灰と幻想のグリムガル 紅き眼のニ刀使い   作:kia

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第十七話 乱戦

 

 

 

 

 

 

 

 息を切らしながら進んでいく通路。

 

 進路上には無数のコボルド達が群がり、行く手を阻んでいる。

 

 まるで毛の生えた壁が立ちふさがっているかのような光景。

 

 それに怯む事無くユキトとランタは剣を片手に駆け抜けていく。   

 

 「ハアアアア!!」

 

 「オラァァァ!!」

 

 剣を振るう度、肉を切る感触が手に伝わりコボルドの血を浴びる。

 

 しかしそんな事に構っていられない。

 

 コボルドの数は未だ減らず、武器を片手に斬りつけてくるのだ。

 

 さらにこちらも無傷とはいかず、すでに全身が切り傷だらけ。

 

 致命傷を避けられているのは着込んだ鎧と普段の訓練のお陰だ。

 

 傷だらけの籠手で剣を弾き、コボルドの腹を横薙ぎに斬り払う。

 

 「ランタ、突き技は使うなよ!」

 

 「んな事は言われなくてもわかってら!」

 

 「本当かよ」

 

 この状況で突き技は命取りになる。

 

 突き刺さった剣を抜くには一瞬の間が空く。

 

 その間はこの乱戦では致命的な隙だ。

 

 何時もならフォローする事も出来るが、今はそんな余裕は無い。

 

 「何匹いやがるんだ!」

 

 「知らないよ、そんな事!」

 

 ランタがコボルドを一体切り倒し、その背後を狙う敵をユキトが切り伏せる。

 

 走りながらの戦闘が此処までキツイとは思わなかった。

 

 だが動きを止める事は出来ない。

 

 止まれば一瞬で囲まれる。

 

 動け!

 

 動け!

 

 動き続けろ!

 

 「「おおおお!!」」

 

 剣で顔を潰し、次の奴の腹を斬り裂き、さらに別の奴の腕を落とす。

 

 死屍累々。

 

 ランタとユキトの通った後にはコボルド達の死体が無数に転がっている。 

 

 それでも数は減らず。

 

 包囲網は健在で、二人の行く手を阻み続ける。 

 

 「鬱陶しいんだよ!」 

 

 「くそ、このままじゃいつか力尽きる」

 

 数というのはそれだけで脅威だ。

 

 斬っても、斬っても減らない敵。

 

 痛み続ける武器と防具。

 

 動き続け擦り減っていく体力と精神。

 

 このままでは潰し殺されてしまう。

 

 ならば―――

 

 「まともに戦うのは此処までだ!」

 

 鼻先に拳を入れ、足を切り捨て、向かってくる他の敵の方へ突き飛ばす。

 

 詰め寄ろうとしていた連中はぶつかった衝撃でドミノ倒しのように、一斉に倒れ込んだ。 

 

 「今だ!」

 

 包囲網の一画が大きく空いた。

 

 ユキトとランタはそこを見逃さずに走り出す。

 

 「今ので大分数が減った! このまま離脱するぞ!」

 

 「だからお前が仕切るなって!」

 

 「別に仕切ってないだろ!」

 

 壁となっていたコボルドは減り、包囲網を何とか抜ける事に成功した。

 

 だが当然、コボルド達は大勢で追ってきていた。      

 

 「あんな数は相手にしてられない」

 

 「ビビったのかよ」

 

 「違う。僕達の体力も持たないし、何より武器が不味い」

 

 走りながら手に持ったショートソードを見ると刀身は欠け、コボルド達の血と油で汚れているのが見て取れる。

 

 乱戦の中では数えるのも馬鹿らしい程コボルドを斬った。

 

 その所為でショートソードの切れ味は格段に落ちている。

 

 研ぎをしてもらったとしても、この剣はもう使えないだろう。

 

 「ランタ、そっちは?」

 

 「まだいける」

 

 ロングソードを掲げてみせると、ユキトのショートソードよりはマシといった所だ。

 

 それでもこれ以上の連戦が続くなら、あれも使い物にならなくなる。

 

 出来るだけ戦闘を避け、入り組んだ五層の通路を走っているとランタが声を掛けてきた。

 

 「おい、ユキト、アレ」

 

 ランタの指さした先。

 

 そこにはユキト達が降りてきたものとは別の井戸があった。

 

 コボルド達もかなり引き離したし、あそこから四層に上がる事ができれば。

 

 ただ問題もある。

 

 ジュンヤだ。

 

 多分、今もこちらを監視している筈。

 

 アイツをどうにかしない限り、上には登れない。

 

 先ほどランタとも話して一応作戦は用意してあるが、居場所が分からなければ実行可能かも判断できない。

 

 「……どこに」

 

 走りながら目立つフードを探していると、正面にジュンヤが立っていた。

 

 片手に細剣を持ち、殺気を放ってこちらを睨みつけている。

 

 ご丁寧に待ち伏せしていたらしい。

 

 「ご苦労な事で」

 

 でもこの位置ならどうにかなるかもしれない。

 

 「てめぇ! そこを退きやがれ!!」

 

 排出系(イグゾースト)で加速したランタはその勢いのままジュンヤに斬りかかる。

 

 ランタとしては会心の一撃であっただろう。

 

 速度もタイミングも完璧だ。

 

 しかしジュンヤはそんなランタの予測を軽く上回る。

  

 構えていた細剣でランタの一撃をあっさり捌くと蹴りを入れて、岩壁に吹き飛ばした。

 

 「ぐああ!」

 

 「ランタ!? この!!」

 

 追撃させないつもりで、ジュンヤとランタの間に割って入る。

 

 だがそれを後悔しそうになるほどの凄まじい一撃がユキトを襲った。

 

 「ッ!?」

 

 速い。

 

 あの夜に繰り出された一撃よりも速く感じる。

 

 「この!」

 

 それでも防ぐ事が出来たのは心構えが出来ていた事に加え以前にもジュンヤの斬撃を見ていたからだろう。

 

 「シッ!」

 

 「やら、せ、ない!!」

 

 続け様の連撃をどうにか捌き、動きを止める為、斬撃を無理やり剣の腹で受け止めるとショートソードと細剣が火花を散らした。

 

 そんなユキトの足掻きが気に入らなかったのだろう。

 

 苛立ちを隠さず舌打ちしながら左手に持ったナイフを振り下ろしてくる。

 

 もう一本の剣を引き抜く暇はない。

 

 咄嗟の判断で突き出した籠手で無理やりナイフを止めると正面から睨みあう。

 

 「チッ、鬱陶しい。無駄に足掻くな」

 

 「何で俺達を狙う? 何が狙いだ!」

 

 「……くだらない事を聞く」

 

 初めて聞いたジュンヤの声に息を飲んだ。

 

 思った以上に暗い声。 

 

 何か寒気のようなものを感じさせる、そんな声だ。 

 

 「……貴様らはアナスタシアの血族。始末しようとするのは当たり前だ」

 

 血族。

 

 初めて聞いた言葉だが、多分アナスタシアの部下的な意味合いがあるのだろう。

 

 しかしだからこそ腑に落ちない。

 

 「その血族とかいうのが何かは知らないけど僕達はお前達に何かした事なんてないだろ? そこまで執拗に狙われる理由なんてない!」

 

 ユキト達が反ギルドに関する仕事をしたのは一度だけ。

 

 しかも直接関わった訳ではなく、単なる支援だ。

 

 そこでもゴブリンを倒しただけ。

 

 こんな奴に付け狙われる理由はない。 

 

 だがそんなユキトの回答が気に入らなかったのか、さらに殺気を膨れ上がらせてきた。

 

 「……貴様ごときに答える義理はない!」

 

 力任せに弾かれ、突きの一撃がユキトを岩壁まで押しやった。

 

 「グハ!?」

 

 「今日はこの前のようにはいかない。確実に殺してやる」

 

 ジュンヤは逃がす気はないと再び剣を振り上げる。

 

 でもそれはこっちだって予測していた。

 

 「ランタ!」

 

 「オラァァ!!」

 

 蹲っていたランタが排出系(イグゾースト)で飛び起きると、背後からジュンヤへと斬りかかった。

 

 「ッ!?」 

 

 奇襲めいた一撃ではあったがジュンヤも警戒していたのだろう。

 

 細剣を逆手に持ち替え、後ろに振り抜く事で防御した。

 

 信じがたい反応速度だ。

 

 アレも経験と訓練の賜物か。

 

 でも今更そんな事では驚かない。

 

 何故なら毎晩ジュンヤを上回る怪物と打ち合いを行っているのだから。

 

 「相手はランタだけじゃない!」

 

 ユキトは迷わず踏み込み、ショートソードを一閃する。

 

 だがそれも左手のナイフで受け止められてしまう。

 

 ランタに注意を引かれ、片手がふさがっているにも関わらず、全く遅れもなかった。

     

 これが地力の差。

 

 積み重ねてきたすべてを束ねた決定的な実力の差だ。 

 

 「でも、そんな事は初めから分かってるさ!」

 

 真っ向勝負ではジュンヤに勝つのは無理だ。

 

 それはこの間の手合わせで十分に理解している。

 

 だから―――

 

 「この!」

 

 拾っていた足元の石を拾い、ジュンヤ目掛けて投げつける。

 

 狙ったのは面積の大きい体。

 

 この至近距離ならば、避ける事は難しい筈。

 

 しかしそれすらも体をねじり、ランタを退けて石を避けて見せた。

 

 「舐めるな、この程度!」

 

 「ああ。初めから当たると思ってないさ!」

 

 「排出系(イグゾースト)!!」

 

 「ッ!?」  

 

 加速したランタが背中からジュンヤに突撃をかける。

 

 要は体当たりだ。

 

 投石により体勢を崩したジュンヤに避ける事はできずランタと激突する。

 

 「痛ってぇ!」

 

 「ぐ!?」

 

 この戦いにおいてユキト達に有利な点があるとすれば一つ。

 

 それは数だ。

 

 二対一。

 

 だが普通に戦えば実力差があり過ぎて二対一でも敵わない。

 

 しかしそれもやりよう次第。

 

 勝つ必要はない。

 

 要はこの場を切り抜け、ジュンヤから逃れれば良い。

 

 そして最終的にオルタナにたどり着けばいいのだ。

 

 奇策に引っかかり膝をついたジュンヤが怒りで顔を歪める。

 

 「貴様ら―――ッ!?」  

 

 地面に転ぶユキトやランタは笑みを浮かべていた。

 

 そしてジュンヤも気が付いたのだろう。

 

 聞こえてきた足音に。

 

 「コボルド共!?」

 

 そう、近づいてきた足音はユキト達を追ってきたコボルドの群れだ。

 

 引き離したコボルド達がすでに目と鼻の先まで近づいていた。

 

 「あれに乗じて逃げる気か! そうはさせるか!」

 

 「もう遅い!」

 

 もう一投、石を投げつけるとジュンヤは回避する為に後ろに飛びのいた。

 

 その間。

 

 短いその時間でコボルドの群れは三人がいる空間に到達し、あっと言う間に包囲してしまった。

 

 「雑魚共が!」

 

 それでもジュンヤにとっては脅威でも何でもない。

 

 ただ獲物を狩るのに邪魔なゴミが増えただけだ。

 

 振るう剣に迷いも躊躇いもなく、群がる獲物を突き殺していく。

 

 突きの一撃にも関わらず、引き抜く際の間も恐ろしく短い。

 

 

 

 だが―――それでも間があるのは事実。 

   

 

 狙うならここしかない。

 

 

 コボルドの頭部を刺し貫いた所を狙い、足を斬ったコボルドをジュンヤの方へ突き飛ばす。

 

 当然だがジュンヤの反応は早い。

 

 そうでなければ無数のコボルドの攻撃を捌きつつ、撃退など出来まい。

 

 予想通りすぐさまコボルドを押しのけようと蹴りを繰り出してきた。

 

 そこでジュンヤの表情が凍り付く。

 

 「ッ!?」

 

 蹴りで退かしたコボルドの陰からユキトが飛び出してきたからだ。

 

 死角からの一撃。

 

 ナイフで防ごうとするが、コボルドに邪魔されて間に合わない。

 

 「ハアアアアア!!」

 

 下段から斬り上げたショートソードがジュンヤの右腕を捉え浅く傷をつけた。 

 

 肉が抉られ、鮮血が舞う。

 

 身を引いたお陰か傷自体は軽傷。

 

 しかし、

 

 「貴様ァァァァァ!!!」

 

 ジュンヤの思考が憤怒に染まる。

 

 こんな未熟者共の策に嵌まり手傷を負うなど、百回殺しても飽き足らないほどの屈辱だった。

 

 怒りに任せユキトの顔面に拳を叩き込み、さらに腹に蹴りを入れる。

 

 「グハァ!」

 

 「雑魚が! お前らごときが!!」

 

 さらに痛めつけるようにグリグリと頭を踏みつけた。

 

 「手間を取らせるな!」

 

 作戦通りとはいえその光景を見ていたランタは自分の中に言いしれぬ熱を感じていた。

 

 それは訓練で言われたアナスタシアの血の活性化。

 

 「上等だぜ」

 

 リスクも覚悟の上。

 

 ここでやらなきゃ男じゃない。

 

 訓練を思い出し意識を集中させ、コボルドの群れに隠れて近づいていく。

 

 「終わりだ」

 

 「……俺……ち……だ」

 

 止めを刺すべく細剣を振り上げると地面に倒れたユキトがボソボソと言っているのがジュンヤの耳に届いた。

 

 何を言っているかは聞き取れない。

 

 だがそんな事はどうでも良い。

 

 「今度こそ死ね!」

 

 細剣をユキトへ叩き込もうとしたその時、再びコボルドがジュンヤの方へ突き飛ばされてくる。

 

 「同じ手が通用するとでも思ったか!!」

 

 死角を警戒しながらコボルドを始末する、ジュンヤ。

 

 その佇まいに隙はなく、もはや奇襲も無意味かと思われた。

 

 しかしそこでジュンヤの足に激痛が走る。

 

 「なッ!?」

 

 「言った、だろ。俺、達の、勝ちだって」

 

 ユキトが拾ったコボルドの剣でジュンヤの足を突き刺していた。

 

 「貴―――」

 

 「うおらああああああ!!!」

 

 注意を逸らした一瞬の隙に排出系(イグゾースト)で踏み込んだランタの一撃。

 

 しかもその眼は月のように紅く染まっていた。

 

 「なっ!? チッ!」

 

 ジュンヤも反応する。

 

 だが、足の負傷。

 

 コボルド達の死体が散乱しているが故に狭まった足場。

 

 未熟者と見下していた者達の予想外の反撃による精神的動揺。

 

 それらが彼の普段の力を奪い去っていた。 

 

 さらにこの土壇場でランタが紅い眼となり、いつも以上の力を発揮した事がジュンヤにとって災いとなる。

 

 ランタの身のこなしと斬撃は先ほど以上に速く、回避のタイミングを逸してしまったのだ。

 

 「ぐああああああ!!」

 

 ロングソードの一太刀が深々と傷を刻み込み、左目を抉られたジュンヤは苦痛に呻く。

 

 「ッ、く、ユキト、さっさと立て!」

 

 「分ってる」

 

 ズキズキする腹や顔の痛みをどうにか堪え、立ち上がるとジュンヤを振り切るようにして走り出す。

 

 コボルドの数もジュンヤが大分減らしてくれたお陰で、包囲網は隙間だらけだ。

 

 邪魔する数匹を斬り殺し、梯子にたどり着くと脇目も振らず駆け上がっていく。

 

 ジュンヤの妨害はない。

 

 あの負傷ではそう簡単に動く事は出来ない筈だ。

 

 四層に上がり二人そろって走り続け、気が付けば豚鼠達の柵の中に身を潜めていた。

 

 こいつらは人間に危害を加える事はないようでその辺は助かる。

 

 「ハァ、ハァ」

 

 「くっ、ハァ」

 

 今更ながらに体が震えてきた。

 

 本当に命懸けだった。

 

 即興とはいえ事前に考えた作戦が嵌った事が幸いした。

 

 一歩間違えば死んでいたのだ。

 

 ジュンヤが本来の実力を発揮していたら、真っ向勝負で戦っていたらユキトやランタなどすぐに殺されてしまっただろう。

 

 だが、震えている理由はそれだけではない。

 

 いや、むしろこちらが主な理由。

 

 ユキトは―――

 

 ランタは―――

 

 人を斬ったのだ。

 

 手には生々しい感触が今でも残っているし、刀身にはジュンヤの血がベッタリついたまま。

 

 気分が悪い。

 

 今まで散々ゴブリンやコボルドを殺しておきながらと思いはするが、やっぱり相手が人間となると精神的な負担が違う。

 

 何をいまさらと言われても仕方ない。

 

 それでもやっぱり現実に人を斬ったという事実はユキトやランタに想像以上のショックを与えていた。

 

 しばらくは声も出せず、震えを止める為蹲るように膝を抱えていると隣に座っていたランタが高笑いと共に立ち上がった。

 

 「ハハハハ、や、やったな! 流石は俺、あんな奴全然大した事なかったぜ!」

 

 「……その割に声とか膝とか震えてるけど?」

 

 「なっ、ちげーよ、これは武者震いって奴だ! 俺様は暗黒騎士だぜ、こんな事くらいでビビるかよ!」

 

 相変わらずの物言いの少しホッとしてしまった。

 

 「体の方は?」

 

 紅い眼になった事でランタの体力はかなり減っている筈だ。

 

 「一瞬だったしな。ま、かなりだるいけど、休めば動けなくもねーよ」

 

 「……そうか。ランタ、ありがとう。君が居てくれて助かったよ」

 

 「な!? な、なんだ、突然、気持ち悪い」

 

 「礼を言ってるんだから素直に受けとればいいだろ。だから皆から色々言われるんだよ」

 

 するとランタは突然口を閉ざして、地面に胡坐をかくとゾディアックんを呼び出す。 

 

 「……んな事は分かってんだよ。俺がお前らから嫌われている事ぐらい、知ってるっての」

 

 何時ものランタらしくもない。

 

 神妙な顔で後ろに手をつき天井を見上げながらポツリと呟いた。

 

 「別にいいけどな、無理してまで好かれようとか思わねーし。俺は俺だし。俺の実力がわかる奴に分かればいいつーか、認めてもらえれば十分つーか」

 

 (ククク、一人で語って、気持ち悪いな、ランタ)

 

 「気持ち悪いとか言うな!」

 

 ゾディアックんと漫才を繰り広げるランタを横目で見る。

 

 空気読めないランタではあるが、彼なりに自分の事は考えていたのだろう。

 

 「分ってないな」

 

 「何がだよ」

 

 「皆、認めてるさ、ランタが仲間だって」 

 

 余程驚いたのかランタが口を開けてこっちを見ている。

 

 少し可笑しくなったユキトはからかうように笑みを浮かべた。

 

 「ま、嫌われてるのも事実かもしれないけどね」

 

 「お前は一言多いんだよ!」

 

 いつの間にか深刻な雰囲気は消え、普段通りの空気の中ランタとバカ騒ぎを始める。

 

 

 命の危機を乗り越え、安心したからかもしれない。      

 

 

 しかし本当の危機はこの先に待っていた事をユキト達はまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 地面に転がる無数の死体。

 

 それは先ほどまでユキト達を包囲していたコボルド達だ。

 

 無残な屍を晒し、息をしている者は誰もいない。

 

 皆殺しにされている。

 

 そんなコボルド達の亡骸が散乱する中では、この惨状を生み出した張本人であるジュンヤが蹲っていた。

 

 「くぅぅぅ、雑、魚がァァァ!!」

 

 斬り裂かれた左目からは止めどなく血が流れ、激痛が走る。

 

 しかもジュンヤを傷つけた剣にはコボルドの大量の血液や体液が付着していた筈。

 

 下手をすれば傷口から菌が入り込む可能性もあった。

 

 早めに帰還して治療を受けなければ、命の危険すら考えられる。

 

 「ち、きしょう」

 

 手元のバックから綺麗な布で負傷した足と手を止血し、目を抑える。

 

 そんな時、血の臭いに誘われてか、あるいはジュンヤの叫びに寄ってきたのか。

 

 コボルド達が数匹こちらに向かってきていた。

 

 それがどれほど無謀な事か。

 

 自分達が今、口を開けた猛獣の元に向かっている事など気づかない。

 

 「邪魔しかしない屑どもめ」

 

 怪我を感じさせない動きで一足飛びに距離を詰めるとコボルドに細剣を叩き込む。

 

 頭蓋を貫通し抵抗すらできず即死したコボルドを蹴り倒し、さらに背後に回った敵の喉にナイフを振るう。

 

 例え視界が狭まろうとも、負傷をしてもジュンヤの動きに乱れはない。

 

 いや、普段の冷静な戦いぶりとはかけ離れ、まさに猛獣ともいうべき苛烈さでコボルド達を皆殺しにしていく。

 

 「殺す、必ず殺してやるぞ! ユキトォォ、ランタァァ!!」

 

 コボルドなど何匹殺そうが怒りは収まらない。

 

 この怒りと憎しみは奴らに相応の苦しみを与えなければ到底つり合いの取れるものではなかった。

 

 群がるコボルドを全員殺し、一度サイリン鉱山から出ようと歩き始めた時、一際大きな足音が聞こえてきた。

 

 「……フ、フハハハ」

 

 近づいてきたのは斑模様の巨体。

 

 オルタナに居る冒険者の誰もが知るサイリン鉱山の死神。

 

 「丁度良い。お前を使うか」

 

 自分の手で殺せない事は口惜しいが、奴らにとってはこいつに殺される方が一層の恐怖を味わえるだろう。

 

 そうすれば少しは溜飲も下がるというもの。

 

 愉悦の笑みを浮かべながらジュンヤは細剣を構え、巨体の方へと歩いていった。 

 


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