 

 すべて手に持った剣によって軽く捌いている。

 

 「……もういいだろう。お前では無理だ」

 

 女性から発せられた戦場に似つかわしくない透き通る声がオークの耳に届く。

 

 「いい加減に―――死ね」

 

 女性が軽く振るった一撃は振り下ろされた戦斧諸共片腕を叩き切る。

 

 まるで閃光のように線が走ったようにしか見えなかった。

 

 反応も出来ない一撃にオークはただ後ずさるしかない。

 

 だが逃げられる筈もなく次の一撃でオークの首は体から斬り飛ばされ、首から噴水のように血があふれ出た。

 

 「……雑魚しかいなかったか」

 

 女性は剣を振り、血を払うと近づいてきた人物に目を向けた。

 

 「珍しいな、お前が私の下に来るとは」

 

 「好きで来た訳じゃない」

 

 女性の前に現れたのは仮面を付けた人物スクードであった。

 

 「相変わらずその格好か。暗黒騎士の導師みたいだな」

 

 「連中と一緒にしないでもらいたい。私がこんな格好をしているのは、できるだけ目立たず姿を晒さないようにしたいだけだ」

 

 「その格好の方が目立つと思うが。まあいい、オーク共が建設しようとしていた秘密拠点は駆逐しておいたぞ」

 

 「見ればわかる」

 

 スクードは周りに転がるオークの死体を一瞥すると、改めて女性に向き直る。

 

 「報酬はいつも通りらしいから、受け取っておけ。ああ、それからリバーサイド鉄骨要塞への侵攻計画が立ち上がっている。もしも正式に計画が動き出せばお前にも何か役目が振られる事になる、しばらくは動くなよ」

 

 「分かった、分かった」

 

 女性は剣を鞘に納めスクードを置いて歩き出すと微かに聞こえる程度に歌を口ずさむ。

 

 それは無残な惨状と成り果てたこの場所でレクイエムのように静かに流れ続けていた。 

 


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