灰と幻想のグリムガル 紅き眼のニ刀使い   作:kia

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第十六話 分断

 

 舞い上がる砂煙。

 

 剣の一撃によって発生した衝撃波と共に浴びせられ掛けた砂埃に蹲ったユキトはもろに浴びてしまう。

 

 防ぐ間もなく気管へと入った埃に堪らず咳き込んだ。

 

 「ゴホ、ゴホ!」

 

 煙が晴れ視界の先に見えたのは剣を構えた仮面を身につけフードで全身を覆う人物スクード。

 

 下段に獲物を構えるその姿に隙はなく、発せられる殺気も肌を刺すように鋭い。

 

 横に倒れたモグゾーを気に掛ける暇もなく、再び振るわれた一撃を受け止めるのが精一杯だ。

 

 「どうした、そんなものか」

 

 「ちょ、もう少し手加減を―――」

 

 「手加減ならしている。それに手を抜きすぎても稽古にならないだろう?」

 

 鍔競り合いながらも有無も言わさぬスクードの言葉にユキトはグッと反論を堪えた。

 

 確かにその通り。

 

 此処でグダグダ文句を言っても何にもならない。

 

 「ふん」

 

 「ッ!?」

 

 スクードは力任せに剣を押し込んでくる。

 

 一見細身な体のどこにこんな力があるというのか。

 

 力負けしたユキトは拮抗状態を維持出来ず、横薙ぎの一撃に弾き飛ばされてしまった。 

 

 「ぐあああ!」

 

 「イタタ、ユキトくん大丈夫?」

 

 「うん、とりあえずは」

 

 のっそり起き上がってきたモグゾーと並び、再びスクードと対峙する。

 

 「僕達なんでこんな事になってるんだっけ?」

 

 「……さあ」

 

 そもそもはサイリン鉱山で『デットスポット』に遭遇した事が始まりだった。

 

 アレを見た瞬間、その場に居た全員が現実を意識せざる得なかった。

 

 戦えば死ぬという現実。

 

 すなわちアレに遭遇した時点で逃げる以外の選択肢はあり得ないと。

 

 下手に交戦を選べば過去のメリィ達と同じ轍を踏む事になるのは明白だった。

 

 だから全員で話し合った結果、少しでも戦力を上げる為に新たなスキルを覚えようと決めたのである。

 

 元々例の襲撃でユキトやハルヒロは危機感を覚えていたし、今までの狩りでお金も貯まっていた事もあり反対は無かった。 

 

 だからユキトやモグゾーもこうして戦士ギルドで新たな技を教えて貰っていた訳だが、その途中でスクードから提案があったのだ。

 

 『私が今のお前達の実力を見てやろう。稽古にもなるし一石二鳥だろう?』と。 

 

 ただ実力差があり過ぎて、正直訓練になっていないというのが実情だが。

 

 結局その後も碌に反撃も出来ず、ユキトとモグゾーは起き上がれない程にボコボコにされてしまった。

 

 「ぐぅ」

 

 「痛い」

 

 立てない二人を尻目にスクードは自身の剣を鞘に戻すと、これ見よがしなため息をついた。

 

 「まあこんなものか。少しはマシになったが、まだまだだ」

 

 「そりゃそうでしょうね」

 

 誰だって一朝一夕で強くなれたら苦労はない。

 

 毎日の訓練の積み重ねこそが重要。

 

 それが実戦で生きてくる事は身を持って経験済みだ。

 

 そういう意味であの襲撃者はその体現者だった。

 

 鍛え上げられた技量。

 

 積み上げられた経験。

 

 考えつくされた戦法。

 

 すべてが戦い勝利する為、そして生き延びる為にあの襲撃者が積み重ねてきた力だ。

 

 それを考えればこの間の戦闘はよくも生き延びられたものだと思う。

 

 「そういえばお前達を襲撃した奴は細剣を使っていたそうだな」

 

 「あ、はい」

 

 あの日の晩に得た相手に関する情報を掻い摘んで話す。

 

 「……という事はジュンヤか」

 

 「知ってるんですか?」

 

 ユキトの質問にスクードは若干葛藤したかのように俯いた。

 

 どうやら迷っているらしい。

 

 しかしそれも僅かで、すぐに口を開いた。  

  

 「……奴は元はお前達と同じ義勇兵だ」

 

 「義勇兵!?」

 

 「ああ。最初は盗賊ギルドに所属していたが、後から別のギルドに移籍。その後も色々職を変えて……それからちょっとあってな。奴はそのまま反ギルドの一員になった」

 

 その色々あったというのは聞かない方が良いのだろう。

 

 聞いても多分、気分が悪くなるだけのような気がする。

 

 ユキトはあえてスクードのぼかした部分をスルーすると、例の襲撃者の事を思い浮かべた。 

 

 「なるほど、盗賊としてのスキルも持ってるなら尾行なんてお手の物って事か」

 

 あの時、同じ盗賊であるハルヒロがいなければ追跡に気づかずに奇襲を受けていた可能性もある。

 

 「ああ。それだけでなく中々器用でな。複数の武器を巧みに使いこなす技量を持っている」 

 

 つまり細剣以外の武装を使ってくると言う事。

 

 益々敵に回したくない相手のようだ。

 

 「でも何で僕らを狙ってくるのかな?」

 

 「普通に考えれば師匠の仕事を手伝っているからだろうけど」

 

 その辺は考えていても答えは出ないだろう。

 

 今の所出来る事といえば奇襲を受けないよう警戒を怠らないようにするくらい。

 

 まあ奇襲でなくとも、正面からの戦闘では実力に差があり過ぎて遭遇した時点で逃げるしか選択肢はないのだが。

 

 「とにかく注意しておけ。ジュンヤはまた狙ってくる筈だ」

 

 「う~ん、弱点というか、苦手なものとかないんですか?」

 

 「私が知っている技量は義勇兵だった頃のものだ、参考にはならないだろう。……だがどんな時でも、状況を打開する為の方法というのはある。大切なのはそれに気づけるかどうかだ。それはどんな敵と戦う場合でも同じだ」

 

 「肝に銘じておけ」と忠告を口にしながらスクードはそのまま去っていった。   

 

 結局、詳しい事は分からず仕舞い。

 

 しかし少しでも情報が手に入ったのは朗報と言えるだろう。

 

 「僕達も戻ろう」

 

 「そうだね」

 

 剣を肩に担いで歩き出すモグゾーの後に続く。

 

 スキルは覚えた。

 

 剣の技量も前よりはマシになっているだろう。

 

 にも関わらず胸中に渦巻く不安は消えない。

 

 戻ればまた狩りに赴く事になる。

 

 その先でまたジュンヤと出くわしたら―――

 

 もしくはあのデットスポットに遭遇したら―――

 

 危機はすぐ傍に。

 

 しかし依然として解決の糸口すら見つけられないままだ。

 

 「……まあ、暗くなっていてもしかたない」

 

 何にせよ生きる為には狩りに出るしかないのだから。

 

 「よし!」

 

 覚悟を決めパンと両頬を叩いて気合いを入れ直すと、先を歩くモグゾーを追って走り出した。    

 

 

 

 

 ヒカリバナに照らされたサイリン鉱山の通路。

 

 薄暗さの残るその道を六人の義勇兵が歩いていた。

 

 周囲の警戒も慣れたもので、襲い掛かったレッサーコボルドをあっさりと撃退する。

 

 その様子を岩場の陰からフードを被ったジュンヤが覗き見ていた。

 

 昨夜、マジード達から釘を刺されたばかりだが、あれで引き下がるつもりは毛頭なかった。

 

 それに今回頼まれた仕事は済ませているし、前回の街中と違い今回はコボルド達が犇めく薄暗い鉱山の中。

 

 未熟な義勇兵の一パーティが戻らなかったとしても、騒ぎになる事はない。

 

 仕留める絶好の好機だ。

 

 以前の夜は連中の力量を図り間違え、尾行しているのを悟られてしまった。

 

 しかし二度はない。

 

 絶対に気が付かれないように一定の距離を保ちつつ、機会を伺う。 

 

 だが、なるほど。

 

 改めて観察してみれば確かに実力を増しているようだ。

 

 だがそれでもまだまだヒヨッコである事に変わりはない。

 

 「……今日こそ消してやるぞ」

 

 ジュンヤの脳裏に浮かぶ過去の情景。

 

 それが前を歩く義勇兵達と重なり、重く暗い憎悪の炎が燃え上がってくる。

 

 殺意が漏れないよう静かに呼吸を整え慎重に尾行を続けながら、先を歩く義勇兵達の背中を睨み続けていた。 

 

 

◇ 

 

 

 ユキト達の探索は思った以上に順調に進んでいた。

 

 これは新たに覚えたスキルが有効に働いたというのもある。

 

 だがそれ以上にサイリン鉱山での戦闘に慣れてきた事が大きな要因としてあった。

 

 ゴブリン以外の新たな敵。

 

 狭い限定空間。

 

 ある程度の明かりがあるとはいえ周囲は薄暗く、死角も多い。

 

 それらのプレッシャーは自然とパーティから心理的な余裕を奪っていた。

 

 それらの事柄にようやく全員が慣れてきたのである。

 

 「ッ!」

 

 コボルドの剣がユキトの鼻先を掠め、器用に振るう尻尾が追撃を掛けてくる。

 

 しかしその攻撃はもうとっくに見切っていた。

 

 余裕で身を屈め、尻尾を躱すとすぐに距離を取った。

 

 しかしここは狭い通路であり、飛びのくだけでもすぐに岩壁によって阻まれてしまう。。

 

 それを見たコボルドは嫌らしい笑みを浮かべて突進してきた。

 

 逃げ場を失った獲物を見て好機だとでも思ったのだろう。

 

 だが、そんな事は重々承知の上。

 

 「わざわざ突っ込んできてくれるとはね」

 

 そんな単純な動きに意味はない。

 

 ユキトはあっさりとコボルドの突進を回避すると、すれ違い様にショートソードを振り抜いた。

 

 肉を切る感触が手に伝わり、鮮血が舞う。

 

 さらに返す刀で背中からコボルドの背中に突きを放った。

 

 「ハッ!」

 

 ボロボロの鎧では防ぎきれなかった一撃。

 

 鎧を貫通した刃はコボルドの心臓を確かに捉え、息の根を止めた。

 

 突き刺さった剣を引き抜こうと力を込めるとそれを好機と捉えたのか一匹のコボルドが斬りかかってきた。

 

 しかしユキトは慌てない。

 

 何故ならば前線で戦う戦士はユキト一人ではないのだから。

 

 「ふも!」

 

 巨体に似合わず素早くユキトの前に立ちふさがったモグゾーが横薙ぎに剣を振るう。

 

 持ち前の怪力から繰り出される一撃が発せられる凄まじい風切り音と共にコボルドを吹き飛ばした。

 

 「近くで見ると改めて凄いな」

 

 コボルドが盾代わりに使った剣は大きく歪み、直撃を受けた頭部はトマトのように潰されている。

 

 相変わらず圧倒的な威力だ。    

 

 若干の悔しさとそれを上回る頼もしさを感じつつ、他のメンバーの方を見る。

 

 そちらも大した苦戦もなくコボルド達を倒す事ができたようだ。

 

 「おっし! 今日は絶好調! このまま下の階層に行こうぜ!」 

 

 「ランタ、お前な」

 

 相変わらずのランタの物言いにため息が出そうになるがユキト自身は五層に行くのは反対では無かった。

 

 その理由は今いる階層の狭さにある。

 

 パーティの現在地はサイリン鉱山第四層。

 

 この階層は農場と呼ばれ、ヒカリバナ以外の奇怪な植物も無数に生えている。

 

 これらはコボルド達の食料なのだろう。

 

 だが問題はそこではなく無数に組まれた柵にあった。

 

 多くの柵で囲いが組まれ、その中では豚のような鼠のような妙な生き物が跋扈している。

 

 義勇兵では豚鼠と呼ばれている生き物らしい。

 

 この柵の所為でただでさえ狭い鉱山内はさらに狭くなっており、慣れてきたとはいえ戦いづらいのである。

 

 わざわざ戦いづらいこの階層に拘る程、おいしい獲物がいる訳でもない。

 

 それならこの下の階層に降りた方が戦いやすい分、リスクも少しは減る。

 

 さらに柵の中にいるのは豚鼠だけではない。

 

 手も足もなく、尻尾もなく、胴体は長太い豚蚯蚓と呼ばれる生き物もいるのだ。

 

 これが何というか生理的に受け付けない。

 

 女性陣からの評判も悪く、「気持ち悪い」と顔を引きつらせていた程。

 

 さらにこいつらは死体となったコボルド達を貪り喰らう。

 

 こちらが倒した獲物の死体処理には便利なのだが、その光景は出来れば思い出したくない。

 

 こんな生き物を視界に入れて探索するのは正直堪える。

 

 「んで、どうすんだ?」

 

 ランタが剣を肩に担ぎ、挑発するように告げる。

 

 相変わらずの物言いにまたハルヒロと言い合いになるかと思ったが、何か堪えるように軽く頭を振っただけ。 

 

 どうやらハルヒロなりに前の夜に話した事を考えてくれたらしい。

 

 まあ、頭にくるのも良く理解できるのだが。

 

 「パルピロ?」

 

 「誰がパルピロだ。……五層に降りよう。ただし慎重に」

 

 ハルヒロの言葉に誰も反対意見を言わなかった。

 

 井戸に設置された縄梯子を下り、五層に到達するとそこでは明らかに上層にはなかった熱気がパーティを出迎えた。

 暑い。

 

 ジッとしているだけでも汗が滲んでくる。

 

 「何でこんなに暑いんだよ」

 

 「……多分、アレのせいだと思う」

 

 シホルが指さした先にあったのは熱を発する炉、それが大小、無数に並んでいた。

 

 それを見張る為かエルダーたちの監視所のような場所も見えた。

 

 どうやらこの階層は精錬所らしい。

 

 「いくつか穴場があるから、そこに行きましょう」

 

 「穴場?」

 

 「ええ。稼働してない炉とは別に閑散としているところがあると思うけど、そこにエルダー達が顔を出すスポットがあるわ」

 

 メリィの先導で案内されたのは精錬所の端。

 

 稼働した炉からは距離が離れ、監視所にはそこそこ近い。

 

 どうやらこの場所にエルダー達が時折散歩に来るらしい。

 

 「なるほど、確かに穴場だな」  

 

 この場所ならば敵からは見つかりにくく、同時に待ち伏せもしやすい。

   

 「皆、ここで身を隠そう」

 

 岩陰に身を顰め、エルダーが来るのを待ち受ける。

 

 だが、どれだけ待ってもエルダー達は一向に現れなかった。

 

 「んああぁぁぁ!! 全然こねぇじゃねぇか!!」

 

 初めに痺れを切らしたランタが立ち上がって騒ぎ出した。

 

 「そんなに待つのがつらいんやったらその辺で寝てたらいいんとちがう?」

 

 「そんな事言って、俺が寝たら置き去りにするつもりだろうが、このちっぱいが!」

 

 「ちっぱいって言うな!」

 

 ランタとユメの言い合いを聞きながら、ユキトは変な違和感のようなものを感じていた。

 

 「どうしたの、ユキ?」

 

 「……静かすぎる気がする」

 

 炉から聞こえてくる製錬音は相変わらずだが、生き物の気配みたいなものが薄い気がする。

 

 まるで向こうもこちらの様子を伺うように息をひそめているような。

 

 それはハルヒロも同じだったようで、固い表情のまま周囲の様子を探っていた。

 

 嫌な予感がする。

 

 一旦四層に戻った方が良いかもしれないと提案しようとしたその時だった。

 

 ユキト達が身を隠していた岩陰に何かが放り込まれたのは。

 

 「なっ!?」

 

 突然の事に全員が武器をその手に掴み、構えを取った。

 

 

 しかし放り込まれたものを見て絶句する。

 

 投げ込まれたのは―――死体となったレッサーコボルド。

 

 何というかえげつない殺し方だった。

 

 両目は潰され、体中も穴だらけ。 

 

 臓物が腹からこぼれ出て、体中に空いた穴からドクドクと血が流れている。

 

 ある程度コボルド達の死体に慣れているにも関わらず、思わず口を覆いたくなる残酷さである。

 

 「なんだよ、これ」

 

 何が起きているのか分からず、全員に得も知れぬ恐怖感が伝染する。

 

 

 それをさらに強調するように、

 

 

 ウォォォォォォォォォォォォォォォン!!!

 

 

 そこら中から声高い遠吠えが木霊する。

 

 

 「や、やばくね?」

 

 「ああ、ハルヒロ!」

 

 「逃げるぞ!」

 

 即断即決。

 

 もはや此処にいる事は危険だ。

 

 原因なんて今はどうでもいい。

 

 とにかく四層まで逃げる!

 

 「走れ!」

 

 横に座っていたシホルを立ち上がらせると同時に全員が一斉に走り出した。

 

 「皆、こっちへ!」

 

 この辺を知っているメリィの指示に従い、一目散に駆け抜ける。

 

 だが途中でおかしなものが転がっている事に気が付いた。

 

 コボルド達の死体だ。

 

 無数のコボルド達の死骸が幾つも道端に置き去りにされていたのだ。

 

 しかも数が尋常ではない。

 

 一体どうして?

 

 当然、ユキト達には身に覚えのないものだ。

 

 他の冒険者達の仕業か?

 

 「今は走れ!」  

 

 ハルヒロの怒声を聞きつつ足を止めず、走り続ける。

 

 その先に待っていたのはコボルド達の群れ。

 

 あの群れを突破しなければ四層には上がれない。

 

 「モグゾー!!」

 

 「うん!」

 

 ユキトとモグゾーが揃って並び立つ。

 

 

 「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」 

  

 

 戦士のスキルである雄叫び(ウォークライ)

 

 独特な発声法による大声で敵を竦ませる技だ。

 

 効果は抜群でコボルド達は皆、怯んだように動きを止める。

 

 その機を逃さず群れの中に突撃する。

 

 「止まるな! 走れ!」

 

 片手で抜いたショートソードで正面に立つコボルトの首をすれ違い様に断つ。

 

 さらに足を止めず、もう片方の手で振るった剣を敵の頭部に突き刺した。

 

 「ふも!!」

 

 さらに隣に立つモグゾーの一撃が数匹のコボルド達を吹き飛ばす。

 

 その威力に敵がたじろいだ所を見計らいランタやハルヒロ達が斬り込んでいく。

 

 止まらない。

 

 止まるわけにはいかない。

 

 仲間の盾となる事。

 

 仲間を守る事こそが戦士の役割だ。

 

 皆を無事に逃がす為には此処を突破しなくてはならない。

 

 「うおおおおお!!」

 

 「ふもぉぉぉぉ!!」   

 

 二人が剣を振るう度、敵の躯が積み上がっていく。

 

 しかし多勢に無勢。

 

 コボルド達の数は一向に減らず、少しづつユキトとモグゾーの動きは鈍っていった。

 

 「くっ」

 

 「二人共!!」

 

 押され始めたのを見かねてハルヒロが突っ込んできた。

 

 蹴りがコボルドを倒し、振るったダガーが胸に刺さった。

 

 敵の動きは一瞬、間が空き体勢を立て直す時間が出来る。

 

 しかしハルヒロのそれは無謀だ。

 

 敵の猛攻が止まった訳ではないのだから。

 

 「ハルヒロ!」

 

 体勢を立て直しハルヒロを庇うように前に出る。  

 

 「無茶するな! 助かったけどさ!」

 

 「憤慨突(アンガー)ァァァ!!! そうだぜ、ハルヒロ! お前は弱いんだから気をつけろ、馬鹿!! ……お前にまで死なれたら困るだろうが」

 

 「分ってるよ! メリィ、井戸までは?」

 

 「もう少し!」

 

 もはや全員がボロボロだ。

 

 傷ついていない者は誰もいなかった。 

 

 それでもまだ持ちこたえていられるのはコボルド達の連携の拙さが理由だった。

 

 はっきり言ってバラバラ。

 

 まだゴブリン達の方がマシと感じる程には隙が多い。

 

 しかも包囲網もさほど厚くないのも救いだった。

 

 数は多いが囲いが甘く、突破が不可能ではなかったのだ。

 

 「良し、井戸が見えた! シホル、メリィ、ユメが先に登れ!」

 

 シホル、メリィ、ユメの女性陣が先に梯子を伝って四層に上がっていく。

 

 縄梯子は一見ボロそうに見えて、結構丈夫に作られている。

 

 二、三人が同時に上った所で切れたりはしない。

 

 すでにモグゾーも上り始め、残るはユキトとランタだけだ。

 

 「二人共早く!」

 

 「ああ! ランタ!」

 

 「わあったよ!」

 

 ランタとユキトも梯子に飛びつき、一緒に上がってくるコボルドを蹴り落としつつ上り始める。

 

 「このままなら―――ッ!?」

 

 先頭にいたシホルが四層に上がりかけたその時、風切り音と共に何かが投げつけられる気配がする。

 

 「この!」

 

 ユキトは壁を蹴り、梯子を上がろうとしたコボルドを踏み台に飛び上がると飛来物を籠手で叩き落とした。

 

 「ッ、ナイフ!?」

 

 地面に着地すると同時にナイフを投げつけてきた方向へ視線を向けた。

 

 そこに居たのはある意味で最悪。

 

 フードを被ったあの夜の襲撃者。

 

 「……ジュンヤか」

 

 よりによってこのタイミングで。

 

 それともアイツがこの状況を作ったのか。

 

 どちらにせよ不味い事に変わりはない。

 

 このままでは皆が狙い撃ちにされてしまう。

 

 見ればシホル、メリィは上り切っているようだが、他はまだだ。

 

 「時間を稼がないと」

 

 コボルドを切り伏せ、持っていた剣を拾うとジュンヤに向けて投げつける。

 

 しかし所詮は素人の投擲。

 

 ジュンヤに当たる事無く、横を通り過ぎていく。

 

 それでも注意を引き付ける事は出来たのか、今度はこちらにナイフを投げつけてくる。

 

 「ユキト、早く上がって来い!」

 

 「分ってるけど!」

 

 コボルドを上手く盾代わりに使い、ナイフを避ける。 

 

 この状況では梯子を上るのは無理だ。

 

 狙い撃ちにされる。

 

 「憤慨突(アンガー)!」

 

 「ランタ!?」

 

 先に梯子を上がっていた筈のランタが飛び降り、得意の憤慨突(アンガー)でコボルドを突き殺した。

 

 「何やってるんだよ! 早く上に!」

 

 「お前一人で格好つけてるんじゃねーよ! こういうのは俺様の役割だっつーの!」

 

 相変わらずの憎まれ口だけど、今は頼もしい。

 

 「ハァ、ランタ、あっちに敵が居る」

 

 「ッ、あのフード……お前らが言ってた奴か」

 

 「ああ。最後のモグゾーが上り切るまでアイツを引き付けないと。それにコボルド達をこれ以上四層へ行かす訳にもいかない」

 

 それでこちらの意図が分かったのかランタはニヤリと口元をつり上げる。

 

 「さっきも言っただろうが、そういうのは俺の役目だっつの!」

 

 「……僕が敵を引き付ける。その間に!」

 

 「おう、排出系(イグゾースト)!」

 

 ランタが特異な身のこなしで瞬間的に後退するスキル排出系(イグゾースト)を使い、一気に梯子の中間まで飛び上がるとロングソードで縄梯子を斬りつけた。

 

 出来た切り傷は僅か。

 

 だがそれで十分。

 

 頑丈とはいえ縄で出来た梯子は無数に群がるコボルド達の体重を支えられず、途中で千切れてしまった。

 

 「ヨッシャ! 見たか!!」

 

 「ランタ、ユキト、何やって!!」

 

 「ハルヒロ、先に逃げろ! 僕とランタは別の場所から逃げる! 行くぞ、ランタ!」

 

 「仕切ってんじゃねーよ! お前こそ俺について来い、ユキト!!」

 

 目の前の敵を斬り伏せると同時に駆けだした。 

   

 「ランタァァ、ユキトォォォ!!」

 

 ハルヒロの悲痛ともいえる叫び声を背中に受けながら、ユキト達は敵陣の中を突っ込んでいく。

 

 二人の命を懸けの包囲網突破が始まろうとしていた。


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