灰と幻想のグリムガル 紅き眼のニ刀使い   作:kia

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第十一話 炎雷

 

 

 

 

 

 

 人が居なくなり、廃墟と化したダムローの街を銀色の風が駆け抜ける。

 

 その風の正体は言うまでもなく長剣を携えたアナスタシアである。

 

 常人では捉えきれない程に速く走り、煌めくような一閃が通り過ぎた後では進路を塞ぐゴブリン達の死骸が転がっていく。

 

 「……これで少しはやりやすくなる筈」

 

 一瞬だけ僅かに口元を緩めアナスタシアはポツリとつぶやいた。

 

 元々今回の依頼はアナスタシア一人で十分に達成できるものである。

 

 それにハルヒロ達を巻き込んだ理由が二つあった。

 

 一つは少しでも実戦経験を積ませ、現場の空気に慣れさせる事。

 

 そもそもギルドから依頼される仕事は通常の狩りとはまるで違う。

 

 特に人間が絡んでくると、相手もまたこちらを排除しようと戦略を練ってくる。

 

 その際の難易度は通常の狩りの比ではない。

 

 もう一つは自分達の技量向上を実感させたかった事だ。

 

 毎晩訓練を行った結果、あの七人の技量は初期に比べても格段に向上している。

 

 しかし常にアナスタシアとしか手合わせを行っていない為に技量向上が実感しにくい。

 

 普段の狩りでもそれなりに腕が上がった事は感じているだろうが、それが仕事の中で実感できれば自信にもつながるだろう。

 

 特にハルヒロは自分を卑下している傾向にある。

 

 これを機にそれが少しでも改善できれば、さらに良くなる。

 

 階段を駆け上がり、目的地である広場の前に差し掛かるとアナスタシアは瓦礫の陰に身を隠しながら広場を覗き込んだ。

 

 そこにはいくつかの荷台が置いてあるのが見えた。 

 

 「荷台だけ?」   

 

 他には人影も見えない。

 

 これから取引があるにしろ、終わったにしろそれは明らかにおかしい。

 

 「罠……ッ!?」

 

 それに気がついたアナスタシアは躊躇い無く広場に向けて飛び込んだ。

 

 次の瞬間、今まで居た場所に爆炎が生じ、凄まじい熱風と衝撃波がアナスタシアに襲いかかった。

 

 「ぐっ」

 

 巻き上がる煙に巻かれながら、転がるようにして逃れると即座に長剣を構える。

 

 そこには炎を纏う一人の女性が立っていた。

  

 「今のを避けるなんて流石ね、アナスタシア」

 

 「……アラディナ」

 

 纏う炎のように紅い髪に挑戦的な笑みを浮かべたアラディナをアナスタシアは憎悪の籠った視線で睨みつける。

 

 それは相手方も同じ。

 

 視線だけで人を殺せるのではと思える程に殺意が込められた視線を向けている。

 

 彼女たちはお互いを憎んでいた。

 

 すべてを掛けて殺したいと願うほどに。

 

 胸中に渦巻く爆発しそうなほど激しい感情をどうにか押さえつけ、アナスタシアは問を投げた。

 

 「……貴方が此処にいるという事は、罠だったって事か」

 

 「さあ、どうかしらね。アンタに答えてやる義理はないでしょ」

 

 アラディナも腰から愛剣を引き抜くと切っ先をアナスタシアに突きつける。

 

 その剣はアナスタシアの持つ剣とは正反対であり、どこか無骨な印象を持った剣だった。

 

 柄には特に装飾もなく、刀身は通常の剣と比べても厚い。

 

 「新しい剣?」

 

 「アンタを殺すために用意した剣よ」

 

 どちらも隙のない構えで相手の様子を伺い、そして―――

 

 「ハアア!!」

 

 「フン!」

 

 お互い一歩踏み込むと同時に瞬時に間合いを詰め、渾身の一太刀を叩きつけた。

 

 裂ぱくの気合いと共に二つの剣が激突し、凄まじい衝撃波が発生する。   

 

 技も策も何もなく、すべてをかなぐり捨てた力任せの一撃。

 

 それを制したのはアナスタシアであった。

 

 「くっ」

 

 長剣を止めたアラディナの腕にはしびれが走り、踏ん張りを利かせた足が僅かに沈む。

 

 「相変わらずの馬鹿力ね!」

 

 明らかに負け惜しみ染みた挑発だった。

 

 その証拠か、アナスタシアが力を込めて押し込むとアラディナの表情には余裕がなくなってくる。

 

 「貴方がひ弱なだけでしょ」

 

 「言ってくれるわね。そんなだから、何時まで経っても男が寄り付かないのよ!」

 

 アラディナは長剣を弾いて距離を取ると、剣を横薙ぎに振るう。

 

 すると剣が分割され鞭のように複雑な軌道を取りながらアナスタシアに襲い掛かる。

 

 それは所謂蛇腹剣とでもいうべき武器だった。 

 

 右側面から首を狙ったその一撃を紙一重で回避する。

 

 だがアラディアがそれを見透かしたように手首を捻ると、うねる蛇の如く再び刃が喉元に喰らいついてくる。

 

 「ッ!」

 

 長剣を振るい刃を再び逸らすが、蛇腹剣は周辺のものを容易く切り刻みながら襲い掛かってくる。

 

 「しつこい!」

 

 アナスタシアは体を回転させ、刃を外に向けて剣の軌道を変える。

 

 そしてガラ空きになったアラディナの懐へと飛び込んだ。

 

 「甘い!」

 

 だがそう来る事も想定していたアラディナは慌てることなく蛇腹剣を操り、今度はアナスタシアの背中に向けて刃を放つ。

 

 「後ろ!?」

 

 背後からの一撃に咄嗟にしゃがみ込むと数本の髪の毛を奪って、蛇腹剣が頭上を通過していく。

 

 「まだまだこんなものじゃないわ! イグ・アルヴ!」

 

 左手を突き出しエレメンタル文字を素早く描く。

 

 手首に掛けた腕輪の装飾品が光を発し、発生した火球がアナスタシアに向けて襲い掛かった。  

 

 それは火炎弾(ファイアボール)と呼ばれる初歩中の初歩の炎熱魔法(アルヴマジック)である。

 

 しかしそれが普通の魔法使いが使う火炎弾(ファイアボール)とは明らかに違う。

 

 それを予め知っていたアナスタシアは迫る火球には触れず後ろに飛びのく事で回避する。

 

 攻撃対象を失い、炸裂した火炎弾(ファイアボール)が爆発と共に地面を大きく抉った。

 

 その威力は明らかに異常なもの。

 

 直撃を食らえばただでは済まない。

 

 「くっ」

 

 腕を掲げ顔を庇って衝撃波をやり過ごし、爆煙の中から伸びてきた蛇腹剣を切り払う。

 

 しかし息もつかせぬ間で次の火球が降り注いてきた。

 

 強力な火炎によって所々服と皮膚が僅かに焼ける。

 

 痛みを堪え火球を避けながらアナスタシアはアラディナの方を観察する。

 

 「……剣を掲げたまま魔法を使用しているという事は……あの剣は金属でできていない?」

 

 通常魔法を使う場合、多くの金属を使用した武器や防具を持つ事はできないとされている。

 

 これは魔法を使用するのに必要なエレメンタルが金属を嫌う性質を持っているからだ。

 

 しかしあの蛇腹剣が炎熱魔法(アルヴマジック)を阻害している気配はない。

 

 つまりあの剣は金属でできていないという事になるが―――

 

 「考え事とは余裕ね、アナスタシア!」

 

 「しつこい!」

 

 アラディナは愛剣を手足のように操り、アナスタシアへ向けて振るい続ける。

 

 アラディナが剣を使いながら魔法を使用できるのには当然訳がある。

 

 アナスタシアの推測通りこの剣は金属で作られたものではない。

 

 この剣は前に仕留めた火竜の牙を加工して作った現状二つとない一品。

 

 分割の仕掛け自体も出来うる限り金属は使わせなかった為、エレメンタルへの影響も最小限に抑えられた武器となっているのだ。

 

 「今日こそ、お前を仕留める、アナスタシア!!」

 

 この蛇腹剣と炎熱魔法(アルヴマジック)を駆使した中距離戦こそアナスタシア攻略の要。

 

 前から知ってはいたが真っ向勝負ではアナスタシアに敵わない。

 

 剣技で劣るつもりはないが、膂力の差は大きい。

 

 腕力、脚力、瞬発力、反応速度。

 

 すべてアナスタシアが上回っている。

 

 業腹ながら、身体能力で競うのは無謀という他ない。

 

 だが幸いな事にアラディナがアナスタシアに勝っている部分はある。

 

 それが魔法だ。

 

 これに関してはこちら側に一日の長がある。

 

 特にもっとも得意とする炎熱魔法(アルヴマジック)はこの世界の誰にも負けないという自信があった。

 

 「別に剣で勝つ必要はない。貴方を倒せればそれで十分!」

 

 火炎弾(ファイアボール)の衝撃波によってアナスタシアの動きが鈍った隙に唱えた炎熱魔法(アルヴマジック)が空中で槍のような形状に変化する。

 

 そしてそのまま雨のように一斉に降り注いだ。

 

 「この程度!」 

 

 邪魔な一射を剣で切り払い、残りは紙一重で回避したアナスタシア。

 

 しかし地面に突き刺さった炎槍はそのまま大きな柱となって進路を塞がれてしまった。  

  

 「火炎柱(ファイアピラー)!?」

 

 火炎柱(ファイアピラー)とは地面から火柱を発生させる炎熱魔法(アルヴマジック)である。

 

 これもまた火炎弾(ファイアボール)と同じ通常ではあり得ない熱量を持ち、空に届くのではと錯覚させる程に高く柱が立ち上っている。

 

 そこに柱の縫うようにして再び蛇腹剣が迫る。

 

 しかも今度は火炎柱(ファイアピラー)によって逃げ場が限定されてしまった。

 

 「これで逃げ切れるかしらね!」 

 

 周囲を囲む炎柱の結界。

 

 そこに居る獲物を喰らわんと這いまわる刃の蛇。

 

 もはや勝負は決したと確信する。

 

 しかし―――

 

 そんな炎の結界を突き破った短剣が数本、アラディナの手元に向けて投げつけられた。

 

 「武器狙いか、小賢しい!」

 

 手首を捻り、刀身を波打たせて短剣を弾き飛ばす。

 

 だが、短剣は次々と炎の中から飛び出してきた。

 

 「無駄!」

 

 苛立ちに任せ放った炎で飛んできた短剣をすべて蒸発させる。

 

 しかし次の瞬間、立ち上がる煙の中から飛び出してきたのは―――

 

 「ジェス・イーン・サルク・フラム・ダルト、雷電(ライトニング)!」

 

 見ればアナスタシアはいつの間にか剣を鞘に納め、手首に掛けた腕飾りの装飾品を用いて電磁魔法(ファルツマジック)を使用していた。

 

 放った電磁魔法(ファルツマジック)雷電(ライトニング)が煙幕を突き破り、アラディナの下へ押し寄せてくる。

 

 「チッ、お得意の電磁魔法(ファルツマジック)か!」

 

 アラディナが炎熱魔法(アルヴマジック)を得意とするように、アナスタシアは電磁魔法(ファルツマジック)を得意とする。

 

 その威力は普通の魔法使いが使用する電磁魔法(ファルツマジック)の比ではない。

 

 無論、それでもアラディナに勝る程ではないが、当たればダメージを負う事は避けられない。

 

 横っ飛びで雷光を回避するがアナスタシアはその隙に距離を詰めた。

 

 蛇腹剣諸共アラディナを両断しようと上段から長剣を振り下ろす。

 

 この手の仕掛けが施された剣はその分脆い。

 

 そこを狙ってきたのだ。

 

 「そんな事は想定済みなのよ!」

 

 アラディナが指で仕掛けを動かすと、分割されていた刃が素早く収納され長剣の一撃を受け止めた。

 

 「距離を詰めた事は流石と褒めましょうか。でもね―――」

 

 「ハァ、いちいち五月蠅い」

 

 「なっ!?」

 

 「黙って戦えないの?」

 

 アナスタシアもまた苛立ちつつ力任せの鍔迫り合いに持ち込む。

 

 「アラディナ。貴方の欠点を教えてあげる。おしゃべりな事と戦略の荒さ!」

 

 「ッ、ふざけるなァァァ!!」    

 

 押し込まれた剣を裂帛の気合いをもって押し返し、弾き飛ばすタイミングを見計らう。

 

 距離さえ取れば、再び自分が優位に立てる筈であると確信しているからだ。

 

 しかしアナスタシアは自分から飛びのくと地面に長剣を突き刺し、再び右手をかざす。

 

 「ジェス・イーン・サルク・カルト・フラム・ダルト! 暴威雷電(サンダーストーム)!!!」

 

 「そんな真正面からの―――ッ!?」

 

 雷電(ライトニング)同様、回避しようとしたアラディナだったが、そこで異変に気が付く。

 

 先ほど以上に強力な雷撃が複数に分かれ、アラディナの足元に突き刺さっていた短剣目がけて寄り集まっていく。

 

 それが雷撃の結界となってアラディナを追い込んだ。

 

 もはや逃げ場はない。

 

 「あの短剣は初めからこれが目的!?」 

 

 「貴方が私との接近戦を避ける事もどんな形にしろ魔法戦に持っていこうとする事も想定済み。ならそれなりに対策は練るのは当然。貴方がその剣を持ち出してきたのと同じくね」

 

 「くっ、ジーン・メア―――」

 

 アラディアが電撃を防御しようと別の魔法を使おうとするが、僅かに早く炸裂した電撃の爆音と衝撃波が巻き起こった。

 

 「……この程度では仕留められないか。流石、アラディナ」

 

 舞い上がる煙の中から現れたのは氷の壁だった。

 

 アラディナは四方を囲むように氷の壁を出現させ、電撃を防いでいた。

 

 しかし完全に防御できた訳ではないようでアラディナは片膝を付き、体からは煙が上がっている。

 

 「ぐっ、アナスタシアァァ!」 

   

 アラディナ力を込めて立ち上がろうとするが、痛みと痺れで上手く体が動かない。 

 

 「終わりよ。ここでその首、斬り落とさせてもらいましょう」

 

 「まだまだ……と言いたいけど結構キツイみたいね」

 

 「逃げられるとは思わないで」

 

 アナスタシアの言葉を鼻で笑いながら剣を杖に立ち上がり、左手を突き出すと魔法を使用しようとエレメンタル文字を刻み始める。

 

 無論、それをアナスタシアが許す筈は無い。

 

 一足とびで懐に飛び込み首を狙う。

 

 電磁魔法(ファルツマジック)の影響でアラディナは動きが鈍い。

 

 この一撃は逃れられないと判断する。

 

 しかしそれを覆す一言をアラディナが口にした。

 

 「あの見習いの坊や達、放っておいてもいいのかしら? 今頃、殺されているかもしれないけど」

 

 「ッ!?」

 

 アナスタシアの気が逸れた一瞬の隙、そこを狙ってアラディナの魔法が炸裂した。

 

 「ぐっ!」

 

 目の前で爆発した炎熱魔法(アルヴマジック)にアナスタシアは剣を盾にどうにか後方へと飛び去った。

 

 発生した爆風に体勢を崩され、地面をゴロゴロと転がり、崩れかけの壁へと激突する。

 

 「痛ッ、よく、も、やってくれた!」

 

 痛みに堪えながら、どうにか立ち上がるとそこにはすでにアラディナの姿はない。

 

 あの傷では遠くにはいけない筈。

 

 しかし先ほどの言葉は無視できない。

 

 すぐにでもハルヒロ達の下へ向かうべきだ。

 

 それに先ほどの一撃、直撃こそ避けたがダメージも大きい。

 

 迂闊な追撃は命取りになる可能性もあった。

 

 「……痛み分けか」 

 

 逃がしてしまった事に激しい憤りを覚えながらも、アナスタシアは思考を切り替える。

 

 そして全身の痛みを堪えながらすぐさまハルヒロ達が居るであろう場所へと走り出した。

 

 

 

 

 「俺達がやってきた事は無駄じゃないって、見せてやるんだ!」

 

 ハルヒロの叫び声に答えるように前に出ていたユキトとモグゾーが目標に向かって攻撃を繰り返す。

 

 眼前に居るのは、あの時の鎧ゴブとホブゴブリン達だ。

 

 ダムローに侵入した僕達は何匹かのゴブリンを思った以上に簡単に始末し、アナスタシアの後を追って広場近くにまでたどり着いた。

 

 しかしその先で見つけたのだ、あの時に苦戦したゴブリンたちを。

 

 アナスタシアの後を追うにはここは避けて通れない。

 

 別にこいつらがマナトの死を直接招いた訳ではない。

 

 直接、殺したのはあの黒いオーク、『傷持ち』だ。

 

 でも、それでも、こいつらに背を向けるという選択はできなかった。

 

 「あの時の借りは必ず返す!」 

 

 一度距離を取り、再び突っ込んだ僕を前に剣を振りかぶってくるのは鎧ゴブだ。

 

 しかしその剣には何の脅威も感じない。

 

 その動きも明らかに遅かった。

 

 流石に止まって見えるというほど達人めいた事を言うつもりはない。

 

 それでも毎晩眼前に繰り出されるアナスタシアの一撃と比べれば、雲泥の差がある。

 

 「遅い!」

 

 体を捻り、剣の切っ先を余裕で避ける。

 

 そしてすれ違い様にショートソードを鞘から抜くと、そのまま横薙ぎに叩きつけた。

 

 抜刀と共に放たれた刃が鎧ゴブの右腕に深々と傷を作った。

 

 「はあぁぁ!!」

 

 腕を切られ、怯んだ鎧ゴブにさらなる連撃。

 

 返す刀で回り込んだ背中を斬りつける。

 

 「さっき戦った時も思ったけど、前と全然違う。これなら……やれる!」

 

 以前はそれこそ逃げる事しかできなかった。

 

 しかし、今は違う。

 

 全員が新たに覚えたスキルと夜の訓練の経験を活かしながら、それぞれの敵を押し込めている。

 

 実の所ユキト達は夜の訓練でそこまで劇的に強くなった訳ではない。

 

 悔しい話、他の冒険者と比べてもまだまだ実力に開きがある。

 

 もっと強くなるには経験を積み、技を磨き上げていくしかない。

 

 故にあの訓練で覚えたのは戦い方。

 

 身体の動かし方、技を出すタイミング、連携の取り方。

 

 アナスタシアが教えてくれたのはそんな戦場で生き残る術だった。

 

 「止め!」

 

 鎧ゴブが突き上げてきた剣を手甲で逸らし、その喉元にショートソードを叩き込んだ。

 

 「ぐふぅ」

  

 口から血を吐きながらも、こちらに手を伸ばす鎧ゴブ。

 

 前なら怯んでいただろう凄惨な光景にも何ら動じる事はなく、剣を横薙ぎに斬り払った。

 

 「よし!」

 

 倒れた鎧ゴブの息の根が止まったのを確認して、ホブゴブリンの相手をしているモグゾーの援護に向かう。

 

 モグゾーはバスターソードを振るい、ホブゴブと壮絶な打ち合いを行っていた。

 

 訓練の成果なのか、押しているのはモグゾーだ。

 

 買いそろえた鎧を巧みに使って攻撃を捌き、大剣を器用に扱いホブゴブリンに確実なダメージを与えてゆく。

 

 それでも倒れないホブゴブリンの体力に感心しながら、ショートソード片手に突っ込んでいく。

 

 「モグゾー!!」

 

 「うん!!」

 

 モグゾーが鍔迫り合いに持ち込んだ隙に駆け付けたユキトは側面から袈裟懸けに斬りつける。

 

 斜めに入った一撃がホブゴブリンの腕を裂き、武器を振るう手管を鈍らせる。

 

 「うおりゃぁぁ!!」

 

 「ユキト、モグゾー!!」

 

 「うちらも!!」

 

 ユキトだけではない。

 

 走り寄ってきたハルヒロが頭部に蹴りを入れ、傍にいたランタ、ユメもホブゴブリンに襲い掛かる。

 

 それは所謂袋叩きだ。

 

 傍から見ていれば気分の良いものではない。

 

 でも、これは命のやり取り。かつてマナトが言った。

 

 《これは命のやり取りなんだ! 俺達も泥ゴブリンも真剣なんだ! 簡単な訳ない、誰だって死にたくないだろ!!》

 

 本当にその通りだ。

 

 相手には悪いけど、こっちだって真剣で、だからこそ手心は加えない。

 

 「どぅもー!」

 

 モグゾーのどうも斬がホブゴブリンの頭部に直撃する。

 

 大剣が頭部に深々と食い込み押しつぶすと、ホブゴブリンは崩れ落ちるようにして地面に倒れ込んだ。 

 

 倒れた敵の姿を見ても誰も動かず、周囲を警戒する。

 

 これもアナスタシアから叩きこまれた教訓だった。

 

 終わったと気が緩んだ時こそが、最も危険な瞬間なのだと。

 

 「……敵の姿は見えない」

 

 「じゃあ、やったって事か」

 

 「そうやなぁ」

 

 「倒した?」

 

 「うおおおおお!!」

 

 「しゃあああ!!」

 

 モグゾーとランタが歓喜の雄たけびを上げた。最

 

 後まで気を張っていたユキトとハルヒロも顔を見わせ同じように笑みを浮かべる。

 

 そして掲げた片手で「パン!」とハイタッチをかわした。 

 

 「喜ぶのも良いけど、治癒が必要な人は? 仕事もまだ終わってない」

 

 「そっか。誰か怪我した人いる?」

 

 メリィの指摘に全員が気を引き締めると自分の状態を確認し始める。

 

 確かに広場の方では異常な爆音等が響き渡っていた。

 

 アナスタシアの戦闘は継続中と思うべきだろう。

 

 この切り替えの早さも日頃の訓練の成果かもしれない。

 

 「ユキ、怪我は?」

 

 「うん、僕は大丈夫だと思うよ」

 

 メリィに返事を返しながらユキトは皆の下へ歩み寄っていった。

 

 

 

 

 ダムローの廃墟の陰にフードを被った人物がゴブリン相手に善戦した七人の様子を眺めていた。 

 

 「……雑魚だな」

 

 フードの人物ジュンヤは侮蔑と共に吐き捨てた。

 

 特質した能力や力が存在する訳でもなく、技量も明らかに未熟。

 

 この程度の義勇兵ならそこらに幾らでも居る。

 

 こいつらは放っておいても何の問題もないレベルだ。

 

 正直、あのアナスタシアが気に掛ける理由が分からないくらいである。

 

 それでも何故かジュンヤにはこいつら七人の事がやたら鼻についた。

 

 「……チッ、ムカつく」

 

 仲間を守ろうと気遣うその姿勢、反吐が出る。

 

 静観しようとしていたジュンヤは苛立ちに任せ、懐から武器を取ろうとする。

 

 だがその時、背後から迫る脅威に気がついた。

 

 防御、反撃、すべてをかなぐり捨てすべてを回避につぎ込み、その場から飛び退く。

 

 次の瞬間、今まで自分のいた場所が壁ごと切り裂かれ、凄まじい威力の長剣が地面に突き刺さった。 

 

 「ぐっ」

 

 顔を両腕で庇い、できるだけ後ろへ飛び退いた。

 

 「こんな所にいたのか、ネズミ」

 

 そこには紅い目を持つ歌姫、アナスタシアが殺意を込めて立っていた。

 

 「……最悪」

 

 幾らなんでもアナスタシアの相手が出来ると思う程、ジュンヤは思い上がってはいない。 

 

 こいつらは化け物だ。

 

 まともに戦っても勝ち目などありはしない。

 

 「アラディナの事といい、やはり罠だったか」

 

 「……ここに居るという事はアラディナがやられたか。ならこれ以上、ここに留まる意味はない」   

 

 「逃げられると思うのか?」

 

 「ああ、こうなる事も想定済みだ。それにその手負いで追い掛ける事など出来ないだろう」

 

 ジュンヤは足を僅かにずらすとスイッチのようなものを踏み、アナスタシアの足元に仕掛けていた仕掛けを作動させる。

 

 するとボンという音と共に廃屋の壁がアナスタシアの方へ倒れ込んできた。

 

 「こんな仕掛けを!」

 

 「俺はこれで失礼させてもらう」 

 

 ジュンヤはアナスタシアが壁に気を取られた隙に腰にぶら下げていた瓶を足元に叩きつける。

 

 すると割れた瓶から発生した濃い煙幕が辺りを包みこんだ。

 

 「ハア!」

 

 壁を斬り倒し、煙幕が晴れた頃にはジュンヤの姿はどこにもなかった。 

 

 

 

 

 「俺達、義勇兵になったよ」

 

 ハルヒロが物言わぬ墓標へ声を掛けと、少し後ろへ下がっているメリィ以外全員が団章をかざした。

 

 ユキト達はマナトの墓石が置いてある丘へと赴いていた。

 

 義勇兵になった事への報告と、そして手にしたものをマナトへ渡す為に。 

 

 「団章買うお金がなかった訳じゃないんだけどさ。一区切りついてからの方がいいって皆で決めたからさ」

 

 「まだ黒いオークも残ってるし、全部借りを返した訳じゃないけどな、一応って奴だよ。ま、俺は正直どーでも良かったんだけどさ」

 

 「こんな時まで、憎まれん口叩かんでもええやん」

 

 「ユメ、憎まれ口だよ、憎まれ口」

 

 一応、ユメに突っ込んでおくと「そっかぁ」と笑っていた。

 

 「シホル、そろそろさ」

 

 「あ、うん」

 

 ユキトの横に立っていたシホルが墓の前にしゃがむと取り出した団章を墓石に押しつけた。

 

 多分、墓石に刻まれた三日月の部分に嵌めこもうとしているんだと思うのだが、それは無理があると思う。

 

 「えっと、シホル、それは流石に入らないんじゃ……」

 

 「あ、ごめんなさい。ど、どこに置けばいいか解らなくて。じゃ、ここに」

 

 シホルは墓石の手前に団章を置くと、両手を組んで祈るように顔を伏せた。

 

 「これ、マナトくんの分です。マナトくんのお金と足りない分が皆で出し合いました。メリィさんとアナスタシアさんも出してくれました。受け取ってください」

 

 多分、皆同じ事を考えていると思う。

 

 きっとマナトはそんな無駄遣いしなくていいって言うだろうと。

 

 でもこれは必要なことだったんだと思う。

 

 前に進む為のけじめとして。

 

 微かな嗚咽と共に震えるシホルの背中にユメが手を置き、頭を撫でる。

 

 ランタは上を向き、モグゾーは大きく息を吐きだす。

 

 メリィは髪を抑えながら遠くを見ていた。

 

 失った仲間の事を思い出しているのかも知れない。 

 

 「俺達、いいパーティになってきたよ」 

 

 ハルヒロの言葉に同意する。

 

 短い付き合いだったけど、マナトが居たからこそ僕達は生きていられる。

 

 本当はマナトにだって言いたい事や文句もあったんだろうけど、結局何も言わずに別れてしまったから、せめて感謝だけでも伝えたい。

 

 「……ありがとう、マナト。君に会えてよかった」

 

 全員が沈んでいく日を眺めながら、少しの間その丘で友の事を悼んでいた。

 

 


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