灰と幻想のグリムガル 紅き眼のニ刀使い   作:kia

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第十二話 襲撃

 

 

 

 

 

 いつも通りの夕暮れ時。

 

 ユキトたちは順調に今日の狩りを終え、オルタナへと帰還していた。

 

 全員が無事。

 

 これに勝る成果は無い。

 

 本日の成果を売り払う為、市場へ向かう全員の足取りも軽いというものだった。

 

 「今日も絶好調だったぜ!」

 

 「技出す時、ミスってたような」

 

 「うるさいよ!」

 

 ランタとユキトの軽口を聞きながらハルヒロが疲れたようにため息をつく。

 

 「この後、師匠の訓練か」

 

 「そやったなぁ」

 

 「うん」

 

 「ふう」

 

 ポツリと呟いたハルヒロの声に女性陣が全員、疲れたような表情を見せた。 

 

 まあ狩りを終えた後であの訓練と考えると疲れたような気分になるのも仕方がない。

 

 確かにアナスタシアの訓練は厳しいから。

 

 しかしその分、技量向上に役立っている思う。

 

 流石に一朝一夕で達人みたくなれる訳じゃないけど、無駄ではない筈だ。

 

 「そろそろ三人とも訓練にも慣れた?」

 

 「大変だけどね」

 

 「ためにはなるし」

 

 「シアさん、厳しいからなぁ」

 

 三人とも疲れながらも、やる気はあるようで安心した。

 

 女の子にあの訓練は辛いと思うので気にはなっていたのだ。 

 

 「じゃ、今日の成果を分けようか」

 

 ハルヒロの一声で全員が集まって今日の儲けを計算する。

 

 結果は今日もそれなり。

 

 怪我もなく、一日の食費を確保するには十分なものだ。

 

 「結構、貯まってきたよな」

 

 今までの貯蓄額と今日の成果を頭の中で計算する。

 

 流石に豪遊できるほどではないが、手持ちの金を合わせると少し余裕ができていた。

 

 それでも簡単に使う気にならないのは、今までお金で苦労したせいなのか。

 

 自分の貧乏性にため息をつきながら、一応使い道を考えてみる。

 

 まあ食費は問題無いし、装備はくたびれてきたものの、まだ買い換えるほどじゃない。

 

 となると、 

 

 「貯金しとこう」

 

 「なんだよ、つまんねぇなぁ。もっとバァーって使えよ」

 

 「嫌だよ。お金が貯まったら新しい剣とか買いたいしさ」 

 

 戦利品を売り払い今日の儲けを山分けにしていたランタのくだらない軽口を聞き流していた時だった。

 

 『カン、カン、カン!』

 

 思わず眉を顰める鐘の音が響き始めた。

 

 「えっと、時間を知らせる奴じゃないよね?」

 

 「うん。何か鳴らし方が滅茶苦茶だし」

 

 「なんやろなぁ?」

 

 「非常事態、とか?」

 

 全員が訳が分からないまま、首を捻る。

 

 ただユキト達よりオルタナ在住歴の長いメリィだけは心当たりがあったのか、神妙な顔で俯いていた。

 

 「まさか……敵襲?」

 

 「え? 敵襲?」

 

 あまり聞かない言葉に一瞬だけ固まってしまった。

 

 確かにアラバキア王国は戦争中。

  

 敵襲があるというのもおかしな話ではない。

 

 だが、ユキト達がオルタナに訪れて結構な日が経っているにも関わらず、そんな事態に遭遇した事は一度も無かった。

 

 「メリィ、それって―――」

 

 ハルヒロの問いかけに応えようとメリィが振り返った瞬間、今いる場所の反対方向から悲鳴が聞こえてきた。

 

 「きゃああああ!!」

 

 「逃げろ!!」

 

 「オークだ!」

 

 「オークが来たぞ!」

 

 その声に全員が身を固くした。

 

 オーク。

 

 人間の天敵。

 

 そして自分達ともそれなりの因縁を持つ種族。

 

 「オークラくん?」

 

 「違うよ、ユメ。オークだよ」

 

 ユメの天然ボケに突っ込みを入れていると、悲鳴と共に市場を行きかっていた人達が一斉に逃げ出した。

 

 夕暮れ時だった故に人の数も相当なもの。

 

 それが一斉に逃げ出した為にユキト達全員逃げる暇もなく人の波に巻き込まれてしまった。  

   

 「おお!」

 

 「うわあああ!」

 

 「ユキ!」

 

 「メリィ!?」

 

 最初にランタとモグゾーがはぐれ、メリィの姿もすぐに見えなくなってしまった。

 

 「あ、帽子!?」

 

 「ハルくん、ユキくん!」

 

 「シホル、ユメ!!」

 

 「ハルヒロ!」

 

 殺到してくる人に押しつぶされながら、仲間たちに居場所を確認しようと首を伸ばした。

 

 しかし、見えたのはハルヒロだけ。

 

 正確に言えばシホルの帽子を掴んだハルヒロの腕だけだ。

 

 「ハルヒロ!」

 

 呼びかけてもは返事はない。

 

 多分、押しつぶされそうな圧迫に返事をする余裕もないのだろう。

 

 「って僕も余裕ないけど。ちょっと、押さないで!」

 

 そんな事を言った所で皆、逃げる事に必死すぎてこちらの声など聞いちゃいない。

 

 出来る事と言えば流れに逆らわず、落ち着くまで待つ事くらいか。

 

 ハルヒロの腕を見失わないようにしながら、しばらく流れに身を任せていると、今度は進行方向から叫び声が上がった。

 

 「うわぁあああああ!!」

 

 「あっちも駄目だァァ!!」

 

 反対方向でも襲撃があったのか、今度は逆方向へ逃げようと人の流れが変わった。

 

 しかし一度できた人の流れはそう簡単には変わらない。

 

 今までの方向へ進む人と逆に逃げようとする人との流れがぶつかり合い完全に身動きが取れなくなってしまった。

 

 「やばいよ、これ。押しつぶされる!」

 

 何とか逃れようと足掻いていると帽子を持ったハルヒロの腕が人の流れから抜け出そうとしているのが見えた。

 

 ユキトもまた同じ方へ逃れようと人を掻き分け、ハルヒロの後を追う。

 

 そこには暗い暗幕のようなものが垂れ下がった屋台があった。

 

 「あそこか」

 

 ユキトはどうにかそこへ飛び込むと深くため息をついた。

 

 「ハァ、助かった」

 

 「大丈夫か、ユキト」

 

 「うん、何とかね」

 

 先に逃れていたハルヒロと無事を喜び合ったのも束の間、鼻をくすぐる臭いに顔を顰める。

 

 「何の屋台?」

 

 「さあ、なんか剥製みたいなのが置いてあるけど」

 

 それだけではない。

 

 屋台に並べてあったのは瓶に詰められた変な液体や魔物の歯や骨で作られたアクセサリーなどが置いてあった。

 

 見る限りあまり良い気分にはならない。

 

 こんな所に女性陣がきたら全員が嫌な顔する事請け合いだった。

 

 「暗黒騎士専用の屋台か何かかな?」

 

 この趣味の悪さ。

 

 暗黒騎士に通じるものがある気がする。

 

 「まさか、そんな事はないと思うけど」 

 

 そう言いつつハルヒロも屋台に陳列された商品を見てドン引きしていた。

 

 「おや、こんな時にお客さんかい。こっちへおいで」

 

 「ひっ」

 

 突然声が掛かりハルヒロが怯えたように声を上げる。

 

 出来れば遠慮したい所だが、黙って入ってきた手前無視も出来なかった。

 

 恐る恐る屋台の奥まで行くと黒い服を着た老婆が二人を出迎えてくれた。

 

 「あの、ここ、おばあさんの店ですか?」

 

 「いきなり失礼な若造だね! レディーと言いな!」

 

 「す、すいません」

 

 愛想笑いで誤魔化しながら、屋台の外へ視線を向ける。

 

 未だに騒ぎは収まっていないようで、所々から悲鳴が聞こえてきた。

 

 「ふん、オークだね」

 

 「あの、よくあるんですか?」

 

 「ん? アンタ達、義勇兵の癖に知らないって事は新兵(ルーキー)かい?」

 

 何故義勇兵と分かったのかと疑問が涌くが、鎧を着込んだこの格好を見れば一目瞭然だった。

 

 「ええ。僕達は義勇兵になってまだ日が浅いので」 

 

 「なるほど。その様子じゃ童貞だね」

 

 「ぶっ!」

 

 ハルヒロの露骨な反応に老婆が楽しそうに笑い出した。

 

 「馬鹿だねぇ。そっちじゃないよ。義勇兵はオークを殺して一人前って言われてるのさ。お前さん達はダブルのようだがね」

 

 「ハ、ハハ」

 

 笑おう。

 

 笑って誤魔化すしかない。

 

 「覇気がないねぇ。男だろ、もっと欲出しな! 女とやりたいとかオーク殺したいとかあるだろ!」

 

 「……それはもちろん」

 

 女云々は聞かなかった事にして、目的はある。

 

 いつかあの黒いオークを自分達の手で倒す。

 

 必ずだ。

 

 「ほう、さっきまでとは目が違う。よっぽど落としたい女でもいるのかねぇ」

 

 「あ、いや、そっちじゃ」

 

 「なら、ここで格好良い所を見せてみな!」

 

 「へ?」

 

 老婆はニヤリと笑うと手に持った杖を入口の方へ向けた。 

 

 そこには潰れた鼻と緑の肌を持つ者が店を覗き込んでいた。

 

 「オーク!?」

 

 胸中にあの時の恐怖と怒りが混在した感情が湧き上がってくる。

 

 それ故にユキト、そしてハルヒロも同様に動けない。

 

 「何やってんだい! 童貞卒業のチャンスだろ!」

 

 「いや、だって、俺達だけじゃ―――」

 

 「情けないこと言ってんじゃないよ! だから童貞なんだ!」

 

 勝手な事を言う老婆を無視し、オークの動きを注視する。

 

 大きな身体を守るように着込まれた鎧と重そうな片刃の剣。

 

 それを器用に振り上げるとこちらに向かってくる。

 

 「ハルヒロ!」

 

 「うわ!」

 

 屋台の商品を撒き散らしながら、突っ込んできたオークの突進をどうにか直前で回避する。

 

 「ああ!? 商品が台無しだよ! 暴れるなら外にしな!」

 

 勝手なことばかり言う老婆は無視し、ユキトはショートソードの柄を握る。

 

 こいつは多分、オークの中でも階級的には下だ。

 

 あの時、見た連中と比べれば大した事ない奴だという事はわかる。

 

 何を怯む。

 

 こんな奴に向かっていけないようでは、あの黒いオークを倒すなんて夢のまた夢だ。

 

 躊躇いを振り切り一歩前にでようとした瞬間、突然オークは声を上げた。

 

 「ウオオオオ!」

 

 咆哮と共に放たれた上段からの太刀。

 

 それはユキトの頭を狙った一撃だ。

 

 防がなければ、あっさりと頭を潰されて死ぬだろう。

 

 いつも見ているじゃないか。

 

 モグゾーがゴブリンの頭を潰す所を。

 

 このままではあんな風になる。

 

 そう認識した瞬間、動けなかった筈の体は自然と動いた。

 

 鞘走りで抜いたショートソードが剣の横腹に直撃。

 

 鈍い金属音と共に火花が散り、斬撃の軌道を変えた。

 

 「ぐっ」

 

 欠けた細かい金属片がユキトの頬に傷を生み、剣を弾いた腕に痺れが走る。

 

 前もそうだったけど、オークというのは例え下級の個体だろうと馬鹿力らしい。

 

 「弾いただけでこれか!?」

 

 正面から受けたら、力で押し切られてしまう。

 

 「フオオオオ!」

 

 さらなる横薙ぎの一撃を受け止めるも、そのまま外へ弾き飛ばされてしまった。

 

 「うああああ!」

 

 「ユキト!? おわあああ!!」」

 

 「ハル、ヒロ!」

 

 地面に叩きつけた背中の痛みに耐えながら、どうにか起き上がる。

 

 そこで気が付いた。

 

 遠目に何体ものオークが闊歩している事に。

 

 まずい。

 

 いくら何でもあの数に囲まれたら、終わりだ。

 

 「くそ!」

 

 自分の無力さに苛立ちながら、屋台の中に飛び込むとハルヒロが老婆を庇っている場面が目に飛び込んできた。

 

 店に置いていたものなのか、杖でオークの剣を受け止めている。

 

 「い、良いよ、義勇兵! 惚れちまいそうだよ!」

 

 「マジで勘弁してよ!」

 

 冗談を言っている余裕はあるようだが、危機的状況に変わりはない。

 

 ハルヒロは盗賊であり正面切っての戦闘は不得手。

 

 ましてや体格差のあるオーク相手ではなおさら不利だ。

 

 オークに気づかれぬように走り寄ったユキトはショートソードを背中目掛けて斬りつけた。

 

 しかし、

 

 「え?」

 

 刃はオークの鎧に阻まれ、浅く表面に傷をつけただけ。

 

 ならばと隙間を狙うが、オークは邪魔な蠅を払うように腕を振るってきた。

 

 咄嗟にしゃがむと頭の上を「ブォン!」という嫌な音と共に風が舞った。

 

 ただ腕を振るっただけでこんな音が鳴るなんて。

 

 「なんて馬鹿力なんだよ!」

 

 「ユキト!」

 

 自由になったハルヒロがダガー片手に背後を取る。

 

 オークの背後に組み付き、得意の背面打突(バックスタブ)をお見舞いする。

 

 しかし、それも浅くオークの鎧を傷つけるだけだ。

 

 「げ!」

 

 通用しない。

 

 正確に言うなら急所が鎧に守られている為に背面打突(バックスタブ)が上手く効果を発揮できないのだ。  

 

 「やば!」

 

 暴れるオークに振り払われてハルヒロは屋台の暗幕を破壊しながら、外へと吹き飛ばされてしまった。

 

 「ハルヒロ!!」

 

 オークもハルヒロを追って外へ出て行く。

 

 「くそ!」

 

 外には他のオークだっている。

 

 このままでは最悪―――

 

 ユキトの脳裏に再びあの日の悪夢が蘇った。

 

 忘れはしない。

 

 あの日、顔の付いた血の熱さ。

 

 何も出来なかった無力さ。

 

 躯になった仲間の冷たさ。

 

 そして奴らがこちらを見下す醜さ。

 

 ああ。

 

 忘れるものか。

 

 「二度とさせるか!」

 

 奪わせるものかと、強い激情のようなものがユキトの内から湧き上がってくる。

 

 その時、

 

 「ッ!?」

 

 何かが流れ込んだような錯覚に襲われた。   

 

 それは僅かな雫のようなもの。

 

 体に溶け出し、熱となって全身に広がっていく。

 

 「これって」

 

 いや、余計な事は後でいい。

 

 少し熱くなった指でショートソードの柄を握り直した。

 

 「いくぞ」

 

 前傾姿勢のままオークに向かって走り出す。

 

 「やらせるか!」 

 

 一足飛びに距離を詰めたユキトはオークの足目掛けて剣を振るった。

 

 横薙ぎの一閃。

 

 ショートソードが深々とオークの肉を斬り裂き、鮮血が舞う。

 

 「ッオォオオオ!」

 

 痛みに呻くような声を上げるが、オークは未だに健在。

 

 ギロリと視線を向け、剣を振りかぶる。

 

 しかし先ほどまでに比べて脅威には感じない。

 

 上段からの一撃を横に受け流し、返す刀で腕を裂いた。

 

 今までよりも攻撃が軽く感じる。

 

 「これなら!」

 

 我武者羅に振り回されるオークの剣を紙一重で躱し、剣撃を流しながら再び足に斬撃を繰り出す。

 

 足を斬り裂かれバランスを崩した鎧の隙間を狙って刃を差し込んだ。 

 

 「グギィ!」

 

 腹に刺さった刃の痛みで呻くオーク。

 

 それでもまだユキトを殺そうと剣を振り上げてくるのだから、大したタフさだと思う。

 

 だが、それは予想していた。

 

 「ハルヒロ!」

 

 「背面打突(バックスタブ)

 

 後ろから組み付いたハルヒロのダガーがオークの顔面を抉った。

 

 「グオオオオ!!」

 

 「うわ、こいつまだ!?」

 

 ハルヒロを振り払おうと暴れる、オーク。

 

 そこにダガーでもう一刺し。

 

 両目が潰され顔面から鮮血が噴出している。 

 

 それでも倒される気配がないのが恐ろしい。

 

 「こ、こいつ!」

 

 「いい加減に倒れろ!!」

 

 刺さった剣を斬り上げ、引き抜いたもう一本の剣でオークの喉元を突き刺した。

 

 鬱陶しいくらい、オークの鮮血がユキト、ハルヒロ共に降りかかってくるが構っていられない。

 

 ハルヒロは今度こそ最後だと、ダガーを振りかぶった。

 

 「止め!!」

 

 脳天にダガーが深々と刺さった。

 

 それで最後。

 

 オークの体がグラリと揺らぎ、そのまま地面に倒れ込む。

 

 動く気配のないオークに二人そろって大きなため息をついた。

 

 「「ハァ」」

 

 直前に離れたハルヒロは返り血を浴びているものの無事。

 

 ユキトも軽傷はあれど生きている。 

 

 「ハァ、ハァ、や、やった?」

 

 「あ、ああ。やった」

 

 実感が湧かないがようやくオークを一体倒す事ができた。

 

 「ユキ―――ッ!?」

 

 「ハルヒロ?」

 

 「ユキト、その眼!? 眼が紅い?」

 

 思わず血で汚れた剣の刀身を鏡代わりに自分の顔を覗き込む。 

 

 そこには、『彼女』と同じ紅い眼が映っていた。

 

 「な、何で……え?」

 

 急にグラリと視界が揺らぐ。

 

 ユキトは何の抵抗もできないまま地面に倒れ込んだ。

 

 「ユキト、おい!」

 

 「あ、くっ、力が、入らない」

 

 まるでアナスタシアの訓練を受けた後のような強烈な疲労感が全身を支配していた。

 

 不味い。

 

 身体が上手く動かない。

 

 このままだと他のオークの標的にされてしまう。

 

 「ハ、ハル、ヒロ、僕を置いて、いけ。他のオークが、くる前に」

 

 「ふざけんな!」

 

 ユキトを担いでその場を離れようとする、ハルヒロ。

 

 しかし、それに目ざとく見つけたオークがこちらに向かってくる。

 

 「一人なら、逃がられるから」 

 

 このままユキトを担いでいたら100%逃げられない。

 

 両方とも殺されてしまう。

 

 なのに、

 

 「嫌だ」

 

 ハルヒロはユキトを離さない。

 

 迫るオークの影。

 

 ユキトは無理やり腕を動かし、ハルヒロを突き飛ばした。

 

 「ユキト!?」

 

 振りかぶられるオークの剣。

 

 避ける力も、捌く余力もない。

 

 それでも。

 

 「お、お前ら、なんかに」

 

 力は入らないがショートソードを握り、オークを睨みつける。

 

 負けてなるものか。

 

 最後までその気概だけは失わぬように。

 

 その時、

 

 「しゃがめ!」

 

 背後から聞こえてきた声にユキトは咄嗟に伏せる。

 

 頭上を通り過ぎる何かの風切り音。

 

 考えるまでもない。

 

 通り過ぎたのは剣だ。

 

 横薙ぎに振るわれた剣がオークへ直撃、首を盛大に刎ね飛ばした。

 

 「大丈夫か?」

 

 「うん……ありがとう、レンジ」

 

 振り返った先にいたのは見知った男。

 

 自分達と同じ日に義勇兵となったレンジだった。

 

 その後ろにはロン、チビちゃん、サッサ、アダチといったメンバーが立っていた。

 

 全員が自分達とは比べものにならないくらいに良い装備を持っている。

 

 雰囲気からしても歴戦の義勇兵たちと遜色ない。

 

 「お前……眼の色変わったか?」

 

 「え、いや、これは」

 

 「レンジ、まだいやがるぞ」

 

 ゴツイ剣を構えたロンが指さした先には数体のオークがこっちへ向かってきている。

 

 「やるぞ」

 

 「おう」

 

 「うん」

 

 「了解」

   

 そこからのレンジパーティの戦闘は圧巻の一言だった。

 

 アダチが魔法で足を止め。

 

 サッサが盗賊スキルで撹乱。

 

 ロンとレンジ、そして意外にもチビちゃんが前に出て敵と交戦。

 

 噛み合った戦いぶり。

 

 各々の力量だけでなく、連携も完ぺきだ。

 

 少なくとも現在の自分達よりも数段上である事は間違いない。

 

 ハルヒロもレンジ達の戦闘に見入っていた。

 

 結局、駆け付けてきた数体のオーク達は瞬く間にレンジ達によって排除されてしまった。

 

 「こんなものか」

 

 剣を肩に担ぎ、ロンは不敵な笑みを浮かべる。  

 

 他のメンバーも明らかに余力を残している。

 

 この程度の戦闘は余裕とばかりに涼しい顔だ。

 

 何というか圧倒的な実力差をまざまざと見せつけられた気分だった。

 

 そんな風にレンジ達に見入っていると隣にいたハルヒロが声を上げた。

 

 「レンジ、上だ!」

 

 ハルヒロの声に反応したのか、すぐさま飛びのくレンジ。

 

 建物の上から様子を伺っていたのか、そいつがレンジへと踊り掛かったのだ。

 

 襲い掛かった相手はオーク。

 

 だが、普通のオークではない。

 

 銀色の髪に上等な装備。

 

 羽織るのは虎柄の派手なマント。

 

 顔に入った入れ墨。

 

 片刃の剣も明らかに他のオーク達が持っているものとは別物。

 

 鈍く光る紫色の刀身が不気味さを助長している。

 

 「イシュ・ドクラン。オマエハ?」

 

 派手なオークの名乗りにレンジは「手を出すな」とだけ言って前に出る。

 

 「レンジだ。やるつもりか?」

 

 挑発めいたレンジの声にイシュ・ドクランと名乗ったオークは口元を歪め手を上げた。

 

 すると他のオーク達も一斉に剣を降ろす。

 

 それに応えるようにレンジもまた笑みを浮かべ―――二人は激突した。

 


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